直木賞作家の笹倉明氏が命名した旅人岬。 伊東市の彫刻家・重岡建治氏製作のモニュメント「家族」にあらわされる様に、家族連れの観光客に人気があります。
天正年間の発見いらい、土肥の金山は金山奉行大久保石見守長安等により幕府直轄の金鉱として慶長大判小判の地金を産出し発展し、元禄3年以降金量の減少により衰退しましたが、神戸の実業家長谷川桂五郎により明治39年に再開発に成功。 昭和40年に閉山する迄年間金を40t、銀を40tを産出しました。