2005年4月30日
今現在、岩本さんの容態を知れる術は椎木嬢の僅か計りの書き込みのみ。何条もどかしきことなれども
如何ともすべき伝手なし。とはいえ快方には向かいつつある由伝われる。何ぞ悦ばしからずや。
2005年4月24日
岩本さん入院の報入る。過ぐるきんやうに落下物を頭にて受けし由、本人の口より聞き及べり。
さても、これが原因ではなからんかと甚だ危惧せらるるところ也。
一時でも早い快復を祈るばかり也。
2005年3月8日
ついに明日引越しです。今日一日その準備で大童。うー腰がつらい・・・。
一応、現住所のほうもしばらくは寝るだけなら可能な状態で残しておきますが、明日から部屋の中が
がらーんとするのは間違いなし。
問題なのは新居のほうに申し込んだB-fletsがいつ開通するやらさっぱりわからないこと。それまでは
電話もないのでネットへの接続がノートPCからのAir-H"のみになってしまうことです。これでは撮影会
画像のアップもままなりません。そういえば忙しくて最近の撮影会はアップしてないし、日記も書いて
ないなぁ・・・。4月からは忙しくなりそうだし、どうなってしまうのでしょうか。ちょっぴり不安ですね。
2004年1月26日(ぎっくり腰顛末記)
先週18日、日曜日。日本中で重大なる行事が一斉に行われる日。私もその一関係者として、前日から参加
いたしておりました。晴天とは言えないまでも懸念された雪もなく、平穏無事に一日を終え、この日を迎え
ました。休日出勤であること、2時間ほど家を出るのが早かったことだけがいつもと違う、ただそれだけの日
であったはず・・・が、宿舎を出て車に向かう一歩を踏み出した瞬間! 痛っっっっ 腰に一瞬の衝撃。
特に何かきっかけがあったわけでもありませんが、この瞬間に「あ、今日はやばい」という思いが脳裏を駆け
抜けていきました。そう、これが世に言うぎっくり腰に違いありません。元々腰痛持ちだったのですが、こん
な衝撃的な痛み方をしたのは始めての経験でした。しかし、このときはまだ我慢できなくもない程度で、とり
あえず車を運転して職場へ向かったのです。
集合場所になっていた方の部屋は建物の2階にあり、階段で登らざるを得なかったのですが、これはまさに
地獄の苦しみとなりました。思えば、このときに無理をしなければと思うのですが後の祭りです。この日の
仕事は、2時間おきに100m程離れた二つの建物の間を行き来する必要がありました。再び歯の根が合わなくな
りそうな痛みを堪えつつ、1階に降り、隣の建物に向かったのですが、これが限界でした。隣の建物の仕事場
は入り口を入って低い3段ほどの段差を下った所に入り口があったのですが、手すりのないこの僅かな段差が
どうにも降りられません。幸い、横に車椅子用のスロープがつけてあり、なんとかそこから部屋に入りました。
この日は、本当は立って色々動かなければならない仕事だったのですが、同僚に頼んで何とか座ったままで
出来ることだけをさせてもらいました。結局、午前中に二つの建物の間を2往復しましたが、痛みは激しくな
るばかりで、午前の最後には5m歩くごとに激痛に見舞われて立ち止まるような状態で、歩く速度そのものも、
まさに牛歩というべき代物になってしまいました。
仕方なく、午後は同僚の許可を得て、一方の部屋にずっと詰めさせて貰う事にしました。そのまま約5時間
ほども座っていたことになります。ようやく、この部屋での作業が終了し、最後はやはり最初の部屋へ集合し
て、最終チェックを受けて解散です。死ぬ思いをしつつも何とか動き出し(長時間座っていたせいで、立ち上
がった瞬間から怒涛の痛みでしたTT)、隣の建物へ。さすがに最早階段を使うのは不可能で、エレベーター
を使わせてもらいました。
すべての仕事が無事終了となり、解散の掛け声がかかりこれで帰れると喜んだのですが、部屋を出た瞬間に
また激痛が襲ってきて入り口で棒立ちとなってしまいました。幸か不幸か(幸でしょうねこの場合)、その瞬
間をこの日の責任者が目撃しており、その場で詰めていた医者を呼んでくれました。結局、車椅子に乗せられ
て医務室へ連れて行かれ、湿布薬を貼ってもらい、後日ちゃんと病院に行くようにと言い渡されたのでした。
う〜ん、車椅子なんて便利なものがあったんだったら早く借りればよかった・・・
その後、事務員さんに車椅子で車まで連れて行ってもらい自分で運転して帰ったのですが、こういう非常事
態だからほんとはいけないんだけど宿舎の入り口の前に車を付けてやれと思っていたら、日曜であったことも
あり、すでにそのあたりには停められるスペースはなし。仕方なく20mほど離れた所に駐車して歩いて帰った
のですが、この距離を歩ききるのに約10分。激痛で立ち止まること幾度か。なんとかエレベーターまで到着。
うちの宿舎のエレベーターは最近、改修されて車椅子対応になったのですが、ここに大きな疑問点が。実は、
このエレベーターにたどり着くには3っつある入り口のどこから入っても階段を登らなければたどり着けない
という事実です。何考えてるんだ、うちの管理者は。
結局、このあとまる一週間をベッドの上で生活する羽目になりました。まったくトホホな日々でございます
(涙涙)
2003年11月30日
本日、8歳年下の友人の告別式に参列してまいりました。享年29歳。あまりにも早すぎる他界であります。
これを書いている今、ちょうど日がかわり12月になったところ。今月には仕事でうちに来ると言っていたのに。
何の前触れもない、突然の訃報でした。特にこれといった持病を持っていたわけでもないのに。
急性心不全。その一言で片付けられてしまう。
社交性ということにかけては、かなり劣っているこの私が、もっとも気の合った者の一人でした。
二人きりで呑みに出かけたこともあります。彼の部屋で朝まで遊んでいたこともあります。お互い、初めての
海外でドイツにまでも乗り込みました。色々な思い出が胸に迫る思いです。
穏やかな死に顔であったことが救いだと言えるのでしょうか。ご両親、妹さんにかけるべき言葉も見つかり
ませんでした。
沼津へ就職していった彼。美味いもの食わせますから一度遊びに来てくださいと言っていたのに忙しいから
と今まで実現せずじまい。
世の無常。そんな言葉で済まされてしまうのでしょうか。あまりにも理不尽な。私もいずれそちらへ行きます。
それが明日なのか、10年後なのかもっと先なのか。そんなことは私にはわかりません。
でも、そのうち必ずその日が来ることだけは間違いありません。そのときには、また、一緒に一杯やりたいな。
こっちで遣り残したことがそんなにあるわけじゃないけれど、急いでそっちへ行かなきゃならない理由もないし。
気長に待っていてください。
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