「子供のよさ」をメインキーワードに実践をしていたころの通信です。
学級通信 ピーターパン 第202号 2月12日
友だちの「よさ」を認め合う
友だちの「よさ」を認め合う。
このことは、学級の人間関係における望ましい状態だと思います。
ところが、最初からそのような人間関係はできません。やはり教師が働きかけること
によって、育つものだと思います。
一昨日、私にとってさわやかなことが二つありました。
その1.国語での音読の場面。説明文の「たこあげ」です。
一斉に音読させた後、「ここを読みたい人?」と聞きました。
ここで、全員の手が一斉にピンと挙がると嬉しいのですが、この時は7人の子の手が
下がったままでした。私の場合、どうしても手を挙げない子の方に目が行ってしまうの
です。
この場合、「どうして挙げないの・・・」などと聞くのは野暮です。音読の時に「自信が
ない」のですから。誰だって自信のないものは尻ごみします。それならば、教師の役目
はその子たちに自信をつけさせることです。
「手を挙げなかった人、立ってごらん。君たちは、少し自信がないだけです。でも大丈夫。
他の人たちが、君たちの音読のよい点に拍手をします。さあ、読んでみよう。」
と言い、その7人の子たちが一人一人、不安そうに緊張しながら読みました。
音読の後、どの子にも拍手がありました。逆に言うと、私の方で「拍手が絶対にある。
そのような子供たちだ。」と信じているから、先のようなことが言えるわけです。
友達の拍手は、友達を認めることになります。自信のない子たちにとって、それは大き
な励ましになります。もちろん、読み終わったあと、「それでいいんだよ」と私も励ましま
した。
その2。音楽。無伴奏で「さよなら」を一人一人歌わせたときのことです。
この音楽や図工、そして体育といった教科は、友達同士が認め合う機会が多いもので
す。一人一人の発表の場が多いからです。図工の作品も、意味なく教室に掲示している
わけではなく、お互いによい点などを鑑賞させています。
半分の子たちが歌い終わった時に、残りの半分の子たちに、
「君たちが、もう一度聴いてみたい人は誰ですか?」
と聞きました。「頭声的発声がきれいに出た子が出てくるだろう」と思ったら、意外にも次
のような意見のほうが多かったです。
・「(もう一度聴きたいのは)A君です。前よりもきれいな声が出るようになったからです。」
・「B君です。大きな口をあけて歌うようになったからです。」
ひとつの尺度に合わせてその人を見るのではなく、個々の進歩を認める考えが出てきた
のです。2年生で、このような価値観が出てきたことは驚きでした。
1年生・・・自分の気持ちをあらわす
2年生・・・よいと思ったことをまねる
3年生・・・グループで相談して決める
4年生・・・活動を分担して進める
5年生・・・相手の立場に着目する
6年生・・・友達のよさを引き出す、他に貢献する
上の表は、ある小学校の「認め合いの発達段階表」です。(実際には20項目あります。)
低学年では、まず自分の心の中を表現することが基礎となり、よさを認め合うことを学ぶの
が大事ということです。
これからも、日常の指導の中で、認め合う場面を増やしていきたいと思います。
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