★ 県家庭科教育研究大会・感激の手紙
県家庭科教育研究大会が終了して1ヶ月ほどして、手紙が届いた。私の尊敬
するN小学校のT校長先生からである。
私が初任の年に初めて研究授業を見たのが、T先生だった。隣の小学校、市教
研の社会科の授業だった。明るい子供たち、次々と積極的に発言する姿に感銘を
受けた。「すばらしい教師の授業は勉強になる」というのを実感した。1週間後に、
初めての研究授業を控えていた私にとって、大きな励ましになった。
それから6年後、同じ学校に勤務することになった。教務主任をされていたT先生
の働きぶりは驚異的だった。教務としての仕事をきちんとするのはもちろん、補教に
進んで入って授業を楽しんでいた。休み時間はその学級の子供たちと遊ぶ。だから、
子供たちはT先生が補教に入ってくるのが大好きだった。
同じ社会科部会ということで、T先生とはいろいろと話す機会があった。市の事務
局も引き継いで、勉強させてもらった。
勝手ながら、私にとっては身近な師とあおいでいた方である。
県大会の日に、私の授業会場に来られた。N小とは車で3時間も離れている。そん
な中を、「先生の授業を見にきた」とおっしゃてくださった。
リップサービスにせよ、嬉しかった。授業前はしばし思い出談義の場となった。授業
後、すぐに礼状を出した。その返信が来たのである。
その枚数、何と9枚。それも私の授業についてビシッと書かれていた。本当に、あり
がたいことである。このように自分の授業を見ていただく方がいることに感動した。それ
が尊敬するT校長先生からであるから、なおさらである。多忙な中をぬってのお手紙で
ある。
「授業で勝負する」という言葉が最近では死語になりつつあるなあと思ってしまう
この頃ですが、先生の授業を拝見して、「ああ、やっぱり生きているぞ」と安心した
ところです。
この文章をはじめとして私の授業についての感想が書かれていた。主に、次の5つにつ
いてである。
1 たいへん子供たちが耕されていたこと
2 先生と子供たちのたちの共に新しいものを産み出そうという願いがが、理想的に
授業の中で展開されていたこと
3 学級経営に哲学があること
4 「ムダのない45分」ということ
5 基礎・基本が徹底していること
そして、それら一つ一つについて、授業の具体的な場面に即して論じてくれていたのであ
る。これほどありがたいことはなかった。
私自身の授業の腕はまだまだ未熟である。それでも、このように好意的に見てくださる先生
がいることに本当に感動した。そして、逆にこの5つの視点を自分の中で常に目指していかな
ければと感じた。
さらにT先生は、次の言葉を引用された。
「進みつつある教師のみ、人を教える権利あり」という言葉があります。(中略)
今後の先生の益々のご活躍をご期待申し上げます。
偶然ではあるが、私もこの「進みつつある教師のみ、人を教える権利あり」という言葉を知って
以来、そうなるように努めてきた。T先生も同様であったのだ。嬉しくなった。
改めて「人の縁」を感じる。
自分は今まで、「人の縁」に恵まれてきたのだ。尊敬する方々がたくさんいる。これほどありが
たいことはない。教師になって本当によかった。感動と共に、自分の幸せを感じた時であった。
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