★2度目の教え子の結婚式

 6月15日。教え子の結婚式に招かれた。
 K君。私が初任の時に受け持った子供だ。あの頃は教師としては未熟その
もので、K君にもよく叱咤したものであった。(激励もしたのかな・・・)そんな
彼が、直接自宅に来て「結婚式に出てくれ」と言ったのは1ヶ月前。もう、
小学校の時のK君ではなく、凛々しい若者だ。

 思えば、K君へ自分が教師としてできたことは何もないのでないか。そんな
ふうに1ヶ月ぐらい思った。お母さんから、「宿題を出させてください。なまけも
のだから。」と直接に家に電話が来たことがあった。何か自分の学級経営の
まずさを指摘されたようで、サーと血の気が引いて対応したことを覚えている。
 確かに、「力をつけた」という点では失格だ。指導のまずさと正直思う。
 そんな自分に招待状。高校で荒れた時代もあったらしいが、あいさつに来た
時のK君は一人前であった。

 チャペルでの式のあと、披露宴を待っていると、13年前に担任した子の
保護者にばったり。「先生のように、しっかりと生活習慣を身につけてくれ
た先生はいなかった」と言われる。初めて1年生を担任した時の親御さん
である。リップサービスもあろうが、有難いことと感じた。K君たちを卒業さ
せた後の1年生担任。当時も未熟だった。若いだけの時代。それでもこの
ように評価してくださる方もいらっしゃるのだ。

 いよいよ結婚披露宴。今回も1年前のJ君と同じように、乾杯前の祝辞を
頼まれている。身に余る光栄である。昨日まで、小学校時代の学級通信を
眺めていた。眺めているうちに、その時におきたいろいろな出来事が思い
出された。このような会に出るということは当時の思い出と今をつなぐこと
なのだ。
 祝辞は小学校時代のエピソード、作文紹介と具体的に話した。
・出合ったころはおかっぱ頭の可愛い子供だった。(写真が趣味の校長先生
 で集合写真を撮ってくださった)
・自然が大好き。実験係(虫を捕まえて解剖する)も作った。
・お笑いも好きで、志村けんのまねが十八番。
・そんな彼も親孝行したい、責任をもって新聞配達をしたいと作文に書いて
 いる。そのやさしい心、責任ある心はずっと続くだろう。
 聴衆反応を見ると決していい反応はしていなかったが、教え子たちからは
「先生、うまいなあ」と言われる。うまくはなくても、子供たちをよく知っている
のはやはり担任だからだ。
 華やかな雰囲気、若者らしいパフォーマンス、泣かせる一言と宴は続く。教
え子たちと談笑。「先生、先生」と話しかけてくる。有難いことだ。つくづく教師
という仕事についている幸せを感じた日であった。

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