★ 子供の心を知る

 何げない教師の行動で子供が傷つく場合があります。この通信には子供の心の
見方を深めることとなったエピソードです。「子供から学ぶ」というのは事実です。

学級通信「トゥモロウ」 第151号(H・11・11・30発行)

              子供の心を知る

■私は4年生担任が3度目である。
 最初はもう13年前であり、その子たちはもう23才である。
 今の4年生と同じように、学級集会をよく行ったり、子供たちの発想でおもしろい係
活動をしたものだった。学級通信をひんぱんに書くようになったのもこの時からであり、
この年は2学期からの発行だったが、最終的には178号まで出すことができた。子
供たちの様子だけではなく、授業のこと、自分の教育観等、何でもかんでも詰め込ん
だものだった。

■そんな4年生担任の時の思い出で、特に忘れられないことがある。それは、自分に
とり、苦い思い出である。
 人間は自分の失敗や傷ついたことは、いつまでも印象深く残っているものである。私
も同じで、その時の日記の文や子供の表情までも思い出すことができる。

■どんな件だったか忘れたが、学級の子供たちにあることで聞いたことがあった。忘れ
てしまうことだったから、それは今考えると、ささいなことだったに違いない。
 でも、「何も知らない」という子どもたちに業を煮やした私は、次のように問い詰めた。
「知らないということはおかしい。この中に誰かウソをついている人がいる。」
 ぐるっと学級のみんなを見た。皆、背筋をピンと伸ばしている。そんな中で、良子(仮
名)と目が合った。その表情に何となく違和感を覚えたが、彼女にかかわりがないこと
は確かだった。
 結局、誰からも「知っている」ということは出てこなかった。後味の悪さだけが残った。

■ところが、今度は私が問い詰められる番となった。翌日、良子の「私はそんなに悪い
人か」という題の日記を見たからである。
 
 【先生は、「この中にだれかウソをついている人がいる」と言って、ジロッと私の方を見
  た。私はなにも関係ない。私はそんなに悪い人なのか。】

 思わず良子の顔を見た。そういえば、昨日のあの違和感はこの心のあらわれだったの
か。何気ない私の所作が、彼女の心も傷つかせたのか・・・。

■私は自分の心を見透かされたような気がした。とにかく子供たちから事実を突き止め
よう、悪い点は直そうといつのまにか問い詰めようとしていたのではないか。疑いを持っ
て、子供たちに接していたのではないか。
 良子の日記はそのことに対する抵抗だったのだ。
 自分のしてしまったことは取り返しがつかない。日記におわびのコメントは書いたもの
の、この時のことがずっと心にひっかかっていた。

■それから3週間ぐらいしてからだろうか。私は、「魔の日」という題の学級通信を出した。
その日の自分の実践がうまくいかなかったのを素直に書いたものだった。
 翌日見た日記の最後に、良子は次のように書いてきた。

【今日の「あすなろ」(学級通信の名前)を読むと、私と同じように先生もいろいろなことを
 なやんでいるということがわかりました。】

 スーと肩の力が抜けるような気がした。もちろん、私の心の中のわだかまりも抜けてい
った。
 自分の何気ない一言や動作にもっと敏感になること、もっと子供の前に自分の素直な
気持ちを出すこと、そんなことを良子から学んだ気がした。


トップに戻る