連載 私の教材開発物語 第14回
新任地での教材発掘、スタート
佐藤 正寿
■ 新任地、恒例の休日学区フィールドワーク
この4月、転勤となった。
3月まで勤めていた宮古市は岩手県沿岸の中ほどにある。今度勤務する水沢
市は県南部。その距離およそ130km。引っ越しは車で2時間半。改めて岩
手の広さを感じる。
転勤をして、いつも楽しみにしていることがある。それは、転勤してすぐの
休日のフィールドワークだ。
以前、水沢市の隣の江刺市に勤務をしていたので、水沢市についてはある程
度知識はある。しかし、それが小学校区となるとまた別だ。
今年度は4年生担任。しかも学校の総合的な学習の部長となった。そのため、
このフィールドワークは「新たな教材開発のため」という意味合いもある。
単なる観光客気分で見歩くのと、「社会や総合で活用できるものはないか」
と意識してフィールドワークをするのではおのずとその視点が変わってくる。
見えなかったものが見えてくるのである。
というわけで、自転車を走らせた。
■ 「先人の街」
水沢市を表すキャッチコピーはいくつかあるが、市民がよく口にするのは
「先人の街」ということである。特に、高野長英(幕末の思想家)・後藤新平
(政治家)・斎藤實(政治家・首相)の3人は水沢が輩出した3先人と呼ばれ
ている。
この3人の肖像画が我が校の体育館に飾られているほどである。
学区にはいくつかの先人の記念館がある。さっそく後藤新平記念館を訪れる。
後藤新平の業績は実に幅広い。逓信大臣兼初代鉄道院総裁、東京放送局(N
HKの前身)初代総裁、日本ボーイスカウトの初代総長、台湾総督府民政長官、
そして東京市長として「大風呂敷」の異名をとった。広い視野に立った政治家
であったが、当時(明治後半から大正)はその先見性ゆえに理解されないこと
もあった。しかし、後世では高い評価を受けている。
そのような後藤新平の記念館であるが、水沢市が観光地ではないため、お客
さんは決して多くはない。そのためか館長さん自ら「どうぞ。こちらが収蔵品
コーナーです。」とおもてなしをしてくれた。パネル、手紙、使ったものから
後藤新平の人柄と業績を偲ぶ。肉声を聞くことができるコーナーでは、彼の政
治に対する信念を感じることができた。
館内来訪者の記帳を見ると岩手のみならず、宮城、青森といった県外の方も
多い。また、市内の他地区の小学生の字もある。きっと総合の学習や自由研究
で来たのであろう。
この後藤新平記念館だけではなく、「斎藤實記念館」「先人記念館」も訪れ
る。
これほどの先達がいるのである。「先人から学ぶ」という学習がすぐに浮か
ぶ。
■ 「歴史」が随所にある
水沢にはかつて城があった。その名残で、学区にはいくつかの武家屋敷が残
されている。その中の一つ、学校の近くの内田家に入る。見学は無料であるか
ら、子供たちと気軽に訪れることができそうだ。江戸時代にタイムスリップし
た気分である。
遠くからは太鼓を練習する音が聞こえてくる。4月29日に行われる日高火
防祭の練習であろう。豪華絢爛といった表現がぴったりのはやし屋台が祭りの
メインである。この祭りは長い歴史を持つ。子供たちの中にも、今まで屋台で
太鼓をたたいた子がいるに違いない。
「祭り」という学習を通して地域の歴史を知るのもいいなと思う。
■ 「まちづくり」の工夫
学区にはJR水沢駅前の商店街もある。
どこの地域でも同じであろうが、今は郊外に大型店がどんどん進出して、駐
車場が少ない駅前商店街は苦戦を強いられている。よく見てみると、シャッタ
ーがおりている店もいくつかある。
しかしながら、随所に工夫も数多く見られる。鋳物を使った街灯や車止め
(水沢は南部鉄器の街でもある)、ポケットパークやモニュメント、そしてカ
ラー歩道。何とか商店街を活気に満ちたものにしようとしているのがわかる。
4年生の社会の学習は「くらしとまちづくり」が中心である。このような素
材が学区にはあるのだ。この素材をどう料理をしていくか、楽しみだ。
■ フィールドワークは教材開発の意欲を高める
フィールドワークをすること、およそ3時間。実に多くの教材開発の素材が
あることを改めて感じた。
後藤新平や日高火防祭については、インターネット上にも数多くの情報が存
在する。それで知識を得ることはできる。
しかし可能であれば、実際にフィールドワークをする方がもちろんよい。何
よりも教材開発の意欲がわいてくる。
この日に回ったのは学区の一部でしかない。きっとまだまだ埋もれて素材が
あるだろう。休日のフィールドワークはこれからも続きそうである。
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