連載 私の教材開発物語 第24回

                「8年越しの『実践』」

                   佐藤 正寿(岩手県・水沢市立水沢小学校)

 

■ 8年越しの「実践」

 3月。今年も別れの季節となった。今年はよく担任した8年前の卒業生との
別れを思い出す。というのも一つの「実践」が終わったからである。
 教師になってから10年目(1995年)。2度目の6年生担任として卒業
させることになった。卒業前の特別イベントとして、「お世話になった家の人
への感謝状」「卒業記念短歌・俳句」「学級通信『思い出シリーズ』」等を行
った。その中でこの年初めて行ったものに、「20才の自分への手紙」があっ
た。
 当時書いたレポートからどんな活動か紹介をする。

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 自分の未来に思いをはせる・・・・それはロマンあふれることである。そし
て、自分が思いをはせた時のことを、未来の自分が知ることは興味のあること
である。
 その方法の一つとしてタイムカプセルがある。ただ、「〇才になったらあけ
よう」といっても、その手間は大きなものがある。
 もっと気軽に自分の小学校の時の思いが伝わる方法はないかと考えた。それ
が、「20才の自分への手紙」である。そのころ子どもたちは青春真っ只中で
ある。きっと、「小学校の自分ってこんなことを書いていたんだ」と懐かしが

に違いない。
 国語の時間を利用して、手紙を書かせた。

20才の私へ
 こんにちは。私は過去からきた12才のあなたです。今日は、3月16日。
 あと3日で卒業式というところです。
 あなた(私)は今、何をしていますか。「自分の店がほしい」という夢はか
なっているかしら。今は、どこで暮らしているの?車は何にのっているの?
 まあ(この手紙を書いているこの年から)8年後には、分かることだけど。

 子どもたちが封筒に自分あての住所を書き、教師が保存する。そして切手を
貼り、8年後に発送するだけである。ただ、これだけのことであるが子どもた
ちは大喜びであった。封筒の中には、思い出の写真やプロミスリングを入れる
ものもいた。
 私自身も発送が楽しみである。

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 この発送を行ったのが今年度だったのである。


■ 担任の思い

 卒業をすれば子どもたちは学校から巣立つ。小学校のことなど、中学校や高
校の記憶に比べれば薄いのが普通である。同級会も自分の経験からも中学・高
校が圧倒的だ。
 しかし、自分が一人前になった時にふと小学校時代を振り返る一瞬があって
もいいのではないかと考えたのが、そもそものきっかけである。
 この手紙の保管場所は我が部屋。輪ゴムで束ねられた手紙を見るたびに、も
うすぐ発送だなと感じていた。また、その後担任した子供たちに「20歳の自
分への手紙」を書かせるたびに、あの子たちの発送まであと〇年だなあと思っ
たものである。


■ 発送、そして・・・

 さて、いざ発送。その子たちが卒業した市ではお盆に成人式がある(帰省に
合わせて)ということで、夏休み中に送った。子どもたちの手紙に、私の近況
と連絡先を書いた手紙を同封した。住所が変わった子どもたちもいたが、調べ
に調べて何とか全員分とどけることができた。
 発送翌日、すぐに数人から反応があった。全てメールである。


★手紙届きました!HPも拝見しました。お元気そうでなによりです。日曜に
 Yさんと遊んだ時、この手紙の話をしてたんですよ!私は今、〇〇の〇〇科
 に通ってます。就職が厳しくて大変です!この不景気ホントどうにかしてほ
 しいです。15日の成人式、みんなどれほど変わっているのか楽しみです。
 では、これからもお仕事がんばって下さい!手紙ありがとうございました。

 学級会で活発に発言をしていた子からである。時々手紙を送ってくれていた
筆まめな子であった。メールも一番であった。

★先生、お久しぶりです。小学校を卒業してから、早いもので八年も経ったん
 ですね。今、私は専門学校に入学し、現在2年生です。
 先生から届いた手紙を読んで、少しだけ小学校の時のことを思い出し、少し
 センチになりました。先生の怒った顔、笑った顔、泣いた顔、印象に残って
 ます。また、卒業式の日の泣いてた顔、今でも忘れません。
 また、いろいろとあばれて度々先生怒らせていましたね。


 
やんちゃだった子からである。心配なところもあったが立派に成長している
近況に嬉しさがいっぱいになった。


★「8年前からの自分からの手紙」は、この夏一番の衝撃でした。先生から手
 紙が届いた時、初めは困惑しました。なんで8年前の先生から?と思ったの
 です。いや、封筒の裏に12歳の僕と先生の名前が書いたあったことが、一
 番僕の頭を悩ませました。封を切り、中身を見ると、僕は顔が紅潮するのを
 自覚しました。先生からの手紙を読んで懐かしさと嬉しさがこみ上げ、自分
 からの手紙を読んで年月の経過を思い知ったのです。恥ずかしながら、先生
 の言葉どおり、小学校6年の時に書いた手紙をすっかり忘れていたのです。

 このように「忘れていた」という子も何人かいた。逆にそういう子は予想
外の喜びだったようである。子どもたちからの返信が気軽にどんどん届いた
のは、やはりインターネット社会からかなと感じた。手紙だとこのようには
いかないかもしれない。
 もっとも、数日してから今度は何通かの手紙が届いた。メールとは違い、こ
れは格別の味があった。小学校の筆跡と似た文字、そして心がこもった文章
はやはり手紙のよさだと改めて感じた。
 いずれ、うれしい声・声・声であった。親御さんからも メールをいただい
た。
 反応は期待していなかったといえば嘘になるが、なくても構わないと思って
いたのは事実である。そんな中次々と来たメールや手紙の有難さ。格別の嬉し
さであった。

■ 教え子に励まされた自分

 
メールや手紙には小学校時代の行事のこと、授業のこと、私自身からかけら
れた言葉等、いろいろなことが書かれていた。
 それらは言ってみれば「私の仕事の評価」とも言えるものであった。もちろ
ん、担任時代にも子どもたちから授業の評価等はしてもらったものの、今回は
成長した教え子から見た評価である。子ども時代とはまた違った参考になるコ
メントが、そこにはあった。
 そして、それらはこれからの自分の仕事に大きな支えとなっている。そうい
う意味では、子どもたちの「20才の自分への手紙」の返信は、「教師である
自分への教え子からのプレゼント」なのだと感じた。これから数回、同じよう
な「20才の手紙」の発送がある。今回と同じように「小さなドラマ」がある
のではないかと、ちょっぴり期待している。


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