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           ■□「子供たちに伝えたい・日本大好き5分間話」□■  

  第9号 H13・6・29     発行:佐藤正寿<fwnf1104@mb.infoweb.ne.jp>
           http://homepage2.nifty.com/masa555satou/index.htm

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       ★☆★ 「太平洋横断りんご物語」 ★☆★

 1931年。世界最初の太平洋無着陸横断飛行。その物語の陰には、青
森県の淋代海岸の人々の温かい心とりんごの交流があった。

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1 とある記念碑

 青森県三沢市淋代海岸。海岸の沿って松の防風林があります。
 その中にひっそりと立つ記念碑。これは、人類史上初の太平洋無着陸横断
の成功を記念して建てられたものです。
 1931年(昭和6年)、今から70年前に、アメリカ人クライド・E・バック
ボーン
とヒュー・ハードン・ジュニアの二名の乗った飛行機が、三沢村淋代海岸から
アメリカを目指して飛行距離約8000kmのノンストップの旅に出ました。
 二日後にワシントン州、ウェナッチ飛行場に着陸し、人類史上初の太平洋無
着陸横断の快挙が達成されました。
 その記念碑の近くには公園があり、太平洋無着陸飛行を果たした飛行機で
ある「ミス・ビードル号」の実物大レプリカが置いてあります。
 今見てみると実に小さな飛行機です。よくこの飛行機で8000kmも飛行できた
なあと思うほどです。
 実際、彼らの前にも何度かチャレンジした人々がいましたが、失敗をしていま
した。それだけ彼らの偉業は価値があるものです。
 ただ、その成功の陰には淋代の人々の温かい心があったのでした。

2 日本に寄った理由

 そもそもパングボーンとハーン・ドンは、太平洋無着陸横断飛行のために
来日したのではありませんでした。世界早まわり飛行の記録を作るために、
ニューヨークを出発し、太平洋を横断していたのでした。ソ連のハバロフスク
で飛行機が故障してしまったのです。
 その時に思い出したのが、日本の新聞社の「太平洋無着陸横断飛行に
懸賞金を出す」といううわさです。それは日本人であれば10万円、外国人
なら5万円を出すというものです。当時としては、ものすごい額のお金でし
た。
 出発の場所は青森県の淋代海岸。本州の中では、アメリカに最も近いとい
う理由からです。
 地元の人々は二人に好意的に接しました。二人が日本に来た1931年と
いえば、満州事変が起こった年です。アメリカとは戦争をまだしていませんで
したが、日本に来るアメリカ人を「あやしい」「スパイ」と思うような風潮もあっ
た時代です。
 そんな中でも村長さんが、自宅に二人を泊めたり、村人が料理を作ったり
と温かいおもてなしぶりです。やはり、困難なことに挑戦する二人の気概に
共感したからでしょうか。
 さらに飛行機を飛ばせるための滑走路作りに、「飛行機が珍しいから」とい
ことで子供たちも、家にあるくわやシャベルで手伝います。
そのような村人の心に、アメリカ人二人の心も打ち解けていくのでした。

3 温かい心とりんごを乗せて・・・

 いよいよ出発の日です。
 飛行機のまわりにたくさんの人々。
 いざ二人が乗り込もうとしたときに、一人の少年が大きなりんごを二人の飛
行士に渡しました。それも5こです。
 その少年は、他の子と同じように滑走路作りを手伝いたかったのですが、
農家の手伝いで忙しくできなかったのです。そのため、実際に自分の家で作っ
たりんごを持ってきたのです。そのりんごには、少年の「温かい思い」がつまっ
ていたことと思います。
 二人が乗ったミス・ビードル号は、淋代の人々の温かい心とりんごを乗せ41
時間あまりの飛行の末、ワシントン州ウェナッチー飛行場についたのでした。
 世界初。当時の新聞、ラジオに大きく報道されました。

4 ひたたび太平洋を横断したりんご

 少年のりんごは太平洋を横断しました。
 その半年後、今度はアメリカのウェナッチー市長から、りんごのつぎ木をす
る穂木が太平洋を越えて淋代村にきました。
 一緒に入っていた手紙には、二人の飛行士が淋代村の人々に大変親切に
されたこと、飛び立つ直前に少年から五このりんごをもらって嬉しかったこと
などが書かれていました。そして、そのお礼として穂木を送るということでした。
 さっそくその穂木はつぎ木にされ、青森県の各地に広がりました。リチャ―
ド・デリシャスという品種です。
 今では、青森県ばかりではなく、日本各地で作られています。
 もしかしたら、あなたが食べたりんごの中に、その品種があったのかもしれ
ませんよ。

★参考図書
 『日本人の力』(滑川道夫著・小峰書店)

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