2 アインソワーズ小学校の特色
(1) 教師たちの意欲的な仕事ぶり
教師たちの仕事ぶりは意欲的である。勤務時間はご前8時から午後4時までであるが、
ほとんどの教師たちは7時30分ごろまでには教室に入り、授業の準備をしている。始業が
8時45分であるから、1時間以上もその日の準備に費やすわけである。午後も5時ごろま
で残る教師が多い。
自分なりの授業をするために、納得がいくまで教材研究をするーそのように私には思わ
れた。
それに何も学校のある日ばかりではない。5年生担任のマーチン先生は、土・日も教材
研究に費やすという。そのほかにも、夏のバカンスの時には、新しく担当する学年の単元の
構想をねり、進んで講習会に参加するという。また、理科の実験道具を豊富に持っているの
で聞いてみると、半分以上は自費で購入したとのことである。「それが自分の人生を豊かに
するからです」と彼女は言った。このような教育に対する積極的な姿勢は、私にとって刺激
的であった。
(2) 弾力的な時間割
アインソワーズ小学校における時間割は、各学級によって大幅に異なる。それぞれの教科
の時間の取りかたも、各担任の裁量に任せられている。ただし、体育・音楽・図書館の授業
は専科の教師が行うので、時間が固定化している。
教師自身が学習時間を決めるので、子供たちの学習活動に応じた弾力的な授業運営が可
能となる。たとえば、午後に2時間算数と理科の授業がある場合、「今日は理科の実験を長く
したいから、算数は20分、残りは理科をしよう」ということができるわけである。ちなみに、休み
時間のとり方も担任に一任されているので、学習活動が途切れるということはない。
(3) スペシャリストの存在
この小学校には、日本の小学校にはないスペシャリストが存在していた。スクールカウンセ
ラー、E・R・Cの教師、D・A・R・Eの警察官等である。スクールカウンセラーは、カウンセリン
グを通して子供たちの心の悩みを解決しようとしていた。また、E・R・C(Educational
Resource
Center)の教師は、読み・書き・算数等の学力が低い子供達に対して個別的な指導を行って
いた。
私が一番興味を持ったのは、D・A・R・E(Drug
Abuse Resistence Education)である。これ
は、アメリカの社会問題になっている麻薬使用を防ぐために、市が小学校段階から教育しよう
とするものである。市の教育計画に沿ったテキストがあり、警察官が直接授業をする。その授
業も、ロールプレーイングを取り入れた実践的なものである。無いようは麻薬だけに限らず、飲
酒や誘拐の防止なども含まれている。アメリカの国情を表した教育ということが言える。
(4) 市内で唯一のスペイン語の授業
先に述べたように、アインソワーズ小学校では、スペイン語の授業が行われている。といって
も、各学年2クラスずつである。特別の授業であるため、スペイン語の教師にはヘルパーが一人
ずつついている。
私が驚いたのは、高学年ともなるとスペイン語そのものの授業はわずかで、スペイン語を使っ
て算数・理科・図工などを学習をしている点である。教師はスペイン語を使って授業を進め、子供
たちもスペイン語で答える。スペイン語を理解するだけでなく、実際に表現できるところまで高め
るという語学教育だと感じた。
(5) 親の積極的援助 −ビジター・ボランティア制度ー
小学校には日常的に親たちが出入りしていた。参観のためではない。学校教育の援助をする
ためである。彼らのことをビジター、あるいはボランテイアと称していた。
たとえば5年生の社会科で小麦粉で立体的なアメリカ合衆国の地図を作る学習。小麦粉と水
を混ぜて、ほどよい固さはしなければいけない。親が二人来てその作業の援助をする。子供たち
は、製作に専念できるというわけである。また、作業の手伝いだけではなく、時には自分の得意
分野で子供たちに授業をすることもある。2年生では、建築物に詳しい親が、模型や写真などを
活用して、家の立体的な書き方を説明していた。子供達も、何も抵抗を感じることなく自然に話を
聞いている。
派は親だけではなく、多くの父親もビジターとしてきているので、「彼らは仕事を休んで来るので
すか」と聞くと幼稚園の先生は、「そうです。彼らは、学校で何かトラブルがあるより、1時間仕事
を休んで学校に来る方がベターだと考えているのです。」と答えた。親たちの教育への関心の高さ
を示す話である。
このビジター・ボランテイア制度の利点は次のようなものであろう。
■子供たちの学習が効率的に行われる。
■親が、我が子の授業での様子を気軽に見ることができる
■親は我が子の友達を知り、子ども達も友達の親を知ることができる
特に3番目のメリットが大きい。幼稚園で、父親がコンピュータの学習の時、どの子たちにもやさし
く励ましながら教えているのが印象的だった。
(付記)1993年のときには、「日本の普通の小学校がこんなふうになるのは、いつのことだろう」と
思っていたが、それから10年もしないうちに当たり前の風景となったものもある。(ゲストテイーチャー)
これからも日本の小学校はどんどん変わっていくことであろう。
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