教え子の結婚披露宴
「先生、Jです。覚えていますか。O小学校の時にお世話になりました。こん
ど、俺、結婚することになりました。先生に出てほしくて電話したところなん
ですよ。」
卒業式を間近に控えた3月中旬の昼休み、そんなうれしい電話があった。
「そうか、そうか。おめでとう!喜んで参加させていただくよ。」
私の頭の中は、十数年前のあの学級にタイムスリップしていった。
J君。私が初任で担任した子供たちである。
出会いは3年生。皆、まだあどけない9才の子供たち26名。4年・5年・6年
と学年は異例の4年連続の持ちあがり。(途中5年でクラスがえはあったが)
J君は4年連続の担任だった。とても明るく、人なつっこい子だった。
小学校を卒業してからは、一度しか会っていない。3年ほど前に働いている
水沢のガソリンスタンドで偶然にも会ったのである。「飲みにいきましょう」と言
われたものの、彼も店を変わり、私も宮古住まいということで約束は果たせず
じまいであった。
さて、4月28日。結婚式当日。
その日はスピーチも頼まれていた。1週間前に当時の学級通信の資料をさがす。
さがしながら、思わず読み耽ってしまった。
情熱と時間だけはありあまるほどあった当時。しかし悲しいかな、実力がなかっ
た。隣のベテランの先生との指導力の差は歴然だった。
それを補おうと、休み時間は常に子供たちと遊んだ。2年目からは日刊で学級通
信した。それでも、毎日実践では力不足のことを感じる日々であった・・・・。そ
んなことが次々と思い出されたのだ。
J君の作文やネタもいくつかあった。さっそくファイルから取り出し、準備をし
た。
結婚式には教え子が6名来ていた。
皆、凛々しい若者になっていた。それはそうだ。24才。今風のファッションが
皆似合っていた。
さて、スピーチ。何と一番最初であった。しかも仲人なしで、乾杯前。皆がシ
ーンとしている状態である。
最初におめでとうの一言、5年生の運動会の時のエピソードを簡単に話した。ここ
までは型通り。そのあととっておきのネタ。10才の時に書いた「十年後のぼく」と
いう作文をそのまま読み上げた。
「ぼくは、二十さいになったら、いっぱいはたらきます。勉強もいっぱいやって、
お酒とたばこはのみません。(さすがにここで笑いが出てくる)
しょうらい、ぼくはデザイナーになります。はやく20さいになってデザイナーに
なりたいです。」
「今はデザイナーにはなっていません。でも、お二人のすてきな人生のデザイナ
ーになってください。」とまとめた。
あとでJ君にお祝いを言ったときに、「先生、ありがとう。あれ、アドリブ?うま
いなあ・・・。デザイナーになろうとしていたこと、思い出しましたよ・・・」と言
われた。役に立ったことを嬉しく思った。
披露宴の最中に教え子たちと談笑。一人一人の思い出エピソードを話す。
・授業中、おもらしをした友達のことを、クラスメートにわからないようにそっと教
えてくれたH君。
・出会いの日に入院していて、数日後の病室が出会いの場だったS君。
・会長、ミニバスキャプテンといつも厳しい要求ばかりこちらからしていたT君。
・小学生の面影やどこへやら、反町隆史風に変わったK君。よく怒ったなあ・・・。
・最初の児童総会で、緊張して発表で泣いてしまったA君。
・ぜんそくとよく闘っていたD君。今は4才の子の父親と言う。
今思えば力のない頃だった。それでいながら、子どもたちはよくついてきた。本当
にありがたい子供たちだった。
今、こうして立派な若者として働いている。J君が「あの時、とにかく楽しかっ
た」と言ってくれた。ありがたい言葉だった。
自分のテーブル(あんな上席に座るのは初めてだった)に戻り、当時のいろいろな
ことが頭を巡ってきた。心の中で泣けてきた。力のない自分についてきた子供たち
のありがたさ。そして教師という仕事のすばらしさ。こういう思いにしてくれるのだ
から。隣の人からビールを勧められ、思わず我に返る。
子供たちとの12年ぶりの再会は、ありがたいことばかりであった。
我が家への帰り道。改めて教師をしていることの幸せを感じた。そして、今担任し
ている子供たちにも、改めて今まで以上に情熱を注ごうと決意をした。
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