★ 礼状を書くことの大切さを岩手の大先輩から学んだエピソードです

■学級通信「カルチェ・ラタン」第150号(H6・3・8)より

  一通の礼状より @

 私は元来筆マメな方ではない。特に大学時代は、手紙を出すことなどまれ
であった。
 はなはだしい時には、手紙をもらったのに返事をしないということもあった。
今考えるとずいぶん失礼なことをしたものである。

 今は別である。きっかけは教え子からの手紙である。やはり、卒業した子供
たちからの手紙は特別である。その子たちと一緒にすごした日々が鮮明に浮
かんでくる。だから、何よりも優先して手紙を書く。

 また、仕事上でも同様である。それは、こんな話を本で読んだからである。

  自分が感動した本や講演があったら、著者や講演者に対して礼状
 を書くといい。何も返事を期待するためではない。その本や講演の内
 容をもう一度自分なりに整理するためである。
 

 このことを聞いて「なるほど」と思った。
 本を読む。感動する。勇気がわく。そして行動する。
 しかし、日常はそれほど変わらない。また、いつもの生活に戻る。
 本を読んだあと、自分なりに考えを整理しておけば別なのであろう。しかも、
読書ノートをつけるよりも、礼状の方が相手意識がある分、思考も深まるであ
るかもしれない。
 ということで、講演会や授業等で大変勉強になった時に、礼状を書くことにした。
ただし、数はそれほど多くはない。ひんぱんに講演会や参観授業ができるわけで
はないからだ。年に2〜3回、礼状を出すくらいであった。
 しかも、相手は著書がかなりある先生や全国的に有名な先生が多かった。つま
り、著名な実践家ほど勉強になることが多かったのである。(当然であるが)
 礼状を書いたものの、返事など期待するのは失礼にあたると考えていた。

 その時の講演もそうだった。
 研修会で熱く講演をしてくださった方がいた。若い頃夜遅くまで教材分析をした話、
分厚い実践レポートを意欲的に書いた話等、刺激が多かった。
 すでに還暦をすぎた方で、現在はある市の教育長をなさっているという。
 けっこういろいろな講演会に参加した私ではあったが、その日の講演は特に胸にし
みた。何か自分が教師として「もっと頑張らなければいけない」と勇気がわいたからで
ある。
 たまたま講演資料の中に、住所があった。さっそく礼状を書く。講演内容が自分にと
ってどんな点が参考になったかということを整理してである。
 「書きたい」という思いよりも、「書かざるをえない」という気持ちからであった。人間、
そんな気持ちになる時もあるのだ。
 時間を忘れて夢中で書いた。1時間以上は書いただろうか。便箋はいつのまにか5
枚を越えていた。
 一気に書き上げたら5枚になっていたというのが正しいのかもしれない。ただ、その時
も返事など期待していなかった。                     (次号へつづく)


■学級通信「カルチェ・ラタン」第151号(H6・3・9)より

 一通の礼状より A

 礼状を出して1ヶ月。
 いつものように日常は過ぎていった。私自身も礼状のことは忘れていた。
 そんな時、「書籍小包」のはんこが押されたB5版の封筒が我が家に届いた。中には
ケースに入った本が一冊。「私の教育論」という題名のその本は、私が礼状を出した先
生から送られてきたものだった。
 本を追うようにして、翌日、その先生の手紙が届いた。
 市の要職にあられる方からの返事である。ご多忙な中を、講演を聞いた一教員からの
手紙にわざわざ時間をさいてくださったのである。
 しかも葉書ではない。丁重なお便りが便箋3枚に綴られてあった。
 ありがたいことである。再び胸が熱くなった。

 その内容にも驚いた。私の手紙のことを評価した文面であった。
 その手紙に私は恐縮してしまった。と同時に、この手紙に感動した。そして、人間の誠
意ということを学んだ。送られてきた著書を一気に読んだことは言うまでもない。

 「根を養えば樹おのずから育つ」

 その先生の応接間には、この書の額が飾られてあるという。
 教育に携わるものとして、含蓄のある言葉だと思う。
 その著書にも、その言葉の意味が書かれていた。
「子供の生き方の根本を深く耕せば、子供は自己開発していくものだ」という。

 我々はとにかく、目に見える「樹」の部分を変容させようと試みる。しかし、それだけでは
いけない。
 あくまでも、見えない「根」の部分をどう変容するかまで考えなければいけない。
 その「根」の部分は何か。どんな栄養を与えなければいけないか。
 これらは、教師生活を続けながら探っていくべきことだと思う。

 このエピソードから3年(注:現在は10年)たった。この先生とは会う機会がなかった。お
そらくこれからもないかもしれない。
 人との出会いはそういうものであろう。
 しかし、この感動や刺激は今も心の中で燃えている。そして、別の形ではあるが、同じよ
うなことを担任している子供たちにも与えることができたらいいと思っている。

次に続く    トップに戻る