社会科作文は教師の実践の反映である
1 あまりにも高い峰
『向山洋一年齢別実践記録集』(東京教育技術研究所)の16巻にある向山
学級の社会科作文を改めて読む。
何度読んでも、そのすばらしさにため息が出る。これが小学校5年生の子供
たちの作文なのである。自分の仮説について検証した作文、「学ぶって何だろ
う」という考察もあれば、調べたことを発表できないくやしさを書いた作文もある。
しかも、それらの作文が特別の子のものではない。次から次と質の高い作文が
登場する。
改めて、この作文の後ろにある向山氏の実践の奥深さを想像してしまう。実に
高い峰である。「あまりにも高い峰」というのが実感である。
2 向山学級の作文から学ぶ
(1) 壮大な実践には多くの意図的な指導が存在する。それが質の高い作文を書
く前提条件。
当然のことであるが、学習の深さに作文の深さは比例する。
向山氏の実践の壮大さ。「仮説作り」「仮説証明のための調べ学習」「その資料を
もとにした分析・総合」等、子供たちに力をつけるための学習方法。
そして何よりも向山氏の一人一人に応じた意図的な指導に驚く。子供たちも向山
氏に言われたことを明確に覚えている。ある子は次のように書いている。
「人口密度のとき、『八百〜千以上をこえている所を、色でぬりつぶしなさい。』と言
われたのだ。ぬりつぶしてみると、工業地帯の位置とぴったしだ。『うわぁー。さすが
向山先生だ。』と思った。」
活動を指示して子供に気づかせる。この子は資料を比べることの重要さを理解し
たことであろう。
また、向山氏の子供たちを認める基準も作文から知ることができる。
「ノートに調べたものをうつしたら、ほめられると思ったらむしされた。」「発表するつ
もりでいたくせに、それをしなかった。いざとなったときに、だめになってしまって、先
生がいつも、『弱い人間が多い』と言ったことが、よくわかった。」
向山氏が子供たちに何を要求していたか伺うことができる。
(2) 「学んだこと」を書かせる。その働きかけにより、内容が深まる。
向山氏は、実際にどのような指示で作文を書かせたのか。
「先生が、『工業地帯について、学んだことをノートに書きなさい』と言った」
とある子は書いている。また、別の子は、「先生は、『知った』ということだけではない
とおっしゃった」とも書いている。この働きかけにより、子供は知識だけではなく、自分
にどんな力がついたのか考えるようになるのである。
3 できることからスタート
向山学級の作文に一歩でも近づきたい。そう考え、まとめでの社会科作文を書かせた。
5年生、単元名は「くらしを支える情報・運輸」である。次のようにして作文を書かせた。
・1単元の最後の時間、1時間丸ごとをまとめの作文の時間とする。
・「情報と運輸の学習で、学んだことをノートに書きなさい。知ったことだけを書くのでは
ありません。」と指示をする。
・例として向山学級の作文の例を読む。
「今日の学習で学んだことを書きなさい」という指示は、今までもしていたが、それは
1時間の授業の最後5分程度で行わせていたものであった。その場合、「〜を初めて
知りました」といった内容が多かった。
だから、子供たちは「知ったことだけを書くのではありません」という指示に戸惑いを
みせた。それはそうである。今まで、「学んだこと」で「知ったこと」を書いてきたのであ
るから。
そこで、例として向山学級の作文を2例読む。子供たちがイメージをつかむためにだ。
これは、子供たちにとって効果的であった。「したことを書くのもいいんだ」「やり方で身
についたことなら自分にもある」とつぶやいていた。
さっそく子供たちは書き始める。今までの学習で活用したノートや資料を必死に見な
がら書く。自分が調べ活動をしたものであるから、書く内容は十分にある。
35分間取り組ませる。1ページ20行のノートで、多い子で3ページ近く、少ない子で
も1ページ半書いた。
ある子は次のように書いている。
わたしが情報のことで調べて一番学んだのは、勉強のやり方だ。わからないと思う
ような課題でも、グラフや表をじっくりと調べれば考えが思いうかぶ。特にグラフでは「変
化に注目しなさい」と先生にいつも言われている。
その変化のわけがひらめくと、とてもうれしい。
自分で見学に行くことも大切だ。放課後コンビニで調べに行ったとき、バーコードを読
み取る機械のすごさにおどろいた。いっしゅんのうちにいろいろな情報を読み取るのだ
からすごい。それとレシートのひみつもだ。今まで値段しか見ていなかったけど、じっく
り見てみるとあんなに小さい紙に、しょうひ税、店の名前、日にち、レジの人の名前とた
くさんの情報がつまっている。自分でじっさいに調べたからわかったことだ。
この子は学んだこととして、「変化に注目」というグラフの見方と見学という方法のよさを
出している。これらについて改めて自覚をしたのである。それまでの「学び」の短い作文
にはなかったことである。このような「自覚」は、まとまった振り返りの時間があるからこそ
できるものだ。そういう点では、まとめの作文で学びを書くこと自体が価値のあるものだ
ということがわかる。
また、私自身が子供たちの作文を読んで、自分の実践を見直すいい機会となった。と
いうのも、子供たちの作文に出てきた「教師の働きかけ」が実に少なかったのである。こ
れはショックであった。
私自身は子供たちの調べ活動の時に、一人一人に応じた助言をしていたつもりであった。
しかし、それは一般的すぎたのであった。子供たちの一人一人の学びを強烈に促すよう
な中身ではなかったのである。
その点で、子供たちのまとめの作文は、教師の実践の質を反映している。やはり、向山
氏の実践は高い峰なのである。
(「TOSS向山型社会」23号より)
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