青春第七艦隊 2 豪邸ではない。しかし武家屋敷ばりに広い敷地を持つその家は「庶民」属性を威圧するには十分な存在だった。 磯で船を確認したハジメとキヨヒコはいったん釣り具をハジメの家に置きに行って、また家を出た。 空はもうばりばりに夕焼け模様。よい子の小学生がうろうろするにはもう限界に近い時間帯だ。むろんハジメはよい子ではないので、普通に呼び鈴を押した。 ハジメもキヨヒコも良く知った友達の家だ。しばらくしてインターホンに母親らしい女性の声。ハジメは良く訪れていたので、向こうの家族も時間はアレだったが二人を迎えてくれた。門をくぐって、玄関に向かう二人。 うっすら暗くなってきた庭は広い分ちょっと不気味で、キヨヒコはびくついていた。飛び石の上を几帳面に歩いていた。 そしてその人はすでに外で待っていた。ハジメ達と同じ小学四年生の男子。 先手必勝というか、せっかちというか、真面目というか。ハジメとキヨヒコに気付くと、寄りかかっていた戸から背を離した。 「こんな時間にどうしたんだ? 本を返しに来たんじゃないみたいだけど」 少しトゲのある目でハジメを見た。ハジメは何も荷物を持っていないからそれは明確だった。 「こんばんわ、ミチヒロ君」 緊張のキヨヒコ。 「おっす、ミッチー」 「ミッチーって言うな!」 怒るミチヒロを見て、ハジメはニカッと笑った。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ いつ来てもその部屋はすごかった。ハジメの部屋も十分驚くインパクトなのだけど、この部屋はさらに上を行っていた。部屋の主とのギャップを考えるとハジメの方がすごいと言えなくもない。 文庫本なら数百冊収まりそうな本棚が、三つはある。そしてぎっしりと様々な本が詰まっていた。まるで図書室のような風景。 本棚以外はわりと質素なミチヒロの部屋。カレンダーは鉄道の写真。 「それで話って何?」 自分の机の椅子を回して座るミチヒロ。机の上には厚いハードカバーの小説。三分の二辺りのところの栞が挟まれていた。ハジメとキヨヒコは床に適当に座った。 ハジメはゆっくり部屋を見回して、 「また本増やしやがって。そのうち床抜けるぞ」 楽しそうに笑う…ハジメを見てキヨヒコはびっくり。早速無謀な勧誘を始めるかと思っていたから。ミチヒロはちょっと黙ってから、 「ハジメに貸した分を返してもらえればもっと増えるけどね」 皮肉たっぷり。ハジメは悪びれるどころか自信満々に、 「おうよ。ミチヒロの部屋のことを考えてるんだぞ、感謝しろ」 「そういう問題じゃないだろ。第一、ハジメに貸した分ぐらいで床なんか抜けないさ」 くいっとメガネを正すミチヒロ。メガネ少年。という印象だったが、最近急激に背が伸びてきて、一気にキヨヒコを追い抜いて、ミズキ並みになりつつある。 非常に真面目な性格で、一度決めたことを曲げない頑固さもあった。ハジメとは全く正反対のような感じだったが、不思議と仲は悪くない。同じ読書家だからか。 博識で「ハカセ」という異名まであった。 だからキヨヒコは不思議だった。島の掟を破りまくるようなハジメの計画に、ミチヒロが乗ってくるとはどうしても思えなかった。 と、ミチヒロの部屋のドアがノックされた。ミチヒロが応えると、ドアが開いて、ミチヒロの母親がトレーにグラス三つをのせて入ってきた。 「夏休みだからって、時間が時間だから、あまり遅くならないようにね」 了解です。とハジメが大げさにリアクションして、母親はにこっと笑って出ていった。 ハジメは早速差し入れされたカルピスに手をつける。キヨヒコがミチヒロにも手渡す。受け取ってミチヒロ。 「あまり人に聞かせたくない話か?」 真剣な顔でハジメを見る。え?っとキヨヒコ。 「まあな。やっぱ、お見通しか」 「ハジメが分かりやすいだけだ」 どうやら、母親がすぐに飲み物を持ってくることは予想の範疇で、ハジメはそれを避けたようだ。そしてそれを察したミチヒロ 腕を組むミチヒロ。だんだん小四に見えなくなってきた。 「ど真ん中で言うとな、海神祭のことだ」 ハジメの言葉で、ミチヒロはとぶすっとした顔になる。いらだちも少々。 「くだらない。ハジメまで踊らされてるのか?」 睨んできた。まさかと思ったのだろう。逆にハジメはそんなミチヒロの反応でうれしそうに笑った。 「踊るんじゃなくて、まあ、ぶっ壊すだな」 「壊す?」 そうだ。と頷いて、ハジメは話し出す。かくかくしかじか。 カルピス、美味しいなぁとキヨヒコは思った。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「バカ! 何考えてるんだ!」 聞くなり怒ったミチヒロ。世間ではそれを当然の反応という。 「だってさ、そうでもしないと祟りなんかじゃないって前例が増えないだろ?」 「そうかもしれないけど、何もハジメ達が行かなくったっていいはずだ」 「誰かじゃダメなんだ。俺が終わらせてやる」 「ハジメが? …どうしてだ?」 「あ、いや、まあ…俺が天才だからだ!」 笑い出すハジメ。でも、ミチヒロはごまかせられなかったようで、じっとハジメを見る。 キヨヒコも。ただ、キヨヒコはもしかして…と思いついた。でも言えなかった。 「まあ、いい。それでその無謀すぎる計画をなんで僕に話す? とても賛同できる話じゃないから人に言うかもしれないぞ」 「言わないだろ」 ハジメの即答。むっとするミチヒロ。図星でもあった。 「ミチヒロも一緒に行こうぜ。っていうか、頼む、来てくれ」 目の前で両手を合わすハジメ。 「……」 「頼む!」 もう一度手を合わせて、ハジメはキヨヒコを小突く。キヨヒコもハジメに習って、 「お願いします」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 翌日。朝の天気予報ではこの島民にとっては不吉な予報が報じられた。 小型ながら足の速い台風が確実に瀬戸内に近づいている。この島が暴風域にはいるのは二十二日。つまり…海神祭。 その日。キヨヒコ、ミズキ、トモに招集がかかった。集合場所は昨日釣りをしたあの磯…の倒木のところ。脇の大きな樹の木陰が今もあるはずだ。 でも暑いは暑い。午前十時。暑さのピークにがんばって向かっている途中。あまりがんばらなくていいぞと思いつつ、先に到着したハジメとキヨヒコは倒木のところでぐでーっとしていた。 「このクソ暑いのにこんなところに呼び出してるんじゃないわよ」 声…というか、怒声が聞こえた。 ハジメとキヨヒコが顔を上げると、今日も帽子完備で、ミズキとトモが自転車を押しながら歩いてきた。キヨヒコとたんにシャキッと…まあ、言うまでもない。 「こんにちわ。今日も暑いね」 にっこり笑うトモ。対応も性格もまるで違う二人。 キヨヒコはすぐにどいて倒木の座る場所を主にトモに空けた。 礼を言ってありがたく座るトモ。 「どっかのバカが怒鳴ったおかげでさらに暑くなったな」 「な・ん・で・す・って? おチビちゃん?」 そして始まる日常の風景。しばらくして落ち着いた頃、 「え? もう一人来るの?」 ミズキは驚いた。昨日の流れからてっきりこの四人だけかと思ったのだ。 「ああ。あいつがいなきゃ始まらない」 ハジメ腕組みして真剣な目。トモはキヨヒコを見て、 「誰なのかな?」 「えっとね…」 キヨヒコがしどろもどろで答えるよりも先に、足音が近づいてきて、声がかかった。 「ずいぶん変なところで待ち合わせするんだね」 少年の声。ハジメやキヨヒコはもちろん。ミズキやトモも良く知っている人物だった。というよりも同じクラスだとも言う。 「ミチヒロ!」 「ミチヒロ君?」 成長期爆進中のメガネの少年。昨日の勧誘が成功したのだった。 「良く来てくれた。ミッチー」 ハジメ。メガネをくいっとしていたミチヒロは鋭く睨む。 「ミッチーって言うな!」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「まさかミチヒロが来るなんてね。どうしちゃったの?」 倒木に腰を下ろして、ミズキはミチヒロを見上げた。どう考えてもハジメのあんな無茶な考えに乗るなんて思えなかった。それほどミチヒロは真面目で厳しく、優等生のようなそんな印象が定着していた。実際その期待通りの成績だって残しているのだ。 もしかしたら密かにハジメを止めるためになんて考えもあったが、すぐに否定。そんな姑息な奴じゃない。 「僕としてはミズキさんがいることの方が驚いたけどね」 ちらりとミチヒロはハジメを見る。ハジメはキヨヒコとトモの三人で何か話していた。 「私は…」 ちらりとミズキもトモを見てしまう。トモのお守りで…なんて言えなかった。トモのせいにしているみたいで嫌だったし、過保護みたいでトモだっていい気はしないだろうと思った。黙ってしまったミズキを見て、ミチヒロ。 「いい大人があんなつまらないことでリズム狂わされてる。神様なんて科学的じゃないことに振り回されて、勝手にもがいてる。バカみたいだろ? だから証明してやるのもいいかもしれないってね。海神祭の神様はあの離れ島に祭られてるって事だから、確かに行ってみることは効率的でいい」 ミチヒロはここからでは遠く感じる離れ島を眺めた。 「でも、たぶん危ないよ?」 「それはお互い様だろ。それに…」 ミチヒロはまたハジメを見た。 「ハジメがいる。何とかなりそうな気がしてきた」 ちょっと笑った。ミズキはなんかまずいものでも食べたような顔になって、 「あいつ、すんごく頼りないと思うけど…」 「ハジメってさ、確かに頼りないけど、いざって時にはすごいことやりそうな気…しない?」 すっとミチヒロはミズキの目を見た。眼鏡越しでも冗談を言っているような目じゃない。そしてミズキにも冗談ではない回答を求めている…ような気がした。 ミズキは視線を逸らしてしまって、すごく小声。ミチヒロにしか聞こえないような声でで、 「…少し…ね」 鼻の頭がちょっと赤かった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 乾いた倒木に四人座っていた。 左から、ミチヒロ、ミズキ、トモ、キヨヒコ。 そしてそれを正面に見据え、ハジメは仁王立ちで立っていた。 腕も組む。不適な笑み。みなぎる自信… 「いいか! お前ら!」 叫ぶハジメ。手を振り回す。 「この計画の目的はくだらねえ海神祭の…じ、じ、じんぶり? じんげり…じゃなかった。じんぐるだ! ちがう! じ…あ、じんくす、ジンクスだ! それをぶっつぶすことだ!」 叫ぶハジメ! ミチヒロ(やれやれ)、ミズキ(顔を背けてこらえ笑い)、トモ(笑顔でガッツポーズ)、キヨヒコ(苦笑)。ハジメは続ける。 「そのためにも、海神祭が中止になったら、次の日かその次か、このメンツであの島に行く!」 ハジメはきびすを返して遠くの離れ島を指さす。 「質問」 ミズキが不意に挙手。みんなも視線がミズキに。 「島に行ってさ、なにすんの?」 一瞬、時間が止まる。トモがハジメを見て、キヨヒコがハジメを見て、ミチヒロもハジメを見る。ハジメは腕組みして考え込む。 「…やべ、行くことしか考えてなかった」 ハジメの正直な告白。と、ミチヒロが、 「海に出て無事に戻ってくればいいんだろ? だったらすぐに帰ってくればいいんじゃないか?」 たしかにね。とミズキが頷く。キヨヒコはすごく頷く。 「うーん、それじゃ、なんかパンチが弱いな」 「パンチの問題じゃないような…」 キヨヒコの言葉は無視。 「ただ行っただけじゃつまんねぇな……そだ!」 思いついたのか、ハジメの顔が輝く。 「どうせならよ、離れ島でメシ食ってこようぜ」 「メシぃ?」 すっごいわけわからない顔でミズキ。 「バーベキューだ。と言っても、簡単なモノでいいんだが…」 「バーベキュー…」 ハジメの言葉でがぜん意欲がわいてきたっぽいキヨヒコ。とトモが笑顔で手を挙げた。 「焼きそばはどうかな?」 焼きそば…とそれぞれがつぶやいてその風景を想像する。 「よし、決定!」 決を採るまでもなく決定された。 「ひとまず役割分担だ。キヨヒコ!」 「はい!」 つい律儀に立ち上がるキヨヒコ。しかもカチコチ。 「キヨヒコはオールと食材担当!」 「しょ、食材?」 オールはまあ、覚悟していた。 「焼きそばのだ。あとでトモに聞いておけ」 「え…う、うん」 ちらりとトモを見てトモにっこりで、キヨヒコ沈黙。 「トモは料理担当。料理道具頼む」 「はい!」 「ミズキは下に敷くシートと皿とコップ。紙でいい。あと割箸」 「う、うん、わかった」 ちゃかしてくるとばかり思っていたのだけど、今のハジメは至って真面目に指示を出していた。 「ミチヒロはカセットコンロ…あるか?」 「問題ない」 「よし、じゃそれ頼む。俺はフライパンを持ってくる。こんなモノかな?」 一同考え込む。 「まだなんか穴がありそうな気もするけど…」 ハジメの考えだしね!と言う言葉はミズキは飲み込んだ。ハジメが妙に真面目なだけに言えなかった。 「まあ、細かいのはあとで詰めるとしてだ!」 ぐっと拳を握るハジメ。四人の顔を見渡して…にやり。 「行くぞーッ! 青春第七艦隊、発進だ!」 声、高らかに。目が点になる四人。 こめかみ辺りをぴくぴくさせながらミズキ、 「せ…青春…なんですって?」 「青春第七艦隊だ! カッコいいだろ」 聞き間違いじゃなかったらしい。ミズキはため息をつく。ちょっとでも真面目になったハジメに感心した自分がバカだった。 「あ、あんたね…」 「小学生で青春って早いと思うけど…」 キヨヒコ。 「第七って他にグループがいるわけじゃないし、不自然だな」 ミチヒロ。冷静すぎる。 「………」 お目目ぱちくりであっけにとられ中のトモ。 「それ以前にセンスなさすぎ!」 「うるせー! 艦長は俺だ。文句は言わせねぇ!」 怒鳴る。 「とにかくだ! 行くぞー!」 水平線に向き、大いに絶叫するハジメ。 ミズキは大いに不安になった。 そして八月二十二日はやってきた。 朝から本降りになった雨は嫌でも台風の暴風圏に入っていることを島民に認識させた。 小型で足の速い台風。明日、明後日には完全に抜けてしまう。 おそらく日本ならこんな事は珍しくないのだろう。しかしこの島は事情が違った。 それも、八月二十二日限定で… 艦隊発進! 嘘みたいに晴れた。台風一過の天気は快晴と言うことだが、何か神がかりな意図さえも感じたほどだ。それでも海は静か。人気はない。 おそらくあと二日ほどは同じ状況が続くだろう。 海神祭が雷雨で中止になると、四日以内に島民から海で死者が出る。 この島に生まれてしまった忌まわしいジンクス。 誰も海に近づかなければ死者は出ないという、たった一回しかない例外をただ妄信し、漁船すら出ていない。他の地域では信じられないようなことが現実になっていた。 決行の報は昨夜のうちにハジメから各隊員に伝わった。 みなぎる緊張。 言い出しっぺのハジメ。艦長のハジメ。 無茶は無茶で、危険は危険な、そんな航海の始まり。 午前九時。早くも遅くもない時間。 「ちょっと待て、おまえら」 おきまりの倒木のところに集合した面々。メンバーに変更も欠員もいない。 「これは探検なんだぞ! もっとだな、それなりの格好をだな…」 「なによ、探検するなんて聞いてないわよ。それに服装のことハジメに言われたくない!」 ミズキ。今日のズボンは膝までのハーフサイズで、上着はチャイナ風で腰の辺りに蝶の刺繍が踊っている。女の子らしい衣装なのかも知れない。でもハジメは言い切る。 「チョチョで誤魔化そうとしても無駄だ。お前の凶暴性はもうみんな知って…ごは!」 ミズキの鉄拳炸裂。言い切れなかった。 「ダメかなぁ?」 トモがワンピースの腰辺りをつまんでぴらぴらさせた。 「に、似合うよ。うん」 「それにサンダルじゃねぇか! なにかに襲われたら逃げられないぞ!」 誰かの弱いぼそ声を瞬殺してハジメ。 「猛獣はいないと思うけど?」 ごく普通に言うミチヒロ。 「お前もだ、ミチヒロ! 図書館行くんじゃないんだぞ!」 そう叫ぶのも分かるぐらい、ミチヒロは普通の格好。普通のズボンに白の半袖Yシャツ。 これで学生鞄を持たせたら今にでも宿題を始めそうな勢いだ。 やんちゃな小学四年生コスをしているのはどうやら、ハジメとキヨヒコだけらしい。 「うるさいわね。文句言ってる暇に早く移動しないと見つかるよ?」 確かにこの倒木のところは普通に車も通る道路から見えるところにある。 「まあ、そうなんだがな…」 慌てて行動するかなと思っていたが、ハジメは意外にためらう節があった。「?」の顔の一同。 「まあ、とにかく船のところに行こう」 ハジメはそばにあった自分のリュックを背負った。キヨヒコも。そしてその手には二本の手漕ぎオール。他の面々もそれぞれ手に荷物を取る。 ちょっとした遠足のようで、その反面、誰にも許可を取っていないから、罪悪感もちらほら。でも子供の好奇心はそれに勝っていた。 あの日に行った磯の奥の船にミチヒロを連れて再度確認もした。 「トモさん、大丈夫?」 心配なキヨヒコ。磯場に入って岩場も多くなる。上下の運動も多くなる。でもそんなキヨヒコの心配をよそに、トモは案外ひょいひょいと岩礁をクリアしていく。 「ありがとう。でも大丈夫だよ。キヨヒコ君もがんばって」 にっこりな笑みにキヨヒコ硬直。でもすぐに解いて自分も足を動かす。オール二本持つのはきついのでハジメに一本手渡していた。 「でもホント、嫌になるくらい穏やかよね」 岩場の上に立って、ミズキは海を見渡す。某ファーストフードのロゴみたいなカモメも元気に飛んでいる。風も波も穏やか。海に出るにも、漁をするにも最適な状況なのに、碇を上げる船は皆無だ。ミズキだってバカな話だと思う。けれど、言いようのない不安も確かにある。 「まったくだ。こんな日に海で遊ばないなんて、そっちの方がどうかしてるぜ」 岩場の上で腕組みしてハジメ。にかっと笑う顔に、どきっとするミズキ。ハジメに不安はかけらもないのだろうか。自分は不安を隠すのに一生懸命だというのに… 「埋蔵金でも出てきたりしてな!」 がははと笑うハジメ。 やっぱりただのバカかもしれない……ミズキは思った。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 必死にがんばった。磯場の数少ないネコの額ほどの地面に置かれたボート。それを引きずり、時には何とか持ち上げて、波打ち際まで運んだ。 その時にはすでにみんな虫の息。大人が一人でもいればいい。でも五人全員小学生。 「くっそ! 誰だ、あんなところに持ってった奴は!」 理不尽なことを叫ぶハジメ。どう考えてもこういう風に利用されないためだろう。 「バカなこと言ってないでシャキッとしなさいよ。これで終わりじゃないんでしょ?」 もう息を整えてミズキ。キヨヒコは屍と化しているというのに。 奴の復活を待って船の側面にオールをセットするハジメ。 「勝手に使っちゃって大丈夫なのかな?」 珍しそうに船の周りをぐるぐるするトモ。 「いい分けないじゃない。こういうのをね、無断借用っていうのよ」 「窃盗とも言うね」 こちらは真面目に船の側面をチェックしているミチヒロ。 「ど、どうしよう!」 慌てるキヨヒコ。 「どうもこうもねぇ! あれだ…その、お前のモノは俺のモノ! 俺のモノも俺のモノ!みたいな心構えだ!」 絶対コイツはバカだとミズキは思った。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ そして船体の半分ほどを波に浮かべてみる。頼りない感じだったが、確かに浮いた。すでに船に乗っていたトモは大はしゃぎ。 「すごい、浮いたよ!」 「ちょっと、トモ、揺らさないでよ!」 漁師の娘なはずなのにオタオタのミズキ。ミチヒロは動揺していない。ように見えて目が泳いでいるのをハジメは見た。先に船に乗り込んでいたのはこの三人だ。 半ズボンの特性を生かして、遠慮無く波際に入り込むハジメとキヨヒコ。海水の冷たさが心地よかった。 「ミッチー、船底は大丈夫か?」 「ああ、放置されていた割には問題なさそうだ。本当に船外機が壊れただけなんだな。ってミッチーって言うな!」 怒ってさっきの動揺は吹っ飛んだらしい。 定員大人四名のボート。子供が五人なら何とかなるだろう。 「ちょっと荷物が多かったかもね」 舳先のほうにトモと二人で座ったミズキ。後ろにミチヒロそれぞれの足下にそれぞれの荷物。五人分の焼きそばの食材と、フライパン、カセットコンロ、水。とかさばってしまった。不安にもなるだろう。 「キヨヒコ、行け」 ミチヒロの後ろで船を押さえて、ハジメがキヨヒコを促す。 各隊員に緊張がよぎる。 最悪のお約束は乗り込もうとしたキヨヒコの体重に負けて、ボートがひっくり返ることだ。まだ、膝までもない浅瀬だから…と言っても破壊力は絶大だ。 キヨヒコが船に手をかける。ぐら! 「キヨヒコ、そっとだからね!」 「う、うん」 でもキヨヒコの動きはぎこちない。 「キヨヒコ君がんばって!」 トモの声援。でさらに硬直するキヨヒコ。ガッチガチだ。 「ハジメ、反対側に回って力を相殺した方がいい」 とミチヒロ。彼もずいぶん緊張した顔でキヨヒコを見ている。みんな全然関係ないところで異常に警戒している。 ボートの側面から乗り込もうとするキヨヒコの反対側に回って、がしっとボートの縁をつかむハジメ。それを確認して、 「よ…しょ…」 ぐぐぐ…ぐら! 「きゃあ!」 重なるミズキとトモの悲鳴。反射的に座る位置をずらすミチヒロ。 キヨヒコ…ぐぐっと上半身を船の中に。その反動で、ハジメの身体が浮く。 さらに潜り込むキヨヒコ。ハジメ…ついでだからそのまま自分も乗り込んだ。 もがいて…やっと完全にボートの中央部に転がり込むキヨヒコ。 九死に一生を得たような顔で、 「やったよ! ハジメ!」 「よくやった」 ハジメの真面目なうなずき。キヨヒコ目が点に。てっきりまだボートに乗り込んでいないと思っていたから。 「キヨヒコの勢いで簡単だったぞ」 「ねえ、これってもう海難事故、防いだんじゃないの?」 ミズキ。 「可能性はあるな」 腕を組むハジメ。 あんまりだ。とキヨヒコは思った。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 航海は順調だった。突き抜けるような青空。 風もなく、波も穏やか。距離だって大して離れていない。オールでも十分到達できる。 キヨヒコエンジンも今のところ順調。 船の前にトモとミズキ。真ん中にキヨヒコ。後ろにハジメとミチヒロ。各隊員の体重バランスを考慮した結果こうなった。 「ひどいよ、ハジメ…」 何回目かのぼやき。とはいえ、もう海の上だと言うことを考えると、下手に交代できない。 「キヨヒコ君がんばって!」 キヨヒコの背中にかかるトモの声援。するととたんにがんばるすごく分かりやすいキヨヒコ。それを繰り返して、もう半分以上進んでいた。 「ハジメ? どうかした?」 ミズキが気づいて後ろを振り向いていたハジメに声をかけた。 「あ、いや、なんでもない」 妙に素直に返事してハジメはまた前を向く。どうもおかしいとミズキは思う。 本当なら先頭切ってはしゃぎそうなハジメが大人しい。ミズキだって子供だけのボートでの航海に不安もかなり、でもいつもと違った視点の海の風景に、風の心地よさに楽しさも感じ始めていた。隣のトモも終始笑顔で、風を感じて本当に気持ちよさそうだ。 ミチヒロもいつもの冷静な澄まし顔はどこへやら、ちょっと上気した顔で広い水面を見ている。 ハジメだけがどうも楽しんでいない、と言うより、他の何かにすごく気を取られている。 そんな疑念も、トモに話しかけられてすぐに霧散した。それにハジメはバカだからただの思い過ごしかもしれないとも思っていた。 「ほら、けっぱれ、キヨヒコ!」 ハジメのげきが飛ぶ。がんばるキヨヒコ。 (おかしい) ハジメは思っていた。 上手くいきすぎている。ボートが放置してあったところは磯に囲まれていて仕方ないが、海の上は違う。丘の上からも見えないはずがない。 つまり、もうとっくにハジメ達は見つかっていて、連れ戻そうとモーターボート、漁船なりが来てもおかしくないのだ。怒鳴られて怒られて、連れ戻される。 でも本当はそうなるとねらっていたのに。 海神祭の祟りなんか無いと証明できればいいわけで、このメンツでコソコソとあの島に行ってもあまり意味がないのだ。頭の固い大人を引きづり出さないと意味がない。 海の上でこの船が見つかれば、大人は救助に船を出すしかないだろう。それで無事に戻れば、それがいい証明になる。島に渡らなくても大人を海に来させればいいのだ。 それなのに…出航した岸辺りにも、あの辺の道路にも誰も来た様子はなく、この船が発見されたような感じは全くなかった。 偶然なのだろうか。それとも神がかり的な必然… 「これじゃ、行くしかないよな」 声に振り向くと、ミチヒロがじっとハジメを見ていた。どうやらハジメの魂胆はお見通しだったらしい。 「仕方ねえ、焼きそば食ってきてやろうじゃねーか」 意気込むハジメ。そのまま続けて、 「ほら、キヨヒコ! 島に着けばトモお手製の焼きそばが待ってるぞ! がんばれ!」 「そ、そうだね。よし!…って、ハジメ!」 さすがにからかわれたのが分かったらしい。赤くなって叫ぶキヨヒコ。トモに背を向けていたのはある意味ラッキーかもしれない。ハジメはがははと笑う。 海神祭の祟りだろうが関係ない。こうなったら自分たちでぶち破ってくるしかない。 御神体に焼きそばでも供えれば、機嫌良くなるかもしれない。 とにかく、雨が降ったら人が死ぬ、なんてばかげた迷信だけは消させてもらう。 ハジメはぐっと拳を握りこんだ。 離れ島はもうすぐそこだった。 次へ |