青春第七艦隊


 3

 「この辺でいいか」
 ボートから手を離してハジメ。ふうと息を付く。
 離れ島に無事に到着したハジメ命名「青春第七艦隊」のご一行。
 離れ島の海岸って言うほど大げさじゃなく、申し訳程度の砂浜にボートを押し上げる面々。
「なんか、あっさり着いちゃったね」
 腰に手を当てて、ミズキは周りを見回す。
 本当に何事もなかった。
 海神祭が中止になって、いわく付きの航海だったのに。
 むしろ清々しく、快適だったほどだ。
「子供だけでここに来たのは僕らが初めてだろうね」
 ボートを繋げた木の幹に手を添えてミチヒロ。
 確かにそうだ。海神祭のことが無くても、この離れ島は立ち入り禁止の地帯。規模なんて小さなモノで、建物が群れをなして建つなんて出来ない。
 せいぜいちょっとした林と、縦長にそびえる島というか隆起の頂上に、神様を祭った社があるというくらい。
 干潮で潮が引いたときならともかく、通常はボートを寄せられるのはハジメ達のいる幅、およそ二十メートルほどの浜しかない。あとは岩でごつごつしていたり、切り立った断崖で覆われている。その断崖があるせいで、よけい子供は立ち入り不可になっているのだった。
 木陰が多く、そこに入ると空気が幾分ひんやりしているように思えた。
「よし、とにかく行こう」
 ハジメが先頭に立って皆を振り向く。キヨヒコはオールを外してボートの中に起き、自分のリュックを背負う。あと水道水のはいったペットボトル入りビニール袋。
 トモも竹編みの手提げ袋を持って、肩に水筒をかける。
 ミズキも続いてリュックを背負う。ミチヒロも。カセットコンロの入っている袋が違和感ありまくりだ。
 浜から続く道はなく、いきなり獣道のように強引に作ったとしか思えない、階段が始まる。先日の雨でぬかるんでいたが、踏み木はしっかりしている。
「林間学校みたいだね」
 にこにこのトモ。このメンツで一番楽しんでいるかもしれない。ハジメに続いて階段を上り始める。そのあとにミズキ。ミチヒロ登ってしんがりはキヨヒコ。
 べらぼうに長い階段じゃない。だからキヨヒコの足でもそんな遅れないだろう。
 林の中のトンネル。時々の日差しはまぶしく暑く、木陰にはいるとひんやりな空気が肌に新鮮だった。潮風の匂いと木々の匂いと混ざっている。
「一本道だし、探検ってほどじゃないじゃない」
 ハジメの背中に声をかけるミズキ。
「バカ言え、こっからだ」
 弾んだ声。にミズキは不思議に安堵した。いつものハジメだ。バカだけど。
「蛇とかでないといいけど…」
 不安な顔で足下の草むらを警戒するトモ。確かにそんな不安を彷彿させるような風景。林だったが、見通しが悪く、草ぼうぼう。雨露に濡れた木々はいっそう静寂感を増しているようだった。
「蛇が出たら、ヘビ焼きそばにしようぜ」
「えええ?!!」
 びっくり暁天のトモ。料理担当だったからだ。ミズキは…超あきれ顔。
「はいはい。ヘビが出たらハジメを焼きそばの具にして餌にしといてあげるわよ」
「ふぇええええ?!!!」
 さらにびっくりするトモ。素直すぎる人は大変なのだ。

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 狛犬もなければ鳥居のもない。でもここがそうだとわかったのは、建物はこれしかなかったからだ。木造のぼろぼろの小屋。高床で正面の扉は両開き。小屋の正面は見て取れたが、その後ろはすぐに林になっていて、どうやら下りの斜面になっているようだった。
 見てわかるほど、ぎしぎししそうな木の階段。その前にとりあえず少年少女五人は集まった。緊張な面もち。むりもない。離れ島の社。そこに海神祭の御神体はある。
 つまりこの小屋。社には見えなかったけど、そういうことになるだろう。
 ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ…ハジメが先頭を切って階段を上がる。
 木の扉の取っ手に手をかけ、一息つく。緊張の一瞬。
「さあ、ご開帳だ」
 と言って開けた! なぜかしゃがんで目を閉じるキヨヒコ。
「……なんだ、こりゃ」
 唖然とするハジメ。すぐに全体を見渡してしまえるほどの広さ。六畳か、八畳ぐらいだろう。
「どうしたのよ?」
 ミズキもハジメの横に立って中を見た。絶句。
「なによ…これ」
 黙ったまま、ハジメも中にはいる。土足でかまわないだろう。
 どう見ても神様を祭っているような内装じゃなかった。
 外から見た感じはぼろそうだったが、中は意外にしっかりしている。先日の雨もほとんど浸水した気配がない。
 小屋には正面の両開きの扉、奥の裏口に通じるだろう引き戸。あと窓はあるものの、板を中から打ち付けてあって、はめ殺しになっていた。だから正面の扉から入ってくる光だけで中が照らされていた。
「神様なんかいないじゃない」
 ミズキの正直な感想。一目でわかった。小屋の中に、仏像も何も神様を想像させる物は何一つ無かった。神棚も当然ない。でも、何もない部屋ではない。
「こりゃ、大漁旗だな」
 小屋の中には大小様々な大漁旗がかけられていた。天井と側壁に二点だけ止められ、あとはだらりと垂れている。十数旗はあるだろうか。古い物も新しい物もあった。
 他に小物とかが入った段ボール箱や、木の箱が二つ。頑丈そうなロープなどがあり、どう見ても他に何もない。
「うわ、すごいね」
 キヨヒコ。そのあとにトモもミチヒロも続く。ミチヒロは中を見てめいっぱい驚く。
「ハジメ、これって…」
「ああ、どうやら神様なんて祭ってないらしい」
 推理するような目になって、それから声のトーンを変えた。
「とにかくいったん出ようぜ。ここ暗すぎ」
 さっさとハジメは飛び出した。キヨヒコがすぐに続いてミチヒロ。
「トモ? どうかした?」
 一人だけ中に残りそうな勢いだったトモにミズキは声をかけた。ぼーっと大漁旗をただ見ていた。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
 振り返った顔は笑顔。ほっとして、ミズキもトモと一緒に小屋を出た。
「よし、さっきのアレの調査はあとだ。メシにしようぜ」
 元気なハジメ。
「でも、ハジメ…」
 ミズキ。少し弱い声だった。
 青春第七艦隊と称してしまった五人はこの離れ島で海神祭の御神体を見に来た。しかし、唯一の建物の中にそんな御神体なんて物は存在しなかった。
 そんな広い敷地じゃない。ほこらとかそういうのが隠れている様子もない。
「まずは落ち着こうぜ。ほら、アレだ。腹が減っては戦はできねーってやつだ」
 うんうんと頷くのはキヨヒコ。
「戦なの?」
 トモ。
「そうだ。立ち向かわなければならない敵だ。宿題と一緒だ! ……やべ、あんまやってねーぞ…」
 急に黙り込むハジメ。
「よし! 今日帰ったらミチヒロんちで宿題もやっつけるぞ!」
「おい、ハジメ!」
 いきなり自分に火の粉が飛び、焦るミチヒロ。でもすぐに冷静に、メガネをくいっと正して、
「まあ、『写す』は無しだったらいいけど?」
「それ意味ないだろ!」
 怒るハジメ! 逆ギレとも言う。
「写しちゃダメだよー」
 トモもたしなめるも、ハジメは写す気満々。
 キヨヒコは置いてけぼりを食って目を丸くしている。
 ミズキは深く息を付く。
「なんか私だけ深刻になって、バカみたい…」
 誰にとなくつぶやいた。

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

「はぁ? ちょっと、ハジメ!」
 異議ありありの顔で、ミズキ。
 例の小屋の前に適当にピクニックシートを広げて、おのおの準備に取りかかる。
 先に決めたとおり、焼きそば。
 ミチヒロのカセットコンロ。
 ハジメのフライパン
 キヨヒコの焼きそばお徳用パック。3人分二袋。
 トモの調理道具、と調味料。
 ミズキの紙食器。
「ミズキ、まさかトモだけに料理させるつもりか?」
「そ、そうは言わないけど、その、ミチヒロとか…」
 ちらりとミズキはミチヒロを見た。
「あ、ごめん、僕、料理は専門外だ」
 焼きそばのパックの裏面なんか見てたから期待したのに。
「おいおい、仮にも女の端くれなら…」
「差別!!」
 ばし! 殴るミズキ
「ってーな、いちいち殴るな!」
 いつもの口げんかが始まるかと思ったとき、
「ねえ、ミズキちゃんも作ろうよ」
 楽しそうな、楽しそうなトモ。にこにこだ。うっと唸って言葉に詰まるミズキ。
 当然ハジメはミズキが料理苦手なのを知っていた。内心ニヤリのハジメ。それに気づくミズキ。
「ハジメ、覚えてなさいよ!」
 ぶすっと腕組みするミズキ。ミズキは一番不細工に出来たのをハジメにやろうと決心した。
 わざわざ持ってきたマイエプロンを装着するトモ。それに見とれるキヨヒコ。冷静に調理道具を並べていくミチヒロ。
 ハジメはカセットコンロを手にとって、ガス缶をはめ込む。
 調理台とかないから、小屋の高床の梁を利用した。確かにちょうど良い高さにあった。
「お料理〜」
 にこにこ。
「なんで私が…」
 ぶつぶつと、いまだ不満なミズキ。タマネギ、豚肉はもう切ってあって、それをパックに詰めてトモは持参していた。確かにその方がかさばらないし、面倒もない。
「二人がかりでやる必要なんてないじゃない」
 まだ言っているミズキ。トモはクスッと笑って、
「でも、ミズキちゃんとお料理楽しいよ」
 くもりなど一点もない笑顔。そんな笑顔を浮かべられたらミズキはあきらめるしかない。
 五人分の焼きそばは、大きめと言っても一つのフライパンで一気に出来ない。だから何回かに分けて料理することになる。
「でもなんで焼きそば? おにぎりの方が面倒無かったんじゃない?」
 あの時率先して焼きそばを提案したのはトモ。バーベキューしに来たのではないのだから、何もこっちで料理しなくてもいいのだ。でもみんな不思議に反対しなかった。
 焼きそばは焼きそばで、食べたくなったから…とも言えそうだが。
「おじいちゃんがね、好きだったの。ごめんなさい」
 ぺろっと舌を出すトモ。トモはすぐに目の前の食材に視線を戻してしまったが、ミズキはそのままじっとトモを見つめた。
 少し前まで思い出すだけで涙ぐんでいたトモが、海と海神祭のいわれと正面で向き合ったことで強くなっていた。ちらりとミズキはハジメを見た。ハジメはシートの上で、ミチヒロやキヨヒコと何か談笑していた。人数分のカップに皿に箸と、仕事は済んでいたので文句はない。
(みんなあいつがきっかけ…)
 ミズキだけだったら、トモを海と向き合わせるとか、海神祭のいわれに立ち向かわせるなんって事はできなかっただろう。トモは大切な親友だから。
(私が臆病なだけなんだよね…)
 息を付く。そして、もう振り切った。
「それじゃ、ちゃっちゃとあいつらのエサ作っちゃおう」
 腕まくり。ミズキは持参していなかったのでノーエプロンだ。
「え……あ、う、うん! がんばろう!」
 トモの笑顔。ミズキも笑った。

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 焼きそばはうまかった。約一名以外。
「くっそ、なんだこの焦げは!」
 ぐはっと焦げの固まりをはき出すハジメ。容赦なく焦げている。
「なによ、せっかく作ってあげたんだから文句言うんじゃないよ」
 麦茶をすするミズキ。比較的焦げの少ない自分の焼きそばはもう食べ終えていた。
 トモが作ったのはキヨヒコとミチヒロ、あと自分の分。
 ミズキが作ったのは…
「ちくしょう!」
 悔しそうなハジメ。ミズキ横目ちらりで、
「ばーか」

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

「大漁旗ばっかりだな」
 天井から壁に掛かっている旗を押しのけるようにしてハジメ。五人は小屋の中にいた。海神祭の神様を祭っている社でないのは一目でわかるほどだったが、狭い離れ島に他に建物はない。だからここを探検するしかない。
 正面の扉は全開に開けて光を取り込む。窓はすべてふさがれていたから、それでも暗いところはちらほらあった。
「わりと新しい物もあるね」
 旗の生地をじっと見るミチヒロ。色あせた生地から、確かにまだ覇にも残る物もあった。
「大漁旗の展示場みたいだね」
 珍しそうに眺めるキヨヒコ。トモお手製の焼きそばを食べたから、もうご機嫌だ。
「トモ?」
 トモがじっと一つの旗を見ているのにミズキは気づいた。好奇心の目じゃない。真摯で真剣な…
「…これ、おじいちゃんの…」
 青地と白の大漁旗、船名「海風丸」。
「本当だ。いつのだろう…」
 ミズキもトモのそばに来て同じく旗を見る。海風丸はトモの祖父の漁船。小さい頃に見たことがあった。ミズキの祖父とも親交も深かった漁師仲間。
「イガ爺のもあるぞ」
 ハジメの声に、一同驚く。
 イガ爺。ナワタリ イガゾウ、今年七十になるベテラン老漁師。それ以上にお気楽な楽天的な、軽快である意味滑稽な。そんなこの島での名物老人。
 漁師としての腕前もすごいのだが、おもしろじいちゃんの印象が強すぎるのだ。
「なんかこれが一番新しくない?」
 船名「乱詠丸」。ワケわからない船名。本人曰く適当に付けたと、ホントにワケわからない。
 ミズキの言うとおり、その旗が一番新しいようで、ついた埃が一番少ない。
「どういう事なんだろう」
「さあな、そういう趣味なんじゃないか」
 ハジメもいかにも適当に答える。どういう趣味だよと、苦笑のキヨヒコ。
 古い物は確かに古かった。小屋自体は意外にしっかりしていて、雨露はしのげても、決して保存状況は良くない。色あせたり、解れたり、破けたりしていた。
 保存の目的でここにあるわけではないようだ。
「どう思う? ミッチー」
「ミッチーって言うな! …ったく。もしかしたら奉納かもしれない」
「奉納?」
 腰に手を当ててミズキ。
「ああ、何かの祈願で大漁旗をここに納める。全部判別できたわけじゃないけど、ここにある大漁旗はどれも島でも有名だった人の物だ」
 島を代表する漁師の大漁旗。たしかにそれならトモの祖父やイガ爺、他にも知っている漁船の名前もちらほらあった。
「奉納なら、やっぱり神様はいるのかな?」
 トモ。海風丸の旗のそばを離れていない。キヨヒコは驚いてまた小屋の中を見回してしまう。確かに奉納なら近くに神様が控えていないと話にならない。
「あの戸の向こうかもな」
 部屋の奥。正面の扉の反対側にある裏口へどうぞ!みたいな引き戸。奥にもう一部屋あるとは思えなかったが、そのとの奥にほこらがあるのは十分に可能性があった。
 とととととかけよるハジメ。やはりこういう行動はハジメが一番速い。でも青くなるキヨヒコ。
「や、やめようよ、ハジメ」
「うるせー、ここまで来てなに言って……ちくしょー!」
 引き戸の取っ手に手をかけて力を込めるハジメ。でも開かない。
 ガタガタはする。でも何かに引っかかって動かない、そんな感じ。釘か何か打ち付けて、はめ殺しになっている様子はない。
「うっわー、非力〜」
「くそ。開かねー。おい、馬鹿力! 何とかしろ、この、馬鹿力!!」
 どげし。殴られた。
 結局開かず、ハジメがピクニックシートを中に持ち込み、少し休憩になった。
 焼きそばの時は日差しは暑くても、やはり明るい陽の下の方が良かったから、外にしたけど、休むだけだったら話は別だ。
 戸を閉めてしまえばあまり日差しは入り込まない小屋の中は幾分ひんやり。でも解放できるところが正面の扉しかないから、風通しは今ひとつ。
「少し昼寝でもするか!」
 時計の針はまだ十二時になったばかり、少し焼きぞば昼食が早かったような気もするが仕方がない。とにかく、まだ時間は十分あった。
「食べてすぐ寝て…キヨヒコになっても知らないから」
 キヨヒコは涙する。
 あんまりだと思った。

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 すごく疲れていたのだろう。キヨヒコが一番寝付きは早かった。
 ミチヒロの腕時計のアラームを利用しての約二時間の仮眠。
 確かにこの日差しを避けるにはこの小屋は最適。
 五人で寝るにはピクニックシートは狭い。そこで大工さん御用達の、ブルーシートを広げた。持ってきたわけではない。なぜか段ボール箱の中にあったのだ。
 それをあっさり使ってしまえるハジメがすごいのか、すぐに順応してしまう子供五人が総じてすごいのか。
 がたん! と大きな音でまずミズキが起きた。あくび一発で見てみると、開いていたはずの両開きの扉の片方が閉まっていた。
 誰から出かけたわけでなく、トモもキヨヒコも、ミチヒロにハジメも小屋の中にいた。
 ミチヒロも起きた。上半身を起こしてまず腕時計をみた。メガネは枕代わりのリュックの中。メガネケースも持ってきていたのだ。
「まだ時間じゃないよね」
 なんだかんだ言って、しっかり寝ていたミズキ。
「うん、でもあと十分ぐらい…」
 かな?とミチヒロが言いかけたとき、すごく強い風が小屋の中に突進してきた。埃とシートと、大漁旗をばたばた舞わせる。
 でもすぐに扉のもう片方がゆっくりと動いて…ばたん! と閉まった。急に暗くなった小屋。ハジメが飛び起きた。
「なんだよ! 今の風は!」
 独り言のように言って、駆け出す。風で閉まっただけで、ホラー映画のように閉じこめられたワケじゃない。すぐに開いた。また明るくなる。
「ちくしょう、なんだよ!」
 叫んでハジメは小屋から出ていって裸足のまま地面に飛び降りた。嫌な予感がして、ミズキもすぐに後を追った。靴をすぐに履いて。
 ミチヒロもすぐにメガネを出して、続いた。
「どうしたの〜?」
 さすがに気づいてトモも起きあがった。でもまだ眠そうに目をこすっていた。
 キヨヒコは熟睡中。
「ハジメ」
 ミチヒロの鋭い声。天候は決して悪くない。でも…風が強くなっていた。
 強くなびくミズキの髪。
「全く、何そんなに慌ててんのよぅ…」
 ふあっとあくびミズキ。でもハジメに睨まれる。
「寝ぼけてんな、バカ! 俺達は何に乗ってここまで来た?」
 びくっとして、ミズキは考える。ボートで……
「あ!」
 気づいてミズキも顔色を変えた。
「ミズキ、他の連中起こしておいてくれ、あと荷物もまとめてくれ」
「ハジメは?」
「船までひとっ走りしてくる」
「僕も行くよ」
 ミチヒロ。頷いて早速ハジメは走り出す。
 それを見送ってミズキもすぐに小屋に引き返す。小屋の木々に揺れで風の強さを実感してしまう。台風のような暴風ではない。でも波を揺らすには十分すぎる。
 そして自分たちは子供だけの手漕ぎボートでここまで来た。ただでさえ難儀してきたのに波が高くなった海をあのボートで…
 海神祭のいわれがずしっとのしかかってきた。正直忘れていた。それほどここに来てから楽しかった。それはたぶんミズキだけじゃないはずだ。
 こんな事ならさっさと帰れば…でも、思いきり炎天下のあの陽の下をボートで帰るのはしんどかったし、こうも急に風が吹き始めるなんて予想もしていなかった。
 ハジメを責められるはずもない。
 小屋の中にはいるとトモは起きていた。と言っても上半身だけ起こして、半目でふらふら揺れていた。この子は寝起きあまり良くない。
「トモ、起きて!」
 まっすぐにトモのところに向かう。で、途中で何かを踏んだ。
「ぎゃー!」
 キヨヒコの悲鳴。ぱちっと目を見開くトモ。びっくり目。ミズキも。でもミズキはすぐに何をやらかしてしまったか悟り、たはははと苦笑した。
 キヨヒコは横になったまま身体を「く」の字に曲げて悶絶していた。涙目が同情を誘う。
 男にとっては最強の弱点。踏んではいけないところをミズキは踏み抜いてしまった。
 結果として、トモもキヨヒコも目だけはしっかり覚めた。被害は大きかったが…
「キヨヒコ、ごめーん」
 今だ悶絶のキヨヒコに手を合わせて謝るミズキ。トモはただ「?」の顔で二人を見ていた。

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 来るときは木漏れ日の漏れるトンネルのような林の道も、強い風であおられ、激しく揺れ、音も風景も不安をかき立てる材料にしかならなかった。
 階段を駆け下りる。
 ボートを着かせた浜に出た。
「やられたぜ…くそっ!」
 ミチヒロは叫ばなかったが、拳を握りしめて海を睨んだ。波が高くなっていた。普通に船ならまだ怖くないかも知れない。でも自分たちが乗ってきたのはボート。それも船外機はなく手漕ぎだ。
 天気予報にはない「荒れ」。嘘としか言いようがない。しかも空模様も悪くなってきた。
 水際も伸びていて、まだ繋いであるボートまで届いていないが、時間の問題のように思われた。
 もっと高いところに移動したかったけど、二人ではキツイ。
 本当にバカな小説のお約束のような展開だ。
 去年死んだ老漁師は不安など何もないような天候の元、帰らぬ人となった。
「ハジメ…」
 さすがのミチヒロも動揺している。
「いったん戻ろう」
 くるりと身を返すハジメ。走る。
(どうする?)
 背後にミチヒロが付いてきてるのを感じながらハジメは考える。
 勝負をかけられない波ではないと思う。でも乗員は五人いるのだ。荷物は置いて行くにしても不安なのは確かだ。
 今日は帰らないで泊まる。あの小屋なら問題はないだろう。でも泊まるための準備をしていない。食料も、もうない。電話も何もない。
 やっぱりいったん自分と誰かでボートで帰って、それで救助を求める。それしかないかもしれない。ものすっごく怒られる。それももう覚悟している。
 でも今日はまだあの海神祭のジンクスの最中。大人が船を出すだろうか…
 バカな考えだ。出すに決まっている。でも…つい考えてしまう。
 海神祭のジンクスにとりつかれた島。ハジメも根っこのところでは例外ではないのかもしれない。



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