Happy Party

 PAGE 2 締め切り前の転校生
 
 廊下を歩いていた。
 歩いているのだ。
「おい」
「なによ」
 日は移って、昼休み。解放された生徒たちの喧噪で賑わっている。
「何でお前がついてくるんだ」
 はじめは横にいる加奈に言った。加奈とは同じクラスではない。されど横にいる。
 申し合わせたわけではないし、申し合わせるわけでもない。
 お互いに不本意。それはお互いの顔に書いてあった。
「うっさいわね。たまたま行き先が同じなだけでしょ」
 加奈もつんつんとがる。
「いつもの奴らはどうしたんだよ」
 はじめの隣にはちょこんと優がいた。優は時々はじめにくっついて学食に行くので珍しい
ことではなかった。
「いいじゃないのよ。今日に限って、やっかいな片づけモノ頼まれて出遅れたのよ。そ・れ
・に!」
 びっとはじめの顔の前に指を立てる。
「誰もあんたと一緒に食べるなんて言ってない。まあ、ゆーくんとだったらいいけどね」
 にこりと笑んで加奈は優を見た。けれども、気づいてなかったように優が、え?っと顔を上げ
る。このマイペースさは姉譲りだ。
「願ったりだ。一緒だとやかましくてだめだかんな」
「ふんだ。…あれ?」
 ふと、食堂に続く廊下の前方の人影に加奈が気づく、よく見知った人物だった。
「石塔先輩」
 前方にいたのは読み物クラブ副部長こと、石塔宗司。
「おや、皆さん。学食かな?」
 足を止めて石塔が三人を見た。
「はい。そうです。まあ、一緒にというわけではないです…が!」
 最後の「が」の部分で加奈ははじめをにらむ。はじめもムキになる。漫画なら頭に湯気の
写がかかれていることだろう。
 それをさらりと流す石塔。
「先輩も食堂ですか?」
 と優。
「そうなんだ。今日に限って弁当を作り忘れてね。参ったよ」
「先輩、自分でお弁当作るんですか?」
 加奈がびっくり目。
 長身で美形。モデル顔負けの容姿には学食も似合わない気もしたが、お弁当もそれは
それで似合わない。しかも自分で作っているという。
「まあね。やっぱり意外だったかな?」
 苦笑する石塔。こういう反応にも慣れっこのようだ。
「そ、そんなことないですよー。やだなー」
 と首を振った。その横で、
「なんかマニアックなおかず作ってきそうだよな」
 ぼそっとはじめが小さく言った。、何げにあり得ると加奈は思ってしまって文句言うタ
イミングを逃してしまった。
「まあ、なにかの縁だ。みんなで食べようか?」
 との石塔の提案に、先ほどの意見は宇宙の彼方のようで加奈は素直にうなずいてい
た。
(なにかの縁って、読み物クラブのじゃないのか??)
 はじめは心の中で思うだけにした。
 再び歩き出す一行。
 人気のパンや限定の定職などを目的としていないから、足取りはゆっくりだった。
 そして、食堂までもうすぐというときだ。
 石塔先頭、加奈は石塔の右隣、はじめと優は石塔の後ろ…
「…るっぞーーー!」
 と気合いの声とともに、石塔の左手の廊下から、右拳が飛んできた。完全に死角から。
 ばこっ!
 鈍い音。
「がふぅ」
 と妙な声と一緒に石塔の頭が跳ね上がった。
 さわやかな風のような一撃だった。

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
 席についても、その少女は謝り続けた。
 喧噪で賑わう学生食堂。その喧噪にも負けないほどの気迫に、慌てようだった。
「まあまあ、もういいから、気にしないで」
 と石塔。若干まだ頬のあたりがひりひりするが、おおむね笑顔だ。
 あの一撃は交差するもう一方の廊下から、元気に歩いてきた女生徒の右アッパー
だった。見事に石塔の顔にヒットした。
 しかし、幸い大事には至らず、こうして学食で過ごしている。
 女生徒は秋名小夜と名乗った。一年生で昨日転校していたと言うこと。
 そういわれて優も思い出したらしい。同じ学年だから噂だけは耳にしていたようだ。
 背中までのストレートの髪がよく似合っていた。
 まだまだ動揺が収まらないらしく、赤い顔で小さくなっていた。
「しかし物騒だな。拳振り回すの癖なんか?」
 とはじめ。なんだかんだではじめも同席。
「ちょっと失礼じゃない」
 と加奈。結局四人と小夜で学食の卓を囲んでいた。
「すみません。意気込みって言うか、今日から初登校だったんで、がんばるぞーって思った
らその…」
 膝の上で指を組んで、必至に言葉を紡ぎ出している。気の弱さの現れかもしれないが、
素直で純粋そうで、石塔は好感を持った。
「なるほど。元気があっていいじゃないですか。転校したてじゃ大変だけど、がんばって
くださいね」
 と石塔が、小夜に優しく言った。小夜はどきっと身をすくませると、
「は、はい。ありがとうございます!」
 と目の前のきつねうどんに顔をつっこむんじゃないかってくらい頭を下げた。
「ははは、僕こそおごってもらって、ごちそうさまだよ」
 という石塔の前にはA1定食。学食の誇る最高級定食だ。
 せめてのもお詫びと小夜がおごりますと言って聞かなかった。石塔ももちろん遠慮した
が、「お願いします」と懇願されて折れてしまった。
「ついでに俺にもおごってく…ぐは!」
 はじめのバカにすかさず加奈の右フック。
「いただきまーす」
 そんな面々を横に、優はカツカレーをおいしそうにほおばる。
「ま、バカはほっといて食べましょう。ね、ゆーくん」
 と加奈。獲物はカツ丼。
「いてーな」
 とはじめが怒鳴るが、加奈は「ふふーん」と笑って軽くいなした。最近はじめの扱いに
なれてきたようだ。はじめは大盛りキムチラーメン。
 小夜もようやく自分を取り戻して、箸を手に取った。食べようとして、気づく。
「あの…?」
 小夜が石塔に声をかけた。
 石塔はテーブルに頬杖ついてじっと定食を見ていた。
 真剣で真摯な眼差し。定食という物体を内面構造から、制作過程。すべてを見極めよ
うとするかのような…そんな視線。
 しかし、知らない小夜は動転してしまう。もう一度声をかけたが、やはり石塔は反応
しない。不安になってきた。
 加奈はそれに気づいて、
「あ、小夜ちゃん、大丈夫。先輩がそうなったらしばらく気づかないから。今自分の世界に
行っちゃってるから、声かけたくらいじゃ戻ってこないよ」
 状況になれているようで、加奈がおもしろそうに言った。
「は、はあ…」
 よく分からなかったが、頷くしかない。
 定食を見つめる石塔は男性なのに優雅でキレイだった。一枚の写真を見ているような、
完成した作品を見ているかのようだ。
(うわ…)
 ドキドキしながら、小夜はしばし石塔に見入ってしまった。じっと見つめても石塔は気づ
く気配も見せない。
 はっとあわてて小夜もきつねうどんに手を出す。
 物思いに耽る石塔を正面に、きつねうどんを食べるのも妙な感じがしたけど、おなかが
空いているので食べるしかなかった。


      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「読み物クラブですか?」
 昼食がすんで学校の中庭。昼休みはまだ半分弱残っていた。
「そう。私とゆーくんと、石塔先輩と……このバカは同じクラブなの」
 と加奈は楽しそうに言って、楽しそうじゃないはじめに睨まれる。
 あのあと石塔は、みんながほぼ食べ終わるまで物思いに耽っていて、加奈たちは先に
あがってきたのだ。それで小夜を誘って中庭のベンチで過ごしていた。
 石塔はたぶんまだ食堂。優は次の科目が移動教室だから準備があると先に戻った。
「活動の中心は読書だけどね。他にみんな小説も書いてるよ。一学期、二学期、三学期
に、ノートに一冊ずつ部活動として小説を書いて…あ、詩とかエッセイでもいいんだよ。
それ以外にも個人的に書いたりもしてるし、楽しいよ」
 言動の証拠みたいに楽しそうに加奈は笑む。
「小説…村場先輩も小説書くんですか?」
 興味を引かれたのか、小夜が真剣に聞いてきた。
「書くよー。この前、やっと全ラブ書き上げて部室に持っていったんだ。へへへ」
 加奈は照れたように赤くなる。
「全ラブ??」
「全バカラブだ」
 隣のベンチにいたはじめが口を挟んだ。
 ぱこ!
「あたっ!」
 はじめの額にコーヒー牛乳の空パックが直撃。投げた人物は…言うまでもない。
「いてーなこのバカ! 暴力病女!」
 はじめがパックを投げ返す。加奈はひょいっと身をかがめてかわす。噴水近くに転がった
パックを小夜は拾いに行った。健気な風景になんだか優を見ているようで加奈は笑った。
「ゴミ散らかすんじゃないの。ごめんね、小夜ちゃん」
 いえ、そんなと謙遜する小夜から、元は自分のだったパックを受け取る。
「秋名。あまりそいつになつかない方がいいぞ。苦労が目に見えてる」
「え? あ、あの…」
 小夜は面白いように動揺した。この二人のやりとりになれていないから、動揺の連続だ。
「うっさいわね。あんたもうどっか行きなさいよ。ここはお子さまの来る所じゃないの!」
 しっしっ!と手で追い払うような仕草。
「どっちがお子さまだ」
 はじめはベンチに横になった。暖かな日差しが心地いい。
「ごめんね。小夜ちゃん。…そだ。全ラブは全天候LOVE。恋愛モノの激萌え本よ」
「げ、激萌え??」
「そ、今回のは自信作なの。今手元にないけどね」
「へぇ…」
 そんな小夜の眼差し。気持ちうるうるしていた。
「小夜ちゃんも本好き?」
「はい。小さい頃から運動は苦手だから、本ばかり読んでて。自分でも書いたり…その」
 と恥ずかしそうにうつむく。
「小夜ちゃんも書いたりするの? へえ…へえ…」
 とまるで値踏みするかのように加奈は小夜を見つめる。さらに赤くなる小夜。
 慌てて、
「全然上手じゃないんですけど」
 ぶんぶんと首を振る。そんな小夜に加奈は笑んで見せて、
「そんなの関係ないよ。書くということ、想像したことを形にすることが大切なことなんだっ
て薄さん言ってたもん」
「すごいだなんて…そんな」
 恥ずかしそうに下を向いてしまう。
「ねえ! 今日の放課後、良かったら遊びにこない?」
 きらきらお目目で加奈が提案した。
「えっ?」
「読み物クラブに」
 と加奈は笑った。