Happy Party
  PAGE 4  その名もkyo−ko

「秋名さん、部活決まった?」
 翌日の放課後。身支度をしていると、同じクラスの女生徒が声をかけてきた。
 転校してきて間もないけど、クラスで友達もできた。
「まだだけど…でも」
「ねー、一緒にテニス部行こうよ」
 そういって友人は手に持ったラケットを振ってみせる。すでに準備万端のようだ。さす
がに制服姿だったが。
「ごめんなさい。運動はちょっと苦手で。それに行きたいところがあるから」
 ぺこりと小夜は頭を下げた。真剣に申し訳なさそうな小夜に友人はくすっと笑って、
「残念。それで行きたい所ってどこなの?」
「えっと、読み物クラブ」
「読み物クラブ? あ、それって、あのかっこいい先輩のいるところだよね?」
 どきっとして小夜はやや赤くなる。
「せ、石塔先輩のこと?」
「うん、髪長くて、すらっとしてて、目立つ人だもんね」
「そ、そうだね」
 何となくうつむいてしまう。不思議なくらい意識してしまっている自分に気づいた。
「先輩のため?」
「ち、ちがうよ」
 あわてて小夜は首を振った。部活に入りたいと思ったのは別の理由。石塔がいる
から…というのもあるけど。
「うそうそ、ごめん。お互いがんばろうね」
 友人にっこり。
「うん、ありがとう」
 小夜もほっとしながらも笑顔で手を振った。友人が教室を出ていくと、小夜は鞄を
抱えた。中には二冊のノート。いや、もちろんそれだけじゃないが、今日一番大切な
物はその二冊だろう。
 今日また行くことは加奈にも薄にも告げていないので一人だ。
 薄の弟の優は隣のクラス。でも優はいなかった。薄さんに似た優しい感じの男の子
で、小夜も可愛いと思った。と思ったらほかの女生徒の間でもなかなかの人気らしい。
 一緒に行ってもいいかなと思ったが、周りにあれこれ言われるのもなんだか恥ずかし
いので、小心者の小夜は結局一人で部室路についた。
 きょろきょろ見回す。よしと判断しつつ歩く。なんといっても転校間近。いまいち自信が
ない。昨日、加奈はじめと歩いた風景を目にしてやっと安心できた。
 放課後の部室棟につづく廊下はにぎやかだ。ほとんど知らない人たちだから、見られ
ているような感じで落ち着かない。安心できたのは方向性だけのようだ。
 このへんの気の弱さはしばらくは小夜の重要課題だろう。
 少し進行方向から目をそらしたまま歩いていたのが悪かった。
「ぅきゃ!」
 どんと誰かに小夜はぶつかった。うつむいていたための前方不注意だ。
 小さな「う」が先に来なければ可憐な少女の叫びだったが、もう後の祭り。といっても
小夜はそれどころでなく、尻餅ついてしまった。
「…すみません」
 顔を上げると同じ制服を着た女の子が小夜を見下ろしていた。
 第一印象。すごいきれいな人だと思った。たぶん半端じゃなく。
 すらりとした細身で、髪は小夜よりも長く艶やかになびいている。無表情のように
じっと小夜を見つめる目も澄んでキレイだ。
 女性としてのすべてのパーツを特別注文で造ったような…
「大丈夫?」
 ぽつっとその女生徒は声をかけた。ぼーっと見とれていた小夜はあわてて「はい!」と
律儀に返事して、立ち上がる。
 鞄はというと落とした拍子に口が開いていた。
 ぎょっとして見渡すと大学ノートが一冊、飛び出して廊下に落ちていた。
 凄く焦った。でも、廊下に飛び出したノートの色から、自分のノートだと気づいて安心
した。薄のきれいなノートを汚してはいけない。
 とことこと歩いて見知らない女生徒は小夜のノートを拾ってしげしげと眺める。
 思わぬ行動にめちゃ動揺の小夜。
 雰囲気からすると先輩だろう。三年生の人かなと小夜は感じた。
「あの!」
「・・・」
 ぺら、ぺらとノートを開いて視線を落としていた。
(よ、読まれちゃってる!)
 小夜は赤くなって硬直した。今なら誰がぶつかっても尻餅つかないかもしれない。
「これ、あなが書いたの?」
 ノートから視線を小夜に向ける。
「は、はい。すみません!」
 ぺこりと小夜は頭を下げた。謝る事なんてないのだが、小夜らしい反応。
「これ、貸してもらえないかしら。読ませて欲しいの」
 ノートを閉じてその女生徒は小夜を見た。怒っているとか喜んでいるとかいう感情は
感じない。でも怖くはなかった。まっすぐに小夜を見ている。
「すみません。先に薄さ…いえ、読んで欲しい人がいるので…すみません」
 小夜ぺこり。
 自分が決めたこと。薄さんにまず読んでもらいたい。
 この人に読ませてほしいと言われたのも、凄くうれしかった。
「そうなんだ…残念。それなら、その次でいいかな? さ、行きましょう」
 そう言ってぽんと小夜にノートを手渡すと、その女生徒は小夜を促すように廊下を歩き
出す。小夜は胸にノートを抱いたまま、
「あの、どこに?…」
 行き先を言っていない。今ここであったばかりなのに。小夜を振り返って、
「たぶん……同じ所よ」
 少し笑った。

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「げっ!」「あ!」「やあ」「あー!」「いらっしゃい」
 小夜と女生徒がともに「読み物クラブ」の部室を訪れ、中に入った途端の声たち。
 それぞれがその女生徒をどう思っているのか、良くうかがえる第一声だった。
 薄がうれしそうに席を立って、
「鏡子、久しぶり」
「あ、小夜ちゃん! また来てくれたんだ」
 加奈が小夜に気づき、小夜は恥ずかしそうにかしこまって頭を下げた。
「秋名さんもいらっしゃい」
 近くまで来て薄がにっこり。
「でも鏡子と一緒に来るなんてね。お知り合い?」
 えっと…と詰まって小夜は鏡子と呼ばれた女生徒を見やる。
「さっき廊下でね。一緒になったのよ。自己紹介もまだだし」
 小夜に向き直る。改めてみてもやっぱりきれいな人だと思った。
「兎月鏡子。よろしくね」
「あ、秋名小夜です。よろしくお願いします」
 また大きく頭を下げた。背中でも小夜の髪が勢いよく跳ねる。
 上下運動が激しい娘だ。
「小夜ちゃん、もう入部しちゃいなよ」
 加奈まで出てきて小夜の手を取って奥に引っ張り込む。
「おめーが決めるな」
 むろん小夜ではない。はじめの文句に加奈がムキになり、来た早々小夜が巻き込
まれる。
入り口では「まだ入部してないんだ?」と鏡子が薄に、「うん、そうなの」と薄が返す。
「スッキに用事があるみたいよ」
 スッキは薄の愛称。鏡子が薄をそう呼び始めて薄もペンネームにしたのだ。
「私?」
 不思議そうに薄は自分を指さす。部室中では加奈が小夜をまたもや隣に座らせて
、あれこれ話しかけていた。他人を勢いで巻き込むという点では加奈もはじめも似た
ようなものだ。
 ぺこっと優も小夜に会釈した。優はまたパソコンに向かっていた。
「秋名さん、私に用事なの?」
 小夜の隣に座り薄。鏡子はまっすぐ石塔の隣に行き座る。「久しぶりだね」と石塔が
声をかけるのを見て小夜はどきっとちょっと不安な変な気持ちになる。
「はい、あの、これありがとうございました。とても素敵でした」
 小夜は鞄から薄の「風とうたた寝」を取り出して渡した。しっかり感想も書いて用紙は
ノートに挟んである。
「もう読んでくれたんだ。ありがとう」
 にっこりとほほえんで薄は受け取る。感想の用紙をノートから取り出したところで、
「あ、あの! 薄先輩、これ…」
 もう緊張しまくりで、小夜は「深遠なる森人」と書かれたノートを出して薄に差し出す。
これが可愛い封筒だったら、まんまラブレターを渡す女の子の風景だ。
「?」
 という顔の薄だったが、小夜からノートを受け取って表紙を見てあっと声を上げた。
「これ、秋名さんの?」
「はい。下手で恥ずかしいんですけど、薄さんに、み、見てもらいたくて…」
 そこまで言うともう小夜は真っ赤っかだ。まともに薄の顔が見られない。
 薄はそんな小夜の表情と、ノートを見比べるように見ながら、うんとうなずいた。
「ありがとう。読ませてもらうね」
 小夜は薄の言葉ですごく安心した。ほーっと息を抜いたその両肩が不意にがしっと
捕まれる。びっくりした悲鳴は後ろからの声にかき消される。
「あー! それなんだ! 小夜ちゃんの書いた本って!!」
 加奈は読ませてパワー全開で、小夜にのしかかるようにして薄の持ったノートに手を
伸ばした。
「加奈ちゃんはこっち。はい」
 薄は小夜が加奈のボディプレスで沈む前に、小夜から受け取ったばかりの「風とう
たた寝」を加奈に差し出した。
「わー! ありがとう薄さん!」
 勢いよく体を離して加奈は心からうれしそうにはしゃいだ。あまりのテンションにやや
呆然と小夜は加奈を見た。薄は、はじめ共々加奈の扱いもお手の物のようだ。
「気にするだけ疲れるぞ」
 やれやれといった感じではじめが声をかけてきた。いつもならつっこむ加奈は薄の
ノートに真剣に見入っていて気づいてない。純粋でまっすぐで…
「単純な奴だろ?」
 はじめが小夜の心の中の描写にそう付け加えた。

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ずごっ!
 すっごい鈍い音が部室に響いた。
 すらっとした体つき、まるで絵のように整った顔立ち。流れる髪は長く艶やか。その
瞳は物静かげで、どこまでも澄んだ色…
 そんな兎月鏡子の稲妻のような手刀が、はじめの脳天に決まった。
 一撃ではじめはマット…いや、床に沈んだ。
「うるさい。静かにしなさい」
 と先ほどの「動」からは想像できないほどの抑えた声ではじめに言葉を投げる。
「ってーな、なにすんだよ。このウサ…」
 ウサコウと言い返そうとしてはじめは言葉を飲み込んでしまった。
 鏡子の視線が、射抜くようにはじめの目を見据えている。殺気満点。
 美人がにらむと余計コワイというがこれはそれ以上だ。
「う、うるせー、こっちの勝手だ。さ、さぼってばかりのくせに先輩づらすんじゃねぇ」
 はじめは汗汗の表情ながらもがんばって言い返した。はじめの後ろで加奈はへぇと
感心していた。もとはと言えばいつもながらはじめと加奈の言い争いになり、加奈自
身も結構大きな声を出していたのだが、加奈は完全に忘れ去っている。
 それよりもいつもなら、おとなしくなるはじめが鏡子先輩に言い返したことになんか
面白くなってきたと加奈は目を輝かせる。
 部長であり、まとめ役の薄はいない。優と一緒に書類のコピーを取らせてもらうつい
でに、小夜が正式に入部することになったのでその用紙をとりに行っていたのだ。
 その小夜は加奈のそばであたふたしている。副部長殿はいつもながらの妄想中だ。
 少し考えて、鏡子ははじめを見る。
「確かにさぼりが多いのは認める。迷惑もかけてるし、謝るわ。でも…」
 手に取っていた本を棚に戻してから、すっと鏡子ははじめに近づく。はじめは半歩
後ずさる。
「それが先輩に対する口の利き方かしら?」
 殺気をふくんだ言葉とはこういうものか。とその場の(石塔以外)皆が納得する迫力。
「や、やれるもんならやってみな。いつまでもてめーの蹴りにどうこうされる俺じゃねえぞ!」
 はじめが冷や汗で意気込んだその瞬間。
 ばし!!!
 はじめの左側頭部にわずか5センチの距離に鏡子の足先が迫っていた。動作はほと
んど一瞬。速いってものじゃない。はじめが左手に右手を添えて必死にブロックしなけれ
ば確実にどたまに喰らっていた。止められたのが不思議なくらいで、はじめ自身、内心
動揺しつつも笑む。
「っっと、へへ、止めたぜ」
 むっと鏡子が眉をひそめた瞬間、
 振り上げた足を同じくらいの早さで鏡子は戻す。さらにそれ以上の速さで今度ははじ
めの左足の足首を蹴り抜く。ガードのため、重心は思いきしその左足にのっていたから、
いきなり体勢が崩れた。が、それだけでなく、鏡子は蹴りながら足首と足の甲で、はじ
めの左足首を挟み、ロックし、そのまますくうように足を振り上げた。
「のわっ!」
 はじめは重心を崩され、受け身も満足にできないまま、尻餅、いや、尾てい骨を床に
打ち付けた。とき、鏡子は挟んだはじめの足首を解放して、そのままその右足で倒れた
はじめの胸板を踏みつけて床に押しつけた。
 ここまでの動作はすべて鏡子は左足一本のバランスでやってのけた。とても素人レ
ベルではない。
「あた! なにすんだこのヤロ!!」
床に踏み敷かれたはじめは見上げるようにして鏡子に怒鳴る。鏡子ははじめの胸を
ぎりぎりと踏みしめながらも無表情とも言える澄ました顔で見下ろす。しかし目だけは
コワイ。
「口の利き方覚えなさいよ」
 見下ろす顔はきれいでも迫力は鬼のようだ。はじめは青ざめて震えたが、そこは
がんばって、
「へへ、パンツ見えっぞ…」
 挑発するように。。確かに鏡子ははじめの胸の中央を右足でかがむように踏んでいる。
スカートも校則すれるれの短いものではないが、ゆらゆら揺れるその布地の間合いは
微妙なものだった。
 けなげに笑みを浮かべようとしたはじめだったが、サーと青ざめる。鏡子の雰囲気が
輪をかけて鋭くなった。
「見たっていいわよ?」
 えっ!?っとその場の全員がびっくりした。
 ぎりぎり…
「あだだだだ!!」
 いっそう力を込めて鏡子は踏みつける。はじめを見下ろす視線には確実に殺気が宿り
まくっている。はじめを踏みしく足にも遠慮もためらいもない。
「…その代わり見物料は高くつくわよ。あんたの肋骨2,3本もらおうかしら」
 ぎりぎりとたばこを踏み消すように、にじりながらもろに肋骨に力を入れる。
 小夜はひゃーっと動揺しまくりながら加奈にしがみついていた。加奈は目を輝かせな
がら鼻息荒くして鏡子の行動をラーニングしていた。きらきらと目が輝いている。
「…がが、ぎ、ギブ…わかっ…」
 ぎりぎり…
「静かにしてくれるかしら?」
「…わかった。静かにす…します…」
 力のない声ではじめはギブアップ。鏡子は足をどけると、ゆっくりと恐ろしいほど何事
もなかったような仕草で、先ほどの本をまた手にとって、静かに自分の席に向かった。
 余韻も何もない。
 はじめは起きあがると鏡子を見て口を開くが、刺すような視線に口を閉じて、おとなー
しく、しずーかに、自分の席に向かった。
 小夜は高鳴る胸をなで下ろしてほっとため息、加奈は目を閉じて先ほどの鏡子の
「技」を思い返している。悦の表情だ。
 と、そんなタイミングで部室の扉が開いて、森野川姉弟が帰ってきた。優はご機嫌そ
うにプリントを抱えていた。薄は入ってきて部屋を見渡して、にっこり微笑む。
「あら、みんな静かだ。えらいね」