Happy Party

 
PAGE 5 小夜の初仕事

 翌日です。放課後。
 入部しました。入部したんです。読み物クラブに。
「はぁ…」
 入部した日。それはもう、いろいろあって、自分じゃ結構な一大決心が霞んでしまった。
 自分の印象が薄かったんじゃないかなぁ。
 と自分でも思った。
 小夜の入部は歓迎してくれたが、はじめと鏡子のアクションですっかり薄くなってし
まったような気がしていた。
(兎月先輩…すごくきれいな人だ。でもなんて言うか。怖いんじゃなくて、すごい人だ。
…でもちょっとコワイかも)
 昨日のあれは男勝りなんて程度じゃない。暴力に縁もなければ、格闘技にも縁もなく、
知っていてもまんがの世界だけで。その小夜から見ても、あの兎月鏡子がはじめに繰
り出した足技はとんでもなく鋭く、速く、達人並みの「強さ」を感じた。
 物静かで、お淑やかで、麗しげで、清楚で、絵に描いたようなお嬢様の印象が小夜
の中で育っていたから余計に混乱してしまった。
「はぁ…」
 またため息。
「どうしたの? 秋名さん」
 向かいの席から薄が顔を上げた。
「あ、いえ、何でもないです。すみません」
 と頭を下げる小夜に薄はくすっと笑んで返した。
「すぐ謝るの悪い癖ね。秋名さんもすごいんだし、もっと自身持ってね」
 にっこりと薄は微笑む。小夜は赤くなってうつむく、自分でもわかっているのだけどつ
い。小心者は辛いのだ。
 今は皆さん静かに自分の作業に没頭していた。カリカリ、ゴシゴシ、ブツブツ、カタ
カタ、と作業ゆえの音だけが響いている。
 原稿用紙にではなく、大学ノートに手書きで書いている。そして完成したら、それを
パソコンに打ち込んで、原稿用にプリントするということらしい。
   
いつもはにぎやかなはじめも、テンションの高い加奈も、静かに作業していた。
 八月にコミックマーケットという自作の本を売ったり買ったりできるお祭りがあるようで、
そのときに出す本をみんなで作っているとのこと。自分で書いて自分で編集して自分
で売る。同人誌という物だ。
 話しで聞いたことあるだけで、想像の範囲を出ないのだけど、本を作っているみん
なは真剣で、楽しそうだ。小夜は薄の薦めで、各部員の最近の作品をひたすら読ん
でいた。
 今手にしている本は加奈の「全天候LOVE」。
 加奈らしい素直でストレートな描写が微笑ましかった。それに加奈の文はすごく表
現が豊かだ。加工しない素直な表現が不思議なほど出てくる。
 全体的な粗々さなんか吹っ飛ぶくらいだ。
「あ、そうだ!」
 ぱん!といきなり薄は手を打って小夜を見た。いたずらっ子がいたずらを思いついた
ような表情に見えるのは小夜だけであろうか…
 思わず一同が作業の手を止めて、薄に注目した。石塔も今は現実世界に戻っていて
薄を見ている。優もパソコンの席から振り向いている。
「秋名さんも、もう始めた方がいいね。それに順番も決めなくちゃね」
 うれしそうに薄。が、小夜はきょとんとして、
「始めるって?? 薄先輩」
「もちろん、本。そろそろリレー小説のお話も構想が煮詰まってきたし、また本も作らな
きゃね。定期作以外の新しい作品と、あとリレー小説よ」
「ええっー!」
 小夜はびっくりして思わず大きな声を出してしまった。逆に薄の方がびっくりしている。
「む、む、無理ですよー。私が本なんてそんな、第一、まだ昨日入部したばかりなんで
すよ」
 確かに入部したて。読み物クラブについてはまだまだ理解に及ばない。
「大丈夫。秋名さん十分力あるんだからきっと大丈夫。ね?」
 にっこり。あうあうと小夜はとなりの加奈に振り向く。助けてくださいの視線。
「あー、小夜ちゃん。薄さん言いだしたら聞かないからあきらめた方がいいよ」
 ぼそっと小さく加奈は小夜にささやいた。
 薄は優しそうで、優しいのだが、少々強引なところがあって、その人の実力以上のこと
をごり押しはしない代わりに、その人ができると思ったことは容赦なく要求する。
 というとなんだかひどいが、言い出したら聞かない頑固さは確実にあった。
 あたたかく女神のようなあの笑顔を前に断り切れる人はそうはいないようだ。
「そんな!」
 青くなる小夜。寝耳に水もいいところだ。逆に加奈は笑顔で、
「それに楽しみ!」
 うなだれる小夜。
「いいんじゃないか? 同じ苦労は数が多いほうがい……いて!」
 はじめの言葉に加奈のツッコミ。
「そうだね、いいと思うよ。やってみたら?」
 と石塔。小夜はぼっと赤くなるが、冷や汗もそこに同居している。
(せ、石塔先輩までそんな…)
「何事も経験よ」
 と鏡子。その手には小夜の本。「深遠なる森人」。鏡子はずっと小夜の本を読んでい
たようだ。
 薄に本を渡して、薄もその日のうちに読んでくれて感想を書いてきてくれた。そして今
日加奈の手をかいくぐって鏡子が小夜の本をゲットしたのだ。
「優だって参加。だから秋名さんも心強いでしょう」
「秋名さん。一緒にがんばろうよ」
 薄も、優も天使のような笑顔。にこにこと純粋なまっすぐな笑顔。
(この姉弟の笑顔って絶対卑怯だー)
 るるる…と涙ぐみながら、小夜も撃沈…

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「あのー。本当に参加なんですか?」
 それでもがんばって小夜は聞いた。
「うん。がんばろうね」
 と薄は微笑む。あうあうと頭を抱えた小夜を横目に、鏡子が顔を上げて薄に、
「スッキ、新しい本まではいいんじゃないの? まあ、リレー小説は賛成だけど、個人の
本はこれでいいと思うけど」
 すっと鏡子は手に持ったノートを見せた。小夜の「深遠なる森人」だ。
「鏡子先輩!」
 小夜は顔を輝かせる。助かったのかどうかは微妙なところだったが。
「小夜の本、早く読みたい気持ちはわかるけど、焦らせなくてもいいんじゃない?」
「…そうだね。ごめんね、秋名さん」
 小さく舌を出してすまなそうに薄は謝る。その仕草も可愛らしい。
 ぶんぶんと首を振る小夜に、薄はくすっと笑んで、
「では、秋名さんにはリレー小説と、自分の分の小説の打ち込みをお願いするね。あと
はみんなの本を読んで欲しいの」
「はい。わかりました」
 小夜は緊張気味にうなずいた。リレー小説を書くことは避けられなかったけど、それ
は仕方ないし、自分だってもう読み物クラブの一員なのだ。
 ただパソコンには慣れてないからデーターに打ち込む作業は小夜にとってやっかい
かも知れない。
「そうと決まれば、小夜の絵も調達しなくちゃね」
 と鏡子。急な展開に小夜はびっくり。
「絵ですか?」
「そう。挿絵。私と、宗司と薄、あと優は自分で何とかする。加奈とはじめは優に頼む
んだけどね」
「挿絵。悪いですよ、そんな…」
「何言ってるのよ。挿絵が入るとぐっと伝わりやすくなるんだから」
 うんうんと横で加奈がうなずいている。
「あ、僕で良ければがんばります」
 と優が手を挙げた。
「さすが四人分はきついわよ。私でもいいけど、小夜のこの小説に合う絵だと…」
 あごに指をかけて鏡子は考え込む。
「あいつに頼みますか」
 ぱちんと指を鳴らして、鏡子は得意げに笑んだ。「あいつ」が誰なのか小夜以外の人
たちには伝わったらしく、それぞれ声があがる。
「あー! それいいですね!」
「でもあっちも大変なんじゃない?」
「そうか。なるほどね」
「すごいです」
「鬼!悪魔!」
 最後の言葉の主をにらめつけておいて、鏡子は席を立った。
「小夜、行くよ」
「あの、どこに?」
 一応腰を上げてからおどおどと聞く。
「お隣よ」

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ごくっと小夜はつばを飲み込む。目の前には「漫画研究部」と言うプレートがドアに付
いていた。読み物クラブの本当にとなりの部屋。
 漫画研究部の存在は知っていたけど、こうして訪ねるためにここに立ったのはむろん
初めてだった。隣には鏡子がいる。
 とんとん。とノック。後、ためらいなくドアを開けた。
 かりかり、ごしごし、と読み物クラブでも時たま響く音が聞こえた。鏡子につづいて
小夜も中に入る。新鮮な風景。
 鏡子の歩みには躊躇がない。小夜はそんな鏡子の後ろを例によってびくびくとしな
がら付いていった。
 作業をしていた漫画研究部員の皆さんも、急な訪問者に目をとめて作業の手が止
まる。
「ニチロー、いる?」
 鏡子は中にいる人たちを見渡して言った。部室の広さはは読み物クラブと同じくら
い。本棚が少ない分広く感じるけど、その代わり、部員が十人を超えて多い。だから
一人あたりの広さはまだ読み物クラブの方が広いかもしれない。
 なんだかぴりぴりとした空気を小夜は感じた。あわててぺこりと一礼した。
「鏡子?」
 その中の一人の男子生徒が立ち上がった。おとなしい顔立ちで目線の細い顔立ち。
「ちょっと来て」
 と鏡子は言うなり、回れ右をして、出口に向かった。要求した相手が応じるかも確認
しないままだ。
 びっくりして小夜もその後に続く、途中一回振り返ると、ニチローと呼ばれた男子生
徒は困った風な顔でも席を立ってついてきていた。
 扉を開いて廊下へ。小夜は不安げに鏡子を見やるが、いつものようにきれいな澄ま
し顔で、考えが読めない。
「えっと、どうしたんだい? 急に」
 ニチローが出てきた。背は鏡子よりちょっと高いぐらい。小夜と同じく分けわからず困っ
た表情。それもそうだろう。
「仕事よ。この子の絵をあんたに頼み…」
 ばん!っとすっごい勢いで開いた扉の音で、鏡子の言葉の最後は切られた。びくんと
小夜はのけぞる。鏡子はわかっていたように動じず、出てきた人物を見据えた。
「いい加減にうちの部員にちょっかいを出すのをやめていただけます?」
 ドアの勢いと同じくすっごい剣幕の女生徒だった。
「出たね。親玉」
 鏡子は腕組み。心なしか楽しそうに見えるのは気のせいか。
 鏡子は親玉と言ったけど、出てきた人は小学生かもと思えるくらい小さな身長。で
も鏡子のように長い髪はキレイに流れていて、瞳には強い意志を感じた。でもそれを
補ってあまりあるくらい…愛らしい、可愛らしさがあった。
「わー…」
 小夜は口元に手を当てて赤くなった。
 鏡子先輩もキレイで驚いたけど、この人もすごく…
「小夜」
 急な鏡子の声に小夜ははっとして言葉を飲み込んだ。
「憧子に「可愛い」って言って無事ですんだのは私とスッキぐらいだからね」
「えっ?」
 ずかずか…憧子と呼ばれたその子は鏡子の目の前に進み出でると、殺気を帯びた
目で鏡子を見上げた。鏡子の視線と交わりばちっと火花が散ったように見えた。
「べつにおこちゃまで、可愛い憧子ちゃんには頼んでいませんよ」
 とにっこり…ながらも、からかっているような弾みだ。と、
 ばしーん!
 鏡子の顔の横に足が迫っていた。というより、鋭く跳躍した憧子の放ったムチのよう
な蹴り。それを鏡子が左手の甲でいとも簡単に受け止めた。憧子着地。
 くらっと血の気が引く小夜。この人たちって…
「おこちゃまって言うな!」
「へへーん、こんな蹴りじゃ、やっぱりお子さまね」
 あからさまに腰を曲げて、憧子と目線の高さを合わせて、ニヤリと笑った。
 小夜はうろたえまくる。心なしか鏡子も子供っぽい反応の仕方になっていた。とそ
んな小夜に手を振る人物。
「あ」
 憧子のインパクトにすっかり取り残された感のニチローなる人物だ。小夜はぺこりと
頭を下げた。
「ちょっと向こう行かない?」
 と苦笑している。小夜はどうしようかと鏡子を見るが。鏡子と憧子の口でのバトルに
なっていた。
 と当然ながら、そんな騒ぎを聞きつけて、近くの部室から結構人が出てきた。読み
物クラブからも。薄、加奈、はじめ、優とでてきた。石塔は妄想中の可能性大。
「あら、獅子神君」
 薄が小夜と一緒にいる男子生徒に気づいて声をかけた。
「ちょっとお借りしますね」
 ちらっと小夜を見た。びくっと一瞬身をすくませた小夜を見て薄は笑った。
「秋名さんが頼んでみなよ」
 にっこりとうなずいて見せた。
「でも」
 小夜は戸惑うが、ニチローは先に行ってしまった。結局、薄の小さなガッツポーズに
見送られて、小夜はその後についていった。
 廊下には非常に爽やかでない喧噪が鳴り響いていた。