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Happy Party
PAGE 6 小夜とニチロー
「あの、お騒がせしてすみません!」
小夜は深々と日郎に頭を下げた。そんな小夜を見て彼は軽く吹き出して笑う。
二人は部室棟から少し離れて、教室棟につづく渡り廊下の所まで来ていた。放課後
でもあり、人通りもなかなかだったが、読み物クラブの部室の前よりは静かだろう。
「面白い子だなぁ、鏡子があそこまで気にかけるのもわかるよ」
顔を上げた小夜ににっこり笑いかける。不思議な暖かな笑顔だ。
「漫画研究部、三年。獅子神日郎。よろしくね」
「あ、秋名小夜です」
思わず赤くなる小夜。相手が二つも上の上級生なためと、石塔とはまた違った好感を
感じたからだ。薄をそのまま男性にしたら、こんな感じなのかなと小夜は思った。
「そうだ。お騒がせのことだけど、とんでもない。いい気分転換になったよ。部長は特に
ね」
「部長さん?」
さん付けもなんだか変だったが、日郎はこっくりうなずいて続けた。
「さっき鏡子と言い合いになってた人。漫画研究部、鷹馬憧子部長」
「あの人が…」
へぇと驚く。正直一年生だと思っていたのだ。そんな小夜の内心に気づいてか、
「部長は子供扱いされるのを何より嫌うからね」
「わ、じゃ、鏡子先輩…」
あからさまに不安な顔になる。
「はは、鏡子は大丈夫だよ。それに、部長も構想に行き詰まってたみたいで、ギスギス
してたからね。鏡子との口げんかも、言葉は悪いけど、いい憂さ晴らしになるんじゃないかな」
とニチローは軽く肩をすくめて苦笑。小夜ぽかんとした顔。
「鏡子も部長の気分を察して、余計突っかかっていったんだと思うよ」
「えっ?」
「だって君のことをお願いに来て、ちょっとの言い合いで君のことをほっぽり出すような
奴じゃないだろう?」
と言われて小夜も、あっと声を上げた。
「つまり、あとは僕に任されちゃったというわけだね」
割と楽しそうな、うれしそうな感じて言って、ニチローは笑む。そんな暗黙のうちのやりと
りに気づけなかった恥ずかしさで、小夜は小さくなる。
「そ、そうみたいですね」
うつむき加減で小夜はやっと言葉を出した。
「それで、僕にどんなご用?」
日郎の問いに小夜硬直。放課後の渡り廊下。上級生の男子生徒を連れだした女子生徒。
二人きりの風景。そんな状況を変に意識してしまった。
「えっと、その、あの、あ…」
上がり症も顔を出して、おもしろいぐらい慌てる小夜。
「大丈夫。落ち着いて」
顔を上げた小夜とニチローの目が合う。小夜ぴきーん!とさらに硬直。が、変わらない
暖かな笑顔に、だんだんと解凍…一度息を付くと落ち着いた。
軽く胸に手を当てて、ゆっくり深呼吸した。
まっすぐ日郎の目を見て、
「あの、今度読み物クラブで、その、本を作ることになって、私の小説の挿絵を獅子神先輩
にお願いしたいんです」
自分でも驚くくらいすんなり言えた。それに鏡子からの紹介ではなく、自分の意志での
頼みのように言ってしまった。出過ぎたまねだったかもと後悔しても、もう遅い。
「うーん…挿絵かぁ」
腕組みでニチローは唸った。
「鏡子も知ってたのかな? いや、知ってても知らなくても怖いよな、やっぱり」
意図は分からなかったが、悩んでいる日郎を見て小夜は、
「あの、ご迷惑でしたら、あきらめます」
無理に頼み込む権利もなければ、実力もない。
「あ、ごめん、そうじゃないんだ」
あわてて首を振ってニチローはまた笑んで見せた。
「確かに今はちょと手が離せなくて無理なんだけど、もうすぐ完成するんだ」
「完成…ですか?」
「あ、うちも夏のコミケのサークル申し込んでてね。代表五人が、一人一冊作ってるんだ。
で、僕もその一人なんだけど、今進めてる「BIG FIGHT」っていう作品が、もうすぐ完成
するんだ。その後でなら大丈夫だよ」
「ええ! いいんですか?!」
ぱっと小夜は顔を輝かせた。小説に絵が付く、それもきっとすごい人だろう獅子神日郎の
絵だと言うことの喜びが大きかったようだ。
夢みたいな展開だと小夜は思った。
本当だったら自分の世界に埋もれるだけだった小夜の物語に絵がつく。文字だけでない
世界が加わる。小夜は絵は苦手だから自分じゃできなかったこと。
背筋が少し震えた。
「うん、喜んで」
ニチローはうれしそうに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうだ。その秋名さんの小説ってどんな話なのかな?」
渡り廊下にて、小夜、ニチロー。
「あ、はい!」
元気良く返事してしまって赤くなったあと、小夜は話し出した。
自分の小説。「深遠なる森人」の世界を…
空は赤くなりはじめていた。黄昏の気配が漂う。
渡り廊下からも朱に染まりつつある空は見えた。
晴れているので夕焼けはきれいだろう。一番星にはまだ早いが、放課後という時間は確
実に終わりに近づく。
渡り廊下は人通りはもうまばらだったが、静かでもない。
それでも、この場で立ち止まって話をしているのも、小夜と日郎だけだった。
小夜は自分でも驚くほど熱心に、ニチローに自分の小説のことを話した。簡単なあらすじ
は頭の中にある。でも、あの世界をもっと理解してもらいたくて、一生懸命がんばって説明
した。ぎゅっと拳を握りしめて…
日郎は笑顔のままで真剣に聞いている。
「いい世界だね」
小夜の話し終わったあとにニチローは頷く。
小夜の小説の「深遠なる森人」はジャンルで言うと、ファンタジーだ。剣に魔法。怪物に
妖精。神に悪魔。そう言う要素が強い純粋なファンタジー。
その世界に住む人々。国があって人がいて、王族がいて庶民がいて、平和がつづき、
戦争が起こり、たくさんの人が死に、たくさんの豪傑が現れる。
小夜はその中でも世界を強調していた。物語を作ると、自分の思いが強い分だけ、一番
好きな登場人物に意識が向き、強調してしまう。
でも小夜は、登場人物よりもその人間をも取り巻く世界を強調した。どうして魔法という力
が存在するのか。人より強大なものがどうして存在するのか。
単なる異世界ではなく、いま小夜がいて日郎がいるこの世界と紙一重でつながっている
世界なのだ。そしてどうしてそうなったのか。
聞いてるいうちにニチローもすごく惹かれていた。どれだけ小夜がその物語、いや世界
のことを思っているのか。それ以上に純粋に「面白そうだ」と感じた。
いつもの自分じゃないような熱心な語りにやや後悔、やや興奮してやりすぎたかもと反
省していた。
「私ばっかりすみませんでした」
照れ照れ小夜。
「僕も読んでみたいな。もしかして今持ってる?」
「ごめんなさい! 鏡子先輩が持ってるんです。それに次は加奈先輩なので…」
「あ、そうだね。確か部員優先だったね。じゃ、しばらくかかるなぁ」
小夜はそれはもう申し訳なさそうにまた頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「ははは、秋名さんが謝る事じゃないよ。それにまだ僕の方にも時間がないからね。ゆっ
くり待たせてもらうよ」
たしかにそうだ。小夜の本に凄く興味が移ってしまったが、日郎自身も自分の作品の
追い込みの段階。ここでさぼったらあの部長様に何を言われるか…
「はい。本当にありがとうございます」
重ねて一礼。
前までは自分の小説はノート一冊だけの存在だったのだ。それがいろんな人に読まれ
楽しんでもらえて、絵も付く。
それにもし、夏のあのイベントに参加ということになったら、値段が付いて自分の小説が
世に出るのだ。売って儲けようなどとは微塵も思わない。けれど、売り買いするような場
所に自分の小説が並ぶなんて、とんでもなくすごいことに思えた。
まだイベントに参加できるかもわからない。うまく作品が仕上がるかもわからない。もし
参加で出品しても売れるかもわからない。それでも期待と不安と少しの怖さで、胸がはや
るのを小夜は感じていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰ってきました読み物クラブ。
ということで、小夜と日郎は渡り廊下から帰ってきた。
「…早くおーきくなーれ!」
「まだ言うか!」
バシ! 超鋭角の回し蹴り。
ひょい!
「この遅刻欠席魔神、皮引っぺがして兎鍋にしてやるわよ!」
「やれるもんならやってみなさいよ」
ひゅん!っと小さな女の子の鋭い手刀、はしっと白刃取り。
「きぃぃぃ!」
「やーい」
…まだやっていた。
小夜、日郎ともあきれて脱力…
飽きもせずずっと口げんかしていたようだ。
周りのギャラリーなんて眼中にない当事者二人。
凄い集中力だ。
先に気づいたのは鏡子だった。その横に小夜もいるのを確かめると、ちょっと笑んだ。
「あら、お帰り」
と、憧子も気づいて一息付くと腰に手を当てて、
「まったく、お馬鹿さん相手だと疲れるわ。ニチロー早く戻ってつづきしなさい」
何事もなかったように喧噪の余韻を消す。
そして小さな部長は目線を日郎の隣の小夜に移した。意志の強い瞳に小夜ぎくりとした。
「あ、あ、あの…」
凄い迫力だった。体つきはホント小学生のようで、視線もやや小夜を見上げるような位置。
背筋も凛と伸ばし、隙が一部もない。こんな人に迫られたら気の弱い小夜は一瞬で撃沈
してしまうだろう。
その小さな部長はしばらく小夜をじっくりと見てから、力を抜く。
「あなた」
呼ばれて小夜はびくり。
「は、はい!」
がちがちになって何とか返事した。けど、すでに陥落寸前だ。
「もう用は済んだのかしら?」
反対に憧子は落ち着いた声を投げた。
「はい! ありがとうございました!」
ぺこりと憧子に大きく一礼。慌てている小夜は憧子が別に怒っているわけでもせかして
いるわけでもないのに気づけない。それを見ている鏡子は苦笑。実に小夜らしいほほえま
しい風景。
「そう」
とだけ言って憧子はくるりと身を返す。その仕草も凛としていて、かっこいい。
本人は大人ぶって自分の容姿の幼さを隠すつもりが、それすらもかわいく思えてしまう。
でも、それもまた忘れてしまうほど…かっこよかった。
「じゃ、僕も戻るよ」
鏡子に言って、そそくさと漫画研究部に戻る日郎。途中小夜に笑んでみせる。小夜赤く
なる。漫画研究部部室の扉に憧子が手をかけたとき、
「またね、お嬢ちゃん」
鏡子がまたからかい口調で憧子に。
「うるさいわね。人を怒らせるようなことしか言えないのかしら。いつまでもあなたの相手は
していられないの。こっちは忙しいですから、あなたと違って」
憧子は最後に皮肉を込めて言うと、ふふっと笑ってきびすを返す。ちょっとむっとする鏡
子。でも黙って見送る。憧子が部室に戻ると一つ息を付く。小夜を見て、
「どう? 頼めた?」
小夜に振り向いて。
「はい。お願いできました。でも、すぐは無理みたいです。あと獅子神先輩も私のノート見
たいって…その」
しどろもどろ。ぷっと鏡子は吹き出す。
「そうね。じゃ、帰りにでも渡しておくよ」
小夜のノートは今鏡子の手元にある。
「ええ! でも、次は加奈先輩って約束なんです」
「うーん、ま、大丈夫。私の本と、ニチローの本で手を打って置くから」
悪魔の笑み。ひー!と小夜内心悲鳴。とても小夜の本を楽しみにしていた加奈。
(加奈先輩、ごめんなさい)
「あとはニチローならうまくやるよ。腕だけは確かだから」
笑顔。
「でも漫画研究部の部長さんに怒られませんか?」
日郎の話だと、向こうもすごく忙しい時期のようだ。
「大丈夫よ。忙しいといっても、憧子は自分の分は何とかするし、ニチローはマメだから
遅れることもないし」
鏡子は小夜を連れて読み物クラブの部室に戻る。薄が出迎える。薄と加奈はさっきまで
のやりとりをずっと見ていたようだ。心なしか加奈の眼差しはきらきらしている。
「憧子はすごい子なんだよ」
と薄。鏡子はなぜかそっぽを向く。
「漫画部の部長としてもすごいんだけどね。個人としても夏コミやほかの即売会の常連で、
壁サークルになるほどの人気作家さんでもあるんだよ」
自分のことのようにうれしそうに話す薄。暖かな笑顔はやっぱり獅子神先輩に似てると
小夜は思う。
「す、すごいですね」
その時も十分すごいと思ったのだが、実際どれくらいすごいのか認識したのはもっと後
のことだ。
とにかく、一冊のノートの中でしかなかった小夜の小説が確実に動き出した。
小夜は深く深呼吸した。
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