Happy Party

 PAGE 7 物語というもの

 井の中の蛙 大海を知らず
 という言葉がある。小夜は読み物クラブにて初めて強く実感した。
 獅子神日郎に挿絵をお願いしてから、一週間がたとうとしていた。もうすっかり読み物ク
ラブ部員として馴染んだつもりも、驚くことは結構あった。
 はじめと加奈のいつもながらの口論に、鏡子の強烈なツッコミ。容赦ない薄のスパルタ。
嵐が来ても動じなさそうな優と石塔のマイペースっぷり。それが驚く理由の大半と言って
も過言ではないのだけど。
 小夜も部の共作である「リレー小説」に参加と言うことになっているのだが、トップバッ
ターの薄がまだ仕上げていないため、ネクストサークルに待機という状況だ。
 7人部員がいて、7つ分担。小夜はなんと2番目になった。つまり薄の次の書き手。
 リレー小説というのも初めての経験。一つの物語をリレーのように分担しながら書き上げ
ていく。
 当然書き手の個性や書き方、好みや癖、キャラクターの好き嫌いや物語の視点などで、
制作が進むにつれ、初めとは大きく話が違ってくる。まるで伝言ゲームのように。
 ギャグのつもりだったのだホラーになったり、生きているはずの主人公が死んで、全く別
のキャラが立ってくる…というのも十分あり得るのだ。
 それがリレー小説の魅力なのだが。
 トップバッターは部長である薄。次に小夜。次は優。加奈、はじめと続いて、鏡子、最後
が石塔だった。部長副部長が、初めか最後かは部の伝統のようだった。
 現在小夜は薄からのバトンを待っている。不安が強い。でもドキドキと少しだけ期待も強
い。
 自分に回ってくるまで小夜はほかの部員の作品を読むことと、すでにできあがっている
「深遠なる森人」をパソコンに打ち込む作業に追われていた。パソコンはまったく素人だか
ら、優に教えてもらいながら、オドオドとカタカタとやっていた。
 優はパソコンに強く、自宅でもバリバリやっていると聞いた。
(それにしても…)
 小夜は思う。手に持っているのは、はじめの「ギガ・ウォー 一巻」、三巻まである。まだ
完結してないようだ
 これまでにも優の作品や、薄の作品。鏡子や石塔、加奈の作品を読破して最後にはじ
めだった。はじめが最後になったのには特に理由はない。
 少しだけ自信をなくしていた。
 それぐらい…面白いのだ。
 はじめらしい直線的な表現に、展開の速さ、少々の強引さも勢いで押し切る。でも読みに
くさはない。宇宙船や戦闘機などのSFは実は少々苦手だったのだけど、気が付いてみる
と一心に読みいってしまった。それに強引な展開もあとの方で何だかしっくり合うような感じ
で、読み出したときの印象とは違って、巧妙な話のうまさがある……ような気がした。うまく
言えなかったが、
 部員全員の作品は小夜を圧倒した。
 薄の優しく豊かな作品。優の素直で深い作品。加奈の純粋で表現が豊富かな作品。鏡子
の巧みで幅の広い作品。石塔の知的で不思議な作品。
 小夜が手にした石塔の本は「限武俸禄・改」。江戸時代初期に書かれたという実話もをも
にした作品を石塔が独自にアレンジして、書いた作品。といっても時代は江戸時代から変
わって幕末の頃が舞台で、外伝といってもいい作品だ。
 ページをめくったときに思ったのは漢字の多さだ。まるで漢文を見てるようで小夜は躊躇し
てしまった。それぐらいページにぎっしりと活字が埋まっていた。正直うへーっと思いながら、
小夜は読んだ。
(石塔君はね、活字の魔術師って呼ばれているんだよ)
 と薄が言っていた。そう呼んでいるのは読み物クラブの部員と、石塔の作品を知る人、あ
とは卒業してしまった先輩たちだけのようだ。
 でも、小夜は実感した。
 すいすいと読めた。漢字はやっぱり多い。その漢字だけとると難しい漢字や熟語は多々
ある。けれど、その言葉の意味をイメージさせるような言葉が必ず近くにあって、自然にそ
の熟語の意味が頭に浮かんできた。言葉の配置がうまいのだ。
 びっしりと埋まって重そうな見た目とは違って、はじめの作品のような軽快さも感じる。
 すごく面白かった。本屋で並んでいてもおかしくないほど…
 すごい人たちだと思った。
 でもすごく…怖くなった…

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 カタカタ…カタ…
 エンターキーを押して小夜はため息をついた。放課後、読み物クラブ。
 パソコンのデスクには小夜の「深遠なる森人」のノートがある。打ち込みの真っ最中だ。直
筆でノートに書いて、それをまたパソコンに打ち込むのはすごい重労働だと思う。
 でも読み物クラブでは直筆の作品を重視している。
 手で、指で、書いたことを実感して作品を作ると、物語にいっそう想いがこもるのだと聞い
た。不思議な話だったが、わかる気がする。実際にこのノートは小夜の宝物だ。これがフ
ロッピーディスクだったら、そこまで思えなかったかも知れない。
 と、小夜に声がかかる。
「調子はどう?」
 パソコンから目をそらすと、薄がいつもの微笑みでそばに立っていた。
「はい。やっと半分です」
 もう一回ため息。薄は笑んで、
「お疲れ様」
 そう言って近くの椅子に座る。いまは小夜と薄の二人だけだった。ほかのメンバーはまだ
来ていない。薄と小夜が早く来ただけなのだ。優とはじめ、加奈はもうすぐ来るだろう。石塔
は用事で遅れるようだ。
 どうやら鏡子も遅刻らしい。こちらはクラス委員で、その関係のようだ。
 いつぞや、
「マジかよ! ガラじゃねーよ!」
 というはじめの言葉に、鏡子の槍のような正拳がぶち込まれたのは言うまでもない。そし
てその様子を目を輝かせて加奈がラーニング(学習)していたのも言うまでもなかった。
「なんか小夜ちゃん、元気ないね。どうしたの?」
 このごろ薄は親しみを込めて「小夜ちゃん」と呼ぶ。慣れるまで恥ずかしかった。
「いえ、ただ、みんなの作品がすごくて、私なんかまだまだだなって」
 うつむく。
「そうかな?」
 不思議そうな顔の薄。
「そうです。……本当は私、結構自信あったんです。気が小さいから萎縮してしまったんです
けど、誰かに読んで欲しくて、それで「面白いよ」って言われたかったんです」
「うん…」
 薄は真剣な顔で頷く。その気持ちは本を書く誰もが思っている気持ちだ。
「でも、ここでみんなの小説を読んだら怖くなりました。すごくうまいんです!」
「うん」
「私って、井の中の蛙だったんだなって。表現だって私より多くて、会話も自然だし、登場人
物も魅力的で。自分の小説と比べたら……自信ないです」
 顔を伏せて小夜は少しうめいた。瞼から少しこぼれたものを薄に見られたくなかった。
「ねえ、小夜ちゃん、あれ」
 薄の言葉に小夜は顔を上げる。やっぱり目頭が赤い。薄は部室の壁に掛かった横長の額
を指さした。そこには書道の長い半紙が納められていて、筆書き達筆で字で字が書かれて
いた。小夜も以前薄にあの言葉をよく考えておいてねと薄に言われていた。

 文字は色 言葉は絵 列は風景 章は情景 
 章を連ねて説とし、世界とす

 と、そこに書かれている。初代部長の言葉だと教えてもらった。
「あれ、どう思った?」
「よくわからないです」
 何となくわかるような気もする。だけど深く考えようとするとまとまらない。不思議な言葉だ。
「小説には言葉がたくさんあるでしょ? でもそれは一字一字をとってみたらただの点。白い
キャンパスに筆でちょんてつついただけの色の点なの。空、風、火、水、土、山、ひらがな、
カタカナ。みんなその一文字で意味を表せる字もあるけど、それだけで、物語全体を表せる
ことはできない」
 笑みの表情でも薄の眼差しは真剣だった。
「でもね、その色と色、文字と文字がつながったら? 色は絵になって、文字は言葉になる。
青い空、涼しい風、暖かい火、グラスの水、土の匂い、山の中。そしてその言葉たちがまた
つながり始めたら? 青い空、涼しい風に土の匂い。山の中で暖かい火にグラスの水……」
「あっ、林間学校みたい」
 思わず呟いた小夜の言葉に薄はくすっと笑う。さっきまでの沈んだ雰囲気は小夜から消え
ていた。子供っぽい素直な好奇心を感じた。

          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「そう。言葉がつながって文字の列になると風景が見えてくるでしょ? その列がまたつな
がればもっと伝えることができる。小夜ちゃんが思った林間学校の風景なら、参加している
人たちの楽しさや思い出を盛り込んで伝えることができる。つまり情景を伝えることができる。
それが章」
 薄の言葉が新鮮でなぜか胸がどきどきした…
「情景と情景が結びついてお話になって…説ね。説を集めて…それが世界」
「世界…」
 小夜の中で見えない視界が広がった。
「そう。小夜ちゃんは今の言葉の中に林間学校を思い浮かべたけど、それだけじゃないで
しょ? 文字や言葉に表れてなくても、林間学校に来た人たちにもそれぞれ家族があって
生活があって、友達がいて猫がいたり、犬がいたり…見えていないだけで、かならずある
の。小説だけでなくて漫画でもそうだけど、そんな奥の所まで表現するのが理想だって事…」
「ふぁ…」
 変な声を出してしまった。今まで考えもしなかった認識。そういう風に言われると、そう感じ
てくる。簡単なことではないのだろう。
 小夜が素直に感想を言おうとしたとき、薄が苦笑した。
「…かな?」
「え?」
 きょとんとしてしまう小夜。表情七変化の小夜に笑んで、
「私も難しくてよくわかってないの」
「そ、そうなんですか?」
「うん、それにね。この言葉を書いた初代部長もよくわからなかったんだって。大切なのはど
ういう事か考えることなんだって。だから本当は答えはないのかもね」
 薄は額縁を見上げる。
 初代部長。薄は第八代部長。三年の薄は現役の頃の初代部長にはもちろん会ったことは
ない。現役でないのならあるのだか。
 後々の話なのだが、その初代部長の名前を聞いて小夜はぶっ飛んで驚くのだった。
「でも一つ言えるのは」
 じっと薄は小夜を見る。笑んでない真剣な面もち。小夜ははっと息をのむ。
「小説は言葉を集めて世界を表す。でもその世界はその人…書き手の世界なの」
 つづけて、
「書き手の好みや性格、どんな言葉が好きか嫌いかが、よく見えてくる。ホラーが嫌いな人
はホラーは書かないでしょ? 逆に、怖い場面が好きな人はそこを重点的に表現するし、
表現もうまい。読んでもすごく状況が伝わってくる。わかる?」
「はい」
 小夜はうなずいた。昨日読んだはじめの「ギガ・ウォー」がそうだし、加奈の「全天候LOV
E」もそうだ。読んでいて、はじめ先輩らしい、加奈先輩らしいって何度も思った。
「つまりね」
 薄はパソコンのデスクにあった小夜の「深遠なる森人」のノートを手に取った。
「この中には物語のほかに、小夜ちゃんの好みや性格…小夜ちゃんの世界があるの」
「私の世界…」
「自信持って。もっとうまくなりたいっていう思いは大切よ。でも自分の世界まで否定したら
だめ。小夜ちゃんの世界は小夜ちゃんにしか書けないんだから…ね?」
 ぽんと優しく小夜に薄はノートを返す。小夜は受け取って抱きながら、
「あ、ありがとうございます」
 また熱いものがこみ上げてきた。