Happy Party

  PAGE 8 それぞれの表現 前編

 放課後。
「秋名さん」
 読み物クラブに行こうと教室を出たところで小夜は声をかけられた。振り返ると、優が柔ら
かな笑顔で立っていた。
「すみません、僕今日ちょっと委員会の用事があって、部活に行けないので、おね…じゃな
かった、部長に言っておいて貰えませんか?」
「うん、わかった」
 小夜がうなずくと優はほっと息を付いてぺこり。
 あどけない顔。年下なんじゃと思わせるくらい子供っぽい風格なのだが、優の書いた詩は
すごく深いものなのだ。優らしい可愛い表現もある。だけど、意味をはかろうとすると誰でも
直面しそうな現実の難題に見えたりする。
 作者を知らずに読んだら、きっと頭のいい心理学者のイメージができたかもしれないが、
優の顔を照らし合わせると少し怖くもあった。
「あ、優君」
 思わず小夜は優を呼び止めていた。優は振り返ってきょとんとした顔。
「優君は…その、文章の表現に困ったことない?」
 言ってから小夜は少々後悔した。昨日、薄に励まされたばかりなのに何処までも気弱な
自分に小夜はうつむく。
「もちろん悩むよ!」
 そんな小夜の心境を察してか、優は元気ににっこり。
「表現に悩まない人なんていないと思うよ。はじめ先輩だってお姉ちゃんだって…」
 言ってから優はあわてて「あ、部長でした」と言い直す。
「でも、みんなの表現方法って言うのかな? 私じゃ思いつけないようなところがたくさん
あって…」
「秋名さん」
 優はわざと小夜の言葉を切る。
「僕はね、今まで作品を書き直したことがないんだ。一度書いたら絶対に直さないんだよ」
「え? そ、そんな、なんで?」
「自分で思い浮かべて初めて書いた言葉を大切にしたいんだ。だからね、誤字脱字しない
ように気を付けるのはもちろんなんだけど、一つ一つの言葉をじっくりゆっくり考えるんだよ」
 小夜は驚いたまま優を見つめる。優はそんな視線に照れたように笑っている。ここに第三
者がいれば「可愛い!」と庇護欲をそそられそうだ。
 小夜はそれどころではなかった。書き直ししない。つまり、自分の「深遠なる森人」なら、
消しゴムを使わないで書くと言うことだ。そんなの無理だと小夜は唖然とした。
 あの作品は何度修正してきたか数え切れないほどだ。優がただめんどくさがりでそうして
るとは思えない。それなら…
「あの「風船物語」もそうなの?」
 優は頭をぽりぽりとかいて、
「うん、そうだよ」
 それでも自信良くうなずく優。
「優君、すごい」
 言葉とは裏腹に小夜の表情は少し沈んでいた。あんな深い作品が、ただの一度も手直し
されてないなんて…
「ありがとうございます」
 素直に照れる優。
「でも秋名さん、その代わりすごい時間かかってるんだよ。「風船物語」は一年ぐらいかな?」
「一年!?」
 「風船物語」は大学ノートに一冊だったが、さすがに全ページが埋め尽くされているわけで
はなかった。長い短いはあったが、詩が二十編だ。それで一年はすごい長さだと思う。
「うん、一つの言葉、一つの列を一日中考えてることだってよくあるし、詩の一編を一ヶ月か
けたこともあるよ」
 優、続けて、
「頭に浮かんだ風景が言葉になるまで一生懸命想像するんだ。うまく言葉が見つかっても、
すぐには書かない。それで、もっと全体が思い浮かぶまで頭の中に取っておくの。そうする
とさ、初めに浮かんだ言葉が適切だったかどうかも見えてくる。それで頭の中でまた考え
直す…」
「うん」
 小夜はうなずいていた。頭の中で校正の繰り返し、それは誰でも同じだろう。ただ優の場
合はその幅と費やす時間が大きいのだ。
「これだ!ってね、思えたら初めてノートに書く。一字一字しっかり、誤字脱字に注意してね。
たまにね、直したいなって時があったけど、僕は自分で考えた言葉を大切にしたいから、絶
対書き直さないんだよ」
「私には無理かも。一度だけで満足できる言葉なんて書けないよ」
「あ、秋名さん、ごめんなさい。話がちがっちゃた」
「え、どういうこと?」 
「その、秋名さんも自分が考えた言葉に自信持った方がね、いいと思うんだ。おね…部長も
ね、すっごく秋名さんの本褒めてたよ。僕もいい本だって思うよ」
 にっこり。小夜は赤くなる。
「みんな自分で考えた言葉は好きになる。だから、悩んで悩んで言葉を生むんだ。秋名さん
も悩んで浮かんだ言葉ならそれを大切にしたらいいよ。大丈夫、秋名さんもみんなに負け
てないよ」
「優君…」
 果たして血筋か。小夜は二日続けて姉と弟にいい意味で泣かされた。

      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 珍しいこともあるもので、小夜が読み物クラブに入ると、
「うっせー、じゃますんなボケ!」
「あんたのその書き方変だって言ってるでしょ! とんちき!」
 はじめと加奈が席を向かい合わせて、交戦していた。いや、珍しいのはそれではない。
それはある意味日常的なことだからだ。
 部室には加奈とはじめしかいなかったのだ。
「あ、小夜ちゃん、おはよう」
 加奈が気づいた。小夜はぺこりと一礼。
「おはようございます。あの、薄先輩はいらっしゃいますか? 優君は委員会で今日は来ら
れないんです」
 小夜の言葉に加奈が顔を輝かせる。
「へへーん、私が一番乗り。だから薄さんはまだ来てないんだよ。ま、このバカが二番目な
んだけどね」
 ジト目で加奈がはじめを見る。いきりたつはじめ。おろおろとする小夜。
 交戦がまたもや勃発…以後中略
「そうだね。ゆー君は書き直さないもんね。それであんな詩が書けるんだもん、いーなー」
 部室の天井を仰ぎ見て加奈。先ほどのことを小夜は二人に話した。
 加奈もはじめも不思議なくらい素直に作品作りに手を染めている。それぞれの机には新し
いノートが置かれ、辞書も傍らにある。小夜はまたパソコンの前だ。
「何がいーなーだ。ただのめんどくさがりなだけじゃないか」
 はじめ。これもまた不思議なほど素直に薄の注文の「エッセイ」を書いているようだ。
「素直に認めなさいよ。あんたより百億倍ステキな本なんだから」
「なにをー!」
 ばんと初めが机を叩く。机の上の鉛筆がはねる。
「はじめ先輩の本もその、面白かったです」
 加奈がまたはじめをからかう前に小夜。はじめ硬直。
「さ、小夜ちゃん?」
 加奈が嘘でしょう? という顔で小夜を見る。はじめも思わぬ言葉だったのか、そっぽを向
いて黙った。なんか照れているらしい。小夜は内心くすっと笑んだ。
「はい。優君もはじめ先輩も加奈先輩も、みんなの作品に圧倒されちゃいました」
「小夜ちゃん」
 加奈がなぜか悲しそうな、哀れむような目で小夜を見る。
「は、はい?」
「みんなはわかるけど、このどバカを褒めたって何もいいことないんだよ」
 さーっと青くなる小夜。
「ちょっとまて! このクソバカナ!」
 またもや…中略。
 頭が冷えたところで。
「秋名。表現なんてのはな。出たとこ勝負だ。誰がどう思おうが知ったこっちゃねえんだ。俺
は自分が書きたい言葉しか書きたくないし、自分が読んで楽しくない作品は他人が楽しくて
も描きたくない。好きな言葉を書きたい。それは当たり前のことだろう」
 はじめらしい直線的な意見。
「あんたみたいに単純な奴はそれでいいわよ。小夜ちゃんを一緒にしないで」
 加奈が追っ払いようにしっしとはじめに手を振る。小夜を見て。
「小夜ちゃん、表現って考えるから難しくなるんじゃない? 私はね、一つ一つの場面に自分
を当てはめてみて、周りがどんな風に見えるかとか、どんな気持ちなんだろうとか思いなが
ら、その様子を説明するように書いていくの。もちろんそれじゃ堅い文章になっちゃうから、
あとでやわらかーく直していくんだけどね」
 優君とは逆のような感じなんだと小夜は思った。でもどちらが理想なのかは判断できない。
「実際よりも少し理想の風景にした方が読んでてステキでしょ? 自分の世界なんだもん、
ステキに書かなきゃ」
 楽しそうに加奈は笑った。何だか勇気づけられて小夜も微笑んだ。自分の意見を持つ二
人がやっぱりすごいと思った。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 カタカタカタカタ!
(す、すごく速い!)
 小夜は圧倒された。パソコンデスクには現在、鏡子が座って自分の打ち込みをしていた。
その打ち込みの速さは目を見張るものだった。キーボードを見ていない。いわゆる「ブライン
ドタッチ」という技…というかなんというか、だ。
 手元のノートを見ながら、まるで嵐のようだ。
 小夜はというと、ついに手元に来たリレー小説「ひと夏の栞」があった。
 真新しいノートに薄のきれいな字でタイトルが書いてあった。
 いきなり原稿にではなく、ノートで書き上げてそれから原稿に移す。薄の分担のページは
書き上げられていて、いよいよ小夜の出番なのだ。
 スタートは薄らしい風景の中で主人公とヒロインの出会いまでがキレイにまとめられていた。
制作にあたり、主人公以外に一人一キャラ作って登場させる。薄は部長と言うことでヒロイン
を設定した。
 小夜は設定上は主人公の妹に当たるキャラを考えた。

(ど、どうしよう。どうしよう)
 何度も薄の部分を読み返して、小夜はわたわたしていた。
 小夜はまだ二番手。相当無茶な展開にしなければ、ラストに響くような脱線はしないポジ
ションだったが、どうも焦ってしまう。
 汗汗であたふたな小夜におかしそうな声がかかる。
「読み返すだけじゃ進まないよ」
 鏡子だった。打ち込みが一段落したのか、一度伸びをすると椅子を回転させて小夜の方に
向き直す。いつ見てもきれいな人だ。
「そ、そうなんですけど、どう進めていったらいいかわからなくて」
 プロローグからエピローグまでを考えるいつもとは違う。
「小夜の思うとおりでいいじゃない。恋愛路線にしてもいいし、ミステリーにしてもいいし。何
だったら格闘モノにしてみたら?」
 最後にくすっと笑う。
「そ、そんな! 格闘なんてだめです。こんなステキな二人」
 薄のパートの二人のキャラは魅力的で、頭の中でも仲良さそうに会話する風景がすぐに浮
かんでくる。このままずっと薄の本として読みたいぐらいだ。
「話の展開っていうのはね、登場人物に任せておけばいいのよ」
「登場人物にですか?」
「そう。頭の中でキャラが勝手に動くっていうでしょ? キャラクターのことを深く思って、良く
理解していると、こういう場面だとどんな行動とるのか、どんな感情になるか、どんなセリフを
言うかが思い浮かんでくるわけ。そしてそれを繰り返していくうちに、自然に頭に浮かぶよう
になって、まるでキャラがそうしてくれって主張しているみたいに思えてくる。それがキャラが
動くってこと」
 小夜はうなずいた。思い当たることはある。「深遠なる森人」がそうだ。頭の中でどんどん
キャラが動いて、世界が広がっていくのをいつも感じていた。
「もっと動いてくれるようにもっと読み込まないとですね」
 確かに今日渡されたばかりで、登場人物も今のところ二人だけだ。
「読み返すだけじゃ進まないって言ったでしょう。読み返すのも大切、だけどそこから先に
進むには想像力よ。今までの風景を元に悩むくらい想像すること」
「想像…」
 小夜はノートを閉じた。確かにそうだ。薄の文章に圧されて、先を思うことを怖がっていた。
そんな必要はないのに。あのステキなキャラクターのことを思って、その行動を書いていけ
ばいいのだ。自分の本がそうだったように。
「あとはドラマ要素ね。平穏無事よりも多少困難がなくちゃね」
 と鏡子は笑った。つられて小夜も笑む。
 この人も不思議な人だと思った。兎月鏡子も校内でもなかなかの有名人。家が日本有数
の「兎月」家だからというのもある。
 特にお嬢様学校でもない。学校の偉い人に知り合いもいないらしい。それなのにこんなご
く普通の学校に籍を置いている。
 成績も優秀、スポーツもそつなつこなす。しなやかでスタイルもいいし、なめらかできれい
な髪。本当に漫画の登場人物みたいにすごい人だ。
 印象的には無口で静かでお淑やかで…と、その内面を隠すような印象を校内に定着させ
ている。でも読み物クラブ内では気が許せるようで、明るく楽しく接せられる。
 尊敬できる先輩。見習いたいところはたくさんある。
「それに、小夜はまだ二番手なんだから、もっと自由に書いて大丈夫だよ。少しくらいなら
次は優なんだから任せればいいの」
 リレー小説。自分一人の作品じゃない。
「はい。そうですね。優君のも楽しみです」
「私の場合は前がはじめだからね、苦労が目に見えてる。はじめの前も加奈だから、二人で
対抗して私の番になったらどうなってるか、想像もできないよ」
 鏡子は深く息を付く、話題中のはじめと加奈は奇跡的に今も制作を続けている。薄ももう
来ているので、あまり騒げないというのもあるかもしれないが。
「なんかすごそうですね」
 小夜も苦笑。いつもの口論からすれば、作品内でもやり合う可能性は高い。めちゃくちゃな
風景になるかもしれない。しかし顔を上げた鏡子は小さく吹き出す。
「まあ、それが楽しみでもあるんだけどね」
 もちろん、小夜も直ぐにそう思えた。すごく読んでみたい。
「はい」
 二人して笑った。少し声が大きくなって、ほかのみんなが不思議そうに小夜と鏡子を見て
いた。