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Happy Party
PAGE 10 小夜とあの人
ぽかぽかと暖かい日。そう、夏に向けて太陽もがんばってますって感じだ。
土曜。丑の日ではない。
学校近くの街並みを、読み物クラブの女性陣が闊歩していた。未だ高校の制服姿。
「薄さん、今回は五冊だけなんてひどいですよね」
もう明らかにわかるほど頬を膨らませたふくれ面の加奈。
「まあ、先月買いすぎちゃったし、仕方ないよ」
と薄。加奈の不満顔とは違い、いつもながらの笑顔だ。
「部費で買う本はあくまで部のだからね。本当に欲しいのは自分のお金で買いなさい」
何となく諭すように鏡子。三人は今月分の部費を手に、いつもの本屋を目指していた。
「残念。せめて文字くら買えれば良かったですね」
あーあとため息をつく加奈。
文字くら。別名「文字倶楽部」。書籍の紹介や、読者投稿の葉書をあつめて載せている読書家のバイブル雑誌だ。書籍コーナーのちょっとした四コマ漫画も好評だ。三ヶ月に一度の発行なので、年四冊。その分、内容は熱いモノになるのだ。
「文字くらは大丈夫だよ。伊乃瀬さんに頼んだら貰えたよ」
薄がちょっと照れながら。
「ホントですか! さっすが伊乃瀬さん!」
あっという間に加奈の顔が輝く。くすっと笑う薄に、軽く肩をすくめる鏡子。
ちなみに伊乃瀬とは薄のアルバイト先の本屋「いの書房」のオーナー兼従業員三十歳の名前だ。中規模の店ながら、なかなか深いラインナップで、読書家には嬉しい店なのだ。
「もらえたって、あのね…」
鏡子の言葉を薄は首を振って遮った。先を行く加奈には聞こえないくらいの小声で、
「いいの。みんなが喜んでくれるんだもん。このくらいなら大丈夫だから」
いくらバイト先でも日頃いろいろ勉強してもらっているのに、その上雑誌一冊ただで貰えるなんて気前よすぎる。いや、伊乃瀬ならそう言うかもしれないが、それなら逆に薄の方が遠慮するはずだ。
だからきっと今回のもバイト割りでも、薄の自腹なのだろう。
「まったくスッキはお人好しっていうか……あれ?」
前方のとある店の前に知っている顔を見かけた。鏡子が気づき、加奈も気づいて薄も。
若者向けの洋服店だ。
「小夜ちゃんだ。どうしたんだろう?」
加奈は立ち止まって呟く。まだ大声で呼ばないと声が届かないくらいの距離だったが、確かにそこにいた少女は読み物クラブ期待の新人、秋名小夜その人だ。制服ではなく私服姿だった。
小夜も買い出しに誘っていたのだが、はずせない用事があるようで部活を早退したのだ。
「デートだったりしてね」
鏡子のふとした言葉に、めいっぱい驚く加奈。なぜか赤くなりつつも嬉しそうな薄。
「そんな、小夜ちゃん…」
どことなくショックを受けて加奈は呆然と見ていた。はじめがここにいたら、「へ、先越されてやがんの」とからかっただろう。そしてぶちのめされただろう。
と、店の外から中を見ていた小夜の表情が動いた。どうやら待ち人の登場だろう。きっと女友達だよと思いこもうとした加奈の思惑をよそに、出てきたのは男だった。のそっとしたなかなか大きな体格の人で、熊のような怖さはないが、くまさんのような愛らしさを感じさせた。
そしてその男は買い物袋二つぐらい下げ、小夜に話しかける。小夜はちょっと文句を言ったあとすぐに笑いかける。
三者とりあえず立ったまま動けなかった。先に予測した鏡子も動揺して言葉を失っていた。三人見てはいけないものを見てしまったかのように。それでも先に動いたのは加奈だった。
ポケットから携帯を取り出す。ぱかっと開く。
「驚かせてやろう」
小夜も最近親を拝み倒して携帯を手にしていたのだ。小夜との距離はさっきよりも詰まっている。ちょっと大きな声を出せばすぐに気づくだろう。人混みのなか小夜は楽しそうにその男の横を歩いていた。恋人のような…もしくは兄妹のような雰囲気。小夜は一人っ子と言うことだから…
小夜の番号を呼び出し、コールしようとしたところで「待て」が入った。
「加奈…」
と、鏡子。少しトーンの低い声で、加奈はびくっとして手を止める。鏡子の隣で薄が悲しそうな顔でうつむいていたが、加奈は気づかなかった。
「もっと普通に声かければいいじゃない」
鏡子がそう加奈に言うと、加奈より先に薄が声を上げた。
「小夜ちゃーん!」
びくっと立ち止まる小夜。ふり向いてひゃーっと驚く小夜。
そんな小夜を隣の男は楽しそうに見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう、びっくりしましたよ」
まだ高鳴る胸を押さえつつ、小夜。
一同はあれからとりあえず、近くの喫茶店に来ていた。紅茶が美味しいと評判の店だ。
「みんなには言ってこなかったんだ?」
その問題の男こと、北地代々彦が不思議そうな顔をする。
「だってお兄ちゃんのこと変に誤解されたくないし、それに…」
石塔先輩に知られたくなかった。とは言えなかった。
「まあ、結局知られちゃったね」
と薄。鏡子も加奈も安堵していつもの調子を取り戻していた。
ことの次第はこの街に出戻ってきた秋名家に、なじみの深い代々彦がようやく連絡してきて、説教反面懐かしさで、小夜が久しぶりに会いたいと言ったそうな。
秋名家が引っ越すことになった小夜の小学校の終わり頃までは、代々彦のアパートは隣同士で兄妹のような仲だったらしい。
代々彦はいわゆるフリーターで、バイトをいくつか掛け持ちしているらしい現在二十六才だ。今日のバイトは夕方からで、時間があったのだ。
「久しぶりに会っても前みたいにおじさんくさい格好だったから、無理矢理買わせたんですよ」
小夜は少しむっとした顔をして代々彦を見てみんなに説明した。代々彦の抱える二つの袋は小夜のお見立ての服らしい。
「今日部活動があったんなら、また別の日でも良かったのに」
たははと弱り顔の代々彦。
「だめ、そう言っていつもお兄ちゃんは逃げるんだから」
いつものおとなしい小夜とは違い、妙に言葉に力が入っていた。言われている代々彦は苦笑している。そんな二人のやりとりを他の三人は面白そうに見ていた。
「仲がいいんですね」
薄は小夜と代々彦を交互に見た。
「そんな、薄さん。お兄ちゃんはお兄ちゃんですよ、そんなんじゃ!」
見ていて面白いくらいにあわてる小夜。実際面白い。
「何年ぶりの再会なんですか?」
と加奈。アップルティー、ゲット済み。
「三年ぶりかな? 最後にあったのは中学に上がる少し前だったからね」
「そっかぁ、もう三年なんだね」
レモンティーを手にしみじみと小夜。
「それで、どうでした? 久しぶりの小夜ちゃんは?」
加奈が身を乗り出す。小夜はあわててあたふたする。
「や、やめてくださいよ!」
「うーん。女の子っぽくなっててびっくりしたよ」
と代々彦の返答に納得しないのか加奈はブーたれる。
「だめですよ。ちゃんと「キレイになったね。惚れ直したよ」ぐらい言わないと!」
目をきらきらさせている。小夜は真っ赤になっている。
「それは言う方も照れるなぁ」
代々彦は苦笑した。
「も、もう、変なこと言わないでくださいよ。お兄ちゃんとはホントそういう仲じゃないんですから。今日だって……そ、そう、私も洋服見たかったから、お兄ちゃんに付き合ったのはそのついでなんですよ」
早口でまくし立てると、小夜はごくっとレモンティーを飲む。照れ隠しのような感じだったが、一瞬場の空気が変わったのに気づけなかった。
そんな沈黙を破るように代々彦が腕時計を見る。
「あっと、そろそろバイトに行かないと。ま、今日はありがとな」
と小夜に笑いかける。小夜が返答するより先に代々彦は席を立った。
「あとこれ、ちょっと細かいのがないから。おつりは預かっておいてくれ」
小夜にほいっと代々彦は五千円札を一枚渡した。
「わわ、ごちそうさまです」
と嬉しそうに加奈。薄と鏡子も礼を言った。小夜は結局小さく手を振っただけで何も言えなかった。それに代々彦も足早に出ていってしまった。
しばらく場が静まる。
「ねえ、小夜」
「はい」
急に鏡子に声をかけられ、ちょっとあわて気味の笑顔でふり向く。
「今日部活の本を買いに来たんだけど、伊乃瀬さんの好意でずいぶん安く上がりそうなのよね。それで小夜が辞退した本も一冊買えるようになったから、買ってくるから」
予算では数冊の購入だったから、小夜も欲しい本はあったが遠慮したのだ。
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに小夜はぺこりと頭を下げた。加奈と薄は「?」の顔で鏡子を見る。嘘じゃないし、不自然でもないのだけど、このタイミングには違和感があった。
鏡子は手にしたダージリンをかたっと置き、
「いいのよ。どうせ本屋に行くんだし、その「ついで」なんだから」
「え……」
小夜は言葉に詰まった。鏡子の何だか冷たい言葉が胸に刺さった。ぎゅっと胸が締め付けられるような不安を感じた。でも小夜は気づいた。すっごく怖くなる言葉。でもそれはついさっき小夜自身言った言葉なのだ。
(あっ……)
顔が青くなる。鏡子の言葉で怖くなったのではなく、自分がどんなことをしたのか気づいたからだ。鏡子を見るとそっぽを向きながら澄ました顔をしていた。小夜の返答は求めていない。鏡子は気づかせてくれたのだ。
がたっと小夜は席を立った。気がつくといても立っても居られなかった。
「す、すみません、ちょっと行って来ます。ごめんなさい!」
言うなり、小夜は駆けだした。鏡子はちらっと小夜の後ろ姿を見て一息つく。薄はにっこり笑って鏡子の横顔を見やる。
「何よ」
薄の視線に気づいてちょっと照れる鏡子。加奈はそんなやりとりをただ見ていた。すごいと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん」
代々彦がふり向いた。幸いすぐに追いついた。ハアハアと小夜は肩で息をしていた。
駅に続く大通り。通行人もなかなかいたが、代々彦を見つけ、小夜は周りのことなんて気にならなかった。
「小夜ちゃん、どうした?」
「さっきはごめんなさい。あの、冗談だからね! 「ついで」なんて言っちゃたのは冗談だからね。本当だよ。久しぶりだったから楽しみだったんだから!」
最後のほうで涙ぐんでうつむく小夜。代々彦は近寄って小夜の肩に手をかけた。
「大丈夫、わかってるよ。何年のつき合いだよ。相変わらず泣き虫だな」
代々彦は優しく笑った。でも心の奥では安堵していた。でもそれを顔には出せない。小夜を苦しめるだけだから。
「ごめんなさい…」
なおも謝罪する小夜。それだけ後悔していた。
「ほら、もう笑って。今日は楽しかったから。良かったらまた付き合ってくれ…な?」
「…うん!」
ようやく笑顔になる小夜。本当に昔と変わってないなと代々彦はまた笑んだ。素直で健気で…
「部活の先輩が待ってるんだろ? もう大丈夫だから」
「うん、ありがとう。あ、あとごちそうさま」
ぺこりと大きく頭を下げた。背中で小夜の長い髪が跳ねる。ちょっと吹き出す代々彦。そんなところも変わっていない。
そして代々彦と別れ、小夜は元の喫茶店に戻った。鏡子先輩にもお礼言わないと。
「お帰りなさい」
と薄。小夜の表情でうまくいったんだなと悟る。加奈も笑顔で向かえる。
「あ、あのう…」
しかし、小夜は困った顔になる。加奈が美味しそうにショートケーキを食べている。薄の手にもさっきまではなかったチョコレートパフェがある。鏡子の前にもケーキが…
いつの間にか注文の品が増えていた。
(お兄ちゃん、ごめんなさい)
手を組んで小夜は遠くにいるだろう代々彦に謝罪した。席について、やっぱり五千円の魅力に負けて小夜もパフェを頼んでしまった。
おそらく五千円のおつりはいくらも残らないに違いない。
しばらくして。小夜は気づく。
「そう言えばゆっくりしてて大丈夫なんですか?
学校でみんな待ってるんじゃ…」
そう、今日は買い出しであっても、一応部活動中のため、部室に戻ることになってるはずだ。そして部室では新しい本を首をながーくして待っている男性部隊がいるはずだ。小夜は部活を休んだため、私服姿だったが、三人は制服姿で、荷物もまだ学校のようだ。
「小夜、いいこと教えてあげる」
と鏡子。お礼はもう言ってある。とても素敵な先輩だと小夜は誇りに思う。
「男っていうのはね、女を待って成長するものなのよ」
(ひぇー)
小夜動揺。加奈は「そうですよねー!」ぱちん!と指を鳴らす。薄は苦笑していた。
「そうも言ってられないでしょ」
薄が鏡子をたしなめる。そんな薄を鏡子はあきれ顔で見て、
「十分堪能しておいて説得力ないわよ」
「へへ、美味しい」
にっこり笑う薄。美味しそうにパフェをほおばる。小夜さらにうろたえる。薄のまた意外な一面だ。落ち着いた雰囲気は何処へやら、子供っぽい仕草だ。
「そだ、小夜ちゃん」
撤収の雰囲気を察して阻止しようと(?)加奈が声を上げた。
「お兄さんバイトってこの時間から何のお仕事なの?」
確かにもう午後も四時近くになる。ということで読み物クラブでは男性諸君はかなり待っていることになる。
「えっと確か今日はカラオケ屋だって言ってました」
ぴくっと鏡子の眉が動く。
「カラオケ? どこの?」
やや鋭い声。小夜緊張する。
「駅前のスーパーヴォイスです」
スーパーヴォイス。低料金と若者向けの選曲が主の人気店だ。ターゲットを若者に絞ったことでおぢさんにはきびしいが、学生には強い味方なのだ。
「スッキ、加奈。早く食べて。行くよ!」
「行くって、鏡子先輩!」
言うが早いか、合点とばかりに食べるペースを上げる加奈と薄。
「ほら、小夜も」
とせかされる。
「で、でも部活はどうします?」
休んでおいて何だか変だったが、待っているだろう、はじめや優、石塔の代弁のように。
「大丈夫。本だけは買っていくから」
フォークを手ににっこり。
そして一同と代々彦の再会はあっけないほど早いものになった。びっくりしつつも嬉しそうな代々彦。しかし、しっかりと知り合い値引きで約二時間歌い込まれることになった。
ちなみにさすがに薄から石塔に連絡が行き、残った男性陣のうち、はじめと優が強制的に合流させられた。学校に残してきた三人分の荷物とともに…
今日もまたスーパーヴォイスに学生の雄叫びが響き渡るのだった。
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