私が今日買った本(2000/2/20版)



これが「あなうめくん」2巻。
表紙のキャラは「文鳥マン」。
頭部が文鳥である。変だ。

私が今日買った本


今日は単にサウナに入ってのんびりするつもりだったのに

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「あなうめくん」二巻    C38破死本        古本 150円

「俳句幻景」        摂津幸彦          古本 3500円

「塚本邦雄全集」第一巻   塚本邦雄          古本 4000円

「クイックジャパン」No.29                新本 900円

"Lonely Planet"           会田誠            新本 2500円   

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「あなうめくん」二巻    C38破死本        古本 150円
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 うおおおおおおおお。あなうめくん二巻だああああああああ。
 こんなものがこの世にあったのかあ。1巻買ったのいつだったろう。
 それにしてもこのマンガなんにのってたんだろう。変だー。
 ちなみに著者名はしーさんじゅうはちはしもとと読むみたいです。
 絵はうまいともなんともいいがたいですが、白いです。
 ペン入れもトーンも少なくてコミケのコピー誌みたいです。
 即死マンというのが出てきます。変身すると即死します。
 これで4コマ書きます。さらにひっぱります。6ぺーじくらい。
 さらに6ページ。鰯マンというのが出てきます。鮪マンと戦います。
 4ページです。鮪マンの背中が変です。てゆーかなー。
 ほんとにこれ700円で売っていいのかなー。でもなんかいいかげんっぽい
 マンガ家特有の作者の生活感はあるんですね。ただなんか、葉書で投稿
 した4コママンガの延長線感覚は消えないんですね。
 ちなみに一巻には「ハラワタマン」というのが出てきます。必殺技として
 ハラワタボンバーというのをやります。はらわたがとびだして敵をやっつけます。
 ハラワタマンも死にます。よかったねハラワタマン。や、だからねー。いやねー。
 でですね、このハラワタネタのマンガが昔別な人が書いてたとかいう
 読者からの手紙がくるんですね。(出すなよそんなの)。
 で、私それも買ったんですよ。「内臓レディー」という題のマンガ。いやほんとに
 売ってるんですって。で特殊強化処理された大腸とかを腹からだして、
 鞭みたいにしてそれで攻撃するというやつ。いやだからねー。なんというかねー。
 歌丸さんなんかバシーとひとつやってくださいよお。
 あー三巻出てたらどうしよう。

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「俳句幻景」        攝津幸彦          古本 3500円
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  全句集がでたのを受けての、攝津の全俳論集である。抜けてるものもあるに
 は違いないが、摂津幸彦が俳句について書いたほとんどすべての文章や講演や
 シンポジウムが納められている。500ページ。多いか少ないか。
  あとがきで攝津さんの奥さんの資子さんが、体調が徐々に悪くなってきたと
 きに、インタビューや講演といったそれまであまりなかった仕事が重なっては
 いってきた、と書いてあるが、実際その二本の講演とインタビューがないなら
 この本はもっとさみしいものになっていたし、その講演やインタビューの内容
 も「安井浩司を囲む会」の運営(当日は総合司会。しかし当日までも集まった
 メンバーのホテルの確保とか、かなり雑事もこなしていただいた)というもの
 がまたそのころになければ、違ったものになっていたはずで、亡くなる前の数
 年間の攝津の状況に、なにか感慨をおぼえずにいられない。
  装丁は荒木経維の写真で、口絵にも、攝津の句とのセッションのような形で
 荒木の写真がおさめらえている。私には特別マッチしてるようには思えないの
 だがどうだろうか。
  荒木の写真にあるのは一種の追憶、記憶そのものがエロスであるような追憶
 ではないかと思う。ただそれだけをとらえるのはあまりにも文学的ではないだ
 ろうか。
  1990年に。安井浩司の『中止観』に出会うまで、私に取り「俳人」とは攝津
 幸彦のことであった。

   船 底 に 忘 れ し 釘 は 甘 か ら む
                     『鸚母集』

   戦 争 へ し ろ き か ら だ を 挿 入 せ り
                     『鳥 屋』

  一読して記憶したこれらの二句は、自選句集である俳句文庫版の「攝津幸彦
 句集」には収録されていない。「陸々集」以降顕著になったと思う、茫洋とし
 たノスタルジイのようなものに言葉そのものが包み込まれたような句が多く選
 句されているように私には思える。
  俳句なり短歌なりを書き「続ける」、とはそんなにたやすい行為ではない。
  書かれた作品はすぐに「あたりまえ」に向かおうとし、言葉にはすぐ感覚的
 な水垢がつく。「陸々集」でたどりついた攝津の文体は、それまでの句から「
 難解」をさしひき、人をそれとなくみちびくような路地裏の追憶のほうへ、動
 いていったものではなかったか。
  この攝津の文集には、何十年かのそのゆっくりとした移動がわかりにくい形
 で収録されている。限定700部というが、はたしてどれくらいさばけただろ
 うか。
  あとここにも収録されている『恒信風』のインタビューだが、この場合もそ
 うだがいつも資料姓の高いものになっていて関心させられる。総合誌もしない
 がかといって旧「俳句研究」「現代俳句」の流にある俳句同人誌には出来ない
 ことをこのパソコンネットからスタートした同人誌がやっていることに、あら
 ためて私は感覚的な自分の「同じ世代−現実の年齢とは少し違う」について
 の「疲労感」をおぼえる。

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「塚本邦雄全集」第一巻   塚本邦雄          古本 4000円
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  いまごろなんで一巻かというと、『されど遊星』を読み直したかったからで
 ある。ちなみにいままで私が買ったのは八巻の「評論1」のみで、この巻には
 『定型幻視論』『序破急々』『詞華栄頌』の初期評論集が収録されていて、私
 が読みたかったのは『定型幻視論』だった。
  さてそんなわけで第十歌集『されど遊星』。
  刊行は昭和五十年で、このあたりの塚本の序数歌集は、コミックスのように
 ほぼ二年ごとに一冊のペースで刊行されている。歌数も300〜350くらいでこれ
 ぐらいが一番読みやすいのではないだろうか。塚本短歌の娯楽性と文学性、ま
 たは映画性とマンガ性が一番幸福に融合している歌集ではないかと思っている。
 『天變の書』あたりになるとその幸福さが色褪せてくると感じる。
  今読むとおぼえている「ほほえみつ」とか「負修羅の」とかの歌のほかに、

   視野狭窄すなはちほそるこころざし見ぬ世にかすむ冬の曙

   人なるわれや空行く夢のさかしまに四月の霜の仄かに苦し

  などをおもしろがってしまう。
  私は歌というものは結局「冬の曙」とか「春の夕暮れ」とかでそれでいいん
 ではないかと思ってるところがあって、それは本歌取りとか中世和歌とかいう
 ものではなくて短歌を写真でいうフィルムの「ベタ焼き」にした状態が結局、
 「春の曙」だの「夏の夕暮」とかなのではないかと考えている。特に理論があ
 るわけではないけどね。
  だからときおり結句がそういうものになってる歌を総合誌などで探すのだが、
 せいぜいそういうのを書くのは福島泰樹ぐらいのものだったりするので、だー
 となってしまうのである。おまえの歌にもないではないか、といわれそうだが、

   ときにわれはかえらざるかの父の樹の梢をゆする雨のはやぶさ

 という歌の結句だってそんな感じだと思うし、

   カリオストロの城を出てゆくクラリスにワインの雫のごとき朝焼け

 という歌だってそういうところで出来ているように思える。完成されてるとは
 思わないけど。

   白鳥座うすぐものなかのぼりつつ 抱きしめてやるエンジンを止めて
                          加藤治郎

 とかもそういうものではあるまいか。全部おぼえてないからなんだが荻原裕幸
 の「今二冊目の村上春樹」とか「人生と呼ぶことのむなしさ」とかもそうなん
 ではないか。
  で、この本は第一巻だから、この全集の編集方針などが書かれている。
  これは初読。全15巻というのを私はそんなに少ないとは思わなかったのだが、
 まあ完全な全集というにはたりない巻数である。折口信夫全集で57巻くらいだ
 ったかな? でもまあ買う方も大変だしなあ。林和清に聞いたところでは、最
 初ゆまに書房では第一期、第二期とかで分割して全集を刊行させるつもりだっ
 たらしいけれど、監修にこわれた岡井さんや篠さんが一度に出さなきゃ意味が
 ないということで、こういう刊行になったらしい。
  でもまあ全集で読むよりも多少高くても講談社文芸文庫とかそういうのに入
 れて欲しかったなという書物も少なくない。『百句燦々』なんかは講談社だか
 ら、学術文庫でもよかったし、テーマを選択したエッセイ集とかでも出来なか
 ったものだろうか。
  とはいえ、第四巻には、定型詩劇『ハムレット』同人誌『メトード』が完全
 収録されるそうで、前者は古本でかなり出てるし、後者は一度季節社か玲瓏館
 から再刊されているので、全くのまぼろしというわけではないが、本屋で買え
 るものになる、という変化はそれなりにいいものだろうと思う。
  また林の話になるが、塚本の歌集のなかで何が好きかと聞くと、『歌人』と
 かあのあたりがぼくはいいんです、みんなやっぱり最初自分がスタートしたこ
 ろと時期がかさなるあたりのが好きなんじゃないですか、と答えてくれた。遠
 い昔の話になるけれどまだ江畑実氏と話をしていたころ、江畑さんは<「感幻
 楽」の「花曜」あたり>がいい、といっていた。なるほど。

   おおはるかなる沖には雪の降るものを胡椒こぼれしあかときの皿
                       塚本邦雄「感幻楽」

   貼紙の端秋風になぶられてここぞ世界の剥がるるはじめ
                         江畑実

   リルケなど好まざりける晩年の姉に翡翠のなつごろも
                       塚本邦雄「歌人」(だったと思う)

   コンタクトレンズ捜しに森へ行く今日からは冬のさなかの秋
                        林和清

   きりぎりす六肢失せたるまぼろしの身をまげてマグダラのマリアよ
                       塚本邦雄「されど遊星」

   きんいろに砂漠がみえてきみの肉一オンス分の代金おもう
                       正岡豊

  うーん、ま、そういう感じかな。

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「クイックジャパン」No.29                新本 900円
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  えーと、この「私が今日買った本」というのは買った本のことを今までその日の
 うちに書いてたわけですが、攝津幸彦のところで寝てしまったので正確には昨日買
 った本になってます。タイトルに偽り有り! 人に秘密有り! 知らぬは女性軍ば
 かりなり。
  で相変わらず買ってるクイックジャパンですが今回は京都のバンドの特集。音楽
 ライブの記事が多くて、私はほとんどライブなんかいかないのに記事だけ読んでし
 まいます。実際にいくと結構退屈なんではないかという気はする。
  えーと「蛍」という詩の朗読をする女の子のインタビューがのってます。気にな
 ってるんですがまだCDは聞いてません。ただぱっとみですが朗読をする女の子な
 んて言うのは星の数ほどいるけれど、いわばこうした<バンド>系から出てくる子
 はほとんどいなくって、どうして急にこんなに話題になるのかな、という感じです
 ね。彼女の世界は基本的に暗い、と誰かが書いてますが、それは普通にやったらぼ
 くは朗読って暗いと思う(笑)。で、暗いとだめだろうとぼくは思ってたんですが、
 結局この子のやってることは暗くてもなんでもいい、という感じなんで、どうなん
 でしょうかねー。でもやっぱり十代の詩というと「ランナーズハイ」とか初期のえ
 っと永山則夫(「全共闘バカだ!」とかああいうところね)を思い出しますね。
  あと猫田道子さんという『うわさのベーコン』という、ちょっと天然のハズシの
 人が書いた小説という感じの本を(私はこの雑誌に掲載されてたのを少し読んだけ
 ど、やっぱり全部は読めないです)出してる人の、短歌をのせてます。なぜ彼女が
 短歌を書いたかというと、その投稿没小説が掲載出版されることになったのに特殊
 歌人枡野浩一さんが深くかかわってて、短歌を書いたのはおそらく枡野さんの歌集
 を読んだからでしょう。まあ短歌とはそういうものかも。
  あと「ある女性サブカル・ライターの死」という記事があって、井島ちづるとい
 うAVとかセックス系の体当たり取材(というかねえ)を書いてたらしい27歳の女
 性の自殺か変死(自宅で死んでた。ちなみに自宅で死んでいても確認者がいなかっ
 た場合は変死とみなされて、警察が介入します。指紋べたべたとられたりるするこ
 ともあるので、帰ってきたら母が冷たくなっていた、という場合でも、あわてず救
 急車を呼びましょう。死亡したその日中であれば、医者が心臓マッサージやらをし
 たあとに、了解をとりにきてじゃ、今ここで死亡ということでいいですか、という
 ことで病院で死んだ、ということになります。これで提出書類が簡単になります。)
 の記事がのってます。前にSM系のAVの(あんまり有名でもない)女優が、勤め
 てたSMクラブの客とプレイ中に殺されちゃったということがあって、生前「田舎
 に帰ろうかなと思う、恋人もいないし・・」といってたとかいう話を別の雑誌で読
 んだことがありましたが、それと同じくらいせつなかった。
  あとアクションフィギュアガレージキトオの海洋堂の記事がずっと連載されてま
 す。今回はカラーつき。ホビージャパンみたい。「FFS」の「エンプレス」のフ
 ィギュアの写真がのってます。これはちょっと欲しい!このあたりの感覚は次の会
 田誠作品集へつながります。

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"Lonely Planet"           会田誠            新本 2500円
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  えっと柄谷行人はどこにあんのかなー。くそわかりにくいなーここ。
  あ、これなに? きれいじゃーん村上隆? ・・・・会田誠じゃんこれ!
  やっべえ! 買わなきゃ!!

  ということで現代美術(という言葉はなぜだかちょっと気恥ずかしい)の会田誠
 の1999年までの作品の全カタログ「ロンリープラネット」を買いました。初版が19
 99年4月1日、買ったのは第四版の1999年12月1日。ひさびさに「やったぜ!」という
 感じがする本ですね。版型は私はよくわからないんですがB4? ていうの? 大判
 のソフトカバーカラー30ページのモノクロ40ページの70ページで価格的にはこんな
 もんじゃないでしょうか。表紙は作品名「巨大フジ隊員VSキングギドラ」という
 北斎の蛸と女のセックス画をモチーフにした、少年期のウルトラマンでなぜかエロ
 チックだった巨大化したフジ隊員がキングギドラに押し倒されて膣にひとつ首つっ
 こまれてもひとつの首でハラワタひきずりだされてそれでもまだヘルメットかぶっ
 て涙をにじませているという超名作の顔部分のトリミング。ヘルメットのゴーグル
 のとこには手書きでひとこと「似てねーよ」の字・・・。
  さて内容は、会田誠という稀代の「絵描き」の作品ほとんどと、それにつけた自
 作へのコメントとさわらぎのい(もー漢字出すのめんどい)とミツマギャラリー
 のあるじのみずますえお(だからめんどいんだって)の短めのエッセイ・解説。
  この作者本人のコメントが量も的確だし、何かをはぐらかすでもなく、過剰に訴
 えるでもなく、これこれこういうことを考えてこの作品を作りまし「<た>」と過
 去形で書いているーそこでその作品がおわっているーという質的にも見事なもので、
 あるパターンを繰り返し反復することで美術界にその存在を認識されていくなんて
 いうまだるっこしさはほとんどないですね。
  先の「巨大フジ隊員ー」の自作コメントをみてみましょう。

   多くの人が指摘する通り、日本の近世大衆画である浮世絵と、今日隆盛を極
  めるマンガ(アニメ)には強い相関関係があります。どちらも往々に下品にな
  りがちな大衆のニーズと直結しているため、芸術という認知はなかなか与えら
  れないにも拘わらず、日本人の最も正直でオリジナルなビジュアル表現である
  点などです。この2つのジャンルを橋渡しする一目瞭然の絵柄を提出すること
  は、僕の学生時代からの懸案でした。それがこの作品で蛸と海女が絡み合う
  北斎の有名な春画『喜能會故眞通(きのえこまつ)』をベースにすることに
  よって、とりあえずひとつの成果を見たと自分では思っています。このベース
  には、いわゆる<オタク文化>のベーシックなモチーフである、映画『ゴジラ』
  シリーズの怪獣と、TV番組『ウルトラマン』の登場人物がちょうどあてはま
  ったからです。そしてそれをアニメーション技法と材料で描き、巨大ないわゆ
  る”セル画”に仕立てました(地球防衛軍フジ隊員が巨大化する一エピソード
  の存在は、巨大なセル画の必然性のためにラッキーでした)。

  これを的確といわずして何を的確というのかといわんばかりの文章でしょ。
  実際の作品は3.1m*4.0mという大きな横長のキャンパスに髪の毛一本一本に神
 経がいきわたり、実にエッチで、静謐感があって、なおかつばかばかしく、ちょ
 っとこわい、すぐれた「絵」になっています。見事なのは、そういうキングギド
 ラやフジ隊員を描きながら、オタク文化内でやりとりされるそれこそ精液くさい
 幻想からのすさまじいまでの距離感ですね。ここでは巨大化フジ隊員がなぜか首
 が五本あるキングギドラに陵辱されてるわけですが、その表情にある普遍性と全
 体的な構成および作画技術の緻密さは絵画自体に高度な精神性を与えていると思
 えます。いわゆる鬼畜系のCGというのはそれこそネットをさぐれば頭蓋骨に穴
 を空けてちんちんをつっこんでるようなやつまであるわけですが、そういうもの
 との違いはこの精神性の高さでしょうね。だからといってストイックかというと
 全然そうでもない、いわば絵描きの欲望で大衆文化のなかにあるエロスの欲望を
 すべて浄化させてなおかつ自分のほうからのエロスを投げ与えていくような、そ
 ういう感覚的モニュメントが、会田誠の絵なんじゃないかと思います。
  だからこれ以外の絵では、「アメリカ」やら「戦争」やらがテーマになるわけ
 ですが、これらもエロスそのものではないでしょうかね。
  とにかく一度本屋か、最近の美術館では美術書やビデオのコーナーのあるとこ
 ろが多いですから、一度みてみてください。
  最後に、芸術新潮の某俳人の取材によると、「(会田さんの部屋は)ものすご
 くきたなかった」そうです。なるほどー。

  ということでおわったー。やったぜベイビー。

                        2000/2/19〜2000/2/20
   

 


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