折口信夫の別荘日記

2001年03月の日記

■2001/03/02 (金) モーパッサンはリンゴまんじゅう

◇ここ二三日で買った本

*「現代詩手帖」3月号  1200円
*「かめくん」北野勇作   640円
*「痴人の愛」谷崎潤一郎  100円
*「鴎外小説全集」第二巻   30円(寶文館)
*「知死期時」伊藤比呂美   50円(なつかしの週刊本)

◇かばん関西オープン歌会のためメールを書きまくる。
 といっても知れてるがそれでもまあ20人で落ち着いた。
 あとは中身である。
 最近一番思うのは「フラットさ」の壁、といったものである。
 それを一ミリでもこえれば、それなりに「歌会」というのは
 どこでどうやっても、おもしろいものになるのではあるまいか。

◇何度も賞揚している自由律俳人の岡田幸生さんのウエブ日記
 がはじまった。

http://www2.diary.ne.jp/user/81482/

である。あと残るのは誰かな?

◇詩手帖、かめくんとか書きたいこともあるがまた後日。
 では。

■2001/03/03 (土) 8600円

◇今日買った本
*「私記・西村白雲郷」稲葉直   古   1500円
*「塵々抄」西村白雲郷句集    古    500円
*「桃源」松岡貞子          古    500円
*「現代俳句ハンドブック」      古   1200円
*「鑑賞現代短歌二・葛原妙子」稲葉京子  古    600円
*「香貫」玉城徹歌集         古   1000円
*「俳句発見」飯島晴子       古    1000円
*「store」1997vol1号       古     200円
*「CAT」1999/10月号     古     100円
*「現代俳句の鑑賞101」長谷川櫂編著   新  1600円

計  8600円

◇きゃー、塚本邦雄『風神牧歌−加藤かけいの宇宙』800円買ってないー。
 なんでー? 手に取ったのにい。えーとあと大原テルカズの句集もありました。
 稲葉直さんとこからの放出みたいですね。永田書房の本がすごくたくさん出てました。
 北川透の「反河のはじまり」1000円坪内稔典「俳句の根拠」800円。
 永田耕衣「二句勘弁」「俳句窮達」両方1000円。
 坪内稔典の「過渡の詩」があれば文句なく買うんだけどなあ。
 夏石「天才のポエジー」1000円かにみそ日記で村井康司さんが読んでた
 三枝たか之@あのころきみは若かった「気象の帯・夢の地核」1000円。
 あと安宅夏夫の歌集なんかもあり。もちろん書肆季節社。女子高生のおなら
 がどうしたとかいう例の歌も収録。まあしかしこんなに買ったってなあと
 思いつつ。最近の天地書房は目が離せませんなあ。
 どうでもいいけどドリームキャストを買おうと思ったのにまたあてが
 はずれてしまったわ。ああソニックアドベンチャーァー。
 あとこの間200円であった現代詩文庫数冊は完売。
 まだ買う人いるんだなあ。

◇松岡貞子句集「桃源」はひさびさに購入の端渓社本。
 かなり前に掲示板で書いた松岡緑男の奥さん。
 背表紙のとこが皮装ですな。しぶい。
 というとこで読後感想はまた後日。

■2001/03/04 (日) 春の雨

◇紀伊水道MLとかばんML用にチャットタイムを取る。
 土曜日11:00〜と日曜日11:00〜。
 本日はえくにのりんちゃんと、ぽっぽさんがちょっとだけ。
 ぽっぽさんの日記の子供がゲームのボスキャラを
 「つよかった?」とか聞いてくるのはすごいかわいい。

◇合間に、村上きわみさんの日記をさかのぼって読む。
 家業が写真スタジオだったのか!
 なんとなく納得するのはなぜ?

◇あと本田瑞穂さんの日記も読む。
 書いてない部分に、「こころ」を感じる。
 スガシカオはわからないので、
 渡辺美里の「桜の花の咲く頃に」を少しみながら思い出す。

郵便受け 水色の手紙
右上がりのまるい文字
元気ですかとたずねるほど
時がたってるわけじゃないのに

度の強い眼鏡 かたほうのえくぼ
因数分解をいつも教えてくれたけど
恋の答えはみつからないの

おぼえて いてね
おもい だしてね
桜の花の咲く頃に
まよったときも
かなしいときも
かがやきにかえてゆくよ

◇きくちさんとこを読んだりしてるまに
 一時間が終わる。
 そうか、岡田くんはこまつ座が好きなのか。

◇村井さんの日記で二十年近く前の三枝たかゆきの本の感想が書かれてる。そうそう、
 あのときの永田さんの「表現の−」との二冊はおもしろかったんだよ。でも一種の
 一般の読者、みたいなのはつかなかったように思うなあ。それから永田和宏はアメ
 リカに行き、喩についての論はいったん収束したように思える。
 村井掲示板でのなかはらさんの応対が見事である。
 玲はる名となかはられいこの存在にはちょっと奇跡のようなものを感じなくもない。
 いなくなった何人かの、詩歌作者の書き手を、ふっと思って鼻の奥がつんとなるのは
 蓄膿症だからではない。山田ミネコのマンガに、主人公たちが異世界につれこまれて
 死んだ家族が出口をさししめして、内緒でまざってる金星人やら火星人やらの家族も
 同じようにいて、ああみんなここにくるのかあ、その火星人が涙ぐむというのがあっ
 たが、あんなもんかな。

◇たださんのコンサートが今日である。
 なんの声もかけてあげられなかったのがこころのこり。

◇「世界は半熟の遁走のように裏切っても
  ぼくは 裏切らない」

      ねじめ正一  「半熟の遁走」  詩集『ふ』より

■2001/03/05 (月) チャットだけしてたんじゃないけど

◇特殊チャット
 ということで落ち着いた感じで、

錦見映理子
岡田幸生
枡野浩一
田中啓子
正岡豊

 で二時間ほど。かばん関西のT村さんが、来たけど別のはなしでもりあがって
たとかでかえってしまった。
 うーむ。まあ誰もいないちゃっともそれはそれでさみしいので勘弁。

◇まあ荻原裕幸@親切チャンピオンがチャットを作ってくれるのを期待しましょう。

◇「歌葉ブックス」の話になって、ちょっと気になったので書いておく。
 まず表紙と見返しののりづけが気になるということ。
 あれは必要かな、とか。
 なかったら見返しが一枚増えるだけでは、とか。
 あと歌の数。あれでも多いのでは、と。
 これは私がうーん、とうなった。
 100首以下で歌集を出すのはかなりポリシーと勇気がいる。
 飯田さんのでも100以上はある。
 ここは、今の短歌のある問題点を確かについてるような気はする。
 句集はかなり少ないのがあるんだよね。
 坪内稔典「朝の岸」48句とか。
 (でもこれは1頁1句ぐみでハードカバー)
 むずかしいところだ。

◇とかいってきょうなにがあったとかなんにもかかなかったりして。

■2001/03/06 (火) 本だけよんでたんじゃないけど

◇今日届いた本
*「かばん」3月号
*「龍年?・別冊資料集 大岡頌司自選百句」

 かばん三月号はひさびさに自分の短歌24首を誌面で見る。自己批判。

・妙に「経験」の少ない歌に見える。
・思ったほどの「喚起」がない。
・歌はやっぱりむずいなあ。
・やっぱり一日で書いちゃだめかな

 もっとあるけど割愛。

 別冊は、「俳句空間」の二十号の大岡頌司自選百句と、高柳重信の選句39句を一冊にしたもの。
 これや、西川徹郎の「銀河系つうしん」の島津亮や宮入聖の特集はなんとなくウエブページっぽ
いものになっている。
 発行者は高橋龍さん。
 高柳重信がこの世にあったころは、俳句評論の切り込み隊長ともいわれた人ともきいたことがあ
る。長谷川櫂の「鑑賞101」など「こんなもの!」とかおもっていそうな気がする。
 現代俳句の一部がめざしたのは、俳句形式による一種の存在論的愉楽だと私は思う。高柳重信も、
私はむしろそう読む。ただ「愉楽」はいつでも「奈落」へと反転するのだと思う。それをしりつつ
ゆあーんゆよーんとゆらしてみせるハンモックが、彼らにとっての俳句であったのではないか。
 しかしそれはいまどのくらいの読者をもつべきなのだろう?
 いまとわれてるのはそれなのかもしれない。
 前衛性のなかにある、古典趣味性。
 教養性。

大岡頌司 自選百句より

この位の大きさの緑の翅のある猿を

この秋のくだんを檻に入れて飼ふ

一山のうさぎかぞへる方法あり

ひとところへこみしがわが油蝉

◇飯島晴子「俳句発見」所収の「水原秋桜子の意義」を読む。
 やはり好論文である。

「自由というものは高くつくものであり、それだけの覚悟と資格の要るもの
 なのだが、われわれはえてしてそれを忘れがちである。秋桜子以降の
 昭和俳句史は、その何を失ったかの模索の苦しい行程であり、今や、
 探し続ける気力も尽きたかの俳句の現状である。」

         昭和54年作 水原秋桜子の意義より

◇なんか真夜中の掲示板が活気づいてるような気がする。
 みんな体調には気をつけてね。

◇きょうもなにやってたかかかなかったりして。

■2001/03/07 (水) 曲がり道くうねくねえ

◇今日届いた雑誌
*きさらぎ連句会通信 歳旦号 迢空と茂吉
 同上 2月号 太宰治
 同上 3月号 ジャンル越境時代と自立的ジャンル論 書評『現代俳句の精鋭たち』

 はっきりいって驚いた。8ぺーじほどの小冊子なのだが、そのクオリティのさりげな
い高さはただものではない。関西かばんの歌会に参加してくださる小池正博さんという
方が、出している冊子で、紹介に「俳句作者」と書いてしまったのだが、この「きさら
ぎ連句会」というのを主宰されてる、連句の方だったのだ。
 私は連句は嫌いではないが好きでもない。ただ、連句を「布教」のようにひとにすす
めるひとはあまり好きにはなれない。
 どちらかというと連句はそういう「布教」タイプのひとが多いと思っていた。この小
池さんもまったくそういうことがないことはないのだろうが、それよりも、2000年
の日本詩歌の中で、「連句」を考えるという意識が発達しているし、また楽しんでいる。
 特に小池正博さんの、「連句から見た迢空と茂吉」という評論は、短歌研究評論賞に
応募したら、引用のバランスに言及されるかも知れないが、「作品」なのか「作品行為」
なのかが明確に別れない連句の、そこにはらまれる「文学性」を動的な形で「見せる」
のに成功していて、好論文になっている。
 全文をHTML化してもいいですかとメールを打ってまってたけれど、返事がまだなので、
「連句に示唆を与てくれると思われる」として引用している歌を紹介。

春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召還礼状   塚本邦雄

母を売る相談すすみゐるらしも土中の芋ら太る真夜中   寺山修司

こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり  山崎方代

夕焼けを担ぎて重し鬼やんま中年を飛ぶきみもひとりか  佐佐木幸綱

海底の戦艦大和 ふるへつつ合歓は花咲く空のまにまに  小池光

◇あと編集後記。これも小池正博さん。

「平出氏の短歌に対して現代詩人たちが非難を浴びせたことは、現代詩
 が短歌的抒情を拒否することから出発した経緯から、ある意味では当
 然のことですが、そういう歴史も曲がり角に来ているようです。」

■2001/03/08 (木) 虹の喜劇

◇なんかまた寒い。

 人死にて鶴に生まれて冴え返る  夏目漱石

◇買った本
*『風神牧歌−加藤かけいの宇宙』 塚本邦雄  800円

 「ミッドナイトプレス」の新号をさがしてうろつくが、どこにもなし。
電車賃を無駄にしてしまった!しかたがないのでもうないかなと思ったら
あった塚本本を購入。荻原裕幸が変わった本だといってたが、昔書名をみ
たときからなんとなく読みたかった本。1979年刊行だから、ちょうど塚本
選歌欄に私が載って、現在の「玲瓏」の前身の「玲瓏信」という塚本邦雄
に関する執筆著作情報をのせた瀟洒な冊子が出されていたころで、その冊
子にこの本のことがのっていたように思う。あと現在湯川書房から刊行さ
れている『夏至遺文』という短編小説集も、限定自筆署和綴本として、一
編ずつ限定配布されていたことも載っていて、ははあ、と思った記憶もあ
る。ついでなのでそのころの選歌欄の人の作品を。

昨日夢のなか山椒魚(はんざき)の四肢に似し沼ありて今日うつしみの旅
                              太田二郎

花さふらん イエス写しの講師来て女子大学は揺れつつしづか
                  (さふらんは漢字)   小林孝子

下宿までいだく袋の底にして発火点いま過ぎたり檸檬
                  (原文旧字)      江畑実

口つむぐいかなる意味をゆりかもめ わが視野を飛ぶ欠落の白
                              大引幾子

投げあげしわが悲しみのブーメラン 夏の光となりて帰るな
                              作者忘失

「武士」といふ部誌貸しくれし後輩のそのやさしさはありがたきかな
                              杉本和彦

◇でこの本は加藤かけい論と評釈と選句の三部で校正されているのだが実
はそのころもいまもあまり加藤かけいという人になじみがないので、ちょ
っとした違和感がある。このあたりが短歌と俳句の違いのような気はして、
短歌だとある程度以上の著名歌人はどこへいっても著名歌人だが、俳句は
かなり人の俳句を読み込んでいても、どこかにすきまのようなエリアがで
きるものではないか。八田木枯さんも私にとってはそんな人だし、現在の
口語俳句や自由律俳句なども多くの人にはそのようなものではないか。
 中里麦外などもなどといいだしたら切りがないのでもとに戻る。
 その加藤かけいの俳句を私は塚本がいうほどおもしろいとは思えないの
で、なんかまんじりともしない。火渡周平なんかも私はだめで、本書にも
「太陽系」がどうこうという記述があるのだが、こういう句に対する塚本
の愛は、趣味性と戦後まもないころの伝わりづらい同時代性があるのでは
ないだろうか。

加藤かけい 塚本邦雄選句より 

 寒鴉飼ひて女中を晝犯す

 ももいろのハム晩春を晩婚に

 銭欲しや焼鳥の火を落とすに遭ひ

 三句目などは

 ああ白雲 銭をかぞへる酒屋前  安井浩司

 におよばない気がするのだが。

◇届いた本
*「逸」 花森こま編集発行誌

 川柳から俳句にうつった花森さんの俳句誌。ひとはどうか知らないが、わ
たしの場合あるひとびとと近しくなることは別の人々と疎遠になっていくこ
とになる。まあそういうものだろうけど、花森さんとも阪神大震災を境に一
度もお会いしたこともなく、なにかの折りに同席することもなくいまにいた
っている。
 十年二十年と同じ雑誌にいてもそういうことはあるのだろうが、所属誌や
行動が微妙にずれていくので、そういう風になってしまうのである。
 今号も、作品評論より花森さん自身の生活をつづった編集後記が身にしみ
る。どこか彼女のあじわい深い文章を、本にして出してはくれぬだろうか。

■2001/03/17 (土) 歌集『ピラルク』の楽しみながら書いた感想

◇今日いただいた本
*歌集『ピラルク』小林久美子

あー。もっと早く買って読んでおくんだったなあ。
というのがほんとの感想。刊行は1998年の六月で、丁度私がラエティティアに入ったころに
批評会のメールがあったように思う。そののち、ラエ大阪オフ、かばん関西歌会、先日のか
ばみーと三回会ってるのだが、小林さんも歌会のみの参加だったので、ほんとに挨拶ぐらい
しかしなかったのである。
いいというのは本田瑞穂さんとかからも聞いていたのだけれど、まあとびつかなかったとい
うのはどこかで「本」に対するカンが鈍っているには違いない。批評会も書評・パピーでの
特集もすんでると思うので、個人的な感想を書く。
まず何よりも読後感のしなやかなあかるさをいうべきだろう。
装丁は、砂子屋の小さい歌集向けのしゃれたもの。ふらんす堂の句集みたいにも見える。
ということが損をしてるか得をしてるかさっぱりわからない。たぶん両方だろう。
彼女は1991年ごろ歌をはじめている。そして私とおないどし。ということは岡田幸生とか
きくちのりことかもみんな同じ年ではある。神様がその年齢のひとびとにマルチシナリオを
遊ばせたように、それぞれの生は複雑な軌跡を描いてる。わたしは現実的にはおおざっぱで、
短詩型文学の面でだけ、説明が鬱陶しい軌跡を描いている。

  東洋の眠りをみたいといっていた坊やがあなたの寝顔を見てる

  両極の冒険作家にあいにいくアザラシのこと教えてもらいに

  夢の中で月を洗っているあいだすらすらとして涙は散った

  眼のふちに沈む一日あなたのそのよそよそしさに惹かれて眠る

  ひるさがりきいろい毛布をかぶりあい黄泉の国だとよわむしがいう

  幾千のあしなが蜂をみなごろし あなたのねがおにあまざけにおう

知ってる人には周知のことだが、彼女のこの歌集はブラジル日本語新聞社勤務の3年間の歌を
第一部に、そしてその前の初期、帰宅してのちの日本での作品を二部と三部におさめている。
上記はそのうちブラジル詠のもの。横書きでその感触が出るのかこころもとないが、実に端正
な字面と、あるいたいけなさをひらがながたどりつづっている。わたしは「うまい歌というの
はまずその歌が「うまい歌」だと読者に伝えるものだ」と思っているが、これらはほんとにそ
ういう歌に見える。それでも傷があるとすれば、南米−ブラジルの局所的な空気の、知的な処
理感だろうが、それはむしろいちゃもんにちかい。ただ知的であることといたいけなさの間に
あるのは、これはもうひとつの「幸福感」であることには間違いない。私たちは、1990年代
のブラジルという、奇妙に熱っぽく政治的には無知に等しい環境での、ターザンとジェーンの
ような「無垢」と「愛」の光景を見る。

 そばかすの背中に髪をはりつけてあなたは雨の木立ににげる

 おとなしいトロリーバスがいきましたゆうがた冬のカメラのなかを

 あのね夢はいつも心が足りなくて起きたらしんと涙が割れる

 背徳の日々は薄れてしまいますでもまだかれは彼が好きです

日本的現実がサスペンドされているこうした空間に、わたしは60年代の「ひょっこりひょ
うたん島」「ネコジャラ市の11人」等の無国籍人形劇の匂いをみる。そこにあるのはこわ
れそうでこわれない楽園性とそして鼻の奥をつくエトランゼの孤独である。さらにかすかに
流れる日本マネーのけだるさと。
小林久美子は二首めや三首めのような、ひらがなの流れをいったいどこでつかんだのだろう
か。実際に本人に会っても全く検討がつかない。ただ、「苦悩」へ向かわない素直な向日性
が自愛や他愛や相互救済へ向かうように自らをすすめ、すすめられていったことは間違いな
い。
そこにあるのはやはり「未来」という結社環境が持っている、自信と人材育成性なのだろう
か。

  しあわせはいまのいまかというひとの骨のくぼみでカナリアがなく

残念に思うのはこうしたエトランゼ的な抒情が、たとえば須賀敦子のようなエッセンシャル
なエトランゼ性へ短歌であるという理由で吸い上げられていかないことだろう。はっきりい
って三年後のいまもう版をかさねていてもいい歌集である。やれやれ。

 うけいれてくれたぶらじるこんなにも異質でくらいおくびょうものを

 たいようにちかいくらしはおわろうとしていることがとてもわかるよ

かすかな韻律の予定調和が気になるのはやまやまだけれども、ブラジルからの帰国の一連は
集中のやはり「白眉」だろう。きみい、幸福とはなにかね。
 帰国後の作品は、こうした幸福感が日本でたどらざるを得ない、少年少女性への移行をせ
まられている。どうして大人のまま、幸福になれないのかといえば、いくらなんでも大人は
善悪の基準がわからなければいけないからというただそれだけである。それでも秀歌は生ま
れる。

  見本市のいちばん奥にあるような愛がひとりで終わったという

  セビロ箱ひらくと雨のにおいしてこげちゃいろした服に降ってる

ボルテージが低いのは、歌が下を向いているから。そして顔をあげたときに、

  あたらしい潮をかんじた乗りかえて阪神電車の普通を待てば

の、ノーマルでありつづけることの確認のような、興奮度の低い「絶唱」が生まれることに
なる。とはいえそれだけでやっていけないのが今の歌人のめんどくさいとこなんだよなあ。
小林さん自身がいまなにを感じているのかはほとんど話したことがないからわからないが、
作品にどうしても出てくるローカル線っぽさをひとは結構感じてしまうだろう。
わたしが彼女の歌集を読むのに時間がかかったのは、それもまたひとつの理由であるなんて
ことはなくて、ただのめんどくさがりだった。
歌集全体から出る実直さ、人間的確かさ、から来る「安心感」と妙なローカルさ、が彼女の
課題なのかもしれない。はたはたと歌の旗のはためく、まひるのビルが今見える。

■2001/03/18 (日) うつくしい水と松

◇「じつはおれには女がいる」
あっとまわりは息を呑んだ。というような文章が司馬遼太郎の「燃えよ剣」にあってこれは
女っ気なんかないと思われていた土方歳蔵が最後の戦いで北海道へ落ち延びる前に、舟に乗
るのに時間の猶予をもらったときのセリフで、このあと「どこか水と松のうつくしいところ
へゆこう」とその女にいって二人の時を過ごすというのね。
かっこいい。
でわたしもひとつ。じつは私は創価学会男子部員で役職は副本部長謙部長というのをやって
ます。公明党党員でもあるのね。ここでひらがなで書いた名前のひととかはほとんどその種
の知り合いです。わざわざ書くことなのかどうかはわからないけれど、なんとなく何をやっ
ているかとかどうして私が「文学は「政治」には勝ったが「選挙」に負けた」とかいってる
かとか脈絡がないかな、というのとなんかこれをいっておかないと、枡野さんの掲示板で
「たださんはどんな正岡さんでも好きだ」とかいうのをうまく受け止められないような気が
するので、ちょっと書いてみました。公明党党員というのは共産党のようにさしてそれ自体
で「中央」というのが共産党のようにあるわけではないですが、私個人は人口三十万以下の
都市の市会議員の選挙事務所くらいならしきる自信はありますね。ただわたしはこの世に
「選挙」ほど死ぬほどくだらなくばかばかしくあほらしいものはない、と思っています。そ
れは20歳から地方国政の選挙を自分なりに現場で見てきた感覚ですね。この世から選挙を
なくすためなら核戦争のボタンを押してもいいんじゃないかなとも思うけど、そういう極論
的風景はやはり現実にはなくて、ただひととひととひととひとだけがそこやらここやらにい
るわけですね。
「エヴァンゲリオン」を非宗教的というのはそういう観点もあったりします。

◇まあそれはそれとしていただいた本など。
*歌集『シチュー鍋の天使』北川草子  思潮社
*「パピエシアン」 2001年3月号

 北川草子さんは、ウエブではかなり反応が見られた、作者没後の遺歌集。
作品としては私個人では、初期の早稲田文学期の作品がすぐれてるように思える。
表現のラインの確かさ、「――」や「 」といったものをもちいての行分けの統覚とかが目
に付く。92年の早稲田文学から94年のかばん入会までの間になにがあったのだろう。私
にはそれがおもたい空白のように見える。
パピエシアンは相変わらず綺麗な昇華型プリンターである。私もほしい。作品はかばんより
はるかに読みやすいはずなのに、どうも印象が薄い気がするのはなぜだろう。今号は「未来
月報」の評と、岡井隆『臓器(オルガン)』の評。大辻隆宏による「未来月報」の評は連載
のようで、書き上がれば読み応えのあるもののようになりそうである。中では、小林久美子
のこの歌集と関西でおこなわれた岡井隆をめぐる歌会の流れをたどったものがあの堂島あた
りの川の流れを浮かばせてまるで田辺聖子の小説のようである。この時代の大阪の物語は、
すべてのひとの思いを全部無化してしまい、ただ田辺聖子の小説のような世界が残るだけな
のかもしれない。紡がれる物語の、糸の色はなんなのだろう。

■2001/03/19 (月) 彼女たちの舞台

◇今日買った本
*『ドルズ・ハウスの映画館』四方田犬彦  350円
*『きみどりみどろあおみどろ』土田よしこ 350円
*アスキー4月号

 『ドルズ』は、短い映画評を集めた、リリーフランキーの本みたいなの。
 これくらいできちっと本になってる本って、おしゃれでいい。

 土田よしこの本は、意外とまったくつまらなかった。なぜ?

 アスキーはまだ未読。

◇本屋にいくと、なにかムックの鉱物関係コレクションがあって、
 290円でルビーの原石(屑ルビー(笑))とかがついているのが
 売ってあった。う、売れるのか。隔週刊だそうな。鉱物ねえ。よ
 くこんなの考えるなあ。

◇「歌壇」をみる。春日井健50首、黒瀬珂瀾50首。
 なんとこれはシリーズだったのか。次は誰だろう。しかしこうした
 掲載やレイアウトに、師弟という作品外の物語を設定するのはなん
 となくプロレスっぽいような気はする。

◇川の向こうの緑地で、気の早い桜が一本だけ開いている。
 昨日樋口さんが、「うかまう」という1982年の同人誌の話を掲示板
 にしてくれたが、

 この水をゆうぞらは吸いあげんとす肩越しにああ、桜が見える
                           豊

 という歌はこの冊子が初出。

◇なんとなく、「天為」の句会のためにいった、芝の増上寺の桜を見
 たいとちょっと思う。

■2001/03/20 (火) なんかおれ人生が全部さえ子に

◇「月岡芳年展」のただ券があったので、京都へ。
 きょう行くなら日曜日にいけば詩の「関ヶ原」にいけばいいんだけれど
なんかそういうのにいきたくなかったので田中さんかんべんしてね。どう
でもいいけど「いきたくない」って「キムタク」と似てない?

◇結構おもしろかったよ。私は浮世絵の青とか割と好きなんだけど、そう
いうのじゃなくて、錦絵なのね。天野義隆とか辻村ジュサブローとか。塚
本邦雄のなんとか乙女とかはこうした錦絵的世界なんだろうね。スペクタ
クルというのの大衆的人気というのを塚本さんはすごく考えてるんだろう
ね。あと、遊女書いた「**そう」とかいうシリーズ

ねむそう
うるさそう
みたそう
うれしそう

とかいうタイトルで一枚づつ遊女とか書いてるのとかもよかった。
あとは少年ジャンプだね、視覚的快楽は。

◇買った本
*「ジャズ名盤ベスト1000」安原顕編   新 906円

 三月書房までいったんだけど結局これかっちゃった。
 あ、昨日の掲示板の秋山晴邦は秋山邦晴でした。
 ぎゃー。
 でこの本は、村井康司さんも参加して、50ずつベスト盤ジャズLPを
 セレクトしたのと紹介文。ほとんど聞いたものはないけどね。これからも
 どうかはわかんないけど、曲名やらを見るだけでインスピレーションがわ
 くんだよね。「処女航海」とかいうのもジャズの曲名だからいんで、歌集
 名だとださいんでは。マドンナの曲に「エイントノービッグディール」と
 いうのがあって、そう口にするほどたいしたことじゃないけど、とかいう
 意味らしいが、こういうのもいい。「ホワッツゴーインオン」というのも
 いいよね。べたべただけど「ハード・トゥ・セイ・アイムソーリー」とい
 うのもいい。素直になれなくて。ジャズじゃないじゃーん。巻上公一さん
 もはいってます。掲示板にも書いたけど、昔はちょっとだけ聞いてました。
 村井さんのセレクトじゃないけど「リターントウフォーエバー」チックコ
 リアとか。B面の夏、じゃねえやB面の「ラフィエスタ」のピアノとベー
 スのからまりとかね。

◇あとアスキー。インターネットポットの写真がのってます。
 底のところに、PHS端末がたしかに!そのうち端末つき歌集というのも
 出ると、読者がいまどこを読んでるかがひとめでわかる。鬱陶しいぞそん
 なの。あとブルートゥースボールペン。ハイテクを使ってもっと句会がお
 もしろくならないものか。

◇帰宅したら朝日夕刊二通速達フロム枡野浩一。
 ありがたくってもう。
 うーんしかしこれからどうしよう。
 うーん。

■2001/03/22 (木) ダウンタウンへくりだそう

◇昨日買った本
*『琴はしずかに−八木重吉の妻として』吉野登美子  古 350円
*『アニュス・デイ』定広美香 サンワコミックス   古 250円
*『外科医東盛玲の所見』池田さとみ ミッシイコミックス古150円
*「ミッドナイト・プレス」11号           1050円
*『かんたん短歌の作り方』枡野浩一(頂いたがもう一冊) 1300円
*『うたものがたり』水原紫苑              1500円

◇「ミッドナイト・プレス」をようやく買えた。見物は谷川・正津と枡野浩一の鼎
 談。これは必読。というかこの座談会をひきだしたのが、短歌シンポではなくて、
 総合誌でもなくて、結局新興現代詩誌だったというのは、遙か前にそうなってい
 た「短歌シンポジウムの時代の終わり」を今更ながら考えさせるものにはなった
 と思う。
 「ガムテープ−」に収録されてる詩を「これって現代詩手帖にの
 ったということにすごく意味がある」といってるのはまことにその通りで、それ
 はもう実は城戸朱理だって守中高明だって全くそうだと思う。充分城戸も守中も
 自覚はしてるだろうがそういっちゃうのはかっこわるいから言わないだけ。田中
 庸介はそのことをきちんと内的にくりこんで仕事をしてるのは偉いです。谷川さ
 んの発言でも「いまだに短歌ではこれは短歌じゃないと言えるのかと思うとうら
 やましいというかさ、すごいみたいな感じがしちゃうんだよね。」というのはひ
 かりますね。ただそのすごさをそういうとこで維持しないと、やばいと感じる人
 も多いはず。結局、短歌総合誌以外の場所で「登場」出来る「歌人」なんていな
 いんだよね。「登場」して「活躍」してはじめて外部でエッセイやらなんやらを
 書いていくようになるわけで、誰一人それ以外の形のうしろすがたは見せられな
 かったですね。まあそれはそれとして。谷川俊太郎が枡野さんの短歌を「おれは
 狂歌じゃないと思う」というのはかっこいいと思うし、正しいですね。おそらく
 そこには、通俗的エロスの豊饒さ、へ抜けていく、江戸期の「狂歌」概念への強
 靱な把握があるんだと思います。狂歌と呼ぶにはあまりにピュアなのですよ、枡
 野短歌は。あとは全体的にこの座談会がかなり長い物になっていてこの長さは恒
 信風のインタビューの長さを思わせて、その通底感もこころにぴっとささります
 ね。
 説明型、と提示型、というのがあって枡野さんはほんとは説明型なんでしょうね。
 実は私もそうなんではと思いつつ、結構説明は鬱陶しいですね。
 あとはラジオの話とかもおもしろい。
 ラジオ、というメディアが今もこの日本なら日本のメディア内でかかえてるもの
 は見えないけれどもしっかりとした「感性の制度」を強いてて、私たちはネット
 においてテレビよりもラジオに近いロウテクなコミュニートシステムを見てるわ
 けですがそういうところへの、肉体的な知見というのも披露されてていいですね。
 ただ山頭火の自由律へ話を進めちゃうとやっぱり正津さんとかのぼろが出る、み
 たいで、現在の俳句が自由律とかそういうものの完全な抑圧によって成立してる
 というのには鈍感だとは思う。ただではそこで「カンのにぶさ」ではなく「カン
 のするどさ」で生きる道はあるのかというとこれまた、誰もそのうしろすがたは
 見せていないのである。

◇あと藤原龍一郎さんと柴田千晶さんのコラボ二回目は、一回目の状況提示編より
 サスペンスフルだし、より21世紀という一種通俗的デストピアを現出させるの
 に成功していてかっこよいです。一回目をわたしが好まないのは、エリオットの
 「荒地」の「時間です おはやく願います」のリフレインをあまりに彷彿させる
 からですが今回はそういうとこからはちょっと離れられました。そうするとちょ
 っとイメージはミニマルにはなるんだけどね。字面もきれいで読みやすいです。
 現代詩は字面。

◇加藤の千恵ちゃんの俊太郎CDROMの評は、自分の短歌をはさみこんでなんだ
 か福島泰樹のようですね。のっけから二年つきあったひとと、とかくるので、高
 校時代までキスもデートもしたことがなかった私はこういう生活だとどういう短
 歌を作ってたのかねえとか自分では思うんですが。読点の多い文章がいいですね。
 嘘は、言わない、みたいな感じで。

◇あとは、辺見庸さんに現代詩について質問したら会場が爆笑の渦になったという
のがちょっと胸に来ました。これはいかに文芸なり社会性なりのレベルで今、たと
えば辺見庸のイベントを聞きにいくような人にとっては「現代詩」は「ギャグ」な
のか、ということでしょうかね。「詩」にとってはものすごい、各個人の脳に、セ
キュリティのかかってる時代かということですね。母親をやつざきにされて父親を
火あぶりにされても現代詩などという「自分の知らない世界で行われていて、知的
なワタシタチでもなんとなく読んでないからバカには出来ないもの」で感動してや
るものか、という一般ピープルの心情がわかることはわかるけれどなあ。まあ難し
いもんですね。

◇さてあとはまだほとんど未読です。定広美香さんのはボーイズラブの男性男性性
 行為マンガで、ほとんどやりまくってますが、なんかこう、ノリのよさというか
 なんというかで妙に興奮します。勃起はしないけど。あのなんかこうゲイでもホ
 モでもいいんだけどすごく即物的な性行為をはらんだ男性同性愛というのは、現
 実と理想の混交感がありますよね。そこでトランスヴェタイトとかゴシックロリ
 ータとかまあそういうとこともつながってっちゃうような。ボーイズラブものと
 してはいい本なんじゃないんでしょうか。いや数読んでないから知らないけど。

◇あ、新しいキーボード買ったんですよ。そろそろなれて来ました。うん。

◇八木重吉の奥さんの本は、八木重吉のラブレターがいっぱい引用されてて、ピュ
 アだけど恐い気もする一冊。これって奥さんになる人に好きな人がいなかったり
 したからいいけど、いたらぐちゃぐちゃになってるんでは。ああ日記からの引用
 もあるんですけどね。ううん。まあ女の子はうれしいのかなあ。あと重吉も死ん
 で子供も亡くなったのち、この八木未亡人は歌人の吉野秀雄さんと再婚なさるん
 ですね。ははあ。とか思ったりして

◇『かんたん』は、なんかいまだに初版が売り切れないというのがどうにも納得い
 かないので購入。「だからあなたも生き抜いて」と買い間違えるような装丁にし
 なかったのがいけないの? やっぱり乳飲み子かかえてないから? 薬の名前ば
 かばか羅列してないからダメなの? まあ奈良の本屋さんも置いてないんですけ
 どね。地方に行くほど置いてないような気はする。読んでない人は読んでみてね。
 ほんとにおもしろいから。筑摩書房です。版元。

◇水原さんのは、装丁すごいキレイで瀟洒な作り。まだ読んでないけど読む必要が
 ないような(笑)ほど綺麗な本。これは6冊一緒にでる女性のエッセイ集で、

 川上弘美:なんとなくな日々
 水原紫苑:うたものがたり
 道浦母都子:母ともっちゃん
 坂東眞砂子:愛と心の迷宮
 小池昌代:屋上への誘惑
 吉澤美香:圏外遊歩

 とあるらしいです。道浦さんの以外は、ほんとにセンスのいい本に仕上がってる
 みたい。吉澤さんの本だけ見にくいとこにあるかも知れないです。がんばってさ
 がしてね。

■2001/03/27 (火) ◆ホームページ更新

◆ホームページを更新しました。
 4頁分。
 よろしくね。

http://www3.justnet.ne.jp/~masa-0606/index.htm

■2001/03/28 (水) 田中庸介さん

Bred&Breakfastという詩の掲示板の田中庸介さんがすごいおもしろい。

http://www65.tcup.com/6509/kiseki.html

よく動いている掲示板なのでときどきは見ていたのだが、それでも22日
あたりからの、朗読イベント「関ヶ原」以降のは、はたからみているとそ
れ自体が詩のなにものかとの攻防戦のように見えて興味深い。
 関ヶ原には結局いかなかったけれど、パフォーマー系の朗読の里宗さん
がこうした90年代型朗読会システムとそのなかの自分の表現みたいなも
のに「いきづまりを感じた」と書いてあって、それはもちろん傍目に見て
てもわかるからさして不思議ではないのだが、これが同人誌単位だと「い
きづまり」が共有された意識になるには「次の号」が出るまで待たなくて
はいけなくて、そうこうしてるうちに雑誌自体が消耗されて消えてしまう
というルートをたどるのだけど、ネットの掲示板でやられると、その速度
が消耗にある程度追いついているのである。
 田中庸介さん自体は、「このままいくとねじめ正一さんたちがやってた
ころのように朗読が火が消えるようにまた鎮静化してしまう」という危機
感がなんというか、スレンダーな形であらわれていて、(こういう危機感
はもろに出しちゃうとまたこれが足下すくわれちゃうんだよね)それはな
んかかっこいいですね。
 ちょっと論調も微妙に興奮してるとこもあって、いいです。
 「詩を書く自分」ではなく「詩」そのものについて、ちょっと興奮する
というのはいいんじゃないかなあ。うん。

■2001/03/30 (金) 象さんのパスティーシュ

◇こわれていたラジカセがなおった。

◇さだまさしの昔の広島の歌を歌ったやつにはまってしまった。

◇荻原裕幸歌集『デジタル・ビスケット』。未読だった第二歌集のものがおもしろい。

◇ちなみに『ドライドライアイス』もきちんとは読んでなかったりして。くくく。

◇鴻上尚史『スナフキンの手紙』を買ってしまった。某賞はこれでとってたのか!

◇寺島令子『墜落日誌』1巻も買った。管浩江ってノウテンキのひとの嫁さんだったのか!

◇『綿の国星』7巻も買った。「乱切りにんじん」がはいってたが、こんな話だったか!?

◇PSのゲーム『ガンパレード』というのがすごいらしい。でももうやる気力ないー。

◇『美濃牛』もようやく買った。これから読みます。

◇橋本治『愛の帆掛船』『愛の矢車草』。これから読みます。

◇田中槐さんに昔の朗読のテープと車椅子美中年マンガを送ります。

◇小川優子歌集『路上の果実』。いい歌集です。また別に書きます。

◇木村聰雄句集『彼方』。上記の本といっしょに来ました。うーん。

◇なんか浮遊感のある日々になりました。関西かばんのお花見はワシントンでするそうです。うそ。

◇女の子の写真とりたいー。エッチなんじゃなくて瞬間の表情とか。

◇ぽっぽさん岡田幸生さんの日記がほんとにおもしろい。クオリティ高し。


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