折口信夫の別荘日記

2000年10月の日記

 
■2000/10/01 (日) 一角獣

◇日記が飛びましたかね。昨日結局、寝台急行「銀河」で帰って来たからです。
 どうもくせになってしまいまいたね。

◇東京のゆきかえりに読んだ本
*「超20世紀」吉本隆明
 えー。うーん。やっぱりおもしろいですね。最近の吉本さんの本は「だいたいで
 いいじゃない」もそうですが二三年かかってるのが多いですね。吉本さんのいってる
 ことが正しいかどうかというのは、ぼくはそんなに気にならなくて、それは、将棋の
 刺し手の一手一手が正しいとかそういうものではないようなものと似てるんではない
 でしょうか。とぼくは思いますが。
*ひきつづき「短歌研究」10月号
 小嵐九八郎氏の時評の文体が、ぽぽっとしてて心にひっかかる。
 二十世紀後半でこのジャンルで来世紀まで生命力のある俳人は、山頭火と三鬼と
 慎爾で、歌人は修司と邦雄と弘(って穂村弘かな。平井弘ってことはないからそ
 うかな)とか書いていて、ずいぶんおおざっぱだなあ、と思う。

◇イベント会場で買ったもの
*吉増剛造朗読CD「石狩シーツ」 2000円(?)
 ?がついてるのは、値段書いてないから忘れちゃったからね。インナースリーブも
 なにもないんで、データ的なことは表に書いてある読みにくい表記文からしか読み
 とれないんですが、石井辰彦がヴォーカルの裏をとってるのかな、これ。年度は、
 1995/1999とか書いてますが、ちょっとわかりません。
 さて、私は吉増朗読ははじめてで、ちょっとどきどきしながら聞きました。えーと
 私はとりあえず笑ってしまいました。ファンの方すいません。笑ったのは、これは
 たとえばうちの父親とかは最後まで聞かないだろうなあ、と思って、やっぱりすご
 く<文化>の匂いのする朗読にぼくは思えたからですね。やってることはプリミテ
 ィブなんですよ、たぶん。でも、ある程度「素養」が必要な朗読じゃないかなあ。
 読み方は、非常にひとつひとつの言葉を高めの声で、変にふらつかせないで、
 なにをいってるかかなりわかるように読んでます。ほとんど書き方そのままの読み
 ですね。イッ、一角獣、とか読むわけです。全体的な高揚感はありますが、これを
 みんなよいといってたら、わたしが聞きたい朗読なんかやってる人にあうことも、
 もうないかもなあ、とまたそんなことを考えました。

*週刊読書人
 書評誌。谷岡亜紀が「短歌の引力」を評。荻原裕幸が、「俳句と川柳」についての
 一文を書いてます。

◇昨日の会場では海埜今日子さんにはじめて会いました。
 えーと、ティナターナープラススザンヌヴェガみたいなひと。なんか田中啓子さん
 に借りていた、「ベルカローレ」を返していたので、はじめて「ベルカローレ」も
 見ました。地味目の本ですね。井本節山さんは奥さんが臨月でいつ生まれるかという
 状態なんだそうで。おしかった。えーと田中庸介さんとは私が目印をつけてなかった
 のですれちがってしまいました。ソーリーですー庸介さん。
 あとは特に。あ、清水りんぞうさんも携帯に電話かけてきていただいたんですが、
 なんかぼくがちょうど帰ろうとしていたとこだったし、懇親会に出たわけでもなかっ
 たので、ほかのひとたちのことも全然わからなかったので失礼しました。結局かえりそ
 びれちゃったんですけどね(-_-;)。

◇青嶋ひろのさん中村安伸くんらとはもう三年ぶり。東京へはそんなにいってないわけ
 じゃないんだけど、なーかなか。しばらく俳句の話で歓談。ものすごく気持ちがいい。
 別に俳句の友達、だからじゃなくて、やっぱり共有してるものがほんとに多いからじゃ
 ないかなあ。ちがうかなあ。単に久しぶりだからかなあ。まあいいや、理由なんて。

◇結局また寝台までみおくってくれた。ありがとう。

◇あけがた、目が醒めたら、山裾を霧がはっていた。
 きょうの「銀河」はがらがらだった。
 しばらく外をみていた。ねえ。ねえってば。
 ぼくはこれからなにをしようか。22:08 00/10/01

■2000/10/03 (火) kiminakisatonimo akihasinobiyorinu

◇メーリングリスト、『ラエティティア』の歌会に今回ははじめて出した。
 今回は二首組ということだった。夏の終わりに書いた4首からはじめの2首を出した。
 日記には全部書いておこう。全部推敲無しである。

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夏の日の言葉は遠くぼくよりも先に死ぬのかヒメギフチョウは

きみのふたりの子供がそだちゆくさまを秋の星座はわたしに告げる

もしもあなたのために残りの人生のすべてをささげる楡(えるむ)であれば

ひむかしのスカイラークで泣いている秋のはじめのきみに会いたい

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◇昨日アップしたイベントを「あざみ書房」というとこの人が
 リンクしたとメールがあった。高階杞一詩集『キリンの洗濯』とかを出してるとこ。
 『キリン−』は9刷目だとか。500部ずつの増刷として5000部ですなあ。
 掲示板では関富士子さんや須永紀子さんというウェブで名をよくみる現代詩の人が
 書き込んでいます。わたしのレポは「当日の雰囲気がよく伝わってくる」そうです。
 詩の個人誌、同人誌の注文販売のページもあります。「はちょう」もあるでよ。

HP:<あざみ書房>
http://www2.ocn.ne.jp/~kesi/index.html
(トップ)
http://www63.tcup.com/6305/kiki.html
(掲示板)

◇佐佐木幹郎のイベントの発言で思い出したこと。
 花鳥風月ということに関して話が出て、佐佐木は、「ほんとうの花鳥風月という
 のはもっとどろどろしたもんで、中上健次、彼が、小説の世界で、花鳥風月を、
 やったんだとぼくは思う」といっていた。
 私は田村隆一では「坂に関する詩と詩論」という詩がいちばん好きですね。

◇ あと短歌を書き始めか、書く前に読んだ、西脇訳のエリオットの『荒地』も
 純粋に楽しんでましたね。いまでも「時間です お早く願います」とか「ダッター
 ダーヤツヤムダーミヤターシャンティーシャンティーシャーンティー」とか「おお
 つばめ、つばくらめ、廃墟の苑にいるアキータニア公だ」とか、「おーおーあのシ
 ェイクスピヒーア的なジャズは とても素敵だ」とか、かなりの部分は
 覚えてますね。第一次大戦後のヨーロッパの意識とか、フレイザーの『金糸編』との
 つながりとかばかり(昔は)強調されましたが、単純に長編詩としてもおもしろいもの
 なのではとかは思いますね。エンターテイメントだと思う。『荒地』って。

◇朗読イベント紹介■絶対泣かない機械 〜短歌とピアノの夜〜■

 10月21日(土曜日)西荻窪ハートランドにて朗読ライブ
 出演;イイダアリコ(words)飯尾圭子(piano&words)山内真未(piano)
 午後6時スタート 入場料1000円(1ドリンクつき)
 
 地図は
http://home9.highway.ne.jp/bookcafe/map/map.html

 イイダアリコさんは歌誌「かばん」のひと。
 かばん関西でも人気歌人←本当。
 わたしはいまいちよくわからないですね。(^_^;) 0:20 00/10/03

■2000/10/04 (水) あんまり眠くてごっつんこ

◇ねむい。明日は(以下略)

◇現代短歌以下略座談会、というのを考えた。

A「最近の岡井隆は(以下略)」
B「いやそんなことをいえば藤原龍一郎だって(以下略)」
C「(前略)だからといって山田富士郎にシュミレーションと
  いわれる筋合いはないよ、あ、略してないや」

◇イベント情報<<連続公開ミニシンポジウム>>

『現代詩としての短歌』をテクストに現代短歌の諸問題を考える

第2回 11月28日(火)18:30〜20:30
    現代短歌における<私性>の問題とその周辺

ゲスト 小澤實
パネラー 岡井隆、石井辰彦、藤原龍一郎、佐伯裕子、大井学(敬称略)
***会場 中野サンプラザ研修室5
***会費 2000円

 なお、3回目は現代短歌における<引用>の問題とその周辺とりあげる予定です。
岡井隆、石井辰彦の両氏は三回を通してパネラーとして参加します。また、来年の春
には朗読会も企画しております。

◇イベント情報 「現代短歌 秋の饗宴シンポジウム in 熊本」
10月14(土)・15(日)に熊本で、開催。
永田和宏、河野裕子、栗木京子、吉川宏志。
岡井隆、安永蕗子、尾崎左永子、伊藤一彦、小池光、
福島泰樹、穂村弘、荻原裕幸。
なんか昔のシンポ全盛時代の匂いがするイベントですね。
いこうかな(笑)。

◇藤原龍一郎さんの日記のページが出来てます。
http://www.sweetswan.com/19XX/
 今日は福島泰樹さんのお話で、前回の詩のボクシング(どうもこのネーミング
 はなじめない)で福島が「負けるとはおもわなかった」といってたというのがおかしい。
 福島泰樹さんのやってたというかいまもやってるんだけど、「朗読の時代」という
 のはどこかへいってしまって(終わったとかじゃんくてどっかへいったんだと思う)
 いまは「ぽえとりーりーでぃんぐ(この言葉もなじめない)の時代」なんだろうと思う。
 どこが違うかというと、朗読を聞いてるときの疲労感よりも、日常の時間の進行のなかの
 疲労感のほうがうわまわっちゃったというとこがちがうんだろうね。
 だから新幹線に乗ると、落ち着く人がいるように、いま朗読はへたうまいききにくいききやすい
 にかかわらず疲労感を無視して「聞ける」のではあるまいか。

◇それでも「疲労感」のかけらのようなものを残してるものは、映画「復活の日」のクサカリマサオ
 をこころにしのばせて、梯子をのぼったりおりたりすればいいのだといま
 わたしは思っている。

◇今日買った本
*新潮文庫「ベッドサイド」林あまり

 枡野浩一も書いていたが、「前田透の墓前で土下座させたい」とまで言われた
 ということまで書いている、文庫版あとがきがせつない。歌は。歌はですね。
 わたしにはどうしてもこれは歌としては「へたな歌」というのに入るのでは
 というのがちらつくことはちらつくのですね。それと、あとがきの「(わたしは)
 恵まれていた」というのとはからみますね。
 ぼくはこのごろ歌集というものにはどこかに「ラック−幸運」みたいなものがないと、
 読むのがつらいのでは、と思ってます。
 でもそういう歌集−ラックというものとはまったく違うところで、なにかもの
 すごく遠くをさししめすことはほんとうにほんとうに出来ない相談なのかしら。

 向日葵(ひまわり)は金の油を身にあびてゆらりと高し日の小ささよ
                             前田夕暮

 万流の油そそがん六月の日を遙かとし天の金雀枝(えにしだ)
                             前田透
*文庫版「柳田國男全集」3巻

 「水曜手帖」が入っている。

◇ぽっぽさんの日記より。

子供を産むのも産まないのも(そして産めないのも)、
それぞれの人生の流れの中で決まっていったことだと思う。
だから私は否定も肯定もしない。優越感も劣等感も持たない。
それで良いんじゃないかな、と思います。

ぽっぽ日記
http://www.diary.ne.jp/user/51709

◇昨日の「あざみ書房」の管理者のひとの個人のページ。

HP:<KIKIHOUSE>(個人)
http://www.linkclub.or.jp/~kiri

トップページのデザインがかっこいい! さらに!

荒川洋治詩集『空中の茱萸』感想
http://www.linkclub.or.jp/~kiri/r233.html

すごい! すごいよく書けてる! すごい!
ひとに聞くとどうやら土曜の会で私のななめうしろに座っていた方の模様。
わたしはおぼえてるけれど、むこうはどうかはわからない。1:59 00/10/04

■2000/10/05 (木) そうですなあ

◇だけど正岡さん、 投稿者:枡野浩一  投稿日:10月 4日(水)11時37分49秒

私は自分の短歌を「完成度としては完璧」と思うことがよくあるのですが(本当。
穂村弘にはわかるまい、この完成度、と思っている)、
林あまりが「TILL」の最新号(休刊号)で、
わたしは自分の短歌に満足したことがない、
という意味のことをとても真摯な感じで書いていて、
ああ、枡野浩一は満足してるかも、それじゃ駄目なのか、ああ、
と、深くこころのこうべをたれました。

◇・・・・・・・・。

だけど正岡さん 日曜の次の日を愛や葡萄で染めたいでしょう?

だけど正岡さん 完璧な蛇口から水がほとばしるの見たいでしょう?

だけど正岡さん 石臼はあまりにも重たくて虹が折れそうでしょう?

だけど正岡さん くちづけのそのあとで青い狐は逃げたのでしょう?

だけど正岡さん まっしろな人型の皺寄るシーツはかなしいでしょう?

だけど正岡さん 半分であることの意味をときおり知りたいでしょう?

だけど正岡さん 美しい夕森で十字架に火を付けたいのでしょう?

だけど正岡さん 柿畑柿畑彼岸花柿畑柿畑

だけど正岡さん ああだけど正岡さん ジジジとネオンが啼いております

■2000/10/06 (金) 21世紀の狐

◇やまわくくんひがしおちゃんうえださんおおきたさん。たなごさん。
 たなごさんは「田名後さん」と書く。変わった名だ。
 やまわくくんはしっかりしてきた。よかった。

◇マスノ掲示板に書き込んで、くずれるように寝た。
 電話の音で目がさめた。出ようと思うと、切れた。

◇今日さとうさんが来るまで読んだ本
*「Piss」室井佑月
 前に買ってたやつ。中に入ってる「鼈のスープ」というのを枡野浩一が激賞
していたので、読んでみた。うーん? つまらなくはないが。なんか「共同幻想論」
みたいだと思う。正確には、「言語にとって美とは何か」の「構成論」。短歌−歌物語
−劇という文学ジャンルの発生、もしくは順序確定的決定プロセス、もしくは「高次意識
発生のアナロガスな理解・・・」みたいな部分の話だが、その構成論のなかでは、
男女の性愛関係の、一般的な変遷が、歌から物語を産み、物語から劇を産んだとあって、
その部分を読んだときに本来個的であるひとりひとりの人間が、またべつのひとりの人間と
つながろうとするときに、性をふくめたかすみ網かうす雲のようなことばの大きなシーツ
から、首の上だけ出しながら(ああそんな芝居があったっけ)ようやくふれあってる
ようなそんなイメージがわいた。室井の小説の中では、粗暴な男がすぐに下着をめくって
入れてくる。女はたいてい入れられてしまう。そのセックスはたしかにせつないんだけどね。
あとなかに出てくる「買い物」もせつない。あとは・・・どうなんでしょう。
 夫馬基彦に『家長期』という誰も読んでなさそうな地味な小説があってさ。
 主人公が奥さんの使ってた、木の座って使う文机を「捨てていいか」といって「いいわよ」
といわれたので捨てにいくのね。そうしたら、夜中に寝てて、気が付くと、妻がいなくて、
窓からみるとその捨てた文机を奥さんがみにいってるのね。あれはなんかせつない話だった。
 最後に主人公は、奥さんに「年下の好きな男が出来たから別れてくれ」と泣きつかれ
てしまうのね。すげー地味な話なんだけど忘れられない。◇塩谷風月さんの「声の同人誌」というのに参加している。
 朗読その他をCDRで焼く、CD同人誌の単発企画である。
 いろいろ考えて、荻原裕幸の第三第四歌集を、早朝の京都駅ビルコンコース
 上のエントランスホールを中心に、そこいらの残響空間をバックに、
 ウォークマンプラスミニマイクで読んで録る、というのにしようと思う。
 塩谷さんが版権取ってくださいというのでおぎーにメールしたらOKを
 いただいた。タイトルは「21世紀の狐」でどうでしょう。

◇ あと角川「俳句」11年6月号掲載句。

「草原の教団」  正岡豊

かざぐるま野に万能の馬場あき子

切り株やわが甲冑は腕時計

三日月を飲み込めず鳴く鯨かな

春嵐この珈琲も『悪の華』

オルガンや鯖も廚もそらいろに

少年にかがやくレールモントフを

美少女の春夜の巨大四足獣

ヤマメに読み聞かす虹の京極夏彦を

4:03 00/10/06

■2000/10/07 (土) 立場

◇わたしたちが立場というとき、それは世界を変えようという意志から
 はじまって世界についての諸概念を変えようとするまでの総体を含んでいる。
 (吉本隆明著作集版・言語にとって美とはなにか 615P)

◇藤原さんが日記で、昨日の私の書いたところを引用していた。
http://www.sweetswan.com/19XX/
の10月6日の項。今日は、なんだか文を書くのが気疎いので、ちょっと
荻原さんへのメールを部分引用する。

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さて、塩谷さんの企画の「声の同人誌」に参加することにしました。
それで、すっと考えて。

で、この間東京から帰ってきたときに、早朝の京都駅ビル
エントランスホールでちょっとゆっくりしてたんですが、ここのエコー
というか反響というかがすごくいいんですよ。ガメラ3じゃないけど、
エコーの音像が、ドームではなくて確かに長方形の開放的な空間を確実に
耳に届けるみたいな感じで。

でそのエコーをききながら、このエコーをバックに荻原裕幸の『あるまじろん』
『世紀末くん!』の短歌を、ウォークマンプラスミニマイクで読むと、なかなか
いいのではないか、とか思いました。

ということで、塩谷さんは、ひとの作品を読むときは版権をとってほしい
ということでしたので(なんか海洋堂のフィギュアみたいー)、お願いにあがりました。
まだシナリオは書いてませんが、作品を朗読させてもらってもいいでしょうか。

もちろん、NO出しでも仕方ないので遠慮なく。
また、この歌は詠んでほしくない、最後にシナリオはチェックさせてほしい、とかはもちろん
いってくだされば対応します。(引用間違いはしないつもりです)

イメージは20世紀の早朝の近代建築京都駅ビルのエントランスな空間に
23世紀的なほのかな無機質と愛の匂いがするような? そんな言葉の
ながれがつくれればいいかなと思っています。
ということでOKでしたら、お返事ください。
あと意見があったらきかせてください。
ではでは。

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荻原さんからは快諾のメールをいただいた。感謝。

◇枡野さんの掲示板にちょっと長い書き込みをした。
http://www60.tcup.com/6003/nomasu.html

◇先日のあざみ書房の管理の方のページに、正式にリンクをはってもらった。
 コメントがうれしい。
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天象俳句館

正岡豊さんのホームページ。エキスパンドブック版の正岡さんの句集『ムーン・プール』
がダウンロードできます。基本的に毎日更新という「折口信夫の別荘日記」が充実。読書
量豊富で、詩歌句系のジャンルを問わず情報量も凄い。賑わいのある「天象俳句館掲示板
」他、チャットの試みも。

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◇上記のリンクから、話にきいていた東京poeket(同人詩誌即売会&朗読会)の
 ページにいける。
http://www.exist.net/poeket/

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第3回 TOKYO ポエケット in 江戸博
平成12年12月10日(日)
PM2:00〜PM8:00
江戸東京博物館1階会議室
JR総武線両国駅下車 西口徒歩3分
入場者無料
(出展は1グループ2000円)

主催者「TOKYOポエケットを推進する会」
(川江一二三、ヤリタミサコ、海埜今日子)
連絡問い合わせ先 yarita@mguad.meijigakuin.ac.jp

++++++++++++++++++++++

8:22 00/10/07

■2000/10/09 (月) 青いくるみのなる国

◇ぶつ切りに時間が開くので、うまく日記を書く時間がない。
 本読む時間はあるんだけどね。

◇昨日買った本
*『ファイブスター物語/10巻』 永野護 1050円

 ということで、10巻です。1巻はこの間に100刷を重ねたそうで、一回ごとの増刷部数
は有名漫画にはほど遠いだろうけど、それでも100刷はすごい。10巻が出てる、というの
は青嶋ひろのくんに教えてもらった。エストってこんなにこわいファティマだったのか。
 あと、えーとあれなんていったっけ、トンデモ本とかで「この世の全てのことが書か
れてる本」とかいうの。ちょっとあれに似たイメージが出てきますね。

◇昨日買えなかった本
有名な裏日本工業新聞のサイトをひさしぶりに見たけれど。そこにのってた、
角川小説賞かなにかの文庫本をそごう書籍売場でさがしたけれどみつからなかった。
正確には、<「第4回角川学園小説大賞」で優秀賞を受賞した「竜が飛ばない日曜日」
(咲田哲宏、角川書店、514円)>というのね。
「SFJAPAN」という本も見たことないなあ。「イミューン」というのは藤原龍一郎
さんの息子さんが読んでると、なかはられいこさんのサイトのBBSに書いていた
ような。
裏日本工業新聞
http://www.asahi-net.or.jp/~WF9R-TNGC/nikko.html
短詩型のページ/みゅう/BBS
http://bbs1.otd.co.jp/20067/bbs_plain
その、裏日本のページで、新潮Oh!文庫のことが出ていて、その書籍売場で見ると
ほんとに一挙五十冊のサブカルもしくはコラム集積本みたいなのがどどっと出てた。
いしかわじゅん「漫画の時間」の文庫版あとがきは、単行本「漫画の時間」が結構
売れたと書いていてなんだかほっとする。荒川洋治がリテレールの年度別おすすめ
ブック本で、「いまもっともいい文章を書く人」と書いていたリリー・フランキー
の本も文庫化。あとはもうわからないぐらい出されてる。

◇とはいいつつ、用事の前に、筑摩の文学全集で、西脇順三郎の『旅人かへらず』
を全編読み返す。モーニングをホットでたのんで。これって結局、武蔵野をだらだら
初老の男が散歩してるだけの詩なんではないか。と思いつつ、去来する旅の感興が、
先の『ファイブスター物語』と重なったりする。あと「霊」という言葉の頻出。
帰宅して着替えて出て、また帰宅して、続いて同じ全集で入澤康夫の『わが出雲』
を読み返す。誰かこれの全編を<退屈しないように>音読作品化しようとは思わな
いものか。そのあと先のなかはられいこさんのBBSになかしま都のことを書き込む。
また出る。また帰る。最後におうぎわりくんの車で桜井までいって帰る。1:11分。
やれやれ。

◇西脇順三郎を、検索してみる。あんまりおもしろいところがない。(ひとのことは
いえないが)あ、これってなんかあれだなあ。東京の人ならこういうのいいんじゃ
ないのかなあ。
WINDS CAFE
http://www.st.rim.or.jp/~mal/Cafe/index.html
あとモダニズム詩の単なる愛好家という感のあるここ。
Imagination Pool
http://www.saitoh.mgmt.waseda.ac.jp/~jinkato/
うーん。おもしろい西脇論はないものか。2:09 00/10/09

■2000/10/13 (金) 再版

◇間があいてしまって、何度もみてもらってる方には申し訳ありません。
 忙しいのもあるけど、ちょっと気分的なこともあってとばしてしまいました。

◇第一歌集の版元からメールが来て、私の本の在庫が切れて、今10冊ほど
 注文がたまってるとか。品切れ絶版にするか、再版するか、再版するなら
 部数はどうすればいいか、という話である。返事にちょっと窮してるのは、
 「うちは小さい出版社だからもう絶版にするから人に読んで欲しかったら
 どこかよそで出し直して下さい」とかいうのではなくて相談のような形で
 メールが来てるからですね。再版してくれるんでしたら200部ほど買います、
 などという気持ちは毛頭ないので、採算とかも含めて向こうで決めればい
 いのにね。そう単純なものでもないのかなあ。この件に関してはひとのご意見
 をおうかがいしてみたいです。それよりも第二歌集が読みたい、というひとも
 おられるでしょうしなあ。(わたしは別にそう二冊目が出したいというのでも
 ないですが)気が向かれたら下記へよければなんでも書いてみてください。

天象俳句館掲示板
http://www.tcup3.com/345/yutaka.html?

◇ここ二三日で買った本
*別冊ぱふ・活字倶楽部 94/5  100円
*活字倶楽部      99/春  100円
*『イミューン ぼくたちの敵』青木和 819円

 かつくらバックナンバーは、このミス、と逆の方向からの侵入と展開のイ
メージがあるよね。森絵都などの記事では、理論社の『カラフル』『キッド
ナップツアー』などの装丁の話も載ってる。今本屋さんの児童書のとこには、
キャンペーンっぽくこの二冊が平積みされてたりするので、ぜひそのお洒落な
装丁とハンディ感を手にとってみてみてほしい。
 『イミューン』は、裏日本工業新聞で名をみてちょっと興味ひかれ。
 作者は1961年生まれ。加藤治郎さんと同い年かな?

◇この週末の九州熊本の短歌イベントの出演者は、

浜田康敬、岡井隆、高橋睦郎、小島ゆかり、吉川宏志、大辻隆弘、
穂村弘、大口玲子、柘植周子、安永蕗子、伊藤一彦、栗木京子、荻原裕幸、山
埜井喜美枝、小高賢、永田和宏、大島史洋、小池光、今野寿美、松平盟子、道
浦母都子、星子英、久々湊盈子、尾崎左永子、福島泰樹、河野裕子、三枝昂之、
志垣澄幸、塚本諄、篠弘、春日井建、北川透、田村雅之、黒瀬珂瀾、島田幸典、
高島裕、田中亜路、永田紅、千葉聡

ということでほんとに短歌シンポらしい短歌シンポ。
詩や俳句では、もっと人選にローカル色が出るんだけど、それが出てない。けれど
なおかつある種の「好み」(誰かの特定の、というのではなく)が見えてるようで、
おもしろいですね。田村雅之さんのパネルは私はみたことなかったなあ。

◇イベント情報

遂に! 高原耕治句集『虚神』出版記念会

時日 11月18日(土) 午後5時〜午後7時

場所 日本出版クラブ会館(タムリューといっしょ。でも地図が同封(笑))

会費 1万円

 ちなみにかばん200号イベントはこの前週の日曜。惜しい!3:32 00/10/13

■2000/10/14 (土) ホノルルマラソン

◇ああっ! 賞味期限切れの食パン食べてしまった!
 うーん。まあいいか。

◇ルックJTBの「ホノルルマラソン」ツアー。
 ホノルルマラソンは12月10日(日)。
 5日間コースで、12万円ほどかな。
 うーん。いこうかな。

◇えーと。めんどくさいのでもう日記に書いてしまおう。勤めている会社が人員整理を
 はじめて、対象になってしまった。というかなんというか、それもだいぶと前の話で、
 来週10/20でもって、今の職は終わりである。無職だ! 石田柊馬の世界だ!
 でまあ、職探しをするともなくしているというかなんというかだが絶望がどうのこうの
 とついこないだまで言っておきながらその足で職探しというのもねえ。といいつつ
 とりあえず扶養家族もいないしローンもないのでまあいいかと遊民状態になろうか
 と思う。遊んで暮らせる身分ではないのでそのうちなにかはしないとね。などと
 いっててどうにかなるとも言えない時代ではあるのだが。というわけで10/20以降の
 身の振り方を考えていて、普段やれないことでもするかな、と思いついたのが、
 ホノルルマラソンだとかいうと誰かに怒られそうだが、あと私も書き物好き男性の
 証拠として車の免許がないので取りにいこうとか思ったりである。

◇缶入りお茶を買いに行ったすきにこやまくんがほりこんでいた本
*『野口雨情詩集』 野口雨情 弥生書房 900円
*歌集『雲のスケルツォ』 小松久美江 角川書店 1400円

 こやまくんはこのあいだうちから、詩集や句集やらを買うことに情熱をもやしていて
買うと私のとこに持ってきては、これはいいですか、だめですかとか聞く、というのを
繰り返している。そしてそのまま置いていく(あのなー)。今日は綺麗な本を定価の半
額で売ってるブックオフで二冊を購入。ドアの新聞受けからドサドサと落としてあった。
小松さんは水甕の人。帯文は春日真木子さん。定価は2800円。
 ほんとに歌集三千円時代がやってきそうである。

◇なかはられいこさんが「獏」を読みたがっている。20頁くらいの薄い雑誌だったのに。

◇ぽっぽさんの掲示板で、俵万智や林あまりについてやりとりが。

◇限界。寝る。2:49 00/10/14

■2000/10/15 (日) ワインレッドのお盆

◇10月チャット。あちこち宣伝しようと思って出来なかった。

出席者

まさおか
枡野浩一
ただ
なかはら
れろ
テーラー
加藤千恵
しみりん
えんじゅ
ぽっぽ

ありがとうございました。

こころにのこったことば

40パーセント

あとはじめて私のハードとIE5.5で、フリーズして落ちた。

◇ちょっと日記やメールやらの自分の送信量が落ちている。時期的に、そういう波の
 下り坂のころなのである。ごめんね。

◇きのうこやまくんといっしょにいって買った本
*『挫折と再生の季節』岡井隆 ながらみ書房 2300円
 いい本。これについては別に書く。
*『百花遊歴』塚本邦雄 1000円
 全集にははいらないのかな? 花をテーマのエッセイと詩歌句の博覧引用。
 こういう本は、どこから読んでもいいから楽。あと塚本の俳句の選は、そ
 れなりに変わっててわたしはいいと思う。

 夢を出ていま日の赫と白つつじ   藤田湘子

 こういうのとかの選とかね。

◇きのう天地書房でかわなかった本
*『朔太郎(なんとかとかいうほん。忘れた)』福島泰樹 二冊あって800円と900円
 最近出たばかりの歌集で天地書房(古書店)に二冊あるのは珍しい。
 でも奥付だと6月発刊?
*赤尾兜子全句集 4000円
 「玄玄」がちょっと読みたいのだが。
*花神コレクション 「赤尾兜子集」 600円
 完本が『蛇』でなかったらなあ。永田耕衣の一文を収録してある。
*中原中也全集 −翻訳− 4000円
 気合い入ってる造本だよね。でもわたしはいまいち中也も朔太郎も好きでは
 ないんだけれども。
*あと玉城徹をはじめ虚子論がなんか多く出てた。

◇きのうこやまくんが買った本
*『キリンの洗濯』 高階き一 1500円 あざみ書房
 40回H氏賞受賞。ほんとに9刷め。
*『(? 忘れた)』高階き一 1200円
 別の高階さんの詩集。気に入ったみたい。
*『てのりくじら』枡野浩一 1000円
 まだ初版だった。

◇買い物のあと、いっしょに蕎麦を食って帰った。
 こやまくんは実は調理人なので、フランス料理の本やワインの本も買いたいみたい
 だけど、いい本はほんとに高い。こやまくんの家には、7000円とか8000円とかいう
 ワインのあき瓶がごろごろしている。本人はちょっとおとなしめの、普通の子なん
 だけどね。

◇実家の用事をしていたりで、土曜日の日中はネットにつながないでいると、藤原さん
や枡野さんがなんかいっぱい各種掲示板に書き込んでいた。それを読むのはたのしかっ
た。わたしは短歌というのは短歌作品自体の力と、短歌の話をする、ということにより
発生する力場のようなものにおいて、生き延びていると思っている。短歌の話をする、
ということはときに短歌作品そのものよりも大きな意味を持ってるように思える。
しかし、基本的には作品以外、時間は存続を許しはしないのである。
 その切なさ。
 またそのいとおしさ。
 を存分に味わいながら、たぶんあなたもわたしも、この先を生きていくことになるに
違いない。それもまたひとつの真実である。13:50 00/10/15

■2000/10/16 (月) 下書きプロムナード

私が土曜日に買った本

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☆『挫折と再生の季節』岡井隆 ながらみ書房 新  2300円

☆『百花遊歴』塚本邦雄  文藝春秋  古     1000円
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☆『挫折と再生の季節』岡井隆 ながらみ書房 新  2300円

 「短歌往来」に連載されていた、岡井隆の回想録の三巻目。
 そういう話をあんまりした記憶がないのだが、他の人にとって岡井隆とはいったい
どういう存在だったのだろう。むろんある人には師であったり、先生であるのだが、
多くの短歌作者や、愛好家的読者には、プライベートな部分でわからないことの多い
魅力的といえばあまりにも魅力的な短歌作家であるといっていいのではないか。
 私が岡井の歌集でよく読んだのは、『土地よ、痛みを負え』(三一書房「現代短歌
大系」所収)『天河庭園集』(国文社版)『人生の視える場所』といったところで、
家にはいま単行歌集としては『宮殿』があるだけである。
 この回想録では、その『天河庭園集』から、『人生の視える場所』までの十年と少
しが書かれている。
 ああ、もう。
 こんな平凡な記述を書いてちゃいらだってきてしょうがねえや。
 私は−たとえば、『天河庭園集』のいくつかの歌を思い出しながら、いくたびみず
からのずたずたの魂をなぐさめてきたことだろう。思い出すほかないのは、すでに歌
集自体を捨てちまったからだが、そのことをさほど後悔してるわけではない。
 歌はあるものは確実に、あるものはおぼろげながら、いつもいつも、私のこころと
からだとともにあった。おぼえこんでしまえば歌集など、ほとんどメモ帳のようなも
のだといってもよい。

◇そしておぼえている歌は、たとえば岡井がこの本の中で、「おそらくぼくについて
書く人が、はじめから避けて通るであらう」といっているような作品である。

子宮なき肉へ陰茎なき精神(こころ)を接ぎ 夜(よ)には九夜(ここのよ)いづくに到る

朝の深みをさまよつてゐるその午後の惨たる謀議のくろがねの椅子よ

鳥と遊べば忘却は翼よな 断じて戦後は死(おわ)るまい明日さへよ

遠く救急車のさやさや 近くパガニーニのつやつや

 前二首はこの本に正確な記述が引用されているが、あと二首は記憶からであるので
表記は未確認である。自分の歌集にはほとんど収録しなかったが、この時期の岡井の
文体のほとんど追従模倣といってよい作品を、私は20代前半に少なからず書いている。

最後の死 季節をわたる雁(かりがね)の花群らこゆるころのオーロラ

星連なる夜 かたときも降り止まぬ雪に埋もれて見えぬ塩原

国境は雪、ゆくゆかりも縁もなく一頭の馬をわれは殺して

   あまりにも短かすぎるために雨は雨粒としか呼ばれないが林立
   する雨の柱にぶつかるな俺の形見をのせた乳母車

浮きながら峡谷に入りゆかなこの自転車ごとずぶ濡れの黒髪

雨のアスファルト ファルセット駆け込める暗箱の中には夜の手が

手をたたむ 乱暴に手を かき集めし骨ならぬ帆のその量そのかさ

              (正岡豊/「題名のない雑誌」掲載)

 こんなところだろうか。
 たとえば岸上大作の遺稿「ぼくのためのノート」には「岡井さん! あなたは吉本
隆明と殺し合いをしなければならない!」といった記述があったように思うが、そん
なことを言われて当の岡井隆はどう思ったのかというのはほとんど想像の彼方である。
 たぶん「韻律とモチーフ」所収の一文だったのではないかと思うのだが、塚本邦雄
の歌集の書評か何かで「戦後は終わらない・・・。俺達が死ぬまで。」という記述が
あり、これもまた私はおりに触れてずっと思い出してきた。

◇ああそう、『天河庭園集』には、わざと不透明で断片的で60年代現代詩的な叙述を
とった文体のほかに、

 おみならは去ねよ、と声をかけたればわしづかみたつ四、五個の胡桃

 といった短歌も中盤以降で収録されていて、この歌を含む一連を発表したら、「あ
なたはこんなにまで歌うことがなくなってしまったのか」と青年からせめられた、と
いうような詞書きもあったと思う。
 その『天河庭園集』は、変な話だが、当時勤めていたレコード店に遊びに来ていた
姉の友達の女の人に、誕生日だかなんだかのお祝いに買ってもらったものだった。
 ひょっとしたら20歳の成人の祝いに何か買ってあげるわ、なにがいい? ときかれ
たのではなかったのかと思うがそれで買ってもらったとしたらなんとなくあまりに馬
鹿馬鹿しいことのような気がしてくる。
 しかし記憶を集めてみると、『天河』を読んだのは20歳ごろに違いない。
 1982年である。
 わたしはなにを考えていたのか。
 1980年1月号から、岡井の『人生の視える場所』の連載がはじまっている。
 私はそのほとんどを、掲載時に読んだ記憶がある。
 わたしはなにを考えていたのか。
 これも変な話。
 当時つきあっていた女性の自宅までいってその女性の女友達と三人で雑魚寝のよう
にして一晩過ごしたことがあった。あけがた。なにやらこころが不安定になったわた
しはうすあかりのなかですすり泣きをはじめてしまった。気が付いた彼女は何を泣い
てるのか、ととまどいながら聞いてくるのだがそいつがわかれば苦労はない。ただ岡
井の「春になお生きてし居らばいかにか遭はむ」という歌の一部分のみが頭から離れ
なかった。岡井の現代歌人文庫にこういうのがあるんだが捜してくれないか、と頭を
抱きかかえてるその彼女にいった。ごそごそと捜して、本を持ってきてくれた。

 風花に仰ぐ蒼天春になお生きてし居らばいかにか遭はむ

 彼女はこの歌をみつけてくれた。それでどうしたの、と聞いてくるが、答えられる
わけもない。その朝のことはそれからどうしたか、不思議とそういうことは、すっか
り忘れているのである。

■2000/10/17 (火) リヴィング・インサイド・ユア・ラブ

◇ええと、続きを書こうといっしょうけんめいでしたが力つきました(^_^;)
 明日出来たら書きます(本当)。

◇80年ごろから88年ごろまでが、私が一番短歌をたくさん作ってたころで、そのころと
 そんなにかさならないのに、かさなるような気がしてしまう、『挫折と再生の季節』
 はそんな本だったような。昨日引用した自作の歌を載せてた歌は、手書きの版下を
 コピーしてホッチキスで止めたものだった。全て私の手元にはないが、これで一度
 歌稿集『リヴィング・インサイド・ユア・ラブ』というのを作っている。当時はま
 だ詩人で歌人だった、山西雅子に解説を書いてもらって、(第一歌集ですら誰にも
 たのまなかったのに(笑))一応体裁は整えたのだった。300首以上歌を入れてたは
 ずだが、ここから歌集に入れてるのは20首ほどではあるまいか。どうでもいいが、こ
 のタイトルは大原まり子の短編小説からで、その大原も、この言葉をなにかポピュラー
 の曲名から借りて来ていた。とはいえ、こうしたものを無償で作ってくれたひとが
 あのころ、いたということである。忘れちゃいけないのかもね、こういうことは。

◇「ティーン・エンジェル」 マーク・ダイニング

 思い出すのは 運命の夜
 踏切の真ん中だった
 エンストした車からふたりで飛び出し
 助かった瞬間、きみだけが引き返したのは

 何を探し、何のために
 きみはあの晩、亡くなったのか
 あとで知ったよ、きみの手には
 わたしの指輪が握りしめられていたことを

 十六の年に、きみは逝った
 その肉体はもはやなく
 その唇に口づけするのもかなわない
 きみは今日、大地の中へ帰ってしまった

 ティーン・エンジェル 聞こえるだろうか
 ティーン・エンジェル 見ているだろうか
 いまも空のどこかにいる
 いまもただひとりの恋人よ

1:12 00/10/17

■2000/10/18 (水) 魂のヘッジ・ファンド

◇掃除をしながら部屋を片付ける。
 わたしはこの日記を書くときでも、それなりに家にある本は参照しながら書いてるので、
 いつのまにか本が散らばってしまうのである。散らばってはしまい、しまってはまたちら
 かすと、まるで子供とおもちゃである。どうでもいいが、いわゆるひとつのSMのひとた
 ちとかそういうひとたちはああいうことに使う「道具」というのを、どこにしまっている
 のだろう。やはりタンスの抽斗とかそういうとこだろうか。釣り道具を部屋に飾ったりし
 てる人はときどきいるけれど、鞭とかああいうのを飾る人はあんまりいないような。でも
 なんかそういうのをタンスとかに入れておいて、誰かひとを家にあげたりしたら、すごく
 そのタンスのとことかが気になったりしないのだろうか。外にいってそういう道具を使う
 ひとはやはり普段からかばんに入れてるのだと思うけれど、そのかばんはどこに入れてる
 のだろう。昔流行ったし私も高校生のときにそれで学校へいった「マジソンスクエアガー
 デン」のロゴの入ったスポーツバッグに入ってたりしたら、なんか笑ってしまうがどうな
 んだろう。ってきいてもそんな趣味のひとはこんなページみてないだろうな。でも気にな
 る。

◇錦見理恵子さんという方が、「日記ってなんだろう」と自分の日記で自問している。
 「うみゆり日記」↓
http://www2.diary.ne.jp/user/56811/
 今おもに歌人系のひとが急に日記を書き出してるように思えるのは、時期的なものではな
 いかと思っている。大きな流れとして、こうしたネットワークへの短歌作家の参加は、95
 年から96年あたりを最初のピークとしていて、坂井修一とかの運営していた短歌メーリン
 グリストなどに代表されるのではないかと思われる。歌人とインターネット、という話題
 が一度収束した感に見えるのは、ひとつにはこうした電子コミュニケーションそのものの
 遊戯性への「飽き」と、継続の強要性への「疲労」ではないかと思う。ネットワークなら
 ではの、誰もが誰もとコミュニケート出来るという幻想からのそう深くない(と思う)失
 墜もあるかも知れない。

◇いまはもうちょっとあとからネットにつなぎはじめた人の活発さ
 が目立つ時期で、これは俳句のほんの一部、川柳の少なくはないネットワーカーとつなが
 りながら、あらたなファンタジイをつむぎはじめてるように思える。しかし、そこでも、
 ネットといっても所詮現実の一部分だという当たり前のことに気づいた人たちは、広報性
 や通信としての利便性を、実際の歌人としての行動にプラスになるから採用する、という
 立場に引きはじめているのも確かではないか。とはいうものの、テクノロジーへの幻想と
 いうよりは、「人間の本質的なコミュニケートへの願望」と、「自己開放の欲望」が、ネ
 ットワーク自体が神秘的な宿命のように持っている「言語空間の活性化」と交錯して出現
 するベンジャミン・バーバーが著書『ジハード対マックワールド』で書いて見せた「公衆」
 が主として活動する「政府」と「プライベート・セクター」の中間領域、そういうものが
 いまの「個人」の「日記」として書かれているものなのではないか、とは思う。
 しかしまあ小熊秀雄ではないけれど「まだすりきれてはいない/わたしの運命よ/だがそ
 ういつまでも/新しくはあるまい」ということである。わたしたちの「飽きっぽさ」はそ
 れなりに腐る前に時代を後ろへ蹴飛ばしながら、(ときにはまだ未使用のものも蹴飛ばし
 てしまうのだが)「未知」を霊媒師のように、あらたにおろしてくるに違いない。それは
 それでいいのではあるまいか。

◇らぱんさんの日記に、女が下着の色にこだわっても男はたいてい無頓着、というようなこ
 とが書かれてる。日曜の分かな。
 らぱんさんの日記↓
http://www.diary.ne.jp/user/41549/
 それはしかし。
 そんなところまで目がいく男は、気が付かなくてもいいところや覚えなくてもいいほくろ
 の数とかそーゆーのまで気が付いてしまうもんだと思うがどうでしょうねえ。2:55 00/10/18

■2000/10/20 (金) 混沌をやぶるもの。それは光の仕事である。

◇うーん。

「評価? 今後も歌壇ではインターネット上の歌集というのは、歌集として
認知されないだろう。書評も出ないだろうし、もちろん賞の対象にもならな
い。でもそういう歌壇的なことに関心のない、あるいは興味のなくなった作
者にとってインターネットは、有望な環境なのである。今までは、歌人にと
って歌壇と没交渉になる/短歌をやめる/結社をやめるということが不可分
の問題として突きつけられた。つまりわれわれには1か0の選択しかなかっ
たのである。が、現在ではML(メーリングリスト)で短歌に関する意見を
時間と空間を越えて交換できる。MLを使って歌会が行われている。ホーム
ページを開設して歌集も公開できる。読者がいる。こういった歌壇や結社に
依存しない<場>が存在するのである。1か0ではなく、0.3(れいてんさん)
や0.1(れいてんいち)の関わりも可能になった。」
 (インターネットと場の変容/加藤治郎/「雁」1997・3月:38号)

掲出文は、インターネットと歌人について、この年の前後に集中的に書かれた
何人かの、いくつかの文章の代表的なひとつから引いた。加藤治郎さんというのは、
現在最もすぐれた短歌作家の一人であるけれども、小池光が岡井隆について、岩波
短歌辞典の項目で書いた、文学の先端との落差・コンプレックスとして短歌を自覚
する、というところを、先鋭文学・アートと少しずらしながらなおその落差・コン
プレックスを、最も強く岡井隆から引き継いでいる歌人の一人といえるのではない
か。結局歌人は歌壇を離れては消えてしまうという認識とその断念はやわらかな
冷たさとして文章全体をおおっているし、3年たった今でも、視点の的確さはゆるい
でいない。さて、自分が加藤さんのいう0.3や0.1の関わりをしているとして、それは
継続されるべきものなのか、それとも移動されるべきものなのか、というのが次の
問題として派生しているように思える。私はずっとネットでは作品は発表されるので
はなくて「公表」されるにすぎないと思ってきた。言葉のあやともいえるが、そうと
ばかりも言えまい。どの道がどこに通じ、そこに何があるのか。FF3のバカ長い
ラストダンジョンで、鬱陶しいキングベヒーモスかける2と、闘ってるような心境
ではあるのである。

◇愛のはじまりはどうせ他人さと
 時が過ぎれば 言葉はそれで終わる  (山下信也/愛し続けていきたい)

◇掲示板に長文を書いて、こやまくんと長電話をしたらもう遅かった。
 ということで明日で仕事が終わりです。とりあえずは、のんびりします。
 寒いしね(^_^;)。

◇『短歌という爆弾』の担当エディター、村井さんの日記ができてます。
http://www2.diary.ne.jp/user/59129/
 こうなると、岩波の川上春男さんの日記も読んでみたいですね。5:58 00/10/20

■2000/10/21 (土) 京都駅ルゲンシウス

◇美しきネオンの下に失職せり    富澤赤黄男

 ということで、昨日で仕事を終わって、無職の身になった。
 フリーというのではなくて(^^;)単に無為徒食である。
 なにはともあれ、しばらくは浮遊生活である。

◇さらに、ということで。
 用事で人と会わねばならないので、京都駅にいった。
 少し早めにいって、「声の同人誌」のシナリオハンティング(というほどのものでも
ないが)もかねて、コンコースをぐるっとまわってみる。ウォークマンは置いてきた。
今日はエレクトーンのコンサートをやっていて、ホールエコーどころではない。
 いきがけの電車のなかで、とりあえず「あるまじろん」のなかから朗読用に自分なりに
選をしてみる。

『あるまじろん』荻原裕幸著 より

鳩小舎に帰らぬ一羽とほき日にそれを愛した(<字が出ない>他を殺した)

サラダ食べつつ脈絡もなく思ひおり(蝉の様式×オカリナ)

だれも来られぬ街の第四象限のバオバブの木陰でねむりたい

なぜだらう百葉箱のある庭がこの街からひとつもなくなつた

午後からは街へ出ようよ賭ならばランフォリンクスの翼に五千

なぜだかふいに(入籍前に絶対に!)虹の卵が食べたくなつた

天文学の諸説によればマラルメは市役所の上のあの星だらう

もしぼくの肺腑に眠る動物を当てたらすべて殺してもいい

 ・・・・・・・・・・・・・・・『新星十人』の荻原の自選とみごとにかさなら
ないなあ。

◇朗読ポイントは、早朝、大階段の下の、二階の喫茶コーナーで、まだ大モニターが
動いてないうちに、読む。のがひとつ。あと、それとは逆の、小さなパナソニックの
スピーカーがある上部の階、がひとつ。とか考えるが、まだ大きな流れ、みたいなのが
見えてないので、わからない。80年代と90年代では朗読の「差違」と「同一性」が逆転
しているようにぼくは思う。求められるのは、一回の朗読の中の差違、ではなく、作者
−朗読者によって扇の要のようにまとめられる、同一性である。差違は。「朗読をする
他者」によってのみ、発生する。それは鴻上尚史から松尾スズキへという流れと軌を一
にしているのかも知れない。

◇今日買った本
*『エリオット詩集』 弥生書房  1200円
*『インポケット』  講談社    190円23:04 00/10/21

■2000/10/22 (日) 朝食:ホットのモーニング

◇今日読みたいなと思った本
*『マリア・カラス 批評・思い出・記録』 千代田晶弘訳 新書館
*『ゼッフィレッリ自伝』         木村博枝訳  東京創元社
*『トスカニーニ』 高田昌彦 著            丸善名古屋出版サービスセンター

 しかしなんでも翻訳のある国である。

◇今日みたいな、と思った映画

*『ペパ−ミント・キャンディー』
公式ページ↓
http://www.uplink.co.jp/film/pepper.html

なんという・・・なんという・・・映画。
はっかの粒が発火しながら1000個、身体中を貫いた。
心の歯車につまった小石をひとつずつ取り除くと、
残されるものは初恋。
生きることは痛い。痛ましい。
人生を逆さに見ると、こんなにも切ない。
キム・ヨンホ、君の痛みが伝わってくる。
松本隆(作詞家)

11:25 00/10/22

■2000/10/23 (月) 消滅の光輪

◇よけいなことをしたためにパソコンがフリーズして、久しぶりに
 書きかけの日記の長文が全部消えた。
 申し訳ありません。

◇情報だけ再び。

*11月11日(土) 現俳協関西青年部句会(京都)に出る。

*11月12日(日) 「かばん」200号イベントを見に行く。

のふたつを決めました。

 とりあえず。

(うーんやはり自動バックアップのあるワープロソフトで書くべきか)

10:23 00/10/23

■2000/10/24 (火) 三月書房

◇こやまくんが三月書房へいきましょう、というので、一緒に京都へ行った。
 三月書房はその筋では有名な、人文書の在庫等で知られる本屋さん。
 私は昔一度だけいったことがあったのだが、もう場所も覚えていない。
 インターネットで電話番号を調べたこやまくんは、地下鉄市役所前で降りれば
 いいと言われた、とのことで、二人で京都へ。遠い昔のアンアンに、「男と
 京都へ」という特集がありましたな。まだ「神戸からの手紙」というお洒落なファッション
 生活誌もあったころ。

 「神戸からの手紙」にはさんだ一枚の小切手で何を取り戻すのか 豊
                          (旧作/歌集未収録)

◇なんと。地下鉄の駅を出て、京都市役所の左の端の道をまっすぐのぼっていくだけで
 ついてしまった。こんなところだったのか。歌集の棚はうしろのほうで、だいたい、
 ここ数年で話題になった歌集はほとんどありました。あと幻の『短歌往来』も(笑)。
 そうそう昔からここは『路上』があっていまもありました。京大短歌の昔の(1992年とか)
 バックナンバーも。路上とかはかなり前のまでバックナンバーがありました。

◇結局私が買った本
*『ヴォツェック/海と陸』 岡井隆    ながらみ書房 
*『旧制度』        高島裕    ながらみ書房
*「路上」 87号  2000-10
*「路上」 79号  1998-3
*「短歌往来」10月号
*「月鞠」 二号
*「SUMUS」 4号

計               9900円ほど

 職もねーのに本ばっか買ってんじゃねーよ!(笑)

◇こやまくんが買った本
*「同時代の女性歌人」  定価50%オフ  750円

 店主さんの後ろの棚にある岡井隆の詩集『月の光』と『ヴォツェック−』を二冊もって、
 「部長(こやまくんはわたしのことをこう呼ぶ)、これとこれどっちがおもしろいですか」
 「・・・・そっちの「ヴォツェック」のほうはおれ買うわ」
 (どっちがおもしろいっていわれたってなあ)
 「きみはもっとアンソロジーとかから読み始めたほうがいいからこれにしなさい」
 ということだった。

◇本の感想はとうに夜半を過ぎて。

17:02 00/10/24

■2000/10/26 (木) まだ買うか!

◇また日記が抜けた。
 ホームページのほうは昨日更新した。トップページが変わってないが、
 そのうち変えるのでよろしく。

◇昨日買った本

*『ブエノスアイレス事件』マヌエル・プイグ 白水Uブックス 250円
*『国境戦上で考える』犬養道子       岩波書店    250円
*「開放区」 48.50.51.52.53号
 「日本歌人」1997/6〜1998/10 計17冊
 「氾」   29.30.31号
 「晶」   20.22.23号
 「幻燈」  3号*二冊
 「滾滾」小歌集     櫟原 聰     計31冊     300円(!)

 ということでちょっと得した気がした正岡ですが別に得したわけでもなかったり
なんかして。
 開放区は、1997/5月〜1998/8月の刊行分で、最新が59か60号だったと思う。
 実は錦見映理子さんの短歌は、このころのものが非常にいい。
 彼女が高島裕だったら、1999年ぐらいに歌集を作っていたのではあるまいか。

冬薔薇(そうび)咲く帰り道 君の目がいつもと違う色をしていた

降る雪に閉ざされてゆく樹のように眠りたいただ待ちこがれつつ

水の夢森の夢から醒め起ちてうつむきながら開く水仙  (以上48号)

釣りびとの頭を垂れているかたち待つということは死んでゆくこと (50号)

兄に似た男と快楽深め合う海より暗き我の遺伝子

サハリンの青きゆうぐれゆるみ出す海氷は誰がくちに触れしか

夏の朝浅き眠りのほどけゆき貝のしずくのように立つ我 (以上51号。この号のはいい)

やり直すなんて出来ない突風に真っ逆さまになる鬼やんま (53号)

 以上錦見映理子作。11:03 00/10/26 (10/28日訂正)

■2000/10/28 (土) ヒヤシンスのようにさむいなあ

◇昨日いただいた本

*島津亮句集『亮の世界』

 数日前、メールを見ると、見知らぬ人からのメールがあった。
 内容をみて思わずうなってしまった。メールの相手は、故・島津亮氏のご子息で、
私のホームページに島津亮の句があったので、故人の遺句集をおくりたいのですが、
受け取っていただけるなら住所をこちらへ送っていただきたい、と非常に丁寧な文
体で、したためられていた。関西の高齢俳人は、伝統前衛を問わず、ばたばたと死
んでいくという感があって、なんとはなく、十年二十年単位のあわただしさを感じ
る。そのなかでも、ホームページを機縁に、メールでこういうものが届くというの
に、私はびっくりしたのだ。いったい誰が、ネットワークで未対面の島津亮のご子
息に、呼びかけられるなど考えただろう!
 ということでしばらくしてこの句集が届けられた。ご恵贈感謝します。
 巻頭の、発行人の息子さんの文章にため息が出る。

「父、亮行く。なにかしら悲しみよりは安堵感でいっぱいに。
大きな荷物が一瞬にしてなくなったような・・・・・。」
                  (句集『亮の世界』/嶋津 耕/はじめに)

 無頼、と人はいうけれど、それが家族であった場合、ましてや「父」であった場合
果たしてどうか。
 句集構成は、限定百部と少部数だった処女句集『紅葉寺境内』(序文西東三鬼、印
刷高柳年雄、奥付までちゃんと復刻してあるのは、わかったひとが編集してる、とい
うことである)からはじまり、生前の句集や発表作からの抄録を経て、遺作をまとめ
たものを巻末におさめている。あとがきは立岩利夫。
 西東三鬼の序は、今の俳人の上品さ(森澄雄の矢島渚男に対しての反論のように、
実に下品な文もときにはあるが)から遠く、一人の人間にいいも悪いもなく、ただ「
そこに生きてあることの」のどうしようもなさだけを、書き付けている。

「彼のこの人間的な誠実さが、常に彼の俳句を支へてゐる。彼は多分関西流の商魂と
いふものに敗北するだらう。そして誰彼となく挨拶しながら牛にひかれて向ふの方へ
行つてしまふだらう。」      (序/西東三鬼)

◇島津亮句集『亮の世界』より

 炎天にのこせし斧の重さかな

 三月の天指す梢信じおり

 夏雲へ赤児のごとし離れし貨車

 男の愛からたちに指刺されたり

 *

 きついエレベーター嘔吐のさようならたち

 僕等に届かぬ鍵がながれる指ひらく都市

 母が怺えるやさしいやさしい遠いロケット

 湿ったジャンパーで踞みひらめになれないか

 童貞の眼帯の樹の紫の豹

 エスカレーターが疊むオレンジの灯をともす少女

 歩きたがる紫の眉曼珠沙華

 *

 「爽波」死して蟷螂となるメダカにも

 蝉鳴かし握る手鉄壁子供たち

 紀志男死し夢にくちなし梅雨さなか

 三鬼に接した初期、はなやかだった前衛俳句期、そしてそれが終結したあとの、
長い長い弛緩の時期、といってよいか。といってよいか。といってよいのか、それで!
 ・・・・・・。
 とはいえ、個人的には私はこの句集をいただく「資格」のようなものがあるのでは
ないか思っている。故人の冥福と、存念の昇華を願う。

*安井浩司句集『小學句集』
*歌誌「月光」 9月号

 藤原龍一郎氏よりまたまた御本をたまわってしまった。安井浩司句集は、初期句編に
「ユニコーン」2号掲載の、 濃密でまだ読みにくさの残る時期の散文とともに収録。
 安井氏自身知らぬまに、上木までが整っていて、だめ押しをされての少部数出版だと
か。安井氏にはこうした濃密な読者が昔からいた。わたしはそうしたところからは少し
引いたが、それでも安井を天才と思う気持ちに少しも変わりはない。ただとりあえずは
そういう言い方でものをいってもなんにもならない、と思ってるのも事実である。

◇文芸商業誌の「月光」ではなく、歌誌(結社誌とは書いていない)「月光」を見るの
もこれがはじめて。
 大判の、黒一色、歌はすっきり一行で、たぶんこれは譲れぬ美学だろう。
 短歌作品はちょっとよくわからない。
 文章は、岡田茂子という人が、「短歌往来」の「日の丸・君が代」特集号の感想批評。
 これは、おとついの「日本歌人」「開放区」のバックナンバーでも思ったのだが、私
のように丁寧に短歌総合誌をみてないものには、こうした総合誌管見的な時評は、案外
おもしろいのである。ものすごく鋭い視線というのがなくても、掲載短歌をたぶん自ら
の感覚で引っ張ってきて、緊張感をもって対峙すれば、そのときどきの短歌の読み書き
の命運に、ある程度は触れられるのではないか。「日本歌人」では、1997年に佐古良男
氏が、1998年に柳瀬真子氏が1頁時評を書いているが、佐古氏は自らの年齢性に多少ひき
ずられ、柳瀬氏は対峙感にむしろひきづられ、それでもなおかつ書き続けていて、私は
それなりにおもしろく読みました。「開放区」にしても、以前第三回寺山修司賞の批判
文を書いていた方が実は第二回のも書いていたりして、こういうのは、同人誌のバック
ナンバーを古本屋でみつけて読む、数少ない楽しみのひとつですね。ああなんで途中で
文体が変わるの。それは途中でトイレにいったから?
 で、「月光」ですが、かなり以前にここの高山雅夫という人から歌集をいただいて、
ああこれはこれでいいじゃない、と思ってニフティに書評を書いたりもしたんだけど、
その人が、何か音楽に関する連載評論を書いている模様。
 内容はたぶん、クラシックから歌謡曲までをトータルにあるいは無謀に、一種の楽曲
の総体論として書こうとしてるように思えるけど、どうも文体が、読者に対する緊張を
失いかけてるとこがあって、それは気になるとこですね。同人誌とかの「連載」という
のはそういうとこへいきがちで、ホームページとなるとさらに自己の内部へ入り組んだ
り遊戯性の隙間に入りこんだりするんですが、あんまり自分の書いてるものをマイナー
とか思いこまずに、続けてほしいと思いますね。

◇杵子さんの日記
http://www.diary.ne.jp/user/51843/
に、麻生秀頼さんという詩人の人のページが紹介してあって、まだそこの
イベントの話のページとかしか読んでないけど、1997年の時点で、長谷川龍生に現代詩
に関してなにかを聞く、という感覚は、私にはユニークに感じられるがどうだろう。
詩集感想のページのラインナップは、現在の「詩集」の一断面をくわっと見せてる感じ
がして興味深い。俳句の場合はつまるところ坪内稔典以外、うまく90年代後半以降の状
況に対応出来なかったといえば、ことがたりてしまう個所があるのだが、「詩」の「戦
後詩以降」の批評のありかた、をうまく状況のディオラマを作り上げながら提出出来て
いる人は誰もいないのではあるまいか。ただある程度以上興味を持つ者が、その興味に
応じた状況の現像を手に入れるというかですね。それってあたりまえでは? という人
もいるだろうが、いやあそんなもんだったかなあ、詩−現代詩って。とりあえずアドレ
スは下記。
http://www2q.biglobe.ne.jp/~asohide/pvoid/index.html
9:51 00/10/28

■2000/10/29 (日) 10月ラストチャットイン天象俳句館

◇定例チャット出席者

枡野浩一
ただ
正岡
えんじゅ
きねこ
にしきみ
さとりえ
おかだ
きくち
テーラー
なかはら
村田馨
田中啓子
いつの
加藤千恵
飯田ありこ
田中庸介

だいたいこんなとこですか。わすれてたひとがいたらごめんなさい。

心に残ったことば。

あめちゃん。
てのり鹿。

とりあえずこれだけー。

◇明日は関西かばんの歌会ですが、わたしは終わってからの
ごはん会だけいきます。ごはんー。
3:42 00/10/29

■2000/10/29 (日) 「琴座十箇条」

◇朝から、金子晋編『永田耕衣五百句』を読み返していた。
 耕衣のカラーのよく出ている「琴座十箇条」というのが引用されているので、ちょっと
 参照しておく。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
「琴座」は昭和五十年11・12号三百号を迎えたが、その号で耕衣は主宰者としての俳
句信条を「陸沈の捉」<十ケ条へさしあたりの事〉として掲げた。

*定型楽守の事・定型の自由を満喫する、これ楽守なりー。

*季語霊性的受用の事ー万象は人間自己の宇宙的象徴なり。季語に自己霊あるべしー。

*存在の根源を迫尋すべき事・存在の根源はエロチシズムの根源なり。精気あるべき故にー。

*野の精神に徹すべき事ーこれ量よりも質に遊ぶと同義なり。質に遊ぶは自由の本質ならんかー。

*人間出会いのー大事なる事ー出会いの絶景というは第一義上の事なりー。

*俳句は人間なる事ー俳句を作す者は俳人に非ず、マルマル人間なりー。

*一人二人の事ー「句は天下の人にかなふることはやすし。一人二人にかなふることかたし」と
 は蕉翁の箴言なり。このー人二人の内に作者の自己一人厳存せざるべからずー。

*卑俗性を尊重すべきことー喫茶喫飯、脱糞放尿、睡眠男女の類は人間生活必定の最低辺なり。
 絶対遁れ得ず。故に可笑しー。

*諧謔精神は俳句精神の柱なる事ー然あれども諧謔は目的に非ず。俳句の自然なるのみー。

*超時代性を持続すべき事ー俳句は不断に新を現成し、不断の新は超時代性を持続し得るなり。

*自他救済に出づべき事ー先ず俳句は面白かるべし。奇想戦慄また命を延ぶに価す。即ち生存の
 歓喜を溶解するの力価を湛うべし。
                    [陸沈・世に沈み隠れて棲む者を陸沈者という]

        (金子晋編『永田耕衣五百句』/耕衣俳句軌跡−生誕百年を前に−より)

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12:39 00/10/29

■2000/10/30 (月) どんな運命が愛をとおざけたの

◇きょうは関西かばん歌会の日。
 でも用事で歌会には間に合わないのであとの御飯会のみ出席。

◇食事の店にはやく来すぎたのでそこいらを散策。
 シネ・ヌーヴォとかいうのがあって原一夫さんのワークショップ。ほーぉ。
 なんか変わった映画をやりそうなので要チェック。
 服屋でフリースを1200円で売っている。
 一枚買う。
 あとノーマルな銭湯を発見。
 まだ時間がある。
 入る(爆)。
 ひろさは中くらい。
 湯船の温度があつい。
 あついーとかいってると、あついかにいちゃん、とおっちゃんが話しかけてくる。
 いやーあきまへんわ、あつうて、とか返す。わしなんかうちでもこんくらいや、
 とか言われる。からだを拭いて出る。
 さっぱりー。

◇みんななかなか来ないので一人で松山徹『うわさの遠近法』を読みながら待つ。

◇ということで「草鍋」という密かなブーム(らしい)お鍋のお食事会。
 歌会からは8人出席。私を入れて9人。じょーとー。
 今日は京大短歌会から男性ひとり女性ひとりのゲスト参加。江國の凛ちゃんが
 引っ張って来た。二人とも、京大短歌会−塔短歌会系の「ネオ地味」(とわたしが
呼んでいる)派である。あと初参加がおひとり。関西かばんはどうも女性人数が
多い。凛ちゃんが角川短歌賞予選通過の五十首を「もって来たんですけど読んでも
らえますか」という。読むにきまってんじゃん。こういうときは読んで下さい!
でいいのになあ。
 作品はちょっとでこぼこが目立つ気がする。凛ちゃんはまだ若いのに言葉のしな
やかさとかで勝負しないとこがあってちょっと「牙」の人みたい。あと相聞らしい
のも書かない、いわゆる生活発見派といってよい。新人賞というのは私も取ってない
から偉そうなことはいえない。
 しかし欲しいというひとには取らせてあげたいものだ。

◇東京ゆきスケジュールを話し合ったりしてて、散開。
 地下鉄組は、中央線、JR組は九条を抜けて「安治川トンネル」(川をエレベーター
と専用通路で区切る。なんとなくネルフっぽい。エヴァってなんなのっ!? )を抜け
ると、西九条の駅。あと江草義勝さんと二人でもう少し痛飲。江草さんはいつも、かば
んの歌会はうれしそうである。

◇フリースはあたたかい。あと着てみて気が付いたが、体型を隠す服である。
 うん。あー。眠い。おやすみ。

1:18 00/10/30

■2000/10/31 (火) キラキラヒカル

◇どんな運命が愛を遠ざけたの  (荒井由美/翳りゆく部屋)

◇そうそうゆっくりもしていられないのだが、就職活動は、まだ。
 といってるうちに、奈良そごうの閉店が決まったので、奈良には失業者があふれ、
 うちの裏手のほうには、建物の買い手がつかなければ広大な廃墟が生まれる。
 とんでもない話である。そういうなかで、とりあえずはあてどもないわたしである。

◇使用中のパソコンの電源のファン部分が、このあいだうちから騒々しくなるときが
 あって、今は蓋をはずして、適当にクッションをはさんだりして使ってる。ケース
 だけ買い換えようかな、と日本橋へ。で、二軒ほど古書店を。

◇今日買った本、と、ちょっと前に買って、読んじゃった本

*『きらきらひかる』江國香織       200円
*『風が吹くとき』ブリッグス       200円
*『平畑静塔対談俳句史』         700円
*『サイボーグブルース』平井和正     50円
*『指輪物語 旅の仲間上』トールキン   50円
*『ジュニアクラウン和英辞典』      200円

 江國香織ははじめて読んだ。すっげー清潔感のある話。吉本ばなな以降の小説の
ひとつのかたち、という気もするがどうかなあ。『風が−』は有名なアニメのほうは
みていないので、後半のほうの描写の結構なリアルさに感心。『平畑−』は、この特
異な俳人の頑固だけれどかたくなではないという「人格」から、ざっくばらんに語ら
れた新興俳句や日吉館句会の話をまとめた260頁ほどの読みやすい本。平畑は、ずっと
歌人や詩人とは交流を持たなかったように思える。そういう必要を自分で全く感じな
かったのではないか。この「そういうコミュニケートの必要をまったく感じない」と
いうことの意味を、実は詩人や歌人はよくわかっていないという気がすごくする。
『サイボーグ−』は荻原裕幸が前に話に出していたし、もう一度読み返してもいいか
な、と。『指輪−』は押入のなかにあると思うのだが、出すのが面倒だからいいかな、
と。『和英辞典』はちょっとした語のスペルのため。別に『かんたん短歌のつくり方』
の記念座談会掲示板に出ていた、各短歌作家の引用が、なんか英語辞典の例文のよう
に見えたので確かめたかった、というわけでもない。

◇買わなかった本

*ウィリアム・ギャディスの本    本の友社

 アメリカ文学史のなかにモラルフィクションVSニューフィクションという対立の構図
の一時期があったらしくて、モラルの側はソール・ベロウとか、ニューフィクションに
はピンチョンとか、バーセルミとか、ジョン・バースとかなんだけど、ここにウイリア
ム・ギャスとウィリアム・ギャディスという似通った名前の二人もいたらしい。で、ピ
ンチョンは日本では異常に人気が高いから、ほとんど訳されちゃったんだけど。実は5
作目の小説を書いてすでに鬼籍に入っていた、ウィリアム・ギャディスの小説は、長い
しもういまはあんまり売れなさそうだしで長い間訳出されないうちにクンデラだとかブ
コウスキーだとかアゴタ・クリストフだとかタブッキとかブルガーコフだとか海外文学
は話題には(とりあえず)ことかなかったんでもう出ないかな、と思ってたら、今年の
春に一冊出てたらしい。買ってもよかったんだけどもう実験的な手法の小説とか読めな
いんだよねなかなか。ということで今回は置き。千野帽子さんが読んでいたら、感想を
聞いておきます。

*澤野雅樹の本          現代思潮社

 新・新・本格難解とぼくがひそかに読んでいる、「現代思想」等の書き手の単行本。
 丹生谷たかしのように文章としてわからないのではなくて、モチーフがわからない
という点で、90年〜2000年代的な難解思想文化原稿書き。東裕紀以降、の匂いはする。
彼に比べたらいかに東裕紀が日本的に親切か、というのがわかるように思う。

◇あといつのまにかボークス大阪ショウルームというのが出来ていた。いわゆるドール
&フィギュアの店なのだが、内容があまりにも濃い。オープンは二、三日前のようで、
真新しいショーケースのなかに、レジンキャストの『ファイブスター物語』に出てくる
繊細なデザインの”モーターヘッド”というロボットのモデルが並ぶ。価格はどれも、
16800〜2000いくらかぐらい。原作者の永野護の新刊刊行に合わせてのイベントらしい
が、この永野の一種のマンガの設定イラスト集も7500円である。もちろん、ポケモンを
はじめとするキャラクタ商品の展開にはいまさら驚くこともないが、一人の人間の想像
力から生まれ出たイメージで、その1フロアの空間が綺麗に繊細に埋め尽くされている
ことに改めて唖然とさせられた。このボークスのお店はビルの3F4Fで、4Fはこれがここ
オリジナルの女性フィギュア、バービー人形のようなソフトビニール人形、それにオリ
ジナルコスチューム創作作家たちの、人形衣装の展示とその素材で埋められている。フ
ィギュアとかについて思うのは、買ってどうするのか、ということで、たぶん欲望はそ
の「買う」というところで半分以上はすんでしまうのではないか。オリジナル人形衣装
創作、というのは話には聞いていたが、実際のものははじめて見た。なるほど繊細と徹
底性にあふれている。東京では12月10日にこうしたオリジナル衣装作家たちによる同人
マーケットが開かれるらしい。これってポエケットの日だったんでは?

◇このテキストを書いてて急に眠くなったので寝たら、2時前にかなり大きな地震が。
テレビでは愛知が震度5弱とかで、名古屋の方がちょっと心配。みなさん大丈夫ですか。
お気をつけて。お気をつけて。それにしても最近多いような感じ。5:10 00/10/31

■2000/10/31 (火) 三宅さんの句集がPDFになりました

◇朝、杵子さんの日記を見てたら、三宅やよいさんの句集『玩具帖』がPDFファイル
 で読めるようになったとか。アクロバットリーダー入れればWWWブラウザで読める
 からいいかもね、これも。そこのトップページがここ。
http://www.haisi.com/
 「句集サロン」というとこがあって、そこに三宅さんのとか、山田弘子さん能村登志
郎さんとかの句集があります。全部PDF。
 あと掲示板も、8月からで書き込み20件ないですね(^_^;)。
 この辺が伝統俳句っぽいって感じ。
 ではー。10:50 00/10/31

■2000/10/31 (火) いつもポケットにギブスン

◇ひがしおちゃんがビデオを持ってきて書類を持っていった。

◇今日いただいた本
*歌集『東京式』 藤原龍一郎 北冬舎 1700円

 またまたまたいただいてしまった。今度はご自分の著作。
 ポエジー21のシリーズで、このシリーズはほんとに本文のレイアウトがすばらしい。
 栞は枡野浩一さんと藤原龍一郎さんの対談。コンパクトな分量でもよくお互いの個性
が出てて、枡野浩一は実は文芸時評とかでもきちんとやっていけるんではとか思わせて
くれるものになっている。藤原「正岡豊さんのように、すべての短詩型にくわしい人が
・・・」とかいう発言もあって全国数万人の藤原龍一郎ファンがこの名前をっ! とか
いってみたりして。
 本自体は、佐佐木幸綱『呑牛』みたいに、日録プラス歌の形式なのだが、ここまで書
いていいのかなと思うくらい、会社のことが書いてあって、へえ、とか思う。このレイ
アウトが、日録と歌を同じ大きさのフォントで太さだけ変えてあって、「歌を特別視し
ない」レイアウトになってるようにぼくには思えます。肝心の歌はどうかというと。

・暗黒と思えばそこに暗黒が虚無と思えば虚無がひろがる
・まどろみのまま虹の橋バスは越えスローターハウス5へ着くか
・虚としての放送業の周縁の辺境警備隊なるわれか
・ノイズまたノイズさらなる恩愛の池袋駅ジョルジュ・バタイユ
・回想は或る青春の夜に及びサンリオSF文庫なる躁

 第一第二歌集から引用される固有名詞が80年代SFものが多くなってゆくというのが
東京という都市の欺瞞性とかさなってゆく、とは思うものの同時にちょっと「根が塚本
」を見せてるような気にもなりますな、4首目とか。個人的には読者がため息とともに
癒されていくようなところがなんとかならないものかと思うところですね。今は巨大な
作家が一人で短歌を引っ張っていくという時代じゃなくて、それぞれの散文や韻文が
シンフォニックに「短歌交響曲」をかなでる時代かな、と思わせるまでに、岡井隆の
加藤治郎の「2in1」の解説とか、「路上」の佐藤通雅の短歌ノートだとかと響き合って
る気がしますね。

◇へろへろになりながら読んだ本

*『ブエノスアイレス事件』 マヌエル・プイグ

 うーん。なんかナニがでかいのにオナニーばかりしてる男と、なんか性的な欲求不満
を過剰に意識する女との一応の悲恋物語というか、なんというか。小説はしんどいです
なあ。みんななんであんなに小説を喜々として読むのだろうか?

◇買った本

*ドイツの文学『ブレヒト』    100円

◇上京のスケジュール。
 10日の金曜の朝か昼にこちらを出て、吉祥寺で福島泰樹のライブがあるらしいので、
 12年ぶりにそれを見て、それから翌日映画でも見て、かばんの設営のお手伝いを
 するかなんかして、翌日かばんイベントに出て、月曜に帰る。というふうにしようか
 なあ。現俳協関西青年部の句会はまたパスか。妹尾さんに句集出版のお祝いの言葉も
 いいたいんだがなあ。いただいてないけど句集そのものは。
 ということでかばんイベント以外でも遊んでくれる人を募集します。
 ではー。

23:45 00/10/31


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