折口信夫の別荘日記

2000年11月の日記

■2000/11/02 (木) ぜずさま! ぐろうりやのぜずさま!

◇『平畑静塔対談俳句史』を読み上げる。仁智栄坊って公務員だったのか!
 知らなかった・・・・・。ちなみに「にちえいぼう」はニーチェからとった名前である。
 江戸川乱歩みたいなもんですな。

◇高山れおな新編集の『豈』が届く。おお、いつのまにか伊藤聖子さんが伊藤宇宙卵さん
 とかなって加入している。それにしても高山くんは大変だと思う。ということで激励も
 かねて、句集「ムーン・プール」のプリントアウト版を作る。一枚に何句するかで悩み
 ながら構成。奥付の綺麗さ、というのをこの間の「スムース」という雑誌でいっていた
 ので、考えながらレイアウト。まあまあ綺麗に出来た? あ、青空文庫に登録しようと
 お願いメール出すの忘れてたわ。ということで出来上がり。ロータスワードプロ97で
 作成。それにしても縦書きにするボタンが見にくいワープロソフトである。というこ
 とであとはフロッピー作ったら完了。

◇昨日書いた、「俳誌のサロン」というページ、「船団」とかもPDFで抄録版が読める
 のだが、ひょっとしてこれってこのページの人が送ってもらった雑誌をもとに入力して
 るのかいな。無償で? もしそうだとしたら、これはこれですごいような。櫂未知子が
 「銀化」にいったとはしらなんだ。みんなここの掲示板にもなにか書いてあげてください。
ここね。↓
http://www69.tcup.com/6926/miyamae.html

◇ふっと思ったことだが、「てのりくじら」あたりの枡野浩一の短歌というのは「ぼく」
 というのが俳句の季語のように使われているのではあるまいか。

◇こやまくんが「シンドラーのリスト」のビデオとかを貸してくれる。それを「『ショ
 アー』の衝撃」を読み返しながら読むというこの矛盾。

◇千野帽子さんはギャディスの本を買ったが読んでないそうな。検索かけてもヒットがな
 いような。みんな『朗読者』ばっかり読んでるし。千野帽子さんのメタフィクションBBS
 には、安西冬衛とかの評論で有名(だったと思う)な中村三春というどこかの教授かなにかが
 太宰治の「人間失格」もメタフィクションだとかいってるとか書いてあって笑えます。
ここね↓
http://club.lycos.co.jp/club.asp?cid=p0500003

あと千野帽子さんの文学ガイドブックも未見の人は見てね。↓
http://www3.justnet.ne.jp/~masa-0606/linkp01.htm

0:40 00/11/02

■2000/11/03 (金) 「43」

◇朝朝の卵料理のかなしさは塩うすくして思うちちはは
               岡井隆/人生の視える場所/表記曖昧

◇ということで「シンドラーのリスト」のビデオを見る。なんかほとんどこの間
 見ていたような。さて

*『「ショアー」の衝撃』 鵜飼哲*高橋哲哉編 未来社 古 500円

 という本の話をしようかと思ったけどやめて。

◇昨日は杵子さんとこでのチャット。ひとのとこだから出席は書かないけど、のべで
 10人くらいかな。発言の前につけられる選択アイコンの数がすさまじい。
 さすがに、ちょっと重たくて、にしきみさんとかなんども落ちてたが、使えない
 というほどでもない。やっぱり正岡ページの夏休みチャットとは集まって
 くるひとがちょい違う。それでも、二時ごろまで三時間ほどつなぐ。先に、
 杵子さんは寝てしまった(^^;)
 まあ働いてるしな。わたしは働いてないしな。はたらかないおじさん。
 あと江國の凛ちゃんとこのチャットもうごかしたいねー。
 あそうそう。きのう聞いたが、増殖する俳句歳時記BBSの「温子さん」という
 ひとは加藤温子さんという詩人だそうで、ああどこかでお名前みたことあるような。

◇「本とコンピュータ」の最新号のお話。佐藤亜紀と保坂和志ともうひとりの座談会で、
 本の出版の問題と流通とかを話してます。保坂和志の本で、5000とか1万部とかで、
 その数だと店頭ではほとんどみかけないから、友人とかが本屋いってもお前の本なか
 ったから別の買っちゃったとかなる、とかはリアリティあり。あと出版社の社員の
 給料がいい、とか。ちょっとおもしろい。あと犬養道子の『国境線上で考える』を
 読み始める。ははあ。少し古い本なのだが、おもしろい。「さみしさは人間に対し、
 どえらいことをしでかすものなのだ。」とか、「ゼノフォビア」についてとか。
 「43」は、パリに犬養道子が留学していたときに、参加していた留学生支援システム
 の名前。中国から日本に留学していたある女子の大学生が、一本の口紅を万引きして
 つかまってしまった。その学生は、奨学金の問題なのかそれ以外の問題なのか、
 強制的に本国に帰省させられた。帰りの船中で、彼女は海に身を投じ、帰らぬひと
 となった。というのは昔新聞で読んだ話である。10:11 00/11/03

■2000/11/04 (土) 「彼女の雨の荒地」

◇かあさんの髪がかわいたときのよな空をわたしは飛んだりしない

 うつくしいあなたのかばんのかたわらで港はかわいそうなまで 秋

 そばにいたことだけをあかりにてらし港の見えるホテルをあとに

 濡れたからだがかわくかわくわだいきらいだいきらいだいきらい 大好き

 あきかぜに吹きこぼされてしまうほどあなたはわたしにワインを注ぐ

 泣き叫ぶまでにボートを揺らしても彼女の荒地に雨は降らない

 『朗読者』の「もうオナニーなんてするものか」という文に赤線を 芒穂

 「かなしいかい」なんて聞くあなたのためにここまで来たかと思って泣いた

 オオアリクイ ひどいじゃないかわたくしの風穴ごしにエサを取るとは

 ベルマークキスマークベルマークさて、二者択一のリリアン・ギッシュ

◇日記を書こうと思ったのに短歌を作ってしまった・・・・・・・
 日記はまた夜に。
 14:43 00/11/04

■2000/11/04 (土) ぺそみちゃん的、郵便的(1)

◇埠頭を渡る風をみていたら帰りそびれて泊まってきた。
 さっき帰って洗濯物をほした。歌を作った。東直子さんが風邪を引いたような歌。
 また出ていって帰宅。おなかの中にはおでんとかすき焼き用のお肉とかしらたき
 とかチョコとかなんだかやたら緑っぽくってこれって白菜じゃなく緑菜じゃない
 かという白菜とかでなんかもどしそう。

◇昨日買った本
*『朗読者』 ベルンハルト・シュリンク 古 500円マイナス割引券400円分

 この本は、ちょっとミステリ仕立てなので、ネタバレのゲームの書き込みみたいに
 行あけします。話を知りたくない人はとばしてね。













 はいこんくらいでいいかな。えーと、絶賛の嵐の『朗読者』で、お話はよく語られてる
 ように、最初、少年の主人公と、相手の中年女性の出会いから、恋愛まで。結構セック
 スシーンがドイツっぽく濃厚でびびる。で急に彼女が失踪。ナチ裁判で傍聴人と、被告
 という形で再開。というとこまではどこでも書いてるのね。でここからですけど、なぜ
 彼女が、朗読をひとにも少年との愛の関わりのときもしてたかというと、彼女が文盲だ
 ったからというのね。ドストエフスキー的というかデリダ的というか。で、まあ彼女は
 そのまま刑務所に入っちゃうんだけど、「出てくる間際に、彼女にあって、出てからの
 彼女のことに気をくばったりする。ところが。彼女は出所の前日、首を吊って自殺して
 しまうのね。だからこれって自殺小説なんだよね、『ノルウェイの森』みたいな。そこ
 はどのブックレビューでも書かれてないとこですが。というか、読後感は、『ノルウェ
 イ−』に近いですね。ひっそりとはじまった恋愛。いささかの破滅の予感。引き延ばさ
 れる終末。時間を切断するような、誰にもなにも告げない自殺。しかしそれは確かにク
 ライマックスではあるような。物語が名馬オグリキャップであったら、オグリはゴール
 を知っていたのではないか、という競馬関連者の誰かの発言を重ねてもいいような。そ
 して残される主人公。引き潮のような時代とその責任ともいえないなにものかの責任。
 そして薄れゆく悔恨と、孤独により癒されるような孤独。ということですが。うーん、
 そんなおもろいかあ? これ。

◇*句集『魁星』 桑原三郎  ふらんす堂 古 100円

 なんばのブックオフは、レジのにいちゃんが元気でうるさくててめえ多幸症ってやつか
 といいたくなるがその物量はちょっとしたもの。ある程度鮮度の落ちたものはほとんど
 100円に落としていくので、ちょい古めのマンガとかはどれも百円、百円、百円。で詩
 や歌の棚はというと、まずは半額のとこに。おお高島裕の『旧制度』が。あと高田流子
 さんの『だんすがすんだ』とか、大井恒行さんの『風の銀漢』とか。三井洋子さんの詩
 集とか新風舎の自費出版ものがばばばと並んでる。でもうちょっと移動すると、半額に
 してたけども売れなかったものが、百円になって並んでる。斎藤すみ子さんの第七歌集?
 とか。で桑原三郎さんの句集だけゲット。黒い箱に黒い型押しだけど、『封印』とか『
 地球空洞説』みたいじゃなくてデザイン的にこじゃれた装幀は、中原道夫ミスター銀化
 マン。桑原さんは「渦」にいたこともあるし、「俳句評論」にもいた人ですね。作風は、
 どれも「既視感」があるということが致命的をこえて完全に致命傷ですが、こういう風
 に出来上がってはもう並大抵では脱出は不可能ですね。でもいい句はいいです。

体温は顔を離れて梅に付く

右の手がわづかに長し風邪心地

蜂の子の口開く空の青さかな

息ながく止める遊びも夏のくれ

こころもち頭の硬い蛇である

犬と見る人類全盛時の桜

鶯や食前食間食後死後

少年や蟻を慕ひて山へ行く

想像上動物吠ゆる夏の国

仕合せやトマトの汁が横に飛び

色落ちの母親を抱く秋の暮

ブタクサに宇宙の電波飛来せり

ロボットのロボット歩き秋の風

風呂敷に飛ぶちからなく薄原

夏の日を割つて洗面器に落とす

虹と名付けし蛇の子よ放り上ぐ

       (桑原三郎 第五句集 『魁星』より)

 こっちへいけば星野石雀がいて、あっちへいけば鈴木鷹夫がいて、後半はちょっと池田
 澄子も感じさせて、うーん大変か、とも思うが、それは私の取り越し苦労で、本人は悠
 々とやっておられるのでは・・・・・ないとおもうけどなあ。

◇*『なぁゲームをやろうじゃないか』第1巻 桜玉吉 講談社 古 350円

 アフタヌーン連載。コミックビーム以外にも連載してるとも、離婚したとも知らなかっ
 たよたまきっつあん。いわゆる日常マンガの中でもノーマルカルト的なポストにあるの
 が桜玉吉で、その徹底した微細な生活へのこだわりと、「楽しみ方」と「表現方法」の
 のんべんだらりとした「徹底性」はいまだもって他の追随を許さないのではないか。と
 かいうことはまあどうでもいいな。追随してるのは穂村弘も読んでいる(本当)『酒と
 たたみいわしの日々』の浜口乃理子ぐらいではあるまいか。さらにどうでもいいけどこ
 ないだの講談社の『イン・ポケット』では黒岩重吾に浜口がインタビューというかレク
 チャー受けてんの。やるな講談社! で、このマンガは桜の担当の編集さんが(京極の
 『魍魎の匣』のイメージか、四角い箱に頭部だけみっしりとつまってるという設定)も
 ってくるゲームソフトのタイトルをデリダ的に「散種」化することにより発生する文化
 論トラップを限りなくみずからのノマドとしての移動に還元することにより「伊豆」だ
 の「温泉」だのへいってはドンチャンして帰ってくるというだけの話。しかし文化トラ
 ップというものはさながら守中高明の吊り目のようにトラップを仕掛けるものの「内因
 」に深くくい込みその痕跡を残さずにはおかないわけで、ここで発生するのがディフェ
 ランスとしての女性であるところの「ぺそみちゃん」ですななんてゆー書き方もうやめ。
  えっと、で、このマンガは桜玉吉という中高年バツイチのひまつぶしっぽい「生」の
 模様が描かれてるんですが、なんか「ぺそみちゃん」という、近所の無職の、かわいい
 ともかわいくないともいえない、ひるまっから鯖の缶詰食いながら縁側で足の爪切って
 るという子が出てきます。これがなんかいい。で、この女の子にある日、桜玉吉が、「
 なんかほしいケータイのストラップってないの?」と聞くと、「・・・恐山のお守り」
 というので「なんで?」と聞きかえすと「私って何かずーっとついてないから・・・魔
 除けとかに効きそう・・・」とかいうのです! 

◇ さあそこでわれらが桜玉吉は! 調布
 から青森は恐山まで片道800キロ、往復二億四千万の瞳、出会いは億千万の胸騒ぎという
 ことでただお守りを買うためにだけ、車を爆走させるわけですね。そうしてそのまま何
 もせず、お守りとお札だけ買って直帰。そうして取材があったから、と水入れたバケツ
 に足つっこんで涼んでいた(この1999年の女の子が!)ぺそみちゃんにあげると、「・
 ・・ありがと。これでツクかも」といって笑う、というのが一話分ね。いい話でしょ。
  別の時には、お昼過ぎにコンビニの前で枕をかかえたぺそみちゃんをみかけて、なん
 で枕を抱えてるかというと、「だってお腹がさむいんだもん」。いやー。
  装丁もオレンジであざやか。ところで装丁と装幀ってどう違うんだろう?

◇雑誌「広告」で「インターネットには出会いなんかない。あるのは再会だけだ」と書い
 てあって印象的。あとイチハラヒロコの文字アートの本を何冊かみてちょっと感心。な
 んばジュンク堂には会田誠の「ミュータント花子」が数冊もあったよ。

◇まだあるのよ。犬養道子『国境線上で考える』を読了。古い本だけど、感銘。1987年に岩
 波の『世界』に連載された文章に加筆修正、1988年出版。第八章、「アフリカへ」の文章
 のリズムとかはすばらしい。すでにこのとき、1921年生の犬養道子は66歳である。「ハイ
 エナにやられたとき、即座に自分で傷のまわりの肉を切り取る手術のメスと消毒剤」やら
 その他もろもろを、夜、「電灯をつけずにカバンに入れる」練習をする。現地ではあかり
 があるとはかぎらないから。その他もろもろ。多少の陶酔感はあることは認めるが、「ユ
 ニヴァーサリズム・カトリシティ」がほかならぬ「そのもの」としてあるような「現場」
 と「言説の空間」にこの時期の彼女がいたことは間違いない。人が生きて行く場所の多様
 性などに感じ入る年ではないが、「言説の空間」「行為としての言語の空間」の課題なら
 課題に、なにかしら生きる上で躓いてやまないような自分にとり、あるいはまた他の人々
 にとり、ユニヴァーサリズムというものは私たちが考えているより大きな問題になってく
 るのではないだろうか。ただそこへの「接続」の問題は、たやすくは、ない。
20:49 00/11/04

■2000/11/06 (月) 四条大橋の風は寒い(1)

◇きょうは、「日本文化デザイン会議2000京都」とかいうイベントがあって、それの
 ただ券をかばんのイソカツミさんが職場でもらえるからというので、かばんの
 いけるメンバーでいってきました。いろんなパネルとかトークとかあるんですが
 イソさんがみたかったのは俵万智さんがコーディネートする歌合わせで、プログラム
 をみてもどういうものかさっぱりわかならないのでなかば不安ながらいきました。
 内容は、俵さんと、あともう片方は榎本了壱さんという寺山修司なんかの舞台美術
 とかをずっとやってた人がリーダー。で、あらかじめ募集しておいた歌からそれぞ
 れのリーダーが五首選をして、実際に来てもらって、いわゆる今の歌合わせとほとんど
 同じものをやってました。意外と聞いてて退屈しなかったですな。
 会場は、そのままテレビに流してもいいような感じの大きめの和室に高めのステージ
 と客席には100枚以上のお座布団でした。あ、と思ったのは、最初短歌の作者が、
 なにも書いたものなしで自作の歌を声に出して読んで、その次に掛け軸に書いたその歌を
 背景の白板に吊して、もう一回読むんですね。で、その最初に読む前に、やっぱりちょっと
 しんとして「緊張感」が入るんですね。あの緊張感、というのは(これから歌を声で読む)
 というときに走る微妙な緊張感で、なにかいまの基本的に「静かな朗読」のバックボーン
 のような気がしましたね。
 あとこれ以外の三日がかりのイベントの出演者一覧が書いてあるプログラムにベターと
 シールをはって隠してあるとこがあって、はがすと「管直人」と書いてあったりして。なにこれ。

◇そのあと御飯を食べたりお茶を飲んだりで解散。
 私はいったん帰ろうかなとおもったんですがなんとなく、で、ちょっと本屋へ。

◇そのあと御飯を食べたりお茶を飲んだりで解散。
 私はいったん帰ろうかなとおもったんですがなんとなく、で、ちょっと本屋へ。

◇今日買った本
*『ぼくはオンラインの古本屋さん』 北尾トロ 新刊 1300円

  さて。
 失業中の私は求職中の私でもあるわけだが、とりあえず明日あさって食うことに困ってる
 わけではないのだが、漠然とこれからまた就職するのかねえ、と思ってることも確かなわ
 けで、なにかいいことないかなとまではいかないが、なんとかそれなりに納得できるよう
 な飯の食っていき方というのはできんもんかいな、と思ってたりする。ということでオン
 ラインショップの記事などを見たりしているが朝の五時に起きて別な仕事とかけもちしてる
 ひととか紹介されてあったりで、まあなんでも大変、となるわけですね。そのなかでこの
 本は、ライターやミニコミ作り手でもある作者が、思い立ってオンラインの古書店を自分
 で立ち上げてからのことを本にしたものである。やりかたはホームページ作りからしてアマ
 チュアそのものなのだけど、それでも月15万前後の売り上げを、ページスタート以来一年
 くらい維持している。荒利で6万くらいかな。これだけではむろん食べてはいけないが、
 同じようなオンラインの古書店店主たちとのコミュニケートの模様なんかもまぜて、本書
 はいわゆるひとつの「好きなことをやって生きる」ことの本になっている。私も実は古本屋
 が好きで、やってみたいかと聞かれればやってみたい気もするが、(本書には古本屋をやる
 ために法的には必要な古物商の資格の取り方も書いてあって、その費用も75000円ほどだと
 書いている)実際にやるまでにはそれはかなりの距離がある。まあ私のことはおいといて、
 そういうこれは本で、ガチガチの愛書家とは違うタイプの本好きの生活というのが、きち
 んと書けてる、という気がする。

 あと岩波ブックレットの犬養道子のパウロ二十三世について書いたのを探すが、ない。

◇ひさしぶりに四条大橋を渡る。
 河原には、もう寒いのに、男女がくっついて座ってたりする。
 ちょっと寒いかな、わたしも。
 四条京阪から奈良へ。来週末は東京。23:54 00/11/05

■2000/11/07 (火) スーパーオリンピアからはじまる

◇大阪−東京。
 飛行機で行こうかと、ネットでいろいろ検索してみたが、ネット予約割引
 とかあってもほとんど新幹線を使うのと変わりないか、ちょっと飛行機が上。
 夜行バスを使わない限りは、ほとんど変わらない。関西空港朝6:30発、というのだけが
 割引で9000円であとは11000円から13000円ほど。時間だけが約4時間が3時間半ほどに
 なるかな。ということでまあいいかな、と考え中。

◇いろいろな掲示板と日記閲覧中心のウエブ生活。
 IEの「同期」というのを使えば速いかも、とちょっとやってみた。一応まあ、オフライン
 でまとめて読むにはいいかも。日記で7、掲示板で14。書き込むのは少なめになってし
 まうんだけどねどうも。

◇保坂和志『プレーンソング』をちょっと読む。
 これって・・・あれじゃない、日常をトリビアルに書くマンガ家のマンガにちょっと似て
 ない? 最後のあたりで、一行ずつの会話が4頁くらい続くとこがあって、そこいらは初
 期の大友克洋みたい。四方田犬彦が村上春樹との差を解説であげているが、少しなるほど
 と思う。

◇藤原龍一郎さんが和合亮一さんの詩集を二冊とも買ったと日記で書いていた。暴挙だ(爆)。
 しかし高貝浩也の詩集を(もう出版社には在庫ほとんどないみたいだけど)通販で買うより
 ましか。詩人の朗読CDも聞きまくっている。現代詩というのはあれはあれで都合のいい詩
 のくくりかたで、中身の幅は広いし、価値基準が「世代」とかでくくれないところがあるの
 でややこしいと思う。

◇おとついの「文化デザイン会議2000京都」の歌合わせの歌を、かばんのイソさんがMLで流し
 てくれた。そうおもしろいものでもないんだけど。アップしておきます。この「デザイン−」
 は電通のからみイベントみたいなんだけど、第23回とか書いてあったから、来年またどこかで
 やるのかな。企画が既にスタートしていれば、今度は穂村弘とか林あまりとかが呼ばれたり
 するかな? 「誰でも口をはさめる詩の形式」のひとつとして短歌が、「短歌も俳句も川柳も
 いっしょくた」のものとして(作らない人にはどれもみんないっしょ。)扱われるのはそう
 悪いものではないように思える。藤原さんの掲示板で「短歌なんてどうでもいいと思ってる
 ひとたち」という発言があったけど、それは相対的なものではあるんだよね、なにかと比較
 してとか。でも何割かのひとたちは、意外と「どうでもいい」と「思ってる」くせに「どう
 でもいい」といわなくて「こんなの短歌じゃないよ」とかいうわけですね。そこは、どうだ
 ろうなあ。この会議に森村泰昌は呼ばれて京都在住(のはずの)やなぎみわさんが呼ばれな
 かったのはわけありかな。写真家のハニ一さん(コンビ?)も呼んでもらいたいものだ。

◇作者名は省略。行頭はチームリーダー名。題は統一で「落」。2回戦の俵側の歌は回文。
 辰巳琢郎が「そとばこまち」だったとはしらなかったよ。「維新派」だと思ってた(嘘)。

1回戦
俵 :恋人がちょっと遅刻のわびしさも着メロ奏でる古都の落日
榎本:無重力約束のない恋だから落下しきれぬ孤独の顆粒

2回戦
俵 :たづたづし駆け落ちの恋大義なき居たいこの地を穢しつ発つた
榎本:落日にカーソルを當て実行を押す母の田舎の畑が浮かぶ

3回戦
俵 :ゆるされたい釣瓶落しの秋のひに横断歩道の朱色が滲む
榎本:ジリ・ジリ・と近づくものを焼き落とす殺虫灯のような孤独な少年

4回戦
俵 :真夜中に二人っきりでドライブすほんとにいいの落石注意
榎本:落ちる陽に染まりて飛鳥瀬戸の海数多の島をすりぬけてゆけ
    (これは ↑ 辰巳琢郎の歌)

5回戦
俵(本人) :落合を通過する時 あの夏に二人で食べた醤油ラーメン
榎本(本人):肋骨の黒子を噛めば火の如し雪虫の落ちて遠きサイレン

11:12 00/11/07

■2000/11/07 (火) 花を投げた女たち(1)

◇今日買った本
*『ターザン山本の天国と地獄』 ターザン山本 芸文社 古 350円
*『活字倶楽部』 98年冬号              古 100円
*『6年の科学』 98年4月号 同8月号         古 各30円
*『ラインの河辺』  犬養道子 文春文庫       古 70円

 プロレス好きなら誰でも知ってそうなターザン山本の本は、1999年4月が初版だからまだ
そう古くはない。この手のプロレス本は、(「紙のプロレス」のバックナンバーとかね)
別にそう好き者でなくても、読み物としておもしろいと思う。本書は一種の自伝で、妙に
大きな活字で組まれている。おもに青春の敗北と妻からの離婚からはじまる、プロレス新聞
や雑誌の編集にかけた二十年ほどの回想記となる。第一章の末あたりはそれなりにせつない。
 篠原カツユキも何かのエッセイで、妻が子を連れてでていくところを書いてたように思う
が、こういう場面の妙な明るいかげりのようなものはなんじゃらほい。
 それはそれとして、「死ぬ気になってその本を読者の『手に取らせ』『買わせる』べきで
はないのか」という個所とかははっとしたりする。
 かつくらは有栖川有栖とか、若木未生とかというまあその線ばりばりの特集というか。
 それでもエンターテイメントとそこからこぼれ落ちる「本」のカタログであることには間
違いなくって、現在静かに売れ始めてるように見える書肆未知谷の『ヤンとカワカマス』の
紹介とか、浩祥まきこの集英社コバルト文庫『ごむにんげん』とか、既知未知にかかわらず
「発見」のある本だと思う。あとそんなに部数が出てないとも思えないのに、読んでるもの
たちの間に(プロレスファンのような)反世間的な「共有」の感覚があって、読者からの声
や葉書を熱いものにしている。しかしコバルトやスニーカー文庫の本をさがすのは(新刊で
ね)ほんに一苦労。あ、その『ごむにんげん』を探しに行ったノーマル本屋さんで高原英理
さんが『至高聖所』を書いた人の二作目の文庫本の解説を書いてるのを見ました。だんだん
露出度が高くなってきましたな。

◇『6年の科学』は版型そのものが昔と変わっているが、なんといってもタナカカツキ(「
ブッチュくん」とかの)にページを与えて、さらにウエブページも作らせて、しかも更新せ
ずに中途半端なままほってあったりするとこがすごい、のかどうかなにか。
 「小学生ドクターシグマ」という連載マンガがのっていて、これがなぜか「ジャンプ」で
「地獄先生ぬーべー」を彷彿とさせるコマ割りなのだが、アシスタントだったのかな?

◇結構開き直ってまだ読んだりしている。途中でほっておいた永畑道子『家族、それぞれの
孤独』を読み通す。この本なぜか第一章とか第二章とかがいささか凡庸で、第六章「学び、
問う旅」が抜群にいいと思う。買った人とか借りる人とかは、第六章から読むといいと思う。
 永畑さんは熊本出身。父は、封建的な男尊女卑を実生活では肯定しながら、あるリベラル
な雰囲気の中にいる、市井の歌詠みであった模様。故郷の回想、自分が自分の子供たちによ
っていかに支えられてきたか、現在の教育現場のレポ、女性として生きることの切実さ、な
どがモザイクのようにちりばめられる。そしてほんの少しだけ、短歌が引用される。

 ズブズブのズボンに手をつき込んで没り日      徳永 直

 母よ母よ息ふとぶとと吐きたまへ夜天は炎えて雪降らすなり  坪野哲久

 一首目は、大正7年に父のもとへあらわれたこの『太陽のない街』の作者の回想とともに
記される自由律短歌。後者は、その父が教えてくれた坪野が自分の母の臨終にささげた歌。
永畑さん自身が、いくたびか係累をみとったときに何度も思い起こしたとある。



 せいいっぱい生きた命の末期のみとりを、私もしばしば重ねてきた。その介護のなかで、歌詠みの
父が教えたこの歌を、何度思い起こしたことか。
 最初に出あった姑の、ガンとたたかった果ての壮絶な死。くちびるに淡い紅をさして、姑は、仏さ
まから受けたからだのままで旅立った。
 突然に眠るようにこと切れたクリスチャンの母は、古本屋から求めたゴッホの画集と、棺の中いっ
ぱいの芥子の花とともに、神を求めて去る。
 やがて舅が逝き、父もしずかな最期をとげて、一夜そのそばで眠っていたときのこと。棺の中から、
生き残った私をはげます父の気配を知った。死者が、生者にあたえてくれる安堵にみちたまじわり。
それこそ自然のはからいである。
 人間のからだの細部に「神宿る」ことを思い、しずかに人生の幕を引きたい。生まれたときのまま
の姿で。
    (P.159)



 その父親の歌もひかれている。次の歌とか。

 しぐれ雲押して動けば山の上暗きかな寒きかな吾はうつそ身

 そのあとに続く次の部分もうつくしい。


 
 都での生活は三十余年続き、大学の定年間近のとき、ふるさとから県立近代文学館へ、の声がかかっ
た。いずれ九州をテーマに書くねがいの私にとって、このお話は心から、ありがたいと思った。
 一生自分の家を持つなと言いつづけていた父が、九十九歳ではかなくなり、そのあとに残された姉と
私が見にいった土地は、水をたたえた江津湖から一分とかからぬ、上り坂に位置した場所だった。梅雨
になると湖はあふれ、湖畔に並ぶ家の庭先を浸す。家の門のあたりも長靴を履かなければ歩いていけぬ
水の溜り場となる。
 しかし、水鳥の群れ、乱れ咲く野生の花々、緑濃い樹木、常温十八度のひろびろとした湖、四季の移
りが見事で、毎朝その湖畔から県立図書館と近代文学館の森へ入っていく。同じく水辺の、緑に身が
染まるような場所である。この川沿いの道を歩きながら、連日の梅雨の名残の雨のなかで、敗戦後二年
の十七歳の日が蘇った。
 (P.177)



 「明日の命はないと思いなさい」と永畑さんの母はよくいったそうである。1998年岩波書店刊。

23:34 00/11/07(誤字修正11/8)

■2000/11/09 (木) 本のメルマガ、はあたりはずれはあるんだけどもさ

◇昨日届いた本
*「かばん」11月 特別号

◇昨日届いたメルマガ
*「本のメルマガ」11-8日号

 冒頭が書店員、出版社営業の人の「チャットによる」座談会のログおこし。
 あ、そういわれると、という感じの話の流れの微妙な停滞感がある。
 あと「あくびちゃん」という女性の店員の人のインタビュー(というより
会話の再録)がなかなかおもしろい。



あくび:
ここ最近『五体不満足』『ファイト』以降、障害者物がすごい連発されてます
よね。こういう言い方は良くないんでしょうけれど、なんかひどくないですか?
癌が話題になったら今度は糖尿病とか。どこまで過激でお涙ちょうだい的にな
っていくのでしょうね。もう背筋がゾッとします。ちなみに『生きてます、15
歳』でしたっけ? なんだか売れているようですけど、ウチは置いてないです
よ。私の独断と偏見で。でも、二番煎じを狙っているとしか思えない版元って
どう思います?

あくび:内容そのものは私も読んでいないですからコメントは出来ないけど、
でも、何万部突破とか、何刷とかいわれようが、この手の書籍はもう即返。強
大なパブリシティーをもつ大手版元のも即返。こんなの売ってちゃいけない!
最近は意地になってますね、返品に。
 でもこうも返品を繰り返していると、いくら新刊が多いとはいえ、棚がマン
ネリ化してくる。それを避けるために、積にしたり面にしてみたり、結構ちょ
こちょこ棚を弄くってみてます。既刊を積んでみたり。小さければ小さい書店
ほど、結構遊べるんだなあと最近思います。



 というあくびちゃんのおすすめは岩波が「思想」の別冊で出す『トレーシーズ』
だとか。
 このメルマガのHPは
http://www.aguni.com/hon/
 あっ、しまった、(■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮く
ださい。)って書いてある。うーん。こそこそ。

10:08 00/11/09

■2000/11/09 (木) とびとび、ほとほと(1)

◇今日買った切符

JAS 11月10日(金) 大阪伊丹空港11:20→東京羽田空港12:25 12000円

奈良交通 奈良市庁前→伊丹空港       1440円

 犬養道子さんは、成田の不便さと羽田の便利さをいってた。
 永畑道子さんは、熊本へ舞い降りる時の胸に去来することを書いていた。
 買いにいった奈良のJTBのねーちゃんは、すげーきれーだった。

◇今日買った本
*別冊「思想」『トレイシーズ』  岩波書店  新       2500円
*『ドキュメント日本たそがれ』 鎌田彗    古       250円
*『ひとはどう生き、どう死ぬのか』 日野原重明・犬養道子 古 350円
*『遠い朝の本たち』      須賀敦子   古       500円

 あーもー「批評空間」も買ったことないのになんでこんな高い本買うのー俺。
 『トレイシーズ』はトレーシー・ハイドについて書いた本ではなくて、イン
ターナショナル&脱ヨーロッパ中心の世界思想へ向けて、掲載論文全翻訳をう
たった思想文化雑誌。「批評空間」より造本は単純。わたしがこういう本を買
ってしまうのは根深いコンプレックスのせいと、それでもこうした学際の「果て」
に、日本の学際が見向きもしない「衆」が持っている問題や課題とがクロスする
んじゃないかと祈るように思ってるからだろう。
 明日バスや時間待ちの間に読むつもり。
 鎌田彗は、少し古めのルポ集なんだけど、最近岩波の上製本にアタリが多い
という気がするので購入。うーん小説読むよりずっとおもしろいような気がす
るんだがなあ、こういう本のほうが。
 日野原・犬養は、これも岩波上製本。対談と、小論で構成。
 須賀敦子は、実はそれほど好きでもないのだが、本が綺麗なので購入。

◇今日届いた本
*詩同人誌『トビヲ』21号
*「ぴあ」関東版

 田中啓子さんよりいただく。
 「トビヲ」は、これも初見だが、「00」をはじめてみたときほどの「ああ、こ
れがあの」というほどでもない。でも家にこういうのがあるのはいいと思う。「え
えー、わたし(もしくはぼく)みたことないんですよー」とかいう若い子に逢わな
いものだろうか。まあいいか。執筆は、荒川純子・榎本恭子・加藤温子・川口晴美
・黒須靖之・小桜浩子・薦田愛・佐藤香・白鳥信也・高雄健一郎・水越聡美・森ミ
キエ・領家彰子。知ってるのは川口、薦田くらい。加藤温子さんは、「増殖する俳
句歳時記」の掲示板で温子さんという名で書いてるひと。川口は長っ! この詩!
というくらいには長い詩を掲載。
 版型は、かばんとかパピエシアンとかと一緒。緑の厚めの表紙で80頁500円。
 シンプルシンプル。
 20号には川口晴美と薦田愛の「交換俳句日記」というのがのってたらしい。ああ
川口晴美の俳句ってどんなのかしら。平出隆の短歌よりはおもしろいんじゃないか
しら。これも明日読もう。
 プレイイング・トウキョウのために送ってくれた「ぴあ」にはかばんイベントも
ちびまる子ちゃんイベントの次に載っていてははあ。
 土曜日は、「ペパーミント・キャンディー」を見ようかどうしようか。
 まあいってから考えよう。

*句集『群赤の街』 大橋愛由等 富岡出版

 私の歌集を出してもらった、まろうど社の社主の大橋さんの第一句集。
 装丁とページレイアウトはちょっとだけ怨念の香りというか、富岡和秀・大橋
さんラインっぽい。並装2000円だけど決して安っぽくないつくり。
 俳人よりも大阪・神戸のちょっと年齢層の高いたぶん「詩マーケット」とかあ
んまり参加してなさそうな詩人達との交流のなかで書かれた俳句なので、「匂い
」が違う句が並ぶ。
 大橋さんとはじめて「琴座」のイベント(小島信夫・永田耕衣講演/大野一雄
舞踏)にいったときに、「結社というのははいるとどんな特典があるんですか?」
と聞かれたのでわたしははははと笑って、いやクーポン券くれてそれがたまると
ハワイにいけるんですわ、とかいってたが、この2年ほど後、「青玄」だかなん
だかで、俳句を一句投句で選出されるとハワイへ連れていってあげるとかいうの
がほんとに開催されたので驚いた。

◇句集「群衆の街」大橋愛由等より

 夏の朝轢死したるは夢の蛇か

 尻軽な奴だったね夏は鯨の捨て台詞

 *

 生け捕りのキングギドラに魔羅吸わす

 ゴジラとは死ぬことと見つけたり夏の海

 *

 TokioTokio咲く咲く桜ひとり勝ち

 マッチ擦るねえ近代ってもう終わったの

 こんな感じ。「匂い」の違い、というのがわかってもらえるんではないかと思
う。あと、小さなメモ書きで、掲示板に書いた、私の歌集の再版について、書い
てあって、二百部弱を再版予定とか。十年たって再版されるのか、と感無量。
 賞も話題性もないし第一歌集のアンソロジーにも求められることもない第一歌
集だったけれど、それはそれとして、素直に機縁を作ってくれた枡野浩一さんや
荻原裕幸さんや穂村弘さんや藤原さんほか多くの人に感謝します。
23:01 00/11/09

■2000/11/10(金)羽田空港
 ひさしぶりに雲上のひととなる。羽田空港ははじめて。田中啓子さんに迎えにきて もらう。
八重洲ブックセンターでお茶。ビジネスホテルを予約して荷物だけ置きにい く。  そのあと
吉祥寺曼陀羅で福島泰樹のライブを聞く。  人数がすくなっかたらどうしようと思っていたが、
そうでもない。10人くらいはいた。  バックの構成は、尺八とピアノのみ。  
 読んだものを順不動でおぼえてるだけ。
・寺山修司「田園に死す」より長歌および短歌
・同上「李康順」(表記曖昧)
・岸上大作「ぼくのためのノート」
・村山塊多のノートより
・自作「無頼の墓」より
・テネシーワルツの一連
・中原中也のものをいくつか
・朔太郎のものをいくつか。  

 MCでは、熊本の話、を飛ばして、釧路の話とかしたのが印象的。  
あとパンフに「第一回福島泰樹朗読賞」のビラがあった。  
エントリー料3150円と消費税込みはしぶい。  
予選は12月10日かなにか。  審査員は立松和平、福島泰樹、事務所のひと。  
休憩入りで2時間半ぐらいのライブ。  
終わったのでさっと帰ろうと思ったら、田中さんがアンケート書かなきゃだめよ というので書く。さらさら。  
そのあと「ランチョン」とかいうジャズバーみたいなとこで飲む。
最初空いてて 夜中になると満席になるっていうのは流行ってるってことか。  
 アーリータイムスのグラスを重ねる。  頃合いでお別れ。  
 高山れおなさんに電話するも通じず。ケータイもってないんだもん。  
 青嶋さんには通じたが、日曜日にかばんイベントで、となる。  とりあえず、寝る。

◇買った本  詩誌『九』24号 840円

■2000/11/11 (土) 摩天楼と相性

 松屋であさめし。
 インターネットマンガ喫茶でコーヒー。
 掲示板チェック。
 夕方五時に佐藤りえさんと待ち合わせるまでは暇。
 とりあえず映画「ペパーミント・キャンディー」を見ようと池袋へ。
 時間待ちに、池袋ぱろうるへ。
 詩集がいっぱい。
 古い(黄ばんだ)詩集もいっぱいでびびる。
 川口晴美の「ボーイハント」も「ガールフレンド」もある。でも買わない。
 現代詩手帖のバックナンバーがかなり昔まである。これは壮観。
 ところでどうして朝吹・松浦の『記号論』は手に入らないのでしょう。

◇買った本

「現代詩手帖」 2000年3月号 1200円

 ということでテアトル池袋へ。椅子があああああああああああああああああああ。
 椅子がたがいちがいで前の人の頭とずれる。おまけに広くて座りやすい。
 あちこちに自主制作っぽい映画のチラシが積まれていて、映画マニアっぽい女の子
がそれを全部取っていく。
 映画は。
 期待はずれ。
 もうちょっとおもしろいと思ったのにな。
 でも徴兵制度のある国の、青春というのは、ほんとはぼくらには想像出来ないのかも。
 終わったのでひるめし。
 ジュンク堂書店に(あきもせず)入る。
 馬場駿吉の句集を発見。
 カステラの箱みたい。深夜叢書社。
 サンシャインの方へ歩く。
 結構距離あり。
 サンシャインシティ内を徘徊。
 古本市を見る(あきもせず)。

◇買った本

『気分は形而上』第15巻 須賀原洋行 100円
『防衛漫玉日記』第1巻 桜玉吉    100円
『月光』三号            250円

 銀の鈴で待ち合わせなので東京まで戻る。
 「漫玉日記」を読みながら、待つ。
 さとりえあらわる。
 お茶。
 サンシャインに戻って展望台にのぼろうと再び池袋へ。
 展望台は620円。
 あ。
 きれい。
 ここって夜のほうがいいんじゃないの?
 あれが東京タワー?
 あれはランドマークタワー?
 コンピューター手相占いがあってさとりえは女の子なので占いが好きなのでやりたがる
のでつきあってわたしもやってるとそこのおばさんが誕生日による相性占いもすすめるの
でめんどくさいのでそれもやる。
 座って相性占いを拝読。
 こ、これは!
 ひっでー。最低最悪の相性と出る(本当)。
 実はまだ上の階があるといわれて、さらに屋上にでる。
 寒くて高い。天国に比較的近い場所。街のあかりがとてもきれいねよこはま。
 最低最悪の相性のさとりえと御飯を食べて、最低最悪の相性のさとりえを連れてかばん
イベントの会場へ向かう。
 準備スタートは8時半なれど付いたのは9時過ぎ。
 消防法を通りにくいような階段を降りると会場。ひさしぶりにいつのさんのほわほわ声
を聞く。鈴木風花さんに挨拶をされたように思う。次の日だったかな? 江國さんも既に
来ている。
 高いところ関係の設営に力を入れる。
 帰って新宿あたりのカプセルに泊まるつもりがタイミングを失う。
 ほむりんにとめてとたのむといいよというのでそうすることにする。
 さとりえががんばったのでさっき買った「月光」をあげる。
 ほむらくるまに乗る。
「準備中」
「頭の中で」
「安井浩司の」
「整形前夜の」
「吉岡実の『僧侶』は」
「解説を書くんだけど」
「期待値」
「害毒」
「クリスマスはなんて遠いの」
「『青夕焼』」
「二人はいるって思ってたら」
「壊滅状態」
とかなんとかいってるうちに寝る。

■2000/11/12 (日) 海にキャラバンは進むがキャラメルは甘い

  ほむりんよりはやく起きる。  
 8:00になったので起こす。  身支度をして出る。
「なんでこんなぼんやりしてる女に」
「熊本の話は」
 などといってるうちにつく。  
 駅前で「田中邦衛風の男性」と女性のペアがほむらさんを呼ぶ。  
誰かと思えば青山鉄夫さんこと流ひさしさんと茂泉朋子さんであった。  
関西かばんの田村さんが到着している。  準備はつづく。  
いいだかすみくん持参の『四月の魚』にサインする。  
本番の前に田中啓子さんから「早稲田詩人」をもらう。  
江國さんも来て、塩谷さんも来る。加藤治郎さんも来る。うれしそう。  
秋月さん夫妻。辰巳泰子も来た。あといっぱい。  
 本番スタート。あー。本番終わり。千葉君と抱き合う。きねこさんにしきみさん。  
懇親会。岡田さん菊池のりこさん。  
ああ秋のひかりのなかで焼き芋でもほおばってそうな俳句の神様よ。  
あなたはどうしていつもいつもいつもいつもこのような場所にこのような才能を置くのですか。  
とか思いながら岡田幸生さんと話しているとまじで涙と鼻水まみれになってしまったので。  
トイレにいってはなをかむ。ちーん。  そのあと別の人にちょっとしたことをいってしまってはげしく後悔。  
うーん。  それをひきづって三次会コーヒー。  
最後の電車は植松大雄・中沢直人・千葉聡の関東かばんてんぷくトリオプラス
本日の最長距離  飛来プリティウーマンフロム沖縄”揺れる珊瑚礁”ますだしずかさん。  
月はどっちに出ている?  新宿でお別れ。  
しばらく歩くとサウナ&カプセル

■2000/11/13 (月) さいせんじがけだらなよさ
 
 朝、またネット&まんが喫茶。  
 掲示板で東京にさよならをいう。  
 さいせんじがけだらなよさ。  
 新幹線は西へ走る。

◇三日間で忘れたもの
*ほむら宅に帽子
*イベント会場にきねこさんからもらったおみやげ
*三次会の喫茶店で佐藤りえとの最低最悪の相性占いの結果
*星のような後悔

◇帰ると届いていた本
*『墓地裏の花屋抄』仙波龍英・荒木経惟 ギャラリーイブ
*『鳥のない鳥籠』 植松大雄  

夜の用事までイベントレポートを書く。  
一応脱稿してHPにアップと送付。


■2000/11/14 (火) 疲 労

◇今日買った本 *歌集『歳月』河野裕子          古   100円
*『今はじめる人の短歌入門』岡井隆    古   100円
*「うたびとたちの現代秀歌選集」「短歌」臨時増刊 100円
*『自家自注・相聞』 短歌新聞社         250円
*『前登志夫の歌』田島邦彦            500円

◇今日届いた本
*『未定』79号


■2000/11/15 (水) うじうじ

実はまだうじうじしている。レポート書き足し。

■2000/11/16 (木) kさん

夜中11時過ぎにkさんが来る。
kさんの離婚の話は、完全に裁判になって、12月には被告になって裁判だとか。
どちらがどれだけ悪いのかなんて誰がいえるかというのもあるが。
それでも「人生はうつくしい」といえる日が来るのを信じるほかはないではないか。
書いていなかった日記を書き始める 9:14 00/11/17 

■2000/11/18 (土) 詩誌三冊

◇明日は、高原耕治さんの句集『虚神(むなしがみ)』の出版記念会である。
 盛会を願わずにおれない。25日が、北冬舎の「ポエジー21シリーズ」としての出版記念の
 会で、その次の火曜日が「現代詩としての短歌」のミニシンポジウム、それから、12月8日
 が「はちょう」の朗読会で、10日が東京ポエケット、あんまり話題にならない感じの福島泰樹
 朗読賞の選考会とかまだまだイベントはいろいろ。

◇今日読んだもの
*「トビオ」21号

すっきりした緑の表紙。あと詩誌というのは短歌俳句にくらべてレイアウトがシンプルよね。
詩と詩論というよりは詩とエッセイという感じ。「増殖する−」とかの掲示板で書いていた、
加藤温子さんの詩をはじめて読む。どこか旧植民地の匂いのする都市での落剥感を女性的な
タッチで描写。モンゴル? じゃないよなあ。エッセイを含めて、海外体験の記述が妙に多
くておもしろい。特集の「こわかったこと」のエッセイでは、水越聡美のベルリンでの体験
談がいい。「目の悪い人が都市をどのように歩いているかを知る体験コーナーです」とビル
の片隅にぽかっと開いた暗闇に夫とともに入ってしまったときのおぼつかなさがとらえどこ
ろのない恐怖に変わるまで、そしてそのなかにあるBARの不思議さ、あとかたもなくそれ
が消えたときの安堵などがさらりと書かれています。でも詩作品はどれもちょっとクライマ
ックスの感覚にかけるようで、その平穏感にちょっとした不満感が残ります。同じく加藤温
子さんの「中世ゴシック・魂の刻印−高柳誠『リーメンシュナイダー』をめぐって」の書評
もいいです。

「翌朝、ミュンヘンを後に、銀色に輝くバイエルン・アルプスを遠く望むアウトバーンを一
路オーストリア国境に向けて走った。」

ああかっこいい文章。このあと、中世ヨーロッパは暗黒のみではなかったのだ、という面か
らほかならぬこのリーメンシュナイダーの彫刻こそ、そうした深い人間性に根ざしたもので
はないかと、まあこう書くと身も蓋もないが文を展開。『リーメンシュナイダー』は五柳書
院刊3500円。いい本作る五柳書院の本だから、今度本屋でさがしてみよう。
さらに水越聡美の海外エッセイ。ウィーンからトリエステへの旅程。都市の間の空気の差を
特にトリエステの風光をあざやかに描く。なんでこんなにヨーロッパの話が多いのこの雑誌。

◇*「九」24号

北川透はなにを九州でやってるのかと思ったらこんなことをやってたのかってもう終刊号で
ちゃってるんだけどもなぜかこの号を買ってしまった。ほかに知ってる人は長谷部奈美江く
らいなものなんだけどいやいやどうしておもしろかったこの雑誌。北川透は時評を連載。こ
の号では、吉増の新著の折口信夫ものを、評価するところはきちんと評価しながら、ミステ
ィフィケーションの割合のあまりの頻度を批判する。この同人詩誌は発行発売元の梓書房と
いうのも九州なようで、同人もほとんどそうみたい。でも詩はかなりおもしろい。長谷部奈
美江は、死者となった者、への視点が、死者からの(無言の)視線とからむような詩を三編。
わかりやすさの適度さが、かえってあやうくていいですね。三ヶ月居候していた女、風呂に
はいったのをみたことがなかった女に死なれた、部屋の女あるじ、女子高生を襲おうとした
わけではなかったのに、間違えてその女子高生の男友達に殺された中年男性、とかを、粘性
はあるがどこかさらりとしたローションのような言葉で紡ぐ。この雑誌も詩とエッセイとい
う感じで、どの同人も、詩と連載コラムのようなものを1〜3頁書いている。山村英治とい
う人のエッセイは、陽の当たりにくい場所での生活者労働者の自分の来歴と詩の現在のクロ
スポイントに下げ降りをおろすように言葉をすすめる。五十をこえてどのツラさげて詩なん
か書くのか、という当たり前の問いをある詩人に問い、「少し間があって『漂うのですよ』
と低い声の答えがあった。」と書き、そこに深いところからの納得を感じた、という言葉の
流は、派手であることの意味も地味であることの意味も急速にうすれつつある今をほんとに
やさしく漂うと思う。渡辺玄英という詩人は若い世代みたいで、これまた地味な大阪の「詩
マーケット」でコミケ商法でブースをにぎやかしで販売、とそのあたりを書く。朗読やパフ
ォーマンスも「(忙しいしきこえにくくて)何してんだかさっぱり分からなかった。」と書
くのも素敵。そのあとFF10批判。お若いのう。詩作品にはどれも無意識の「わかりやす
さ」への希求があって、そこが「トビオ」とはおおむね違うような。ただそこが意識的なわ
かりやすさの展開だと、詩はやはりダメになるような気はする。

◇「九」の詩は、そういった意味では、田舎
の人はすっすっと渡るが、都会の人はこわくてわたれない丸木橋にちょっと似てるのかも知
れない。山之内まつ子さんの詩もいい。

*「早稲田詩人」21

108頁もあるのに300円。中身はちょっととりとめないかな? 詩なんて自分が詩だと思えば
それで詩だけど、他人のそれを理解や読解しようという意識は、そうした非−矛盾的な自己
状態をゆがめてしまうものである。しかしある程度ゆがんではじめて詩はコミュニケートが
成り立つし、ゆがまないものは所詮「言葉のいらないもの」である。そういった部分では、
非−矛盾的なとっかかりがみつけにくい詩が並んでいる。あと詩論エッセイもなにもないの
はそういう作品の号なのか、それとも詩を書く人は増えたが詩を読む人はいなくなったとか
いう最近流行の詩的現在のせいかな。それでもこれは、と思う人もいないことはない。

「パスワード」 ふじたたかこ

 いつもとなりにすわっているあなたと
 かけまわったりねころがったりするあたしと
 あいだにはぷよぷよのみずのくうかんがある

 あたしはなでてかおをこすりつけてねむるのに
 あなたはおしだしてかきまわしてでていくから
 いつかきっとやぶれてあふれだしてしまうだろう

 (以下略)

こんなのとか。感情というもののとらえきれない部分をあらわしきれない部分を、直情の
言葉からなんとかしたがっているように思える。

「竹とその男」 まな あお

 地面を傷つける垂直
 積み重ねられた空虚は
 笹擦れの音に満ちている

 (以下略)

こういうタイトルを詩につける「カン」のなさ、というのはあるが、それでも「読み」の果
てに「書き」を見つけようとうる意識は感じるのでは。あとは小笠原鳥類と、駒ヶ嶺朋乎の
二人。ともに現代詩手帖賞。どちらも若い年齢そのものがそのまま「思想」や「乾いた理念」
と化すような書法をすでに身につけている青年詩人である。ただ二人とも自由に書いていい
よと言われると思うがままに、ながながと詩を書いてしまうところがあると思える。特に物
理的に一定量以上の行数を必要とするような鳥類の書法にはそれが顕著。
ということで詩誌ばかり読んでしまった。 1:25 00/11/18

■2000/11/19 (日) 海にいるのは

◇今日は五賀祐子さんのシャンソンの発表会だそうで、発表会なんて小さい子のピアノ
 みたいでいいよね。高原さんの句集の出版記念会は何人ぐらい来たろうか。自分が出
 なくてもウェブのどこかに何かが載りそうな会もあればそうでない会もある。高原さ
 んの会は後者だろう。

◇ひとに送るために小笠原鳥類と駒ヶ嶺朋の詩のコピーを取る。そのついでに東京で買
 った現代詩手帖の今年の三月号を読み直す。辻征夫の追悼特集と、荒川洋治の小特集。
 辻征夫という人は・・・よくわからない。たとえば座談会で辻が

 学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地 小沢信男

 という俳句をおもしろいといった、という話が出てくるが、「成らず」と「焼いてる」
 という語感の不統一がなんともいえずだらしのなさを感じさせるこうした俳句のどこ
 に惹かれるのかがわからない。小説というのは多くのジャンルに別れてるのに詩は詩
 と言うだけでひとくくりにされているけど、そんなに多くの詩人の詩に、読者という
 のは惹かれるわけにもいかないではないか? なかではやはり北川透の評にひかれて
 はしまう。

 それにしても詩が読まれる読まれないというのはわかったようなわからないような話
 で、清水鱗造さんの「うろこハウス」という掲示板で、鈴木志朗康が、自分の詩に感
 想を書いてくれた人に臆面なく感謝している書き込みがある。別に臆面なくていけな
 いわけではないけれど、反応があることの嬉しさ、というのがあるのなら、その嬉し
 さをどこかで詩を書き読むことの具体的な現実の中へ落とし込んでいくことも出来る
 のではないか。鈴木はウエブ上の自分の日録では2年半ほどまったく詩を読まなかっ
 たと書いていたことがあるが、たとえば岡井隆とかそういう立場の歌人には完全に引
 退でもしない限りこんなことは考えられない。

◇「うたびとたちの現代秀歌選集」という角川短歌の平成六年の増刊号。先日買ったも
 のだけど、編集者として何がやりたかったのか全くわからない一冊。塚本邦雄の百首
 選が載っているが、この時点でまだ穂村弘の歌を入れてはいない。荻原裕幸や林和清
 は入ってるんだけどね。

・ガリラヤの奇跡と称し妻は置く今日秋分のおはぎ一皿  山本友一

・されば世に声鳴くものとさらぬものありてぞ草のほととぎす咲く 安永蕗子

・わが庭に泪ながらに点りける阿蘇のなでしこ含浄(がんじょう)の紅(こう) 石田比呂志

・雨月の夜密の暗さとなりにけり野沢凡兆その妻羽紅 高野公彦

・八重洲ブックセンターに万巻の書はありてかなしき肉のついに哀しき 藤原龍一郎

 とこういうのが選をされている。1:39 00/11/19

■2000/11/20 (月) 急に芸風が変わる

◇こうしたネットの上のおつきあいというのは、全人的に接してる気がするときも
 あるが実は断片的に接しているわけである。だからやっぱりなんというか、そこ
 からプラスアルファの何かがないと、いつか−というかすでに−というか、人に
 「いやなおもい」をさせてしまうんでは、とはずっと思っている。だけどなかな
 かその「断片的」から前にいきがたいものを感じてるところも事実なんだよね。
 これは、へらへらしてるようで実はかたくなな私のせい。か。2:07 00/11/20

■2000/11/20 (月) まだそのまま

◇さらに断片的な話。
 やはり昔は断片的でなくても全人的で「歌人」とか「短歌作家」であることが可能
 だったんだけど、いまは「歌人の部分で歌人」という風にしか存立出来ないように
 思える。昔っていつといわれると難しいが、80年代というのはその最後の名残で
 あったような。それでもいま全人的に歌人であろうとする人はいるんだけれども、
 どうなんだろうかねえ、それはたとえば歌舞伎とか狂言とかの存続の「意味」とち
 ょっと似てくるような。なんかこう難しいよなあ。20:17 00/11/20

■2000/11/24 (金) 11月度定例チャットおわりー

◇定例チャット出席者。

枡野浩一!
正岡豊
ただ
きくち
さとりえ
なかはら
レイハル
村田 馨
満月
加藤千恵
うりゅ
岡田幸生
吉野亜矢
ぽっぽ
にしきみ
田中庸介

えーとこれぐらいかな。抜けてたらごめんなさい。

◇印象に残ったことば

流鏑馬

◇オンライントークで、話したことだが、ネット歌会ではなく現場の歌会に出たことがない、
 という人がいるので、東京で歌会をやりたいな、とちょっと思ったりしている。
 冬休みでタイミングが合えば、北海道から加藤千恵ちゃんも東京へ出てくるそうで、
 それは歓迎も込めて、やってあげたいという気もする。
 1月中なら私も上京してもいいし、司会もしてあげたい。
 いまのところ1月14日なんかどうだろう。
 そういうのなら出たいという人が17、8人いて、実際に用事とかをクリアして
 出席出来るのが十名前後、というのがベストかな。
 ということで、この件についてはメールや書き込みくださいな。
メール
masa-0606@ma3.justnet.ne.jp
書き込み
http://www.tcup3.com/345/yutaka.html

◇12月はー。
 いくつか、よそのチャットページを動かしてみたいなとか思います。
 繊細はつめていきますが、
*なかはらさんのチャット
*きねこさんのチャット(これは試運転ずみ)
*江國凛ちゃんとこのチャット
 などが候補。
 理由は、やはり深夜番組のDJみたいにメインのホストが変わって、
それにともなってさらにいろんな人がオンライントークに「ある程度の」
興味を持ってほしいなと思うのと、ひとつのチャットサイトでの、
人数の極端な増加をおさえたいってことですかね。
 いまわたしはほとんど誰もいなくなるまで11:00から3:00前
まで、ほとんど出ずっぱりなんですが、自分でやるのはいいけれど、人に
こういう時間帯でホストやれというのはきついっすよね。
 まあそういういろんなことも思うわけですが、えーと「かんたん短歌」
とか「うたう」が出たら、1日後か2日後くらいに感想を話し合うチャット
をしようかなとか思います。んでよろしくー。14:12 00/11/24

■2000/11/25 (土) 感傷群盗伝

◆イベント:東京:ポエジー21シリーズ出版記念シンポ
      東京:豈20年/摂津幸彦『俳句幻景』刊行を語り合う会

◇なんとなく日記の芸風を元に戻す。

◇今日買った本
*「國文學」60年1月号 折口信夫
*     60年3月号 中上健次と村上春樹
*     59年12月号 詩集とは何か
*     63年3月号 吉本隆明
*     元年10月号 柄谷行人
*     2年9月号  いま、詩とは
合計 450円

 國文學が50円〜100円で、100冊くらいでていた。こういう雑誌は、価値があるようで
ないようで、である。いま、詩とは、では巻頭座談会が高橋源一郎・大岡信・谷川俊太郎。
ちょうど現代詩文庫第一期が100冊で完結したころ。高橋によれば当時のひとはみんな現
代詩を読んでいたように聞こえるが、そうか? 

谷川:ほとんどの詩人というのは知的虚栄心というのか。見栄で書いてるのが99%ね。
高橋:鋭いですね(笑)

 こんなの。
 詩人論では、高柳誠や関口涼子まで。当時としてはぎりぎりかも。
 詩集とは何か、の巻頭は大岡信と岡井隆。同時代の詩の読者として、戦後からの初版の
詩集を持ち出しながら、時代を経巡るように対談。
 詩集論は、吉岡実『僧侶』を塚本邦雄執筆。『花隠論』かなにかで読んだかな? これ。
昭森社刊『左川ちか詩集』はないものか、とか適度にマニアックなやつね。
 入沢康夫の『わが出雲』の初期稿が、「詩と批評」が初出だとはしらなんだ。「詩手帖」
にのったんじゃなかったのね。

◇今日届いた本
*俳句同人誌「白」 4号

 元『琴座』の山本加人さんの編集発行の俳句誌。
 村井康司さんの日記に、「俳句朝日」の自選句集に、この人が載ってない、という人の
名がつらつら書かれていて興味深いが、そのなかに入ってる「江川一枝」という人は、私
と同じく『琴座』と『未定』に同時に所属していたことのある人である。関西にいるとこ
の人の名を村井さんが知ってるのが意外に思えるが、実は江川さんは摂津幸彦さんの追悼
の会にも出たりしてるのである。お会いしたことはないが、息の長い人だ。1:05 00/11/25

■2000/11/26 (日) 素敵な薔薇色にきみはわらった

◇兄にプリペイドの携帯をもらった。auである。タロット占いと、きらくにコールとかいう
ゲームがついている。ゲームは

誰に電話をかけますか?

マリ 20歳

プルルルルル。

「あららおぎはらさんきょうはなにしてたの」

1、メールの整理をしていたよ

2、大リーグボール二号を打つ練習をしていたよ

 とかこんなやつ。正解をえらび続けると別の女の子を紹介してくれる。なかなかそこ
 までいかない。

◇古俳誌・「ローム」12号より

*池田澄子「日暮れに生まれて」より

雪かたく残り手負いの俳句あり

いま以上は伸びぬたてがみ春の風

蕗の花きのうはあたたかかったのに

短日の仮病のままの病気かな

時間つぶしに体操をする冬座敷

*平松彌榮子「ほたるぶくろ」より

よき死者として夏草に紛れたり

ふつつかな犬と大暑を越えるなり

流星や死も人形も口開けて

こころにも閂殖えて吾亦紅

*三橋孝子「白い朝」

父の淵兄の淵弟の淵

原爆の日の瓶詰のサクランボ

急坂や途中の家のお葬式

*福田葉子「青き王妃」

のあそびや蝉鳴きくは空耳か

下書きの句より翔ちたる冬の蝶

なほ夏のほてりや「犬印妊婦帯」

らんちゅうや気泡ひとつが立ち上がる

4:58 00/11/26

■2000/11/26 (日) かばんの関西歌会

◇かばんの関西歌会。
 9名出席。「未来」から小林久美子さんもウエルカム。
 「パピエシアン」をもらう。ありがたや。
 そのあとお茶。そのあとちょっと飲み食い。
 そのまま難波へ出て、ネット喫茶によって、知人の家へ。
 なにせ今無職(^^;)なものでいろいろと聞いたり話したりする。
 「この際だから****なんかどうかね」
 (****にはちょっと遠い国の国名が入る)
 「えーこの年で」
 などといっててまとまらない。

■2000/11/27 (月) 関西空港

◇関西空港にその知人がいくらしいので一緒にいく。
 阪神高速湾岸線を通る。こ、これは。
 ロケーションがいいですね。港大橋とか。
 実は関西空港ははじめてなので、ひとりでぶらぶらする。
 道路網と線路との交錯具合の複雑さにびびる。
 りんくうタウンまで電車でいく。
 「りんくうアウトレット」という新しく出来たらしい
 ショップをのぞく。
 なんばまで戻る。
 古本屋を覗く。

◇買った本
*『塚本邦雄全集』第四巻          5000円
*『浮上せよと活字は言う』橋本治      400円
*『浮舟』三井葉子詩集           600円
*『天国』清水アリカ            100円
*『テリトリー論2』伊藤比呂美       100円

 あんまり話題にならない気がする塚本邦雄全集も残すところあと2,3冊。
 第四巻には定型詩劇『ハムレット』と同人誌『メトード』を収録する・・・・と、
第一巻の解題に書いてあるのに開いてみると『メトード』は入っていないのでした。
版権の問題か、はたまた頁数かな? 三巻は買っていないのですが、どうも三巻四巻
の変更が大きいみたいですね。一巻の解題に「単行本未収録の「対談」」とあって、
ああ、対談ねえ、膨大な量になるよなあそれ入れると、と改めて思いました。
 『ハムレット』だけなら、それほど古書店でみつけにくいわけでもないのにね。
 とはいえきちんと見るのは11年ぶりか。
 あとそれぞれのパート担当の紹介頁で「ゴンザーゴ殺し」が「ゴンコーザ殺し」に
誤植されてますね。あーあ。
 メンバーのうち、牛島伸と米満英男は、関西の古書店では句集や歌集が比較的みつ
けやすいけど、川野深雪と波汐国芳っていうのは知らないなあ。

☆牛島伸句集『骨埋めしや』より

振り向いたら振り返る 魚の眼球があつた

水飮み族という種族があつてもよい

  *

 新聞紙ほど

 哀しい
 音楽が
   あつたのか

  *

冬の虹 ぼろぼろに溶けていく電車

赤い靴 何で銀杏は散つたのか

 ・・・米満英男歌集『花体論』は見つからなかった。なかったかな? 家に。

◇橋本治のは、文芸春秋に連載された、一種の出版−社会批評。

◇三井葉子さんは、関西の古くからの詩人。そんなに読んでないんだけど、短いのを
集めたこの詩集は、古いんだけどなんか気に入って衝動買い。

三井葉子詩集『浮舟』より

 「魚」

魚は錦にはねている
あきかぜがすずしく吹いて魚は錦に暮れている
ながい尾はどこまでとどいているのだろう
あしの裏をなめるように拭いているもうおそい洗い場で
錦のうろこが泳いでいる
ながい愉しみのあとで息切れ切れになるように
切れてよばれて出てゆくように
放たれている 水切りのしろい洗い場で。

 これで一編全部。
 清水アリカのは『革命のためのサウンドトラック』の次の本みたい。といっても
1993年の作品。J文学も年を取るのはあっという間。

■2000/11/28 (火) 「ガラスの仮面」

◇今日読んだ本

*「ことし読む本いち押しガイド2001」 メタローグ刊

 買おうかと思っていたが、椅子席のある大型書店で読んでしまった。
 ついでに探していた岩波ブックレットの犬養道子「和平の人」も著作集に入ってる分で
読んでしまった。
 今年のベスト3、岡井隆は

平出隆『弔父百首』
大滝和子『人類のヴァイオリン』
永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

 を選択。なるほど。コラムでは「吉本隆明私抄」を筆を足して開板するとか。あとは、
グリュッサンとかが目立ちましたな。豊崎由美さんとかのベストセラーを批判する対談で
は「だから、あなたも生き抜いて」とかを読んでますね。詩歌18冊、というコーナーでは、
穂村弘『短歌という爆弾』がようやく登場。

*「ガラスの仮面」1巻〜40巻

感想

1、姫川亜弓っていいやつじゃんか。

2、紅天女のふるさと・・・梅の谷・・・一年の内半分は梅が咲いている。
  そんなとこないって。

3、劇中劇がすごく長い。長いので飛ばして読んでしまった。

 実は昨日買った橋本治の本も、映画『プロスペローの本』についての長めの感想批評で
幕を開ける。シェイクスピアは永遠。きちんと読もうかな、シェイクスピア。20:30 00/11/28

■2000/11/30 (金) 映画を見るならフランス映画さ

◇11月イベントの整理

 11月10日(金)福島泰樹曼陀羅ライブ
 11月12日(日)かばん200号記念朗読会
 11月18日(土)高原耕治句集『虚神』出版記念会
 11月23日(祝)飯田有子さんハートランドライブ
 11月25日(土)豈20年/摂津幸彦『俳句幻景』刊行を語り合う会
 11月25日(土)ポエジー21合同批評会
 11月26日(日)松井茂ライブイベント
 11月27日(火)石井辰彦「現代詩としての短歌」ミニシンポ第二回

てなとこですな。

◇昨日見た映画
*「タイタス」

ああーーーーーーーーしょうもなあ。
このごろだめですねわたしは。これはCMでもやってるシェイクスピア劇。最初の
ローマ兵がずちゃずちゃ歩くところを東京で予告編みて気に入ったのでみてみたが
開巻まもなく、先帝が死んで次のローマ皇帝をえらぶところでオープンカーとかの
ってくるのね。選挙演説にはマイクスタンドがあって、そこにあざやかにSPQR
の文字飾り。ああそういう映画だったの、よくある解釈劇ね。ひたすらローマ兵が
ずちゃずちゃ闘う映画かと思った私が馬鹿でしたわ。えーとなんか悪役の美女のは
ずのゴート人の皇女というのがなんか全くきれいじゃないのに、新皇帝が惚れまく
るってのは説得力ないなあ。えーとランク的にはバーホーベンの「ショーガール」
と同じくらいしょうもなかったですね。愛と同じくらい孤独。

◇読み終えた本
*清水アリカ「天国」
 うーん。人にはまったくすすめない。
*島田雅彦「夢使い」
 これもまったく人にはすすめない。あんまり退屈なので1年くらい読むのにかかって
しまった。ゲームだと中盤あたりからバランスとかボタンの降り割りとかに文句をいわ
なくなってからはおもしろくなったりするんだが、小説はだめですね。みんなほんとに
満足して読んでるのかなあ。読まないで捨ててない? 小説の本。うーん。

◇江國凛さんの「東京日記」をはじめて読んだ。
http://www08.u-page.so-net.ne.jp/tf6/rumichan/paradise_Tokyo.htm
である。
 最後の熱っぽい東京への実感ある憧憬がいい。
 佐佐木幸綱の授業って短歌作って批評しあうのか。
 田中啓子さんには無理な授業だな(^_^;)。
 江國さんが「東京」という都市を思うように、20歳前後の私は、「短歌・詩歌」の
世界を思っていたのではないだろうか。やたら振り返る気もないんだけれど、でもなん
か楽しかったなあ、80年代って。若さだけかねえ、そういうのは。あとユースホステ
ルという単語も久しぶりに聞いた。

◇あと某「ショールーム」にかばん連作歌会の作品をアップ。

◇ユリイカの古い号、90年2月号の、「90年代カルチュアマップ」を読む。
風間賢二の海外文学紹介がいまだにおもしろい。
加藤典洋は「アメリカの影」をいったけど、現代短歌のある部分に「北米文学コンプレ
ックス」を見るのは、ある程度可能なのではないか。これを北米文学とやってしまうの
は無茶だけれど、枡野浩一にはどことなく初期ポールオースターのような無名性プラス
人格性(枡野短歌には自然詠がない)とか、「バスハウス」の石井辰彦にもアメリカが
産んだゲイ文学に圧縮された、ベトナム戦争以降の北米文学の身体感があるのではない
か。それはそれとして、80年代に猛威をふるった短編作家達ーが短編では食えないた
めに大学の作家要請コースの教師になるーその生徒のなかからめぼしい「若者作家」が
商売になるというので出版社から本が出るーでもそういった若者作家には「セックスと
ドラッグに満ちた青春の苦悩」しかないから、二作目以降が確実に色褪せるーという記
述には「短歌」も「俳句」も文化基盤としてない国での、ミニマルな文学のありかた、
を考えさせてくれる。そのあとのマキシマリストたちの作品は、90年代にかなりの数
が訳されることになる。

◇マキシマリストたちの著作。

ジョン・バース『タイドウォーター・テール』(87年)
ウィリアム・ギャディス『カーペンターズ・ゴシック』(85年)
ロバート・クーヴァー『ジェラルドのパーティー』(85年)
ギルバード・ソレンティーノ『オッドナンバー』(88年)
ドン・デリーロ『ライブラ』(88年)
ジョーゼフ・ヘラー『ピクチャー ジス』(88年)
イエールジ・コジンスキー『ザハーミット69th オブ ストリート』(86年)
イシュメル・リード『レックレスエヴリシング』(86年)
クラレンス・メイジャー『マイエンプティオン』(86年)
トム・ロビンズ『香水ジルバ』(84年)
ジョーゼフ・マッエルロイ『ウーマン アンド マン』(87年)

とかがざらざらと紹介される。さらにコラゲッサン・ボイルとかスティーブン・ミルハ
ウザーとかを「ニューリアリスト」として紹介して、ピンチョンスクールのエリクソン
とかを紹介。ああ本がいっぱい。私の頭の中では単に図式的に、

トマス・ピンチョン=塚本邦雄
ジョン・バース=岡井隆
ドナルド・バーセルミ=寺山修司

という感じなんだけどどうだろう?

あとはマンガは米澤さんとかなんだけどどれもいまいちですな。ちなみにこのときの編集長は、
歌田明弘さん。詩の投稿欄は大岡信さんで、田中宏輔さんの詩がとられてます。このころのこと
を先日読んだ「国文学」の谷川・高橋との座談会で、「いま詩の投稿欄の選をしてるが二人ばか
りいいのがいる」とか書いてたんですが、これって一人は田中宏輔さんかな?

◇満月さんこと入江一月さんが、岡田幸生句集「無伴奏」について、わりと長めに感想を
書いています。
http://www.on.rim.or.jp/~f_irie/cgi-bin/diary/history.cgi

「文体やもののとらえかたにはやや放哉の影響を多く感じるが、その内部ではた
とえば一碧楼のキッチュなものの見え方からアクやばりばり押してくるエネルギ
ーを抜き軽いパステルカラーに仕上げたかの感触がある。」
                      −入江一月さん−

「一碧楼のー」以下の文章には、入江さんでなければ書けないもののような気がしますね。
0:31 00/12/01


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