王の村−ツアールスコエ・セロー
正岡 豊
1) 王の村
雨の樹に雨より寒いものが降りしずかに匂いくるナフタリン
体験はどこにのこるか ブラウンの革靴に秋の雨が染み込む
十月の森ははだかになる場所じゃないから子熊のようにしゃがもう
曲がるとき置き忘れたるやさしさか 秋の色したまつぼっくりだ
わがままをしてばかりいるからなのかまた靴下の先がやぶれて
扇風機をしまって炬燵を出すまでのわずかなときだシャツを洗おう
からすうりからすうりあの遠足で素焼きにつけたかのうわぐすり
山はやさしい森はかなしい人里は時雨て小学生の木琴
「とどろける地獄の空」と秋櫻子詠みたるゆえか声も濡れいて
江川卓は
アンナ・アフマートヴァの
「鎮魂歌」を訳すとき
「ツアールスコエ・セロー」の地名に
やさしく
「王の村」という字をあてた。
ツアールスコエ・セローはおそらく永遠の夏か 若きアフマートヴァに
シベリア鉄道 秋の色濃き木々のなかときにシマリスは迷い込まずや
2) 秋の光と110カメラ
「フローティング・オペラ」寂しも まっすぐに奈良小道来る人力車夫が
ブラウザになかなか表示されえざる一枚の秋 風の食パン
ああ、ひるの食パン小道 マフラーをこの秋はじめて巻いて候
うつくしく絵本をひらく人がいた十一月がそこまで来てた
「女子カメラ」最新号を買ってきてあげたのに読んでる北杜夫
プレートランチなんていうけど窓の外坊主が怒りながら通った
小指を
切ったの
そう、ここんとこ
ちがうって
もっとさき
出たわよ
ハンカチ真っ赤になったんだから
ねえ
ほんとに
血が全然とまんなかったら
どうしたらいい?
オルゴールみたいに白くておっかない大王埼灯台を見にゆかないか
ひょろひょろのクロワッサンの切れ端をきみのかわりにベンチに置いた
猫のくせに! メールに絵文字まで入れて! 猫のくせに! 猫のくせに!
トイカメラだけがカメラじゃないけれどプリント粗き大映映画
いつまでもそのひと死なないねえといいきみはヨシモトの写真を敲く
(そうだねえ
中井英夫も
塚本邦雄も
テラヤマもカスガイも
みんな死んだのにねえ
冬の椿が燃えるようにあかくってさ
おれはそのとき
箸の使い方も忘れてさ
きょとんと茶碗の前で
ほうけているんだろうかねえ
コーヒーとシフォンケーキが
370円と今日はお得です
二人より一人よ
え?
なんでもないわ)
かけられたゆれる魚板が僕たちで秋のひかりと110カメラ
2007/10/30