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日立女子バレーボールの歴史
(1967〜1993年、日本リーグ)

隙間があって見辛い点が多々ありますがご容赦ください

年度 回数 日立順位 優勝チーム 勝敗 ベスト6 備考
1967 1 優勝
(1)
日立武蔵 8勝2敗 高山鈴江 -
1968 2 優勝
(2)
日立武蔵 9勝1敗 高山鈴江、宍倉邦枝、生沼スミエ、福中佐知子 メキソコ五輪銀
1969 3 4位 ユニチカ
貝塚
5勝5敗 - -
1970 4 2位 ユニチカ
貝塚
8勝2敗 生沼スミエ、白井貴子(倉紡倉敷、後日立へ移籍) -
1971 5 3位 ユニチカ
貝塚
6勝4敗 生沼スミエ -
1972 6 2位 ヤシカ 8勝2敗 加藤きよみ、岡本真理子 ミュンヘン五輪銀
1973 7 優勝
(3)
日立武蔵 10勝0敗 岡本真理子、加藤きよみ、松田紀子、白井貴子、会田きよ子 -
1974 8 優勝
(4)
日立武蔵 9勝1敗 岡本真理子、加藤きよみ、松田紀子、白井貴子 世界選手権優勝
1975 9 優勝
(5)
日立 10勝0敗 矢野広美、白井貴子、会田きよ子、松田紀子、加藤きよみ -
1976 10 優勝
(6)
日立 10勝0敗 矢野広美、前田智恵子、会田きよ子、金坂克子、高柳晶子(新人王:江上由美) モントリオール五輪「金」
1977 11 優勝
(7)
日立 10勝0敗 矢野広美、吉田真理子、江上由美、高柳晶子 W杯金
1978 12 2位 カネボウ 7勝3敗 江上由美 -
1979 13 4位 ユニチカ 3勝7敗 江上由美(新人王:吉川良子) -
1980 14 3位 ユニチカ 11勝3敗 江上由美(新人王:杉山加代子) モスクワ五輪不参加
1981 15 優勝
(8)
日立 21勝0敗 江上由美、杉山加代子、三屋裕子(新人王:中田久美) -
1982 16 優勝
(9)
日立 21勝0敗 江上由美、杉山加代子、三屋裕子、中田久美、森田喜美枝、小高笑子 -
1983 17 優勝
(10)
日立 21勝0敗 江上由美、杉山加代子、三屋裕子、中田久美、森田喜美枝、小高笑子 日立中心でアジア予選「金」
(IN福岡)
1984 18 優勝
(11)
日立 21勝0敗 石田京子、杉山加代子、武内広子、中田久美、宮島恵子(新人王)、小高笑子 LA五輪3位
1985 19 優勝
(12)
日立 20勝1敗 杉山加代子、中田久美、小高笑子、武内広子 神戸ユニバ金
1986 20 優勝
(13)
日立 19勝2敗 杉山加代子、小高笑子、大林素子、高橋有紀子(新人王) -
1987 21 2位 日本電気 10勝4敗 大林素子 -
1988 22 優勝
(14)
日立 14勝3敗 大林素子、広紀江(新人王)、杉山加代子 ソウル五輪
1989 23 4位 イトー
ヨーカドー
6勝11敗 -(新人王:福田記代子) -
1990 24 優勝
(15)
日立 15勝2敗 大林素子、吉原知子、中田久美、福田記代子 -
1991 25 優勝
(16)
日立 19勝1敗 大林素子、吉原知子、中田久美(新人王:多治見麻子) -
1992 26 優勝
(17)
日立 18勝2敗 大林素子、多治見麻子、福田記代子 バルセロナ五輪
1993 27 優勝
(18)
日立 19勝1敗 大林素子、多治見麻子、福田記代子、吉原知子 -


日立女子バレー小史(2002/08/20更新)

区分け 内容 日本代表
第1期黄金時代 創部5年目で国内タイトル独占
昭和41年の日本リーグでニチボー(ユニチカ)の258連勝にヤシカがストップを掛け、その後、日立武蔵がニチボーにストレート勝ちし、日立時代幕開け

昭和43年度;都市対抗(小平市代表)、NHK杯、皇后杯、日本リーグ
第5回世界選手権(日本;東京)
芳賀栄子、生沼スミエ、高山鈴江、宍倉邦江
第2期黄金時代 世界初の三冠達成
昭和44年;NHK杯優勝
昭和46年;皇后杯優勝
昭和47年;都市対抗(小平市)優勝
昭和48年にクラボウより白井が移籍し、第2期黄金時代到来
昭和48年;都市対抗、皇后杯、第7回日本リーグ優勝
昭和49年世界選手権優勝、昭和51年モントリオール五輪優勝、昭和52年ワールドカップ優勝。世界初の三冠達成!
昭和47年〜54年:都市対抗8連覇
昭和48年〜:皇后杯5連覇
昭和48年〜:日本リーグ5連覇
第7回世界選手権(メキシコ);優勝
山田監督、岡本真理子、会田きよ子、白井貴子、金坂克子、荒木田裕子、矢野広美、松田紀子
モントリオール五輪;優勝
上記メンバーに吉田真理子、高柳昌子を加える
第2回ワールドカップ(東京);優勝
上記メンバーに江上由美を加え総勢10名
第3期黄金時代 ロサンゼルス五輪出場権獲得
昭和52年の日本リーグを最後に白井、松田などの主力が引退し戦力ダウン。
昭和53年;都市対抗優勝
昭和56年に名門日立復活!江上由美主将を中心に森田貴美枝、杉山加代子、三屋裕子、小高笑子、中田久美の平均身長176cmの大型チームに生まれ変わる。
この年の世界選手権(ペルー)で中国の初優勝、ペルー、米国についで4位となり、初のメダル無しとなる・・・・。小島監督から再び山田監督へ代表監督が替わる
第16回日本リーグでは21戦全勝、63セット無失セットの快挙
第8回世界選手権(ソ連);準優勝
山田監督、矢野広美、吉田真理子、高柳昌子、江上由美、金子佐知子、川原千鶴
第3回アジア選手権兼五輪出場代表戦(福岡);優勝
江上由美、森田貴美枝、杉山加代子、三屋裕子、小高笑子、中田久美、石田京子、利部陽子、武内広子の9名




日本リーグ戦積(時代の流れが分かりますね〜)

年度 回数 優勝 準優勝 3位 4位 5位 6位 7位 8位
1967 1 日立武蔵 ヤシカ ニチボー
貝塚
全鐘紡 東洋紡
守口
林兼産業 - -
1968 2 日立武蔵 ヤシカ ニチボー
貝塚
全鐘紡 東洋紡
守口
倉紡倉敷 - -
1969 3 ユニチカ
貝塚
ヤシカ 東洋紡
守口
日立武蔵 倉紡倉敷 全鐘紡 - -
1970 4 ユニチカ
貝塚
日立武蔵 ヤシカ 東洋紡
守口
倉紡倉敷 全鐘紡 - -
1971 5 ユニチカ
貝塚
ヤシカ 日立武蔵 東洋紡
守口
倉紡倉敷 全鐘紡 - -
1972 6 ヤシカ 日立武蔵 ユニチカ
貝塚
三洋電機 鐘紡 東洋紡
守口
- -
1973 7 日立武蔵 鐘紡 ヤシカ 三洋電機 富士
フィルム
ユニチカ
貝塚
- -
1974 8 日立武蔵 鐘紡 ヤシカ 富士
フィルム
ユニチカ
貝塚
三洋電機
群馬
- -
1975 9 日立 ユニチカ
貝塚
三洋電機
群馬
ヤシカ 鐘紡 富士
フィルム
- -
1976 10 日立 ユニチカ
貝塚
三洋電機
群馬
鐘紡 ヤシカ 富士
フィルム
- -
1977 11 日立 ユニチカ カネボウ 東洋紡
守口
富士
フィルム
三洋電機 - -
1978 12 カネボウ 日立 ユニチカ 東洋紡
守口
富士
フィルム
三洋電機 - -
1979 13 ユニチカ カネボウ 日本電気 日立 富士
フィルム
東洋紡 - -
1980 14 ユニチカ 東洋紡 日立 日本電気 富士
フィルム
カネボウ 三洋電機 日立茂原
1981 15 日立 ユニチカ 東洋紡 カネボウ 日本電気 久光製薬
(鳥栖)
富士フィルム 電電神戸
1982 16 日立 ユニチカ 東洋紡 イトー
ヨーカドー
カネボウ 日本電気 日立茂原 久光製薬
1983 17 日立 東洋紡 イトー
ヨーカドー
ユニチカ カネボウ 日本電気 電電近畿
神戸
三洋電機
1984 18 日立 東洋紡 日本電気 イトー
ヨーカドー
ユニチカ カネボウ 富士
フィルム
久光製薬
1985 19 日立 ダイエー 日本電気 イトー
ヨーカドー
カネボウ ユニチカ 東洋紡 富士
フィルム
1986 20 日立 日本電気 ダイエー ユニチカ イトー
ヨーカドー
日本電装 カネボウ 東洋紡
1987 21 日本電気 日立 イトー
ヨーカドー
ダイエー ユニチカ 日本電装 カネボウ 久光製薬
1988 22 日立 ユニチカ イトー
ヨーカドー
日本電気 ダイエー 東芝 日本電装 カネボウ
1989 23 イトー
ヨーカドー
ユニチカ 日本電気 日立 ダイエー 東芝 東洋紡 富士
フィルム
1990 24 日立 イトー
ヨーカドー
日本電気 ユニチカ 小田急 ダイエー 東芝 東洋紡
1991 25 日立 イトー
ヨーカドー
ダイエー ユニチカ 小田急 久光製薬 日本電気 東芝
1992 26 日立 ユニチカ イトー
ヨーカドー
NEC ダイエー 小田急 東洋紡 久光製薬
1993 27 日立 ダイエー イトー
ヨーカドー
NEC 小田急 ユニチカ NEC関西 東洋紡

*2000年時点では・・・・
ヤシカ→NEC(チーム毎移籍、当時日本電気)、東芝→シーガルズ、ダイエー→オレンジアタッカーズ→久光製薬(久光製薬鳥栖とは別)
ユニチカ→東レ、日立茂原→茂原アルカス、日本電装→デンソー
電電神戸→NTT西日本