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ホークス応援ページ(その1)

 飛翔鷹

ホークスがあるけん博多たい!                タカのつばさ
 1999年9月25日、創立11年目の春到来。飲み会の席でも、会話でも馬鹿にされ続けてきたが、やっと見返す日が来た。7回裏攻撃時は福岡ドームと同じように「ベランダ」からジェット風船。小久保の同点本塁打で騒ぎ、井口の逆転本塁打で馬鹿騒ぎし、ペドラザが三振に取ったときは部屋でメガフォン投げ捨て大騒ぎ。これ以降の記憶がよく残っていない・・・周り曰く、よく騒いでいたとか・・・、よく飲んでいたとか。たしかに部屋に缶ビール3缶、缶チューハイが3缶寝転がっていた・・・。
 優勝してから外に祝勝会と題して飲みに出たが、色々な人を携帯で呼び出したとか・・・よく覚えていない・・・許して・・・人生初のことだもの。
隣人、上の階のみなさま、周辺住民各位、申し訳ありませんでした・・・。でも阪神優勝の時に比べれば静かでしょう。あのときはグループで騒いでいたけど、今回は一人ですから・・・。



  2000年5月21日

 福岡ドームセンター後方に掲げられている「Nippon Chamipons」フラッグ。これを取るために一年間12球団の選手は頑張っているんだな〜っと思いながらもこれが関門海峡渡ったのは42年ぶりか〜っと感慨深げ。
試合は0-4で大阪近鉄、高村の前に完封負け。前日のアビのゲームも0-3で負けていたので、今回の里帰りは「0」点。
←開設間もないときに撮影した福岡ドーム



  1989年4月15日

 ついにこのときが来た。福岡をホームとする球団がなくなって10年目。大阪からやってきた元宿敵ホークスと昔の主であったライオンズ(西武)が対戦。ホークスのエース山内孝徳の気迫の投球で2−1で西武を破り地元初勝利。この時、鷹が平和台を舞った。この試合は、後にも先にも最高の試合と今でも語り草である。この時の西武の先発は工藤。11年後に彼がホークス初優勝に貢献するとは誰が予想しただろうか? アップショー、バナザード、山本和、佐々木、岸川・・・いや〜荒武者ですな〜。