広沢寺(弁天岩)もとううやっぱり立入禁止か!(駐車で地主がクレーム)00/12/23
この前、久方ぶりに広沢寺の弁天岩に行って来た。平日だったのでスキスキだと思ったのにどうした訳か、おじさんおばさんの大群がゲレンデに取り付いていてそれはにぎやかだった。ここの岩場にはもう25年以上お世話になっていて、頻繁な時期には泊まり込み1ヶ月連続なんてこともあったから僕のクライミングの基礎を養った貴重な場所だ。なぜか捨てられた鶏が住んでいてこいつが結構癖が悪いヤツで糞を気に入らない奴には掛けまくっていた。こいつにきらわれずにここで生活するのはなかなか苦難だった。そんなに通い詰めたのになぜかこの年になってもクライミングは下手くそで、勝手に原因を身体的理由(短足)として周囲には押し切っている。
当初は岩場の真ん中上部に大きな松の木が青々と茂っていて、その根っこから派生した小松がちょうど中央に生えていた。それ以外にも何本か灌木があってビレイはそれらの木々にシュウリンゲテープを掛けて行っていたからほとんどハーケンもボルトもなかった。暫くして細い灌木が一本枯れ、もう一本枯れ、小松が枯れ、それに反比例してボルトの数が増えていった。それから暫くしてあまりこの岩場には行かなくなった。それでもあの松の大木までも枯れるとは考えていなかった。梢の葉っぱに勢いが無くなり、黄色に変色し、それが全体に行き渡り、やがて葉っぱなんて無くなり、枯れ木になっていく。枯れ木の状態でそれでも何年か持っていたがやがて朽ちて幹は落下し、それから5年後には根っ子の部分も腐って無くなり、根っ子でも保持されていた岩は空間となって岩を剥離させ、つい最近大きく剥がれてとうとう昔ここに大きな松の木があった痕跡を二十数年の期間を掛けて取り去っていった。灌木が枯れたのは当然ながらシュウリンゲテープの圧迫に樹勢が負けた事によるから当然、僕には大きな責任がある。
人混みの間を縫うように3級のルートから4級ルート、前傾壁、対岸の岩場、ナバロンも手だけは付けた。ロープを付けて登攀するのは本当に久しぶりだったが、トップロープ、クライミングシューズとなるとその登りは丹沢の沢の滝を一人で登るのとは全く異質なクライミングとなる。落ちるまで登ってもかまわない状況と絶対に落ちたらいけない事の差がそこにある。技術的なものと精神面では前者と後者では比較にならないほどのギャップがが生じる。人一人とて入ってこない場所での3級のクライミングとウォールのクライミングを比較すること自体が間違っているのだろう。動作は似ているが全く違うスポーツと言うべきか。
過去、この広沢寺の岩場(弁天岩)は昔から地主さんとクライマーの間でごちゃごちゃとした動きがあって、そのたび毎に有志が地主さんと話し合いをし、木を荒らさない、火を使わない、ゴミを持ち帰る、車は止めない等と保全に努めてきたと聞いている。そんなこの岩場でまた騒動勃発らしい。先週始めにぎっくり腰を再発し、今週は山に行けそうもない。バスに乗って、秦野の山岳SCに行ったら神奈川岳連が地主さんと本日話し合いに行っているとのこと。やれやれまた広沢寺もクライミング禁止か。騒動の原因はまたしてもクライマーらしい。なんでも岩場の脇に止める車によって林道の通行が阻害され他の山主から能条さんの所にクレームが集まっているらしい。「岩場にくる車の性で山仕事が出来ない。何とかしてくれ」
それにしても、広沢寺のバス停には大きな駐車場があっても満杯に成っているのを春と秋のお中日以外に見たことがない。またお釜弁財天の少し上にも駐車場所があって10台くらいは止められる。そこから歩いてせいぜい5分ぐらいの距離だ。
本来、この林道は山林関係者以外進入禁止(奥に厚木市のキャンプ場があるのでその利用者はOKらしい)で一般車の通行は出来ないことになっている。車止めの柵を厳密に運用して対応していた時期もあったが、やがて柵は撤去されたままになった。またここに車に止めないで下さいと書かれた立て看板もあって、茅ヶ崎山岳会の人たちが止まっている車の持ち主に移動させるよう指導もしていたが昨今はどうなったか知らない。だから駐車場がないとか知らなかったとの言い訳は残念ながら通用しない。
この広沢寺ではかってボルト撤去、ホールド剥がし、人工ホールド設置、灌木撤去、ゴミ、焚き火など日本の郊外ゲレンデで起こった事件は一通り起きているし、何れも誰が何をしたのか有る程度は知っているつもりだ。それでも地主とはずっとなんとか悪くならない関係を続いていたのかななんて思っていたので閉鎖と聞いてビックリはした。でも客観的に考えたら閉鎖に至る要素は確実にあり、一握りのクライマーにはその認識はあったにしても大半の利用者にはその認識がないこと、訪れる不特定多数のクライマーを前に一体誰を交渉相手にしたら実効有る話し合いが出来るのか、交渉相手にしたらよいのかわからないような地主の不安から不満が膨張してしまったということか。有志がこの場所をきれいに保全しようとしていることも知ってはいる。でも訪れる数からいっても有志だけでは管理状態を保つことは難しい。ボルダラーからアイゼンワークまでの幅広いエリアの山愛好家を一くくりに統制するなんてことは、無統制な山岳界において不可能に近いし、愛好家の善意に頼るにはかならずしも協力的でないわずかの人々の存在は善意を打つ砕くにあまりある。それは過去の事件の繰り返しで実証済みである。
もう私にとってはこのゲレンデの存在価値は昔の思い出の場所でしかなく、閉鎖しようが有料化しようがどうでもよい。自分の指向がクライミングからは離れてしまったことをただ空虚に感じる。多分、この問題はクライマー側の自主保全活動をしっかり行うという誓約書で利用は地主が折れて、またいつかそればないがしろになっていくと言うことの繰り返しなんだろうなとも思う。繰り返される進歩無き前進。まさに構造的な体質の悪さがクライマミングを楽しむ人たちの間にも蔓延しているという事だ。決して政経分野のトップを攻めるだけの話ではなく自分たち自身の課題なんだろう。そして、そのような問題に積極的に加わるという意志もない私自身のクライミング精神への変化。一部には逃げているともいわれるかな。「自分が使っているときはめいっぱい使っていながら、いざ問題が発生すれば知らん顔で無責任」そんな批判が有れば甘受しよう。でもね本当に使いたいと思っている人が使うための活動するのがその時その時の処置とは言え一番良い方向性が打ち出せるんだとも思う。おいらはせめてそんな活動する人の足を引っ張らないように何もしない。【ずるいマシラ】
この前、テレビで両神山の登山道閉鎖の件を話題にしていた。また今月(12月)の岳人誌によると鳳来湖の岩場でも駐車方法をめぐって一悶着あってクライミングが事実上禁止されてしまったという。クライミングはまだまだ認知されていない遊びということを雑誌の記事で再認識してしまった。少しは悲しい、でも認知されていないから権威とか規程とかに縛られることもなく自己の責任範囲と他の人の権利を侵さない範囲で何でも出来て面白いとも言える。