
さてと
仕事の区切りなんてついたこと久しくないけど、いい加減ウンザリした。
そんな時は山に行けばいい。モヤモヤ・イライラが少しは晴れるかも知れない。少なくとも気分転換にはなるだろう。
土山峠で降りた登山者が宮ヶ瀬尾根方向に入っていくのを遠目に見ながら、坂を登り切ってマシラ外の乗客は無しのバスは軽やかに低くたれ込めた雲を切り分けるかのごとくに湖畔道路を進む。梅雨に入り田植えの季節で農業用の放流量は増えるのに雨は降らず、湖面には旧道が所々顔を出し、満水よりは10m近く水位は低い。
三叉路でバスを降り、中津川沿いの札掛への県道を歩く。上空は一面の雲だけれども、鍋嵐の山頂も時折はのぞいて見え、おそらく天気は大丈夫。
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二十女沢にかかるコンクリ橋(右岸林道から望む)
ヘアピンカーブを曲がりきったところにある”平成の森”入り口のスペースは柵で塞がれ、車が止められないようになっていた。道路の反対側の橋への入り口は草深く、踏み跡は不鮮明であり、車が止められないことにより、この付近に最中釣りや散策で立ち入る人も少なくなっているのでは無いだろうかと想像する。
橋の上に立って、下の中津川を見れば普段は満々の湖面のはずが一面の砂に満たされている。おそらく本来の谷底からは10m位は砂が堆積している。もしも砂が無ければ見えるはずの滝の沢F1のナメスラブの滝も砂深く埋もれている。過去5000年の生活をつないできた山村の集団移転までしてせっかくダムを作っても、脆弱な岩は風雨に削れて流れて積もりダムを埋めていく。堆積物除去再生のメカニズムも当然ダムは備えているんだろうが、浚渫の予定に当面無いらしいので、F1も、しばらく(数年〜数十年)は見る事の出来ない幻の滝の一つになってしまったと言えるだろう。
県道横の橋を渡り、新しい車の轍がくっきり残る二十女沢方面に進む。二十女沢にかかる橋を渡ったら沢の右岸の舗装された林道を終点まで行く。
そのつもりだったが、橋の手前に『山の手入れをしています』という表示があり、看板の奥に作業道が潜んでいるのが見えた。鍋嵐への尾根に乗る新しい仕事道が整備されたんだろうか。そう想定して、ちょっと偵察に入る。直ぐに右手方向(尾根のある方向)に登って行くかと思うと、さにあらず道は二十女沢の流れを20m程下に望みながら険しい左岸をかぼそくつないで水平に進んで行く。ひょっとしたら、今日はこのまま進んでいけば目的地に入れるかもしれない。そう思う頃に尾根に向かう道と下の河原に降っていく道に分かれる。(道につけられたラベルテープNo385)
たぶん、沢へおりた地点で仕事道は終わるだろう。そこからは流れ沿いに進むことになるが、そうすると今の時期、このあたりで蛭の大群が待ちかまえているはずだ。現在履いている980円の靴は意外に丈夫で穴はあいていないが、靴下はボロボロで穴だらけだし、丹沢三峰入り口の階段を登った先の登山カードポストに備え付けの蛭避けスプレーもカラカラのカラだったので防護策と言ったら素早く歩くこと以外にない。しかし、沢の中の不規則な岩や石の部分を駆けて歩くのは難しい。ヌタヌタとした湿地に足を取られるのは目に見えている。まだ林道終点までの距離で言えば二割も歩いていないだろう。それならば戻って林道を歩いた方が時間も蛭も見通しが立てやすい。だから戻ることにした。
この仕事道は、ほんの一時の作業の為に安普請に造作されている。急斜面だが手すりもステップも最少にとどめている。おそらく大雨が降れば跡形無く流れて消え去る作りだと思う。プロの仕事用だから、これで十分。
コンクリ舗装の林道から反対側斜面に延びる先ほどの仕事道のその先を探る。すぐに引き返した地点が分かった。しかし思いの外に、その道は引き返した地点からも川沿いに続いていて、少なくともP766m下に広がる杉の斜面までは間違いなく伸びていた。
そうと分かっていれば、あのまま進んで行くのだったのに。でも気がついたのが林道も中盤過ぎ迄進んでからでは後の祭りというものだ。また別の機会がある時まで、その仕事道が残っていることは期待しておこう。
林道終点の100m程の杉の林の斜面から二十女沢に降りる。足元が少し不安定だった。もう50m程手前からなら、ちゃんとした踏み跡が続いていたようだが、どこを歩いたら危険とかは無い地形だから、どうでもいい。
支流 簾滝8m 若葉を分けて涼やかに水が降る
さて二十女沢
今日は本流ではなく支流のオオユラノ沢を歩く。目的は中流域あたりにあるはずの柱状節理の岩(8〜10m涸棚)を見るためだ。その滝は過去に二回見た。丹沢では珍しい柱状の節理が上空に綺麗に延びて立っていて、水の流れはないが、印象に残る滝なので、もう一度見てみたいと思ったのだ。今日の二十女沢はそのためのアプローチであり、さっさと済まさねばならない。沢沿いに踏み跡が延び、昨日か一昨日あたり何人か釣り師が入ったんだろうと思われる。
とは言え、夏葉樹の葉の間から差し込む光の淡く照らされる石の上に這える苔の緑の青さと水の流れの鮮やかな沢の流れは、落ち着いた気分での散策をしなさいとマシラに言ってくるのだ。当然ながら、その気分に逆らうつもりもない。
沢に降り立ち、直ぐに小滝と浅い釜が待ち、右に小沢が別れる。本流は右岸から覆い被さる岩の下を岩床の細い瀞が続く。まずは右手の小沢に入り、20m先の簾滝を眺める。風に揺れる若葉を左右に分けるようにして細かい水が幾重にも別れて流れ落ちる涼しやかな滝はいつ見ても綺麗だと思う。
本流に戻る。
瀞は避けるつもりなら左岸10m上の砂地に踏み跡道が付いている。下の瀞も、深いときは胸を超えるが今日は腰以下だろう。以前には無かった虎ロープが20mに渡り遡行用に設けられている。今日は上の砂地道から瀞を見下ろしながら進む。もう一つ先の右岸から覆い被さる岩の壁で廊下状になった地形を通過すると二俣である(本流は右に折れ、20m先にCSの4m滝が見える。二俣を直進するのが入り口が倒木で藪っぽい今日の目的とするオオユナラノ沢だ)
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上流側から見た写真 右岸が覆い被さる岩というのが、この沢の特徴らしい(簾滝はこの写真の左奥)
オオユナラノ沢の特徴は、今までも二箇所で出てきた右岸からオーバーハングして覆い被さる塀のような岩の列だと思う。高さは5m程度だからたいしたことはない。長さも10〜30m程と小規模である。岩の種類は何だろうか。水に磨かれた沢床は真っ黒だが、よく見ると岩質は気泡を巻き込んだようにも思え、どちらかと言えば軽い質感だと思う。しかし、節理もなく一枚岩で作られ、傾斜の少ない床と一体となって沢の床と右岸を形成している。それが二俣以降もいくつもいくつも何回も繰り返し出てくる。
だから「あれっ〜 ここってさっきの所と一緒/イヤイヤ・さっきの所に戻っている。俺って沢の中でワンデリングしているゾ」なんて気分になるのだ。
もちろん、こんな地形だから、大きな滝は無い。瀞の始め、あるいは終わりに沢床が傾斜を持てばナメ滝に感じられることはあるかもしれないが、登るのが面倒なとこってのも全くない無い。一箇所の例外を除いて!
さて、この沢、傾斜度が無く、水も僅かしか流れていない割には思いの外に広い。水量が少ないのは周囲の標高が低く、沢の集まる前にゆったりとした傾斜の途中で地下に潜ってしまうからだろう。低い周囲の中を塹壕のような沢が平坦に進んでいく。もちろん塹壕の中からは周囲の様子が見て取れない。どの分岐も似たように見えて、どれが本来進むべき方向かも明確には分からない。もしも戦場で大規模な本物の塹壕群を掘ったらなら、分岐点付近には進行方向を示す暗号みたいなもの何らかの形で表記するだろうが、山の塹壕には、そんな識別符が記されているはずはない。
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オオユナラノ沢に至っても似たような右岸が被さる地形が繰り返される(上流側から見る)
今日の目的は柱状節理の岩棚を見ること。
一度・山稜から降ってきて出会ったので間違いなく存在するはずなのだが、それがどのあたりにあったのかなんていうことは、その時の正確な歩行跡を地形図にでも記入してないと分からないことだ。そしてマシラがそんな理知的な事をするはずがない。どだい今日も地図は持ってないのだ。
そんな状態だから登っていくとなると、分岐に遭遇する度に「右? or 左? どっち?」ってなる。何年も前の今となった脳みそ内部の感覚なんてあやふやもいいところだ。右も左もどっちもどっち、小窪に入り、ここではないだろうかと疑心暗鬼に辺りを探り、もうイイヤと惰性のままに、それでも暗中模索を繰り返す。何て書くと偉い苦労をしているようだけど、ここは丹沢の小さな沢さ。歩き回るなんて言ったってたかが知れている。分岐に入って500mも進んでから引き返す何てことはなく、せいぜい200mも入った地点で「ここは違うような気がする」と言っては反対側の分岐に入るのを三回くらい繰り返しただけさ。しかし、特徴の少ない隘路のような地形って、見通しも勘も利かずに本当にどっちに進むのか迷うな。もう、例の岩棚への登路は通り過ぎてしまったのかもしれない。そんな半場諦めたかかったときに、その岩棚に付いた。直前の分岐で右にしようか左にしようか「カミサマの言う通り」と指さして選択した結果が偶然良かったらしい。
下部に3m程の岩棚を備え、上段は高さ8〜10m程。柱のような岩が何本も束になり、空を目指すように立っている。それほど高くはないが、柱状がこれほどくっきりとした棚は丹沢では他に類を見ない。節理の間から草が生えているのと水の流れが無いのが珠にキズだが、贅沢は言わないことにする。格別に賞賛する必要もなく卑下することもなく、ただただマシラが見たかったというだけのちっぽけな岩棚だが、この岩棚を見たことのある人って、そう何十人もいないだろうね。そうだからこそ大きくホラを吹いての”美滝”と風潮できるのだ。
さて、この岩棚
もちろん見るだけで、登ろうなんて思っていなかった。しかし、岩棚に近づいて実際に岩に手を触れてみると、節理の上端がおおよそ40cm間隔位の平坦な手がかりを設けている事が分かる。是ならば急でも登れるだろう。しかし、節理の走った岩は剥げやすいことも事実だから用心しなければダメダ。そんなことも知っている。でも、それならば体重を掛ける前に手で確認すれば浮き石かどうかの判断が出来るはずだから何とかなるだろう。岩がいっそう脆くなりそうな上部3mは直登を避けて左の泥の斜面に逃げれば良い。大丈夫。そう考えて登り出す。しかし、この判断 間違っていた。大いに間違っていた。
8〜10m 柱状節理の涸棚 (写真中央やや左の岩がはげて) 人には言えないね!
傾斜はきついけど、想定したよりもずっと易しく6mは登った。そこから上は小さくハングして岩が脆そうだ。予定どおり左手方向に逃げるため左上の岩に手をやる。次に加重してみた。確かな感触があり「うん 大丈夫」とおもった。左足で乗り込み左手を縮めて胸の位置に持ってくる。その時、大丈夫であった岩がフワッと動いた。左足はスタンスの上だったが右足は、次のスタンスの上に乗っていなかった。右手は岩を掴んでいた。
「ヤバっ」
ぶら下がりなら、しっかりしているように見えたのだが、重心が上に移動したことにより、左手は岩を壁から引きはがす方向にベクトルが移動し、安定して見えた岩が剥離したのだった。左手はその岩を放し、べつのホールドを探るが掴めたのは空中の空気だけだった。
これでも左手が縮んでいる状態なら右手一本で堪えたに違いない。しかし臍辺りの高さでは岩にへばりつくには相当な力がいる。落ちると言うよりも岩壁から離されるという感じ、左手右足の引っかかるものを掴もうというむなしいあえぎに続いて、ふわっとした感触で体が岩を離れる。ふわっとした感触は最初だけだ。落ちる途中で二回くらい体が岩に触れるのを感じて、次の瞬間には岩床にドタッと倒れる。
「手は動くか」
「足は」
「もしも歩けなければどうしよう」
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隘路のような谷間を足を引きずりながら稜線に向かう 痛っ
右脇腹と右腰と太もも、それに右足の踵が痛いが、頭は打っていない。とりあえず立てたし、一・二・三と足踏みもできた。
大丈夫なはずが大丈夫でなく、なんとも不注意だったが、歩けるって事は落ちるバチは当たったかも知れないが、6mは落ちても大事にいたらないよう信心が守ってくれたとも考えられる。
山稜までは長かったのか短かったのか、詳しくは覚えていないが境界杭の打たれた山稜に着いたときはホットした。そこからは格段に歩きやすい道である。這いずる必要はないが、危ないところはないので時間の計算も成り立つ。直ぐに宮ヶ瀬尾根からの合流点に到着し、物見峠からの登山道へはいくらもかからないで合流する。一番楽に降るのなら物見隧道に降って唐沢林道を歩くことだが、距離が一番短い辺室山経由土山峠を下山する。
ホント!人の事は言えないぞ! ヤキの廻ったマシラ!山遊びもボチボチ年に合わせて方向性を変えろという山神様の警鐘と受け取るべきなのだろうかね。
前回の記録
写真集です お時間あればどうぞ
自宅6:45〜千頭橋(神奈中バス)7:07〜三叉路7:50〜平成の森8:20〜中津川の橋を渡る〜二十女沢の橋手前の作業道探索8:25_45〜旧村道土山高畑線(沢沿いの舗装道路)終点手前まで〜二十女沢に下降9:10〜支流の8m簾滝9:20_25〜二俣9:35〜直進するオオユラナラノ沢に入る〜あっちこっち覗きながら〜柱状節理の岩棚10:30_45〜鍋嵐と物見峠間の稜線着11:00〜物見峠付近で登山道に合流11:10〜辺室山11:25〜土山峠11:45_56バス〜及川〜自宅12:50頃 2007/07/08 梅雨に入り山の高いところには雲がかかっていたが、低い山ではそんなこととして気にするようなこともない山遊びに絶好の一日でした。
ところで辺室山までは一匹の蛭にも会いませんでした。いやいや、たくさんいたのかも知れませんが、スタスタ歩きにはついてこれなかったのでしょう。足を引きずり歩いていた辺室山で一匹だけ見つけましたが、それは彼の不幸の始まりだったと思います。
翌日に医者に診てもらったところ、踵の骨に異常なし。一週間位で痛みも和らぐでしょうとの事、三日間ほどタクシーで通勤することになった。ヤレヤレだ(後日談)
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