
陛下の誕生日の翌日は聖夜とおめでたい日が続く。
その二つを比べれば、クリスマスの勢いにはさすがの陛下もタジタジっていうのがマシラの実感で、実際23日は工場は通常稼働だし、残業も普通に行われているのに対し、24日は
「残業 冗談でしょう 今日は忙しいんです」
と若いも老い人もにべもない。
その聖夜と来れば真っ先に浮かぶのは「きよし この夜」の歌。
その歌として真っ先にマシラの頭に浮かぶのはサイモン&ガーファンクルのものだ。二人のコーラスに米兵苦戦の戦況を伝えるニュースキャスターの音声が徐々に強く重なっていく。
なんてのをイメージで重ねると、自ずと自身のお年が知れてしまうけど、昭和四十年代はベトナム戦争の真っ最中で反戦運動真っ盛りだった。それから四十数余年がたったが、米国とイラクにアフガニスタン、それにガザとイスラエルと、彼の時とは国は違えど同種の争いを繰り返していて、世の中は一歩前進どころか二歩三歩後退の余儀なくされる昨今、世の中もマシラは一体どこ向いて生きているんだろうと思う。
ふっ・・ましら どこ向いているって
そんな偉そうに言うなよ!
どこも向いてはいないだろう
ただ、流れに任せて漂っているだけだろうに
たいていのみんなはそうだよ
そして、なんか年末に向かって焦臭い。リーマンショック・そしてトヨタ・ショック等、遠い海で起こった津波が途方もない高さとなって押し寄せて来そうな予感があって、生産環境は年明けとともに大変動が確実だと言われている。
そんな中で、マシラがやっているのなんて塵の芥のその一部にもならないが、なにかしら対策が必要だっていうのと、年末恒例行事である各種活動の〆が重なり、稼働最終週はむちゃくちゃなスケジュール状態となってしまった。何しろ朝から晩まで一時間間隔で会議がずーっと続く。中には主催会議もあって事前の資料作成が必要なのに、そんな時間取れる暇無く、それどころかションベンしている時だって「マシラさん 次の会議が始まるよ」なんてせかされ、当日になっても全く手つかずの状態が続く。かといって会して決せず・議して実施せずなどと言い訳して無責任にズル休みすることもサラリーマンとしての義務からは出来ず、そうなればやるべきことは一つ。
夜が更けて帰ったその翌朝、空に星が燦々と輝く時間には会社に出かけて、会議資料を整理する。その合間に若い人からの申告書をチェックし、それが一回で済めばいいものを、あまりの出来の悪い文書に対して
「このバカヤロウ 俺は暇じゃねえんだよ お前の為の自己申告だろう。いつまでもつきあっている時間は無いんだ。あんたのの問題だろうが、俺の所に持って来るときは完成度上げて持ってきやがれ!」と叫びたい気持ちを抑えて、面談を何回も繰り返し直させるなんて作業も重なって、気がつけば、おいおい もう晦日じゃねえか。これじゃ今年の山納めもできやしない。その前に前回山歩きの記録整理がそもそも終わってないぞ、なんて焦っている。それでも暇よりは忙しい方がマシカナ。
世間では操業短縮とか派遣契約止めとかで騒がしいが、どういうわけか27日の休日初日は工場は稼働せざるを得なかった。世間が暇で困っている時期なのだから、ありがたいことではあるが、忙しいのだ。心が亡くす程に、他に考えることも出来ないくらいに忙しい。
翌28日、山に行こうと考えていたらユミコちゃんに
「年賀状仕上げる方が先でしょう」と山を止められた。それで朝早くから取りかかり、早く書き上げて済まそうとしたんだけど、一人一人に下手くそな字を100字づつ並べての書きこみ作業は思いの外に時間がかかり、全部を仕上げたときには一日が終わっていた。それでも、これで今年の主要な手間仕事は終わったのだ。
さあ、今年の山もボチボチ締めにかかろう。
「いざ 行こう」って叫ぶほどのことでもないけどさ。
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役場裏から眺める仏果山
役場前でバスを降りて、裏道に入り、煤ヶ谷一体が見渡せる通りにでる。路面には薄く霜が降り、靴底がツルツルとして不安定。遠くを見渡せば仏果山の展望鉄塔が分かるかのように青い空がくっきりとしている。三峰山には日が燦と降り注ぎ、この調子の天気ならば今はまだ寒いが、日だまりの沢の中に入ればきっとぬくぬくとしてくるだろう。
八太郎川林道を終点まで行き、そこでヒル防止塩のかごをチェックした後で、本流にかかった丸太橋を渡る。本流沿いに行く道は左に折れるが、直進すると、直ぐに県界尾根の道の入り口となる。その道を暫く行ってから沢に降りても良いのだが、今日は直ぐに大小屋沢を対岸に渡り、左岸の仕事道に入る。何カ所か道は砂に埋もれているが、道はずっと左岸に続いている。
暫くして広いい河原状の中央に、現状そのままで使える炭焼窯に着く。直径は4mはあろうかという大きなカマであり、天井までしっかりとしていて、このように状態の良い炭焼き窯は丹沢広しと言えど、そうそうは無いだろう。例えば八太郎川林道沿いの現役窯は、これよりはずっと小さなものばかりだ。
火入れ口から、蛇が棲むか魔物の棲み家でも覗き込むように何時でも逃げる出せる姿勢を保った状態で、中を恐る恐る覗き込む。炭の匂いが抜けきっていない窯には人以外のモノが立ち入るなんて無いのであるが、マシラは暗闇だいっきらいで闇の中は怖い気がする。
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枯れ葉をラッセルして進む仕事道
左岸の道はまだまだ続き、その道形を追っかけ進む。今秋に散った枯れ葉が降り積もり、場所によっては腰を越える深さとなる。進むのに抵抗のない軽い枯れ葉を左右に分けて進むのは新雪の中をラッセルしているようで、何とも気分がよい。
F1を過ぎたところで、大岩に記された黄色の矢印にしたがって右岸に道は移る。程なくして、大岩の積み重なるF2となる。滝下には降りたが、登ろうとすると水に濡れそうだったので、仕事道に戻ってパスする。それから杉の林の中に徐々に踏み跡は不鮮明になり、砂に埋もれそうな砂防堤を過ぎた先の、鹿柵が二重に重なる狭い草原のところの崩れた炭焼窯のあたりで道形を失った。おそらくこの付近から左岸の斜面を縫って登り、宝尾根に合する道があるはずなのだが、それがどこに存在するらしいが皆目検討もつかない。
そこから沢の中の歩きが本格化する。既に水の流れはほとんど無く、乾いた岩の積み重なるゴーロをウサギが跳んで跳ねるように前に進むことになる。このように大小屋の下流部分は平易な仕事道の歩みが続く。そして上流部分に入る。当然ながら上流部分といっても滝場での難しいところは無いのだ。それが冬の日だまり歩きには良いのだ。
それでも滝場はある。まずは緩い8mから始まり、中央を簡単に登る。左に緩く曲がって、右に曲がり返したところが次の滝だ。下の5mは簡単だが岩が剥げやすいので、浮き石を掴まないようにホールドを選んで登る。上の3mは急だが、流れの左のホールド豊富な部分が快適に登れる。上のホールドに手を掛けるところが少し遠く、その時だけ緊張する。
続くのは3m程の凹樋状だ。緩い傾斜の岩床を奥まで詰めたところで水に濡れないよう速やかに右側面の岩に移ると良いホールドがある。
続くのは小さなCS 高さは2mに満たない小滝。楽勝だろう。
しかし今日は手間取った。何が手間取ったかというと、枯れ葉にだ。
それは、この先の滝も全て同じだった。
枯れ葉の堆積は落下したときのクッションになるってことで、安心感が高まることもあるので、必ずしも弊害ばかりではないのだが、半端ない量の枯れ葉が岩床の窪みや滝の下の小釜を覆い隠している。これが思ったよりも面倒なのだ。
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枯れ葉で埋まった小滝群を枯れ葉をかき分け登るっていうのも良い気分だよ
左手から登ろうと、枯れ葉の上に一歩踏み出して、岩にもう少しで手を触れようとした際に、足がずぶずぶと沈みだし、アレヨアレヨと叫ぶ間もなく腰の深さまでに達する。覚悟して瀞の釜中に入るのならいざ知らず、はまったように罠に捉えられては良い気分がするはず無い。岩に大急ぎで取り付き、コンチクショと口の中で叫んで小滝を登りきる。
これが枯れ葉の攻撃の糸口だった。岩床の低い部分には一面に枯れ葉が詰まっている。沢の中だと歩ける場所は限られる。枯れ葉の下が平らか、水溜まりか、あるいは石っころが不規則不安定に並んだ状態なのかを上から眺め観察して察しをつけて進むが、なかなかどうして自分の思うとおりには事は進まず、何回もずぶずぶと水に没すことになる。予測通りに周囲に日が当たり、暖かいので濡れる事は厭いはしないが、枯れ葉の下に不規則に転がる石に足を取られるて転ぶのはかっこうわるい。だから、枯れ葉の中を足先で探って進むよな歩みとなると時間はかかる。でも、少なくとも万が一落下の場合のクッションにはなるので安全性は増すし、三峰界隈のこの時期だと、このような沢歩きも楽しみのうちだろうと思う。
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飛沫が枯れ葉に散って凍る
150m程進むと、沢は正面を大きな露岩に遮られ、左に曲がる。5m程のナメ滝を登ると、全くの岩床にいくつか小滝が重なる。枯れ葉の中を泳いでいるのか滝を登っているのか、区別不能な楽しい登りが暫く続く。小滝から飛んだ滴が冷気に晒され玉の氷となって枯れ葉にこびり付いて、その結晶が日に当たってキラキラ輝き、小冬の景色がそこら一面に漂う。こんな情景を一人楽しめるからこそ、冬の沢歩きは楽しく、だから止められないのだ。
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10mのスラブ滝も枯れ葉クッションをビレーヤーとして中央突破だよ
10m程の高さの緩い滝は正面から登る。次に左に涸棚状ルンゼを分かる。
小滝を三個ほど越えると10mのスラブ滝が待ちかまえている。下は大量の枯れ葉で埋まっている。下部は結構すべすべしているし、上部下端の岩のバンドに出るところは急だったが、正面から突破する。なにしろ下の枯れ葉が万が一にクッションになるってことが分かっていたので全く怖くは無かった。
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スラブ滝を落ち口から下を眺めると下一面全てが枯れ葉のクッションだ。でもダイレクトジャンプは止めといたほうがいいだろう。
もう二つほど小滝を越えて、奥の二俣に達する。分岐部には、古い窯跡の中央に這えた木に窯の残骸石が石塁の如くにまとわりついて立っていて、これは誰も見逃しはしない良い目印になっている。だが一体、この場所までの仕事道はどこをどのようにたどって来ているんだろうか。重たい荷物を背負って降ることを考えれば、まさか沢どうしでは無いだろうとは想像するが、では、それがどこかと問うと全く検討がつかないのだ。だれか、分かっている人がいたら具体的に教えて欲しい。
うん、、そんな暇ないから自分で探せって、、、わかったよ〜 そのうちに とやる気無し(納期設定無し)
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枯れ葉のルンゼ状ザレ地を100m登れば登山道だよ
本流は左俣だが、五〜六m程の涸棚の立つ右俣に入る。石塁まで登り、不安定な斜面を更に5m程登ってから、右にトラバースして落ち口上にでる。下からの見た目よりは易しかったが、小さな棚一つを巻くには手間がかかりすぎる巻き道である。
それからは、急なルンゼ状をひたすらに登る事になる。割に岩質が安定していて、ボロボロ剥がれないことと、急な部分が多いので岩の上に乗る不安定な砂が比較的少ないっていうのが幸いだ。所々に立ち止まって休めるテラス状が何カ所かあるのも、気分的には助かる。
右に左に窪地が別れるが、何れの場合でも右・右と選択して、そして最後の枯れ葉詰まるルンゼを50m程登って、石標32号の立つピークと石標34号の立つ南峰の中間の鞍部に立って、沢歩きが終わる。
背に午前の日を浴び南峰に立つ。山頂付近にはだれもいない。僅かに風が吹くほかには鳥のさえずりも聞こえない。他は晴れているのに逆光の大山には雲がかかる変な天気。
石標34号の脇には「この先は登山道ではありません」の新しい標識が立つ。努々このような標識を無視することが生じないように努めなければならないのだが、まことに申し訳ないが、なぜか無視してしまいたくなるマシラのような天の邪鬼が世の中には多いらしく、看板を立てる人の気苦労のネタが作ることはないだろう。ゴメンナサイとコウベを垂れるよりない。
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冬の日が暖かい唐沢峠の東屋
不動尻方面の登山道に入り、道が下に降り出す部分からは尾根通りに唐沢峠に向かう。このコース/途中二ヶ所程石尊沢に誤って下降しそうな分岐尾根がある。一ヶ所はロープで入り口を塞いであるので間違いないだろう。もう一ヶ所はテープの目印に順えば良いのだが、何れも間違い側の方がゆったりとして本道に見えてしまうので注意が必要だ。万が一間違って下降すると何れも急斜面が待ちかまえている (と言うことを知っているということは間違った、或いは任意に入り込んだことがあるということだよ)
唐沢峠から大山方向に少し進んで、進入防止にもなっている登山標識まで進む。三峰界隈では登山標識の立つ部分は何らかの脇道があることの印でもある。近いうちにここも警告標識が立つなんて事もあり得ることかも知れぬ。自分がその原因を作らないように努めようとはおもう。そのために、どうすれば良いのかは分からないけどさ。まさか山に行かなければ良いジャンっていうのは無しだ。 まっ 勉強中って事にしておこう。
その分岐から尾根(梅の木尾根って言うらしい)に入る。ここは下りの定番コースである。何時もと少しだけ違うコースを取ったのはP778mで南に進む尾根に入り、小さな「日向薬師→」の標識に順い、更に「この先急坂」の標識通りの細い道を一気に駆け下ったことくらいだ。降り着いたのは「伊勢原市ふれあいの森」と表示された宿泊バンガローの建つ所から、少しだけ奥まった左右の沢を分ける尾根の末端部分である。左右の沢には、それぞれ新しい大きな砂防堤が立っていて、ふれあいの森らしく「東屋」もあったが、草ぼうぼうの状態ではまず使われてはいないだろうし、「林間歩道」の看板の立つ歩道に渡る丸太橋(幅2mもある立派な橋)は腐っていて乗るのも怖い状態で放置されているところを見ると、宿泊施設そのものだってほとんど使われてはいないのではと思えた。どうなんだろう管理担当の伊勢原市森林組み合いさん!
帰りの駄賃に、通りがかりの浄願発寺奥の院を見学する。
時勢の波に乗って大きな墓を建てても、二百年も立てば親類縁者の子孫との縁も切れ、縁者による墓守は放棄され、それでも墓が墓たり得るのは住職の見識次第ってことかな。この地の徳川ゆかりの人たちの石碑だって山津波に遭ったのを再建したのは縁者ではなく、地の人々となれば、少しくらい金がある庶民が大きな墓を建てたって百年も経てば全てはゴロタの石に変わって打ち捨てられるに違いなく、永大供養なんて言葉に惑わされては間違うんじゃないかなってことさ。
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日向薬師〜馬場リハビリ間の谷戸から望む日向山
今日の下降で意図したところは無く、ただ、この先はどうなっているんだろうとの思いだけで歩いただけだった。ルートが云々とか、謂われがどうのこうのなんていう蘊蓄はマシラの性に合わない。ただただ思うままに歩きたい。そして、このような歩き方をこれからも続けたい。それがいつまで続けられるか分からない。ある日、突然ばかばかしいから止めたなんていうのもありだろう。その場合はHP毎放棄かもしれない。以上に言ったことも含めて、いろんな自分勝手が許される山遊びを暫くは続ける予定。どうぞよろしくお願いします。
日向薬師のバス停
バスは10分ほど前に出ていて、次のバスは20分後ということだった。その間をここで待つくらいなら、もう少し便の良いのにしようと馬場リハビリセンターまでを歩くことにする。ここら付近は娘・息子が通った幼稚園につきあって自転車で走り回っていたので、どこに何があるか良く分かっている。細野園でミカン狩りのミカンを眺め、伊勢原浄水場裏を通り、自然保護センターの林を眺め、道ばたの無人売店では、ウェストバックでは何も入らないので、売店裏で農作業をやっているおばちゃんに野菜の立派さを声掛けるだけで済ます。
そうやって馬場リハビリセンターに行ったのに、ここでもバスは5分前に出ていったばかりで次のは15分後だったので、またまた歩く。今日はバスの乗り合わせの悪い日である。しかし、ゆったりと里の家々の間を歩くのも、子ども達が小さく目に中に入れても痛くないほど可愛かった時代の事が思い出されて、悪くはなかった。その娘は大晦日には帰って来るという。息子は北の国で正月から雪祭りが終わるまでは忙しく帰ってこれないという。でも、まあそれぞれが、精一杯生きて生活できているのだから、それだけで良しとしよう。
我が家にとっては良い正月だ。
皆様もどうぞ良い正月をお迎え下さい。
そして大変動の2009年を「流れに流される」、或いは「流れに棹さす」
それぞれ好きな選択と行動で乗り切って参りましょう。マシラの来年は下手に動けばろくな事はなさそうなので、「果報は寝て待て」と考えていますよ。
本年は下手くそなHPにつきあっていただき、ありがとうございました。
これからもぼっちらぼっちらやっていきます。
では、また来年 お目にかかりましょ!
グッバイ!
写真集
自宅6:40〜上千頭7:08〜清川村役場前バス下車7:25〜大小屋の沢出会い(林道終点)7:55〜F2大岩の滝8:20〜奥の二俣(窯跡石塁)9:30〜宝尾根に出る9:50〜三峰南峰9:55〜唐沢峠10:20〜梅の木尾根に入る10:30〜P778m10:40〜伊勢原ふれあいの森に降りる(この間、道有り)10:55_11:00付近探索〜浄願発寺奥の院11:10_11:35 石段を登り、恐れ多くも岩屋に入り込み見学させていただいた。そんなことをやってから粛々とした雰囲気が漂う岩屋の中は一般者は立ち入り禁止の処置を取るべきと感じたのだった。ゴメンナサイ仏様方。〜日向薬師バス停11:50〜細野園〜伊勢原浄水場〜馬場リハビリセンター12:15〜JA玉川農協前12:36〜本厚木13:00〜町の本屋ブラブラして自宅14:05 2008/12/30 快晴なのに大山には雲がかかっていた。なぜか今冬は日中は暖かい日が多く、今日は同じように暖か一日だった。
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