
晴れという予報だったのに、薄雲がひろがり何か暗い。これだから天気予報をあてにするのは間違いだなんて思いながらバス停まで歩く。界隈の梅の花は満開に咲き、柳の木の芽も萌え始めている。季節は厳冬の三週間をショウートカットしたまま進んでいると思う。
桃はまだ先になるだろうが本日は桃の節句
バスは朝一番だが席を全部ふさぐほどの人が乗っていた。でも登山者風の大半は煤ヶ谷で降り、次の次の坂尻で介護施設に急ぐ人たちとともに降りると客は山に行く二人だけに減ったみたい。
バス停から橋を渡り、辺室沢沿いの車道に入り、加藤林業事務所の表示から林道歩きが始まる。
今日のアプローチはこの辺室林道を通り、物見隧道を越えることにしている。舗装道は丸太が積まれた車止めからは、打ち込まれただけの荒っぽいもの、そしてダートな道にと変わる。昔は車が通れたはずなのに山側から土砂が道路に乗っかり、歩ける幅が限られる道に転化するまでの距離は短い。それでも路肩側の石積みは埋まっていないので道であることは明快だ。下からは沢音が聞こえてくる。音が大きくなれば水が落ちる場所で、小さくなるとゴーロだという当たり前の事を林間からの渓流の景色で納得する。
辺室林道は唐沢林道が開かれるまでの間、煤ヶ谷と札掛を結ぶ生活道路だったと聞いている。本谷川沿いに道はあったろうがそれは宮ヶ瀬との交路であり、煤ヶ谷を経由した伊勢原・本厚木への行き来は比較するまでもなく距離的に長い。だからこっちに路肩も整備され、荷場所や小型トラックが通れる道があったんだろう。しかし、この林道は一体どこで物見峠に登り上がるんだろう。人ならば今の登山道である物見峠から黒岩を経由する部分が考える範囲では通常に使われるんだろう。しかし、少なくとも現在の峠の辺りに荷駄が通れるような道の痕跡は覚えていない。この林道が物見峠に一体どこに通じているのか見てみたい。そんな気持ちもあっった。
だいたいが辺室沢沿いに直進する道だが、一箇所だけ折り返す場所がある。それは辺室沢右岸沿いに進んできた仕事道が、沢から離れて三峰山〜寺家観の道(登山道)に登り始める地点で、沢本体で言えば12mの大滝までの距離200m程手前付近だ。林道は沢まで30m程の近さまで近づいたところでフイッと折り返す。そこには目印に石のケルンがあるが、目の前だけを見ていると前方に続く踏み跡 (それに入るとすぐに踏み跡は不明となり、沢に降りることになるだろう) に目がいって折り返しの道が見つからないかもしれない。ここだけを注意すれば、この廃道は見失うことはない。折り返した道はもう一度スイッチバックを行い、切り返した地点から直上する赤杭沿いの踏み跡を追えば150m程で唐沢林道に出て、更に直上すれば南東尾根を経由して辺室山頂に出る。
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辺室林道の終端付近 ここから道は暫く不明となるがやがて岩尾根に道がつながる
直上せずに車道跡を進む。道の上に積もった砂礫からも灌木が林のごとくに生え、路肩が見えなかったら、ここがかっては車道だったなんて信じられない。その路肩もアッチこっちで崩壊し、積もった砂が車道が出来る前の山の傾斜面に戻しつつある。砂は硬く固まり、その上に枯れ葉が積もり不安定だから足場を確かめながら、それでも時々は足を取られてしまう。
そんな道の一角が広場状に広がった地点で車道の形跡が無くなる。二往復したが上も無し、前方も無し、下にも形跡が見あたらない。露岩が広がり前方はザレ地・中央にトタン樋が上方から下方に走る。トタン樋を越えて暫く進んだところで人は歩いたんだろと思える踏み跡も不明になった。そこで30m程直上し、まばらな踏み跡を追いかけ上流方向に進むとしっかりとした道に再び出会う。その道は岩の小尾根の上に幅1m程のしっかりとした作りが唐沢林道まで延びていた。どうやら煤ヶ谷からの荷駄車は先ほどの広場までらしく、そこで荷を積み替え、ここからは人の背&馬背、牛の背を使った人力荷駄力で物見峠を越えて荷物の往来を図ったんだろうと推測される。もしも、そうだったとすると札掛や煤ヶ谷の人たちが車で行き来できる道を渇望し、唐沢林道をS30年代に行政の手助けもあったらしいが地区民が総出で分担して道を切り開いたというのも頷けることだ。でもだいたいにおいて本当に必要な時にこの種のものは存在せず、山の仕事で生活していたころには必要だった道路が出来たころには山仕事は廃れて、この道を本来使う予定だった人々は街に出て働きを変えてしまい、本当に活用されたのはそれほど長くは無かったのではないかというパターンが、ここでも繰り返されたのではないかと思っている。
唐沢林道に出て山頂方向を見ると赤テープが林間にはためいているのが見えた。そこが昔の道かもしれない。今日、忠実に辺室林道跡を歩けたかは不明だが、唐沢林道を柿の木平上の林道ゲートから歩くのに比べれば距離は大幅短く、時間も20分ほどは短縮できただろうと思っている。
桶嵐沢
物見隧道から林道を歩き、もう一つ先の山裾を回り込めば唐沢川という地点の小沢である。三峰山の北峰から更に北側250m程のおおよそ910mの高さのピーク(北峰)に上り詰める。奥の二俣を左手に取れば、そのピークから急斜面を一段下がった平地のベンチの所に出る (前回はこっちのルートだった)
20mのナメ 水量が少ないのが玉に瑕
出会いからは左岸側が台地状で歩きやすく見えるのだが藪っぽく歩きにくい。藪をかいくぐり、沢に降りた方が余程はかどるだろう。
そして沢歩きは大きく広がる小さなナメから始まる。
「おお このナメ 覚えている」
ここを通ったのは5年ぶりになるはずだ。
6m滝上に小釜を挟んだ先の4m滝 左から登る。出口の一歩だけがやらしい
二俣
中央には仕事路がついていて、上の登山道まで続いているはずだ。左俣には石積堤がある。右俣は小滝を左の仕事道から越えることから始まる。続いて小ゴルジュの奥の2mCS小滝だ。両股を開いて左から右に移り、CSを手がかりに乗り越える。その先には、この沢が他の沢に比較しても唯一誇れる長さ20mの一枚岩で出来ているV字が140度に開いたナメとなる。本体部の傾斜がほとんど無いことと水流が少ないのが不満だが、小さな沢だから贅沢は言えない。右岸側の傾斜面を灌木の細い枝をテンションにしてトラバースして奥のCS部分を乗り越える。すぐに6mフェースの滝。既に水流は細く僅かに岩の表面を濡らすだけだが、傾斜はきつく本体を正面からは登れない。右側のぼこぼこした岩から取りつき、大まかな足がかりを使い落ち口に抜ける。ホールドにする岩の多くがグラグラなのでちょっと注意が必要だが難しくはない。落ち口からは小釜を挟んで4m滝が続く。小釜は名の通りに小さいけれども体がすっぽりと沈む込むほどに深く、それを左から避けて上部に登り込む。出口のホールドが小さいので緊張する。岩床はそのまま続き、その次は苔が厚さ2cmにびっしりこびり付く二段4mの小滝だ。そこは、ふかふかの苔の摩擦を楽しんで登る。左横台地に古い窯の跡が土砂の中に埋もれているのが見える。
窯あとからしばらく行った先の小さなゴトゴトナメ滝 (易しく滝とは言えないかも)
ここからもしばらくは岩床が続き、いくつか段差もあるが滝と言うほどのこともなく、灰色の凝集質の中に緑色のツブツブした石が混じる岩がゴロゴロした沢にすぐに変わる。振り返れば750m(推定)のピークに立つ一本の涸れた巨木がすぐそこに見える。あのピークって歩いたことあるんだっけ? 全く覚えていないから、おそらく行ってないんだろうな。
石積堤から傾斜角度を増したゴーロは、やがて二俣へ 左に行けば平(休憩ベンチが設置されている)、そっちの方が本筋らしいが右には巨石が折り重なっていて、上のピークに行くには、こちらの方が近い。その巨石を越えると沢の形態は無くなり、疎林帯に入るが傾斜はきつく、表層に積もった枯れ葉に足を取られて、登りはかなり辛い。だが、それも長くはなく、右手からの小尾根に合流すると傾斜角は落ち北峰に着く。
天気は徐々に良くなっている気配だが、大山の山頂までは見通せない。しかし、春の陽気に染まった山稜は暖かく、時折そよぐ風に、にじんだ汗が心地よく乾いていくのがわかる。しかし心は物憂く、体もしゃっきとしない。
そんな調子が山頂(P934.6m)に行ってもと思わせる。その先のルートの予定も立ててはあったが、こんな感じの時はさっさと帰るに限る。一番、煤ヶ谷に早く着けるはずの惣久経路に入り、途中のP415mを登らずに済む鳥屋待沢沿いの車も走れる仕事道を使って40分で下降する。
しかし、下降すると気分も良くなるって、どういう事なんだろう。なにか気分を変えなくちゃダメだ。それで気晴らしの用に立つかもしれないと交流促進センターの売店で清川梅ワイン(\1,260)を買ってバスに乗る。
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鳥屋待沢ダムから眺める大山三峰(中央左端が本峰)
自宅6:45〜千頭橋7:07神奈中バス〜坂尻7:30〜加藤林業事務所入り口(辺室林道入り口)7:40〜林道折り返し地点8:10〜車道見失い地点8:20〜唐沢林道(仮に辺室林道終点とする)8:35〜唐沢林道・物見隧道8:45〜桶嵐沢出会9:00〜二俣9:10〜20mナメ9:15〜窯跡〜奥の二俣・窯跡9:45〜北峰10:05〜惣久経路〜鳥屋待沢出会10:45〜煤ヶ谷〜役場前11:05神奈中バス〜千頭橋〜自宅11:40 2007/03/03 山にいる間に直射の日は射さなかったが、薄雲を通して日差しは暖かく、春爛漫のような午前中でした。
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