地獄棚沢を行く

今週も雨を心配して家を出た。
降ったって、たかが1mmか2mmのしょぼい雨だろうに
そう嘯いているくせに、やっぱし天気は気になるものである。と言って雨対策として格別な準備をするわけではない。あえて対応を言えば何時でもどこでも下山可能なコースを選択する程度のことしか考えない。それではマシラは全天候型山屋かと言えばまるっきりそうじゃない。断言できる。大雨は当然避ける。晩秋の冷たい雨も命に関わるから避ける。冬 寒ければ雪でも問題なし。暖かい溶け出すような雪は危険だから断る。あやしいなと思う天気だとなんやかやと他に理由を付けて逃避するが、天気が危ういからという弱腰な言動は他人様には見せないようにしているのだ。
だが、やっぱり良い天気が山には似合う。
一体この週末の空模様はいつからなんだろう。少なくともここ三週間は何時雨が降るんだろうと思わせるような状態が続いている。なんとかならないんだろうかなと思う今朝である。
本当は山には行かず、たまっている分の文書を整理して、ついでに年賀状も一気に作成してしまおうかと昨日までは考えていたのだが、パソコンの前に座っているのって元来が好きではないらしい。天気の悪い日には家で文書整理なんて山に行かなくないくせに耳だけは達者な年寄りに任せておけばいい。文書整理で気が晴れる人ならそれでも良いけど、マシラは文筆では毒が蓄積していってダメダね。やっぱし山は山に行ってナンボさ。
6時19分に新松田に着く。いつもの手順の流れにのり、西丹沢行きのバスが出たのを見届ける間もなく23分のJRが発車する。箱根の山も松田惣領の山も雲の中にある。谷峨からはベテラン山屋さん風三人とバスに乗る。
大滝口での下車は一人である。
帰りの時刻を確認したら、山の道をせっせと歩く。杉の林を過ぎ、滝を眼下に見てから流れにかかる橋を越えて梯子に乗る。少しオーバーペースなのか心臓が痛く感じるのでペースダウンする間もなくマスキ嵐沢出会いである。そこからは本流河原沿いに行く。丸太橋、砂防堤乗越梯子は朽ち始めた。しかし、梯子も橋もなくとも平坦で歩きやすい河原である。枯れ葉の下に岩を感じて歩くのも楽しい。
沖箱根屋沢は目で見るだけにする。本流の小さなナメが右に曲がって左に折り返すと地獄棚が見えてくる。何度目の地獄棚だろうかと思い出しても指ではオーバーフローして数え切れない。その記憶の中でも本日の水量は少なめな方で、岩肌を薄くなぞって落ちる様は地獄棚の名に似合わず優しく見える。優しくと言うよりは貧しく見えると言った方が当を得ているかもしれない。でも、冬の土にしみいった水が凍って止められ流れる水量が減る季節だから当然だとも言える。
去年の今頃は寒気がきつく、滝は早々と凍り始めていた。しかし、その年が明けたら暖冬に変わったので思いの外に氷は少なく、重厚な氷が付着することを期待したのに、がっかりした思いがある。でも、今年と来たら、たいして違わない日時だというのに昨年末の厳冬とは季節模様がまるっきり違っていて、全く氷のコの字の気配もない。冬は一体どこにこようとしているんだろう。
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雨棚横の80m涸れ棚を真下から見上げると落ち口が見える
しかし、足元は滑る。石英閃緑岩の表層に薄く付着した水垢の滑りやすさと来たら、地獄棚のこの辺りは丹沢では有数だと思う。前回来たときには、滑りやすい中でも、それなりに歩けたと覚えているのに、今日と来たら、その時の間隔とは雲泥の差の滑りやすさに感じてします。地獄棚下に着くにはその前の小さなスラブの30°2mを越えないとダメなのだが、足をかけてスッ〜 もう一度足をかけてもスッ〜 場所を踏み換えてもスッ〜 全く、コイツを乗り越えるのに苦労する。靴はその時の運動靴と同じなのだから、靴底の違いによる差ではなく、実態として岩の表層の滑りやすさが季節事に違っているか、マシラの感覚が知らずに変調しているかなんだろうが、一体全体なんとかならないんだろうかと感じる滑りやすさである。この調子で歩けば今日は時間がかかるぞ!
雨棚
雨棚
そんな足元の悪さと水が冷たいので瀞の通過は大丈夫かなとの懸念はあったが、せっかくここまで来たら雨棚を見ない手はない。地獄棚横の小さなスラブは右手から岩の上縁につけられた踏み跡から越える。水垢満々の岩の上を歩く場合には両手を小岩に添えてスリップした場合に備えて進む。5m棚下の小瀞は右岸側から靴が滑らないようにと念じながら、でも、もしも滑ったら、せめて釜の中で全身が転がらないようにと祈って進む。さすがに冬のこの時期、全身ずぶ濡れはゴメンだと思っているのだ。
5m棚も足の置き場に困る。さっさと登らないとずんずん濡れる。でもスリップは困る。果たして帰りは無事下ることが出来るだろうかなんて下りのステップを一歩一歩確認しながら心配して指に思い切り力をこめ、足のフリクションは今日は信用出来ないぞと登る。
次の小瀞
出口側の石と枯れ葉を土木工事よろしく取り除き、深さを20cm低くして膝の水深にして入る。時間が多少かかるより寒くない方がありがたい。それでも水温の寒さが身に浸みる。
涸棚下の小瀞
ここは水の中に入って進むしかない。少しでも濡れる量を少なくしたいから砂を蹴り瀞の中の飛び石に乗る。さあ雨棚がもう少しだ。80m涸棚下の喉状あたりは水苔が見るからにヌルヌルしている岩肌の上を流れる水の中を一気に進む。もしも足を取られたら下の小瀞まで滑ってはまり、もちろん全身ずぶ濡れは間違いなし。たとえそうなっても怪我をするような危なさは無いけど、ともかくも濡れて凍えるのはまっぴら御免だ。ようやっと丸太までたどり着き、それを手すりにしてスラブを登り、丸太を尻に引いて観瀑ベンチが出来あがる。
さてと今日はここが目的地ではない。あくまでも途中立ち寄りに過ぎない。
何時までものんびりしているわけにはいかない。
帰り
思ったより簡単 4m滝も登りでしっかり手がかりを確認し、手のひらで水あかをこすって落としておいたので、思ったよりも簡単に下降できた。
さて地獄棚
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地獄棚(巻き道は滝の右横の灌木帯の中)
楽をするなら仕事道経由でF4の上まで行っちゃうって選択もあるが、地獄棚沢を歩くのが目的なのに、それをやったら沢遊びの七割位を返上する事になってしまう。もったいないではないか。もちろん悪絶で知れた地獄棚を登攀用具も確保もなしに登れるわけないけど、せめて由緒正しい巻き道を行こうじゃないか。それくらいには考えるのさ。
地獄棚から雨棚方向への最初にかかるナメスラブの上から灌木帯に入る。適当な間隔である灌木を伝うだけなのだが、何しろ垂直な地帯の40mの高度である。巻き道といえども手抜きは許されない。左右両手に常に一本づつが手の中にあれば片方が挫けてしまっても、もう片方で持ちこたえることもできようが、何時も二本を手にすることはできるとは限らない。場合によっては上の灌木に飛びつく事だってあるのだから、特にこの時期の灌木は生きている灌木か死んでいるのかをキチンと確認しないととんでもないことになってしまう。自ずと慎重に登ることになる。
さて、下から見た限りでは灌木を登っていくと落ち口と同じ高さくらいで露岩帯にぶつかることになる。露岩の高さは数m程度だから、それほどの距離ではないのだが、頼りになる灌木はなさそうだった。あそこは一体どうやって突破するんだろうか。過去に数度、この灌木帯は登ったことがあるけど、それをどうしたのかが思い出せない。
ええい ままよ 行ってみれば分かることさ。下からは見えないが思いの外に良いクラックとか、手がかりがあって多分楽勝よ
灌木の中を右に行って上を目指す。そこからは登れないとなると左方向によって上に行く。そんな登りを繰り返す。途中、本当に急で灌木が頼りに足りるか心配で怖い箇所は二箇所くらいかな。そして予定通り露岩帯の下に着く。そこは90°を越えていた。簡単に登れそうな場所は見あたらなかった。以前はどうして登ったんだっけ。ここまで来ても、それが思い出せないのがなんとも情けない。岩には上に抜けるクラックも二本三本あるが、傾斜がきつく確保無しで登るにはどうかな。その中で船の舳先のような岩の先端に灌木が一本に目を付けた。コイツにシュリンゲを掛けて鐙登りをすれば何とかなるだろう。でも露岩の上に出る部分では完全に体が空中になって、遙か下の滝壺の下までが丸見えで高度感に酔ってしまい怖い。灌木の上も安心できる手がかりが無いように思える。いったんはあきらめる。
それならば、露岩の下を右手にトラバースして岩の切れる箇所を探せばと動く。右に動いたのは、なんとならば左方向は滝だから切れ落ちて手がかりなんて無いに違いない。そう思って右方向に動くが10mと動かないで、その先がダメダと分かった。露岩が大きく下まで切れ落ちている。そうならばさっきの舳先しか行くところがないのかな。厭だけど
雨棚の上の方でチェーンソーが唸る。宮本林産さんが今日も森林整備作業の真っ最中なのだ。夏の時期から始まって年内一杯の事業らしい。
行き詰まって動けなくなったら大声を出せば彼等迄届くかな。助けてもらえるかな。実際にそうしたら、救援が来るまでドンだけ待つのかな。なんてこともついつい想像してしまう。落ち口の高さ付近まで上がってきたら下るのもやっかいだ。
こんな風に行き先がなくなって、舳先方向に戻る。急な露岩に押し戻されるというのが実感だ。10m先に落ちる水が見える。さてどうしたことやら
だが、滝方向によると良い手がかりとなる灌木が適度にあった。数m先に水が見える急な斜面だが、登るのに不安はない程度に踏み跡もある。滝の近くは急な岩だから巻いて登るにはふさわしくないと考えて、そこから離れる方向に進んだのが間違いだったのだ。滝に近づいた方がずっと安心で安全な巻き道だと、やっと思い出した。
そうして落口から3m程上の地点の太い灌木に跨って下を俯瞰する事になる。そこから沢には手懸垂一回で降りる。シュリンゲを灌木に掛けてそれを手がかりにして下を覗き見る。したからは水量は少なく貧弱に見えたが、落ち口から見れば豪快で迫力一杯な景色に一変する。
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地獄棚F1を登り切るとナメ滝が連なる
地獄棚に続くナメを歩き、続きの3mの小滝を一つ越えると左手からナメの小窪が入り込む。この小窪を少し登った地点には仕事道が横断している。
次の5m左手から取りついたが、取りついて取り付けずだった。一歩上がってはズルっ 足を変えてもズルッ 一歩場所を移してもズルッ それほど急ではないけど、マシラの運動靴ではとても手が出ないのだ。さんざんからかったあげくに上で滑ると痛いと思い、諦めて左から巻く。続く8mは、流れに表層がいくらかざらついている箇所が点在し、それを選べば下の5m程の滑りやすい状態ではない。でもちょっとスリリング。摩擦が足りない場所では膝をフリクションにして登る。傾斜もそれほどあるわけではなく摩擦の利く渓流靴フェルト口なら快適な登りだろうと「この靴 何とかしてよ」とぶつぶつと独り言を吐きながら登る。まったく!
そして、すぐに次の10m滝である。ここらあたり、次から次と滝で目を瞬いている暇もない。靴が滑らなかったらすごく快適で楽しい沢歩きが出来るに違いない。左手から取りつき、流れ横を快適に登る。ホールドにする石が浮いているのでいくらかの注意は必要だろう。
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上の滝まで登れば地獄棚沢の滝場は終わる
それが終わるといったん滝が切れる。それも滑床の流れをいくらも歩かないうちに3mの小滝、そしてF4(12m モノの本には25mと書いてあるけど何かの間違い)と続く。
そのF4は本来は流れの右から登り、上部は水流部を登るのが常套である。しかし、そっちに行くとずぶ濡れになる。それに、岩には水垢がとっぷりと着いているから、靴を置くスタンスは大きくても滑らないためには注意が必要だ。面倒っちいな。
それよりは流れ左手の草付きの方が乾いている。それに草だって束ねればバランス程度の荷重には耐えるはずだ。だから、そっちから登る。 しかし、落ち口下は手がかりがなく、易しく水流を渡って右にトラバースし、そこからは水の流れの中を登ることになる。そこからの水の中はでも最悪だ。なにしろ水垢がべっとり、おまけにつらつらのスラブに手がかりがないのだから。落口は頭の上50cmなのに登る手がかりがない。そして、どうやって登ろうかと考えている間も水に打たれて足が冷たいのだ。俺は修行僧でも修業の行者でもない。勘弁してくれよ。こんな仕打ちは。
落ち口の左横に灌木が一本ある。それが途中で折れて上部が岩にもたれ掛かっている。水に打たれながらそいつをたぐり寄せる。付近の岩は全くフリクションを持たない。たぐり寄せ折れた部分の枝側で両手懸垂をする。根っ子が少し剥げかかるが、かまわず体が上がったところで右手を根っ子付近に伸ばす。そして左足を灌木の根っ子の上に乗せる。この動作の間に折れていた灌木は折れが更に進む。こんな様に、この灌木が使えるのはもう一回か二回だな。夏場ならこの灌木をあてにせず、水流の中をシャワーすれば何とかなるだろうとは思っても今はシャワーは無いでしょう。
さて、この滝を登り切れば、この先のナメの岩床を味わい楽しみは残るが地獄棚の主要部は終わったことになる。ここまで道草をしたとは言えマスキ嵐沢出会いから既に二時間が経過している。少し急がねばならない。
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左俣(本流)と右俣の二俣を過ぎると前方に屏風岩山が見える
右俣を右に見送る。その上の中の右俣から流れ落ちる水を見て100m程先に地獄棚下から一軒小屋に周遊する仕事道が沢を横断する(最近手入れがされていないのか うっかり歩いていると見落とすかも)
そして、この沢最後の6m棚に出会う。十分に楽しんだから滝登りをするつもりはなく、右からの巻き道を登る。
もうガンガン歩く。
それでも左手の尾根が低くなり、もう沢は良いかなと思いながらも、結局沢が無くなるまでツメに詰めてから尾根に出る。新しい植生保護柵にそって進み、柵にかかる鉄パイプ梯子を二個過ぎると正面に(富士山が本当は見えるはずの)P1050m(屏風岩山隣のピーク)に出る。屏風岩山までは5分である。
今日は笹子沢に降りる仕事道を帰りに使う予定だった。全くそのつもりで歩いていたのに、
「あれっ何か変」「こんな虎ロープあるはずないのに最近つけられたのか」「えっこんな急傾斜だったっけ」「えっエッ もしかして」
気がつけば峰山橋下の小窪から屏風岩山に続く登山道(仕事道)を下っていたのだ。間違ったのはP1050m付近の植生が大きくなり、鹿柵が作られたりして、笹子沢方向と大滝口との道が分岐する状況がマシラが知っている状態とは違ってきたからに違いない。以前、分岐にあった「大滝口」と表記した朽ちかけた標識は草むらに埋もれたか撤去されたか間違いなく無くなっていたのだ。
大滝口からの乗客が最初の客で谷峨まで一人だった。谷峨から徐々に日が出てきて、小田急の電車から眺める秦野の辺りでは表尾根方向は快晴になっていた。
自宅6:30〜本厚木6:51〜松田7:23JR〜谷峨7:46バス〜大滝口下車8:20〜マスキ嵐沢出会8:40〜地獄棚下9:00〜雨棚9:10_20〜地獄棚下9:30〜地獄棚巻道 結構苦労した〜落口10:05〜F4上10:45〜二俣〜詰めを出て植林帯へ11:05〜屏風岩山11:16〜峰山橋下11:35〜水浴び洗濯〜大滝口11:50_12:07バス〜谷峨12:59JR〜新松田13:14〜自宅13:50 2006/1217 朝方が雨が心配な曇り。それから山ではずっと曇りだったが街に帰ってくれば山は雲がかからない快晴に変わっていた。
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