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| 太鼓壇公園にある山中鹿之助の像 | |||||
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| 前を流れる飯梨川堤防の桜 | 前を流れる飯梨川堤防の桜 |
飯梨川について 安来市(旧・能義郡)広瀬町の奥地を源とし、安来市赤江で中海に注ぐ延長39.9qの一級河川です 古くは、富田川と言いました いまでは、上流の布部ダム、山佐ダムは松江市に対して 上水道を供給していおり、慢性の水不足に悩んでいた松江市を潤しています 中流には、尼子氏で有名な月山富田城があり そこから2qほど下流には、鷺の湯温泉と足立美術館があります。 下流は豊かなデルタ地帯で、稲作、酪農が盛んです 現在の流路は寛文6年(1666)の大洪水以来のものです。この年に出雲地方は大水害に襲われ、富田城下の町並みはすっかり土砂に飲み込まれたといわれます。現在も発掘調査が続けられている「富田川河床遺跡」からは、昔の城下町の町並みとか、当時使われていた道具などが発掘されています。当時以前には川は富田城の反対側の山寄りを流れていたと言われています。当時の川は上流でのたたら製鉄のため沢山の土砂が流れ出て、天井川になっており、大雨乃度に洪水を起こし、その度に流路が変わっていたと思われます |
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| 千畳平の桜 | 尼子神社 |
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| 太鼓壇公園の桜 | 千畳平から見た広瀬の街並み |
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| 千畳平にある椎の木 この椎の木は樹齢400年以上と言われ、尼子・毛利攻防時代から有ると言われています。尼子氏は永禄年間ろう城7年を戦い抜きついに兵糧攻めによって毛利に降参しましたが、当時の山城には多くの椎の木を植え、その実は食料の足しにしたと言われています。 この椎の木も当時の名残りをとどめる唯一の古木で、昭和のはじめ頃までは、毛利の射た矢が残っていたと伝えられています。ここ、千畳敷(尼子の勢揃い場)はこの木が残っているために「椎の木平」とも言われ、長い歴史を無言で語ってくれます。 |
前の駐車場にある「道の駅」 | ||||||||||||||
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