月山・富田城

尼子氏の居城

↑地図はこちら


戦国時代の大名、尼子氏の活躍によって栄えた広瀬町には
尼子氏にまつわる史跡が数多く点在しています
中でも標高184mの月山に広がる月山富田城は
現在は山頂から裾野にかけて月山富田城跡として整備されています。

周辺には桜で有名な太鼓壇公園や、当時の侍所、郭を再現した花の壇があります
山中鹿之助記念碑が建つ山頂の本丸跡は、広瀬町の街並みを見下ろす絶好のポイント
広々とした起伏のある敷地内では、所要時間約1時間の散策を楽しめます
         
              ■尼子氏と月山富田城のお話・・・戦国の雄・尼子氏の繁栄、衰退、滅亡
              ■月山富田城案内図・・・全体の図
              ■巌倉寺・・・月山裾野にある寺:松江藩初代藩主であり月山富田城の最後の
                       藩主でもある「堀尾吉晴公」の墓などがある。
              ■松江城と堀尾吉晴について・・・松江城を築いた堀尾吉晴公と松江城について

広瀬町MENUに  戻ります    TOPにもどるにはこちら



松江周辺(出雲地方)の観光地の美しいパソコン用壁紙集はこちら(大人気・800枚以上)

太鼓壇公園にある山中鹿之助の像
前を流れる飯梨川堤防の桜 前を流れる飯梨川堤防の桜

飯梨川について

安来市(旧・能義郡)広瀬町の奥地を源とし、安来市赤江で中海に注ぐ延長39.9qの一級河川です

古くは、富田川と言いました

いまでは、上流の布部ダム、山佐ダムは松江市に対して
上水道を供給していおり、慢性の水不足に悩んでいた松江市を潤しています

中流には、尼子氏で有名な月山富田城があり
そこから2qほど下流には、鷺の湯温泉と足立美術館があります。

下流は豊かなデルタ地帯で、稲作、酪農が盛んです

現在の流路は寛文6年(1666)の大洪水以来のものです。この年に出雲地方は大水害に襲われ、富田城下の町並みはすっかり土砂に飲み込まれたといわれます。現在も発掘調査が続けられている「富田川河床遺跡」からは、昔の城下町の町並みとか、当時使われていた道具などが発掘されています。当時以前には川は富田城の反対側の山寄りを流れていたと言われています。当時の川は上流でのたたら製鉄のため沢山の土砂が流れ出て、天井川になっており、大雨乃度に洪水を起こし、その度に流路が変わっていたと思われます

千畳平の桜 尼子神社
太鼓壇公園の桜 千畳平から見た広瀬の街並み
            千畳平にある椎の木
この椎の木は樹齢400年以上と言われ、尼子・毛利攻防時代から有ると言われています。尼子氏は永禄年間ろう城7年を戦い抜きついに兵糧攻めによって毛利に降参しましたが、当時の山城には多くの椎の木を植え、その実は食料の足しにしたと言われています。
この椎の木も当時の名残りをとどめる唯一の古木で、昭和のはじめ頃までは、毛利の射た矢が残っていたと伝えられています。ここ、千畳敷(尼子の勢揃い場)はこの木が残っているために「椎の木平」とも言われ、長い歴史を無言で語ってくれます。
前の駐車場にある「道の駅」
島根県・鳥取県の宿の予約(温泉旅館・ビジネスホテル)
松江・隠岐・美保関・安来
松江しんじ湖温泉・日本海に浮かぶ楽園”隠岐の島々”・島根半島・安来の温泉旅館とホテルの紹介
玉造温泉
神の湯と呼ばれる古い歴史を持つ島根最大の温泉街
出雲・平田
縁結びの神様”出雲大社”のお膝元大社町と出雲市の旅館とホテル
島根県中西部
(大田・浜田・益田)

島根県西部にある温泉の旅館とホテルの紹介
皆生温泉
米子にある海沿いに広がる山陰最級の温泉歓楽街
米子・大山
米子のビジネスホテルと中国地方最高峰大山のペンションと旅館・夏場は最高♪
鳥取県中東部
ラジウム温泉で有名な三朝温泉とか沢山の温泉があります

戻る