洞光寺

洞光寺(toukou_ji)

小泉八雲ゆかりの地
月照寺と共に、洞光寺は八雲の好きな寺であったようで、著書に度々出てきます
「神々の国の首都」の冒頭に出てくる文面(下記)は有名です

また、明治6年(1873)4月20日に松江で最初の小学校
(第七区小学校:雑賀小学校の前身)が洞光寺に置かれました

そこの卒業生には、内閣総理大臣:若槻礼次郎、国際弁護士の岸精一
松江市長の石倉俊寛、版画家の平塚運一などがいます

■〒690−0057:松江市新町832:рO852−21−5807

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小泉八雲
『神々の国の首都』より

松江の一日で最初に聞こえる物音は、緩やかで大きな脈拍が波打つように
眠っている人の丁度耳の下からやってくる

・・・・それから禅宗の洞光寺(とうこうじ)の大釣鐘がゴーン、ゴーンという音を町の空に響かせる
次に私の住む家に近い材木町の小さな地蔵堂から朝の勤行(ごんぎょう)の
時刻を知らせる太鼓の物悲しい響きが聞こえてくる

そして最後には朝一番早い物売りの呼び声が始まる
「大根やい、カブやカブ」と大根その他見慣れぬ野菜類を売り回る物
そうかと思えば「もややもや」と悲しげな叫び声は炭火をつけるのに使う細い薪(まき)の束を売る女たちである

このように町の人たちの生活が始まる早朝の物音に起こされて
私は小さな障子を開けて朝の様子を眺め渡す
川っ縁で区切られた庭から若葉が伸び上がり、柔らかな緑の雲と言った趣を呈している
私の前には対岸のあらゆる物のゆらぐ姿を映しながら、大橋川の幅広い鏡のような水面がちらちら光る
その水面は更に広がって宍道湖となり、そこから湖の洋々線に達する・・・・・・・・

・・・・・しかし、ああ、その光景の魅力はどうだろう
あの靄(もや)に浸されて定かならぬ朝の最初の艶(つや)やかな色合い
こういう朝の色綾(いろあや)は眠りそのもののように柔らかな
靄から軽く抜け出て目に見える蒸気となって動く
ほのかに色づいた霞は長く伸び広がって湖の遥か彼方の端にまで達する・・・・・・・・・
本堂
入口

国道9号線・竪町十字路から南に約500m、目印はスーパーマルマン竪町店
駐車場は手前右にある(かなり大きい)。また、少し右から上の駐車場にも登れます
石段半ば 12支地蔵尊
12支地蔵尊 佛足跡
佛足跡

この佛足を拝し、佛徳を顕揚し
お互いの幸せと安らぎを
戴きます
釣鐘

途中第二次大戦があったため
明治時代に鳴っていた音が
この鐘かどうか分かりません
釣鐘と周辺

色々な石造物(仏など)があり、興味をそそられます
稲荷社

境内右手にある
木に埋もれているため、見逃す恐れがあります
隣は天満社
右のきつね君

親子狐で、口に稲穂をくわえています
これが本当の姿かも知れません
苔むし方と言い、今まで見たきつねの中で
一番神の使いらしさを感じます
左のきつね君
左後ろのきつね君

これは大きいものの
かなり痛んでいる
境内

かなり狭い
30m四方程度
でも、色々な地蔵とか彫り物があり
退屈しません

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