児守稲荷神社

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小泉八雲はこの社の願掛けの絵や文に興味を持ってよくここを訪れました。
「松江の町の非常に人目につかぬ寂しい通りに、道に迷った旅人以外は入ってこないような
そんな通りに「
地行場の稲荷」またの名を「子供の稲荷」と呼ばれる稲荷神社がある
(中略)子供が風呂桶に入っている光景か、子供が頭を剃ってもらう光景が描いてある
こんな絵が沢山貼ってあることからみると、子供の稲荷さんは確かに霊感あらたかなようだ」
  
 (注!):何かを建築するとき敷地を整地して、地盤固めをすることを「地形」といいましたが、地行場とは地形場のことで、多分松江城建設の際、その敷地造成に当たった人たちが集団で住んでいたところだと思われます

☆著書 「知られぬ日本の面影・きつね」より
■住所:松江市石橋町3丁目
          ■御祭神:倉稲魂命(うがのみたまのみこと)


この稲荷さんは、松江城築城以前から宇賀山(城山)に御鎮座していましたが
慶長12年(1607)堀尾吉晴公築城のため代替地を賜り
その後変遷を経て、寛保2年(1742年)に現在地に鎮座されました

このお稲荷さんは、歴代松江藩主をはじめ、一般市民に至るまで
信仰が厚く病気平癒の祈願が行われてきました
その霊験はまことにあらたかで
藩主から「児守」の二守を賜り「児守稲荷神社」と称するようになりました
それが転じて「子供稲荷さん」の愛称となり、子供の守り神として現在にいたっています

社殿前に貼られた祈願文や絵は(旧社殿では全面一杯に貼られていました)
その由来は明らかではありませんが
子や孫の成長や安全を祈願される切なる気持ちが込められており
他に例を見ないものです



何と昔からあった古い社殿が無くなり新しくなっていた(仮殿かもしれません)
鉄棒もあるし、これじゃまるで公園にしか見えない
沢山のキツネ君はどこに消えたのか?

新しい社殿(もしくは仮殿)の右手に鳥居発見! こ、これが稲荷神社の社?
瀬戸物キツネがわずか居るだけ!
社の左側に居たキツネ君?
でも狛犬のようにも見える
んーやはりキツネじゃないな・・

でも奥の首のないのはキツネ君
これは間違いなくキツネ君!
でも、こちらにしりを向けてどうしたんだろう?
余りな粗末な扱いに腹を立てているのかな?

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