近畿大会関係ののひとコマ
実連の近畿大会や産業人の近畿予選に参加した時の事で、私が記憶する中で面白い事柄を
まとめました。
記憶に頼っていますので、多少間違いがあるかもしれませんが、あしからず。
(1)シャープさん試合をするの!
・昭和61年度大会
今回がこの大会への初参加となったが、京都府立体育館の柿落としとなったので、なんと
プラカードを持って全チームが入場行進をおこなっているではありませんか。
初参加のため、全く過去の事は分からない我がチームは、こんな事をする大会なのかと
雰囲気に飲まれていました。
初戦の相手は東芝姫路、1セット目を取られ2セット目10-10の時でした、速攻のポジションに
入っていた私が、Aクックにブロックに跳び、時間差にも遅れながらブロックに跳んだ時に
下からボールを突き上げる状態となりました。
最初はひどい突き指をしたと思ったが、良く見ると左手人差し指の第2間接部が裂けて、
中から白い腱らしきものが見えました。
試合は、私の手にあたったボールを最後に石塚が決めて11−10とリード、しかし、我々は
なんと9人ギリギリで試合に参加していたのです。
仕方なく、指をテーピングしてレシーブの位置へ、しかし指は痺れて痛い状態。
当然チームのムードも悪くなるので、そのまま敗退です。
試合後、私は近くの病院で緊急に手術(3針縫いました)、チームは敗者復活戦があるので
他のメンバーが来れないかメンバーに電話をしましたが、誰も来れない。
手術後みんなの所に戻ると、『仕方がない、松ちゃんに出てもらうか』ということで、人差し指に
包帯を巻いた状態で試合に出ることになりました。
しかも、試合前体育館の外で練習中に、今度は当時キャプテンの田村さんが、石の上に
乗り上げて足首が異常に膨れあがる位の捻挫をしてしまいました。
当時は試合開始時両チームがそろって入場となっていましたので、私が手に包帯,
田村さんが足を引きずりながらコートの集合場所へ向かっている時に、主審の方が
言われたのが『シャープさん試合をするのかい』の一言でした。
しかし、やってみないと分からないですね。
なんと勝ってしましました。
しかし、決勝トーナメント1回戦では、ブロックの枚数の少ないところをつかれてあえなく
敗退でした。
(2)また、花王
・平成元年度大会
この大会には、私は出張中のため参加していないので、後で聞いた話です。
予選リーグの緒戦で和歌山代表の花王に勝ったシャープは、決勝トーナメントが始まるのを
待っていたのですが、何故か、なかなか始まらない、気が付くと決勝トーナメントは別会場と
いう事で、急遽タクシーで駆けつけ、相手チームがコートに整列しており、会場のもう
棄権にしろという冷たい視線に耐えて、相手を確認すると、なんとまた花王ではないか、
この試合も2−0のストレートで勝って、2回戦以降は次の日という日程でしたが、
次の日の日曜日は労福協の後半戦(当時はチーム数が多いので2回に分かれていた。)
のため、2回戦を棄権して大阪へ帰りました。
(3)シャープ歴代ベスト3の好試合
・平成7年度大会
予選リーグを突破して、決勝トーナメント1回戦の相手がなかなか決まらず、遅くなってから
松下掃除機と決まったのはいいが、結局試合をするのは一番最後になってしまいました。
そして、試合前の公式練習が始まってから、相手チームの公式練習に驚かされました。
公式練習の迫力だけで比較すると、今大会の3本指(No.1かな?)に入る位で、
前試合の敗者チームで、この試合のラインズマンも驚いて、ケガしないようにと
冗談を言われるくらいの相手でした。
隣のコートも片付けられて、審判の方たちもまわりに集まったなかで、試合がはじまりました。
さすがに相手の高い攻撃も決まるが、それ以上に寺地のブロック・石川の時間差等が良く決まり、
2−1(19-21,21-11,21-16)で逆転勝利となりました。
この試合は今でもシャープ大阪のベスト3の試合の一つです。
試合後は、当然開催地の京都で泊まり、夜はみんなで宴会をしましたが、話題はこの試合の
ことばかり、次の日の2回戦はあっさり負けて、次試合のスコアラーをしていると、副審の方から
『シャープさん今日はどうしたの、調子悪かったね』と言われてしまいました。
やっぱり二日酔いで、バレーをするのはキツイ!
(4)骨折してたの?
近畿地区産業人大会のひとコマ
・年度不明の大会ですが、2回戦(準決勝)で東芝姫路と対戦したときのことです。
毎年のことながら我がチームは攻撃力が弱いため、この時も相手の東芝姫路になめられた状態で
2セット目は途中で、確かキャプテンでHCの攻撃の中心の選手を交代させて、余裕の展開を
されていたが、こちらも派手さはないが確実に得点を重ねたため、最後は慌ててキャプテンを
コートへ戻していた。
ところで、当時うちのエースだった石川が1セット目に、すでに足の指を骨折した状態だった。
かなり痛かったと思うが、試合中は集中していたため、あまり痛みを感じなかったそうです。
試合後に痛がっていたがよくやってくれたと思います。
(5)体が痛い
・年度不明
近畿実連の大会が姫路であるというので、チームの数名は前日(金曜日)に有給休暇を取り
車で出かけました。
目的は須磨海岸でバーベキューをするということで、出発後よりすぐに飲み始めた石塚をはじめ
いつものメンバー勢ぞろい。
しかし、海岸はバーベキュー禁止?かどうか、よく判らない。でも、他でやっているグループはない。
そこは、気にせず始めました。
早くからやっていたから、最初は回りに人がいなかった。(誰も近寄ってこない)しかし、その日は
天気がよく昼からはどっと人が押し寄せてきたので、我々の周りもだんだん人で埋まってきて、
周りの冷たい視線にもめげずに、思いっきり食って、飲みまくりました。
しかも、夜には前泊ということでまたも飲み屋で食事(ん宴会?)、明日大丈夫かな。
次の日起きると、体が痛い。半パン、Tシャツの出ていた部分が、日焼けで痛い。
体育館の中で見るとよく分からないが、試合の合間に外で見るとなんと体が真っ赤
強い日差しの中にい過ぎた。
ほんと、大阪に帰ってきてからの方が、もっと痛くなっていました。
(6)ジュンちゃんとこかいな。
・年度不明
これも、姫路での大会のことですが、体育館に行くためにタクシーで向かっているとき、当時の
キャプテンだった石川の彼女(現在の奥さん)が姫路の子ということで、どの辺やという話をしていたら。
タクシーの運ちゃんが話しに乗ってきて、どこそこやったらよう知っているといって、そこやったら
俺の知り合いの岩澤の準ちゃんとこかいなという話になりました。
やっぱり、日本は狭いな。