シャープ大阪バレー部騒動

(1)なんで入院してるの!
 ・これは、1993年に私が入院した時の事ですが、月曜日に胃カメラの検査で
 病院に行き検査終了後、『じゃあ2階に行って診察を受けてください。』と言われ、
 診察をうけると。
 『とりあえず2週間ばかり入院してもらおうか』となり、入院する事になりました。
 ちなみに、前日の日曜日はバレーの試合に行ってましたので、後日見舞いに来た人は、
 『なんで入院しているの、このあいだ試合に来てたやん。』と言って驚いていました。
 しかし、悲劇はこの後も続いたのでした。
 何故かというと、私の入院していた病棟は外科でして、ここに入った人は手術するものと
 周りの入院患者からは思われていましたが、私自身は夢にも思っていないことでした。
 でも、結果は手術をすることになり、胃を2/3削除してしました。
 何故?切ったか、ご想像におまかせします。
 でも、今はバレーもしています。

 (2)のど自慢チャンピオン
 ・我がシャープ大阪バレー部には、NHKのど自慢のチャンピオンがいます。
  地元でのど自慢の大会があるということで、予選会に行って合格すると、次の日は
  もう本番です。
  従って、部のメンバーもほとんど誰も出場することを知らない状態でした。
  でも、歌手になりたかったと言っているくらい、元々歌のうまい者なので、
  優勝してしていました。
  本人が言うには 『ただ声が大きかっただけ』と言うように、ほんと声が大きいのです。
  カラオケに行っても、マイクを持って歌っている人より、横で歌っている彼の声が
  大きいくらいです。
  でも、審査委員の意見で、小金沢より歌い方を注意された時
  『ヒット曲のないおまえに言われたくない。』と怒っていたそうです。

(3)これから仕事
 ・私たち大阪の実業団リーグは、ほとんど平日の夕方(PM6:30)よりリーグ戦が
  あるため、その日部員は、会社の定時より少し前に会社を出て、試合会場へ行くように
  段取りをしています。
  当然、仕事が忙しいため試合に行けない者が、出る場合もあったり、当日よそへ
  出張していて、そこから駆けつけたりする者もいます。
  中には、リーグ戦2試合終了後(PM9時過ぎ)に、まだ皆いるからと言って
  仕事に戻る
者もいます。
  ほんと仕事とバレーを続けていく事は大変です。
  好きでないと続けられません!

(4)何の説明?
 ・総務部所属の者が、新入社員に会社の庶務的な内容を説明をするとき、相手が
  バレー経験者と判ると、本来しなければならない説明もそこそこに、クラブの話ばっかり
  していたそうです。
  でも、その話が効いたのかどうか、今では彼もバレー部員です。
  毎年、新入社員が入ってくると、必ずバレー経験者がいるかどうか確かめている
  そうですが。新入社員が少ない(大阪は少ない)ので、当然いない年もあります。
  また、過去にやっていたとしても、社会人になってまでもやりたくないという者も
  いますので、部員集めには苦労します。

(5)あれ、試合は?
 ・恥ずかしいことですが、私たちのチームは試合日時を間違えた事があります。
  もう、15年程前になると思いますが、タツタ電線体育館で試合ということで、当日
  朝の受付時間前に皆で行くと、他のチームは来ていない。
  おかしいと思って守衛に人に聞いてみると、試合は1週間後でした。
  その大会の抽選には、男子チームは行かず、当時在った女子チームに
  男子の分も引いてもらったが、どうも間違った日程を教えられたみたいで、
  仕方がないのでみんなで食事をしてから帰って練習をしたそうです。
  (ちなみに、私は当日出張中のため、難を逃れました)
  それ以来、他チームがいないと、また間違えたのかなと怯えています。

(6)溝にはまった。
 ・クラブの皆で、家族も一緒に1泊で海水浴に行ったときの事ですが、夜浜辺で
  花火をするというので、私も子供と一緒に行こうと外に出て、浜辺に出るため民宿横の
  道路のガードレールを越えて行こうとしました。
  そのとき、自分ではそこに地面があるつもりで足を踏み出したが、そこは溝になっていて、
  自分でもよく分からずに、溝に落ちていました。
  当然、怪我をしてしました。
  その時のことを兼城さんはこう言っています、『部屋でテレビを見ていると、メガネが割れて、
  顔か
血を流しながら松下が来て、溝にはまって怪我したので、明日車の運転をしてくれ
  と頼まれた。』と話しています。
  しかし、朝になって自分の落ちた溝を見て思いましたが、溝幅90cm、深さ1.4mくらい
  ありましたので、ほんとよくこれだけの傷(顔面と手の裂傷程度)で済んだと思いました。
  それ以来、そこに行ったときは、ここが松下がはまった溝だと説明されているみたいです。
  ちなみに、私のほかにもその溝にはまった人がいるみたいで、今ではフタがされている
  そうです。

(7)シャープ大阪バレー部ベスト3試合(その1)
 ・一つは、近畿大会関係のひとこまにも書いている松下電器掃除機との試合。
  次の一つにあげるのは、武田薬品(現在廃部)との試合です。
  これは、総合の大阪予選(年度不明)の試合で、一回戦で武田薬品と当たる事になっていて、
  二回戦は勝者がコマツと対戦する組み合わせの時でした。試合会場の武田薬品の体育館で、
  組み合わせを見たコマツのメンバーが『武田と対戦か』と言うのも、うなずける当時のランク
  でしたが、いざ試合が始まって見ると、我がシャープ大阪がずっと押しっぱなしで、
  1セットを奪取」してしまいました。でも2セット目はやられるだろうな、と思っていましたが
  なぜか2セット目もずっとリードしていました。
  当時応援に来ていた、矢田さんや石塚もびっくりするよな結果として、結局2−0の
  ストレートで勝ってしまいました。
  前年度のA1クラスより落ちたと言ってもA2クラスのトップ(大阪No.6)のチームに
  ストレートで勝った
のですから、驚きです。
  (武田はこれが原因で廃部?←ウソ)
  当然二回戦のコマツも2−0のストレートで勝ち、準決勝でガッツクラブと対戦となり、
  1−1で迎えた第3セットの15−13とシャープ大阪リードのとき、こちらにチャンスボールが
  帰っていたがそのボールをパスするときボールがすべりドリブルを取られてしまい、
  結局その後リズムを崩して、惜敗してしまいました。
  勝っていれば、決勝戦の相手は松下電池だった。
  次年度の松下電池と対戦したとき1−2で敗戦したが、その時もし勝って対戦していたら、
  どうなっていただろうかとつい思ってしまいます。
  いま考えると、その頃のチームが一番強かったのではないだろうか?
  大阪では、三井東圧(現在の三井化学)にも2−0のストレートで勝ったりしているが、
  [三井東圧は次年度産業人の代表で北海道へ行ったはず。] なぜか、当時は近畿大会関係の
  試合に推薦してもらっていないため、他府県のチームと試合をする機会がなく、どの程度の
  実力か測れず、残念だった。

(8)シャープ大阪バレー部ベスト3試合(その2)
 ・ベスト3のもう一試合については、いろいろ候補はあるがこれだというような内容に欠ける。
  上に書いた三井東圧との試合も良かった、でも寺地一人が相手のエースを止めまくって、
  勝ったような気がするし、大西が入った年の象友会との試合についても、相手のブロッカーが
  あまりにも止まらない(ブロックできない)ために、怒ってネットを掴んだ試合についても、
  一人は非常に良かったが、全員でとなるとなかなか決まらない。
  とりあえず、この次良かった試合があれば、それをベスト3の一つに加えよう。

(9)毎回同じネタ
 ・皆で飲んでいると必ずネタにされるのが、畝森の2つのネタ。
  本人曰く『また、始まった。もう、いいから』というような内容です。
  一つは新入部員として入った当時の事、もう一つは、試合を見て、声を掛けてきた子の話です。
  内容については、チームの秘密ですのであしからず。
  (どうしても知りたい方は、メールを頂ければ教えます。)
  他のチームでもこのように、毎回酒の席でネタにされる話ありませんか。

(10)会社は休暇中でもバレーは参加
 ・(1)の手術もおわり、無事入院生活を終えて自宅療養で退院したが、まだ会社へ出社する
  前の病欠中に当時シャープの近畿地区のおいて毎年開催されていた、事業部毎対抗の
  スポーツ大会が開催された。
  当然バレーは9人制だったので、私の事業部のチームは人数合わせのため、バレー経験の
  ない川本の奥さん、私の嫁さん、さらになんと、退院後数日の私もメンバーで試合に
  出場していました。
  当然レシーブができる状態ではないため、ボールが来たらどうしようと考えている位でした。
  (ちなみに相手はシャープ奈良事業部=シャープ奈良バレー部でした。)
  ボールが来たらよける(当たったらどうする)、サーブはアンダーで打つて相手コートまで
  届かない位、ほとんど人数合わせのために、コートの中にいるだけ(ルールーではコート外でも
  可ですが)という状態でした。
  ちなみに、会社へ出社するようになったのはこの後1ヶ月後くらいでした。
  でも、私の姉に言わせると『もう、会社に行ってるの、市役所だったら今年一杯は休んでるよ』
  と言っていました。
  姉の旦那は田舎の市役所勤めです。

(11)試合あったの?
 ・これも試合関係のネタですが、だいぶ前のリーグ戦の時、『シャープさんこの前棄権したね』
  『え・・・・!、そんな事はないはずだけど』
  そうなんです、実はこの試合の前にもリーグ戦が入っていたのですが、チーム内で全然連絡が
  取れてないというか、前主将の石川が日程を把握していなかったため、リーグ戦が2試合棄権に
  なってしまっていました。
  当然2試合はは敗戦扱いで、残り2試合に勝利して残留しましたが、1年上のクラスに昇格するのが
  遅れてしまいました。
  リーグ戦の場合、日程が送られて来るだけで抽選もないため、当時うちの場合は主将が直前に
  皆に連絡して日程調整を計っていた。
  現在は、事前に一年間の日程を全員に連絡して、日程の調整を行っています。