(13年前)桜台総合病院・個室病室
点滴筒。薬液の雫が落ちていく。
ベッドで点滴を受けている篠原美乃里(15)。
美乃里「どうせ私は死ぬんでしょう、分かってるのよ・・・」
ベッドサイドの両親(雄三・静江)、言葉を返せず美乃里を見ている。
美乃里「こんな辛い治療受けたって、どうせ治らないんでしょ。分かってるのよ、何もかも」
雄三「そんなことない。美乃里の病気はちゃんと治る。だからもう少し頑張って」
静江「そうよ美乃里。中村先生がきっと治してくださる。だから頑張って」
美乃里「頑張って頑張ってって、私だって一生懸命頑張ってるよ! それなのに、これ以上どう頑張ればいいのよ!」
静江「・・・・・・」
雄三「・・・・・・」
美乃里「もうこんな辛い治療受けたくない! もうどうなってもいい! もうイヤ! イヤー!」
腕の点滴を引き抜き、両親に投げつける。
美乃里「もうイヤーッ!」
泣きじゃくる美乃里。
両親、ただただ美乃里を見つめている。
(現在) 同 病院・全景(夜)
閑静な住宅街に建っている総合病院。
正面玄関には、大きなクリスマスツリー。
イルミネーションが輝いている。
同・小児科外来待合コーナー(夜)
夜にもかかわらず、患児親子が数組、診察を待っている。
同・診察室(夜)
入口に『小児科医・篠原美乃里』のプレートがかかっている。
診察室では、美乃里(28)が患児( 1歳)を聴診している。
美乃里の横には杖が置かれている。
美乃里「はい、いいですよ」
母親(20)、子供の服を直す。
美乃里「咽頭炎ですね。心配ありませんよ」
患児の母「点滴、してもらいたいんですけど」
美乃里「は?」
患児の母「明後日から台湾旅行に行くことになってるんで、早く治して連れて行きたいんです」
美乃里「はぁ?」
患児の母「熱もまだ38度もあるし、咳も出てるし」
美乃里「早く治したいと思うんだったら、どうしてもっと早くに、昼間に受診されなかったんですか」
患児の母「だってすぐに治ると思ったし。それに時間外診療って、待ち時間が少ないって聞いてたし」
美乃里「・・・・・・」
患児の母「点滴、してもらえるんですか?」
美乃里「お子さんには必要ありません。水分も栄養も摂れてますし、わざわざ痛い思いをさせることもないでしょう」
患児の母「だったら飲み薬を一週間分出してもらえますか。粉薬はダメなんでシロップを」
美乃里「お母さん、時間外診療では薬は一日分しか出せないんです。明日また様子を見せに来てください」
患児の母「なにそれ、結局また明日来いってこと? それなら初めから明日にしておきゃ良かったじゃない」
美乃里「いいですかお母さん、そもそも時間外診療というものは、緊急を要する患者さんのために」
患児の母「なんか感じ悪ーい。この病院」
美乃里「いずれにしても、旅行は中止か延期をされた方がいいと思います。この体調では無理です」
患児の母「もう結構です。明日、近所の小児科で薬出してもらうんで。(立ち上がる)」
診察室を出て行く患児の母。
美乃里、疲れた顔。
内線電話が鳴る。看護師A取る。
看護師A「はい小児科外来です。・・・分かりました。(電話を切る)」
美乃里、看護師Aを見ている。
看護師A「病棟の小川優花ちゃんが心停止だそうです。今、中村先生が処置を」
美乃里「(立ち上がり)ちょっと行ってきます」
と杖を手に取り、出て行こうとする。
看護師A「ちょっと先生! まだ外来が!」
美乃里、急いで診察室を出て行く。
呆れた顔の看護師A。
同・廊下(夜)
美乃里、杖を突き廊下を走っている。
同・小児病棟・優花の個室病室前廊下(夜)
「503号室 小川優花」のプレート。
同・優花の個室病室(夜)
酸素マスクを付けられ、ぐったりとベッドに横たわっている小川優花(10)。
優花の胸に心臓マッサージを施している医師・中村修一(38)。
その様子を茫然と見ている両親。
やがて中村、そっと手を止め、ベッドから離れる。
心拍モニターはフラットになっている。
中村、ペンライトを取り出し、優花の瞳孔を確認しようとする。
そこへ美乃里が駆け込んで来る。
美乃里「優花ちゃん・・・」
美乃里、中村を押しのけ、
美乃里「優花ちゃん目を開けて! 優花ちゃん!」
優花に心臓マッサージを始める美乃里。
中村、呆れた顔。
美乃里「優花ちゃん!目を開けて! 目を開けて!」
懸命に心臓マッサージを続ける美乃里。
中村「篠原、もういい」
心マッサージ続けている美乃里。
中村「篠原、聞こえないのか」
美乃里、止めようとしない。
優花の母「美乃里先生、もういいんです・・・。もういいんですよ・・・」
美乃里、そっと手を止め優花の母を見る。
優花の母、美乃里に頷く。
美乃里「・・・お母さん・・・」
美乃里、優花から離れる。
中村、ペンライトで優花の瞳孔を確認しようとする。が、
美乃里「待ってください。優花ちゃんの主治医は、私です」
中村「・・・・・・」
中村、そっと後ろへ下がる。
美乃里、優花のベッドサイドにそっとしゃがみ込み、
優花の髪を優しくなでる。
美乃里「優花ちゃん、ごめんね・・・。必ず退院させてあげるって約束したのに・・・。約束したのに・・・」
泣いてしまう美乃里。
美乃里の涙に、優花の両親も泣いてしまう。
その様子を冷静に見ている中村。
美乃里、涙を拭い立ちあがり、ペンライトを取りだす。
優花の瞳孔を確認する美乃里。
美乃里「(腕時計を見)22時45分、ご臨終です」
深く頭を下げる美乃里。
優花の父「ありがとうございました」
優花の母「ありがとうございました」
深く頭を下げる優花の両親。
美乃里、再び泣いてしまう。
そんな美乃里に抱き付き泣いてしまう優花の母。
その様子を冷静に見ていた中村、無表情のまま病室を出ていく。
優花の母、そっと美乃里から離れ、
優花の母「美乃里先生、外来で診察中、だったんですよね・・・。どうぞ、戻られてください」
美乃里「・・・・・・」
優花の母「美乃里先生を一人占めにしていたら、優花に叱られます」
美乃里「・・・・・・」
優花の母「美乃里先生には、本当に良くして頂いて、私たちはどれほど感謝をしているか。厳しい状態だった優花がここまでがんばって来られたのも、美乃里先生のおかげです。本当に、ありがとうございました」
美乃里「お母さん・・・」
優花の父「どうぞ外来に戻られてください、美乃里先生」
美乃里「お父さん・・・」
優花の父、美乃里に頷く。
美乃里「外来を終えたら、すぐに戻ります・・・」
美乃里、両親に深く頭を下げ、後ろ髪を引かれるように病室を出て行く。
同・小児病棟廊下(夜)
美乃里、泣きながら廊下を走りだす。
美乃里の腕が、誰かに掴まれる。
振り向く美乃里。
中村の姿。
中村「人前で涙を見せたら、ほかの患者が動揺するだろう」
美乃里「・・・・・・」
中村「お前には、プロとしての意識がないのか」
美乃里「・・・・・・」
中村「顔洗って来い」
美乃里、中村に頭を下げ、去っていく。
中村、美乃里の後ろ姿を見つめている。
同・小児科外来診察室(夜)
美乃里、患児(2)の聴診を終える。
美乃里「はい、沙耶ちゃんいいですよ」
母、子供の服を直す。
美乃里「(母に)昼間外来でお渡ししたプリントに書いてある通り、熱はもう少し続きますからね。熱が下がらなくても心配いらないですよ」
沙耶の母「良かったー。どうしたらいいのか私の方がパニックになっちゃって。時間外で悪いと思いながらまた来ちゃいました。ごめんなさい」
美乃里「もう少し様子を見てみましょうね」
沙耶の母「ホント助かりました。ありがとうございました」
沙耶親子、診察室を出て行く。
美乃里、疲れた顔。
同・小児病棟医師室(夜)
美乃里、一枚の書類に向かっている。
死亡診断書。
氏名欄に『小川優花』と書いてある。
『死亡の原因』の欄に病名を書こうとするが、手を止め切ない顔。
やがて書く。
『悪性リンパ腫』
切なく思いつめた顔の美乃里。
同・小児病棟ナースステーション(夜)
看護師BとC、書類を書いている。
看護師C「リンパ腫の優花ちゃん、とうとう亡くなっちゃったね」
看護師B「美乃里先生、相当ショックだろうね。思い入れが一番強かった子だから」
看護師C「自分と同じ病気だから尚更だよね」
看護師B「美乃里先生も大変だよね。今でもあの病気を繰り返して苦労しているわけだから」
看護師C「いつ再発してもおかしくない体だからね。次は自分の番・・・みたいな」
看護師B「あたしには耐えられないなぁ。化学療法続けながら、あの身体でよく仕事続けてると思うよ」
看護師C「しかも3、4日のぶっ続け勤務なんてざらだしね。睡眠も休日もまともに取ってないし」
看護師B「あんなに命かけて小児科医を続けようなんて、正気の沙汰じゃないよね。マジ感心しちゃう」
看護師C「美乃里先生ってさ、ホントやたらと熱いよね。こんな仕事、ドライに割り切らなくちゃやってらんないのに」
看護師B「ホント。あんなに感情移入しちゃってさ、あれじゃ絶対早死するって」
中村が入ってくる。
気まずい顔の看護師BとC。
中村「廊下まで話し声が聞こえてるぞ。言葉を慎め」
看護師B・C「すみません」
中村、どこか思いつめた顔。
同・拓也の個室病室(朝)
患児・清水拓也(12)がベッドでぐったりと横になっている。
ベッドサイドには拓也の母が付き添っている。
ノックの音。美乃里が入ってくる。
美乃里「拓也君、具合はどう?」
拓也の母、会釈する。
美乃里も会釈をし、拓也の元へ。
拓也「うん。今日も体がだるい・・・」
美乃里「そうか、まだだるいんだね・・・。それじゃ胸の音、聞いてみようね」
美乃里、拓也の胸のボタンに手をかける。
拓也「ねえ、美乃里先生」
美乃里「なに?」
拓也「僕ね、今までずっと、絶対に病気に負けないって、そう思ってきた・・・」
美乃里「うん」
拓也「お父さんとお母さんを悲しませたくないから、頑張ろうと思ってきた・・・」
美乃里「うん」
拓也「でもね・・・、もう疲れた・・・」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、手が止まる。
拓也「僕、もうすぐ死ぬんだよね・・・。自分でも分かるんだ・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也「美乃里先生から、病気の説明を受けた時から覚悟してた・・・。僕の病気は、いつか死ぬ病気なんだってこと・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也「美乃里先生、僕ね、死ぬのはぜんぜん恐くないんだよ。ただね、僕、死ぬ時は、自分の家で死にたいんだ。お父さんとお母さんの側で、自分のうちで死にたいんだよ。美乃里先生・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也「美乃里先生なら分かってくれるよね。僕と同じ思いをしてきた美乃里先生なら、僕の気持ち分かってくれるよね・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也「先生お願い。僕をうちに帰して。お願い、うちに帰して。美乃里先生・・・」
美乃里「・・・・・・」
切ない顔の美乃里。そして母親。
同・廊下(朝)
廊下の一隅に立っている美乃里と拓也の母。
拓也の母「あの子は、自らの死期を悟っています。拓也の言うように、あの子を家に帰して頂くわけにはいかないでしょうか」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「手の施しようがないのなら、拓也を自宅で看取ってやりたいんです。できることなら美乃里先生に往診して頂いて、自宅で看取ってやりたいんです」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「無理を言っている事はよく分かっています。美乃里先生にご迷惑をお掛けしてしまう事も良く分かっています。ですが、あの子の望むように、あの子をうちで死なせてやりたいんです。美乃里先生のお力を、お借りするわけにはいかないでしょうか」
美乃里「・・・私としても、できるかぎりのことをして差し上げたいと思っています。拓也君の望み通り、おうちに帰してあげられればと思っています。ですが・・・、ご自宅で拓也君にもしものことが起こったとしても、私はすぐに拓也君の元へ駆け付けることができません。ご存知の通り、この病院の小児科医は私と中村先生の二人しかおりません。往診については、何とか時間を割いてでも毎日お伺いすることはできますが、もしもの時に、すぐに拓也くんの元へ駆け付けることができないんです。もしもの時には、拓也君のご家族だけで、拓也君の死を看取って頂くことになるかもしれないんです」
拓也の母「それでも構いません。病院にいても家に帰っても、取るべき手段が同じなら、あの子をうちで死なせてやりたいんです。あの子の最後の望みを叶えてやりたいんです。お願いします美乃里先生。拓也を退院させてください。お願いします!」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「お願いします美乃里先生!」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、思いつめた顔。
同・小児病棟医師室(昼間)
中村、デスクで書類を書いている。
その後ろに立っている美乃里。
美乃里「中村先生・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「私が受け持っている、清水拓也君のことなんですが」
中村「・・・・・・」
美乃里「退院をさせて、在宅でケアをしたいんですが」
中村、驚き振り向く。
美乃里「在宅で、ケアをしたいんです」
中村「そんなことは無理に決まってるだろう」
美乃里「拓也君の現在の治療は対症療法のみです。自宅にいても病院にいても取るべき手段が同じなら、在宅でケアをしたいんです」
中村「話にならない」
美乃里「拓也君はおうちに帰りたがっています。おうちで死にたいと、拓也君はそう願っているんです。私が毎日拓也君を往診します。中村先生にはご迷惑をお掛けしません」
中村「迷惑掛ける掛けないの問題じゃないだろう」
美乃里「中村先生が反対されても、私は退院させるつもりです」
中村「そんな勝手な真似が許されるとでも思ってるのか。そんなことをして、拓也君にもしものことがあった時はどうするつもりなんだ」
美乃里「そのことでしたら、ご家族にすべて話して了承を得ています。もしもの時に、私はすぐに駆け付けることが出来ないと。拓也君のお母さんは、それでも良いと仰っています」
中村「そういうことは後で何か問題が起こると厄介なんだ。いつも言っているだろう。患児の親は敵だ。子供を亡くせば心なんて簡単にひるがえる。訴訟が起きたら、この小児科どころか、お前の医師としての将来も吹っ飛ぶんだぞ」
美乃里「・・・・・・」
中村「そもそもこの病院は、在宅ケアに関わっているほど暇じゃない。この病院の小児科医は俺と君の二人しかいない。看護師だって只でさえ人手が足りない。この病院で、そんな在宅医療まがいのことが出来るとでも思っているのか」
美乃里「それじゃ治療の出来ない子供たちは、この病院の中で、ただ死を待ってろって言うんですか」
中村「誰もそんなことは言ってないだろう。そもそも治療のできない患児を作っているのは君の方だろう。延命治療は患児を苦しませると言って、助かる命まで治療を放棄して。拓也君の治療にしてもそうだ。まだまだ取るべき手段が残されているというのに、君は勝手に治療を放棄して」
美乃里「そんな無駄な治療を、苦しむだけの治療を、どうして行わなければならないんですか!」
中村「どうして無駄だと決め付ける! 最後の最後まで、希望をもって治療を続けるのが医師としての務めだとは思わないのか? 懸命な治療で助かる命だってあるんだ」
美乃里「・・・・・・」
中村「君のやっていることは、患児を見捨てていることと同じだ。患児を見殺しにしていることと同じだ」
美乃里「・・・それは、訴訟問題を避けるための、単なる言い訳に過ぎないんじゃないんですか・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「検査や治療さえ続けていれば、何かあった時に『私は最善を尽くしていた』という言い訳になりますからね」
中村「・・・・・・」
美乃里「訴訟問題に気をつけろ気をつけろって、病院や医者の立場を守るために、子供たちに無駄な治療を施す必要があるんですか!」
中村「・・・・・・」
美乃里「子供たちがおうちに帰りたいなら、帰してあげてもいいじゃないですか! 子供たちが望むように、ご家族が望むように、最期を過ごさせてあげた方が患児の為になるとは思わないんですか!」
中村「そんな理想論が、この小児科で通じるとでも思っているのか・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「在宅ケアだ、ターミナルケアだ、そんなことは所詮理想論に過ぎないんだよ・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「小児科は、手間や人手がかかる上に採算性が悪いなどと言われて、どこの病院も縮小を余儀なくされ、閉鎖にまで追い込まれる病院も増えている。この病院にしてもそうだ。赤字続きのこの小児科が、存続の危機にあることを君も知らないわけじゃないだろう」
美乃里「・・・・・・」
中村「経営の問題ばかりじゃない。我々小児科医の激務の実態だって、君はイヤと言うほど思い知らされているだろう。年々小児科の医師は減り、仕事は益々激務になり、24時間どころか50時間60時間のぶっ続け勤務の中で、一体どうターミナルケアを施せって言うんだ。精神的にも肉体的にも限界に来ている小児科医は、ただひたすら、医療過誤を引き起こさないよう身を守ることすら難しいんだよ。目の前にいる患児や、低次元な親たちをさばいていくことだけで、それだけで精一杯なんだよ」
美乃里「確かに私たちの仕事は激務です。割に合わずやりきれない事ばかりです。でも! 子供たちには何の罪もないじゃないですか! 私たち小児科医は、一体何のために存在しているんですか? 小児科を存続させるために病気の子供達がないがしろにされるなんて、そんなことは本末転倒です! 私たち小児科医がこの状況を打開していかない限り、誰が小児医療を変えていくんですか!」
中村「だからそれが理想論だって言ってるんだ!」
美乃里「・・・・・・」
中村「それが出来れば苦労はしない。それが出来ないから、過労死や自殺にまで追い詰められる小児科医が後を絶たないんじゃないか・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「君がどうしても、そうした理想の医療を貫きたいのなら、さっさとこの病院を辞めて、どこか違う病院でも探すんだな。まぁ、お前が望んでいる病院など、どこを探しても見付からないと思うが」
美乃里「・・・・・・」
中村「君に言っておく。君は独断行動が多過ぎる。君への批判も多い。小児科はただでさえ風当たりが強いんだ。この病院に小児科など不要だと考えている医師も多い」
美乃里「・・・・・・」
中村「いつまでもこんな真似をしていたら、おまえはこの病院にいられなくなる」
美乃里「・・・・・・」
中村「考え方を変えろ」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「先生は、変わりましたね・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「私が入院していた頃と、全く変わってしまった・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「私は、先生のような医者になりたくて、先生のような心温かい医者になりたくて、ずっと頑張ってきたんです。それなのに・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「それなのに私の担当だったあの頃の先生は、いったいどこへ行ってしまったんですか。どうしてそんなに変わってしまったんですか」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「あの頃の俺は、どうかしていた・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「あの頃は、熱くなり過ぎた・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「患者の病気や、患者の死は日常だ。いつまでもあんな感情に振り回されていたら、こんな仕事は続けられない」
美乃里「・・・・・・」
中村「君みたいに身も心も患者のために尽くしていては、こんな仕事は続けられないんだよ・・・。そんな感情が、いかに不要なものか、どんなに邪魔になるものか、君も今に気付く」
美乃里「・・・・・・」
中村「君もそのうち、患者が死んでも泣けなくなる」
美乃里「私は! 患者さんのために泣けなくなったら、その時は医者を辞めようと思ってますから!」
中村「・・・・・・」
美乃里「明日の朝、拓也君を退院させます。明日は私の勤務が休みなので、拓也君に付いて行きます。全ての責任は、私が負いますので」
美乃里、中村に頭を下げ、医師室を出て行く。
中村、思いつめた顔。
同・病院玄関(翌朝)
玄関前にワゴン車が停まっている。
玄関から、拓也を背負った父親が出て来る。
後に続いて出て来る母親と美乃里。
美乃里は私服姿で往診バッグを持っている。
3階の窓から、その様子を見ている中村。
父、拓也をワゴン車に乗せる。
美乃里と母親も車に乗り込む。
やがてワゴン車、走り出す。
窓から見ている中村。
ワゴン車の中
拓也、後部座席にぐったりと座っている。
隣席に美乃里。
美乃里「拓也君、良かったね。おうちに帰れて」
拓也「美乃里先生、僕、嬉しいよ。本当に嬉しい・・・。ありがとう、美乃里先生・・・」
美乃里「ウン」
微笑み合う二人。拓也の両親も微笑んでいる。
清水拓也宅・和室
布団で眠っている拓也。
同・リビング
拓也の両親、ソファーに座っている。
美乃里、和室(隣室)からリビングに入ってくる。
美乃里「拓也君、すぐに眠ってしまいました。ここまでの移動で、疲れてしまったんでしょうね」
拓也の母「ありがとうございます。お茶入れますので、どうぞ座ってください」
美乃里「ありがとうございます」
飾り棚の上に、写真立てがたくさん並んでいる。
美乃里、一つ一つの写真を見る。
拓也が生まれた頃からの、成長の記録である。
どの写真も、拓也が笑顔で写っている。
切なく見ている美乃里。
拓也の父「拓也は、私たちの間にようやくできた一人息子でしてね。結婚15年目にしてようやく授かった子どもなんです。ですからもう、可愛いのなんのって」
拓也の母「私達、拓也には手を掛け過ぎるくらい手を掛けてきましてね。こんなわがままな子供に育ててしまって、大人になったらどうしましょうとか、結婚してもちゃんとやっていけるかしらなんて、そんなことを心配したこともありました。でも・・・、拓也は、そうして大人になることも、ましてや結婚することも、実現できないんですよね・・・。わたしたちが当たり前のように辿って来た道程を、拓也は辿ることが出来ないんですよね・・・」
母、涙が零れ落ちる。
父も泣いてしまう。
美乃里も、二人の涙に泣いてしまう。
拓也の母「お茶、どうぞ・・・」
美乃里「ありがとうございます」
美乃里、ソファーに座る。
拓也の父「拓也には、あとどのくらい、時間が残されているんでしょうか」
美乃里「・・・・・・」
拓也の父「拓也は、この年を越せるんでしょうか」
美乃里「・・・・・・」
拓也の父「教えてください。覚悟は、できていますので・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也の父「・・・・・・」
拓也の母「・・・・・・」
美乃里「拓也君は、いつ命を終えても不思議ではない状態です」
拓也の父「・・・・・・」
拓也の母「・・・・・・」
美乃里「拓也君に、もしものことが起こったら、私は出来るかぎり早くこちらに駆け付けるつもりですが、もしものことが起こっても、どうぞ慌てないでください。拓也君が息を引き取るまでの過程の中で、苦しそうに喘いだりすることがあると思います。ですがその時は、すでに意識が無くなっている状態ですので、本人は苦しんではいないんです。拓也君の呼吸が止まりそうになったら、その時は、そっと拓也君の手を握って、そして拓也君に優しくお別れの言葉を掛けてあげてください。拓也君は最後まで、お二人の優しい言葉に耳を傾けていると思いますから」
母、泣き出してしまう。
拓也の母「すみません・・・。覚悟、しているつもりなのに・・・」
泣いている母。
そして父。そして美乃里・・・。
道路
美乃里、思いつめた顔で歩いている。
拓也の父の声「拓也は、私たちの間にようやくできた一人息子でしてね。結婚15年目にしてようやく授かった子どもなんです。ですからもう、可愛いのなんのって」
拓也の母の声「私達、拓也には手を掛け過ぎるくらい手を掛けてきましてね。こんなわがままな子供に育ててしまって、大人になったらどうしましょうとか、結婚してもちゃんとやっていけるかしらなんて、そんなことを心配したこともありました。でも・・・、拓也は、そうして大人になることも、まして結婚することも、実現できないんですよね・・・。わたしたちが当たり前のように辿って来た道程を、拓也は辿ることが出来ないんですよね・・・」
美乃里、涙が零れ落ちる。
美乃里、立ち止まり、前方を見上げる。
桜台総合病院が見える。
美乃里、涙を拭い、病院に向かって歩いて行く。
桜台総合病院・小児病棟廊下
白衣姿の美乃里、廊下を歩いている。
同・祥子の個室病室
患児の祥子(15)が、一人ベッドで勉強をしている。
ノックの音、美乃里が入って来る。
美乃里「祥子ちゃん、具合はどう?」
祥子「あれ? 美乃里先生今日は仕事お休みじゃなかったの?」
美乃里「うん。家にいてもやることないから戻ってきちゃった」
祥子「せっかく久しぶりにお休みもらえたっていうのに」
美乃里「病院にいた方が、何だか落ち着くしね」
祥子「アハハ、美乃里先生らしいね」
見合い笑う二人。
美乃里「勉強してるんだね。感心感心」
祥子「来月受験だからね」
美乃里「そうか。いよいよラストスパートだ」
祥子「ウン。実は私ね、将来の夢があるんだ―」
美乃里「夢?」
祥子「ウン」
美乃里「何だろう。祥子ちゃん英語が得意だから通訳さんだ!」
祥子「ブーッ、はずれー」
美乃里「違うの?」
祥子「ウン。実は私ね、将来看護師になろうって決めてるんだ。将来は看護大学に行くの!」
美乃里「うわぁ、祥子ちゃん看護師さんになるんだー!」
祥子「ウン!」
美乃里「そうかー! 祥子ちゃんだったら、きっと患者さん思いの良い看護師さんになるわね」
祥子「でしょ? 私もそう思う(笑)」
美乃里「もちろん、うちの病院で働いてくれるんでしょう?」
祥子「さあどうかなぁー。なーんてね。私ね、ホント言うと、美乃里先生と一緒に働きたいんだ」
美乃里「私と?」
祥子「ウン。私ね、美乃里先生を助けてあげたいの。病気を抱えながらも頑張ってる美乃里先生の役に立ちたいって、そう思って看護師になろうって決めたんだよ」
美乃里「祥子ちゃん・・・」
祥子「私、頑張って喘息治して、絶対看護師になるからね。私が看護師になるまで、美乃里先生ちゃんとこの病院で待っててくれる?」
美乃里「もちろんよ。祥子ちゃんがこの病院に来てくれるなら大助かりね!」
祥子「嬉しいなぁ! 私、絶対に看護師になって、美乃里先生と一緒に仕事するからね! ちゃんと待っててよ!」
美乃里「ウン! 絶対待ってる!」
微笑み合う二人。
祥子「ねえ美乃里先生?」
美乃里「なに?」
祥子「今日はなんだか顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」
美乃里「大丈夫よ」
祥子「先生働き過ぎだよ。久しぶりのお休みくらい家でゆっくり休まないと先生が病気になっちゃうよ」
美乃里「ありがとう心配してくれて。でもね、今夜は当直なのよ。だからこのまま仕事を続けちゃおうかと思って」
祥子「無理しないでよ美乃里先生。私、先生のことが心配で勉強が手に付かないよ」
美乃里「それは困る(笑)」
祥子「だったら約束して。絶対に無理しないって」
美乃里「分かった。約束する」
祥子「絶対だよ」
美乃里「ウン」
微笑み合う二人。
同・屋上(夕方)
美乃里、患児の良輔(10)を車椅子に乗せて小走りに屋上に出て来る。
美乃里「やったー! 脱出成功―!」
良輔「やったー! 誰にも見付からなかったね!」
見合い笑う二人。
美乃里「ホラ、夕日が見えた!」
良輔「ホントだー! きれい!」
二人、しばらく夕日を見ている。
良輔「美乃里先生、ごめんね」
美乃里「どうしたの?」
良輔「僕が夕日を見たいって言ったから、美乃里先生に無理させちゃって」
美乃里「そんなことないよ。先生もね、夕日が見たかったんだー」
良輔「ごめんね・・・美乃里先生・・・」
美乃里「良輔君・・・」
良輔「中村先生に見付かったら、美乃里先生すごく怒られるよね。中村先生怒ると恐いから」
美乃里「・・・・・・」
良輔「僕ね、このあいだ中村先生にすごく怒られたんだ。僕がね『こんな辛い点滴もう嫌だ! もう治らなくてもいい!』って言ったら、『男のくせに甘えるな! 病気を治すつもりがないんだったら今すぐここから出て行け!』って、そう怒鳴られちゃった」
美乃里「・・・・・・」
良輔「中村先生は病気になったことがないから、僕達の気持ちが分からないんだ。僕達がどんなに辛い思いをしているかなんて、中村先生には分からないんだ」
美乃里「そんなことないよ・・・」
良輔「えっ」
美乃里「そんなことない。中村先生はみんなの辛い気持ち、痛いほど良く分かってくれてる。中村先生はいつだって、みんなのことを大切に思ってるよ。良輔君を厳しく叱ったのだって、頑張って病気を治して元気になってもらいたいからなんだよ・・・」
良輔「・・・・・・」
美乃里「中村先生は・・・、美乃里先生よりもずっとずっと、みんなのことを大切に思ってる・・・。美乃里先生の方が、よっぽどダメなお医者さんなのかも知れないね・・・」
良輔「美乃里先生・・・」
美乃里「中村先生はね、ちょっと恐いけど、とってもいい先生だよ。美乃里先生、中村先生大好きだもん」
微笑む美乃里。
そんな二人を屋上入口から見ていた中村、そっとその場を去る。
同・院長室(夕方)
ソファーで向き合っている院長と中村。
院長「今週の医局会議で報告するつもりだったんだが、皆に伝える前に君に話しておこうと思ってね」
中村「・・・・・・」
院長「大体察しは付いていると思うが、いよいよ3月を目処に、小児病棟を閉鎖することに決めたよ。外来は今月いっぱいで閉鎖する」
中村「・・・・・・」
院長「限界まで縮小してきてはみたが、やはり赤字続きの小児科を、このまま存続させる訳にはいかないんだよ」
中村「・・・・・・」
院長「君からも、郷里の秋田への転勤願いも出ていたことだし、今が潮時だと思うんだ」
中村「・・・・・・」
院長「君の新しい勤務先は、君の希望通り秋田鳳凰会病院に話を通しておいた。臨床遺伝の専門医である君を、小児科部長として迎え入れたいそうだ。君には4月から、向こうへ赴任してもらう」
中村「・・・・・・」
院長「それと、篠原君の赴任先なんだが、彼女には来月から、福島の診療所に移ってもらうことにしたよ。無医村のね」
中村「えっ」
院長「ちょうど現任医師の任期が切れるらしくてね」
中村「ちょっと待ってください。あの体で無医村勤務なんて、どう考えたって無理に決まってるじゃないですか」
院長「・・・・・・」
中村「彼女は今もまだ、化学療法を続けている体です。2年前に再発して、今では何とか寛解状態を保ってはいますが、いつまた再発するか分からない体なんです。それにあの右足だって、大腿骨に後遺症を残して、歩くのだってやっとなんです。無理の出来る体ではないんです彼女は!」
院長「分かってるよ。だから大学病院で使いものにならなくなった彼女を、うちの病院で受け入れたんじゃないか。君にどうしてもと頼み込まれて」
中村「だったら彼女を、このままこの病院に残して頂けませんか。彼女は大学で血液腫瘍を専門に学んできた内科医です。彼女をこの病院の内科医として」
院長「うちの内科には必要ない」
中村「・・・無医村勤務だなんて・・・、無理だと分かっていてどうして・・・」
院長「・・・・・・」
中村「それって、言いかえれば医師の仕事を辞めろっていうことですよね・・・。無理だと分かっていて、無医村勤務を・・・」
院長「仕方ないだろう。あの体じゃどの病院も受け入れてはくれないんだ」
中村「・・・・・・」
院長「体のことばかりじゃない。彼女、随分と独断行動が多いらしいじゃないか。私の耳にも、彼女への批判が多く入ってきているんだよ」
中村「・・・・・・」
院長「つい先日も、脳外科の患児を勝手に外へ連れ出して、大騒ぎになったそうじゃないか」
中村「・・・・・・」
院長「そればかりじゃない。末期の患児を勝手に退院させたり、治療を放棄したり、まだまだ色々とあるらしいが、君も知らない訳じゃないだろう」
中村「・・・・・・」
院長「返す言葉が無いようだね」
中村「・・・・・・」
院長「いくら彼女が君の元患児だからといって、そこまで彼女を守ってやる必要はないんじゃないのか? 彼女の今後のことまで君が気に掛ける必要も無いだろう。彼女はもう、君の患者じゃないんだよ」
中村「・・・彼女の足に、障害を残したのは私です。私が無謀なコバルト治療を行ったために・・・」
院長「彼女の命を救うためには、腫瘍を思い切り叩くしかなかったんだ。副作用のことなんて、誰にも予測できなかったんだよ。彼女だって医者になった今、そのことを充分に分かっているはずだろう」
中村「・・・・・・」
院長「絶望的な末期状態だった彼女を、君の懸命な治療であそこまでにしたんじゃないか。その君が、何も責任を感じたりすることはないだろう」
中村「・・・彼女の人生、これで良かったんでしょうか・・・」
院長「えっ」
中村「彼女の足に重い障害を残してまで、再発の懸念に苛まれながら毎日を送らせてまで、彼女の命を強引に救ってしまって本当に良かったんでしょうか・・・」
院長「中村君・・・」
中村「彼女をこうした人生に引きずり込んだのは私です。彼女に、苦痛や苦労を強いているのは私なんです・・・」
院長「どうしたんだよ中村君。いつもの君らしくないじゃないか。君は一人の少女を死の淵から救ったんだ。医師の使命を全うして、患者の命を救ったんだよ。責任を感じるどころか、逆に患者から感謝されるべきものだろうが」
中村「・・・・・・」
院長「いずれにしても、彼女のような医者はうちの病院には必要ない。彼女はすぐにでも福島へ飛んでもらう。もちろん、行く行かないは彼女の心ひとつだがね」
中村「・・・・・・」
院長「君には4月から、篠原君には来月から、それぞれ赴任してもらうから。いいね」
中村「・・・・・・」
思いつめた顔の中村。
同・小児病棟廊下(夕方)
廊下を歩いてくる中村。
廊下前方では、美乃里が子供達と笑い合っている。
中村、そんな美乃里を見、思いつめた顔。
同・小児病棟医師室(夜)
中村、思いつめた顔でソファーに座っている。
ノックの音、美乃里が入って来る。
美乃里「お呼びでしょうか」
中村「座れ」
美乃里、向かいに座る。
中村「今週の医局会議で話が出ると思うんだが・・・、いよいよこの病院の小児科が、3月を目処に完全閉鎖になる。外来は今月いっぱいで終わりだ」
美乃里「・・・・・・」
中村「俺は4月から、秋田の病院に転勤になる。お前は来月から、福島の無医村の診療所に飛ばされる」
美乃里「(驚く)・・・」
中村「どうしてそんな所に飛ばされるのか、自分でも良く分かるだろう・・・。今のやり方を変えない限り、どの病院も、お前を受け入れてはくれない」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「お前は・・・、医者には向いていない・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「これがいい機会だ。さっさと医者を辞めて、違う仕事でも探すんだな」
美乃里「・・・・・・」
中村、立ち上がり、医師室を出て行く。
美乃里、思いつめた顔。
同・小児病棟廊下(夜)
美乃里、思いつめた顔で歩いている。
病棟は夕食が済んだ様子で、子供たちが食べ終えた盆を
配膳台まで持って来ている。
美乃里、笑顔を作り、子供たちの元へ。
美乃里「みんな、残さないで食べたかな?」
優人「あ、美乃里先生! ボクね、今日はちゃんとピーマン食べたよ!」
恵子「私もニンジン食べたよー!」
正史「ボクも食べたよー!」
子供たち「ボクもー!」
美乃里「ホント? どれどれー」
子供たち、美乃里にお盆を見せる。
美乃里「ホントだぁ! みんなえらかったねー!」
笑顔の美乃里。だが、どこか切ない顔。
同・小児病棟医師室(夜)
中村が書類を抱えて入って来る。
美乃里は机に伏して眠っている。
呆れる中村。
美乃里の机に書類を置き、
中村「俺はこれで帰るから。この書類に目を通しておいてくれ」
美乃里「・・・・・・」
中村、呆れた顔で医師室を出て行こうとするが、
美乃里の様子が気になり、美乃里の元へ引き返してくる。
美乃里の顔を覗き込む中村。
美乃里はぐったりと荒い呼吸で目を閉じている。
中村驚き、美乃里の額を触る。
美乃里ビクッと体を起こし、気まずい顔。
中村「具合、悪いのか」
美乃里「・・・ちょっと貧血気味なだけです」
中村「・・・・・・」
「ピピピピ」と美乃里のポケットから音が鳴る。
美乃里、ポケットからPHC(病院内携帯電話)を取り出し出る。
美乃里「はい、篠原です。・・・分かりました。すぐに向かいます」
美乃里、立ち上がる。
中村「救急外来か」
美乃里「はい」
中村「俺が行く」
美乃里「えっ」
中村「お前は帰れ。俺が当直を代わる」
美乃里「でも」
中村、出て行ってしまう。
驚いている美乃里。
美乃里、再びぐったりと椅子に座り、机に伏してしまう。
桜台総合病院・全景(翌朝)
外来患者が病院内へと入っていく。
同・小児科外来診察室(朝)
看護師A、外来の準備をしている。
美乃里が青白い顔で入って来る。
美乃里「おはようございます」
看護師A「美乃里先生どうしたんですか。顔色が真っ青ですよ」
美乃里「・・・・・・」
看護師A「具合、悪いんじゃないですか」
美乃里「大丈夫です・・・」
美乃里、席に着き、もうろうとした様子で準備をする。
看護師A、心配顔で美乃里を見ている。
そこへ中村が入って来る。
驚く美乃里。
中村「代われ」
美乃里「・・・・・・」
中村「無理するからこういう事になるんだ。早く代われ」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、椅子から立ち上がる。
中村が代わりに椅子に座る。
中村「血液検査してもらって来い。調べるから」
美乃里「・・・・・・」
中村「(看護師Aに)外来、始めるぞ」
看護師A「はい」
美乃里、中村に頭を下げ、診察室を出て行く。
同・小児病棟廊下(朝)
額を抱えながらぐったり歩いてくる美乃里。
そんな美乃里を見掛けた祥子が駆け寄って来る。
祥子「美乃里先生! 大丈夫?」
美乃里「祥子ちゃん・・・」
祥子「具合悪いのね。顔色真っ青だよ」
美乃里「大丈夫。ちょっと貧血気味なだけ」
祥子「だから言ったじゃない。美乃里先生働き過ぎだよ! ちゃんと休まなきゃダメだって言ったじゃない!」
美乃里「そうだね。これからは気を付けないとね」
祥子「まったく医者のくせに不養生なんだから。これじゃ私も心配でオチオチ退院できないよ」
美乃里「それは困る(笑)」
二人、微笑み合う。
美乃里、何気なく窓の外を見る。
美乃里「あっ、雪だ!」
祥子「ホントだ!」
窓外に雪が降っている。
患児の優人と正史がふざけながら病室から出てくる。
美乃里「優人君!正史くん! 雪が降ってきたよ!」
優人「えっ! ホント?!」
優人と正史、窓外の雪を見て歓声を上げる。
正史「うわぁー雪だぁ! 雪だ雪だぁ!」
優人「(廊下に響き渡る声で)みんなぁー! 雪が降ってきたよー!」
病室にいた患児たち、廊下に飛び出してくる。
子供達、歓声を上げて窓外を見る。
子供達「雪だ雪だー!」
窓が少し高いので、小さい子供はピョンピョンと跳び跳ねながら
窓外を見ている。
そんな子供達を微笑み見ていた美乃里、杖を置き、
まずは一番小さな幼児の伸吾を抱き上げ、窓外を見せ始める。
美乃里「ホラ見えた。雪!」
伸吾「ホントだぁ!」
窓外の雪を見る美乃里と伸吾。
美乃里、伸吾を下ろし、次に啓太を抱き上げ、見せる。
啓太「うわぁー雪だー!」
美乃里「きれいだねー」
笑顔の美乃里。
患児の洋平(15)が美乃里の元へ来る。
洋平「先生、俺が代わる。先生は休んでて」
洋平が代わりに啓太を抱き上げ、窓外を見せ始める。
そして祥子も伸吾を抱き上げ、窓外を見せ始める。
美乃里、そんな二人の姿に微笑んでいる。
同・小児病棟医師室
ぐったりと机に伏している美乃里。
ノックの音、中村が入って来る。
美乃里、顔を上げる。
美乃里「外来、ありがとうございました」
中村「血液検査、してないそうだな」
美乃里「・・・・・・」
中村「腕出せ。採血するから」
中村、用意してきた採血セットを準備する。
美乃里「大丈夫です。ただの貧血ですから」
中村「何かあってからじゃ遅いだろう」
美乃里「自分のことは自分で管理します」
中村、準備が整い、
中村「腕出せ」
美乃里「大丈夫です」
中村「出せって言ってるだろう」
中村、美乃里の左腕を強引に掴む。
美乃里「(中村の手を払い)私のことは放って置いてください!」
中村「放って置けないから言ってるんだろう!!」
美乃里「・・・・・・」
中村「二年前の再発の時だって、何であんなにひどくなるまで無理をしていたんだ! 自分の命をすり減らしてまで、こんな仕事を続けることはないだろう!」
美乃里「・・・・・・」
中村「お前の体は普通じゃないんだ。もっと自分の体を大事にしろ!」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「お前のリンパ腫が、完全に完治するまで、それまで俺は、お前の担当医だ」
美乃里「・・・・・・」
中村「腕出せ」
美乃里「・・・・・・」
中村「聞こえないのか」
ノックの音、看護師Cが入って来る。
看護師C「美乃里先生! 退院していた清水拓也君が!」
美乃里驚き立ち上がり、医師室を出て行く。
中村、思いつめた顔。
同・正面玄関
往診カバンを持った美乃里、杖を突きながら外へ駆け出て来る。
外の雪は本降りになっている。
美乃里、停まっていたタクシーに乗り込む。
美乃里の乗ったタクシー、雪の中を走り出す。
タクシーの中
思いつめた顔の美乃里。
タクシーは雪の中を走っていく。
清水拓也宅・和室
窓から、雪が降っているのが見える。
眠るように横臥している拓也。
美乃里、ペンライトで拓也の瞳孔を確認している。
後ろで見ている拓也の両親。
美乃里「(腕時計を見)午後1時50分、死亡確認致しました・・・」
拓也の父「ありがとうございました・・・」
両親、泣いてしまう。
美乃里、涙が零れ落ちる。
拓也の母「拓也は、眠るように逝きました・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「美乃里先生が言われていたように、拓也の手を、ずっと握って、お別れの言葉を・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「美乃里先生・・・、これで良かったんですよね・・・」
美乃里「・・・・・・」
拓也の母「苦しい治療を続けるよりも、無理に命を引き延ばすよりも、本当にこれで良かったんですよね・・・」
拓也の母、どこか責めるような目で、美乃里を見ている。
拓也の母「良かったんですよね。美乃里先生・・・」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、うつむいてしまう。
道
人通りの少ない住宅街の道。
美乃里、本降りの雪の中、傘も差さずに歩いている。
思いつめた顔の美乃里。
(回想)清水拓也宅・和室
どこか責めるような目で美乃里を見ている拓也の母。
拓也の母「美乃里先生・・・、これで良かったんですよね・・・。苦しい治療を続けるよりも、無理に命を引き延ばすよりも、本当にこれで良かったんですよね・・・。良かったんですよね。美乃里先生・・・」
(回想)桜台総合病院・小児病棟医師室
中村が責めるような目で美乃里を見ている。
中村「最後の最後まで、希望をもって治療を続けるのが医師としての務めだとは思わないのか。懸命な治療で助かる命だってあるんだ。君のやっていることは、患児を見捨てていることと同じだ。患児を見殺しにしていることと同じだ」
× ×
中村「お前は、医者には向いていない・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「これがいい機会だ。さっさと医者を辞めて、違う仕事でも探すんだな」
元の道
思いつめた顔で歩いている美乃里。
美乃里「おまえは・・・、医者には向いていない・・・。患児を、見捨てていることと、同じだ・・・」
思いつめた顔の美乃里。
フラッとなり、額を抱える。
切ない顔の美乃里。
桜台総合病院・小児病棟ナースステーション(夕方)
看護師たちが一隅に集まりコソコソと話をしている。
看護師C「美乃里先生が倒れた?」
看護師B「うん。午後の外来の診察中に倒れたんだって」
看護師D「あんなに無理してれば倒れるの当たり前だよ」
看護師C「やっぱり美乃里先生には小児科の仕事は無理だったんだよ。熱いだけじゃやっていけないって、この世界」
中村、歩いてくる。
看護師たち、それぞれ自分の持ち場へ戻る。
そんな看護師たちを見ている中村。
同・小児病棟医師室(夕方)
中村、窓際に立ち、思いつめた顔で窓外を見ている。
ノックの音。看護師Dが入って来る。
看護師D「中村先生にお客様です。祥子ちゃんのお母さんと、洋平君のお母さんです」
中村「・・・お通ししてください」
× ×
中村と向き合い座っている、祥子の母と洋平の母。
洋平の母「美乃里先生が、福島の無医村に転勤されると聞きました。本当なんですか」
中村「・・・・・・」
気まずい顔の中村。
祥子の母「やっぱり本当なんですね・・・」
中村「どうして、それを・・・」
洋平の母「昨夜、拓也君のお通夜の席で、美乃里先生が拓也君のご両親にそう話されていたそうです・・・」
中村「・・・・・・」
洋平の母「拓也君のご両親、心配していました。自分達のせいで、美乃里先生が転勤させられるんじゃないかって・・・。病院の反対を押し切って退院したから、積極的な治療を拒んできたから、それで美乃里先生が飛ばされるんじゃないかって」
中村「それは違います」
洋平の母「だったらなぜ、美乃里先生が無医村に転勤させられるんですか。どうして突然に転勤しなければならないんですか」
中村「・・・・・・」
中村、うつむいてしまう。
祥子の母「美乃里先生のような、病院経営の足を引っ張る医者は、病気を持った医者は、病院からはじき出されてしまうんですか・・・。病院って、そういうものなんですか・・・」
中村「・・・・・・」
祥子の母「美乃里先生は、いつだって、子供たちのために誠心誠意尽くして下さって・・・。子供たちも、闘病を体験してきた美乃里先生だからこそ、心の痛みを分かってくれる美乃里先生だからこそ、心を開き、心を預けてきたんです。美乃里先生が側にいてくれるから、だから今日まで頑張ってこられたんです・・・」
中村「・・・・・・」
祥子の母「美乃里先生のようなお医者さんこそ、小児科の現場に必要な存在ではないんですか・・・」
中村「・・・・・・」
祥子の母「子供たちは、美乃里先生を必要としています。美乃里先生と共に、病気と闘っているんです。美乃里先生を、何とか引き止めて頂くわけにはいきませんか。中村先生のお力で、美乃里先生を引き止めて頂くわけにはいきませんか。子供たちには美乃里先生が必要です。必要なんです! 中村先生・・・」
洋平の母「中村先生・・・」
思いつめた顔の中村。
× ×
中村、思いつめた顔をしている。
机の上の灰皿が、煙草の吸殻で山になっている。
窓外はすでに夜。
中村、そっと立ち上がり窓際へ。
夜景を見る中村。
中村の声「・・・無医村勤務だなんて・・・、無理だと分かっていてどうして・・・」
院長の声「・・・・・・」
中村の声「それって、言いかえれば医師の仕事を辞めろっていうことですよね・・・。無理だと分かっていて、無医村勤務を・・・」
院長の声「仕方ないだろう。あの体じゃどの病院も受け入れてはくれないんだ」
中村の声「・・・・・・」
院長の声「いずれにしても、彼女のような医者はうちの病院には必要ない」
思いつめた顔の中村。
祥子の母の声「美乃里先生のような、病院経営の足を引っ張る医者は、病気を持った医者は、病院からはじき出されてしまうんですか・・・。病院って、そういうものなんですか・・・」
中村「・・・・・・」
祥子の母の声「美乃里先生は、いつだって、子供たちのために誠心誠意尽くして下さって・・・。子供たちも、闘病を体験してきた美乃里先生だからこそ、心の痛みを分かってくれる美乃里先生だからこそ、心を開き、心を預けてきたんです。美乃里先生が側にいてくれるから、だから今日まで頑張ってこられたんです・・・」
中村「・・・・・・」
祥子の母の声「美乃里先生のようなお医者さんこそ、小児科の現場に必要な存在ではないんですか・・・」
中村「・・・・・・」
思いつめた顔の中村。
額を抱え、切ない顔。
同・小児病棟医師室(翌朝)
中村、どこか思いつめた顔で書類書きをしている。
美乃里が入って来る。
美乃里「おはようございます。昨日はご迷惑をお掛けしました」
中村「大丈夫か」
美乃里「はい。一日横になっていましたので、すっかり良くなりました」
中村「そうか」
美乃里「今から回診に行ってきます」
中村「篠原」
美乃里「はい」
中村「昨日の医局会議で、お前の移動が本決まりになった。非常勤ドクターとの引継ぎが済み次第、お前は、福島の診療所勤務だ」
美乃里「・・・分かりました」
中村に首を下げ、医師室を出て行く。
中村、思いつめた顔。
同・小児病棟廊下
美乃里、思いつめた顔で歩いている。
廊下にいた優人が美乃里を見つける。
優人「あーっ美乃里先生だ!(廊下に響き渡る声で)みんなー! 美乃里先生が帰ってきたよー!」
子供達、病室から飛んで出て来る。
子供達「美乃里先生―!」
美乃里の周りに集まって来る子供達。
祥子「美乃里先生、もう大丈夫なの?」
美乃里「ウン。昨日一日ゆっくりお休みさせてもらったからね。この通り!」
子供達「良かったー!」
美乃里「さあ、これから回診するわよー。病室に戻った戻った!」
洋平「ねえ美乃里先生」
美乃里「なに?」
洋平「美乃里先生、この病院を辞めちゃうって本当?」
美乃里「・・・・・・」
洋平「来週から、福島に転勤になるって本当なの?」
美乃里「・・・・・・」
子供達驚く。
祥子「嘘でしょう? 嘘だよね! そんな事あるわけないじゃん。ねぇ美乃里先生」
美乃里「・・・・・・」
祥子「美乃里先生?」
美乃里「・・・・・・」
祥子「嘘でしょう? 嘘って言ってよ!」
美乃里「ごめんなさい・・・。本当なの・・・」
驚いている子供達。
恵子「先生いなくなっちゃうの?」
優人「嘘でしょう!」
伸吾「ヤダよそんなの!」
正史「ヤダよー!」
切ない顔の美乃里。
祥子「どうしてよ! 美乃里先生、私と一緒に働くって約束したじゃない! この病院で一緒に働くの楽しみにしてるって言ったじゃない!」
美乃里「ごめんね祥子ちゃん。この病院には、もう居られないの・・・」
祥子「どうして! どうしてよ! 美乃里先生がいなくなっちゃうなんて、そんなのイヤだよ! 絶対イヤ! 絶対イヤー!!」
祥子、泣いてしまう。
子供達もつられて泣き出してしまう。
切ない顔の美乃里。
泣き声が病棟中に響きわたる。
その声をナースステーションで聞いている中村、思いつめた顔。
同・小児科外来診察室(夕方)
美乃里、患児の診察を終える。
患児の母「ありがとうございました」
美乃里「おだいじに」
患児親子、出て行く。
看護師A「今日はこれで終了です。お疲れ様でした」
美乃里「お疲れ様でした」
思いつめた顔の美乃里。
そんな美乃里を見ている看護師A。
同・小児病棟廊下(夕方)
美乃里、思いつめた顔で廊下を歩いてくる。
祥子と洋平が美乃里の元へ。
洋平「美乃里先生、ちょっと来て」
美乃里「えっ」
祥子と洋平、美乃里を引っ張り連れて行く。
同・大部屋病室
美乃里、祥子と洋平に連れられて大部屋に入って来る。
子供達や母親達が大勢集まっている。
驚く美乃里。
壁には『みのり先生、今までありがとう』と、垂れ幕が掛かっている。
美乃里、切ない顔。
祥子「今週いっぱいで、美乃里先生とお別れだから・・・」
美乃里「・・・・・・」
祥子「先生とお別れするのは辛いけど、私達、ちゃんと美乃里先生にありがとうが言いたくて」
美乃里「・・・・・・」
母親A「子供達が一生懸命、美乃里先生にプレゼントを作ったんです。受け取ってやってください・・・」
子供達、それぞれ手にプレゼントを抱えている。
切ない顔の美乃里。
車椅子の里奈、祥子に車を押され、美乃里の前へ。
里奈「これ、折り紙で折ったピカチュウ。美乃里先生に教えてもらって、こんなに上手になったんだよ。コレ、先生にあげる」
美乃里「里奈ちゃん・・・」
続いて幼児の伸吾、美乃里の前へ。
伸吾「ボクね、絵を描いたの。美乃里先生のお顔だよ。じょうずでしょう(渡す)」
美乃里「伸吾君・・・」
次に小学生の恵子、前に出る。
恵子「私ね、美乃里先生と一緒に中庭で摘んだ、あの時の花を押花にしたの。ママと作ったんだよ(渡す)」
美乃里「恵子ちゃん・・・」
車椅子の良輔、前に出る。
良輔「これ、美乃里先生と一緒に見た、屋上の夕日の絵だよ。とってもきれいだったよね(渡す)」
美乃里「良輔君・・・」
幼児の啓太、美乃里の前へ。
啓太「ボクね、雪の絵をかいたの。美乃里先生が抱っこして見せてくれたあの雪だよ。白くてふわふわの雪だったよね(渡す)」
美乃里「啓太君・・・」
続いて小学生の優人が美乃里の前へ。
優人「これ、美乃里先生の足が良くなるお守り。僕ね、大きくなったら絶対お医者さんになる。いっぱいいっぱい勉強して、美乃里先生の足、絶対治してあげるから。絶対治してあげるから!」
美乃里「優人君・・・」
美乃里、泣いてしまう。
子供たちも、母親たちも泣いてしまう。
皆の嗚咽の声。
美乃里「みんな、ありがとう・・・。先生、すごく嬉しいです。みんなに、こんなに良くしてもらって・・・先生は幸せです」
子供達、泣きながら美乃里を見ている。
美乃里「・・・先生ね、いろいろ考えたんだけど・・・、お医者さんを・・・辞めようと思います・・・」
皆、驚く。
美乃里「先生ね、この体のこともあるし、やっぱり福島へは行けないの。患者さんたちに迷惑を掛けてしまうことが分かっているから、だから行けない」
子供達「・・・・・・」
美乃里「それで美乃里先生、お医者さんを辞める決心をしました」
子供達、驚いている。
美乃里「美乃里先生はね・・・、みんなも知ってると思うけど、中学の時に病気をして、その時の副作用で右足に障害を負ってしまったの。入院している時の私は、どうしてこんなに辛い思いをしなければならないのかと、毎日がとても辛かった。どうせまたすぐに悪くなると分かっている病気なのに、どうしてこんな苦しい思いまでして命を引き延ばすのかって、生きていることがとても辛かった・・・。でもね、そんな私を、優しく支えてくれた人がいるの。私に、生きることの大切さを教えてくれた人がいるの・・・。その人はね、小児科で私を受け持ってくれた担当の先生・・・、あの中村先生が、私を支えてくれたの」
子供達「・・・・・・」
美乃里「中村先生は私に教えてくれた。『今はとても辛いかもしれないけど、君の病気には必ず意味がある。だから病気に負けないで、その意味を見出すために頑張って欲しい』って。中村先生は、私にそう教えてくれた・・・。美乃里先生は考えた。私がこの病気をした意味は何だろう。私が私らしく生きられる事って何だろうって。そう考えたら、私は病気で苦しんでいる人達の為に、お医者さんになろうってそう決めたの。病気を経験している私なら、障害を持っている私なら、少しは患者さんの気持ちをわかってあげられる、支えてあげられるんじゃないかと思ったから」
子供達「・・・・・・」
美乃里「そう思ってからの私は、病気や障害を、恨んだり憎んだりしなくなった。むしろ、病気や障害を負ったことを、幸せだと思うようになれたの。だって、この病気や障害がなかったら、私は病気の人たちの気持ちを、分かってあげられなかったかもしれないんだもの」
子供達「・・・・・・」
美乃里「先生はね、こうして自分の病気が役に立って、お医者さんとしてみんなの力になれたこと、とても幸せだったと思ってる」
子供達「・・・・・・」
美乃里「先生は、今週いっぱいでお医者さんを辞めてしまうけど、先生はね、病気をしたことは絶対に無駄じゃなかったってそう信じてる。だからみんなも、病気に負けないで、この病気を無駄にしないで生きていって欲しい。きっとみんなも、病気をしたことに意味がある。だから病気に負けないで頑張って欲しいの」
子供達、美乃里を見ている。
美乃里「美乃里先生は、力不足でダメなお医者さんだったけど、少しでもみんなの力になれて良かったと思ってます。みんなが退院するまで、側にいてあげられなくてごめんね・・・。みんなのこと、先生応援してるからね。絶対病気に負けちゃダメだよ。美乃里先生と約束だよ」
皆泣いている。
優人「ヤダーッ! 美乃里先生辞めないで!」
優人、美乃里に駆け寄り抱きしめる。
子供達「美乃里先生―!」
子供達、美乃里に駆け寄り、美乃里を抱きしめる。
子ども達、みな泣いている。
伸吾「美乃里先生辞めないで! ボク、ちゃんとおりこうにするから!」
正史「ボクもわがまま言わないから! だから側にいて!」
里奈「美乃里先生行っちゃヤダよー!どこにも行かないでー!」
啓太「イヤだよー! 行っちゃヤダよー!」
恵子「どこにも行かないでー!」
良輔「どこにも行かないでよ美乃里先生!」
子供達「美乃里先生―!」
子供達、叫び泣いている。
泣いている美乃里。
廊下でその様子を見ていた中村、何かを決心した様子で踵を返す。
同・院長室
向き合っている院長と中村。
中村「院長に、お話があります」
院長「篠原君のことだろう。篠原君なら、さっき辞表を提出したよ。自分は医師に向いていなかったって、そう言ってね」
中村「・・・・・・」
院長「所詮病気や障害を持っている彼女には、医師の仕事は無理だったんだ。彼女は始めから、医師の仕事には向いていなかったんだよ」
中村「・・・そうでしょうか」
院長「・・・・・・」
中村「病院の思い通りに動く医師を、理想の医師と呼ぶなら、彼女は確かに医師失格かも知れません。しかし彼女は、医師失格なんかじゃない。失格どころか、むしろ医師になるべく使命を持って生まれてきた人間だと、私はそう思ってます」
院長「・・・・・・」
中村「篠原は、病気を持っているからこそ、障害をもっているからこそ、患者さんの思いを誰よりも理解してきました。患者さんの思いを、誰よりも一番理解しているのは彼女です。現在も病気を抱え、闘病の苦しみを知り抜いている彼女なんです」
院長「・・・・・・」
中村「院長、私達は大切なことを忘れているのではないでしょうか。私達医師は、患者さんに対してどうあるべきなのか・・・。病院というものは、本来誰のためにあるべきなのか・・・」
院長「・・・・・・」
中村「小児科閉鎖のことにしてもそうです。閉鎖せざるを得ない経営状態だということは重々承知しています。維持する必要性に乏しいことももちろん理解しています。ですが、私達医師が、病院の利益のために、小児科を切り捨ててしまってもいいのでしょうか。子供たちをないがしろにしてしまってもいいのでしょうか」
院長「・・・・・・」
中村「「篠原は今まで、患児のことだけを思い、たった一人で頑張ってきました。ただひたむきに、子ども達の幸せだけを考えて頑張ってきたんです。彼女のやってきたことは間違ってなんかいない。本当は間違ってなんかいないんです」
院長「・・・・・・」
中村「患者に同苦できる篠原こそが、本来、医師としてふさわしい人材なのではないでしょうか。私たちは、失ってはいけない、大切なものを切り捨てようとはしていないでしょうか」
院長「・・・・・・」
中村「院長・・・、篠原をこのまま、この病院に置いてやっては頂けませんか。この小児科を、このまま存続させては頂けませんか」
院長「・・・・・・」
中村「私も篠原と共に、この小児科で仕事を続けさせてください。小児病棟の子供達を守っていきたいんです」
院長「・・・・・・」
中村「お願いします!小児科を続けさせてください! 私たちの力で、小児医療を変えていきたいんです! 支えていきたいんです!」
院長「・・・・・・」
中村「お願いします院長! どうか小児科を続けさせてください! お願いします!お願いします!」
院長「・・・・・・」
中村、土下座をし、
中村「お願いします!!」
深く頭を下げる中村。
中村を見つめている院長。
同・受付ロビー(朝)
ロビーには正月飾りが飾られている。
外来患者が受付や会計をしている。
同・小児科外来待合コーナー
混み合った待合コーナー。
看護師A「飯島久美子ちゃん、青木一馬君、中へどうぞー」
呼ばれた親子、中待合に入る。
同・小児科外来診察室
入り口には『小児科医、中村修一』のプレート。
患児を診察している中村。
机の上には、カルテが山積みになっている。
中村、そのカルテの山を見て、溜め息をつく。
同・小児病棟廊下(昼間)
患児4人が騒ぎながら廊下を走っている。
そこへ中村が来て、その様子に溜め息をつく。
美乃里の声「コラーッ! 何やってんのー! 走り回ったらダメだって言ってるでしょうがー!」
美乃里、子供達を追いかけて走ってくる。
中村、美乃里の姿を見て微笑む。
美乃里「まったくもうー! このあいだ、ちゃんと言うこと聞くって言ったじゃないよー! 『美乃里先生! ちゃんと言う事聞くから側にいてー!』 って!」
正史「そうだっけ?」
啓太「さあ?」
優人「そんなの忘れたよなぁ」
子供達「忘れた忘れた!」
ケラケラ笑う子供達。
美乃里「(笑)だめだこりゃ」
中村、その様子を見て笑っている。
美乃里「中村先生、笑ってないで少しは注意してくださいよ」
再び走り出す子供達。
美乃里「コラーッ! いい加減にしないと、ホントに怒るよー!」
再び子供達を追いかける美乃里、中村の前を過ぎていく。
中村、笑って美乃里の後ろ姿を見つめている。
(O・L)
外の診療表示板
『小児科』の文字。
子供達のはしゃぎ声。
(O・L)
桜台総合病院・全景
閑静な住宅街に建っている桜台総合病院。
中村の声「美乃里ちゃん・・・、美乃里ちゃんの病気が完治するまで、先生はずっと美乃里ちゃんを見守っているからね」
美乃里の声「ホント? 約束だよ。私の病気が治るまで、ずっと側で見守っていてよ」
中村の声「ああ。約束する」
美乃里の声「約束!」
中村の声「約束!」
桜台総合病院が街に溶けていく。
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「小児科」あらすじ
ストーリーダイジェスト