「小児科」

2話・再発・離別

 

 

 

■主な登場人物

篠原美乃里(28)
桜台総合病院小児科医師。
病気(悪性リンパ腫)を抱えながらも医師を続けている。

○中村修一(38)
美乃里の上司。小児科医長。
美乃里の元主治医でもある。

 

  速水高徳(34)

隣町の緑ヶ丘病院の小児科医。

中村の大学時代の後輩。

 

 

■目 次

 

「小児科」あらすじ

ストーリーダイジェスト

 

1話・小児科閉鎖

2話・再発・離別

3話・告知・ターミナルケア

番外編1・今を生きる

5話・ハイリスク妊娠、そして死

6話・障害とともに生きる

7話・小児がんとの闘い

番外編2・プライド

 

感想ROOM

LINK

 

TOP

 

 

あらすじはこちら

 

 

桜台総合病院・全景(夕方)

閑静な住宅街に建っている総合病院。

タイトル「2月」

 

同・小児科外来診察室(夕方)

入り口に『小児血液外来・篠原美乃里』のプレートがかかっている。

美乃里、患児の診察を終える。

美乃里「それじゃ処置室で点滴受けて帰ってくださいね」

患児の母「ありがとうございました」

患児親子、診察室を出て行く。

看護師A「今日はこれで終了です。お疲れ様でした」

美乃里「お疲れ様でした」

看護師A「今さっき病棟の中村先生から電話がありまして、外来が終わったらすぐに医師室に上がって来て欲しいって言ってましたよ」

美乃里「分かりました。なんだろう」

看護師A「なんと! 緑ヶ丘病院の速水先生がお見えになっているそうですぅ!」

美乃里「速水先生って・・・誰?」

看護師A「えっ、美乃里先生、速水先生知らないんですか?」

美乃里「うん」

看護師A「そうか。美乃里先生はこの小児科に来てまだ1年ですもんね」

美乃里「小児科の先生なの?」

看護師A「ええ。中村先生の大学時代の後輩で、隣町の緑ヶ丘病院の先生なんです。顔もスタイルもモデル並みで、すっごくカッコイイ先生なんですよー。時々患児がここに転院してくるんで、お見舞いにいらっしゃるんです」

美乃里「そっかー。カッコイイ先生なんだー」

看護師A「病棟ナースなんか、速水先生がいらっしゃるとキャーキャー大騒ぎしちゃって」

美乃里「へえー」

看護師A「ま、美乃里先生は、中村先生以外に興味無いでしょうけど」

美乃里「やだぁー、何でそうなるのよー」

看護師A「だって、美乃里先生と中村先生って、私達が入り込めない雰囲気じゃないですか。2人は13年来のお付き合いだしー」

美乃里「13年来のお付き合いって言ったって、元患者と担当医の関係であって、恋愛感情なんて更々無いわよ。私がいつも中村先生にいじめられてるの知ってるでしょうが」

看護師A「ムフフフフ・・・」

美乃里「何なんだ、その笑いは」

看護師A「んじゃ、そういうことにしておきましょう()

美乃里「だから違うってば()

 

同・小児病棟医師室

ソファーで笑いながら話をしている中村と速水(34)。

ノックの音、杖を突いた美乃里が入って来る。

美乃里「失礼します。お呼びでしょうか」

速水と美乃里、お互い会釈し合う。

中村「(美乃里に)座れよ」

美乃里「はい」

美乃里、中村の隣に座る。

中村「(美乃里に)緑ヶ丘病院の速水君。俺の後輩だ」

速水「速水です」

美乃里「篠原です」

中村「実はね、篠原に急性リンパ性白血病の7歳の少女を頼みたいそうなんだよ」

速水「特殊染色でL2の結果が出まして」

美乃里「L2ですか」

中村「表面マーカー分類ではB細胞サブタイプのようだ。ちょうどベッドが一床空いたんで今さっき入院してもらった。(カルテを渡し)相田瑞穂ちゃん7歳、511号室に入院してもらった。今、抗白血病剤を入れてある」

美乃里「分かりました」

速水「すみません。強引にお願いしてしまって」

美乃里「いいえ、大丈夫ですよ」

速水「実は関東医大にお願いしていたんですが、しばらくベッドが空きそうにないと言われまして、それでこちらの篠原先生を紹介されたんです」

美乃里「そうでしたか」

速水「本当に助かりました。この病院に血液腫瘍の小児科の先生がいらしたなんて全然知りませんでしたよ」

中村「昨年の1月から小児科の常勤医として働いてもらっているんだよ。彼女ね、ここに来るまでは関東医大の第5内科で血液腫瘍を専門に学んでいてね、血液に関してだけは頼もしい助っ人なんだ」

美乃里「(笑)血液に関してだけですか?」

中村「当たり前だろう。小児科に関しては素人同然なんだから」

美乃里「(笑)私はこれでも一人前の小児科医だと思ってるんですけど」

中村「馬鹿言ってんじゃないよ。そんな口を叩くのは10年早いよ」

美乃里「(笑)失礼しました」

笑っている速水。

中村「コーヒーお替り入れようか」

速水「はい、ありがとうございます」

中村「篠原も飲む?」

美乃里「私が入れます」

中村「ありがとう」

美乃里、コーヒーを入れに立つ。

速水「(中村に)先輩いいですね。こんなに可愛い先生と一緒に仕事ができるなんて」

美乃里ニンマリする。

中村「(鼻で笑い)篠原のこと可愛いだってさ」

美乃里「なんで鼻で笑うんですか」

中村「速水も女を見る目がないなぁーと思って」

美乃里「どうせ私は、気が強くて可愛げがない女ですよ」

中村「自覚してるじゃん」

美乃里「ムカツク」

笑っている速水。

中村、『ハクション、ハクション』とクシャミを連発する。

中村「あー、とうとう風邪引いたな」

美乃里「あんな所で居眠りなんかするからですよ」

速水「あんな所?」

中村「映画館の中でね、熟睡しちゃったんだよ」

美乃里「映画が始まって10分もしないうちに大口開けて熟睡してるんですよ。もう信じられないですよね」

速水「一緒に映画を観に行かれたんですか?」

美乃里「無理やり連れて行かれたんです。患者さんとの話題作りになるからって」

速水「何を見に行かれたんですか? ポケモンとか、宮崎アニメとか?」

美乃里鼻で笑い、中村を見る。

中村「うん、時代劇をね」

速水「(笑)時代劇ですかー。シブいですねー」

美乃里「(笑)本当はただ単に中村先生の趣味なんですよ。話題作りとか何とか言っちゃって、一緒に行く人がいないもんだから強引に私を付き合わせて」

中村「だって篠原なら男もいないし、どうせ暇だろうと思ってさ。誘ってもらっただけ有難いと思えよ」

美乃里「なにそれ」

中村「ところで昨日の映画、どうだった?」

美乃里「知りませんよ。もう一度見に行ってください」

中村「んじゃまた一緒に行こう」

美乃里「イヤです」

中村「どうせ暇なんだろう。男もいないし」

美乃里「どうして男がいないって決め付けるんですか」

中村「(速水に)こいつね、彼氏いない歴28年なんだよ」

美乃里「(笑)うるさいなぁ」

笑っている速水。

中村、またまたクシャミを連発する。

中村「やばいなー。しっかり風邪引いたな」

美乃里「自業自得ですね」

中村「お前が起こしてくれないから悪いんだろう。居眠り始めたらすぐに起こしてくれれば良かったのに」

美乃里「どうして人のせいにするんですかー。自分で居眠りしておいて」

中村「お前はそんなんだから男が出来ないんだ」

美乃里「中村先生だって、そんなんだからいつまでも結婚できないんですー」

中村「俺は独身貴族なの」

美乃里「モテないオヤジなだけじゃん」

速水「(吹き出し笑い)すごい会話ですねぇ。お二人」

中村「こいつ、俺のこと上司だと思ってないんだよ」

美乃里「思ってますよ。尊敬する大先生だと思ってますよ。私は中村先生のような医者になりたくて、今までずっと頑張ってきたんですもん」

速水「え?」

中村「あ、こいつ、俺の元患児なんだよ。研修医時代に受け持ってね、それ以来の関係なんだ」

速水「そうだったんですかー。小児科の患児だったんですね」

美乃里「ええ。15歳の時に右足の鼠けい部に悪性リンパ腫を患いまして、入退院を繰り返していたんです。この足は、その時の後遺症でして」

速水「コバルト治療による、晩期障害・・・?」

美乃里「ええ。治療終了後すぐに症状が出て、骨壊死に・・・」

中村「・・・・・・」

速水「そうでしたか。しかし当時の放射線治療医も、ずいぶん無謀な治療を行ったんですね。そんな後先も考えないような治療計画を立てるなんて」

美乃里「・・・・・・」

中村「こいつの治療計画を立てたのは、この俺なんだ・・・」

速水「えっ・・・」

中村「俺がこいつの足に障害を残した。無謀な治療を行って、こいつの足に障害を残したのはこの俺なんだ」

速水「(驚いている)・・・」

美乃里「違います! 中村先生は私の命を救うために懸命に治療に当たってくれたんです。末期で絶望的だと思われていた私の命を、救ってくれたのは中村先生なんです」

速水「・・・・・・」

美乃里「私の命を救うためには、腫瘍を思いきり叩くしかなかった。後遺症の事なんて考えてはいられなかったんです」

速水「・・・・・・」

美乃里「私は、中村先生に感謝をしています。こうして今、私が生きていられるのも中村先生のおかげだと思っています。先生には本当に感謝しているんです」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

沈黙。

美乃里、2人にコーヒーを出し、中村の隣に座る。

美乃里「コーヒー、どうぞ」

速水「いただきます」

3人、コーヒーを飲む。

美乃里「あ、そうそう! 速水先生はうちの病棟ナースたちの間でモテモテなんですねー。みんなキャーキャー言って大騒ぎしてましたよ」

中村「うちの病棟だけじゃないよ。他の病棟からも覗きに来るんだよ。速水に会いに」

美乃里「うわぁ、そうなんですかー。速水先生はイケメンだしスタイルいいし、緑ヶ丘病院でも随分おモテになるんでしょうね」

速水「そんなことありませんよ。昔から女性には縁がなくて」

中村「良く言うよ。こいつさ、大学時代に俺と一緒にボクシングをやってたんだけど、あちこちに女性ファンがいて、毎日キャーキャー言われて大変だったんだよ」

美乃里「すごーい」

中村「それを楽しむかのように、毎日違う女と遊びまくって。今まで何人の女を泣かせてきたことか」

速水「違いますよ! 先輩、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

美乃里「やっぱりおモテになるんですね」

中村「そうそう。あっちの女、こっちの女に手を出して」

速水「やめてくださいよー。篠原先生に誤解されたらどうするんですか。私は至って真面目なんですから」

中村「へぇー、あれが至って真面目って言うんだー。そかそか。なるほどー」

速水「勘弁してくださいよー」

中村「冗談だよ、冗談」

速水「もう」

笑っている三人。

 

同・病院裏口前(夜)

中村と美乃里と速水が出て来る。

速水「良かったら、これから飲みに行きませんか。お二人のご予定はどうですか?」

中村「俺は大丈夫だけど、篠原は?」

美乃里「中村先生、風邪気味なのに大丈夫なんですか?」

速水「あ、そうでしたね。すみません。また今度にしましょうか」

中村「俺なら大丈夫だよ。篠原は大丈夫なんだろう?」

美乃里「私は大丈夫ですけど」

中村「じゃ行こう」

先に歩き出す中村。

美乃里と速水、顔を見合わせ笑う。

後に続く美乃里と速水。

速水「我々小児科医が、こうして夜に飲みに出掛けられるようになるなんて、わが地域に小児夜間休日診療所ができたおかげですよね。月に何度か当直が回ってきますけど、随分と気が楽になりましたよ」

美乃里「ホントですよね。今まで2、3日睡眠をとれないなんてことはざらでしたから」

中村「こんなに早急にスタートするとは思ってもみなかったよな。一番驚いたのが、医師会や開業医の先生方の協力だけど」

速水「ホント開業医の先生方も大変ですよね。勤務医の激務から解放されたくて開業した先生も多いでしょうに」

中村「どこへ逃げても小児医療からは逃れられないって」

中村、ポケットから煙草を取り出し、火をつける。

美乃里「(中村に)あーっ! また煙草吸ってる!」

中村「いいじゃん一本くらい」

美乃里「ダメですよ! 中村先生喉弱いんだから吸っちゃダメだって言ってるでしょうが。まして風邪気味なんだから絶対ダメ!」

美乃里、中村の煙草を取り上げ、消す。

中村「(速水に)まったくいつもこうなんだよ。うるさくて」

速水「(笑っている)」

美乃里「仕事休まれたら困るんです。中村先生、一年に何度も風邪引いてダウンするじゃないですか。自己管理がなってないからですよ」

中村「はいはい分かりました。はいはい」

美乃里「はい、煙草没収!」

中村「また没収かよ」

中村、煙草とライターを美乃里に差し出す。

中村「はいよ」

美乃里「もう絶対吸わないでくださいよ」

中村「今度は篠原にバレないように吸うよ」

美乃里「それじゃ意味ないでしょうがー」

中村「はいはい分かったよ。はいはい」

美乃里「まったくもうー」

速水、笑っている。

 

居酒屋「ふるさと」前の道

三人、居酒屋の前まで歩いて来る。

中村「ここ、俺達の行き付けの店なんだ。料理も旨いし、ここでいいかな」

速水「はい」

扉を開け、店内に入る三人。

 

居酒屋「ふるさと」・座敷

三人、歩いて来る。

座敷が高い段になっている。

中村「(速水に)先に座って」

速水「はい」

速水、先に上がり席に着く。

中村、美乃里の杖を受け取り、美乃里を抱え上げ座敷に上がる。

その姿を見ている速水。

速水の向かいに座る中村と美乃里。

店員が来る。

中村「(速水に)速水、なに飲む?」

速水「生ビールを」

中村「(美乃里に)篠原はカルピスハイでいいんだろう?」

美乃里「ウン」

中村「(店員に)とりあえず生ビール2つとカルピスハイ1つ」

店員「かしこまりました」

店員去る。

中村、『ハクション、ハクション』とクシャミを連発する。

中村「鼻水出ちゃった」

美乃里「(笑)汚いなぁ。もう」

美乃里、ティッシュを取りだし、中村に渡す。

中村、ティッシュで鼻をかむ。

美乃里「まったくもう、軽いうちにちゃんと治してくださいよ。先生は風邪引くと長引くんですから」

中村「大丈夫だよこのくらい」

美乃里「そういうのを医者の不養生って言うんです」

中村「分かりました。はいはい」

美乃里「人の話、真剣に聞いてます?」

中村「聞いてますよ。はいはいはいはい」

笑って見ている速水。

速水「なんか良いですねー、お二人の関係」

中村「そう?」

速水「もしかしてお二人、お付き合いをされている・・・とか?」

美乃里「()アハハハ、まさかー」

中村「勘弁してくれよ。こんなお子様、俺が相手にするわけ無いだろう」

美乃里「そうそう。中村先生にとって、私はいつまでも15歳の患児のままですからね」

速水「もしかして先輩、昔は篠原先生の胸の聴診なんかも、したことあるってやつですか」

中村「(笑)まあね」

速水「うわぁ」

美乃里「それだけで驚いちゃいけませんよ。大きな声じゃ言えませんけど、鼠けいリンパ節から全身のリンパ節まで、この黄金の指で隈なく触診して頂きましたから」

速水「(笑)そりゃ凄いわ」

中村「言っとくけど、こんな幼児体型、触診しても面白くないよ」

速水「アハハハハハ」

美乃里「笑いすぎです」

速水「いやぁ、ホント面白いですね、お二人の関係。あんまり仲が良いんで、てっきりお付き合いをされているものと思いましたよ。だって先輩にいくら素敵な女性を紹介しても、まったく関心を示さないんですよ。先輩曰く、『どうしても気になる女性がいるから、誰とも付き合うつもりはない』なんて言うんですから」

美乃里「えっ? 中村先生にそんな女性がいたんですか?」

中村「あ、いや」

美乃里「仕事が忙しくてそんな暇ないと思ってましたけど、ははーん、そんな女がいたんだー」

中村「い、いるわけないだろう」

中村、メニューを広げ速水に向ける。

中村「速水、なに食べる?」

速水「話そらしましたね?」

中村「俺はどれにしよっかなー」

笑っている速水。

美乃里「私、フライドポテトと鳥のからあげー!」

中村「お前いつもワンパターンだな」

美乃里「そういう中村先生だって、サバの味噌煮と切干大根、頼むんでしょ?」

中村「残念でした。今日は違いますぅ」

美乃里「ホントは食べたいくせにぃ」

笑っている速水。

中村「速水は何食べる?」

速水「そうですねー、それじゃ私は、サーモンマリネと、スペアリブを」

美乃里「うわぁーオシャレー。サーモンマリネとスペアリブだって。中村先生とは大違い」

中村「うるさいよ」

笑っている速水。

店員が来て、生ビールとカルピスハイをテーブルに配膳する。

中村「えーと料理いいですか」

店員「はい」

中村「フライドポテトと鳥のから揚げ、サーモンマリネとスペアリブ。それと・・・」

美乃里「サバの味噌煮と切干大根をお願いします。(中村に)でしょ?」

見合い笑う中村と美乃里。

中村「とりあえず以上で」

店員「ハイ」

店員去る。

中村「あー喉乾いた。お先にいただきます」

中村、一人で先にビールをグイグイあおる。

美乃里「あー、一人で先に飲んじゃって。乾杯しないんですか?」

中村「何に乾杯するのよ」

美乃里「何にって言われても・・・」

中村「飲も飲も。ホラ」

美乃里「まったくもう。マイペースなんだから」

美乃里と速水、見合い笑う。

速水「それじゃ、篠原先生との出会いに、乾杯」

美乃里「速水先生との出会いに、乾杯」

速水と美乃里、乾杯する。

中村「アハハハハ、相変わらずキザだなぁー速水」

美乃里「外野はうるさいよー」

笑っている速水。

速水「お二人は、いつもこうして二人きりでどこかに行かれたりするんですか?」

中村「篠原がウチの病院に来るまでは、時々こうして会ったりもしていたんだけどね、さすがに同じ病院に勤めるようになってからは、公私混同になるから二人きりで会わない約束をしているんだ」

美乃里「の、はずだったんですけどね、ここ最近はそんな約束をすっかり忘れてるのか、ちょくちょく人を呼び出してはあちこち連れ回すんですよ。昨日の映画だってそう」

中村「だってさホラ、仕事だけの付き合いだと、お互いギスギスして、いがみ合ってばかりだったじゃない。あれはちょっと良くないと思ってさ。コミュニケーションだよ、コミュニケーション」

美乃里「まったく調子いいんだから。自分の方から『二人きりで会うのはよそう』なんて言っておいて、最近じゃ連れ回すだけにとどまらないんですよ。私の実家、病院のすぐ近くなんですけど、中村先生はしょっちゅう夕飯食べに来て、おまけに泊まって帰るんです。私のウチから出勤するなんてことはざらで、自分は篠原家の一員だと思い込んでいるんですから」

速水「やっぱりお二人はそういう関係だったんですね」

中村「誤解しないでくれよ。何度も言うけど、篠原は妹みたいなもんだし、篠原の御両親とは研修医の時から家族ぐるみの付き合いをさせてもらってて」

美乃里「そうなんですよ。中村先生は私の兄貴みたいな存在なんです」

中村「そうそう」

中村、咳が出始める。

美乃里「あーあ、とうとう咳に変わっちゃいましたね」

中村「まいったなぁ。喉が痛くなってきたよ。熱が出なけりゃいいけど」

美乃里「明日具合悪かったら仕事休んでくださいね。私一人でなんとかしますから」

中村「おまえ一人じゃ頼りなくて、休んでなんかいられないよ」

美乃里「いつまでも半人前扱いしないでくださいよ。これでも5年目の医師ですよ。小児科医として1年過ぎたし。とにかく、明日は無理しないでください。子供達に風邪を移されても困るし」

中村「はいはい分かりました。はいはいはいはい」

美乃里「いつもそうやって聞き流す」

中村「はいはいはいはいはいはい」

笑っている速水。

美乃里「あ、そうそう(速水に)中村先生って、大学時代はどういう人だったんですか? もしかして、案外ヤンキー系の兄ちゃんだったりして?」

中村「(笑)そんなわけないだろう」

速水「先輩はこのままの人ですよ。昔から変わらないです。そうそう、先輩はすごくモテたんですよ」

美乃里「えっ、そうなんですか?」

速水「当時の人気はすごかったですよ。私の知っているだけでも片手は埋まりますからね。でもね、先輩はそんな女性たちに目もくれないんです。そこがまた、女心を引き付けるんですよね」

美乃里「それが中村先生の手ですね」

中村「違うよ()

速水「中村先輩は、ホント勉学一筋という感じでしたよね。6年間特待生だったし」

美乃里「えっ、中村先生、特待生だったんですか?」

中村「うん」

美乃里「すごーい、知らなかったー」

速水「先輩は俺達医者の息子達と違って、地道に努力を重ねてきた人ですからね。成績はいつもトップクラスでしたよね」

美乃里「すごーい」

中村「そんなことないよ。たまたまそういう時があっただけだよ。俺のウチは貧乏だったからね、成績が落ちて奨学金を打ち切られたらアウトだと思って必死に勉強してきただけだよ」

美乃里「中村先生って、すごい人だったんだぁ」

中村「篠原なんか、どんなに頑張ってもビリかブービーだもんな」

美乃里「あはは、当たってるだけに返す言葉が無い」

笑う三人。

速水「中村先輩は、頭は切れるし器用だし、俺はてっきり大学に残って、脳外科か心臓外科を専攻するものとばかり思ってましたよ。その先輩が総合病院でマイナーな小児科を専攻されるなんて、何か理由でもあったんですか?」

中村「うん・・・。妹をね、遺伝性疾患で亡くしているんだよ」

速水「そうだったんですか・・・。それで小児遺伝を専門に」

中村「うん。桜台病院にはね、当時小児遺伝のエキスパートの泉谷先生という先生がいらして、その泉谷先生に付いて学びたくて桜台病院に入局したんだよ。泉谷先生にはずっと指導してもらっていたんだ。今はもう定年で引退されているんだけど」

速水「そうでしたか・・・」

中村「速水こそ、どうして小児科を専攻したの? いずれは実家の総合病院を継ぐことになってるんだろう? その次期院長が採算も取れない小児科を専攻するなんて。お父さん、嘆いているだろう」

速水「ええ。医大に入った時から『小児科だけはやめてくれ』って言われてましたからね。実家に帰るたびに小言を言われてますよ」

中村「それが何故?」

速水「実は俺、親の言いなりに病院を継ぐ気にはなれなくて、それであえてマイナーな小児科を選んだんです」

中村「・・・・・・」

速水「あえて苦難の道を選んだんですけど、これが始めてみると何だか楽しくって。小児科独特のバタバタした緊張感が何だか心地良いんですよね、これが」

中村「ウン」

速水「小児科に入り込めば入り込むほど子供達が愛しくなるし、この手で子供たちを救ってやるんだって、そんな使命感に燃えてきて。今では小児科を選んで良かったと思ってます。自分にはこの仕事しかないって、そう思ってます」

中村「そうか。小児科を志す仲間としては嬉しい限りだよ。だけどなー、父親の立場からしたら、大切な跡取り息子が採算も取れない激務の小児科を専攻するなんて、やっぱり考えちゃうだろうな」

速水「ええ、私もよく分かっているんですよ。小児科は今の時代、厄介払いされ閉鎖する病院も増えていますからね。小児科医は待遇も悪いし、勤務はますます過酷になるばかりだし。ですが私は、絶対に小児科の仕事を辞めるつもりはありません。実家の病院を継ぐことになっても、赤字覚悟で小児科の仕事は続けるつもりです」

中村「頼もしいね。小児科医の鏡だね」

速水「小児科を愛する気持ちは、誰にも負けませんからね」

美乃里「素晴らしいですね、速水先生・・・」

速水「篠原先生は、関東医大で血液を学んでいらしたんですよね」

美乃里「ええ」

速水「どうして内科から小児科へ?」

美乃里「本当は・・・、大学に残って血液の研究を続けるつもりでいたんです。でも、2年前に病気が再発してしまって、それで・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「私はもう、医師の仕事に復帰することはできないだろうと、そう諦めていたんです。私は只でさえ足に障害を抱えていましたし、その上病気が再発してしまっては仕方ないですよね・・・。こんな体の私を使ってくれる病院なんて、どこにもありませんから・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「私は退院してから、ずっと廃人のような生活を送っていたんです・・・。そんな時に中村先生からお話を頂いて。今、桜台病院の小児科に一人空きがあるから、自分と一緒に働かないかって、そう中村先生からお話を頂いて・・・」

速水「先輩から・・・」

美乃里「ええ。それで私は、桜台病院の小児科常勤医として、働かせてもらえることになったんです」

速水「そうだったんですか・・・」

美乃里「中村先生はあの時、小児科に空きがあるって、そう言って私を誘ってくれたんですが・・・、実は空きがあるというのは嘘で、中村先生がかなりの骨折りをして院長先生に頼み込んで下さっていたんです。そのことを後から院長先生に聞かされて・・・。中村先生、自分が全ての責任を負うから、篠原を自分の元で働かせてやりたいって、そう言ってくださったみたいで・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「中村先生には、本当に感謝しています。この13年間、中村先生はずっと私のことを見守り続けてくれたんです。中村先生がこうして支えてくれたからこそ、今の私があると思っています。中村先生がいなかったら、きっと私は、この世にはいなかった・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「私は、中村先生から多くの事を学ばせてもらいました。命の尊さ、生きることの意味、病気と戦う勇気、そして私自身の使命を」

速水「・・・・・・」

美乃里「私はこの病気の事で色々と辛い思いをしてきましたが、今ではこの病気や障害に、とても感謝をしています。私はこの闘病を生かして、これからも医師としての道を歩んでいきたいと思っています。それが私の使命だと思っています。・・・ですが、私が抱えている悪性リンパ腫は、予後の悪いもので、いつまた再発するか分からない状態なんです。2年前の再発の時には奇跡的に寛解まで持ち込むことができましたけど、今度再発を起こしたら、私はもう助からないと思っています」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「私に、あとどのくらい、命が残されているのか分かりませんが、私は命ある限り、この仕事を続けていきたいと思っています。たとえ自分の命を削ろうとも、私はこの仕事に命をかけていきたいと思っています。それが、私がこの世に生まれた、使命だと思っていますから」

速水「素晴らしいですね、篠原先生・・・」

中村「・・・・・・」

速水「俺、篠原先生に惚れました」

中村「(驚く)・・・」

美乃里「アハハハ、そうでしょそうでしょ()

速水「いや、冗談じゃなくて、本気です」

美乃里「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「これからも、時々私と会って頂けませんか。いえ、毎日でもあなたにお会いしたい」

美乃里「アハハハ、真顔でそんなこと言ったら本気にしちゃいますよ」

速水「冗談なんかじゃありません!」

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「女性に対してこんな思いを抱いたのも、こうして自分の思いを伝えているのも、篠原先生が始めてです」

美乃里「・・・・・・」

速水「できることなら、篠原先生と結婚を前提にお付き合いをさせて頂きたい。私は本気です」

美乃里「・・・・・・」

中村「いい加減にしろよ・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「口説くなら、シラフの時に口説いてやれ」

速水「・・・・・・」

中村「その気がないなら、こいつには手を出すな」

速水「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

気まずい雰囲気。

美乃里「やだなぁ、冗談ですよねー。こんな私のことを本気で好きになる人なんているわけないじゃないですかー。ちゃんと分かってますよ私だって。アハハハ」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

店員が、料理を持って来る。

店員「お待たせしましたー」

美乃里「うわぁ、中村先生来たよ来たよー! サバの味噌煮と切り干し大根ー! キャハハハ!」

一人で明るい美乃里。

気まずい雰囲気の速水と中村。

美乃里「あ・・・」

美乃里、ポケットから携帯電話を取りだし出る。

美乃里「はい篠原です。・・・そうですか・・・。わかりました。今すぐ向かいます(切る)

中村と速水、美乃里を見ている。

美乃里「病棟からの呼び出しです。すみません、私これで帰ります・・・。(財布からお金を出し)これ私の分」

中村「俺が行こうか?」

美乃里「大丈夫。速水先生、お先にすみません。今日は楽しかったです。またいつかご一緒しましょう」

速水「ぜひまた」

美乃里「それじゃ」

美乃里、出て行く。

残された二人。

気まずい沈黙。

速水「俺・・・」

中村「・・・・・・」

速水「本気ですから。篠原先生のこと・・・」

中村「・・・・・・」

速水「本当に、こんな気持ちになったのは始めてなんです。篠原先生と、結婚を前提にお付き合いをさせて頂きたいと考えています」

中村「彼女から聞いただろう、病気のこと。彼女の患っていた病気は悪性リンパ腫だ。2年前に再発を起こして、今もまだ化学療法を続けている。完全寛解にも至っていない。彼女はいつまた再発するか分からない体だ」

速水「ええ。聞きました」

中村「足にだって障害を抱えている」

速水「分かってます」

中村「それでも、結婚を考えられるのか」

速水「彼女の病気も、障害も、私には何の問題もありません」

中村「君が良くても、そんな彼女をご両親に紹介できるのか。まして君は長男であり、総合病院の跡取り息子だろう。結婚を認めてもらえる自信はあるのか」

速水「絶対に認めさせてみせます。絶対に」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「付き合うのは君たちの自由だが、結果として彼女を傷付けるようなら、初めから手を出して欲しくない」

速水「大切に思っているんですね。篠原先生のこと・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・先輩、もしかして篠原先生のこと・・・」

中村「・・・・・・」

速水「そうなんですか・・・?」

中村「そ、そんなわけないだろう。あいつは俺にとって妹みたいな存在だ。俺はただ、あいつの悲しむ姿を見たくないだけだ・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「分かりました。これからの事、じっくり考えてから結論を出します」

中村「・・・・・・」

どこか切ない顔の中村。

 

中村のマンション・玄関前廊下

咳込みなから歩いてくる中村。

ドアの鍵を開ける。

 

同・寝室

中村、寝室に入ってくる。

小奇麗にされた部屋。

咳き込んでいる中村、ベッドにゴロンと横たわる。

思いつめた顔。

 

(回想)居酒屋「ふるさと」・座敷

中村と速水。

速水「俺・・・」

中村「・・・・・・」

速水「本気ですから。篠原先生のこと・・・」

中村「・・・・・・」

×   ×

速水「彼女の病気も、障害も、私には何の問題もありません」

×   ×

速水「絶対に認めさせてみせます。絶対に」

真剣な顔の速水。

 

元の寝室

ベッドで思いつめた顔をしている中村。

額を抱え、目を閉じる。

 

桜台総合病院・小児科外来診察室(翌朝)

看護師A、外来の準備をしている。

マスクをかけた中村が入ってくる。

中村「おはよう」

看護師A「おはようございます。中村先生、風邪ですか」

中村「うん」

ぐったりと辛そうな中村。

看護師A「大丈夫ですか? 相当具合悪そうですよ」

中村「うん」

中村、席に着く。

美乃里が突然、診察室に入ってくる。

美乃里「中村先生、外来代わります」

中村「・・・・・・」

美乃里「無理をするからこういうことになるんですよ。私が変わりますから休んでてください」

中村「ありがとう・・・」

中村出ていく。

美乃里、心配顔で見送っている。

看護師A「心配そうな顔しちゃって美乃里先生ー」

美乃里「してないよ、そんな顔」

看護師A「してたしてた。鏡見せてあげたかったなぁ。今の顔」

美乃里「またからかってー」

笑う二人。

 

同・小児病棟医師室

中村、咳き込みながら入ってくる。

ソファーに座り、もたれかかるようにぐったりと目を閉じてしまう。

 

同・小児科外来診察室

美乃里、患児の和人(8)の聴診を終える。

美乃里「和人君、肺炎の疑いがありますね」

和人の母「肺炎?」

美乃里「ええ、今年の風邪は肺炎へと移行するケースが多いんです。レントゲンと血液検査をして詳しく調べてみましょう。結果によっては入院して頂くようになるかもしれません」

和人の母「分かりました・・・」

ぐったりとしている和人。

 

同・小児病棟医師室

中村、ソファーでぐったりと眠っている。

美乃里、そっと入って来る。

中村の元へ行き、眠っている中村の額を触る。

ビクッと目を開ける中村。

美乃里「大丈夫ですか」

もうろうとしている中村。

中村「今、何時?」

美乃里「1時です」

中村「1時? すっかり眠ってしまったんだね・・・」

中村、身体を起こす。

美乃里「今日は帰ってください。この身体じゃ仕事は無理です。今日は病棟も落ち着いていますし、私一人で大丈夫ですから」

中村「でも」

美乃里「風邪をこじらせて長引くようになったらそれこそ大変なんですよ。今年の風邪は肺炎へと移行するケースが多いんですから。今日は帰ってください」

中村「うん。それじゃ悪いけど、帰らせてもらうよ」

美乃里「はい」

咳き込む中村。

美乃里、中村の背中を擦っている。

 

同・小児病棟ナースステーション(夕方)

美乃里、コンピューターを打ちながら、腕時計を気にしている。

看護師B、そんな美乃里を見て笑っている。

看護師B「美乃里先生、さっきから時計ばっかり気にしてますね」

美乃里「・・・・・・」

看護師B「早く仕事を終わらせて、どこかに行こうとしてるでしょ?」

美乃里「そ、そんなことないですよ」

看護師B「ムフフ、お仕事お手伝いしましょうか。早く中村先生の看病に行けるように」

美乃里「そんな事思ってませんっ」

看護師B「(呟く)無理しちゃって」

美乃里「してないよっ」

看護師B「(笑)あ、その検査のオーダー私が入れておきますよ。そのデータも入力しておきます」

美乃里「()ありがとうございます」

2人、見合い笑う。

 

同・病院裏口前(夜)

帰り支度で裏口から出てくる美乃里。

急ぎ足で歩き出す。

 

中村のマンション・寝室

中村、ベッドでうなされている。

 

中村のマンション・玄関前廊下

美乃里、玄関前まで歩いてくる。

インターホンを押す美乃里。

応答がない。

美乃里「ありゃ。辛くて出て来れないのかな・・・」

もう一度インターホンを押す。

 

同・寝室

インターホンが鳴る。

中村、辛そうに目を開けるが、すぐにまた目を閉じてしまう。

またインターホンが鳴る。

美乃里の声「中村先生―! 大丈夫ですかぁー!」

中村、美乃里の大声に目が開き、フッと笑う。

中村、ぐったりと起き上がり、フラフラと玄関へ向かう。

 

同・玄関

中村、やっとの思いで玄関まで辿りつき、ドアを開ける。

玄関前に立っている美乃里。

中村「おまえ、声がデカイよ。近所迷惑だろうが」

美乃里「アハハ、ごめんなさい・・・」

中村、力尽きたように座り込んでしまう。

美乃里「大丈夫ですか!」

中村を抱える美乃里。

 

同・寝室

美乃里、中村をベッドに寝かせ、布団をかける。

美乃里「相当辛いみたいですね。熱はどうですか? 何度ありましたか?」

中村「40度・・・。座薬入れたけど、下がらない・・・」

美乃里「水分は取れてますか?」

中村「(首を振る)・・・」

美乃里「ちょっと心配ですね・・・。まずは氷枕用意しましょうか。ちょっと待っててくださいね」

中村「うん・・・」

美乃里、キッチンへ。

中村、辛そうに目を閉じる。

×   ×

美乃里、氷枕を中村の頭下へ。

中村「気持ちいい・・・」

美乃里「先生もいい年なんですから、早く奥さん見付けないと、こういう時に困るんですよ」

中村「ホントだよな・・・。こういう時は、篠原の優しさが骨身に染みるよ・・・。いい女だな・・・って」

美乃里「()心にもないこと言っちゃって」

中村「本当にそう思ってるよ・・・」

美乃里「どうせこういう時だけそう思うんでしょ」

見合い笑う二人。

中村ぐったりと目を閉じ、辛い顔。

美乃里「中村先生、ウチに泊まりに来ますか? 今回はいつもと違って辛そうですよ」

中村「・・・・・・」

美乃里「お父さんに電話して、車で迎えに来てもらいましょう」

美乃里立ち上がろうとする。

中村「ちょっと待って。みんなに風邪を移すと悪いから、いいよ・・・」

美乃里「私たちのことだったら気を使わなくてもいいんですよ。中村先生は家族も同然なんですから」

中村「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから・・・」

美乃里「でも・・・」

中村「大丈夫だよ・・・」

中村、ぐったりと目を閉じる。

辛そうな中村。

心配顔で見守る美乃里。

 

桜台総合病院・小児科外来(昼間)

美乃里、患児親子と向き合っている。

美乃里「それじゃ、来週の月曜日に、また様子を見せに来てくださいね」

患児の母「はい。ありがとうございました」

患児親子出ていく。

看護師A「今日はこれで終了です。お疲れ様でした」

美乃里「お疲れ様でした」

看護師A「美乃里先生、病棟に速水先生がお見えになっているそうですよ。美乃里先生が病棟に上がって来るまで待ってるって」

美乃里「あ、はい。瑞穂ちゃんのお見舞いにいらしてるのね。早く行かなくちゃ」

看護師A「いいなー。美乃里先生も病棟ナースも速水先生に会えてー」

美乃里「あらま、鈴木さんも速水先生のファンだったんだー」

看護師A「当然ですよ。速水先生に心を動かされないのは美乃里先生くらいなもんです」

美乃里「(笑)なんでー? 私だって素敵な男性だと思ってますよ。うーん、私の理想の男性像に近いかもしれなーい!」

看護師A「でしょでしょ!」

美乃里「あ、そうそう、私ね、このあいだ速水先生と飲みに行ったんだー。いいでしょうー」

看護師A「どうせ中村先生も一緒だったんでしょ」

美乃里「アハハ、何で分かるんだ?」

看護師A「美乃里先生は中村先生一筋だもん。速水先生と二人きりで飲みに行く訳ないって」

美乃里「(笑)断定的なものの言い方」

二人笑う。

 

同・小児病棟ナースステーション

速水が看護師たちと話をしている。

美乃里、歩いて来る。

速水「(美乃里に気付き) あ、篠原先生」

速水、美乃里の元へ。

美乃里「速水先生、ご苦労様です」

速水「先日はありがとうございました。楽しかったですね。ぜひまた御一緒しましょう」

美乃里「ええ、ぜひまた!」

速水「そうそう、瑞穂ちゃん、検査も治療も頑張っているようですね」

美乃里「そうなんですよ。人一倍恐がりで人見知りだって聞いていたので心配していたんですが、すぐに心を開いてくれて。検査も治療も前向きに頑張っているんですよ」

速水「さすが篠原先生ですね。安心しました。瑞穂ちゃん言ってましたよ。美乃里先生が大好きで、先生と色々お話するのが楽しみだって」

美乃里「それは嬉しいなー」

速水「瑞穂ちゃんのこと、これからも宜しくお願いします」

美乃里「お任せください」

速水「あ、そう言えば中村先輩、あれからやっぱり風邪引いてダウンしちゃったらしいですね」

美乃里「そうなんですよ。昨日様子を見に行ってきたんですけど、相当辛い様子で。あれじゃ暫く出て来れそうにもないですね」

速水「そうですか。心配ですね」

美乃里「ええ」

速水「(腕時計を見)私、そろそろ失礼します。また近いうちに寄らせてもらいますので。瑞穂ちゃんのこと、宜しくお願いします」

美乃里「ご苦労様でした」

速水「(看護師たちに)それじゃ、失礼します」

看護師たち「ご苦労様でした!」

速水、帰っていく。

看護師たち、憧れの眼差しで速水の後ろ姿を見つめている。

看護師B「速水先生って素敵ですよねー。あれじゃ病院のスタッフや患者さんの間でもモテモテなんだろうなぁ」

美乃里「みたいね。中村先生がそう言ってた」

看護師C「顔もスタイルもモデル並みだもんなぁ。性格もイイし、大病院の御曹司だしー」

看護師B「やっぱり彼女いるんだろうなぁー」

看護師C「速水先生と結婚する人、恨まれるわよー」

美乃里「ひゃ〜恐い恐い」

看護師B「中村先生なら大丈夫ですよ。誰も恨む人いないから」

美乃里「アハハハハ・・・って、誰に言ってるの?」

看護師B・C「美乃里先生!」

見合い笑う三人。

 

同・小児病棟ナースステーション(夕方)

美乃里、書類を書きながら腕時計を気にしている。

美乃里の向かいに座っている師長、そんな美乃里を見て笑っている。

師長、電話の受話器を取り、

師長「美乃里先生、電話」

美乃里「えっ?」

師長「かけましょう。中村先生の携帯に。美乃里先生、仕事が手につかない様子ですもんね(笑)」

美乃里「・・・(笑)」

師長、ダイヤルする。

師長「(受話器を渡し)はい、どうぞ」

美乃里「すみません(笑)」

美乃里、中村が出るのを待っている。

師長、美乃里を見ている。

なかなか繋がらない。

師長「どうですか?」

美乃里「・・・(首を振る)」

師長「大丈夫かしら。中村先生」

美乃里「・・・・・・」

美乃里、心配顔。

 

同・病院裏口(夜)

美乃里、帰り支度で腕時計を気にしながら出てくる。

急ぎ足で帰ろうとすると、美乃里の前に速水が歩いてくる。

美乃里「速水先生・・・」

速水「こんばんわ。先程はどうも」

美乃里「どうされたんですか。何かあったんですか」

速水「いえ、篠原先生を待っていたんです」

美乃里「私を・・・?」

速水「ええ」

真剣な顔の速水。

驚いている美乃里。 

 

イタリアンレストラン・店内

窓際席で向き合い座っている美乃里と速水。

速水「突然にすみません。お時間を取らせてしまって」

美乃里「いいえ・・・」

速水「あの・・・」

美乃里「はい」

速水「先日は、あんな席であんな事を突然に申し上げまして・・・、申し訳ありませんでした」

美乃里「アハハ、いいんですよ。始めから本気にしてませんから」

速水「私と、結婚を前提にお付き合いをして頂けませんか」

美乃里「・・・・・・」

速水「私にはあなたが必要です。あなたしか考えられないんです」

美乃里「ちょ、ちょっと待ってください」

速水「私は本気です。今日はちゃんとあなたに会って、私の思いを伝えようと」

美乃里「ちょっと待ってください!」

速水「・・・・・・」

美乃里「何度も申し上げるようですが、私は、いつ再発するか分からない病気を持っています。足にだって障害を抱えています」

速水「ええ、すべて承知しています。その上で、お話させてもらっています」

美乃里「でも」

速水「私の両親にも、あなたのことをすべて話してあります。全て話して、結婚の了承を得ています。あなたが体のことを気にしていらっしゃるなら、無用な心配です」

美乃里「・・・・・・」

速水「私は、篠原先生の生き方に惚れました。篠原先生だからこそ、私は結婚したい、そう思ったんです」

美乃里「・・・・・・」

速水「先日も申し上げましたが、こんな気持ちになったのは始めてなんです。私の人生には、あなたが必要だと考えました」

美乃里「・・・・・・」

速水「篠原先生は、私とお付き合いするのはイヤですか。私みたいな男は嫌いですか」

美乃里「とんでもありません。速水先生はとても素敵な方ですし、私なんかにはもったいない方だと思ってます。でも・・・」

速水「でも・・・?」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「中村先輩のこと・・・ですね」

美乃里「・・・・・・」

速水「好きなんですね、先輩のこと・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「やっぱり」

美乃里「違います。・・・中村先生は、私のこと、妹みたいな存在としか思っていませんから」

速水「篠原先生は、どう思っていらっしゃるんですか」

美乃里「・・・・・・」

速水「好きなんですね、先輩のこと」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「私には・・・、こんな体の私には、中村先生を好きになる資格なんてありませんから・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

沈黙。

速水「篠原先生、明日の日曜日は、仕事お休みですよね」

美乃里「ええ・・・」

速水「何か、ご予定は入ってますか?」

美乃里「午前中は、ちょっと病棟へ顔を出しに・・・」

速水「それじゃ午後は?」

美乃里「・・・・・・」

速水「午後は空いてますか?」

美乃里「え、ええ・・・」

速水「それじゃ明日の午後、お会いしませんか」

美乃里「・・・・・・」

速水「瑞穂ちゃんの様子も、色々伺いたいし」

美乃里「・・・・・・」

速水「ダメ、ですか?」

美乃里「いえ・・・」

速水「良かった! それじゃ一緒に散歩を楽しみましょう! 篠原先生、散歩が趣味だって言ってましたもんね」

美乃里「・・・・・・」

速水「それじゃ明日、篠原先生のお家までお迎えにあがります。午後2時なんてどうですか? 大丈夫ですよね?」

美乃里「え、あ、はい・・・」

速水「良かったー。いやー明日が楽しみです」

美乃里「・・・・・・」

速水「どこへ行きましょうかー」

一人喜んでいる速水。

気まずい顔の美乃里。

 

イタリアンレストラン前の道路

美乃里と速水、店内から出てくる。

速水「今日はお会いできて嬉しかったです。ありがとうございました」

美乃里「こちらこそ、御馳走様でした」

速水「御自宅までお送りします」

美乃里「いえ、大丈夫です。すぐ近くですから」

速水「でも」

美乃里「駅とは反対方向ですし、本当に大丈夫です」

速水「そうですか・・・」

美乃里の携帯電話が鳴り出す。

美乃里、ポケットから取り出し、出る。

美乃里「はい、篠原です」

中村の声「(苦しそうに咳き込む声)・・・」

美乃里「中村先生・・・?」

中村の声「うん・・・」

速水、美乃里を見ている。

美乃里、速水の目に気付き、道路の隅へ。

美乃里「さっきから何度も連絡を入れていたんですよ。どうですか具合は?」

中村の声「うん・・・だめだ・・・」

美乃里「え・・・」

 

中村のマンション・寝室

ベッドでぐったりと携帯電話を握っている中村。

中村「身体が、辛くて、動けない・・・」

 

道路

美乃里「熱は、下がりましたか?」

 

中村のマンション・寝室

中村「ぜんぜん下がらない・・・」

苦しそうに咳き込み出す中村。

 

道路

美乃里「大丈夫ですか?」

中村の声「苦しいよ・・・。水が、飲みたい・・・」

美乃里「お水だったら、水道の蛇口を捻れば出て来ますから、頑張って起き上がって、お水飲んでください」

 

中村のマンション・寝室

中村「だから、体が辛くて動けないの。ポカリスエット、買ってきて・・・」

 

道路

笑っている美乃里。

中村の声「喉、乾いた・・・」

美乃里「(笑)分かりました。買ってきます」

 

中村のマンション・寝室

中村「すぐに来てくれる?」

美乃里の声「ハイハイ。すぐ行きます」

中村「良かった・・・。じゃあ今、玄関の鍵、開けておくから。早く来て。(切る)

 

道路

美乃里笑っている。

美乃里「ちゃんと動けるじゃん(笑)」

 美乃里、電話を切る。

 速水、美乃里を見ている。

 美乃里、速水の元へ。

速水「先輩、ですか?」

美乃里「ええ」

速水「具合はどうでしたか?」

美乃里「私、これから行って様子を見てきます。(腕時計を見)バスの時間、今ならまだ間に合うわ」

速水「・・・・・・」

美乃里「今日はありがとうございました」

速水「こちらこそありがとうございました。明日、2時にお迎えに上がりますので」

美乃里「あ、はい・・・。じゃ、また」

速水「また明日」

美乃里、早足で歩いていく。

速水、美乃里の後ろ姿を見つめている。

 

中村のマンション・廊下・玄関前

美乃里、買い物袋を下げ歩いてくる。

玄関をそっと開け、中に入る。

 

同・寝室

美乃里、寝室に入って来る。

ベッドにぐったりと横たわっている中村。

汗をびっしょりかき、呼吸が荒い。

美乃里「うわー、辛そう・・・」

美乃里、中村のベッドサイドに座り、バッグから聴診器を取り出す。

そっと中村のパジャマの胸ボタンを外し、胸を聴診する美乃里。

美乃里「肺炎だ・・・」

気まずい顔の美乃里。

×    ×

苦しそうに眠っている中村。

中村を見つめている美乃里。

美乃里、中村のわきの下から体温計を取り出す。

美乃里「うわ、41度・・・」

美乃里、気まずい顔。

中村、目を覚ます。

もうろうとしている中村。

美乃里「どうですか。苦しいですか」

中村「喉、乾いた・・・」

美乃里「ポカリスエット、買ってきましたよ」

中村「ありがとう・・・」

美乃里、用意していた吸い飲みを中村の口へ。

ゴクゴク飲む中村。

中村「あぁ、生き返った・・・」

中村、ぐったりと目を閉じる。

美乃里「中村先生、肺炎起こしてますよ。チアノーゼも出ています」

中村「うん・・・」

美乃里「入院した方がいいですよ。これから病院に行きますか?」

中村「(首を振り)病院に、迷惑かけたくないから・・・」

美乃里「でも」

中村「本当に大丈夫・・・」

ぐったりと目を閉じる。

美乃里「何か、してもらいたいことはありますか」

中村「うん」

美乃里「なんですか?」

中村「ずっと・・・側にいて・・・」

美乃里「は?」

中村「ここに、泊まってって・・・」

美乃里「(笑っている)」

中村「明日は日曜だし、どうせ暇なんだろう」

美乃里「暇じゃありませんよ。私にだって予定はあるんです」

中村「どうせ、病棟へ休日回診に行くだけなんだろう・・・」

美乃里「(笑)読まれてる」

二人、笑う。

中村、美乃里を見つめ、

中村「ずっと、側にいてくれないか・・・。ここに、泊まってって・・・」

美乃里「・・・分かりました。今日は泊まっていきます」

中村「いいの?」

美乃里「ええ。滅多に弱音を吐かない中村先生が、こんなに辛そうにしているんですもん、放っては帰れませんよ」

中村「良かった・・・」

美乃里「そのかわり、私に手を出さないでくださいよ。一応これでも嫁入り前の女なんですから」

中村「誰もお前なんかに手を出さないよ・・・。女だと思ってないんだから・・・」

美乃里「(笑)まったく具合が悪くても憎まれ口たたくんだから。私、やっぱり帰ろうかなぁ」

中村「あーダメダメ、悪かった」

二人笑う。

咳き込む中村。

中村の背中を擦る美乃里。

美乃里「私、先生の体調が良くなるまで、しばらくここに泊まりますね。ずっとこうして、先生の側についています」

中村「ありがとう・・・」

中村、幸せそうに目を閉じる。

しばらく背中をさすっている美乃里。

美乃里「中村先生は、いつもこうして擦っている間に眠ってしまうんですよね・・・」

中村「ウン・・・。すごく、ホッとするんだよ・・・。こうして、美乃里ちゃんに、擦ってもらうと・・・」

美乃里「(微笑)・・・」

中村「(微笑)・・・」

中村、幸せそうに目を閉じている。

×  ×

中村の背中をずっと擦っている美乃里。

美乃里「中村先生?」

中村「ん・・・」

美乃里「私ね・・・」

中村「うん」

美乃里「今さっきまで、速水先生と一緒だったんです・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「速水先生に、交際を申し込まれました・・・。結婚を前提に、お付き合いをして欲しいと・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「ご両親にも、結婚の了承を得ているそうです・・・。私のことを、全て話してあるって・・・」

中村「・・・・・・」

中村、顔色が変わる。

美乃里「私、どうしたら良いですか・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「私・・・、速水先生に、何て返事したら良いのか分からなくて・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「明日、デートに誘われたんです・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「私・・・、どうしたらいいですか・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

二人、気まずい沈黙。

中村「どうしてこんな時に、そんな話をするんだよ・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「俺は具合が悪いんだよ・・・。こんな時に、そんな話するなよ・・・」

美乃里「・・・・・・」

美乃里、擦っていた手を止める。

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「速水のことが、気に入ったのか・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「そりゃそうだよな・・・。あいつはいい男だし、俺より若いし、大病院の跡取り息子だもんな・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「俺みたいな、しがない勤務医とは大違いだ・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「お前がいいと思うんだったら、速水と付き合えよ・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「決めちゃえ決めちゃえ・・・。結婚しろ結婚。速水と結婚しろ・・・」

美乃里「・・・・・・」

切ない顔の美乃里。

中村「良かったなー、願ってもない玉の輿に乗れて。これでお前も、将来安泰だ」

美乃里「・・・・・・」

中村「速水に感謝しろよ。お前みたいな女、本当なら相手にしてもらえないんだ。お前みたいな病気持ちの女・・・」

美乃里「・・・・・・」

悲しい顔をする美乃里。

中村「この俺だってさ、ぶっちゃけた話、お前と結婚する気にはならないんだから。だってそうだろう、いつ再発するか分からない女を嫁にもらったって、この先、足手まといになるのが目に見えてんだから・・・」

美乃里「・・・・・・」

美乃里、涙が零れ落ちる。

美乃里の涙に切ない顔の中村。

中村「俺はこの13年間、正直ウンザリしていたんだ・・・。ずっと、こうしてお前に付きまとわれて・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「お前の足に障害を残した責任上、ずっと側にいて支えてやるつもりだったけど、俺は正直言って荷が重かった・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「これで俺も、やっとお前から解放される・・・。これで俺も、病気持ちの女を嫁にもらわないで済んだ。ホント助かったよ・・・」

美乃里、泣いている。

切ない顔の中村。

中村「帰れよ・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「もう帰っていいよ・・・。明日速水に会うんだろう・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「あいつの所へ行きたいんだろう・・・。こんな俺の面倒を見ているよりも、速水と一緒にいたいんだろう」

美乃里「・・・・・・」

中村「さっさと帰れよ。速水の所にでも、どこにでも行けよ!」

美乃里「・・・・・・」

中村「出て行けよ! 出て行けって言ってんだよ!」

美乃里「・・・・・・」

中村「出て行けよーッ!!」

美乃里、泣きながら立ちあがり、部屋を出ていってしまう。

中村、布団をかぶってしまう。

 

中村のマンション前の道

美乃里、泣きながらマンションから出てくる。

小走りに走っている美乃里。

やがて立ち止まり、その場で泣き崩れてしまう。

 

中村のマンション・寝室

布団をかぶったままの中村。

 

自然公園・遊歩道(昼間)

思いつめた顔の美乃里。

美乃里の隣には速水。

二人、公園の遊歩道を歩いている。

美乃里の様子を気にしている速水。

速水「少し、休憩しましょうか」

美乃里「あ、はい」

二人、ベンチに座る。

速水「ここの公園、時々来るんです。いつもこうしてベンチに座って、本を読んだり、ボーっとしたり」

美乃里「そうですか・・・。いい所ですね・・・」

二人、景色を眺める。

美乃里、思いつめた顔。

速水、美乃里を気にしている。

速水「疲れさせてしまいましたよね。私のペースで連れ回してしまって・・・。すみません・・・」

美乃里「いいえ。こちらこそ、こんな私に気を使って頂いて・・・」

速水「好きな人に気を使うのは当たり前のことです」

美乃里「・・・・・・」

速水「私にできることがあったら、何でも言ってくださいね。何でも力になりますから・・・」

美乃里「ありがとうございます・・・」

どこか切ない顔の美乃里。

そんな美乃里を気にしている速水。

 

イタリアンレストラン・店内(夕方)

向き合い座っている速水と美乃里。

速水「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」

美乃里「こちらこそ、色々気を使ってくださって、ありがとうございました」

二人、ワインを口にする。

速水「中村先輩と、何かあったんですね・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「あなたの目を見れば、すぐに分かります」

美乃里「・・・・・・」

速水「好きなんですね。中村先輩のこと・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「分かってました。でも私は、それでもいいと思ったんです。私には、どうしてもあなたが必要だから。私はあなたじゃなければ駄目だから・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「すみません。いつも私の思いばかり一方的に・・・」

美乃里「いいえ。ありがとうございます。こんな私のことを大切に思ってくださるなんて・・・。でも、本当にこんな私で良いんですか? 私はいつ死ぬか分からない病気を持っているんですよ。足手まといになることは目に見えているんですよ。子供だって、産めないかも知れないのに・・・、それなのに、こんな厄介者の女でも本当にいいんですか」

速水「厄介者だなんてとんでもありません。病気や障害のことを気にしていらっしゃるなら無用な心配です。私はむしろ、あなたを支えたい、あなたを守りたい、そう思っているんです」

美乃里「速水先生・・・」

速水「私の前では、病気のことも、障害のことも忘れてください。そして中村先輩のことも、私が忘れさせてみせます」

美乃里「・・・・・・」

速水「私があなたを幸せにします。決して後悔はさせない。約束します」

美乃里「・・・・・・」

速水「どうか私と、結婚を前提にお付き合いしてください。お願いします」

頭を下げる速水。

速水を見ている美乃里。

沈黙。

美乃里「いいんですか。こんな私でも・・・」

速水「もちろんです。私にはあなたが必要なんです」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「ありがとうございます・・・。こんな私ですが、どうぞ宜しくお願いします・・・」

速水「・・・やったー! (絶叫)ヤッター!」

レストラン中に響き渡る速水の声。

客たちが一斉に二人を見る。

速水と美乃里、見合い照れ笑い。

「ブルブルブル」と携帯電話のバイブの音。

美乃里、携帯電話をポケットから取り出す。

携帯画面を見、切ない顔になり、電話を切ってしまう。

見ている速水。

美乃里、ポケットに携帯をしまう。

何事もなかったかのように、ワインを飲む美乃里。

美乃里「このワイン、すっごく美味しいですね。香り豊かで、口当たりも繊細で」

美乃里、グイグイとあおる。

どう見ても無理に飲んでいるとしか思えない。

美乃里「こんな美味しいワインは初めてです」

美乃里、グイグイとあおっている。

そんな美乃里を見ている速水。

 

レストラン前の道路

美乃里と速水、レストランから出てくる。

美乃里は千鳥足てフラフラしている。

そんな美乃里を支えて歩いている速水。

美乃里「いやぁ、なんらか私、飲みすぎちゃったみたいですぅ。星がグルグル回って見えますぅ。あはは」

速水「・・・・・・」

速水、ハッとなり、美乃里のポケットに目をやる。

速水「電話・・・」

美乃里「ん・・・?」

速水「ポケットの携帯電話、鳴ってます」

美乃里「・・・・・・」

美乃里、真顔になり、ポケットから電話をとり出す。

携帯画面を見、切ない顔になり、電話を切る。

美乃里、携帯電話をポケットにしまう。

速水「・・・いいんですか、電話に出なくて」

美乃里「・・・・・・」

速水「中村先輩からの電話でしょ」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

再び携帯のバイブが鳴る。

美乃里、速水に首を下げ、道路の隅へ。

電話に出る美乃里。

美乃里「はい」

中村の喘ぐような呼吸が聞こえてくる。

驚く美乃里。

 

中村のマンション・寝室

呼吸困難を起こし、もうろうと携帯電話を握っている中村。

力を振り絞って話し出す。

中村「昨日は・・・悪かった・・・」

 

道路

美乃里「・・・・・・」

 

中村のマンション・寝室

中村「すぐに、来て、くれないか・・・。意識が、無くなりそう、なんだ・・・」

 

道路

切ない顔の美乃里。

美乃里「・・・・・・」

 

中村のマンション・寝室

中村「頭が、痛くて・・・、意識が、無くなり、そうなんだよ・・・。すぐに、来て・・・」

 

道路

美乃里「・・・どうして、私に電話してくるんですか」

 

中村のマンション・寝室

中村「・・・・・・」

 

道路

美乃里「そんなに辛いなら、救急車でも何でも呼べばいいじゃないですか」

 

中村のマンション・寝室

中村「・・・・・・」

 

道路

美乃里「私は、中村先生の奥さんでも恋人でもないんです」

 

中村のマンション・寝室

中村「・・・・・・」

 

道路

美乃里「今・・・、速水先生と一緒なんです」

 

中村のマンション・寝室

中村「・・・・・・」

 

道路

美乃里「私、速水先生と、結婚を前提にお付き合いすることに決めましたから」

 

中村のマンション・寝室

中村「・・・・・・」

中村、切ない顔。

 

道路

美乃里「・・・電話、切ります」

 

中村のマンション・寝室

中村「待って。切らないで・・・」

 

道路

美乃里、切ない顔で電話を切る。

 

中村のマンション・寝室

中村の携帯から、電話の切れた音がしている。

切ない顔の中村。     

中村の目から、涙がこぼれ落ちる。

ぐったりと目を閉じる中村。

 

道路

美乃里、切ない顔。

速水、美乃里の元へ。

速水「先輩からですね・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「行ってあげてください。先輩の所へ」

美乃里「・・・・・・」

速水「行ってあげてください」

美乃里「いいんです・・・これで・・・」

速水「でも」

美乃里「いいんです・・・」

美乃里、涙を堪えている。

そんな美乃里を見ている速水。

 

桜台総合病院・小児病棟ナースステーション(朝)

書類を書いている美乃里と師長。

タイトル「数日後」

中村、マスク姿でフラフラしながらナースステーションに入ってくる。

中村「おはよう・・・」

美乃里、驚き中村を見る。

師長も中村を見、

師長「中村先生! そんな体で出勤してきたんですか? まだ肺炎が治りきってないんですよ」

中村「大丈夫です」

師長「でも」

美乃里立ちあがり、中村の前へ。

美乃里「帰ってください。そんな体で仕事なんて無理に決まってるじゃないですか」

中村「大丈夫だって言ってるだろう」

美乃里「無理してこれ以上悪化したらどうするんですか」

中村「俺は俺の考えでやってるんだ。余計な口出ししないでくれ」

美乃里「患児やスタッフに風邪が移ることだって考えられるんですよ。少しは状況を」

中村「口出しするなって言ってるだろう!」

美乃里「・・・・・・」

師長、驚き中村を見ている。

美乃里「ああそうですか。それじゃ勝手にしてください」

美乃里、ナースステーションを出ていく。

気まずい顔の中村。

師長、二人の様子に驚いている。

 

同・小児病棟医師室(昼間)

中村、ソファーにもたれ、目を閉じている。

ノックの音、看護師Cが入って来る。

看護師C「中村先生、頼まれていた注射、持ってきました」

中村「ありがとう・・・」

看護師C「本当に良いんですか。解熱剤の注射は体に良くありませんよ。ちゃんと静養された方が・・・」

中村「うん・・・」

看護師C「無理、しないでくださいね」

中村「ありがとう」

看護師C、出ていく。

中村、ぐったりしたまま左袖をまくり、腕を出す。

腕を消毒し、自分で注射を打つ。

注射跡を揉みながら、ぐったりと目を閉じる。

ノックの音、速水が入ってくる。

速水「先輩、具合はどうですか」

中村「来てたのか・・・。篠原なら、まだ外来だぞ」

速水「ええ。今日は先輩に話があって」

中村「・・・座れよ」

速水「はい」

速水、中村の向かい座る。

速水「体調は大丈夫なんですか? まだ熱があるそうじゃないですか」

中村「いつまでも仕事休んでいる訳にはいかないからね。篠原に負担掛けたくないし・・・」

中村、体を起こし、

中村「話って、なんだ・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「良いんですか、本当に」

中村「何が」

速水「私が、彼女に結婚を申し込んでも、本当に良いんですか・・・」

中村「・・・良いも何も、俺には関係ないだろう・・・」

速水「・・・・・・」

中村「そんな事より、君の御両親に、ちゃんとあいつの病気や障害のことを話したのか」

速水「はい。すべて話して納得してもらいました。もちろん、結婚のこともです」

中村「間違いないんだな」

速水「ええ」

中村「そうか。それなら良かった・・・。安心した・・・」

中村、ソファーにもたれ、目を閉じる。

速水「先輩に、もう一度聞きます。本当に良いんですか。私が結婚を申し込んでも」

中村「・・・・・・」

速水「本当に彼女のこと、何とも思ってないんですか・・・」

中村「・・・・・・」

速水「先輩、本当は彼女のこと・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「そんなこと、聞いてどうする・・・」

速水「正直に答えてください」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

沈黙。

中村「好きだ・・・」

速水「(驚く)・・・」

中村「あいつが好きだ・・・。あいつを誰にも渡したくない・・・」

速水「(驚いている)・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「でも・・・、俺には・・・、あいつを幸せにしてやれる力がない・・・」

速水「幸せに、してやれる力がない・・・」

中村「俺は、速水のように医者の息子でもないし、大学とのつながりも無い、しがないただの勤務医だ」

速水「それと彼女を幸せにしてあげられる力と、どう関係があるんですか」

中村「・・・君も知っていると思うけど、以前この病院で小児科閉鎖の話が出ていただろう。その時に、俺は秋田の総合病院に、篠原は福島の無医村に転勤する話になってね・・・」

速水「・・・・・・」

中村「あいつはあんな身体だ。無医村勤務なんて勤まる訳がない。俺は、あいつをなんとか雇ってもらえる病院をあちこち探しまわったんだ。でも、あいつの病気や障害がネックになって、受けていれてくれる病院が見つからなくて・・・。俺の力では、どの病院も受け入れてもらえなかった・・・。俺が勤める秋田の病院に連れて行くことも考えたんだけど、それも、俺の力ではどうにもならなかった。秋田近郊の病院にも色々当たってみたんだけど、どこの病院も受け入れてもらえなくて・・・」

速水「・・・・・・」

中村「俺があいつの為にしてやれたのは、せめて化学療法が終わるまで、彼女をこの病院においてもらえるよう、頼み込む事だけだった。それが精一杯だった・・・」

速水「・・・・・・」

中村「小児科閉鎖は時間の問題だ。今度その時が来たら、俺はもう、あいつに何もしてやれない・・・」

速水「・・・・・・」

中村「あいつは医者になる為に生まれてきた人間だ。できることならあいつには、環境のいい病院で、いつまでも医師としての仕事を続けさせてやりたい・・・」

速水「・・・・・・」

中村「でも、俺の力では、そうしてやることができない。俺はあいつの為に、何もしてやることができないんだよ・・・」 

速水「・・・・・・」

中村「(改まり)速水、おまえなら、あいつの使命を全うさせてやれる。速水の実家の病院なら、あいつを使ってやれるだろう・・・」

速水「・・・・・・」

中村「速水があいつを幸せにしてくれるなら、俺は安心して、郷里の秋田へ帰れる・・・」

速水「・・・・・・」

中村「秋田には、年老いた両親が二人きりで暮らしていてね・・・。一日も早く帰ってやりたいと思いながら、どうしてもあいつのことが気掛かりで、ずっと帰ることが出来なかったんだ・・・。でも、速水になら、安心してあいつを任せて秋田に帰ることができる・・・」

速水「・・・でも、いいんですか・・・、それで・・・」

中村「あいつが幸せになれるのなら、俺が諦めるしかないだろう・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「俺にとって、あいつは・・・、心の片側を埋めてくれるような、そんな存在だった・・・。俺のすべてを包み込んでくれるような・・・そんな安らぎというか・・・。うまく言えないけど・・・」

速水「・・・・・・」

中村「ツインソウルって、聞いたことがあるだろう」

速水「ええ。人は元々ひとつの魂で、この世に生まれてくる時に、男と女に分かれて生まれくるっていう話ですよね。その二人が、お互いを探し求め合うという・・・」

中村「うん。俺は、あいつがその俺の片割れなんじゃないかって、ずっとそう思ってた・・・。はるか時空を超えて、やっと出会えたような・・・、そんな気がしてた・・・」

速水「・・・・・・」

中村「俺らしくもないよな・・・。非現実的な夢物語を信じていたなんて・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「そろそろ、あいつを解放してやらないといけないよな・・・。あいつの幸せを、第一に考えてやらないといけないよな・・・」

速水「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「あいつのこと、よろしく頼むな・・・」

速水「・・・・・・」

中村「あいつはいい奴だぞ・・・。あんないい女、どこ探したって見つからないぞ・・・」

速水「ええ」

中村「あ、そうだ。あいつな、季節の変わり目に風邪を引き易いんだよ。昔喘息やったことがあるから、こじらせないようにみていてやってくれよな・・・。それとあいつ、薬をよく飲み忘れるから、うるさいようでも毎日ちゃんと確認してやってくれよ。それと、あいつな・・・」

中村、目が潤み、絶句してしまう。

速水「先輩・・・」

涙を必死で堪えている中村。

中村「あいつのこと・・・、大切にしてやってくれ・・・。頼む・・・」

中村、頭を下げる。

速水「分かりました。私が彼女を幸せにします。約束します」

中村、顔を上げ、微笑み頷く。

 

同・小児病棟ナースステーション(夕方)

中村、書類を書く手が止まっている。

思いつめた顔の中村。

看護師C、中村の元へ。

看護師C「中村先生、コレ、投薬量が一桁違ってますよ」

中村「あ、ごめん・・・」

看護師C「どうしちゃったんですか。いつもの中村先生らしくないじゃないですか」

中村「・・・・・・」

美乃里、中村の元へ。

美乃里「私が気付いたから良かったものの、これが投与されていたらどうなっていたと思ってるんですか。まったく無理をするからこういうことになるんです!」

中村「・・・・・・」

中村、切ない顔で美乃里を一瞥し、

立ち上がりナースステーションを出ていく。

中村の後ろ姿を見ている美乃里。

 

篠原家までの道(夜)

美乃里、思いつめた顔で歩いている。

(O・L)

(回想)ナースステーション

思いつめた顔の中村。

×  ×

中村、切ない顔で美乃里を一瞥し、

立ち上がりナースステーションを出ていく。

(O・L)

元の道〜美乃里の自宅前

美乃里、思いつめた顔で歩いている。

「篠原」の表札。

門を開け、中に入っていく。

 

篠原家・玄関

ドアが開き、美乃里が入って来る。

美乃里「ただいまー」

玄関に男性の靴がある。

男性の笑い声が聞こえる。速水の声である。

驚く美乃里。

美乃里の母(静江)が玄関に出て来る。

静江「美乃里、速水先生がいらしてるわよ」

美乃里「・・・・・・」

気まずい顔の美乃里。

 

同・居間

美乃里の父(雄三)と速水が和やかに話をしている。

美乃里と静江、居間に入ってくる。

美乃里「速水先生・・・」

速水「こんばんは。お邪魔してます」

静江「速水先生がね、わざわざ私たちの所にご挨拶に来て下さったのよ」

雄三「美乃里も座りなさい」

美乃里「はい」

美乃里と静江、座る。

速水「今、ご両親にお許しを頂いていたところだったんです。美乃里さんと、結婚を前提にお付き合いをさせて頂きたいと」

美乃里「・・・・・・」

静江「でも、本当にこんな娘でいいんですか。美乃里は病気を持っていますし、いつ再発するか分からない体なんですよ」

雄三「それ以前に、速水先生の御実家と私たちでは家柄が違い過ぎるじゃないですか。速水先生の御実家は鹿児島の大病院で、お父様は有名な外科の先生だと聞きました。速水先生もそのお父様の跡を継がれるのでしょう。その先生が、こんな娘と・・・」

静江「いくら速水先生が美乃里と結婚したいと仰ってくださっても、ご両親がお許しにならないでしょう」

速水「そのことでしたら何の心配もいりません。美乃里さんのことは全て両親に話し、結婚の許しも得ています。今日は、そのことをはっきりとお伝えしたくてお伺いしたんです」

美乃里「・・・・・・」

速水「そしてもうひとつ、美乃里さんにはもう伝えてあるのですが、私は、近いうちに鹿児島の実家の総合病院に戻るつもりでいます。その時に、できることなら美乃里さんに、私の妻として、鹿児島に付いて来て頂きたいと思っています。私と一緒に、鹿児島の総合病院を手伝ってもらいたいんです」

美乃里「・・・・・・」

速水「今日は、そのことを含めまして、美乃里さんに、そしてご両親に正式に結婚を申し込みに参りました」

美乃里「・・・・・・」

速水「(改まり)お父さん、お母さん、そして美乃里さん、私が必ず美乃里さんを幸せにします。どうか美乃里さんと結婚させてください。お願いします。お願いします!」

頭を下げる速水。

美乃里「・・・・・・」

雄三「・・・・・・」

静江「・・・・・・」

沈黙。

美乃里、速水の前へ座る。

美乃里も速水の前で三つ指をつき、

美乃里「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」

速水「美乃里さん・・・」

美乃里「鹿児島に、付いていきます。いえ、連れて行ってください。お願いします」

速水「ありがとうございます。美乃里さん・・・」

静江「家事もまともにできない不束な娘ですが、どうぞ宜しくお願いします。速水先生」

雄三「美乃里を宜しく頼みます。速水先生」

速水「お父さん、お母さん・・・。ありがとうございます! ヤッター!」

美乃里「・・・・・・」

雄三「静江、大吟醸持って来て。今日は祝いの杯だ」

静江「いますぐ支度するわね!」

嬉しそうな顔の速水。

どこか切ない顔の美乃里。

インターホンが鳴る。

静江「あら、誰かしら」

静江、玄関に向かう。

 

同・玄関

静江、玄関を開ける。

中村が立っている。

中村「こんばんは」

静江「中村先生」

中村「篠原、帰ってますか」

静江「美乃里なら帰ってるわよ。上がって上がって。仕事もう終わったんでしょ」

中村「ええ」

静江「風邪大丈夫? 美乃里から肺炎起こして寝込んでるって聞いて、ずっと心配してたのよ」

中村、玄関の男性の靴に気付く。

静江「あ、今ね、速水先生がいらしてるの」

中村「・・・・・・」

静江「これからみんなで食事するところだったのよ。ちょうど良かったわ。中村先生も上がって上がって」

中村「・・・・・・」

静江「食事先にする? それともお風呂先にする?」

中村「・・・・・・」

静江「どうしたの?」

中村「やっぱり、帰ります・・・」

静江「えっ?」

中村「皆に風邪移すといけないから・・・」

静江「なに水臭いこと言ってるのよ」

中村「帰ります・・・」

中村帰ろうとする。

静江「ちょっと待って。今、美乃里呼ぶから」

中村「いえ、呼ばなくていいです。じゃ・・・」

中村、暗い表情で玄関を出る。

 

同・居間

静江、居間に戻って来る。

美乃里「誰?」

静江「中村先生」

美乃里立ち上がる。

静江「中村先生ならもう帰っちゃったわよ。速水先生がみえてるって話したら、気を使って帰っちゃったみたいなのよ。いつもなら夕飯食べて泊まって帰るのに」

美乃里、居間を出ていく。

そんな美乃里を気にしている速水。

 

道路(1)

思いつめた顔で歩いている中村。

咳き込み出す。

塀にもたれ咳き込んでいる中村。

その中村の背中が、誰かに擦られる。

中村、振り向く。

美乃里の姿。

中村、すぐに目を逸らし、美乃里の手をそっと払う。

中村「帰れ。みんな心配するぞ」

美乃里と目を合わそうとしない中村。

そんな中村を切なく見ている美乃里。

美乃里「私・・・、速水先生と結婚することに決めました」

中村「・・・そうか・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村「・・・・・・」

沈黙。

中村、何かをふっきったように、そっと美乃里を見つめ、微笑む。

中村「おめでとう・・・。あいつなら、お前を幸せにしてくれる・・・。大切に、してもらうんだぞ・・・」

美乃里「・・・・・・」

中村、切なさに居たたまれなくなり、美乃里に背を向け、歩き出す。

美乃里「私は・・・!」

中村「(立ち止まる)」

美乃里「私は、ずっと信じてました・・・。いつかきっと、中村先生のお嫁さんにしてもらえるんじゃないかって・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「13年間も、ずっとそんな夢を信じて・・・。馬鹿ですよね・・・。こんな体の私なんて、初めから相手にされるはずなんてなかったのに・・・」

中村「・・・・・・」

沈黙。

美乃里「中村先生は、気が付くといつも私の側にいてくれて、私を支えてくれて・・・。でもそれは、私が図々しく中村先生に付きまとって、強引にそれを求めていただけだったんですね・・・。それなのに私は、中村先生に迷惑をかけているとも知らずに、13年間も・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「許してくださいね。私、全く気付かなかったんです。中村先生がそんな負担に思っていたなんて、私、全然気が付かなくて・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「でも、これだけは分かってください。私は、中村先生が側にいてくれたから、中村先生が支えてくれたから、だから私は、今日までずっと頑張ってこられたんです。中村先生が側にいてくれたから、だから私は・・・」

泣いてしまう美乃里。

中村「(振り返り)美乃里ちゃん・・・」

美乃里「中村先生・・・、この13年間、こんな私の面倒を見てくださって、本当にありがとうございました・・・。これからはもう、先生にご迷惑をお掛けしません。私、近いうちに、速水先生の実家の、鹿児島の総合病院で働かせてもらいます。そうすれば中村先生、私から解放されますよね・・・。これで楽になりますよね・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「私、先生の前からすぐに消えますから。だから、だから今までのことは許してくださいね・・・。許してくださいね・・・」

泣いている美乃里。

中村「違うんだよ美乃里ちゃん・・・。美乃里ちゃんは何も悪くない。何も悪くないんだよ」

美乃里、その場にいたたまれず、中村に頭を下げ去っていく。

中村「美乃里ちゃん・・・」

美乃里の姿が遠ざかっていく。

中村、目が潤む。

 

道路(2)

美乃里、泣きながら歩いている。

歩みを止め、オイオイと声をあげて泣いてしまう。

 

イタリアンレストラン・店内(夜)

タイトル「2ヶ月後」

イタリアンレストランを借切り、ビュッフェ会場となっている。

桜台総合病院と緑ヶ丘病院のスタッフが集まっている。

美乃里はカクテルドレス、速水はダークスーツ姿で皆の前に立っている。

2人の婚約披露パーティーである。

中村は、会場の一番後ろで切ない顔をしている。

速水「皆様、本日はお忙しい中、私、速水高徳と、篠原美乃里の婚約披露パーティーにお集まり頂きましてありがとうございます。私たち二人は、本日結納を取り交し、正式に婚約を致しました」

看護師A「美乃里先生、婚約指輪見せて!」

看護師達「見せて見せて!」

美乃里、はにかみながら、婚約指輪を見せる。

看護師B「うわー大きなダイヤ!」

看護師C「さすが大病院の御曹司!」

皆、盛り上がっている。

中村、切ない顔。

看護師B「いいなぁ美乃里先生。速水先生のお嫁さんになるなんて、抜け駆けもいいところですよ」

看護師C「私たちの速水先生を奪った罪は重いですよー」

緑ヶ丘看護師「緑ヶ丘病院でも大騒ぎなんですよ。速水先生を奪ったのは誰だーって」

美乃里「うわ、どうしよう」

速水「美乃里は気にしなくていいんだよ。俺が美乃里を選んだんだから」

看護師A「まったく妬けちゃいますねぇ。二人残して帰っちゃいましょうか」

皆笑い、盛り上がっている。

一人切ない顔の中村。

速水「話が中断しちゃいましたね、続けます。・・・皆さんも御存知のように、私達は来月の4月1日から、父の病院、鹿児島の速水記念病院で働く事になっています。美乃里は内科医として、私は小児科医として、それぞれ仕事に就くことになっています」

看護師C「それじゃ、結婚式は鹿児島で?」

速水「・・・それが、結婚式も披露宴も、行わない予定なんです」

中村、驚き美乃里を見る。

看護師B「えーっ、どうして?」

看護師A「美乃里先生、ウェディングドレス着ないの?」

美乃里「・・・・・・」

速水「それが・・・着たくないって言うんです。ウェディングドレス」

看護師B「着たくないって、どうして?」

美乃里「・・・・・・」

思いつめた顔の美乃里。

美乃里を見ている中村。

美乃里の声「ねえねえ見て見て! このドレス、すごく素敵・・・」

(O・L)

(回想) 街 

ショーウインドウ内に、純白のウェディングドレスを着ているマネキン人形。

ドレスを見ている美乃里。その隣に中村の姿。

美乃里「いいなぁー、純白のウェディングドレス。私もこんなドレス着て結婚式挙げたいなぁー」

中村「そりゃ相手がいればの話だろう?」

美乃里「()いじわる」

二人、見合い笑う。

中村「純白のウェディングドレスかー。お前、似合うだろうな」

美乃里「えっ、なんか言った?」

中村「ううん。なんでもない」

美乃里「(ニンマリして)私、決めた。結婚式は純白のウェディングドレスにする。純白のウェディングドレスを着て、多くの人に祝福してもらうの!」

中村「(フッと笑う)・・・」

美乃里「なんで笑うのよ」

中村「別にぃー」

2人、見合い笑う。

(O・L)

元のイタリアンレストラン

美乃里を見ている中村。

美乃里、思いつめた顔をしている。

看護師A「見たかったのになー。美乃里先生のウェディングドレス姿・・・」

看護師B「なんだ残念・・・」

美乃里「・・・・・・」

思いつめた顔の美乃里。

美乃里を見ている中村。

 

イタリアンレストラン前の道

速水と美乃里、レストランの出口で皆を見送っている。

皆、盛り上がりながら帰っていく。

美乃里、どこか思いつめた顔。

中村が出口から出てくる。

美乃里、中村を一瞥するが、目をそらす。

中村も、美乃里と目を合わそうとしない。

速水「今日は、ありがとうございました」

美乃里「ありがとうございました」

中村「うん。じゃ・・・」

中村、歩き出す。

速水「先輩!」

中村、立ち止まり、振り返る。

中村「・・・ん?」

速水「これから、3人で飲みに行きませんか」

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「3人だけの、送別会ということで・・・」

中村「・・・・・・」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「(躊躇していたが、微笑み)うん・・・」

中村を見ている美乃里。

 

道路

言葉を交わすこともなく歩いている3人。

速水、美乃里の足を気遣いながら歩いている。

そんな二人を切なく見ている中村。

 

居酒屋「ふるさと」・座敷

速水と美乃里、そして中村が、座敷まで歩いてくる。

中村、いつものように美乃里から杖を受け取ろうとするが、

速水が先に杖を受け取り、美乃里を抱えて座敷に上げる。

そんな2人を見ている中村。

美乃里と速水が隣同士に座り、中村が二人の向かいに座る。

速水、メニューを広げ、

速水「美乃里はどれにする?」

美乃里「うーん、何がいいと思う?」

速水「そうだなぁ」

二人、仲睦まじく料理を選んでいる。

中村、切ない顔。

中村「俺、やっぱり帰るわ」

美乃里「・・・・・・」

中村「病院へ戻って、やることがあったんだ・・・」

速水「・・・・・・」

中村「ホラ、小児科閉鎖に向けて、色々片付けが残っててさ・・・。荷造りとかも、色々あって」

美乃里「・・・・・・」

速水「・・・・・・」

中村「ここ、俺のツケにしておくから、二人でゆっくり飲んでって。じゃ・・・」

切ない微笑みを残して帰る中村。

そんな中村を見ている美乃里。

 

街・歩道

中村、思いつめた顔で歩いている。

タクシーを拾おうと立ち止まり、手を上げる。

が、つかまらない。

もう一度タクシーに手を上げる。が、つかまらない。

中村、諦め顔でポケットから煙草を取り出す。

煙草をくわえ、火を付ける。

しばらく煙草を燻らせている中村。

美乃里の声「あーっ、また煙草吸ってるー!」

中村、ハッと振り向くが、美乃里の姿はない。

切ない顔の中村。

美乃里の声「中村先生喉弱いんだ