桜台総合病院・全景(夕方)
閑静な住宅街に建っている総合病院。
同・会議室(夕方)
桜台病院の医師がズラリと座り、真剣な顔をしている。
美乃里と中村もいる。
皆の前に立っている研修医の山下(25)。
佐々木「意識消失か・・・。そりゃ重症の貧血だな」
中村「こうした極度の貧血を引き起こすには、基礎疾患としてどこかに出血源があると考えられるよね」
山下「それが、あらゆる検査を行ったのですが、出血源はどこにも見付からないんです」
丸山「増血機能の異常は?」
山下「骨髄穿刺や生検等を行いましたが、血液が十分に作られていることが確認されました」
丸山「血液が壊されているということは?」
山下「溶血検査の結果、異常は見付かりませんでした」
飯島「他に自覚症状はないの?」
山下「重症貧血の症状以外、何もありません」
熊谷「既往歴や家族歴は?」
山下「既往歴はありませんし、家族歴も・・・。こちらが今日までの検査データになります。スライドを見て頂けますでしょうか」
皆、スライドのデータを見る。
飯島「それにしてもメチャクチャなデータだよな」
佐々木「新種のウイルスだろうか」
石崎医長「俺もさ、インターネットの内科専門医メーリングリストで医師団に問いかけてみたんだけど、こうした症例は文献にも載っていないようなんだよ」
皆、難しい顔。
石崎医長「もうこの病院では限界だな」
皆沈黙。
石崎医長「篠原君」
美乃里「はい」
石崎医長「君は関東医大の血液出身だったよね」
美乃里「はい」
石崎医長「篠原君の方から、大学の方にお願いしてもらえないかな。我々ではもう限界だ」
美乃里「あの・・・」
石崎医長「なに?」
美乃里「私に、思い当たる疾患があるんですが」
石崎医長「はぁ?」
皆驚いている。
美乃里「まだはっきりとは断定できませんが、おそらく間違いないと」
中村「おいおい、これだけ皆でカンファしても分からないものが、どうしてお前に分かるんだよ」
美乃里「難しい疾患ではないんです。少し時間がかかるかもしれませんが、回復は見込めると思います」
真剣な目の美乃里。
美乃里「私に、受け持たせてはもらえないでしょうか」
皆、呆気に取られて美乃里を見ている。
居酒屋「ふるさと」・座敷(夜)
美乃里、生ビールをグーッと呷っている。
その姿を見ている中村と飯島。
中村「しかしさ、本当に大丈夫なのか?」
美乃里「何がですか?」
中村「例の貧血の女性だよ。結局篠原が主治医になっちゃったけど」
美乃里「あぁ、そのことですか」
飯島「はっきり断定できてないなら、大学に任せた方がいいんじゃないのか? 難しい症例だし、何かあってからでは遅いんだぞ」
美乃里「・・・・・・」
中村「本当に回復の見込みはあるのか?」
美乃里「ありますよ。無ければ引き受けたりしませんもの」
飯島「実は彼女、この疾患のことだけでなく色々と問題も多いんだよ」
美乃里「問題って、我々医療者に対する拒絶的な態度のことですよね。内科の看護師さんからも聞きました。それでしたらきっと、病気が回復しないことの焦りからくるものだと思います。かれこれ入院して1ヶ月、病名もはっきりせず治療のメドも立たず、自棄になるのも無理ありませんよ」
飯島「まぁ篠原なら、闘病も体験しているし、彼女を精神的にサポートできるだろうと思うけど、でもねぇ」
美乃里「私にお任せください。私が彼女の病気を必ず治します」
中村「かなりの自信だな」
美乃里「自信じゃなくて確信かな」
中村「確信ねぇ」
美乃里、生ビールをグーッと呷り、飲み干す。
美乃里「(店員に)すみませーん、生ビールもう一杯!」
中村「お前、ホントに大丈夫なのか?」
美乃里「だから大丈夫ですって」
中村「そうじゃなくて、お前の体だよ。そんなに飲んじゃって」
美乃里「そんなにって、まだ2杯目ですよ」
中村「そうじゃなくて、おまえ先週まで入院していた体だろうが」
美乃里「入院って言ったって、定期の化学療法ですよ。本当なら入院せずに施行できるものを入院させてもらっているだけだし」
飯島「まったくお前は、主治医である俺たち二人を前にして、豪快な飲み方をしてくださるよ(笑)」
美乃里「気にしない気にしない(笑) あ、入院って言えば、私が入院している時、例の貧血の女性、河野桐子さん、私の隣の病室だったんですよ。たぶん向こうは気付いてないと思うけど」
飯島「そう言えばそうだったな」
美乃里「綺麗な女性ですよね。気が強そうな(笑)」
飯島「アハハハ」
美乃里「いつだったかな、採血の仕方が悪いとかってナースを怒鳴りつけているのが聞こえましたよ」
飯島「そうなんだよ。彼女は事あるごとに大騒ぎして、担当ナースを何人も変えてるんだ」
中村「そういうことなのか。医療者に対する態度に問題があるっていうのは」
飯島「篠原でも、相当てこずる思うよ」
中村「本当に任せられるのかねぇ。篠原に」
飯島「大丈夫か? 篠原」
美乃里「(店員に)すみませーん、大根サラダひとつー! ドレッシングは和風でー」
中村「こいつ、人の話ぜんぜん聞いてねーよ」
中村と飯島、笑っている。
同・桐子の個室病室(昼間)
河野桐子(28)、ベッドで本を読んでいる。
ノックの音。美乃里が入って来る。
美乃里「おはようございます」
桐子、美乃里を一瞥するが、視線を本に戻す。
美乃里「河野さん、はじめまして。内科の山下先生から聞いていると思いますが、今日から河野さんの主治医になりました血液内科の篠原といいます。宜しくお願いします」
桐子「(無視)・・・」
美乃里、桐子をじっと見ている。
美乃里「河野さん、座っても良いですか?」
桐子「・・・・・・」
美乃里「座りますね」
美乃里、ベッドサイドに座り、カルテを広げる。
美乃里「河野さんはこの1ヶ月間、検査検査で大変な思いをされてきたんですね・・・」
桐子「・・・・・・」
美乃里「でももう大丈夫ですよ。診断は付きましたから」
桐子「(驚き美乃里を見る)・・・」
美乃里「私が河野さんの病気を必ず治します。これから一緒に頑張っていきましょうね」
満面の笑みの美乃里。
桐子、美乃里から視線を外し、再び本に視線を戻す。
そんな桐子を見ている美乃里。
美乃里、桐子の本に目をやり、覗き込む。
美乃里「うわぁ、なんだか難しそうな本。英語ばっかりー」
桐子「・・・・・・」
美乃里「あ、そうそう、桐子さんは最近までアメリカのペンシルヴァニアに留学していたんですってねー。山下先生から聞きましたよ。すごいですねー」
桐子「・・・・・・」
美乃里「語学留学か何か? それとも何か専門的なものを学んでいたのかな?」
桐子「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
美乃里「そうそう、私と桐子さんね、同い年なのよ。誕生日なんか3日違い! カルテの生年月日見て嬉しくなっちゃった。私たち、色々と話が合うかもしれないね」
桐子「・・・・・・」
美乃里「私のこと、同世代の友人として見てくれたら嬉しいな。何か辛いことがあったら私に何でも話してね。愚痴でもなんでもOKだから」
満面の笑みの美乃里。
桐子、鼻で笑い視線を窓外に向ける。
美乃里、じっと桐子を見ている。
美乃里立ちあがり、窓際へ。
美乃里「窓、開けようか」
窓を開ける美乃里。
心地よい風が入って来る。
美乃里「うわー、気持ち良いー」
桐子「・・・・・・」
美乃里「私ね、この季節、初夏が大好きなんだ」
桐子「・・・・・・」
美乃里「実は私もね、2年前に入院していたんだけど、退院したのがこの季節、6月だったの。それで初夏が好きになったという単純なきっかけなんだけどね」
桐子「・・・・・・」
美乃里「その時の入院の話なんだけどね、私は3月に入院することになったんだけど、その頃はまだ春の訪れが来る前で、木々の芽がまだ膨らみ始めている頃だったの。それが退院する6月には、辺りは別世界になっていてね、空は青く風は心地よく、木々は青葉を大きく広げ、雑草までが青々と茂っていた・・・。モノクロの世界が、急に色鮮やかな世界に変わったという感じだったの」
桐子「・・・・・・」
美乃里「私、そのことに凄く感動してね、この世界にあるもの、あらゆるものに命が宿っているんだーってそう思ったの。このコンクリートに生えている雑草にも、こんなにすごい生命力があるんだって。そう思ったら、私も頑張って生きていかなくちゃって、決意を新たにしたりしてね」
桐子「だから、何?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「何が言いたいわけ?」
美乃里「・・・・・・」
桐子、本を閉じ、
桐子「で、私の病気は一体なに?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「私は何の病気なのよ。どういう病気なのか教えてよ」
美乃里「・・・・・・」
桐子「答えられないの?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「結局、診断が付いてないんでしょう」
美乃里「・・・・・・」
桐子「返す言葉が無いようね」
美乃里「・・・・・・」
桐子「しかし日本の医療って素晴らしいわよねー。これだけ検査しておいて、タダ同然の検査料ですものね。これがアメリカだったらいくら取られるかしら。ホント良かったわー、日本で検査して頂けて。これで診断が付けば、言うことないんですけどね(嘲笑)」
美乃里「・・・・・・」
桐子「ねえ女医先生、これだけ検査して頂きましたけど、日本での検査の意味って、結局訴訟問題を避けるための逃げ道なんでしょう? 過剰な投薬だってそうよね。少々無駄でもやっておいた方が訴えられた時の言い訳になるものね。精一杯患者に尽くしてましたってね。それが日本の医療の首を締めているっていうのに」
美乃里「・・・・・・」
桐子「医者なんて、所詮地位や名誉のために働いてんのよね。自己満足な仕事。だってそうでしょう? そうじゃなかったら、こんな過酷で責任の重い仕事、やりたいだなんて思わないものね」
美乃里「・・・・・・」
桐子「あなただってそうなんでしょう? 患者の為にとか何とか言っちゃって、所詮自己満足のために医師になった。違う?」
美乃里「寂しい考えを持っているのね・・・」
桐子「あなた、血液内科医って言ったわよね」
美乃里「ええ」
桐子「あなたみたいな未熟な医者に、私が治せるわけ?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「どうせまた、主治医が変わるのが落ちでしょうけど」
美乃里「私が治すわ、あなたの病気」
桐子「へぇー、言ってくれるじゃない。同世代の若い女医さん」
美乃里「・・・・・・」
桐子「やれるものならやってもらおうじゃない。お手並み、拝見させて頂くわ」
鼻で笑っている桐子。
桐子をじっと見ている美乃里。
熱い視線を交し合っている二人。
同・小児病棟医師室
ムッとしている美乃里。
中村「アハハハ、篠原がてこずるなんて相当な患者様だなぁ」
美乃里「笑い事じゃないですよ」
中村「それにしても攻撃的な性格のようだね。精神分析でいうところの、境界パーソナリティー構造かな・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「ま、いずれにしても、攻撃的な患者は『見捨てられ不安』を持っていることが多いからね、完治するまで親身になって『一緒に病気を治しましょう』という姿勢が大切だろうね。患者に振り回されずに、篠原がどこまで頑張れるか・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「さーてと、メシにするか」
美乃里「(ニヤリと笑う)・・・」
中村「今日も美乃里の母さんが作ってくれたお弁当ー。最近ホントお昼が楽しみでさ」
美乃里、ニヤニヤ笑って中村を見ている。
ノックの音。看護師Cが入ってくる。
看護師C「美乃里先生、お客様ですよ」
美乃里「私に? 誰だろう」
看護師C「関東医大血液内科の浜口先生だそうです」
美乃里「あ、ハイハイ。今行きます」
美乃里、医師室を出て行く。
中村、ニコニコと弁当を取り出し、包みを広げる。
弁当箱の蓋をパカッと開ける。
グシャグシャのまずそうな弁当。
中村「なんだこりゃ?!」
同・小児病棟ナースステーション
大柄で逞しい男性・浜口(33)が廊下で待っている。
美乃里、歩いてくる。
美乃里「浜口先生! お久しぶりですー」
浜口「よう篠原! まだ生きてたのかー。おまえも相当しぶといなぁ」
美乃里「(笑)浜口先生もホント相変わらず口が悪いですねー。顔も性格も悪いけど」
浜口「(笑)おまえな、元指導医に向かってそういう口きいていいの?」
美乃里「アハハー。ところで何しに来たんですか? もしかして愛しい私に会いに?」
浜口「(笑)んなわけねーだろ。俺さ、明日からこの病院で週3日のバイトをすることになったんだよ。それで篠原に一応挨拶しておこうと思ってさ」
美乃里「うわ。これからたびたび先生と顔を合わせるわけだ」
浜口「お前、今、イヤな顔しただろ?」
美乃里「してないしてない。アハハー」
浜口「また笑ってごまかすー。お前の得意技―」
美乃里「あはは。そうそう、良かったらお茶でも飲んでいきませんか? 先生の好きな昆布茶ありますよ。昆布茶」
浜口「(笑)昆布茶かー、いいねー。それじゃ一杯頂いて帰りますか」
美乃里「どうぞどうぞ」
2人、医師室へ向かう。
同・小児病棟医師室
中村、まずそうに弁当を食べている。
弁当箱の中は、真っ黒焦げの卵焼きや、形が崩れたおかずが
詰められている。
中村「こりゃ人間の食いもんじゃねーよ。まったく」
ノックの音、美乃里と浜口が入って来る。
美乃里「どうぞ」
浜口「失礼します」
浜口、中村に首をさげる。
中村も首をさげ、なにげに弁当を隠す。
美乃里「どうぞ座ってください」
浜口「うん」
ソファーに座る浜口。
昆布茶を入れている美乃里。
浜口「篠原、病気の方はどうだ? リンパ腫は落ち着いてるのか?」
美乃里「ええ。おかげさまで何とか寛解状態を保ってます」
浜口「そうか。それは良かった。仕事、無理すんなよ。おまえは限界まで無理する奴だからな」
美乃里「ご心配ありがとうございます」
浜口「あ、そうそう、改めて婚約おめでとう。篠原からメールもらって驚いたよ。同棲までしてるんだって?」
美乃里「アハハ、同棲って言っても私の実家で一緒に暮らしてるだけなんですよ」
浜口「それだって立派な同棲だよ。寝室だって一緒なんだろ?」
美乃里「まぁ、そうですけど」
浜口「っていうことは、毎晩ベッドで合体してんのか?」
中村「プッ」と吹き出す。
浜口、中村を見るが、中村は何事もなかったように弁当を食べている。
美乃里「まったく浜口先生はすぐ下ネタになるんだからー。皆にはまだナイショにしておいてくださいね。このことを知っているのは、ここの小児科医局だけなんですから」
浜口「分かってるって。しかしホントびっくりしたよ。お前みたいな鈍くさい女、よく嫁にもらってくれる男がいたよなぁ。よっぽど物好きなんだなぁ、その男」
中村、小さくなる。
美乃里「失礼なー。これでも私モテるんですよー。今の彼なんか、私のことが好きで好きでしょうがなくて。仕方ないから結婚してあげるんです」
中村、『言いたいこと言いやがって』という顔。
浜口「ホントかよー。それで相手は誰なの?」
美乃里「それがー」
浜口「もしかして、おまえが15歳から片思いしてた、小児科の先生?」
美乃里「当たりー!」
浜口「そうかぁ。良かったじゃないかー。中村先生って言ったっけ」
美乃里「そうそう」
浜口「いつの間に付き合い始めてたんだよ。お前の一方的な片思いだって言ってたじゃないか」
美乃里「まあ、そうだったんですけどね」
浜口「研修医になってから、なかなか中村先生に会えなくなったって言ってたし」
美乃里「そうだったんですけど、2年前に私の病気が再発してしまったじゃないですか。あの時に、この病院に再び入院することになって、それで中村先生に会えるようになって」
浜口「ほうほう、それでそれで」
美乃里「本当は中村先生、秋田に転勤するはずだったんですけど、私を心配して東京に残ってくださって。そればかりでなく、失業して廃人同様になってしまった私を、この病院で働けるよう院長先生に掛け合ってくださったのも中村先生なんです」
浜口「そうだったのかー。良い先生だな」
美乃里「ええ、ステキな先生ですよ」
中村、誇らし気な顔になる。
美乃里、昆布茶を持って来て座る。
美乃里「どうぞ」
浜口「ありがとう。今度ゆっくり会わせてくれよ、中村先生に」
美乃里「いいですよ。いつでも紹介します」
浜口「2人の馴れ初めをじっくり聞かせてもらわないとナ」
美乃里「近いうちにぜひ」
浜口「(小声)でもさ、篠原が好きになる男だからなぁ。(顔を手で崩し)こーんな顔してたりして」
美乃里「(笑)キャハハ似てる似てる!」
中村「・・・・・・」
浜口「それで中村先生は、今はどこの病院に勤務してるの?」
美乃里「それが・・・(中村を指さす)」
浜口、驚き見る。
中村、黒焦げの卵焼きをくわえ、2人を見る。
目と目が合う中村と浜口。
沈黙。
中村、卵焼きを弁当箱に戻し、
中村「どうも。(顔を手で崩し)中村です」
美乃里「(噴き出し)キャハハハハ」
笑うに笑えない浜口。
「ピピピピ」と中村の胸ポケットから音が鳴る。
中村、胸ポケットからPHC(病院内携帯)を取り出し、出る。
中村「はい、中村です。・・・分かった、今行く」
中村立ち上がり、医師室を出ていく。
浜口「もう!何で言ってくれなかったんだよー。始めから中村先生だって紹介してくれれば良かっただろうが」
美乃里「だって言いそびれちゃったんだもん」
浜口「頼むよー」
美乃里「あ、そうだ、そう言えば浜口先生に相談しようと思っていたことがあるんです。丁度良かった」
浜口「なに?」
美乃里「この病院の内科病棟に、原因不明の貧血の女性が入院しているんですが」
浜口「うん、聞いた聞いた。さっき病棟で会ってきた。河野桐子さんだろ? なんでもかなり厄介な貧血だっていうじゃないか。今日からお前が受け持つんだって?」
美乃里「ええ」
浜口「彼女さ、どこかで見覚えないか? どこかで会ったことがあるような気がするんだけど」
美乃里「私は初対面だと思いますけど」
浜口「そうか? 昔の受け持ち患者かな・・・。まぁいいや。それで、どういう状態なんだ? 診断は付いてるのか?」
美乃里「それが・・・」
美乃里立ち上がり、机の上からカルテを持ってくる。
美乃里「これがカルテなんですが、ちょっと見て頂けますか?」
浜口、カルテを受け取り、検査データに目を通す。
浜口「なんだこりゃ。このデータ、メチャクチャじゃないか」
美乃里「ええ」
浜口「俺にはさっぱり分からんけど、篠原はどう診断を下したんだ?」
美乃里「・・・・・・」
浜口「治療法は? 回復の見込みは?」
美乃里「・・・・・・」
浜口「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
浜口「お前、本当に診断が付いているのか?」
美乃里「・・・・・・」
浜口「篠原?」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、浜口に小声で話しだす。
浜口「・・・(驚き)えっ?!」
美乃里「・・・・・・」
浜口、驚いている。
同・桐子の個室病室
ベッドで本を読んでいた桐子、退屈そうに大あくび。
ベッドから下り、窓際へ。
桐子、窓を開ける。
窓からは中庭が見える。
中庭では患者たちがベンチで日光浴をしたり、散歩をしたりしている。
その中に、美乃里の姿。
桐子、美乃里に気付き、美乃里に目をやる。
小児患児二人と花壇の花を見ている美乃里。無邪気に笑っている。
その姿に呆れた顔をする桐子。
桐子、窓を閉めようとすると、美乃里が桐子に気付く。
美乃里「あーっ! 桐子さーん!」
桐子に大きく手を振る美乃里。
桐子「・・・・・・」
美乃里「桐子さーん、外は気持ち良いよー。風も心地よくてー。良かったら出てこないー?」
桐子、呆れた顔で窓を閉める。
同・中庭
病室を見上げている美乃里と患児A・B。
患児A「あーあ、窓閉めちゃったよ、お姉ちゃん」
美乃里「あはは、フラれちゃったみたい」
患児B「お外はポカポカして気持ち良いのにねー」
美乃里「ねー」
美乃里、病室を見上げている。
同・桐子の個室病室
ノックの音。美乃里が入って来る。
美乃里「桐子さん、気分はどう?」
桐子「(無視)・・・」
美乃里「ねえ見て見て。桐子さんにおみやげを持って来たのよ、コレ。中庭の花壇のお花。勝手に摘んできちゃった。桐子さんにも初夏の気分を味わってもらおうと思ってね、お花をコップに生けてきたの。ホラ、結構オシャレでしょ?」
美乃里、一輪挿しグラスを床頭台に置く。
美乃里「うわぁ、キレイキレイ(パチパチと拍手する)」
桐子「(鼻で笑い)あんた、馬鹿じゃないの?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「しかし良い身分よね、仕事中に。子供たちと中庭を散歩?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「あなた、医者なんかやっているよりも保母にでも転職した方がいいんじゃない?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「小児科医じゃあるまいし、なんで内科医のあなたが子供たちと戯れてんのよ」
美乃里「あれ?言わなかったっけ? 私、小児科で働いているのよ。大学病院では血液疾患を専門に学んでいたんだけどね、訳あってこの病院では小児科医として働いているの」
桐子「はぁ? なにそれ」
美乃里「まあ、転職みたいなもんかな。小児科医としてはまだまだ修行中の身なんだけどね」
桐子「冗談じゃないわ! 何で私があんたみたいなイイ加減な医者に担当されなくちゃならないのよ! この病院は一体何を考えてんの?! こんなイイ加減な医者が存在してていいわけ?!」
美乃里「・・・・・・」
桐子「そもそも医者の仕事は患者の病気を治すことでしょう! それなのにあなたは医者らしいこと何一つしてないのよ! 私の診断ははっきりしない、対症療法すら何もしようとしない! これは一体どういうことなのよ!」
美乃里「・・・・・・」
桐子「あなたみたいな無能な医者に担当されてたら、私は殺されるわ。主治医を変えて!」
美乃里「・・・・・・」
桐子「変えてって言ってるの!」
美乃里、桐子をじっと見ている。
同・内科医局(夕方)
石崎医長と美乃里、そして浜口。
石崎医長「一体どういう事なんだね篠原君。河野さんの治療、まだ何ひとつ始めていないそうじゃないか」
美乃里「・・・・・・」
石崎医長「君の治療計画は一体どうなっているんだ」
美乃里「そのことなんですが、もう少し彼女のデータを揃えてから治療に当たりたいと思っているんです」
石崎医長「そんな悠長なことを言っている場合じゃないだろう。彼女はいつ何が起こってもおかしくない重篤な状態なんだよ」
美乃里「・・・・・・」
浜口、美乃里を見ている。
石崎医長「(浜口に)浜口先生、君は篠原君の指導医だったそうだね。彼女のこうした治療方針について、君はどう思っているんだ? 君は今まで彼女にどういう指導をしてきたんだね?」
浜口「・・・・・・」
美乃里「浜口先生には関係ありません。これはすべて私の考えで、私の責任においてやっていることです」
石崎医長「しかしね!」
浜口「石崎先生! 実はこの河野桐子さんは」
美乃里「浜口先生!」
浜口、美乃里を見る。
美乃里、首を振る。
浜口「・・・・・・」
美乃里「石崎先生、もう少しだけ私に時間をください。私が必ず、彼女を治します」
石崎医長「・・・・・・」
ノックの音。看護師Eが入って来る。
看護師E「篠原先生!河野さんの意識が!」
美乃里「・・・・・・」
石崎医長「篠原! もう限界だぞ!」
美乃里、医局を出て行く。
同・桐子の個室病室(夜)
ベッドで眠っている桐子。
ベッドサイドに座っている美乃里、じっと桐子を見つめている。
目を覚ます桐子。
桐子、美乃里に気付く。
美乃里「具合はどう?」
桐子「私、また意識を失っていたのね・・・」
美乃里「・・・・・・」
桐子「私の病気、いつになったら良くなるの・・・?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「私はいつまで、こうして苦しまなければならないの・・・?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「あなた、私を治すって言ったわよね・・・。診断が付いているって言ったわよね・・・」
美乃里「ええ、言ったわ」
桐子「だったら、さっさと治しなさいよ。早く治してよ!」
美乃里「・・・・・・」
桐子「所詮、あなたみたいな半人前の医者に、診断が付くわけがないのよね」
美乃里「・・・・・・」
桐子「ねぇ、いつになったら主治医を変えてくれるの? ちゃんと上司に話したの? あなたみたいな無能な医者に担当されてたら、私は殺されるわ」
美乃里「・・・・・・」
桐子「さっさと医者を変えて」
美乃里「・・・・・・」
桐子「変えなさいって言ってるの!!」
桐子、床頭台の一輪挿しグラスを、美乃里に向け投げ付ける。
『ガチャーン』と割れるグラス。
桐子「変えなさいって言ってるのよ!!聞こえないの?!」
美乃里、動じず桐子を見ている。
看護師Eと山下、そして石崎医長が駆け付け、病室に入って来る。
熱い視線を交している桐子と美乃里。
石崎医長「これは一体どういうことなんだね、篠原君」
美乃里「・・・・・・」
石崎医長「篠原!」
美乃里「いい加減にしなさいよ・・・」
桐子「(驚く)・・・」
石崎医長「(驚く)・・・」
皆驚いている。
美乃里「人が下手に出てればいい気になって・・・」
石崎医長「篠原!」
美乃里「私が何も知らないとでも思ってるの? 何もかも分かってるのよ、初めから」
桐子「え・・・」
美乃里「ホントたいしたものよね、自分の血液を抜き取って、検査データを狂わせるなんて。しかもその失血量を上手くコントロールするなんて・・・」
桐子「・・・・・・」
石崎医長「(驚く)・・・」
美乃里「こんなこと、医学の知識がなければ出来ないことよね。さすが東大医学部卒の女医、河野桐子さん」
桐子「(驚く)・・・」
石崎医長「(驚く)・・・」
美乃里「(桐子をじっと見ている)・・・」
皆、驚いている。
沈黙。
桐子、クスクスと笑い出す。
桐子「あなた大したもんだわー。あなたが始めてよ、私の病気を見破ったのは」
美乃里「・・・・・・」
桐子「さすが同世代の女医さん。あなたを一人前の医師として認めてあげる」
美乃里「ふざけんじゃないわよ! あんた一体何様だと思ってんの? こんな事して何が楽しいの?! あんたのおかげでどれだけの人が振りまわされたと思ってんのよ!」
桐子「・・・・・・」
美乃里「何があったか知らないけど、あなたには医師としての使命も自覚もないわけ?!」
桐子「・・・・・・」
美乃里「あなたは最低よ・・・。医師としても人間としても最低よ!!」
怒りの目を向けている美乃里。
驚いているスタッフ。
同・医局(昼間)
ソファーに座っている山下、飯島、浜口、美乃里。
飯島「彼女、医者だったの?!」
山下「そうなんですよ。私も驚きましたよ」
飯島「それじゃ篠原は、彼女が医者であることも、血液を抜いているだろうということも全て分かってて彼女と向き合ってたわけだ」
美乃里「実は私・・・、見ちゃったんです。彼女が病室で血を抜いているところ・・・」
飯島「えっ・・・いつ?」
美乃里「私が入院している時、間違えて彼女の病室に入っちゃって、その時に偶然・・・」
飯島「はぁ」
美乃里「バレないように病室からすぐ出ましたけど、もしかしたら見間違いだったかもしれないと思って、ずっと黙ってたんです。その後、症例検討会で彼女の貧血のデータを見て、これは間違いないと確信して」
飯島「・・・・・・」
美乃里「血を抜くなんて、素人が簡単にできることではありませんからね。ましてや手馴れた様子でディスポ注射器で血を抜いてましたから、彼女がナースもしくは医者だろうとは思っていたんです」
飯島「そこから、どうして彼女が医者であると分かったの?」
美乃里「それが・・・」
浜口「私が気付いたんです。私、5年前まで東大病院に勤務していたんですが、その時に病棟実習に来ていた学生だったんじゃないかって思い出して」
山下「ポリクリの学生ですか・・・」
浜口「ええ。優秀な女性だったんで印象に残ってたんです。私の部下に彼女と同期のドクターがいるので話を聞いてみると、やはり彼女でした。彼女は卒後、ペンシルヴェニアに臨床留学していると」
山下「そういうことですか・・・」
飯島「医師である彼女が、どうしてあんな騒ぎを起こしたんだろう。俺たちを振り回すような真似をして、何がしたかったんだ?」
山下「結局逃げるように退院しちゃいましたからね・・・」
飯島「何かあったのかもしれないな、留学先のアメリカで」
美乃里「本当は、あんな騒ぎになる前に、彼女の心と向き合って色々語り合いたかったんです。彼女があんな真似をするのには何か訳があるんだろうと思って・・・。でも、語り合う前に私の方がキレちゃって、全部バレちゃったけど」
浜口「実は、篠原には伝えてなかったんだけど、彼女、ペンシルヴェニアの病院でレジデントとして働いていたらしいんだけど、突然病院を辞めて消息不明だったらしいんだよ」
飯島「消息不明?」
浜口「ええ」
美乃里「・・・・・・」
ノックの音。中村が入口から覗き込む。
中村「篠原、ちょっと」
美乃里「何ですか?」
中村「院長がお呼びだ」
美乃里「うわぁ、何だろう」
浜口「お前、また何かやらかしたんだろう」
美乃里「何もやってませんよ。だぶん」
皆笑っている。
美乃里と中村、廊下へ出て行く。
同・院長室
ソファーに座っている院長。
院長の向かいに座っている女性。
ノックの音。美乃里と中村が入って来る。
美乃里「失礼します。お呼びでしょうか」
院長「そこ、座って」
美乃里「はい」
美乃里、女性に首を下げ、座ろうとするが、女性の顔を見て驚く。
美乃里「桐子さん・・・」
桐子、気まずい顔で座っている。
× ×
ソファーに向き合い座っている、院長、桐子、美乃里、中村。
院長「(美乃里に)改めて紹介しよう。今日からこの病院で働くことになった河野桐子君だ」
美乃里「えっ」
院長「実は彼女、私の友人の娘さんでね・・・。例の件があってから知ったんだけど・・・。しばらく私のところで預かることになったから」
美乃里「・・・・・・」
中村「(美乃里に)河野君はね、卒後ペンシルヴェニアの病院に臨床留学していてね、クリニカルフェローとして勤務してきたそうだ」
美乃里「クリニカルフェロー・・・」
中村「うん。ペンシルヴェニア州で医師免許を取得して、小児血液を専門にしてきたそうだ」
美乃里「小児血液・・・」
中村「彼女、小児科医だったんだよ」
美乃里「・・・・・・」
院長「そんなわけで、今日から君たちと一緒に小児科に勤務してもらうことになったから。彼女は日本での臨床は始めてだから、色々と面倒見てやって欲しい」
中村「というわけで、今日からお前が河野君の指導役だ。指導医じゃなくて指導役。指導医と呼べるほどの実力じゃないからな。ハハハ」
美乃里「ちょっと待ってください。なんで私が」
中村「なんでって、なんで?」
美乃里「だって河野さんはペンシルヴェニアでフェローをされてきた人でしょう? どう考えても私よりもレベルが上じゃないですか」
中村「日本での臨床に関しては、お前の方が先輩だろうが」
美乃里「そういう問題じゃないと思いますけど・・・」
中村「まぁ難しく考えずに、お互いの知識や技術を学び合うつもりで向き合ってくれればいいんだよ。俺はフォロー役に回るから。宜しく頼むよ、篠原」
美乃里「・・・・・・」
桐子、じっと美乃里を見ている。
同・小児病棟医師室
美乃里、中村、桐子が入ってくる。
美乃里「どうぞ座ってください」
桐子ソファーに座る。
美乃里もカルテの束を抱え、向かいに座る。
中村は、コーヒーを入れに立つ。
美乃里「中村先生、私、これからどうすればいいんでしょう?」
中村「どうって? お好きなようにどうそ」
美乃里「そんなこと言われても・・・」
中村「まあコーヒーでも飲んでからゆっくりやろうよ。そんなに張り切らなくてもいいじゃない」
美乃里「そうですね・・・」
美乃里、カルテの束をテーブルの上に置く。
桐子、すかさずカルテを手に取り、
桐子「このカルテ、見せてもらってもいいですか」
美乃里「・・・・・・」
桐子「要するに、この患児の治療を私に任せて頂けるということですよね」
美乃里「え、あ、はい。この5名の血液疾患の患児を、河野さんに受け持ってもらいたいと思っています。カルテに目を通して頂いて、河野さんなりに今後の治療計画を立ててみてください」
桐子「分かりました」
桐子、カルテをじっくり見ている。
中村「河野君はコーヒーでいい?」
桐子「はい」
中村「砂糖とミルクは?」
桐子「いりません。私、甘ったるいの嫌いなんです」
中村「アハハハ、甘ったるいの嫌いか。篠原とは大違いだ」
美乃里「・・・・・・」
桐子、カルテをじっくり見ている。
そんな桐子を見ている美乃里。
桐子、顔を上げる。
桐子「篠原先生は、いつもこのような治療法を取られているんですか?」
美乃里「このような…って?」
桐子「ずいぶん穏やかな治療ですよね。これ」
美乃里「・・・・・・」
桐子「この患児の治療計画、私なりに立て直していいんですよね? 私に任せて頂けるんですものね」
美乃里「・・・・・・」
中村、桐子を見ている。
「ピピピピ」と美乃里の胸ポケットから音が鳴る。
美乃里、ポケットからPHC(病院内携帯電話)を取りだし出る。
美乃里「分かりました。すぐ行きます。(電話を切り) ちょっと病棟に行ってきます」
美乃里立ち上がり、医師室を出て行く。
桐子、カルテを見て小馬鹿にしたような顔。
そんな桐子を見ている中村。
× ×
桐子、一人デスクで書類を書いている。
美乃里が医師室に戻ってくる。
美乃里「遅くなりました」
美乃里、ソファーに座る。
美乃里「さっきの話の続きですが」
桐子、立ち上がり美乃里の元へ。
美乃里に書類を差し出す桐子。
桐子「例の5人の治療計画、私なりに立て直してみました。どうぞ(渡す)」
美乃里「うわぁ早いですねー。さすが小児血液のエリート」
桐子、ソファーに座る。
美乃里、用紙の一枚目に目を通す。
美乃里、次第に険しい顔になってくる。
二枚目三枚目と見ていく。
ますます険しい顔になる美乃里。
美乃里「あのー」
桐子「はい」
美乃里「まず、この彩乃ちゃん治療計画なんですが、これ、ちょっと厳しくないですか?」
桐子「何がですか」
美乃里「あまり口を出したくないんですけど、こうした治療法では体力的に厳しくはないですか? 寛解が見込めそうにないのなら、良い時間を作ってあげるべく、穏やかな治療をした方が良いとは思いませんか?」
桐子「どうして寛解が見込めないって決めつけるんですか?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「アメリカの病院では、こうした患児には叩くだけ叩いてきました。こうした治療法で何人もの患児が回復しているんです」
美乃里「・・・・・・」
桐子「寛解が見込めないのは、篠原先生が穏やかな治療をしているせいだと思いますけど」
美乃里「でもね、こんな治療では彩乃ちゃんが苦しむだけでしょう」
桐子「病気を治す為だったら、そのくらいのこと、ほんの一時期我慢すればいいことだわ」
美乃里「体が弱りきってる彩乃ちゃんに、あなたは更なる苦痛を強いるんですか。苦しい状態のまま、寛解に至れないことも考えられるのよ。その確率の方がずっと高いわ。こんな強引な治療をすれば、感染症だって引き起こすでしょう」
桐子「やってみなければ分からないわ」
美乃里「やってからでは遅いことだってあるのよ!」
ノックの音、入ってくる中村。
気まずい雰囲気。
中村、知らん顔をし、席に着く。
桐子「とにかく、私は私のやり方でやらせて頂きますから」
美乃里「・・・・・・」
美乃里、ムッとした顔で桐子を見ている。
そんな美乃里を見ている中村。
篠原家までの道(夜)
美乃里と中村、帰り道を歩いている。
落ち込んでいる美乃里、何も話さない。
中村、美乃里を気にしているが、あえて何も話そうとしない。
無言の二人。
篠原家・居間(夜)
思いつめた顔で食事をしている美乃里。
静江と雄三、美乃里を気にしている。
中村も美乃里を見ている。
静江、中村に『どうしたの?』と口をパクパクして聞く。
中村「・・・・・・」
気まずい顔の中村。
同・小児病棟ナースステーション(昼間)
美乃里、恐い顔で歩いて来て、カルテ棚から彩乃のカルテを引き出す。
看護師C「美乃里先生、どうしたんですか」
美乃里「彩乃ちゃんの容体が変なのよ」
看護師C「河野先生が受け持っている彩乃ちゃんですよね」
美乃里「ええ」
美乃里、カルテを広げる。
カルテを読み驚く美乃里。
美乃里、ムッとして出て行こうとする。
そこへ桐子が歩いて来る。
美乃里、桐子の前へ。
美乃里「(桐子にカルテを見せ) これは一体どういうこと?」
桐子「どういうことって、何がですか」
美乃里「骨髄抑制が起きてるじゃない。それも重篤な状態・・・」
桐子「ええ」
美乃里「ええって、前回の化学療法からの回復期に、血球の回復を待たずにどうしてこんな強引な治療を・・・。それにこの薬は重篤の骨髄抑制のある患児には禁忌でしょう」
桐子「私には私の考えがあってやっているんです」
美乃里「ある程度の治療は大目に見ても、これは限界を超えてるでしょう。今後骨髄が再生しなくなったらどうするつもりなの? 重症の感染症を併発することも考えられるのよ。どうしてこういう治療に切り替えたことを報告してくれないの」
桐子「この患児の主治医は私です。いちいち細かい事まで報告する必要があるんですか」
美乃里「いちいち細かい事って、これが細かい事だと思ってるの?」
桐子「・・・・・・」
美乃里「何かあったら、あなたはどう責任を取るつもりなのよ!」
桐子「責任ならちゃんと私が取りますよ。要するに責任の所在が心配なんでしょう?」
美乃里「あなたね!」
桐子「私が小児科に関して全くの素人ならともかく、私はアメリカで小児血液を学んできたんです。一から十まで篠原先生の意見を聞いていたら、それは篠原先生の治療でしょう。違いますか?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「彩乃ちゃんの主治医は私です。私は私の考えで正しいと思ってやっているんです。口出ししないで頂きたいわ」
桐子、出ていく。
看護師達、二人の様子を驚いた顔で見ている。
思いつめた顔の美乃里。
同・小児病棟医師室(夕方)
思いつめた顔で自分のデスクに座っている美乃里。
思い出したようにデスクの引出しを開け、薬袋を取り出す。
ノックの音、桐子が入ってくる。
桐子、美乃里の隣の席に座る。
美乃里、薬袋から錠剤を取り出し、口に入れる。
桐子「あら、篠原先生、ご病気ですか?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「そう言えば、2年前に入院していたとかって言ってましたよね」
美乃里「・・・・・・」
桐子「病気って、そもそも本人の自己管理がなってないから、引き起こすものだと思いませんか?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「自分の管理もできない人が、医師として患者さんを管理できるんですかね?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「その脚にしたって、きっとご自分の不注意か何かで怪我をされたんでしょう?」
美乃里「・・・・・・」
桐子「篠原先生は、患者さんの心配をするより、もっとご自分の管理をしっかりされた方がいいんじゃないですか?」
嘲笑している桐子。
黙ったままの美乃里。
沈黙。
桐子「ハッキリ言わせてもらいますけど、この病院の血液疾患の治癒率が低いのは、篠原先生の治療法が甘いからだと思います。篠原先生に任せていたら、助かる患児も殺されるわ」
美乃里「・・・・・・」
桐子「篠原先生、もう一度小児科学を一から学び直されたらどうですか? 患者さんの為にも、篠原先生の為にも(嘲笑)」
桐子、立ち上がり医師室を出ていく。
黙ったままの美乃里。
同・小児病棟ナースステーション(夕方)
点滴輸液を用意している桐子。
そんな桐子をただただ見ている看護師たち。
桐子、スタスタと病室へ向かう。
美乃里がやってきて、桐子の後ろ姿を見ている。
看護師B「美乃里先生いいんですか? あんな強引な治療を勝手にやらせておいて」
美乃里「・・・・・・」
看護師B「このままだと綾乃ちゃん、大変なことになりますよ」
美乃里「・・・・・・」
思いつめた顔の美乃里。
同・屋上(夜)
美乃里、一人思いつめた顔で夜景を見ている。
中村が歩いて来る。
中村「こんな所に居たのか。もう帰るぞ」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「中村先生・・・」
中村「ん?」
美乃里「私にはもう無理です・・・」
中村「何が?」
美乃里「河野さんへの指導です」
中村「・・・・・・」
美乃里「私には、河野さんの暴走を止めることができません。そもそもフェローの河野さんが、私の意見など受け入れるはずもなかったんです。河野さんと私とではレベルが違いすぎます」
中村「・・・・・・」
美乃里「私には自信がありません。人を指導することも、小児血液に関しても、小児科医としても・・・」
中村「・・・・・・」
中村「河野が暴走するだろうということは、はじめから分かってたよ」
美乃里「えっ」
中村「レベルが違うお前に、従うはずもないだろうということも分かってた」
美乃里「・・・・・・」
中村「すべて分かってた上で、お前に託した」
美乃里「どうしてですか・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「どうして・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「考えてみるんだな・・・。俺がなぜ、河野をお前に託したのか・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
美乃里「・・・・・・」
中村「俺は先に帰るよ・・・」
美乃里「・・・・・・」
去っていく中村。
美乃里、思いつめた顔。
同・小児病棟ナースステーション(朝)
美乃里、歩いて来る。
美乃里「おはようございます」
看護師C「おはようございます。昨日美乃里先生が帰られてから、大変だったんですよ。河野先生が受け持ってる啓太くんが肺炎を併発して、意識消失を起こして・・・」
美乃里「(驚く)」
看護師C「それに茜ちゃんも、腎不全の兆候が出たんです。河野先生に連絡したら、心配することはないって、電話で投薬の指示をされて」
美乃里「(驚く)・・・」
出勤してくる桐子。
桐子「おはようございます」
美乃里、桐子の前へ。
美乃里「茜ちゃんと啓太君の容体がかなり悪化してますが、あなたは一体どう思っているんですか」
桐子「・・・(動じていない)」
美乃里「ましてこういう状態だっていうのに、電話で指示を出したそうじゃないですか」
桐子「・・・・・・」
美乃里「どういうつもりなの、あなたは」
桐子「・・・・・・」
美乃里「とにかく、化学療法はストップして。もう限界よ」
桐子、美乃里を無視して去ろうとする。
美乃里「待ちなさいよ河野さん!話は終わってないでしょう!」
桐子、スタスタ去っていく。
入れ違うように中村が入ってくる。
美乃里「中村先生! 中村先生からも何か言ってください!」
中村「何を」
美乃里「あんな強引な治療じゃ、子供たちが!」
中村「河野の指導役はおまえだろう」
美乃里「でも!」
中村「おまえには、自分の力で何とかしようという気持ちはないのか」
看護師B「ちょっと中村先生! 美乃里先生に冷た過ぎるんじゃないですか! 河野先生は私たちのやり方を大きく逸脱しているんですよ! このままじゃ患児に何かあってもおかしくありません! 河野先生の暴走を止められるのは、もはや中村先生しかいないんですよ!」
中村「河野の指導役はあくまでも篠原一人だ。篠原には責任を持って河野と向き合ってもらう」
看護師B「でも!」
廊下で様子を見ていた浜口、中村の元へ。
浜口「口を出すようで悪いんですが、篠原の責任云々よりも、まずは患児の状態を第一に考えるべきじゃないんですか」
中村「・・・・・・」
浜口「篠原一人に責任を押し付けることに、何の意味があるって言うんですか。中村先生が間に入れば済むことじゃないですか」
中村「・・・・・・」
浜口「篠原への指導にしたって、彼女には手取り足取り具体的に指導してやった方が、彼女のためになるんです。そういうヤツなんですよ、篠原は」
中村「篠原のことは俺の方が良く分かってる。部外者は黙っててくれ」
浜口「俺だって篠原の元指導医です! 篠原のことはあなた同様に理解しているつもりです!」
中村「優しく指導するだけが指導じゃないだろう」
浜口「しかし!」
美乃里「やめてください!」
驚く中村と浜口。
美乃里「河野さんのことは、私一人で何とかします。私が子供たちを守ります!」
美乃里頭を下げ、出ていく。
浜口、美乃里の後ろ姿を見ている。
中村も美乃里の後ろ姿を見ている。
同・廊下(朝)
桐子、患児の病室から出てくる。
美乃里、桐子の前に立つ。
美乃里「お願い、強引な治療はもうやめて。もしものことがあったらどうするの。何かあってからでは遅いのよ」
桐子「またその話ですか」
美乃里「子供は実験台じゃないのよ。壊れた機械を修理するのとは違うの!」
桐子「そんなことは分かってます」
美乃里「分かってないわ。あなたには子供達の苦しみが分からないの? あなたには病気は見えても病人が見えていないのよ。お願い、強引な治療はもうやめて」
桐子、無視して去ろうとする。
看護師Cが走ってくる。
看護師C「美乃里先生! 茜ちゃんが心肺停止です!」
美乃里「(驚き)えっ・・・」
美乃里、急いで病室へ向かう。
桐子「(看護師Cに)ちょっと待ってよ。茜ちゃんは回復傾向のはずよね?」
看護師C「それが急変したんです!」
看護師Cも急いで病室に向かう。
桐子「そんな馬鹿な・・・」
茫然とする桐子。
同・彩乃の個室病室
美乃里、茜に心臓マッサージを施している。
中村は蘇生処置を施している。
そこへ桐子が、病室に入って来る。
茫然とする桐子。
美乃里「茜ちゃん! 逝っちゃダメ! 戻ってきて茜ちゃん!」
必死に心臓マッサージを施している美乃里。
茫然としている桐子。
× ×
必死に心臓マッサージを施している美乃里。
心拍モニターが動き始める。
美乃里「戻った・・・」
美乃里、床にへたり込む。
そんな美乃里を見ている桐子。
やがて美乃里、立ち上がる。
美乃里「(茜の髪を優しくなで)茜ちゃん、ごめんね・・・。苦しかったね・・・。ごめんね、茜ちゃん・・・」
桐子、美乃里を見ている。
そんな桐子を見ている中村。
同・小児病棟医師室(昼間)
自分の机で茫然としている桐子。
ノックの音、中村が入ってくる。
中村、桐子を一瞥し、自分の席に着く。
桐子、立ち上がり、中村の元へ。
桐子「中村先生・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「ご迷惑を、お掛け致しました・・・」
深々と頭を下げる桐子。
桐子を見ている中村。
桐子「茜ちゃんが急変を起こしたのは私の責任です。篠原先生が止めるのも聞かず、強引に治療を進めた私の責任です」
中村「・・・・・・」
桐子「私、責任を取ってこの病院を辞めます」
中村「・・・やめてどうする」
桐子「医師の仕事を、辞めようと思います」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「それが、君の責任の取り方か」
桐子「はい」
中村「それは違うな」
桐子「・・・・・・」
中村「それは責任を取るっていうんじゃなくて、逃げるっていうんじゃないのか?」
桐子「・・・・・・」
中村「君はこうした問題に出くわすたびに、現場から逃げていくのか」
桐子「・・・・・・」
中村「君がアメリカの病院を辞めて日本に戻ってきたのも、そういうことが原因だったんじゃないのか?」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「どうしてこういう結果になったのか、君はその因を考えことがあるかい?」
桐子「・・・・・・」
中村「君がその因に気付くまで、俺は君を、この病院から辞めさせるつもりはない」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「まあ、とにかく座れよ。コーヒーでも入れよう」
中村、席を立ち、コーヒーを入れる。
ソファーに座る桐子。
中村「君は、篠原がどうして足を悪くしたか知ってるかい?」
桐子「・・・怪我か何かを、されたせいじゃないんですか」
中村「篠原はね、昔、悪性リンパ腫を患っていてね、あの足は放射線治療の後遺症なんだ・・・」
桐子「(驚く)」
中村「二年前にも、そのリンパ腫が再発してね、実はあいつ、今もまだ化学療法を続けている体なんだよ」
桐子「(驚いている)」
中村「篠原のあの足はね、13年前、リンパ腫を叩くために、ガンガンぶっ叩いた放射線治療の後遺症なんだ。篠原はね、良く分かっているんだよ、患者の苦しみを。障害や苦しみを残すようでは治療じゃない。命を救うだけが医者じゃない。あいつはそう思ってる・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「あいつだってね、いつも穏やかな治療をしている訳じゃないんだよ。叩かなければならない時には、ガンガンぶっ叩いているよ。ハラハラする程にね」
桐子「・・・・・・」
中村「あいつはね、常に患児の為だけを考えて治療にあたっているんだよ。いつでも患児の命に、まっすぐに向き合っている・・・」
桐子「・・・・・・」
コーヒーを持ってくる中村。
ソファーに座る。
中村「そこが、君と大きく違うところなんじゃないのかな」
桐子「・・・・・・」
中村「確かに、技術や知識を磨くことは大切なことだ。医師としての向上意欲や誇り、プライドを持って治療に当たることは素晴らしいことだと思う。だけど、本当に大切なことは、違う所にあるんじゃないのかな・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「篠原ってヤツはさ、要領悪いし不器用だし、いつもハラハラさせられる事ばかりだけど、だけど、あいつみたいに、患者の思いを深く理解している医師は滅多にいないぞ。せっかく優秀な医師に付いて勉強ができるんだ。あいつの持っているものを全て吸収するくらいの意気込みで向き合ってみろよ。あいつは良いものを持ってるぞ」
桐子「・・・・・・」
中村「俺もね、あいつから学ばせてもらうことが多いんだよ・・・。俺ばかりじゃない、この病院の多くのスタッフがそう思ってる」
桐子「・・・・・・」
中村「俺はね、君なら、篠原と組んで素晴らしい小児医療チームが作れると信じているんだよ。優秀な君と、患者の思いを理解している篠原とが力を合わせれば、理想の小児医療が実現できる・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「俺は、君に期待しているんだよ・・・」
桐子「中村先生・・・」
微笑んでいる中村。
中村「実はね・・・、篠原は知っていたんだよ。君が、アメリカの病院で医療事故を起こしてきたことを・・・」
桐子「(驚く)・・・」
中村「君が、そのことを理由に、日本に戻って来たこともね・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「色々あったんだろう。アメリカの病院で・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「君の、医療者に対する異常とも言える態度を見れば良く分かる・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「何があったんだい? アメリカで・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「良かったら、話してくれないか・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
× ×
向き合っている中村と桐子。
桐子「私の勤めていた病院は・・・、最先端の小児医療を研究するために優秀な人材が集められ、誰もが自分の研究や臨床に誇りをもって仕事に取り組んでいました・・・。そんな中、私もレジデントとして同僚に劣るまいと、誰よりも努力を重ねてきました。そしてフェローになり実力が付きはじめると、今度は同僚よりも優れた技術や知識を求めるようになり・・・、私は誰よりも優れた能力を自負するようになっていました」
中村「・・・・・・」
桐子「その頃から、私は他のドクターに相手にされなくなり、次第に孤立した状態になっていったんです・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「そんな中、私の担当患児が急変を起こし、亡くなりました・・・。それは決して起こるはずもない、考えられない死だったんです・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「同僚たちは私に対して冷たい視線を向けていました。ほくそえんでいる同僚の姿も・・・。やがて医局内で、私が投与した輸液の量に問題があったのではないかと、これは医療過誤ではないかとの噂が広まり、私は病院内での検討会にかけられ・・・、陥れられるかのように、依願退職させられました・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「私はもう・・・、医師の仕事などきっぱり辞めるつもりでした。もうこんな世界、未練など何もないと思っていたんです。医師になったのも、小児科開業医の父の後継ぎのためであって、私が望んでいた道じゃなかったし」
中村「・・・・・・」
桐子「しかし、こうして医師の仕事を辞めると決心し、日本に戻って来たものの、私は何故か、次第に医療者に対する怒りにも似た感情が生まれるようになっていったんです・・・。日本での医療者を目にするたびに、横柄で高慢な医師や、技術的にも精神的にも未熟である医師を見るたびに、どうしてこんな人材が生き残り、優秀な人材であった私が医師を辞めなければならなかったのか・・・、私の怒りの目は、医療者に向けられるようになっていったんです・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「私はその頃から、ドクターショッピングを始め、自らの血液を抜いて医療者を振りまわすことを楽しむようになった・・・。私をこの世界から追いやった、医療者に対する復讐でした・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「でも、私の心はまったく満たされなかった・・・。当たり前ですよね。そんなことをしてもただ空しいだけなのに・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「私は今まで、自分のように優れた医師はいないとずっとそう思ってきました。医師を辞めざるを得ない状況になったのも、同僚に陥れられたものと責任を転嫁し続けてきました。しかし今、こうして冷静に振り返ってみると、自分の考えに固執していたが故に、起こるべくして起きた事故なのではないかと、そう思っています・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「私は明らかに、地位や名誉、自己満足のために仕事をしていた。いつ医療事故が起きてもおかしくない状態だったんです」
中村「・・・・・・」
桐子「私には、病気は見えても、患児は見えていなかった・・・。篠原先生の言う通りです・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「篠原先生は、自ら病気を体験してきたからこそ、常に患者さんの立場に立った医療を施してこられたんですよね・・・。自らの病気を使命に変えて、常に患者さんと向き合って生きてきた・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「篠原先生は、医師として、いえ人間としてどう生きるべきなのか、大切なことが分かっていたんですね・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「・・・・・・」
中村「・・・・・・」
桐子「中村先生、私、もう一度やり直せるでしょうか」
中村「・・・・・・」
桐子「私は医師を続けたい。私、やっぱり医師の仕事が好きなんです」
中村「・・・・・・」
桐子「もう一度やり直したい・・・。私、もう一度医師としてやり直したいんです」
中村「・・・・・・」
桐子「中村先生、私に初めから指導して頂けませんか。私、篠原先生のように生きて行きたい。医師を続けていきたいんです!」
中村「・・・・・・」
真剣な目の桐子。
中村「君の指導役は俺じゃない・・・。君の指導医は、篠原だ・・・」
微笑んでいる中村。
居酒屋「ふるさと」・座敷(夜)
呆気に取られている美乃里。
そんな美乃里を微笑み見ている中村と浜口。
そして真剣な目の桐子。
中村「すごいじゃないか篠原。こんな優秀な人材が篠原を慕ってくれるなんて」
浜口「それもアメリカで将来を嘱望されていたエリートにだぞ」
中村「これでお前も世界で通用する立派な指導医だ」
美乃里「からかわないでくださいよ」
中村「素直に喜べばいいだろう。お前の指導医二人が、素晴らしい指導だったって誉めてんだから」
浜口「そうそう」
美乃里「私は結局、何一つできませんでしたよ。結局お二人に助けられたという感じで」
浜口「そんなことないよ。篠原の、その患児に対するひたむきな姿勢が一番だったんじゃないのか?」
桐子「そうですよ。私は篠原先生のひたむきな姿に、心を動かされたんですから」
中村「苦労して河野と向き合った甲斐があったなぁ、篠原」
美乃里「中村先生は、このために河野さんを私に託したんですか・・・」
中村「気付くのが遅いよ。はじめからお前に素晴らしい指導なんて期待しちゃいないよ。小児科医として半人前のヒヨッコなんだから」
美乃里「そりゃそうだ(笑)」
微笑んでいる中村。
桐子「私は、篠原先生のおかげで、もう一度一から医師として出直す気持ちになれたんです。医師としてどう生きるべきか学ばせてもらったと思っています。これも篠原先生に出会えたおかげです。本当に感謝しています」
美乃里「こんな私で良かったんでしょうか。私、今回の件で医師としての自信もプライドもすっかり無くしていたんですけど(笑)」
桐子「ごめんなさい・・・」
美乃里「いいんですよ。はじめから自信もプライドもなかったし(笑)」
中村「篠原はさ、医師としての自信がないってよく言うけど、実は俺だって同じなんだよ。こうして小児科医長として働いている今も、常に自信に満ちあふれて仕事をしている訳じゃない。日々悩みながら、葛藤しながら毎日を送っている」
浜口「俺も同じです。篠原には偉そうなこと言ってきたけど、本当は俺だって、自分の未熟さに情けなくなることばかりで」
中村「人ってさ、そうやって悩むことで、少しずつ成長していくものなんじゃないのかな。何事においても、『自分はまだまだだ。もっともっと成長したい』そういう気持ちが大切なんだと思うよ。今の自分に満足してしまったら、自らの成長は止まってしまうものだから」
桐子「本当にそうですね。私には良く分かります。自らの考えに固執したプライドを抱えているほど、厄介なものはありませんものね」
中村「篠原みたいに、謙虚に生きてみるのも、また良いかもしれないぞ」
桐子「そうですね。私、篠原先生に付いていきます。謙虚にひたむきに。これからもどうぞ宜しくお願いします。篠原先生、中村先生」
美乃里「(店員に)すみませーん! チューハイひとつー! 梅干入れてねー」
中村「(笑)こいつ、人の話全然聞いてねーよ」
浜口「アハハハハハハ」
笑っている浜口と中村。
桐子も、温かい目で笑っている。
END
「小児科」あらすじ
ストーリーダイジェスト