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=========================高校日本史講座

−−−−−−♪高校生のための日本史☆217

2000.11.19 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

総括日本農民史 ========================


 上記の通り、新HPへの移転&新規アップをすすめておりますが、
現在、新規アップとして、センター過去問題(90年以降)や自分自
身が作成した定期考査・実力テストなどをアップする予定です。

 センター試験まであと2か月なので、早急に進めたいのですが、い
つ完成するのかは未定です。しかし、内容の大半は今まで発行したメ
ルマガの練習問題と重なっておりますので、それまではバックナンバ
ーのコーナーをご利用ください。

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 今号は、表題の通り、古代から現代までの農民史を概観したいと思
っております。

 十五年戦争中、東京大学国史学科では、ある学生が、農民の歴史を
卒業論文にすることを主任教授の平泉澄(1895−1984)に申
し出たところ、「きみ、ブタに歴史はあるのですか?」と、いわれた
そうです。
 平泉澄については、別の機会で取り上げる予定ですが、岩波日本史
辞典には、「侵略戦争の有力なイデオローグの一人」と記されていま
す。

宮崎安貞『農業全書』



●練習問題1(93年・センター本試験) 

 日本の律令制における調・庸・雑徭に関して述べた文として正しい
ものを選べ。

1.調庸は成年男女に課され、女子は男子の2分の1を納めるものと
 された。
2.調は、地方の正倉に収納され、地方の財源に充てられた。
3.庸は、中央での労役(歳役)の代わりに布などを納めるものとされ
 た。
4.雑徭は、成年男子を3人に1人の割合で徴発する労役であった。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔3〕庸は「ちから(労働)しろ(代)」、調は地方特産物の「みつ
 ぎもの」と覚えておくとよいでしょう。

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●練習問題2(94年・センター追試験) 

 荘園の年貢・公事について述べた文として正しいものを選べ。

1.年貢は、下人の家を基準に賦課され、下人がその納入の責任を負
 った。
2.年貢は、名田を基準に賦課され、名主がその納入の責任を負った。
3.公事は、下人の家を基準に賦課され、当初は主に畠作物が納めら
 れた。
4.公事は、名田を基準に賦課され、当初は主に米が納められた。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔2〕

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●練習問題3(95年・センター本試験) 

 鎌倉時代の農民に関連して述べた文として正しいものを選べ。

1.名主や小百姓(作人)は御恩に対して奉公をもってこたえ、戦時に
 は戦場でたたかい、平時には鎌倉番役などをつとめた。
2.名主は、鎌倉時代の後期になると、一定額の年貢の納入を請け負
 うかわりに、荘園を支配した。
3.名主は、下人などを使って耕作を行い、小百姓(作人)は名田など
 の一部を請負耕作して生計を立てていた。
4.小百姓(作人)は、鎌倉時代の後期になると、名主を排除し、用水
 の利用配分などを決定した。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔3〕

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●練習問題4(87年・共通一次本試験) 

 中世惣村の村掟に関する説明として誤っているものを選べ。

1.村掟がひろく制定されるようになった背景には、農業生産力の発
 達などに伴う小百姓層の成長があった。
2.村掟の内容は、神事・祭礼のやり方、共有地の利用法などが中心
 で、盗みなどの犯罪の取締りは、依然として領主の手に委ねられて
 いた。
3.村掟を破った者は、罰金を課せられるだけでなく、村からの追放
 などの厳しい処分をうけることもあった。
4.村掟にもとづく惣村の運営は、乙名・沙汰人などとよばれる有力
 農民の指導下で寄合などの会議を通じて行われていた。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔2〕惣村の自治にもとづく裁判権を自検断(じけんだん)といいま
 す。

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●練習問題5(92年・センター本試験)

 江戸時代の土地制度に関連して述べた文として正しいものを選べ。

1.幕府は、本百姓の耕地が分割相続により細分化することを防ぐた
 めに、分地制限令を出した。
2.幕府は、初期からその年の作柄に関係なく過去数年間の収穫量を
 基準として、年貢を徴収する定免法を採用していた。
3.幕府は、町人請負新田などの新田開発を奨励したが、享保の改革
 の際には禁止した。
4.幕府は天保の改革の際に上知令を出し、江戸・大坂周辺の農民の
 土地を取り上げようとした。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔1〕2→初期は検見法、3→享保の改革も積極的に新田を開発、
 4→上知令の対象は大名・旗本の土地です。政権担当者の水野忠邦
 はけっきょく彼らの反対で失敗し、失脚します。

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●練習問題6(88年・共通一次本試験)

 地主と小作との関係に関する説明文として誤っているものを選べ。

1.長塚節による『土』には、明治末年の小作貧農の生活が写実的に
 描かれている。この小作制度は、第二次大戦後の農地改革まで続い
 た。
2.この小作制度は、明治20年代の大隈重信によるデフレ政策の下
 で急速に広まり、農民は没落し、土地は地主の手に集積された。
3.『土』にのる作物(米)のほぼ半ばは現物で地主に納めねばならず、
 そのため小作農民の生活は苦しかった。
4.この小作制度の下で、農民は家計補助の道として子女を紡績工場
 などで働かさねばならず、この労働力が日本の資本主義を支えた。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔2〕階層分化(地主・小作)の進展は、1880年代の松方正義に
 よるデフレ政策によるものです。

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●練習問題7(92年・センター本試験)

 農地改革について述べた文として正しいものを選べ。

1.農地改革によって、不在地主の小作地は強制的に買収され、小作
 人に安く売り渡された。
2.幣原喜重郎内閣は、農民の声を背景に、実施に消極的なGHQを
 説得して農地改革を押し進めた。
3.農地改革は、最終的に在村地主の小作地については5町歩に限っ
 て認めたので、中小地主は温存されることになった。
4.農地改革は、重要産業統制法や独占禁止法の制定などとともに、
 経済民主化の措置として実施された。


解答 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


〔1〕2→第1次農地改革が不十分な内容なのでGHQが徹底を勧告
 して第2次農地改革が実施。3→5町歩でなく4町歩、4→実施の
 ために制定されたのは、1947年の自作農創設特別措置法です。

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高校生のための日本史講座 
発行:mazzn(松井秀行)
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