岩手県への災害ボランティアに参加します

 

 3月の震災発生以後、私たち日本人の様ざまな価値観が大きく揺らぎ、変容したと思っています。それは視野を広げれば国際や国内の政治経済のあり方であり、身近な生活、日常の環境や防災への意識であることのほか、人生の儚さや無常観、宗教・信仰などにおいて見られているように思います。

 震災発生直後から、何らかの形で被災された人びとのために尽くしたいという思いがありました。被災していない自分自身と、被災された人びとは、同じ人間です。日を追うごとに、日常生活において大きな格差が生じていることに違和感を抱くようになりました。

 しかし、日常の職業をもつ身としてなすすべもなく、またその機会を失しておりました。

 

 こうしたなかで、TwitterFacebookで青春時代を共にした友人たちと「再会」し、母校の高校野球などの応援を通して絆を深めるうちに、彼女ら彼らが様々な形で、それぞれの育んできた場で、東日本復興支援に尽くしている姿に接しました。一例をあげれば、東北地方の共同体が生み出した生命尊重の文化・文明こそ日本復興につながるという信念のもとで、定期的に開催している文化行事に東北地方の伝統芸能を披露するという取り組みが8月初頭にありました。

 このほかにも、勤務校のボランティア部が同時期に福島県で支援活動に参加したことも大いに刺激されました。

 

 やがて私は居住する県の行政と市民団体が共同で運営している災害支援ボランティア団体の存在を知り、活動期間が仕事に支障をきたさないことを知るやいなや、同団体のプロジェクトに即座に応募しました。その時の私の心は、まさに「翔ぶがごとし」でした。応募している最中に、岩手県が故郷の県の行政を担っている大学時代の友人の、まさにその故郷であることに思い至りました。この友人の結婚式に招かれて花巻空港経由で同県を訪れたこともあります。

 東北地方については、大学時代のサークル活動で平泉や盛岡市(わんこそば)を、地歴・公民の教員同士の研究旅行で仙台(市内、東北大学など)や山形県を、それぞれ訪れたことがあります。

 

 災害支援ボランティアは、はじめての経験です。甘く考えていたことは否めません。また、出発を直前にした今も同様かと思います。

 私は、もともと弱い人間です。しかし岩手県で過ごす7日間は精一杯尽くし、人びとから元気と勇気をもらい、第2の故郷にしたい、そう念じております。

 

2011年8月23日

 

松井秀行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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