【P】どうぶつチルドレン 第1話
「えーー、そんなぁ。僕に夕食作れって言うのぉ」
碇シンジは母、碇ユイのご無体なお言葉に抗議の声をあげた。しかし、ユイは
息子の非難の目にも頓着しなかった。
「わたしは急用なんだから仕方ないでしょ。お父さんと二人分お願いね」
「無理だよ。見たことも聞いたことも無いのに出来るわけないよ」
「レシピが置いてあるから。ごめんね、シンジ。どうしても断れない用事なのよ」
「どうせ、遊びに行くだけのくせに。母さんにとって僕はいらない子供なんだね」
「大袈裟ねぇ。あなた、黙ってないで何か言ってやって下さい」
シンジの父、碇ゲンドウはなぜか部屋の中でもかけているサングラスを光らせ、
ニヤリと笑いながら言った。
「シンジ、お前には失望した」
ばこーん!
ユイはスリッパで自分の亭主をぶっとばした。
「誰がそんなことを言えと言いました!まぁ、ともかく後は頼むわね、シンジ」
「あっ、待ってよ」
シンジが声をかける間も無く、ユイはその場から消えた。呆然とするシンジの
背後からスリッパを顔にはりつけた父、ゲンドウが言う。
「作るなら早くしろ。でなければ出前を取れ」
「駄目だよ。出前なんかもったいないって母さん怒るだろ。全く、なんで僕が作
らなきゃいけないのさ」
「お前がまともなメシを作れる確率が最も高いからだ」
シンジはかつて一度だけゲンドウが作った料理を思い出した。ユイの誕生日に
ゲンドウが心をこめて作ったのだ。その次の日、目覚めた時に見えたものは知ら
ない天井だった。シンジはため息をついて、運命を受け入れた。
ここは第3新東京市、碇シンジが住む街である。来年には首都となることが決
定され、現在、急ピッチでビルやマンションの建設が進んでいる。工事の音が響
くなか、シンジは近所のスーパーに向かい歩いていた。
「なんだよ、息子に家事を押し付けて自分は遊びに行くなんて。なんて母親だよ」
シンジは買い物に外に出た。ユイの置いていったレシピに従って作ろうとした
シンジだが、冷蔵庫には何も入っていなかった。よほど、急いでいたのであろう
が、シンジがなおさら機嫌を悪くしたのは言うまでもない。
「全く、将来、老後の世話にならなきゃならない一人息子に家事なんかさせて。
じじばばになって泣きついてきたら、うんとこきつかってやるからな」
どうも、このシンジはかなり甘やかされて育ったようである。人間、やはりあ
る程度の苦労は必要だ。しかし、ここから彼の運命の歯車は回り始めるのだ。
「ん?なんだあれ」
シンジは交差点の向こうに変なものを見つけた。それは白昼の人通りの多い道
の真ん中に立つバニーガールの姿であった。
ばさささささささっ。
シンジの頭上で鳥の飛び立つ音が聞こえ、シンジは一瞬、目をそっちに向ける。
そして、再び、交差点に目をやったシンジは風景からバニーガールのみが消えて
いるのに気付いた。
「あれ?バニーがいない。錯覚・・・僕、欲求不満なのかなぁ」
ごしごしと目をこすりながらつぶやくシンジ。
「錯覚なんかじゃないわ」
「うわぁ!」
突然、後ろから耳元に囁かれ、1mも飛び上がる。振り返るとそこにさっきの
バニーガールがいた。普通のバニーと違って、目元を色のついたゴーグルで隠し
ているので顔が良く分からない。
「き、きみは誰?その格好は何?僕に何か用?」
「碇シンジ。マルデューク機関の選んだサードチルドレン。わたしはあなたにこ
れを渡しにきたの」
謎のバニーガールはシンジにテニスボールくらいの球体と厚い冊子を渡した。
「こ、これは?」
「エヴァのコアとそのマニュアル」
「エヴァ?」
「Energy and Vitality of Animals 略して、E.V.A. 野生動物の力を着装した人
に与えるスーツよ。エヴァを身に付ければ、あなたは正義の味方になれる」
「正義の味方?」
「そう、ゼーレからこの街を守る正義の味方」
突然であるが、この街はゼーレを名乗る謎の敵に狙われていた。これまでも、
なんどか、使徒と呼ばれる巨大ロボがこの街に侵攻し、多大な被害を出していた
のである。いつも、彼らは好きなだけ蹂躪すると、どこかへ雲隠れしてしまい、
いまだ正体は不明であった。
「どうして僕にこれを?」
「知らないわ。命令だから」
「命令だからって・・・なら、もう一つ聞いていい?」
「なに?」
「なんでバニーガールの格好をしてるの?」
「バニーじゃないわ。これがわたしのエヴァよ」
「・・・さっきエヴァを着ると野生動物の力が付くって言ったよね、確か」
「わたしのエヴァは野ウサギをモデルにしているわ」
「やっぱりバニーガールじゃないか・・・でも、それって何の意味があるの?」
「攻撃力は無いけれどセンサー類はフル装備。情報収集と解析がわたしの担当よ」
「・・・やっぱ返すよ、これ。僕、バニースーツなんか着れないもの」
「あなたのエヴァは戦闘用。だから、猛獣をモデルにしているわ」
「えっ、どんな動物?」
「知らないわ。わたしには関係ないもの」
「・・・知っておいてよ」
「なら、今度までに調べておくわ。他にもう聞きたいことは無い?」
「え?う、うん」
「それじゃ、さよなら」
「え?ちょ、ちょっと待ってって・・・もういないっつーの」
シンジは手の中の小さな球体を握りしめ、ため息をついた。
「ただいまー」
「おそい、はやくメシをつくれ」
「ほら、これ食べて」
シンジがゲンドウに投げたものはカップラーメンだった。
「・・・お前には失望した」
「うるさいなぁ。それどころじゃないんだよ、僕は」
「お前は食わんのか」
まっすぐ自分の部屋に行こうとするシンジにゲンドウは声をかけた。
「後で食べるよ」
ばたんっ。
部屋の扉を閉めるが早いか、シンジはエヴァのマニュアルを開いた。
一ページ目。
『正義の味方とは、危険で重労働、しかも緊急の呼出しにも応じなければならな
い仕事です。しかし、世界の平和を守るという目的はあなたの中に眠る情熱を
呼び起こし、生きがいを与えてくれるでしょう。エヴァを使うか使わないかは
あなたの意志次第ですが、エヴァを造りし、我々特務機関ネルフはあなたを信
じています。さあ、あなたもエヴァを装着し、どうぶつチルドレン戦隊の一員
として、正義を守りましょう』
「・・・なにこれ・・・」
2ページ目。
『正義の味方のこころがまえ。
1.エヴァを私用で使わないこと。エヴァの装着はあなたの悪を憎む心が高ま
らないと発動しません。よって、家の大掃除、買い物等に使うことはでき
ません。』
「・・・・なんだかなぁ」
『2.正義の味方は正体不明であること。エヴァの着装は人に見られないように
してください。エヴァに使われている技術は悪用されると大変なことにな
ります。そのため、あなたの正体が露見した場合エヴァは自爆します』
「な、なにーーーーーー」
『3.報酬を要求しないこと。正義の味方はボランティアでなければなりません。
助けた相手に金銭を要求することは禁じます。その代わり、出動成績の良
いチルドレンから抽選して5名に、温泉旅行をネルフから進呈します』
ばさっ。
「・・・やってらんない。僕になんのメリットも無いじゃないか」
シンジはマニュアルを放り出し、ベッドに寝転がった。
「だいたい、僕は他人のことなんてどうでもいい方だから、人助けなんか性に合
わないんだよね。見る目ないよな、ネルフって」
次の日、学校が終わった後、シンジは悪友の鈴原トウジ、相田ケンスケととも
に道草をくっていた。シンジは昨夜、結局マニュアルを最後まで読み通し、おか
げで少々、寝不足になっていた。
どどーん!!
突然、大音響がしてシンジたちが振り返ると、バス停一つくらい向こうで煙り
が立ち上っている。
「なんや、なにが起きたんや?」
「いってみよーぜ、シンジ、トウジ」
物見高いケンスケが走りだし、慌てて追いかける2人。
現場に着くとそこには身のたけ3mの巨人、ただし、頭部は無く、胸の部分に
顔らしきマスクのついた全身黒づくめの怪物が立ち、その肩の上には鬼のような
角があちこちに突き出たマスクをつけたナイスバディのお姉さんがビールをラッ
パ飲みしながら座っていた。
「おいき、サキエル。こんどはそこのスーパーよ。この街にあるビールはみーん
な、わたしのものよぉ」
あんぎゃああああああっ。
意味不明な叫び声をあげ、スーパーの入り口に突進するサキエルなる怪物。あ
っさりとコンクリートの壁は崩壊し、煙を上げ出す。
「きゃはははははっ、苦しめ、もがけぇ。われわれゼーレの恐怖をその身に焼き
付けろぉ。自らの無力を呪うがいいぃぃ」
すっかり酔っ払って、イッちゃってる悪の女幹部だった。
「やめんかい!」
「と、トウジ、なにやってんだぁ」
その時、正義に燃える黒ジャージマンがサキエルの前にたちはだかった。
「いったい、なんのためにこんなことをするんや。周りの迷惑ってモンを考えて
みぃや」
女はおもしろそうにトウジを見た。
「迷惑ぅ。迷惑してるのはこっちよぉ。わたしはただペットのサキエルちゃんに
おつかいを頼んだだけだもん。スーパーの入り口が小さすぎて、サキエルちゃ
んが頭ぶつけちゃったのよん。まったく狭すぎて迷惑するわよねぇ」
「なに屁理屈言うとるんや。化け物をさっさと退かさんかい」
「かっわいくないわねぇ。サキエルちゃん、踏み潰しておやり」
しゃぎゃああああああっ。
「うわぁ、こっち来たぁ」
「と、トウジ、ばか、なに挑発してんだよ」
「すまん。けど、わい、こういう奴、許せんのや」
その時、サキエルの目が光った。
びゅわっっっ。
サキエルの目から光線が伸び、シンジたちが逃げた方向にあった路上駐車の車
に突き刺さる。とたんに大爆発を起こし、破片がシンジたちの方へ飛び散り、そ
の中でも大きな、車のドア部分がケンスケを下敷きにする。
「むぎゅうっ」
「け、ケンスケ。しっかりせぇ。今助けてやるからな」
「ふふん、大変そうねぇ。さぁて、約束通り踏み潰してあ・げ・る」
サキエルの足が倒れたケンスケの上にゆっくりとのしかかっていく。
「や、やめい。ケンスケがつぶれてまうやないか」
「きゃーはっはっはっはっ。痛いでしょ。心が痛いでしょ。あなたのためにお友
達は死ぬの。自分の無力を痛感するでしょ。あーっはっはっはっはっはぁ」
ぐらぁ。
突然、サキエルの体が傾き、女はバランスを崩す。
「あ、お、落ちる落ちる、危なーい」
どさぁ。
「いったー。なにすんのよぉ」
「弱いものいじめは良くないわ。ばーさん」
「ぬ、ぬわんですってぇ」
ケンスケにのしかかるサキエルの足をもちあげていたのは、謎のバニーガール
だった。
「さあ、いまのうちに」
「す、すまん」
「・・・・昨日のバニーじゃないか」
「まだ29才の女を捕まえてばーさんよばわり。月がゆるしてもこのわたしが許
さん。ただのバニーではないようだけど、その力見せてもらうわ。サキエルち
ゃん捕まえなさい」
しゃぎゃあああああっ。
サキエルが突然動きだし、バニーの細い腰を掴むとそのまま持ち上げる。
「・・・しまった。まずいわ」
「死になさい。ライトジャベリン」
サキエルの手の平から光の槍が延び、バニーは串刺しにされるように道路沿い
の壁にたたきつけられる。
「うぐぅっ・・・・!!」
ぐったりとしたバニーガールにゆっくりと近づく女幹部。
「ふーん、体に損傷は無いみたいね。たいした防御システムだわ。このまま、あ
んたを捕らえて、その力を我々ゼーレのものにするということもできるけど」
悪の女幹部はニヤリと笑った。
「ばーさん呼ばわりしたあんたは生かしちゃおけないわ。死んじゃいなさい」
サキエルは再びバニーを捕まえ、両腕でバニーの体をねじり始めた。
「あああああああーーーーーーっ」
シンジはさっさと逃げたかったが、どうしてもその場から離れられず、その目
はバニーガールに吸い付けられたように動かなかった。
「か、関係ないよ。僕には関係ないってば」
シンジは自問自答した。
「出ていったってどうせやられるだけだ。彼女だってやられてるじゃないか」
「でも、彼女攻撃力は無いって言ってたな。なのに、出ていったのか・・」
「僕にしか彼女を助けられないんじゃないのか。僕のエヴァは攻撃力のある猛獣
がモデルになってるって言ってたし」
「トウジも素手で立ち向かっていったって言うのに、僕は・・・」
「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ」
「そうだ・・・・・・・逃げちゃ駄目だ」
シンジはカバンからコアを取り出し、狭い路地に入り込んだ。
「ここなら誰にも見えないな。僕は彼女を守りたい。力を貸してくれ、エヴァ」
シンジはコアを天に差し上げ、叫んだ。
「エヴァアーマー、プラグイン!」
路地は巨大な光であふれた。
そして、その光はサキエルとバニーとの戦闘現場にも届いた。
「ん?なにあれ?」
膨大な光のなかから黄色と黒の縞のある流星が飛び、サキエルにぶつかった。
衝撃で手の中のバニーを放し、倒れるサキエル。慌ててサキエルのそばから離れ
下敷きになるのをまぬがれる女幹部。
「あんた、なにものよ?」
女が指差すところにはバニーガールをしっかりと抱きかかえた謎のヒーローの
姿があった。
「僕は、僕は、僕は・・・・・・・・・・・・・・なにものだろう?」
ずるっ、
ずっこける、悪の女幹部。
「あんたねぇ・・・」
「ご、ごめん」
悪の女幹部になぜか誤る正義の戦士にバニーは言った。
「来てくれたのね、エヴァ・キャット」
「エヴァ・キャットって・・・じゃあ、僕のエヴァがモデルにした動物って」
「虎猫よ」
そう、彼はどこから見ても猫の着ぐるみを着ているようにしか見えなかった。
猫耳のついたヘルメット。肉球のついたグローブ。すべて虎縞でデザインされて
いる。
「・・・・・・・・・・・どこが猛獣なんだーーーー」
「馬鹿にしたものじゃないわ。その素早さ、身軽さ、とても人の及ぶところでは
ないわ。あなたはそんな猫の特殊能力を手に入れたのよ」
「・・・あまり、嬉しくないよ」
「こらこら、あんたたちぃ。わたしを無視するなぁ」
「さぁ、エヴァ・キャット。あのばーさんにあなたの力を教えてあげて」
「また、ばーさんって言ったなぁ。ずぇったいに許さぁん」
女の怒りの声とともに倒れていたサキエルが起き上がった。
きしゃああああああっ。
シンジは飛び掛かってくるサキエルに向かって思いっきり右ストレートを放つ。
ばきぃっ。
そのまま、停止する両名。落ち着いたバニーの声がその場に流れる。
「エヴァはスーツを着た人間の力を引き上げるわ。今のあなたの力は常人のおよ
そ3倍」
「・・・・・・え?さ、3倍?たったの?」
「そう」
シンジはおそるおそる目を上げた。サキエルはなんだか困った顔をしているよ
うに見える。
女幹部はぼそっと言った。
「・・・サキエルの力は単純比較で人間の50倍よ」
「そう・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
3人とも無言で立ち尽くす。静寂の後、女幹部はため息をついて言った。
「・・・もういいわ、サキエル。疲れたから帰りましょ」
女幹部はサキエルの肩に飛び上がると、シンジに言った。
「もう、出てこないでね。うっとうしいから」
シンジが何も言いかえせないうちに女をのせたサキエルは振りかえり、夕日の
中に消えていった。
こうして、第3新東京市の平和は守られた。ありがとう、エヴァ・キャット。
ありがとう、どうぶつチルドレン。この次はもう少しがんばろう。
「もう2度とやるもんかぁぁぁぁ」
<続く>
return