【SS】アスカのベイビー
ジリジリジリジリ・・・
「ふぁぁぁああ、朝かぁ。起きなきゃなぁ」
それは、なんの変哲もない朝だった。まだ、朝も早い時間でアスカもミサ
トも起きてはいない。しかし、シンジにはいろいろとやることがあるのだ。
シンジは背中をぼりぼり掻きながら、寝惚け眼で起き上がった。それから、
シャツにゆっくりとそでを通すと部屋を出て、新聞を取りに行くために玄関
の扉を開けた。
そこで、シンジは足元に置いてあるかごを見つけた。かごにはなにか布で
おおわれたものが入っている。
「なんだ?これ」
シンジはうかつなことに安全も確かめず、中身を見るため布をめくった。
そこには幸いにも爆弾は入っていなかったが、ある意味ではより厄介なもの
が入っていた。
「ミ・ミ・ミ・ミ・ミサトさぁ〜ん、起きてよぉ!」
「ぐぉぉぉぉぉ!、ぐぉぉぉぉぉ!」
シンジが泣けど叫べど、午前3時まで飲んでいたミサトが起きるものでは
なかった。しかし、代わりに不機嫌な顔をしたアスカが起きてきた。
「うるっさーい、ばぁかシンジぃ〜〜!朝っぱらから何騒いでんのよ。ん?
な、何なのよ、それは」
「玄関の外に置いてあったんだ」
シンジが大事そうに胸に抱えていたものは、お察しの通り真っ赤な顔をし
た赤ん坊だった。それを見て、アスカはびっくりした顔になって言った。
「どうしたの、その子」
「玄関の外に置いてあった」
「ええー?まさか、捨て子なのぉ」
「分かんないよ。そんなの」
「とんでもない親がいたもんね。許せないわ、自分の子供を捨てるなんて」
朝っぱらからヒートアップしたアスカを見て、シンジは逆に冷静になって
いった。
「もっともな意見だけど、今そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「そ、それもそうね。で、どうすんのよ。それ?」
「どうすんのよって、どうしよう・・まさか、見捨てるワケにはいかないよ」
「わ、わたしは関係ないからね。子供はギャーギャー泣くしか出来ないから、
嫌いなの」
「アスカ、そういうのは良くないと思うよ」
「うるさいわね。わたしの勝手でしょお」
そんな2人の口論を打ち消すように、赤ん坊の泣き声が轟いた。
「フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!」
「うわ、泣き出しちゃった。アスカがうるさくするからだよぉ」
「なによぉ、わたしのせいにするつもり?」
アスカが剣呑な顔になると、シンジは途端に弱気になって言った。
「い、いや。ごめん。きっとお腹がすいたからだな。きっと」
「それじゃ、早くミルク作りなさいよ」
「分かったよ。じゃあアスカ、赤ちゃん抱いててよ」
「え?ちょ、ちょっと」
シンジはアスカに無理矢理赤ん坊を抱かせると、かごの中に赤ん坊といっ
しょに入っていた哺乳瓶とミルクの缶を取り出すとキッチンに向かった。
「シンジぃ、ちょっと待ってよぉ。ああっ、危ない。動くんじゃないっ」
「これでいいかな」
シンジが哺乳瓶を持ってリビングに取って返すと、アスカは赤ん坊の足を
つかんで逆さ吊りにしていた。
「あっアスカ。なにやってるのさ」
「シンジ、早く助けてェ。落ちちゃうよぉ」
シンジは慌てて、赤ん坊をアスカから取り戻し、しっかりと抱き上げた。
赤ん坊はいつにない体験が新鮮だったのか、よっぽど恐ろしかったのか、
泣くことを止めている。
「なんてことするんだよ。アスカ」
「そんなこと言ったって、赤ちゃんが勝手に動くんだもの」
「当たり前だろ。女の子なのに、だっこもできないの?」
「なんでシンジにそんなこと言われなきゃなんないのよ」
この時、存在を忘れられていた赤ん坊が実力を行使した。
「フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!」
「わぁぁ、ごめんごめん。今すぐ、ご飯にするからね」
シンジが赤ん坊に哺乳瓶を咥えさせると、騒音は止み、赤ん坊はミルク
を元気よく吸い始めた。それを見てアスカは言った。
「そういえばシンジぃ、わたしのご飯は?」
「そんなの作ってるワケないだろ」
「なら、早く作ってよ。お腹すいたぁ」
「・・・・・アスカ、ちょっとここに座って」
「え?うん」
言われた通りに、ちょこんと座るアスカ。
「ほら、赤ちゃん」
「えっ?あっ、おっと」
「こことここをしっかり押さえて、動かないように抱いて」
「こ、こう?」
「じゃ、ご飯の支度するから、しっかりミルクを飲ませててよ。終わったら、
知らせて。ゲップさせなきゃいけないから。それじゃ」
「えっ? ちょっとシンジぃ〜」
情けない顔をしたアスカを置いて、シンジはキッチンに向かうのだった。
「わたしが悪かったわあ。帰ってきてェ〜〜シンジさまぁ」
泣き真似しても帰って来ないシンジに一通りの悪態をつくとアスカは赤ん坊
をしげしげと見つめた。
「ふーん、なんかサルみたいね、あんた。それに手も足もちっちゃいし、こん
なんで立てるようになるのかしら?」
赤ん坊を見ているといろいろな疑問がわいてくる。
「無心に飲んでるけど、おいしいの?ちょっとちょうだい」
アスカは赤ん坊の口から哺乳瓶を外した。
「フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!フギャア!」
「ちょっとくらい、いいじゃない。べっ!まっず〜〜〜い!!!こんなの返す
わよ」
哺乳瓶を口につっこむと赤ん坊は泣き止み、また幸せそうに吸い始めた。
「まずしい食生活ね、あんた。この世にはもっとおいしいものがあるのにそれ
を知らないなんて。よし、今度、ジャーマンハンバーグ作ってあげる」
お盆を持って現れたシンジは苦笑いして言った。
「アスカ、無茶言わないでよ。まだ固形物は無理だよ」
「冗談に決ってるでしょお。あんたバカぁ?」
「そうは聞こえなかった」
「そうなの!」
「ま、いーや。アスカ、代わるよ。ご飯できたから、先に食べて」
「いい、もう少しこうしてる。あんた先に食べていいわよ」
「いいの?じゃお先に」
アスカは赤ん坊を抱きかかえて、ミルクを飲むのを見つめている。いつしか
アスカの口元には微笑が浮かんでいた。シンジは朝ご飯を食べながら、そんな
アスカをぼけぼけっと見ていた。おもわず、口にだすシンジ。
「アスカもやっぱり女の子なんだな・・・」
貴重な瞬間は終わりをつげた。聖母から鬼女への変身は一瞬だった。
「それ、どーいう意味よ、ばぁかシンジぃ!」
アスカは爆裂した。
お昼近くになって、ミサトがようやく起きて来た。
「おはようございます」
「おはよぉって、なんでシンちゃんたちがこんな時間にいるのよ。学校はどう
したの?あれ、その赤ちゃんは?」
「朝、玄関の外にそこのかごに入れて置いてあったんです。赤ちゃん置いて、
学校には行けないから、今日は休みました」
「なんですって」
「どうしましょう、ミサトさん」
「どうしましょうって・・・まずは情報収拾ね。かごには何か入って無かった
の」
「ミルクと哺乳瓶は見つけたんですけど。あとはおむつですね。あれ?おむつ
になんかはさまってる」
「手紙じゃないの。あんた気付かなかったの」
「葛城ミサトさま当てだ」
「どれどれ?ふんふん・・・・・・あのバカ」
「何だったんです?」
「大学時代の友達なんだけど。だんなが逃げたの追いかけるからしばらく預か
ってくれって。直接頼むと断られるだろうから玄関に置いてったってさ」
「ひっど〜〜い!赤ちゃんになんかあったらどうする気だったの」
「まあ、昔からちゃらんぽらんなヤツだったから・・・」
「ミサトに言われるなんてよっぽどのことよね」
「あ、アスカ。それどーいう意味」
「言わせたいの?」
「・・・言わないでよ。お願い」
「じゃあ、しばらく預かるんですか」
「仕方ないわね。まあ、この子のママは3日もすれば戻ってくるでしょ。それ
まで悪いけど協力してちょうだい」
「分かりました。ところで、この子の名前は書いてないんですか?」
「ええとね。ミライちゃんだって。女の子ね」
「あたしに似た名前ね。将来きっと大物になるわ」
「はた迷惑な性格にならなきゃいいけど」
「なんか言った?シンジ」
「な、なんでもないよ」
また、険悪な空気になってきたところでミサトが言った。
「じゃ、わたし、仕事あるから出かけるわね。それじゃ、あと頼むわ」
「えっ?ミサトぉ」
「行ってきまーす」
「待ちなさいよ。ちょっと逃げるなぁ、ミサトぉ!」
その1週間後、トウジ、ケンスケ、ヒカリは葛城家に向かっていた。
「シンジも惣流も、もう1週間も学校へ来いへんが、どないしたんやろ」
「また、ユニゾンの練習してたりして・・・イヤーンな感じぃ」
「真面目に言ってよ。病気してるとか心配じゃないの?」
「ごめんごめん、委員長。さあ着いた。ベルを鳴らすよ」
ピンポーン
「はーい」
玄関を開けて出てきたアスカの背中にはかわいい赤ん坊がくくられていた。
N2爆雷に匹敵する衝撃だった。
「ふっ、不潔よぉ、アスカちゃん、まだ中学生なのにぃ」
「お、お前ら、い、いつの間に子供まで・・・」
「ほ、ほんとにイヤーンな感じぃ」
ショックで泣き出した委員長と不思議な踊りをおどっている男2人。
「あんたたち何言ってるのよ。ご、誤解よ」
「五回もしたのか」
「なに言ってるのよぉ!このバカ」
「どしたの、アスカ。やぁ、みんな、いらっしゃい。久しぶりだね」
「センセイ、こりゃあどういうことか、説明してもらえるんやろな」
アスカの説明にようやく3人は納得した。
「そういうことやったんか」
「いくらなんでも、いきなり子供ができてるなんて変だと思ったよ」
「当たり前でしょ。なんで、このわたしがシンジみたいなさえないヤツと子供
作らなきゃならないのよ」
「それはともかく、2人とも学校休むことないんじゃないの。交代で学校来れ
ばいいじゃないの」
「バカやな、委員長。惣流が1人で赤んぼの世話なんかできるわけないやろが」
「そうそう、結局シンジだけが学校休むことになるんだから。惣流だけ学校に
行ったら、女としてメンツがたたないだろ」
2人の意見は本質をついていた。ただし、1週間前であればの話だが・・・
その時、シンジがミルクを持ってキッチンから出てきた。そしてミライを抱
いているアスカに手渡す。アスカはトウジたちを嘲笑うかのように見ると、赤
ん坊に哺乳瓶をくわえさせる。
「ミライちゃーん、ミルクができまちたよぉ。お腹ぺこぺこでちゅのに、ぐず
なお兄ちゃんでちゅねぇ」
アスカはミライをあやしながら、哺乳瓶を含ませた。すっかりアスカは赤ん
坊にハマっていたのだ。アスカのそんな姿を見て、3人は絶句した。
「この女、いったい誰や?」
「怪奇、タカビー女の意外な一面」
「アスカちゃん・・・ステキよ」
アスカはミライが飲み終えるとゲップをさせ、ついでにあざやかにおしめを
代えた。完璧だった。
「ところで、シンジ。明日からあんたは学校行きなさい。ミライはわたし1人
でも大丈夫だし。わたしはちょっとくらい学校休んでも困らないけど、あん
たはバカだから」
「え?ほんとに大丈夫?」
「なんか文句あんの?」
「いや、ないけど・・・なんか心配だな」
「いらない心配しないの!そーいうことだから、みんなよろしく」
アスカは自信満々だった。
次の朝、シンジが出かけようとすると、ミライをだっこしたアスカがわざわ
ざ、玄関まで見送りにでてきた。
「ミライちゃーん、パパに『いってらっしゃい』しようねぇ」
「あ、アスカ何言ってるんだよ」
真っ赤になったシンジに、アスカは小悪魔のような表情で言った。
「早く帰ってきてね。ミライと待ってるからぁ、あ・な・た」
ノックアウト・・ゆで蛸のような顔をしてふらふらとシンジは歩きだした。
「クスクス、からかいがいのあるヤツ」
けっこう新妻気分でご機嫌のアスカだった。
学校に居てもそわそわと落ち着かず、授業の内容もあまり頭に入ってこない。
学校が終わるのがこんなに待ち遠しく思ったのは初めてだった。終業のベルと
共に教室から飛び出すシンジ。
シンジが帰ると玄関にはミサトさん、アスカの他、2つ靴が多かった。シン
ジはお祭りが終わったことを知った。シンジが廊下に入ると、リビングから口
論している声が流れてくる。
「アスカ、ミライちゃんを返しなさい」
「イヤ!返さない。何よ、勝手な大人の都合で子供を振り回して。あんた達な
んかにミライちゃんは渡さない」
「お願い、アスカさん。ミライを返してください」
「頼む。もう一度、僕達にチャンスをくれ。ミライを辛い目にあわせることは
二度としないよ」
「ずえったいイヤ!あっ、シンジ。あんたもなんか言ってよ。ミライちゃんは
わたしたちで育てるからって」
「アスカ・・・ミライを本当の両親に返そう」
「シンジ、あんたまで何言ってるのよ。こいつら、自分の子供を放ってどっか
に行ってたのよ。それなのに返せって言うの」
「それでも、本当の親なんだ。返した方がミライの幸せなんだよ」
アスカはシンジを信じられないような顔で見ていたが、その顔がひきゆがむ
とシンジに一言投げつけた。
「・・・・裏切り者!!」
アスカはミライを抱えて、自分の部屋へ飛び込むと鍵をかけた。
「アスカ、でてきなさい。アスカ!」
「ミライを返して。アスカさん」
「ちょっと待ってください。ミサトさん。ミライちゃんのお母さん。アスカは
ボクが説得します。だから、時間をください」
「え・・・分かったわ、シンジくん。任せたわよ」
ミサトたちがリビングに消えるとシンジは固く閉ざされた扉に向かって話し
かけ始めた。
「アスカ、聞いてるかい。ボクが小さいころから先生のもとで育ったのは知っ
てるよね。先生は親切にしてくれたよ。でも、ボクは小さい時から、自分に
本当の家族がいないことが寂しかった。本当は父さんがいるのに、父さんに
捨てられたことが悲しかった。ボクは二度と捨てられたくなくて、それで、
誰の言うことでも聞くようになった」
シンジは息をついだ。扉の向こうは何の音さたも無かったが、それでもアス
カがちゃんと聞いていることをシンジは知っていた。
「そうしたら、誰もボクを嫌わなくなったけれど、代わりに誰にも気にしても
らえなくなった。だから、ボクも他人のことを気にしないように自分に言い
聞かせた。自分に与えられたわずかな居場所を守ることで精一杯だったんだ」
シンジは自嘲して言った。
「でも、そんなの悲しいよね。ボクはミライにはそんなふうになって欲しくな
いんだ。ミライには本当の親がいる。あんな所に置いていったのだってミサ
トさんを信用してるからさ。自分の子なんだ。誰にでも預けられるもんじゃ
ないよ。もちろん、アスカがミライを愛してることは知ってる。でも、同じ
愛情なら本当の親に愛された方が幸せなんじゃないかな」
シンジの話は終わった。3分の静寂のあと、扉がゆっくり開くとアスカが出
てきた。アスカは何も言わず、ミライをシンジに渡すと扉をしっかりと閉めた。
シンジはミライを抱えてリビングに戻った。
「アスカは納得してくれたみたいです」
「ご苦労さま、シンちゃん」
「ありがとうございました」
「でも、もうこんなことは2度としないでください。この次はボクも返そうと
は思いませんから」
ミライの両親は真面目な顔になって言った。
「約束する。もう2度とこんなことはしないよ」
「ありがとう。あなたもあの女の子もミライを本当に可愛がってくれたのね」
「それでは、そろそろおいとましようか」
「帰るんですか、ちょっと待ってください。アスカを呼んできます。お別れさ
せてあげてください」
なんとか、アスカを部屋から引っ張りだすと、ミライ達はもう玄関にいた。
アスカが恐る恐る母親に抱かれたミライに手をのばすと、そのちっちゃな両手
がアスカの手をつかんだ。
「アシュカ。アシュキャ」
「しゃべったぞ。この子」
「アスカを呼んだよ。ミライ」
「良かったわね。アスカ」
「・・・ミライちゃんありがとう。そしてさようなら、幸せになんのよ。あん
たにはその権利があるんだから」
アスカは泣きながら、それでもなんとか微笑みを作って言うのだった。
その夜、シンジはアスカの部屋を訪ねた。いつもなら、扉のところで追い返
されるが、今日は部屋のなかにいれてもらえた。シンジはベッドに座るアスカ
のとなりに座りこんだ。
「アスカ、今日は立派だったよ」
「やめてよ。今日はシンジが正しいと思ったから、それだけよ」
「それでも偉いよ。それに今回アスカが意外に家庭的なのには驚いたな。やっ
ぱりアスカはなんでもできるんだね」
「当ったり前じゃない。わたしは天才なんだからね。あんたみたいに家事しか
できない男とは違うのよ」
「きついな、それ」
シンジが苦笑いした後、しばらく2人とも話すことが無くなり、黙っていた。
しかし、先に沈黙に耐えきれなくなったのはアスカの方だった。
「あのね、シンジ・・・・・・・・・わたしと子供つくらない?」
「あっアスカ、なに言い出すんだよ」
「わたしの事、嫌い?わたし、子供なんか欲しいと思ってなかったけど・・・
シンジの子供だったら・・・わたし・・・」
「アスカ、ボクは・・・ボクも・・・」
「なーんてね。バカね、本気にしたの、ばぁかシンジぃ」
シンジはあっけにとられた顔で言った。
「あ、アスカひどいよ。心臓がとまるかと思った」
「さあさあ、もう出てってよ、シンジ。もう寝るんだから」
シンジを追い出したアスカはベッドにもぐってつぶやいた。
「まだ、わたし達には早いもんね。そーいうのって。ふふふ、おやすみなさい、
あ・な・た」
アスカは安らかな顔で目を閉じた。
<Fin>
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