【SS】復讐の女神 後編


    
《8.アスカ暴走》

 ギュウウウウウン、ガシャーーーーン!!
 エヴァ初号機が地上に現れる。とうとうこの時が来たのね。
「やっと出てきたわね、シンジ。待ちくたびれたわ」
 わたしは七号機のカインに通信を入れる。
「いいこと、あんた達はずぇーったいに手を出すんじゃないわよ。わたしはシンジ
 と一対一で戦うためにあんた達と手を組んだんだから」
「いいとも、約束だからね。思う存分に戦ってくれ。僕たちは君の活躍をしばらく
 見物させてもらうよ」
 カインがモニターから消える。
「イヤなヤツ。自分がこの世で一番強いと思ってるタイプね。まるでかつてのわた
 しみたいじゃない」
 わたしは笑った。自分でも醜い顔をしているだろうと思う。
「分かってるのよ、わたしが間違っていることは。でもこうしないと、もうわたし
 は一歩も進めないのよ、シンジ。悪いけどわたしと最後までつきあってもらうわ」
 わたしはエヴァ拾参号機をゆっくりと進ませ、初号機の前に立つと、シンジとの
回線を開いた。
「アスカ・・・」
 心配そうなシンジの顔。わたしは優しく微笑んで言った。
「シンジ、やっとあんたとケリをつけるときが来たわね」
「止めようよ、アスカ。ボクはアスカと戦いたくなんてないよ。アスカだって本当
 は戦いなんかしたくないんだろう。だって、アスカは優しい女の子じゃないか」
 シンジの声に不覚にも目の奥が熱くなる。わたしは声を張り上げた。
「あんたバカぁ?わたしは優しくなんかないわ。シンジが一番知ってることじゃな
 い。いつもシンジには意地悪ばっかりしてたこと忘れたの?」
「そんなことは問題じゃないよ。アスカは委員長とトウジのこと、自分のことみた
 いに心配してたじゃないか。いつもボクを助けてくれていたじゃないか」
「うっ、うるさい。勝手なこと言わないで。こんな話をしてる場合じゃないのよ。
 あんたにやる気が無くても、こっちは遠慮しないからね」
「どうしても、やるって言うの? アスカ」
「そうよ!」
「そう・・・分かったよ、アスカ。ボクが君を止めてみせる。絶対に!」
 限界だ。初号機との回線を切る。どうしてこんなに涙が出るのだろう。
「……ばかシンジ…………ばかアスカ」


《9.シンジ奮戦》

 先に攻撃を始めたのはアスカの方だった。まっすぐ突進してきて、突然ボクの前
で、後ろを向く拾参号機。
「!?」
 後ろ回し蹴りが初号機の頭部にヒットし、エヴァ初号機はふっとんだ。そのまま、
初号機に馬乗りになり、その顔をたこ殴りにしてくる。
「どうしたの、シンジ。まさか、もう終わりなんて言わないわよね」
 アスカの声が聞こえる。なぜか泣きそうな声に聞こえる。ボクはエヴァからフィ
ードバックされてくる痛みに耐え、意識を失わないように気合を入れた。
「負けちゃ駄目だ。負けちゃ駄目だ。負けちゃ駄目だ」
 ボクは唇を噛み、スティックを握り締めた。
 拾参号機の右ストレートをつかまえる。すかさず放たれる左フックを無視して、
相手の頭部をつかむ。無理矢理、自らの上から拾参号機をどかし、立ち上がった。
 アスカもすかさず距離を取り、ボクらは再び対峙する。
「シンクロ率では負けても、格闘戦なら小さい時から訓練を受けてきたわたしの方
 に分があるようね。それにあんたにはどうにもならない弱点があるのよ」
 アスカの心理戦か?いや、アスカのことだ。ボクの手の内はお見通しだろう。だ
けどボクは負けない。アスカのためにもボクは勝つ。
 拾参号機はプログナイフを装備し、それを見てボクもナイフをかまえる。
「行くわよ、シンジ。ウワァァァァァ」
 拾参号機が走りよってきて、ナイフを振り上げた。落ちてくる刃をナイフで受け
止めたが、初号機の腹に拾参号機の膝蹴りが決まった。フェイントだったのか。思
わず前かがみになる。拾参号機はナイフを戻し、再び突き出す。それは初号機の右
胸に突き刺さった。
「ぐううっ」
 右胸に激痛が走る。でも絶対に負けられない。ボクは、ナイフをなぜか無防備に
なっている拾参号機の首すじに突きだした。
 しかし、刺さる手前でナイフは止まる。ボクにはアスカを刺せない……
「ほんとにお人好しなんだから。シンジにはわたしを刺せないことは分かってたわ。
 でも、わたしはそれを利用することができるし、あんたを刺すことだってできる。
 こんなわたしのどこが優しい女の子だって言うの?」
 拾参号機が力をこめ、プログナイフは根元まで潜り込んた。ボクの体から力が抜
けていき、初号機がひざをついた。ボクは負けた。アスカを取り戻せなかった。


《10.アスカ絶望》

 わたしは力無い初号機の手からプログナイフを取り上げ、初号機を蹴り倒した。
足元に崩れ落ちた初号機を見る。これがわたしの望んでいた光景のはずなのに……
「勝ったのに全然嬉しくないのね。なんのためにわたしは戦ったのかしら。まあい
 いわ、とどめよシンジ」
 初号機のプログナイフを振り上げる。これを食らえばシンジもただではすまない
わよね。死ぬかもしれないよね……
 胸が痛い。胸におさめたシンジの手紙が存在を主張している。シンジの困った顔、
不機嫌な顔、泣きそうな顔、そして笑った顔が目の前をちらつく。どうしてなの。
どうして今になって気付くのよ。いや、ずっと前から気付いていた。ただ、認めた
くなかっただけなんだ。
 プログナイフを高く差し上げたまま、わたしは凍りついたように動けなくなった。
「どうしたの、アスカ。早くとどめをさすんだ」
 カインの声が聞こえる。でも……だめ。できない。そのまま、彼の呼びかけに応
えず、すすり泣いていると彼のため息がした。
「仕方ないな。まぁ、こうなるとは思ってたけれど」
 ドクンっ
 拾参号機が身を震わせる。えっ、わたしは何もしていないのに。
「拾参号機にはリモートシステムを装備してある。他の機体から遠隔操作できるよ
 うにね」
「なんですって!?」
「君はもう戦わなくてもいいよ。こっちで勝手にやらせてもらうから」
「どういうことよ」
「始めから、君にエヴァ初号機を倒せるとは思ってなかったってことさ。そういう
 意味では期待以上の働きをしてくれたよ。でも、ここまでだね。これから本来の
 役割を果たしてもらう」
「本来の役割ですって……」
「そうさ、君が拾参号機に乗っていれば、サードチルドレンは拾参号機を攻撃でき
 ないだろう?事実、いま君の足元に初号機が倒れているわけだしね」
「そんな!わたしは人質だったと言うの!」
「そういうわけ。いやぁ、君の顔を見ていると吹き出しそうになって参ったよ」
 カインの嘲笑がわたしを打ちのめす。こんなことって……
「じゃあ、初号機にとどめといこうか」
 拾参号機のふりあげた腕に力がこもるのが分かった。心臓が凍りつく。わたしは
必死でエヴァの制御を取り戻そうとした。
「ムダだよ。君のシンクロ率じゃ、僕の邪魔はできない」
 彼の指摘通り、エヴァはわたしの想いを無視して、腕を振り下ろした。
 ドシュっ

 初号機は体を回転させ拾参号機の攻撃をかわした。地にナイフを突き刺した拾参
号機の足元から離れると素早く立ち上がる。
「アスカ、全部聞いていたよ」
「シンジ……わたしがバカだったわ。わたし、一体どうしたらいいの……」
 消えちゃいたい。シンジの前からいなくなりたい。
「待ってて、すぐに助けるから」
「バカぁ、こんなわたしのことなんか気にせずに、戦ってよ。シンジぃ」
 初号機が拾参号機に飛び掛かり、しっかりと組み合う。拾参号機は初号機よりも
パワーが上だ。ジリジリと初号機が押されていくのが分かる。
「けっこう耐えるね。さすがサードチルドレン。でもいつまでも付き合ってられな
 いな。みんな、やってしまえ!」
 八号機から拾弐号機までが一斉に槍を構え、わたし達の方へ投じた。あいつらぁ。
 でも、この位置なら初号機をかばえる。良かった。最期にシンジの役に立てた。
わたしは微笑みを浮かべて、目を閉じた。
 ズドドドドドッ

 しかしその瞬間、初号機が拾参号機に足払いをかけ、その上に覆い被さってきた。
そして、4本の槍が初号機の背中につきたっていた。
「シンジ!ばかっ、なんでこんなわたしをかばうのよ。わたしにはそんな資格なん
 かないのに」
 息も絶え絶えなシンジの声がする。
「アスカはボクの大事な仲間だ。もう、ボクは誰も失いたくない。アスカを失うの
 はごめんだ・・・」
 シンジ……そこに嘲るようなカインからの通信が入る。
「美しい姿だね。でも、裏切り者の君なんかにこんなにこだわるなんて、前にはけ
 っこういい思いさせてたのかい」
「このゲス野郎。よくも、シンジを傷つけたわね」
「自分のことを棚にあげてよく言えるね。それに傷つけたからどうだって言うのさ」
「あんたなんかにこれ以上シンジを傷つけさせない!」
「ふん、僕に逆らおうって言うのかい。無駄だよ。君じゃ僕には勝てない」
 勝てないじゃすまされない。勝たなければならないんだ。わたしはエヴァの制御
を取り戻すために必死で念じた。
 グウウウウっ
 拾参号機が頭を押さえて苦しみ始める。
「ば、馬鹿な。僕のコントロールから離れていく?アスカのシンクロ率が上がって
 いくのか?」
「ううううううううううううううううううう」
 シンジを守るんだ。もうわたしは負けない。あんな奴らの思い通りにはさせない。
「うううううおりゃああああああぁぁぁぁぁ」
 フオオオオオオン
 拾参号機が雄叫びをあげ、わたしは全てを取り戻した。

「なんてことだ。君には驚かされることばかりだ。まぁ、いい。ぼろぼろのエヴァ
 2体に対してこっちは6体、前と状況は変わってないんだよ」
 その時、横から光が伸び、ゼーレのエヴァ2体を飲み込んだ。その後には何も残
らなかった。
「3対4。これなら条件は悪くないと思うわ」
 そこにはポジトロンライフルを構えたわたしのエヴァ弐号機があった。
「綾波、エヴァ弐号機は動かせないんじゃなかったの」
 えっ?ファーストが動かしているの?
「惣流さんを助けるために手を貸すようにお願いしたの。そうしたら、動いたわ。
 弐号機も惣流さんを失いたくないのね」
 弐号機がわたしを護るために?あのファーストがわたしを助ける?
「・・・アスカ、誰にも必要とされてないというのは間違いだよ。ボクもみんなも
 君を必要としてるんだから」
「二人とも、話は後よ。まずは残りのエヴァをなんとかしないと・・」


《11.シンジ咆哮》

 綾波の言う通りだ。
 敵の隊長の乗ったエヴァと他1体がボクとアスカの方へ、残り2体は綾波の方へ
動き始めた。
「カイン、わたしとシンジのユニゾンにあんた達なんかがかなうと思ってんの!」
 良かった。すっかり元のアスカだ。
「アスカ、綾波を援護して。綾波は弐号機に慣れてない。あいつらはボクが倒す」
「シンジ、そんな初号機じゃ無理よ」
「大丈夫だよ。それにアスカを辛い目にあわせたあいつらは許せない。絶対に勝つ
 よ。だから行って、綾波を頼むよ」
 アスカは一瞬、泣きそうな顔をしたけど、無理に微笑みを浮かべると言った。
「……分かったわ、シンジ。あんたの言うとおりにする。勝ってね、信じてるから」
 拾参号機は近くにつきささった槍を抜き、それを手に弐号機の援護に向かった。
 そこに敵から通信が入る。
「アスカを逃がして、そんなボロボロの姿で僕ら2体の相手をしようって言うの。
 つくづく馬鹿なんだな。君は」
「アスカをなめるな。別にアスカは逃げたわけじゃない。それにボクは本気で怒っ
 てるんだ。お前達は自分の手を汚さず、アスカの心を利用した。絶対に許さない」
 フオオオオオオオン!!
 初号機がボクの怒りに応え、咆哮した。
 初号機の右胸に根元まで刺さっていたプログナイフがゆっくりと抜け落ち、地に
落ちる。背中に刺さった4本の槍もその後を追う。初号機の傷が全て消えていく。
 それを見ていた敵パイロットは茫然と言った。
「馬鹿な。こんなことが・・・」
 初号機は動いた、獣のように。敵の動きがゆっくりとして見える。敵の前に立ち、
右ストレートを顔面に放つ。腕を上げてガードするが、その上から初号機のパンチ
が炸裂する。敵の右腕はちぎれ、そのまま初号機のパンチがその頭を吹き飛ばした。
 仲間の頭部を粉々にした初号機を見て、もう1体は背中を見せ、逃げ出そうとし
た。逃がさない。後ろからジャンプして追い抜き、敵の目の前に着地する。
 恐慌状態になった敵はプログナイフを引き抜き、初号機に突きいれた。その振動
する刃をつかみ固定する。そしてまた、敵の首はふっとんでいった。
 2体のエヴァを破壊したところで限界だった。アスカ、綾波、後は頼むよ。ボク
の意識は闇に沈んでいった。


《12.アスカ復活》

 早く、弐号機のところへ行かなくちゃ。シンジやみんなの心に応えなくちゃ。も
う、わたしは決して負けない。最後まであきらめない。
 弐号機は、プログナイフを構え、襲ってくるエヴァ八号機と拾弐号機を相手に、
こちらもナイフを構えて応戦していた。ポジトロンライフルはもう両断され、地に
落ちている。
「ファースト、大丈夫?今行くわ」
「平気。これくらい」
 ふふふっ、相変わらずだ、ファースト。それだけのことが嬉しい。こんな時なの
に笑いがこみあげてくる。駄目だ、気をひきしめないと。
「うりゃああああああっ」
 槍を振り上げて、拾弐号機にぶつかっていく。奴らは弐号機とわたしから離れ、
距離を取る。そして、陣形を組むとわたしたちの方へ襲いかかってきた。
 強い。いや、これはチームワークがいいんだ。
 わたしとファーストは正直、動きがバラバラだ。もっと、ファーストと仲良くし
ておけば良かった。これまで、自分一人が強ければいいと思っていたからなぁ。
 でも、勝つ。そして、弐号機とファーストを守る。それがシンジへのわたしの答
えなのだから。
「ファースト、奴らの動きを止めるわ。あんたはすかさず、とどめをさすのよ」
「……なにをする気?」
「いっくわよぉ!」
 襲いかかってくる2体のエヴァ。わたしは先頭の八号機の前に地面に槍を差すと
棒高跳びの要領で、相手を飛び越え2体の間に下りると八号機を後ろから羽交い締
めにした。
「今よ。ファーストぉ」
 弐号機が素早く動き、八号機の頭を両断する。やったぁ。
 ドスッ
 脇腹に激痛がした。拾弐号機が後ろからナイフで突いたんだ。わたしは八号機を
離すと今度は拾弐号機の腕を捕まえる。拾弐号機はかまわず、ナイフをより深く、
突き刺してくる。
 気持ち悪い。でも、シンジはこれに耐えた。わたしだって耐えられるはずだ。
「ファースト、は、早く」
 風のように弐号機がわたしの隣りを駆け抜ける。すると拾弐号機の首がゆっくり
と落ちた。
「無茶しないで惣流さん。死んだらどうするの」
「へ、へへへ。大丈夫よ、これくらい。それよりシンジはどうなったの」
「大丈夫。勝ってるわ。でも、今は気を失ってるみたい。早く回収して、ケージに
 収容しましょう」


《13.アスカ帰還》

 戦いは終わった。ネルフのケージに固定される初号機、弐号機、そして拾参号機。
 わたしが初号機に駆け寄ろうとする前に、保安部が現れわたしに手錠をかける。
「待って、お願い。確かにゼーレと一緒に攻撃したけど、最後はネルフのために戦
 ったわ。だから少しだけシンジのそばに居させて」
「規則ですので。敵と内通したものは裁かれねばなりません」
「そんなのってないわ。なんとか言ってよ、ミサト、リツコ。お願い」
「わたし達には何もしてあげられないわ。残念だけど」
「そんな。せめてシンジの意識が戻るまで待ってよ」
「アスカのおかげで拾参号機が手に入った。罪を帳消しにするには十分な戦果だ。
 手錠を取ってやれ」
 そこには、碇司令がいた。いつも怖い顔をしていると思ってたけど、こんな優し
い顔もできたんだ、この人。
 ケージにいる人たちが驚いたように司令を注目している。
「し、司令?……分かりました」
 わたしを拘束している手錠が外される。
「アスカ、われわれは君を必要としている。エヴァのパイロットとしてはもちろん
 だが、いつも元気でいる君を見て、スタッフ達の心がどれほど癒されているか知
 っているかね。それにシンジもどうやら君を必要としているようだ」
 最後の言葉に顔が赤くなってしまった。不覚だ。
「わたしは自分の大事な者を守ることが出来なかった。きみたちはわたしのように
 なってはいけない。これからもみなを守り、そしてみなに守られていけ。分かっ
 たかね」
 司令の言葉がとても嬉しかった。わたしは答えた。
「分かりました。これからもシンジと一緒にエヴァで戦います。そして、シンジを
 そしてみんなを守ります」


《14.アスカ落着》

 シンジの容体は思ったより悪く、一時は危なかったようだ。しかし、あれから3
日たった今、ようやく面会の許可が下りた。わたしはまたしても見ていたシンジの
手紙を大事にしまい、部屋に入った。
「シンジ、起きてる? ・・・寝てるのか・・・」
 わたしは壁に立てかけてあった折り畳みイスを引き寄せるとシンジが寝ているベ
ッドの横に座った。シンジはぐっすりと眠っていて、全然起きる様子が無かった。
「かわいい顔して寝ちゃって・・・」
 指先をシンジのほっぺたにあて、つんつんつんつんする。
「ウーン、アスカぁ、イヂワルしないでよぉ〜」
「あれ、起きたの?シンジ」
 もぞもぞと身動きするシンジにドキッとしたが、それはただの寝言だった。
「なんだ、寝言か・・・なんであたしがシンジの寝言にでてくんのよ。うん、なん
 だかんだ言って私のこと好きなのね。でも残念ね、加持さんがいなかったら考え
 てあげても良かったのに」
 我ながら素直じゃないなぁ。でもシンジが寝てて良かった。今のわたしの顔は絶
対に見せられないもの。

 そして、またしばらく静かな時間が流れていく。いつしかシンジの寝ているベッ
ドに上体をあずけ、眠っているシンジをぼおっと眺めていた。
「どうして、こんなヤツがあんな強さを持っているんだろ……」
 わたしは眠っているシンジに対し、話し続けた。
「私はこれまであんたが弱虫だって馬鹿にしてた。でも、自分の弱さを知っていて、
 それにも関らず他人のために必死で戦うあんたの方が、自分のためだけに戦って
 いる私よりも本当は強かったのよね」
 いつしか、わたしの目からは涙が流れていた。
「ここんとこ、私がどんな気持ちでいたか分かってる?あんたがいないのはとても
 不安だった。あんたにもう会えないのかと思うといてもたってもいられなかった。
 気付いたのよ。本当は私もあんたに守られていたんだって。だから、もう、どこ
 へも行かないわ。ずっとそばにいるよ、シンジ」
「……ずっとそばにいてよ、アスカ。僕はもうアスカを見失ったりしないから」
 シンジは目を開けて天井を見つめながら言った。
「シンジ! いつから起きてたのよ?」
「ボクが『弱虫』だってところからかな」
「寝たふりしてたわね。このバカぁ」
 わたしは真っ赤になって、シンジにとびかかった。そんなわたしの腕を強い力で
押さえてシンジは言った。
「僕はなぜ自分がエヴァに乗るのか分かったんだ。僕はアスカや綾波やミサトさん
 やリツコさんやトウジたちや・・そんな僕の大切な人たちを失いたくない。そし
 て、アスカと離れたくない。だからもう逃げない。ずっとそばにいるよ。そして、
 アスカを守るんだ」
 そう言うとシンジはわたしを引き寄せ、優しく抱きしめた。
「ちょっと、シンジ!?放してよぉ!」
 真っ赤な顔のまま、じたばたしたが、シンジは放してくれなかった。
「ごめん、アスカ。しばらくこうしていてよ。なんだか安心できるんだ。自分がい
 るべきところにちゃんといるんだって感じられるから」
 それを聞いてわたしは暴れるのをやめた。そして、おずおずとシンジの頭を抱き、
シンジの髪に顔を埋める。それからしばしの間、静かに抱き合っていたのだった。
 長いようで短い瞬間が終わり、シンジから離れるといたずらっぽく笑って言った。
「この貸しは大きいわよ、シンジ。退院したら覚悟しときなさい」
「え〜?恐いなァ。お手柔らかにね」
「どーしよーかなー。ま、帰ってゆっくり考えるわ。また来るからね、シンジ」
「うん。またね、アスカ。待ってるよ」
 わたしはさっとドアのところまで行き、開けた。するとそこには耳をドアにつけ
た格好のファーストがいた。

 沈黙が病室を支配する。ファーストの氷の彫像のように固まった顔。そのこめか
みから一筋のアセが流れ落ちるのが妙にゆっくりと見えた。
 ファーストは床からカバンを拾い、さらっと言った。
「元気になって良かったわね……じゃ、さよなら」
 そして、スタスタと歩き去る。ファーストが廊下の曲がり角に消えてから、ハッ
と我に帰り、追いかける。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、ファースト。あんた盗み聞きしてたわね!」
 曲がり角の向こうの長〜い廊下にはもうファーストの姿は無かった……
「がっで〜む!ダッシュして逃げたわね、ファーストぉ。おぼえてらっしゃい、こ
 んど会ったときがあんたの命日よ!」
 静かな病院の廊下にわたしの咆哮が響き渡るのだった。

                         <見ると後悔するおまけ
return