【SS】アスカの一日 B面



 ボクは、碇シンジ。エヴァンゲリオン初号機パイロット。ボクの同居人で、
エヴァ弐号機のパイロットでもあるアスカの一日はこういう感じで始まる。
 
 
 ボクの目の前で、アスカは目覚める。おもいっきり大あくびをして、ぼぉ
りぼりと頭をかきつつ起き上がる。低血圧なのかいつも朝は不機嫌だ。壁の
時計をみると 7:30 am. いつも通りの時間だ。
「アスカ、さっさと起きなよ。お風呂わいてるよ」
 アスカはボクをじろっとにらみつける。わざわざ、起こしに来て、なんで
にらまれなきゃならないんだ。ボクは思いっきり皮肉をこめて笑顔で答える。
「アスカ、どんどんミサトさんに似てくるね」
 アスカの罵声が飛んでくる前にとっとと退散する。ボクが閉めたドアにな
にかぶつかる音がした。枕元の少女漫画投げたな。角が当たったら、けっこ
う痛いんだぞ。せめて、枕にして欲しい。
 
 
「ったく、ばかシンジが・・」
 アスカは真っ赤なバスタオルを引きずりつつ、浴室に入っていった。3分
もしないうちに浴室のドアが開く音がする。思わずため息がでる。
「ばかシンジぃ、熱いじゃないのぉ」
 アスカはバスタオルを巻いただけの格好だ。ボクが男だってこと忘れてる
んじゃないか?でも、そんなこと今のアスカに言えるわけがない。
「・・・ごめん、そんなに熱かった?」
「温度計で計ったら、42℃だったわ。いつも40℃にしろって言ってるでしょ」
「・・・・・・ごめん」
 頭がくらくらする。そんなのたいした差じゃないだろ。いつもは自分の方
が大雑把な性格してるくせに、こういう事は細かいんだから。こっちが引き
下がるとさらにインネンをつけてくる。
「どこ向いて謝ってるのよ。ちゃんと相手の方向いてしゃべりなさい。礼儀
 知らずなんだからぁ」
 バスタオル一枚で人の前に出てくるのは礼儀知らずじゃないのだろうか。
仕方ないのでアスカの方を向いたが、やはりボクには刺激的だ。性格はとも
かく、体は・・・だもんな。頬に血が昇っていく。それを見てアスカも自分
の格好に気がついたらしい。
「どこ見てんのよ。このスケベ!」
 ドガッ
 かすれゆく視界にどすどすと足音高く去っていくアスカの後ろ姿が映った。
いったい、どうすればよかったって言うんだよ・・・
 
 
 朝ご飯を食べて、お皿を洗っているとアスカはタンクトップにショートパ
ンツといういつもの姿でお風呂から出てきた。よく考えるとあまりバスタオ
ル姿と露出度はあまり変わらないな。風呂上がりで、なんか色っぽい。冷蔵
庫からパックのミルクを取り出し、パックの口から直接飲み始めた。行儀悪
いな。
 ゴクッゴクッゴク・・・飲む音が聞こえる。アスカの喉が動いてる。ハッ、
ボクは何を見とれてるんだ。アスカにまたぶっとばされる。あっ、アスカが
こっち見てニヤリと笑った。目を合わせないようにしなければ。
「シ〜ンジぃ」
 聞こえない。聞こえない。ボクは一心不乱にお皿を洗う。
「シ〜ンジぃ、聞こえないふりしてもダメよ。さっきはなんでわたし見てた
 の。ううん、何も言わなくてもいいのよ。やっぱり美しさって罪よねぇ」
 こっそりアスカの方を見ると両手を組んで、天を見上げる格好で自己陶酔
してる。なんだかなぁ。見なかったことにしてお皿を洗う。いちまーい、に
ーまーい・・・しばらくするとなんかむなしくなったみたいだ。こっちを恨
めしそうに見ながら、食卓の方に行ってしまった。いつもいつもつきあって
られないよ。でも悪かったかな。
 しばらくして、ようやく皿洗いが終わった・・・と思ったら、アスカが、
自分の食べたお皿を流しに置いた。アスカはニッコリ、ボクはグッタリ。さ
っきの復讐のつもりらしい。全く執念深い。
 
 
「おはよう、二人とも。またアスカ、シンジくんばかり働かせて」
 ミサトさんがようやく起きてくる。あたまはボサボサ、お目めはギラギラ。
だらしない格好だ。アスカも将来ああなるのか。いや、もうそうなってるな。
「シンジならいーのよ。シンジは人のために働くのが好きなんだからミサト」
 いい加減、はらがたってきたな。
「でも働くからには報酬が必要じゃないの」
「仕方ないわねぇ、ほらシンジ」
「あ、アスカ、何するんだよ」
 ・・・ま、いいか。許そう。
「あんたたちって・・・」
 ミサトさん、全てアスカが悪いんだ。ボクは静かに生きていたいのに。
「アスカ、そろそろ着替えないと。学校遅れちゃうよ」
「いっけなーい。じゃあ、着替えてくるわ」
 アスカは慌てて、部屋に戻る。けど、キッチンの出口でちょっと立ち止ま
り、振り向いた。
「ねぇ、シンジ。この次はご褒美、どこにして欲しい?」
「ええ!? ど、どこがいいって、そんなこと言われたって」
 不覚にも真っ赤な顔でどもっちゃって・・・ミサトさんがあきれたような
顔をしている。
「アスカ、いい加減にしたら。シンジくんが可哀想じゃないの」
 アスカは笑って、部屋に戻る。また、ため息。最近多いよなぁ。
 しばらくして制服姿で戻ってきた。ボクの腕に自分の腕を絡ませて、ボク
を玄関の方へひきずっていく。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ
駄目だ・・・
 
 
「いってきまーす」
「二人ともいってらっしゃい」
 ミサトさんに見送られて、ボクとアスカは玄関からそとに出る。最近はト
ウジやケンスケたちも迎えに来なくなった。なんでも、最近トウジは委員長
といっしょに登下校してるらしい。あのトウジがどんな顔して、委員長と並
んで歩いてるんだろう。委員長もトウジを好きになるなんて、なかなか見る
目があるなぁ。ケンスケの方はなぜか独りで登下校してるらしい。理由を聞
いたけど教えてくれなかった。でもその時のケンスケの目が忘れられない。
そんなに怨まれるようなことしたっけなぁ。
 アスカはボクの隣りにならんで歩く。アスカのカバンはなぜかボクの手の
なかにある。いつもボクはアスカのカバン持ちだ。別に頼んだわけじゃない
って委員長とかには言ってたみたいだけど、確かに声に出して頼まれたワケ
じゃないけど、あの圧力のこもった目はなんなんだ。
「それからね・・・」
 駅までの十分間、ボクはアスカからいろんな話しを聞く。最初は結構面白
いと思ったけど、アスカの大学生活とか、ドイツの生活様式とかいろいろ話
してくれたし・・・でも、アスカって話しが長いんだよな。それにちゃんと
聞いてないと怒るし、いい加減に相づちうってると殴るし。でも、こんな風
に女の子といっしょに学校へ行くようになるなんて昔は考えたことも無かっ
た。今じゃ独りで学校へ行くなんて考えられないや。アスカのおかげなんだ
ろうな。
 ボクも最近は少しずつアスカに自分のことを話すようになった。というよ
りアスカの追求に勝てないんだな。アスカにとって、面白い話なんて、なに
も無いのに、結構うれしそうに聞いている。アスカの笑顔を見てると、昔は
悩んでたことがなんだかそれほどたいしたことじゃ無かったように思える。
これもアスカのおかげかな。でもありがとうなんて言うとアスカは図に乗る
からな。
 駅からはモノレールで学校のある町へ。最近、このモノレールは結構混雑
する。ボクの苦労も最高潮だ。背中からはものすごい圧力がかかってくるし、
前はアスカがいるし。下手にアスカを押したりしたら、なにを言われるか分
かりゃしない。前門の虎、後門の狼ってやつだ。もちろん、虎の方が強敵だ。
少なくとも狼は人を痴漢扱いしない。一度、ある駅で駅員につれていかれそ
うになった。その時、諸悪の根源はニヤニヤと笑ってたっけ。
 ドアの横の隙間にアスカを置いて、ボクはしっかりドアに手をついて身を
支える。
「アスカ、苦しくない?」
苦しいはずはないけど、一応聞いておかないとな・・・それにしても、腕
のなかのアスカはなんだかしおらしく見える。貴重な時間だ。いつもこうな
ら可愛いのに。こんなこと言うとまた『あんたバカぁ』だろうけど。
 モノレールを下りると、もう周りは学生でいっぱいだ。知り合いもいっぱ
いいる。それなのにアスカは普段以上にくっついてくるんだよなぁ。なに考
えてるんだろう。こんなふうにするから人に誤解されるんだ。あっ綾波だ。
まずい、アスカも気付いた。陰険そうに笑うとボクの腕に自分の腕をからま
せる。ああっ、こっちに来ようとしてたみたいだったのに・・・まわれ右し
て行っちゃった。ため息をついてアスカの方を見ると最高に可愛い微笑み。
怒るに怒れない。怒る理由も見つからない。ふと気付くと周りは面白そうに
見てる。また誤解されたな。ボクとのことは誤解だっていつも怒ってるけど、
その原因はほとんど自分のせいだってアスカは分かってるんだろうか?
 
 
 教室に入るとトウジ、ケンスケ、委員長、そして綾波はもう席についてい
た。ボクはまっすぐトウジたちのもとへ、アスカは委員長のところへ行く。
「おはよう」
「おはようさん、シンジ」
「いやぁ、朝からお熱いことで」
 不気味な笑い。見てたのか。
「そんなんじゃないよ。あれはアスカの悪いいたずらだよ」
「まさに三角関係。センセイも大変やな」
「『エヴァパイロット碇シンジ、その愛の荒野』、自主制作で映画にしたら
 売れるぞぉ」
 全然、ボクの話しを聞いてない・・・
「・・・碇くん、ちょっといいかしら」
 綾波だ。なんだろう、朝のことなら誤解だけど、綾波がそんなことを聞い
てくるはずがない。はっ、振りかえるとトウジたちがニヤニヤと見ている。
あれっ、いつの間にか、周りが静かだ。みんなこっちを注目してる。あ、ア
スカ、なに恐い目してるんだよ。頼む、綾波、変なこと言わないで。
「今日の初号機と零号機の相互互換テストは中止だって赤木博士が言ってた
 わ」
 そういえば今日だったっけ。全然問題ない話しでホッとする。でも、あと
で朝のはアスカのいたずらだって言っておこう。だからどうだってワケでも
ないけど。
 綾波が行っちゃった後で一応アスカのご機嫌うかがい。
「なに話してたのよ」
「別に、今日のシンクロテスト延期になったってさ」
「ふーん、そのわりにはなんか嬉しそうに話してたみたいだったけどね」
「そんなことアスカに関係ないじゃないか」
 アスカの顔が歪んだ。まずい。あっ、先生だ。助かった。さっさと自分の
席に戻る。
 
 
 授業中、分からない講義。だから、一生懸命授業を聞いている。でも、当
てられると答えられない。気ばかりあせってますます分からなくなっていく。
 ピッ!ボクの端末にメールが届く。送ったのはアスカ。たまにはいいこと
もするなぁ。ボクはその通りに答える。先生の顔がひきつる。えっ?
「碇、それは前回やったところだ。今までなにを聞いてた!外で立ってろ」
 茫然として、アスカを見る。知らん顔だ。気付くとみんな、意味有りげに
こっちを見て笑っている。ふぅ、ボクはため息をついて廊下へ出る。アスカ
の面白そうな顔が見えた。アスカを怒らせるようなことは止めよう。固く心
に誓う。
 
 
 体育。男子はサッカー。女子は先生がお休みで自習。なのに、みんな外に
見物に出てきた。自分で言うのもなんだが結構逃げるのは得意だ。ボールを
持つと、相手チームのデフェンスをかいくぐり、敵チームの奥深くまで進む。
だてにエヴァで戦ってきたわけじゃない。敵を引き付けておいて、センタリ
ング。フォワードのトウジがきれいに決める。
「やったあ、鈴原ぁ」
 委員長の黄色い歓声が聞こえる。結局、そのゲームはボクのチームの勝ち。
トウジのハットトリックに委員長は大喜び。ボクも鈴原をねぎらってやる。
 教室に戻るとき、アスカが寄ってきた。思わず身構える。
「勝利おめでとう」
「あ、ありがと。でもトウジが頑張ってくれたからさ」
「あんたバカぁ。あんたが一番長くボールを持ってたじゃないの。だれがな
 んて言ったって本当の主役はあんただったわ」
 赤い顔、言ってて照れてるみたいだ、アスカ可愛いな。
「アスカ・・・・ありがとう」
「ホント、目立とうとしないんだから・・・あれ、相田はなにしてたの?」
「ケンスケは監督」
「・・・確かに邪魔にはならないわね」
 そういうもんじゃないぞ。あっ、ケンスケ、聞いてたのか。あっ、泣きな
がらどこ行くんだよ。
 
 
 体育が終わるとようやくお弁当だ。あいかわらずトウジはこの時間のため
に学校へ来てるって言ってる。最近、委員長がお弁当作ってきてて、ますま
す幸せそうだ。アスカもニコニコしながらボクの席へ来て、向かい合わせに
座る。この時間はいつもご機嫌だ。トウジと委員長もやってくる。ケンスケ
は・・・あれ?いない。
 お弁当は3人分だ。最近は綾波の分も作るようになった。どうせついでだ
し。彼女も食生活は破綻してる。どうしてボクの周りにいる女の人はみんな
こうなんだろ。そもそも、ボクがお弁当を作るってのはどこか間違ってるよ
うな気がするのだが。
 綾波のところへお弁当を持っていく。無表情に見えるがボクには分かる。
彼女はボクに感謝してる。きっとそうだ・・・そうだといいな。
 帰ってくると、見慣れた表情のアスカが迎えてくれる。はぁ、怒ってるよ。
「どうしたの、アスカ。なんか嫌いなものでも入ってた?」
「あんな、ありがとうも言わない女になんでお弁当作ってくるのよ」
 アスカだって言ってくれないと思うが・・・
「いいじゃないか。仲間なんだし・・・なんかほっとけないんだよ」
 しばらくアスカとにらみ合う。目をそらしたのは向こうが先。
「・・・ほんとにバカね。まっいいわ。食べましょ、お腹すいちゃった」
 食べずに待っててくれたのか・・・アスカありがとう。
 
 
 午後はいつも、アスカは寝てる。午前中もほとんど寝てたのに、しょうが
ないな。なのにどうして、あんなによくできるんだろ。不公平だ。
 この時間、先生は独りでセカンドインパクトの話ししてるだけだ。いい加
減覚えてしまった。ボクも眠くなってきたな。横を見るとアスカの寝顔が見
れる。アスカの寝顔ってなんだか可愛いな。いつぞや、アスカがボクの布団
に潜り込んできたことを思い出してしまった。・・・眠い。
「ムニャムニャ・・そんなことしちゃイヤよ、シンジのえっちぃ」
 サードインパクト!途端に覚醒。教室は騒然。
「し、シンジ。やっぱりおまえら・・」
「誤解だぁ〜〜ボクはなにもしてないんだぁ」
 いったいなんの夢みてるんだ。寝ててもホント、迷惑な女・・・
 
 
 放課後、今日はテストが中止になったので、いっしょに帰る。
「アスカ、帰りにスーパーに寄っていくから先に帰って」
「わたしも付き合うわ。いっしょにいきましょ」
「え?でも、スーパーなんかおもしろいものなにもないよ」
「あんたバカぁ?少しの間でもシンジといっしょにいたいって言ってるの」
 どうして、こう周りに人がいる時にこういうこと言うワケ?不覚にも真っ
赤になってしまった。我ながら情けない。アスカは小悪魔のような笑い。か
らかわれてるのは分かってるんだけどね。
 スーパーでは、買い物かごを押して、お買い物。
「これなんかいーじゃない」
「アスカ、奥の方から取った方がいいよ」
「なんで」
「そっちの方が新しいから」
「ほんと細かい男ねぇ」
 いーじゃないか。その方がお得なんだし。アスカがいい加減すぎるだけさ。
「こんにちは、いつも兄妹仲がいいわねぇ」
 同じマンションに住むおばさんだ。ボクとアスカを兄妹だと勘違いしてい
る。まぁ、そう思っててくれた方が面倒がなくていいけど。アスカはなんだ
か機嫌が悪くなってきたみたいだ。どうもこのおばさん嫌いらしい。とっと
と離れることにした。
「ねぇ、シンジ。これ食べたい」
「ねぇ、シンジ。あれ欲しいの・・・ダメ?」
 ホント、わがままだな。言うこと聞かないと後が恐いし。結局言うとおり
にしてしまう。アスカはご機嫌だが・・・誰がこの荷物持つと思ってるんだ?
 
 
 家に帰ると早速、夕食の支度。一方アスカはドラマの再放送を見るため、
テレビの前に。まぁ、下手に手伝われるとますますすることが増えるからな。
一時間後、ドラマが終わったらしく、アスカがキッチンに来る。もうあらか
たの料理は完成してる。
「シ〜ンジ、ご褒美あげる」
「あ、アスカ・・ング」
 いきなり、あめ玉を口につっこまないでよ。うわ、なんだこりゃ?すっぱ
ーい。
 料理をテーブルの上にならべる。さすがにアスカも手伝う。夕食の準備完
了。そろそろミサトさんも帰ってくるかな。
「ただいまぁ」
「おかえり、ミサト」
「おかえりなさい、ミサトさん」
 早速、夕食にする。うん、いい出来。80点かな。
「今日のテスト。どうして延期になったんです」
「リツコが急に出張でね。まあ、別にいなくてもテストはできるんだけど。
 いま、そんなに急がないしね」
「そうなんですか?」
「テストは3日後になると思うわ」
「ねぇ、ミサト。弐号機との相互互換テストはないの?」
「あら、アスカが弐号機以外に乗る気あるの」
「零号機はごめんだけど、初号機ならいいかな・・なんて」
「残念だけど。互換性があるのは零号機と初号機だけなのよ。弐号機からは
 量産化のためにちょっと方式が変わっててね」
 アスカのジトめが突き刺さってくる。
「良かったわねぇ、シンジ。優等生がいつも乗ってる零号機に乗れてさぁ」
「アスカ、ヤキモチはみっともないわよ」
「だ、だれがシンジなんかにヤキモチやいてるのよ」
 ふう、食事もそこそこに自分の部屋に退散。この家で落ち着くところはこ
こだけだ。
 
 
 夕食の片付けはアスカの当番。なのになんでボクも皿を洗ってるんだろ。
せっかく心を落ち着けて、般若心経を聞いていたのに。そんなことしてるな
ら手伝いなさいよって、引きずり出された。自分はいつも手伝ってくれない
くせに。
 テーブルの上のビールの缶を数える。ミサトさんはビールを五本も飲んだ
のか。ちょっと目を離すとこれだ。あ、六本目だそうとしてる。その前に立
ちふさがる。ミサトさんはニコッ。ボクもニコッ。ミサトさんはガックリし
て、リビングに戻っていっちゃった。
 テーブルの上をキレイにしたアスカがボクの隣りに来た。いっしょに皿洗
い。ちょっと狭いんだけど・・・
「あ、アスカ。もっとそっちに離れて」
「なによ。いいじゃない」
「だって、腕があたるよ」
「気にしない、気にしない」
 なんだか、ますますこっちに身を寄せてきたような気がする。なんだか意
識してしまう。なんかキッチンに二人でいると新婚みたいだ。
「なんか、わたしたち新婚みたいね」
 痛恨の一撃!ボクの顔は弐号機より真っ赤だろう。千鳥足でふらふらだ。
アスカの顔が見れない。いったいボクはどうしちゃったんだろ。やっぱり、
アスカにはかなわない。
 
 
 夜はテレビの前に陣取って、ドラマを見る。前はミサトさんとアスカしか
見なかったけど、最近はアスカに強制されて見ている。おかげで経験値もち
ょっと上がってきたかな。たまーにセリフをマネして、アスカを絶句させる
ことがある。その後のアスカってご機嫌なんだ。今日のドラマはキスシーン
があった。いいシーンだった。頭の中で配役をボクとアスカに代えてみる。
相手がアスカじゃあんな感動的なシーンにはならないな。きっと。
 
 
 8時から10時までドラマを見続けてから、アスカ先生の家庭教師の時間。
要するにアスカと宿題をするのだ。さすが、大学を出ているだけあって、ア
スカはよく分かっている。教え方もうまいな。学校の授業より、よく分かる。
おかげで、最近学校の授業が楽しく思えるときもある。
 
 
 宿題が終わるともう寝る時間だ。明日も朝早いしね。アスカのためにも早
く寝ることを義務にしている。お弁当作り損ねるとアスカになにをされるか
分からないしな。アスカの部屋の前でアスカと別れる。
「ねえ、シンジ。一緒に寝ようか」
「な、何言ってるんだよ、アスカ。そんなのまだ早いよ」
 からかわれてるのは分かるけど、いきなりそんなこと言わないでよ。
「ふーん、『まだ』早いのね」
「あ、その、それは」
 アスカの鋭い突っ込みに大慌てだ。敵は余裕を持って攻めてくる。
「シンジ、お休みのキスして」
「あ、アスカ」
 目をつぶり、顔をこころもち上向ける。そのままの形で固まるアスカ。
 逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 長い逡巡のあとアスカの肩に震える手をかける。ゆっくりをアスカの唇
に近づける。あと10cm、9、8、7、6、5・・・。いきなりアスカが目を開けるとボク
の体を突き放す。
「なに、本気になってんのよ。冗談に決まってるじゃない」
 おもしろそうに言うアスカ。ボクはなにが起きたのか分からなかった。け
どだんだん怒りが沸き起こってくる。
「ひどいよ、アスカ。冗談だなんて!」
「そんなに怒らなくてもいいでしょ」
「怒るよ。せっかくアスカが可愛いと思って、それで・・」
 知らず、涙があふれてくる。情けない。
「シンジ・・・ごめんなさい。泣かないでよ、お願いだから」
 アスカはショックを受けたみたいだ。アスカの目がうるんでくる。アスカ
が叱られた小犬のような顔になる。その顔見てるとなんだか、ボクの心は落
ち着いてきた。
「・・・もういいよ、アスカ。もういいから」
 アスカはボクを傷つけたことを本気で後悔してるみたいだ。だからもうい
いんだ。
「もう遅いよ。寝よう」
 ボクはアスカの背中を押して彼女の部屋に送り出す。その時、アスカは振
り向いて、瞬間、ボクの唇に自分の唇を合わせた。ボクが衝撃から立ち直っ
たときはもう扉は閉まってた。
 ベッドに入って、今のキスを思い出す。やっぱり、これは恋なのかな。今
夜はアスカの夢をみそうだな。綾波ごめんよ・・・zzz・・・
 
 
 アスカはわなわなと肩を震わせるとヒカリに言った。
「なによ、これェ」
「言ったじゃない、この間の話しは間違ってるから書き直してくれって」
「書き直すところが違うじゃないの。こんなの本にしちゃったら、ますます
 誤解されちゃうわよぉ」
「大丈夫よ。この間も言ったけど誤解じゃないから」
「ひ、ヒカリ?」
 目がすわってしまっているヒカリにアスカはおびえた。
「いいこと、このアスカは正しいのよ」
「そ、そ、そんな・・」
「さて、文芸部に行って提出してこよう」
 アスカは真っ青になって、ヒカリを追いかけた。
「ま、待ってェ。止めて、許して、お願い〜〜」
 
                        <Fin>
return