【SS】レイの一日


 PiPiPiPiPiPi・・・・
 朝、窓から差し込んだ光の中で、綾波レイは赤い目を開く。
「朝ね・・・」
 レイは、生まれたままの姿でベッドから起き上がり、窓を開ける。
 すると外からスズメやハトが部屋のなかに飛び込んで来た。レイは冷蔵庫
からミネラルウォーターとカ○リーメイトを取りだし、朝食にする。箱の中
の一本を自分へ、もう一本はくだいて床で待つ鳥たちのもとへ。
 以前は朝には何も食べなかったが、シンジにそれを言ったら、何でもいい
から食べなきゃって叱られた。それで、カ○リーメイトを食べるようにした。
でも全部は食べられず、ベランダで鳴いている鳥たちにやったら、結構気に
入ってくれたようで、最近では部屋に入ってきておねだりするようになった。
そんな鳥たちのかわいい仕草を見ると、朝ご飯も悪くないと思う。
 カ○リーメイトを食べ、ミネラルウォーターで口をゆすぐと、レイは制服
を身に付ける。そして、タンスの上に飾ってある、壊れかけたメガネを手に
取った。
 レイは、最近そのメガネに対する執着が薄れていることを自覚していた。
その理由は多分、気の弱そうな顔をした男の子にあるということも。でも、
その男の子の隣にはいつも、元気な女の子がいるのだった。
 レイは視線をメガネから外すとケースにいれ、カバンにしまう。そして、
玄関を出て、学校に向かった。
 
 学校の近くにある駅で、列車から降りて歩き出す。周りは同じような格好
をした子供たちでいっぱいで、中には見たことのある顔もあった。でも誰も
レイには声をかけようとしない。レイもそれでいいと思っていた。例え、自
分が死んでも、誰も悲しんだりしない。その方がいいと思っていた。
「おはよう、綾波」
「・・・・おはよう、碇くん・・・」
「おっはよー、ファースト!あいかわらず、不景気な顔してるわね〜」
「・・・・おはよう」
「そんな言い方ないだろ、アスカ」
「なーによー、シンジが怒ること無いじゃない」
 ケンカを始める2人を見て、レイは自分の中でさざなみが立つのを感じた。
「私・・・急ぐから・・・」
 別に急ぐ理由なんか何もないが、レイは逃げるように走り去った。
「あっ、綾波・・・」
「あんたは急がなくていいの!それより私にたてついて、ただですむと思っ
 てないでしょうね」
 シンジはアスカにしっかりと腕をつかまれて、動けなかった。
 
 シンジとアスカが教室に入るとレイはすでに自分の席に着いて、窓から外
を見ていた。シンジはなにか話しかけたいと思ったが、別に話すこともない
し、レイは自分のことなんかどうでもいいみたいだし。そんなことを思って
いるうちに授業が始まってしまった。
 授業中、レイはたまにシンジの横顔の方へ目を向けていた。トウジだけは
最近レイがそうやってシンジを見ていることが多くなったのに気付いていた。
しかしトウジはそういうことを話のネタにするのは男らしくないと思うので、
黙っている。でも、他人に興味を示さないレイがそうやってシンジだけは気
にするのを見て、友人のことを誇らしく思うのだった。
 
 五時限は体育。男子はサッカー、女子は100メートル走だった。
 シンジはあまり目立つのは好きではないので、フィールドのすみっこの方
でつったっていた。
「シンジー見て見てェ〜」
 シンジが声のする方を見るとアスカがスタートラインで手を振っていた。
シンジが自分の方へ目をやったのを確認すると、アスカは屈みこみスタート
姿勢を取る。
 パァーーーーン。アスカの体は躍動し、いっしょに走る女の子をどんどん
引き離してゴールイン。アスカは得意そうにシンジに向かって、Vサインを
決める。
 シンジは苦笑いしながら手を振った。そして自分のゲームに戻ろうと目を
動かす途中で、他の女の子たちとは離れたところで体育座りをして、順番を
待っているレイを見つけた。レイは、今のシンジとアスカのやりとりに気付
いているのかいないのか、ただスタートラインを見ている。
「シンジぃ〜、ボールいったでぇ〜」
「へっ?」
 足元で突然ボールが跳ねて、反射的にシンジはボールをけっとばした。見
事にジャストミートし、ボールはシンジの見ていた方向へ矢のように飛んで
いく。
「危ない!綾波ぃ〜」
「えっ?」
 シンジの声に驚き、そっちへ顔を向けるレイ。その目の前には大きな丸い
ものが・・・
 ばっちぃぃーーーん、運動場に静寂が満ち、みなボールを顔に張り付かせ
たレイの方を茫然と見ていた。
 ぽーん、ぽーん、ぽーん。レイの顔からボールが落ち、はねる。
「痛いの・・・(バタッ)」
 レイは赤くなった顔でつぶやき、ゆっくりと倒れた。
 
「あっ、綾波ぃ!」
 シンジはレイの元に駆けつけ、その体を抱え起こした。
「しっかりしてよ。綾波」
「碇、頭打ってるかもしれないから、あまり動かさない方がいいよ。早く、
 保健室に連れていった方がいい」
「えっ、うん。そうだね」
 シンジは立ち上がり、レイを抱えあげた。レイは羽根のように軽く、シン
ジの力でも、軽々と抱き上げることができた。
「何すんのよ。シンジ!」
 叫ぶアスカを無視して、シンジは先生たちに向かって言った。
「先生、保健室へ綾波さんを連れていきます」
「私もいくわ。高崎先生、女子の方も見ててください」
「分かりました。男子はゲームを続けるぞ。女子は計測の続きだ」
 保健室の方へ歩いていくシンジと女の先生を見ながら、アスカは不穏な表
情だった。
「シンジのヤツ・・・ファーストになんかしたら許さないんだから」
「だいじょうぶだろ、碇にそんな甲斐性はないって」
「えっ、なんで?」
 アスカは大きな声で口に出してしまったことに気付き、周囲の視線に慌て
るのだった。
 
「大丈夫、ただ気を失ってるだけよ。寝かせておけばそのうち気付くわ」
「そう、じゃあ任せてもいいかしら。私は授業にもどらなくっちゃ」
「ウーン、私もちょっとこれから出なくちゃいけないのよねぇ」
「先生、僕が綾波を看てます。これは僕の責任ですし」
「えっ?まあ、いいか。そうしてくれる?でも、女の子が寝てるからってい
 たずらしちゃ駄目よ」
「そっ、そんなことしませんよ」
「ふふふ、冗談よ。とにかくお願いするわね」
「はい」
 先生たちが保健室から出ていったのを見届けるとシンジはベッドの横に椅
子を運び、それに座った。レイの白い顔はボールが当たったせいで赤くなっ
て、なんだかいつもより生き生きして見えた。シンジはそんなレイの顔に見
とれた。
 綾波ってなんかキレイだよなぁ。さっきの先生の言葉が思い出される。い
たずらか..そんなこと考えてもいなかったのに、なんか意識しちゃうな。
綾波の唇って紅いなァ、肌が白いから余計にそう思うのかな。いろいろ、と
りとめのないことを考えているうちにシンジの顔はレイに近づいていき、シ
ンジが気がつくと、もう目の前にレイの唇があった。
 僕はなにをしようとしてるんだ?こんなことバレたら、綾波にもアスカに
も許してもらえないぞ。しかし、シンジの顔は止まらなかった。いまにも、
2人の唇が触れ合おうとした。その時、
「ファースト、具合どお!」
 アスカやトウジたちが保健室に飛び込んできた。カーテンの覆いをはねの
け、ベッドの横へ来たとき、シンジはベッドから1mも遠ざかっていた。
「あんた、そんな遠くで何やってんの?」
「え、いや、別に。ははは・・」
「ん?まあいいわ。ファーストの具合はどぉ?」
「もう、大丈夫」
 いきなり、目を開けるレイ。シンジは青ざめた。
「あっ、綾波、いつから気付いてたの?」
「惣流さんの声が聞こえたとき・・・」
 シンジはホッとしたが、大切なことに気付き、慌てて言った。
「ごめん、綾波。僕の不注意で痛い目にあわせちゃって」
「いいのよ、碇くん。気にしないで」
「でも・・」
「いいじゃない、ファーストがそう言ってるんだし。それよりそろそろ次の
 授業よ」
「えっ、終了のベルはまだ鳴ってないよ」
「この部屋のスピーカ壊れてんじゃないの。早く教室行かないとまずいわよ。
 ファーストはもうちょっと寝てたらいいわ」
「そうする・・・碇くんは教室行って」
「ほんとにごめんよ。綾波」
「さっさと来なさい、ばかシンジ」
 アスカに引っ張っていかれるシンジを見送って、レイは目を閉じ、そして、
顔が赤いのをボールが当たったせいだ、と思ってくれて幸いだと考えた。
 レイはシンジに抱えられたときにすでに気付いていた。その時からずっと、
気を失ったふりをしていたのだ。なぜ、そんなことをしたのか自分でもよく
分からなかったが、そのまま保健室までだっこされて、シンジに看病しても
らって、なんだか幸せな気持ちだった。しかし、シンジが良からぬことをし
てきた時はどうしようかと思った・・・でも、アスカにも同じようなことを
したと聞いたし、碇くんは女の子なら誰でもいいのかな。私はそうして欲し
かったのかな。いつしかレイはそのまま眠ってしまったのだった。
 
「綾波、起きてよ」
「碇くん・・・」
「もう、下校しなきゃ。送っていくよ、リツコさんに連絡して今日はテスト
 は休みにしてもらったから」
「ありがとう。でも惣流さんは?」
「もちろん、私もいるわよ」
 カーテンの陰から、アスカが顔を出す。
「感謝しなさいよ。この私がつきあってあげるんだから」
「誰も頼んでないよ」
「なんか言った、ばかシンジ」
「ありがとう、惣流さん」
「ほら、ファーストはちゃんと分かってるじゃない。それじゃ行くわよ」
 前をシンジとアスカが歩いていく。レイは2人から一歩下がって歩いてい
た。レイのカバンはシンジが持っている。別にいいって言ったのに。
 前の2人はいつも通り・・・アスカがつっかかって、シンジが折れる。そ
んなことのくり返し。レイはアスカを見て、どうして自分とこんなに違うの
か考える。シンジと違い、アスカもレイと同じくエヴァのために生きてきた
はず・・・なのに、どうしてこんなに違う。心の奥底に共通のものを感じる。
なのに、どうしてあんなふうにしていられるの。アスカは鏡。自分より出来
のいい分身。レイはいつしか涙を流していた。
「どっ、どうしたの?どこか痛むの」
「分からない」
「泣かないでよ、みっともない。まるで私たちが泣かしたみたいじゃない」
「そういう問題じゃないだろ、アスカ」
 レイを気遣うシンジを見て、アスカは言った。
「ふん、付き合いきれないわ。あとは任せるから、シンジ。じゃあね」
「ちょ、ちょっと、アスカ・・・行っちゃった。ちぇっ、ほんと勝手だな」
「ごめんなさい、私のせいで」
「別に綾波のせいじゃないよ。アスカの性格が悪いだけなんだからさ。それ
 より、なんで泣いてたの」
「分からない。惣流さんを見てたら、涙が出てきたの」
「・・・? アスカ、なんかやったの?」
「いいえ・・・もう、いいの。行きましょう、碇くん」
 先に進みだしたレイにシンジは慌ててついていく。そのまま、黙って2人
で並んで歩き続けた。
 
 レイのマンションに着き、部屋の扉を開ける。相変わらず鍵はかかってい
ない。盗まれるようなものは何もないのは分かっているが、シンジは言った。
「綾波、鍵くらいかけておかないと不用心だよ」
「いいの。どうせ誰も来ないもの」
 部屋の鍵は周囲への拒絶。心のうちでは絆を求めるのか、レイは鍵をかけ
ることに抵抗を感じていた。万一誰かが来てくれたら。碇司令や・・・碇君
が来てくれたら。その時、鍵がかかっていたら入れない。そんなふうに思っ
ていたのだ。
「カバン、ここに置いておくね。それじゃ、またあした」
「まって、お茶でもいれるわ。上がって」
「えっ、そう。悪いね」
 考えてみれば今までは勝手に上がり込んでばかりで招待されたことは無い
なぁと思いながら、シンジはレイの部屋に入った。前と違って、紙屑は落ち
てなかった。ゴミ箱はないが、ゴミ袋はあるし。ただ、なにか鳥の羽毛らし
きものが散らばっているのを不思議に思った。
「なに、この羽根みたいなの?」
「ハトやすずめの羽根よ。朝、窓を開けると入ってくるの」
「へぇ?綾波って鳥に好かれてるんだね」
「好かれてる?」
「そうじゃなきゃ入ってこないだろ」
「好かれてる・・・私が・・・」
 黙り込むレイを見ながら、レイの入れてくれたコーヒーを飲むシンジ。
「・・・碇くんは私のこと好き?」
「ええっ!」
「嫌いなら、キスなんてしないでしょう」
「!! し、知ってたの・・・」
「答えて、碇くん」
 すがるようなレイの視線を受けて、シンジはおずおずと言った。
「・・・僕は・・・綾波が好きだよ」
「そう・・・じゃあ惣流さんとではどっちの方が好き?」
「・・・分からない・・・ごめんよ。でも、2人とも僕の大事な人間だし、
 絶対に失いたくない仲間だよ」
「私が死んだら悲しい?」
「もちろんさ。でもそんなことにはならない。今度は僕が綾波を守るから」
「ありがとう・・・」
 レイは安心したようにシンジの肩にそっと身をもたせかける。そんなレイ
を見ながらシンジはレイに言ったことをもう一度心の中で誓った。
 
 シンジが帰った後で、レイはカバンからメガネケースを取り出した。ケー
スを開けて中に入ったメガネを見つめる。レイはメガネをそのままにケース
を閉じ、タンスの一番下のひきだしの奥に大事にしまうのだった。
 シャワーを浴び、下着を付けてベッドに入る。自分は明日死んでしまうの
かもしれない。いつも寝いる前に思う事。昨日やおとついの夜も思った事。
でも、今日はなんだか明日が待ち遠しく感じる。不思議な気分でレイは眠り
に落ちた。

 
                        <Fin>
return