【SS】ただ一つの魂


 その日、シンジはネルフ最深部ターミナルドグマで仲間の一人である
綾波レイの本当の姿を知った。泣き崩れる赤木リツコの姿は今のシンジ
に何の感慨も与えることはできなかった。
 ターミナルドグマから出た3人は、待ち構えていた保安部員に拘束さ
れ、一人ずつ尋問される。しかし、無感動に聞かれたことに対して素直
に答えるシンジは、ほとんど何も知らず、単にミサトとリツコに連れて
来られただけということもあり、その日のうちに解放された。
 ミサトやリツコと別れ、シンジはとりあえず家へ帰ることにした。し
かし、レイの秘密を知ったシンジの足は,自然に別の目的地に向かった。
 
 シンジは目的地、すなわちレイの部屋の前で10分ほどためらった後、
思い切ってドアホンを押す。いつもの通り、中からは何も反応は無かっ
たが、シンジは中にレイが居ることを確信していた。
「綾波、入るよ」
 シンジが中に入ると、ベッドの前にレイが静かに立っていた。レイは
傷一つ無い腕に包帯を巻き付けようとしていた。
「碇くん・・・」
「綾波が怪我なんかして無いこと、知ってるよ。リツコさんに綾波の事、
 全部教えてもらったから」
「・・・そう・・・碇君聞いたの」
 レイは無表情だったが、その声は少しかすれていた。シンジはそんな
レイに尋ねた。
「ねぇ、聞いていいかな? 君には以前の記憶は受け継がれてるの?」
「周期的に記憶はバックアップしてるから・・・この2、3日くらいの
 事はバックアップに無かったから分からないわ」
「じゃあ、これまでのことはだいたい覚えてるんだ」
「ええ・・・」
「良かった・・それじゃ僕のこともちゃんと覚えてるんだね」
「・・・・・違うわ。わたしは碇くんの事を覚えているけれど、これは
 わたしの記憶では無いもの。碇くんの知ってる綾波レイはわたしでは
 ないのよ。だから、そんな嬉しそうな顔しないで」
 レイの声は震え、その顔は足元をにらんでいた。シンジは絶句し、し
ばらく2人は沈黙していた。
 
 シンジは何も言えず、立ち尽くしていた。しかし、その時レイの足元
に水滴が落ちていることに気付いた。
「泣いてるの?綾波」
「泣いてなんか、いないわ。わたしは涙を流すことはできないの」
 シンジには身を震わせるレイの顔に流れるものが確かに見えた。
 シンジは、ある時から彼の心に巣食っていた疑問、そしてここに来る
までに出した解答を、意を決して言った。
「綾波、君が僕の知ってる綾波レイでないと言うなら僕も君の知ってる
 碇シンジじゃないよ。知ってるだろ、本当の僕は初号機のエントリー
 プラグで溶けて、格納庫の床に流れだしてしまった。今、君の前にい
 る僕は初号機によって作られた碇シンジのコピーなんだ」
「碇くん!?」
「でも、僕は自分が本物の碇シンジじゃないなんて思わないよ。エヴァ
 は体を失った僕の魂に新しい体をくれたんだ。僕は変わらない、僕は
 初号機パイロット碇シンジのままだよ」
 シンジは微笑みながら、話を続けた。
「リツコさんは言っていたよ。アダムから神様に似せてたくさんの人間
 を作ったけど、魂が生まれたのは綾波だけだって。魂を作ることは、
 本来できないんだ。でも、魂を移すことはできる。僕がその証明だよ。
 そして、綾波レイの魂もただ一つしか無くて、君もまた前の綾波レイ
 の魂を受け継いでいるんだ」
 
 レイは泣いていた。嬉しいときにも涙が流せることを知った。そんな
レイにシンジは近づき、優しく抱きしめた。
「・・・碇くん・・・碇くん。ありがとう、碇くん。碇くんがわたしを
 受け入れてくれたのが嬉しい。これはわたしの気持ち、わたしの心」
 しばらく2人は何も言わずに抱き合っていた。そして、レイの腕の中
で言った。
「以前のわたしがなぜ自爆したのか分かったような気がする。わたしは
 碇くんを護りたかった。そして失いたくなかったのね」
 シンジはレイの壊れそうな体をぎゅーっと抱きしめて言った。
「でも、もう自爆なんてことを選ぶのは止めて。綾波が熱と光の中に消
 えた時、僕の心の一部も消えたような気がした。それに君の体は全て
 消えてしまった。もうこんなふうに復活することはできないんだ」
「え? 消えてしまった?」
「うん、リツコさんが全部壊してしまった。けれど、それでいいんだ。
 綾波は一人しかいないんだから・・代わりなんかいない。たった一人
 しかね・・」
「碇くん・・」
「いっしょにいてよ。綾波」
「うん、わたしは生きたい。碇くんといっしょに生きていきたいの」
 シンジとレイは見つめあい、初めてのキスを交わすのだった。
 
「綾波・・・」
「碇くん・・・」
 二人の唇がゆっくりと近づいていく。シンジとレイは目をつぶった。
 ごごんっ
 ・・・そのまま、この二人が目を開けることは無かった。
 横たわる二人のそばに荒い息をはいてバットを持って立っている人物
は真っ赤な顔で身を震わせていた。
「あんたたち、それ以上はずぇったいに許さないわ!シンジの後をつけ
 てきて本当に良かった。べっ、別にシンジなんか好きなわけじゃない
 けど、すぐそばにいる傷心の美少女をほっぽって、遠くの根暗女なん
 かに愛を囁くなんて許せない!」
 赤毛の少女は手に持つバットの先でシンジをつっついて言った。
「いつまで、気絶してんのよ。さっさと起きなさいよ。まだまだお仕置
 きはこれからなんだからぁ」
 バットでつつかれたシンジは意識を取り戻したが、頭の上から降って
くる声に戦慄して気絶したフリをすることに決めた。
「起きなさいってば」
 アスカはシンジの襟首をぐいっとつかんで、持ち上げる。
「・・・ね、まさか、死んじゃったんじゃないでしょうね」
 シンジはまるで反応しない。
「・・・ねぇってば・・・」
 シンジはまるでシカバネのようだ。
「・・・い、いやあ!わたし、シンジを殺しちゃったぁ。ま、まずいわ。
 早く逃げないと」
 どたどたどたどたっ、ばたん
 アスカがいなくなり、ゆっくりと目を開けたシンジは命が助かったこ
とに心から安堵した。しかし、彼の試練はまだ終わってはいない。
 
 零号機の爆発で吹っ飛んだ第3新東京市の廃虚に潜伏したアスカが保
安部に見つかったのは、それから一週間後のことだった。
 しばらく絶食を強いられていたアスカはそのまま入院したが、シンジ
は恐ろしくて見舞いには行けなかった。彼が初めて303号室に行くの
はアスカが退院した日。今にも死にそうな大怪我をしてかつぎこまれた
シンジに医者はサジを投げかけたそうである。

 
                        <Fin>

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